「やぁ、よく来たねテイオー。マンモス!」
「カイチョーどうしたの? カイチョーはマンモスじゃなくてライオンだよ」
「私がライオンかはさておき、将棋の小粋な話をする時はマンモスと軽やかに口にするのが挨拶になるんだ」
「いくらカイチョーの言うことでも、意味わかんない。
そもそも、ボクたちはウマ娘だよ。
なのに、なんで将棋なんてする必要あるの?」
「それはだねテイオー、将棋を通してレースの演習をするのが目的なんだ」
「将棋をしたら、レース脳が鍛えられるの?」
「うん、実はそうなんだ。
対局を重ねることで、レース全体を脳で管理できることになる。
それに、演習であって本番ではないから、負けてもノーカンにできるしね」
「カイチョーは将棋だって強いから、負けるはず無いよ!」
「………………」
シンボリルドルフのやる気が下がった
賢さが5下がった
その日のトレーナー室は、珍しく長閑な空気が流れていた。
落ち着いた雰囲気、騒がしくも愉快なウマ娘は何処へか。
居るのは二人、俺とメジロマックイーンの二人だけの空間だった。
「テイカーズ、頑張ってたな」
「言わないでくださいまし、トレーナー。
監督を暖かく見送れた、今年はそれで良かったのです」
「だな、来年は優勝したいな」
ここ最近の雑談を交わしながら、マックイーンが持ってきた紅茶の相伴に預かっていた。
一時期、抜け殻のようだった彼女が、朗らかな笑顔を見せてくれた事に安堵する。
今では、”恒例ですわ♪”と言い、トレーナー室にマジックボードを設置するくらいには回復していた。
因みに、数値は143が点灯している。
「ところでトレーナー、ニュースは見ましたか?」
「いや、見てないけど……何かあったか?」
季節はもう冬、マックイーンは年末のドリームシリーズへ向けて調整が必要な時期。
もしかすると、新たなウマ娘がレースに参戦してきたのか。
そう思い、マックイーンに聞き返すと、彼女は新聞を手渡してきた。
ざっと内容を見ると、大きな一面には和服の人物が。
あー、なるほど、と頷く。
「そういえば、メジロ家では講師の人を呼んで、賢さトレーニングをしてるんだっけ」
「えぇ、私は
流石はメジロ家、天下の大家である。
自信ありげに胸を張るマックイーンに、興味が湧いた。
つまりマックイーンは、相当指せるのでは、と。
「なぁ、マックイーン、これから一局――」
部屋の将棋盤と取り出し、これからどうだと言おうとしたところで、部屋の扉が蹴破られた。
これはと思い振り向くと、想像通りの姿が。
天の川を思わせるほど美しい銀髪に、相反するほど爛々と瞳を輝かせる彼女が居た。
「アタシの名前はゴルシ! 地球は狙われている!」
ゴルゴル星からの侵略者が、何かを言っていた。
見て見ぬ振りをしたいが、視線は完全にこちらに……正確には、俺が持っている将棋盤にロックされている。
「おぉ! トレーナー!
お前も地球を護る戦士の一員だったんだな。
なら話は早い、今すぐ将棋星人どもを追い返しにいくぞ!」
「将棋星人……知っているか、マックイーン?」
死ならば諸共。
一心同体の仲である愛バの方を振り向けば、そこには誰もいなかった。
そして、流れる様な動作で部屋から退室しようている薄情者の姿が。
「待て、マックイーン!
俺を置いていかないでくれ」
「許してくださいまし、トレーナー。
私はこれから、イクノさんとデェトをする約束があった気がしますの」
「そんな約束はない!」
「断言しないでください、脈はあるはずですわ!!」
まるで告白しにいく様な捨て台詞を残し、マックイーンは愛を告げる旅に出ていってしまった。
そういえば、俺の初めての愛バもゴルシ程ではないが、様子のおかしいウマ娘だった。
なので、仕方なく俺は盤を目の前に広げる。
抵抗するだけ無駄なのは、経験則として理解できているから。
「王将、左金、右金、左銀、右銀――」
当然の如く俺の前に座って、盤に駒を並べているゴルシ。
しかも駒の並べ方が大橋流……キチンと作法に則った並べ方をしている(プロ棋士などが、魅せるために行う所作)。
ゴルシは色々なことに造形が深いが、将棋の分野においてもそうであった様だ。
勝手にトレーナー室に居着いた、未だに一度も出走したことがない謎のウマ娘ゴルシ。
その正体は、もしかしたら流離いの真剣師なのかもしれなかった。
「よし、始めるとすっか。
ゴルシちゃんは捲りがしたいから、お前が先手な」
あらかた駒を並べ終えて、そんなことを言うゴルシ。
将棋の先手後手とは、レースにおける内枠外枠の概念であり、先手で逃げ切り勝ちをするのが今のプロ間での主流になっている。
そう、普通に後手の方が不利なのだ。
思わず、大丈夫かと言う視線を送るが、ゴルシは意に介せず。
「あん? 睨めっこじゃなくて、将棋やってんだぞ」
その言葉に、溜息を吐きつつ俺は初手を指した。
7六歩、極々普通のオープニング。
居飛車党……逃げ先行勢のウマ娘は、おおよそこの手か2六歩から将棋をスタートさせる。
一方のゴルシも、こちらの手に合わせる様に3四歩と角の道を開けた。
まだ
ただ、この子の適性が、もしかしたらこの将棋でわかるかもしれない。
そう思うとワクワクして、俺は迷わずに飛車先の歩を突いていた。
すると、ゴルシはいかにもワクワクとした表情を浮かべて、おもむろに角を手にした。
え? と思う暇すらなく、ゴルシはそのまま8八の地点に角を成り込ませてくる。
思わずゴルシを2度見したのは、ゴルシがあまりに良い笑顔をしていたから……ではなく、その他の意味を一応知っていたから。
――
一手損角換わり、それが今回ゴルシが採用した戦法。
おおよそ棋理に反してそうな、けれども時折使い手が現れる不思議な戦法。
それは、外枠でいながら更に出遅れて相手の手を見ながら戦う。
さながら後出しジャンケンの様な戦法……といえば聞こえはいいが、実質は後手番なだけで
なので、普通に指していては、当然の如く2馬身分の差で負けてしまう。
だからこそ、普通じゃない展開に持ち込む必要があるのだが……。
当然の権利として成角を銀と取ったこちらに対して、ゴルシも3三地点を目指して銀をあげて行く。
そうして、所定の場所まで銀を互いに移動されたところで、ゴルシは楽しげに飛車を指に掛けていて。
「おっしゃ! ゴルゴル星まで、ひとっ飛びだぜ!」
そのまま、角が居なくなった2ニの地点に飛車を旋回させる。
盤上の宇宙では、その地点がゴルゴル星らしい。
彼女にとっては、飛車がもしかすると宇宙船なのかもしれない。
「ダイレクト向かい飛車か」
「ちげーよ、ゴルシちゃん宇宙旅行だよ」
勝手に戦法を乗っ取ったゴルシは、最早何が飛び出してきても驚いてしまうびっくり箱と化していた。
ダイレクト向かい飛車、それは
一手損角換わりから分岐できる、裏技の更に隠しメニュー。
どうなるか分からない、
それが、今回のゴールドシップの作戦だった。
そこからは、もうグチャグチャだった。
将棋では、大駒が飛び交い持ち主を幾度にも変える戦いを空中戦という。
そして、お互いに手持ちにした角が飛び交い、お互いの陣形がそれを取ったり取られたりを繰り返すうちに、上擦り、突出し、前進する。
いま盤上にあるのは、定跡通りでは辿り着けない気持ち悪い形。
この形に俺は忌避感を覚えるが、ゴルシは手が進めば進むほど楽しそうに駒を繰り出してくる。
見たことのないもの、常識から外れた展開。
そういったものが好きなのだと、言葉を交わさずとも盤面を見るだけで伝わってくる。
「オラァ! 角を重ねて二枚切り!
追加で飛車も押し売りだぁ!!
大特価歳末セールだぞ! 取れよ!!!」
……因みに、ゴルシの言う通りに玉の守り駒で飛車を取ると、玉の守り駒がいなくなり将棋が終わる。
飛車角を生贄にして、ゴルシの持ち駒は大量にあったから。
なので、そっと銀で王手をした。
玉で取らせてから貰った角で王手飛車を掛けると、ゴルシは酷く奇妙そうな顔で盤面を見ていた。
「なあ、今って何馬身くらい離れてるか分かるか?」
「5馬身くらいじゃないかな」
恐らく俺の方が有利だと思うからそう口にすると、ゴルシはむっつりとしたまま玉を守るために縦として香車を打ち付けた。
……そこで、おかしなことに気がつく。
この香車、受けだけじゃなくて攻めにも効いている。
飛車を角で取っている間に、香車で切り込まれる手が王手。
玉で香車を取ると、桂馬を打ち付けてからの王手ラッシュで頓死。
かと言って守り駒で香車を取れば、角取りに銀を打たれる。
この場面で角を逃がすと、逃げられるかどうか分からないほどの鬱陶しい絡み方をされる。
あれ? と再び首を傾げていると、ゴルシは先程と同じ言葉を呟いた。
「で、今って何馬身くらい離れているか分かるか?」
「……10馬身、だな」
こちらが勝っている、なんて冗談でも言えそうにない。
数手進んだだけで、先程まで勝っていたと思っていた局面がひっくり返っていた。
王手飛車を掛ける前よりも、15馬身も違うと感じる。
慣用句としても、王手飛車は大ピンチの代名詞でもあるのに、この将棋においては不思議なことに掛けた方がピンチになっていた。
彼女を導くトレーナーとして恥ずかしい。
教え導くはずの立場である俺が、こうも簡単に油断して間違ったから。
正直な話、この将棋はこれからがトレーニングになるのか分からない。
レース脳を鍛えるという目的は、多分こちらが最善手を指すなら無駄になるから。
――それでも、と思う。
簡単に投げ出してしまう方が、きっと悪い。
教育にも悪いし、何より将棋を楽しんでいるゴルシにも悪い。
だから、俺が手にした駒は玉。
取れる飛車を取らず、香車が脅威にならない場所まで玉を逃した。
諦めてない、と決意を示すために。
「そう来なくっちゃな!」
ゴルシは笑ってくれていた。
それだけで、投了しなくて良かったなと思えた。
……………………
………………
…………
……
「で、どこが敗因だったか分かるか?」
あの後、こちらがクソ粘りをしたが、ゴルシは微塵も間違えなかった。
あれだけ序盤中盤で好き勝手に不気味な手を連発していたのに、終盤だけは確実に分かりやすい意図で指していた。
一度抜け出したら沈まない、将来的には不沈艦とすら呼ばれそうな
そんな感想を抱いていたところに、ゴルシは最後までエンターテイナーなのだろう。
一言で分かりやすく、俺の敗着を教えてくれた。
「あ? 飛車取らずに玉を逃げたところ」
「は?」
一瞬、ゴルシの言葉を理解できなかった。
あの時、確かに自分が不利になる感覚があった。
それなのに、ゴルシはその局面は勝っているという。
「飛車を取っている間にこっちが詰むかなって思ったんだけど」
「気のせいだぞ」
「は?」
意味が分からずに頭を抱えると、ゴルシは半笑いを浮かべながら続けた。
「
あとで私のスク水貸してやるから、プールトレーニングな」
「いや、女の子の水着はヤバいだろ……」
「ヤバいのはお前の読み筋だよ」
凄くすごい理不尽なことを言われつつ、考え直してみる。
ゴルシの言い分を通すと、あの時は詰みは無かった。
なら、あったのは詰めろの方。
ゴルシの次の一手で詰む状況だが、その一手が生じる間にゴルシの玉を詰ませられると言うことなのか。
……………………なるほど、冷静に思い返してみると、確かにその通りだ。
「ウマ娘がレース中に、なんで掛かるんだろうって思ったことないか?
それはな、冷静に判断してるつもりでも、現実と妄想がごっちゃになるからだ。
足音が聞こえるだけで、仕掛けられているとか思い込んだりな。
特に、レースなんて全力で走ってる最中は、脳に空気が足りずに酸欠になるんだよ。
だから考えるのが難しくて、感覚で動いちまう」
あれだけ、力こそが全てという盤面を展開しておいて、ゴルシはとても論理的に物事を話していた。
あまり考えていなかったが、ゴルシにも彼女なりの考えがあって、結論がある。
だからこそ、意味不明に見えても行動に一本の筋が通っているのだろう。
今回、俺が見事にしてやられた様に。
「つまり、騙されたって訳か」
そう結論づけると、ゴルシはイヤイヤと首を振る。
更には、呆れた様に肩を竦めもしてみせて。
「んもー。わかってねえな、トレーナーはよ」
「何がさ」
俺が間違った、たどり着く答えはこれ一つだ。
そうも不思議そうに、何なら不満そうな顔をされる意味がわからない。
そんな俺に、ゴルシは露骨なまでにため息を吐いた。
「トレーナー、お前がアタシんこと信頼してくれてるってことだろ? エロだろ?」
信頼、それは将棋を指している上で互いに感じるもの。
この人ならこう指す、この人なら間違えない。
棋は対話なりという言葉がある様に、人は相手の着手からそれを読み取れる。
それを、ゴールドシップは大胆にも、私のこと信じてるから間違えてくれたんだよね♪ などと申しているのだ。
「は? エロじゃないが!?」
「反応してる時点でエロだろ。ゴルシちゃんのこと好きすぎだろ」
ゴルシの論理展開は、いつだって無茶苦茶だ。
いつだってどこだって、どうしてそんな結論に辿り着いたのか不思議に思う。
でも、そんな彼女だからこそ、一緒にいて楽しいのだ。
「好きと言う言葉をエロとかいう言葉に置き換えるな」
「ゴルシちゃんのこと、もしかして好きピ?
でもわりーなトレーナー、おれぁ将棋星人との戦争に行くんだ。
戦いの前に死亡フラグ建てたら、マックちゃんが死んじまうだろ?」
「なんでマックイーンが……」
「連れて行くから」
どこへだろうか、そもそも将棋星人とは?
並べられた意味不明な言葉の羅列だが、さっきの対局でゴルシの言葉にも意味があるというのは理解している。
つまりは、マックイーンと一緒にお出かけしようということだろう。
「待ってろよトレーナー、マックちゃんも一緒に連れてきて三人で行くからな」
「え、俺も?」
俺の疑問は当然の如く聞き流され、ゴルシはマックイーンを捕縛しに部屋を飛び出していった。
そして十分後。簀巻きにされたマックイーンを、ゴルシは何故かイクノディクタスと共にトレーナー室に運んできていた。
「どういう状況なんだ……」
頭を抱えそうになっていると、イクノディクタスが理知的に眼鏡を光らせながらこの状況に説明をしてくれた。
尤も、それは説明というよりも、ゴルシが言った適当を真に受けてのものであったが。
「まさかマックイーンさんと共に、竜王戦七番勝負の大盤解説に向かわれるとは。
そうとも知らずに、マックイーンさんとお出かけしてしまうところでした。
ご迷惑をお掛けしたこと、ここに謝罪いたします」
イクノディクタスが謝る後ろで、マックイーンが光速で首を横に振っている。
しかし、そんなものは見えないイクノディクタスは、キリリとした表情をしながら、ではまたと部屋を出ていってしまう。
それを血涙を流しながら見送るマックイーンに、ひどく哀愁が漂っている。
そしてゴルシは、とってもいい笑顔で言い放ったのだ。
「行くか、白水館!」
そうして鹿児島県に、俺達は旅立って行った。
「ところでマックイーンは、そのままなのか?」
「移動中は、煩くし過ぎるのはダメだからな」
マックイーンは、簀巻きのまま運ばれていた。
タスケテと視線を送ってくるが、さっき見捨てられたところでもあったので見なかったふりをする。
そうしてたどり着いた鹿児島県で、俺達は将棋星人の侵略を観た。
圧倒的な力で、支配の手を伸ばすその威容を。
いつか、地球人がこの世界を取り戻せるのかと、そういう不安を抱えさせられる一局だった。
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、メジロマックイーンのトレーニングとのトレーニングに活かせるかもしれない!
メジロマックイーンの成長につながった!
『怪しげな作戦』のヒントLvが3上がった
『目くらまし』のヒントLvが1上がった
『策士』のヒントLvが1上がった
おまけの解説
メジロマックイーン:居飛車党のアマチュア五段。持ち時間が長ければ長いほど、深い読みを見せる王道の将棋を指す。持ち時間とは、レースで言うスタミナの概念になっていることはステイヤーの中では常識。トレーナーとの絆ゲージは5下がったが、トレセンに戻ってトレーナーとおでかけをしたら機嫌が直った。
トレーナー:居飛車党のアマチュア二段。突出した何かがある訳ではないが、丁寧で筋の通った手を指すのが好み。なので、素直な相手ならいいが、挙動がおかしな相手には引っ掻き回されることも。後にゴルシの担当トレーナーになるが、面倒を見ている内に棋風が壊れておかしな将棋を指すようになった。マックイーンと出かける時は、いつも手を繋いで歩く。
ゴールドシップ:振り飛車党モドキのアマチュア三段。毎回手損をして出遅れる美学を持っている。振り飛車しか指さないが、大体乱戦にしかならない変化しか選ばないので、マトモに相手をしていたら頭がおかしくなる。トレーナーにスタミナトレーニングをさせるためにスク水を着せようとするが、マックイーンによってプールの底に葬られて、宇宙のどこかにあった筈のゴルゴル星まで流れ着いた。
はにゅう九段と剛田九段:ご存じの方もいるかもしれないが、将棋のプロである羽生善治九段と郷田真隆九段が元ネタ。この二人とメジロマックイーンが、一緒に記念撮影してる写真があったりする(”羽生九段””メジロマックイーン”でググると出てくる)。
将棋星人:宇宙から飛来した、地球人類の棋力を超越した種族。今は将棋界で8個あるタイトルの内の6つを掌握している。AIと会話することができて、その意図を理解できるらしい(ウワサ)。
白水館:鹿児島県にある、砂むし温泉とかいう珍しい温泉? がある旅館。2022年の竜王戦七番勝負で、第六局の舞台になった。
参考文献:りゅうおうのおしごと!(小説版)
盤上のシンデレラ(動画、デレステの二次創作)
あとがき(一言):リハビリ的な作品です。