ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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れな子ちゃんの日陰になりたい(わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?))

 陰キャという人種は、2種類に分類できる。

 

 一つ目は私、天風そよぎの様な先天的な陰キャ。

 

 三つ子の魂百までとはよく言ったもので、齢3歳の時から既にオドオドしていて、常に誰かの陰に隠れて、路地裏のぺんぺん草みたいに生きてきた。

 

 産声とかも、"おぎゃー(こんにちは!)"じゃなくて"おんぎゃー(世に産まれてしまった!)"とか、そんなだったに違いない。

 

 そして二つ目は……何らかの要因で、後天的に陰キャになってしまった人。

 

 元々普通だったのに、人付き合いをする中で段々と軋みをあげて、摩耗して擦り切れちゃったパターン。

 

 これは……私の幼馴染が、そうなのかもしれない。

 

 甘織れな子、れな子ちゃん。

 私の幼馴染にして、すごく気を回しぃだった女の子。

 

 バチバチに明るい陽キャ! って感じじゃないけど、陰キャ陽キャ関係なく誰とでも仲良く出来ていた子だった(唯一、男の子が苦手って点はあったけど)。

 

 ついでにいうと、私は常にこの子の背中に隠れながら生きてきた。

 

 れな子ちゃんの背中は安心できる、私(と、れな子ちゃんの妹の遥奈ちゃん)のリスポーン地点。

 私にとって、一番暖かい場所。

 

 

「そよぎちゃんはさ、いつまでお姉ちゃんの背中に居座る気なの?」

 

「……世界が滅ぶまで?」

 

「流石に邪魔だし、お姉ちゃんだっていつか結婚しちゃうんだよ?」

 

「遥奈ちゃん、年下なのにおませさんだなぁ」

 

「そっちは赤ちゃんみたいに、お姉ちゃんに張り付いてるくせに」

 

「れな子ちゃんは、私のママだった……?」

 

「……はぁ。そよぎちゃんって、典型的な内弁慶だよね。身内だけになると、急に早口になるし」

 

「え、悪口?」

 

「誰にだってそう振る舞えたら、お姉ちゃん以外にも友達くらいできるのにって言ってるの」

 

「れな子ちゃんと遥奈ちゃんが居れば、今はそれでいいかなぁ」

 

「年上のくせに、情けないこと言わないで」

 

「でも、そんな情けない私でも、れな子ママの背中に跨って生きれてるんだよ、遥奈おばさん」

 

「……は、おばさん?」

 

「れな子ちゃんがママなら、その妹の遥奈ちゃんはおばさんになっちゃうんだよ?」

 

「っ、お姉ちゃんはママじゃないって言ってるでしょ! あんまりふざけてると、ゴミ収集車に回収してもらうから」

 

「粗大ゴミ扱い!?」

 

 

 ……まぁ、時々思い出したみたいに領有権争いが起きちゃう訳だけれど。

 

 そういった時は、遥奈ちゃんの背中にベターっとくっ付いて、年上の威厳(体重ともいう)を思い知らせることで問題を有耶無耶にしてきた。

 

 そんなことを繰り返してたせいか、遥奈ちゃんから敬語を使われない数少ない年上になってしまったけど。

 

 今更"そよぎ先輩"なんて遥奈ちゃんに呼ばれたら、私の内なる甘織姉妹大好きシスコンホルモンが活発化して、甘織姉妹同様デカパイになってしまうだろうから、何ら問題はなかった(時代はうすほそって、SNSとかで沢山流れてくるし)。

 

「二人とも、わたしのこと呼んだ?」

 

「あ、れな子ちゃん! 聞いて、遥奈ちゃんがおかしいんだよ!」

 

「え、喧嘩してるの?」

 

「喧嘩じゃなけど、遥奈ちゃんがね」

 

「うんうん」

 

「……れな子ちゃんのこと、"お姉ちゃんはママじゃねぇっつってんだろ"って意味分からない理由でキレるの」

 

「本当に意味が分かんないんですけど!?」

 

「ほら、遥奈ちゃん。れな子ちゃんも意味分からないって言ってるよ」

 

「は、遥奈が言い出しっぺなの?」

 

「頭悪い?」

 

「どっちに向けての言葉かなぁ!」

 

「家なんだから、お姉ちゃんとそよぎちゃん以外、他に誰もいないでしょ」

 

「一緒くたにされてる!?」

 

「えへへ、私とれな子ちゃん、仲良しだって。遥奈ちゃんったら、良いこと言うね?」

 

「絶対違うこと言ってたよね!? わたしの耳がおかしいのかなぁ!」

 

「ほら、見てれな子ちゃん。遥奈ちゃんが生温かい目をしてるよ?」

 

「どこからどうみても、蔑んでる目だよ!」

 

「……キモ」

 

「謂れのない暴言だ!」

 

「そうだそうだー!」

 

「ウザ……」

 

 甘織家や天風家での私は、こんなので。

 

 

「天風さん、みんなでカラオケ行くんだけど、一緒に行く?」

 

「ア、アリガトウゴザイマス。デモ、オンチ、デスノデ……」

 

「えー、別に気にしないって!」

 

「ワタシガ、キニシチャイ、マス」

 

「そんなの良いって! それにさ、天風さん、いつも早く帰っちゃうからさ。常に身構えられちゃってるし。私たちは怖くないし、仲良くなれたらなーって」

 

「……ゴ、ゴメンナサイ、ウソツキマシタ。ホントウハ、ワタシ、ドラエモンノウタシカ、ウタエマセン。ダカラ、イケナインデス……」

 

「ドラえもんしか歌えない!?」

 

「コンナコトイイナ、デキタライイナ〜」

 

「古い方!? ていうか、本当に音痴だったんだ……」

 

「ゴ、ゴメンナサイ、シツレイシマス……」

 

「そ、そっか、ごめんね?」

 

 お外でボッチの時のワタシは、大体こんなだった。

 

 人と上手く喋れないどころか、人の好意に泥を塗ってしまう。

 

 優しくしてもらっても、どう返せば良いか分からない。

 

 正直言って、嫌われ者になっても仕方ないタイプの人間性をしていた。

 

「待って、そよぎちゃん」

 

「れ、れな子ちゃん?」

 

「わたしもいるからさ、無理しなくてもいいけど……行けたりしないかな? みんなの歌聞いてさ、ドラえもんだけ歌ったら、一緒に帰ろ」

 

「…………うん」

 

 けど、そんな私にも、理解ある幼馴染が存在していた。

 

 れな子ちゃんは、いつも輪に溶け込めない私を気にかけ続けてくれた。

 

「おぉ、さっすが甘織さん! 天風さん相手でも、お茶の子さいさいだね!」

 

「そよぎちゃん、悪い子じゃないんです」

 

「うん、分かるよー」

 

 振り返ってみれば、介護と言って差し支えない。

 れな子ちゃんは、天風さん係を率先してやってくれてた。

 

 ……れな子ちゃんに負担、掛けちゃってたなって、今更になって思う。

 

 が、当時の私はそんなこと、微塵も気がついてない。

 

 自分のことで精一杯で、他のことに気が回らない。

 陰キャが陰キャたる所以だった。

 

 けど、それでも世界は回ってるし、滅んだりなんかしない。

 

 家に帰ったら、れな子ちゃんと遥奈ちゃんが構ってくれるし、私は今日の晩御飯は何だろう〜、と間抜けヅラで想像している余裕がある日々。

 

 ──そんな日常が吹き飛んだのは、中学生2年生、秋のことだった。

 

 

 

 キッカケは、多分些細なことだったと思う。

 

 れな子ちゃんが、クラスメイトのお誘いを断ったみたいな感じ。

 今日はムリだけど、また今度なら、って。

 

 私と遊ぶ約束があったから、それを優先してくれた形。

 

 その日の放課後、私はれな子ちゃんと本屋へと向かった。

 

 読んでる漫画の発売日で、一緒に読もうって、ただそれだけのことだった。

 

 二人でワクワクしながら、あーだこーだと言ってた覚えがある。

 れな子ちゃんとの、最後の思い出だ。

 

 

 ……その次の日から、日常がおかしくなり始めた。

 

 学校に登校して、れな子ちゃんが友達に挨拶する。

 私も便乗して、雀の涙みたいな声量で"オハヨウゴザイマス"と囁いた。

 

 いつもなら、おはようと返してくれるその相手は……気まずそうに口に結んで、そっと視線を逸らした。

 

 クラスの誰もが、れな子ちゃんと私が、透明人間のように扱い始めた。

 

 何故、と思ったのも束の間。

 答え合わせは、比較的に直ぐ出来た。

 

「天風、ちょっと顔かしなよ」

 

 クラスメイトの梨地さんから、そんな校舎裏への呼び出しみたいな声掛けをされた。

 

 普段関わる要素が全くないカースト上位女子からの呼び出しに、ここ数日のクラスメイトたちの露骨な態度。

 

 ここに至って私は、これはイジメで、黒幕が遂に姿を現したのだと認識した。

 

 "これ、今から校舎裏でリンチされるやつだ!"と、恐怖で震え上がったのは言うまでもない。

 

 だけど、私の想像とは裏腹に、特に校舎裏にも屋上にも連行されることはなかった。

 

 ただ、廊下の片隅で、一言言われただけだった。

 

 

「あのさ──お前のせいで、甘織は無視されてんの」

 

「…………え?」

 

 

 一言で、十分だった。

 

「邪魔だから、調子に乗るなよ」

 

 呆然としてる私を尻目に、梨地さんは清々したって顔で去っていった。

 

 一体何のことか、分からない。

 けど、何となく要素を取り出すと、理由はボンヤリと見えてきた。

 

 私がれな子ちゃんを独占してるから、それが面白くなかった人が、拗ねて嫌がらせをしてるんだ。

 

 ……私、れな子ちゃんに迷惑かけてる?

 

 その日、そのことを初めて自覚した。

 

 フラフラと教室に戻ると、れな子ちゃんが一人ぼっちで、椅子に座り込んでいた。

 

 酷く居心地が悪そうで、顔色も良くない。

 一目で、大丈夫じゃないと看破できちゃう。

 

「……れな子ちゃん」

 

 私が呼び掛けたら、れな子ちゃんの顔色が少しだけ戻った。

 

「そよぎちゃん、おかえり!」

 

「うん、ただいま……」

 

 れな子ちゃんは、れな子ちゃんだった。

 顔色が悪くても、しんどそうでも、私への態度を変えたりしない。

 

 ……けど、私の方が、れなこちゃんにどうな態度取っていいのか、分かんなくなっちゃってた。

 

 

 

 

 

「……そよぎちゃん、梨地さんに何か言われたの?」

 

 オドオドしてる私の様子を、長年天風さん係を務めてきたれな子ちゃんは、見逃さなかった。

 

 お昼休みに梨地さんに呼ばれたこと、それに関連性を見出して問い掛けられたのだ。

 

 それに、私は……。

 

「何にも、ないよ?」

 

 お愛想笑いで、誤魔化しちゃった。

 

 ここでもし、"私ってメイワク、なのかな?"なんて聞いちゃったら、れな子ちゃんは怒ってくれちゃうから。

 

 怒って、私を慰めてくれた後、怖くて嫌だろうにプルプルした足で、梨地さんに立ち向かっちゃうだろうから。

 

 そんなことになれば、れな子ちゃんの居場所がなくなっちゃう。

 

 みんなと仲直りして、元に戻れる可能性がパーンってなっちゃう。

 

 そんなの……嫌だった、から。

 

「嘘だよ、そんなの!」

 

 けど、私の嘘なんて、れな子ちゃんには簡単に見破られちゃって。

 

「何でもないって言うなら──ちゃんとわたしの目を見て、話をしてよ!」

 

 涙声で、よそよそしい私に訴えかけてきた。

 

「そよぎちゃんは……友達のまま、なんだから……」

 

 多分、この時のれな子ちゃんも、いっぱいいっぱいになっちゃってたんだと思う。

 

 ただでさえ辛いのに、唯一いつも通りだった私の様子までおかしくなっちゃったから、心が悲鳴をあげちゃってたんだ。

 

 けど、この時の私は、れな子ちゃんのことを考えているつもりで……目の前の、涙が溢れそうな彼女のことを、ちゃんと見てあげられてなかった。

 

「ごめ、んね、れな子ちゃん……っ」

 

 私は、泣いてるだろうれな子ちゃんを置いて──逃げた。

 

 これ以上は、絶対に甘えちゃうから。

 

 

『邪魔だから、調子に乗るなよ』

 

 

 その言葉が、脳にリフレインする。

 

 もうこれ以上、れな子ちゃんの足を引っ張りたくない。私のせいで、れな子ちゃんのいつもを、それ以上滅茶苦茶にしたくない。

 

 もう事は起こっているのに、まだ何とかなるって信じたくて、私は必死にれな子ちゃんから逃げた。

 

 走って、走って、息が荒くなって、足が止まる。

 

 ふと、夕焼けの中を振り返ると、遠く遠くで、誰かが小さく蹲っていた。

 

 

 

 それから一週間、私は体調を崩した。

 

 熱が出て、食欲がなくて、ベッドから一歩も出ないまま、自問自答してた。

 

 熱出してるのに寝れずに、どうすれば良かったんだろうって、うじうじと考え続けてたのが熱を長引かせた要因だと思う。

 

 そうして、やっと熱が引いた後。

 れな子ちゃんに、訳は話せないけど謝ろうって決意してから登校して。

 

 ──れな子ちゃんが、不登校になったことを知った。

 

 

 

 

 

 家に帰ってから、一週間放置していた携帯に電源プラグを挿すと……遥奈ちゃんから、キレ気味メッセージの山と鬼電が届いてた。

 

 震える手で、遥奈ちゃんの番号へ発信すると、ワンコールの後に即座に繋がって。

 

「あのね、遥奈ちゃ──」

 

『──家に来て、今すぐ』

 

 私が何か話そうとする前に、美少女が出しちゃいけないタイプのドスの効いた声で、それだけ告げて電話を切っちゃった。

 

 私は裁判への出頭を命じられた被告みたいに、甘織家へとトボトボ歩き始めたのだった。

 

 私、れな子ちゃんと遥奈ちゃんに、嫌われちゃったかな……。

 

 

 

 小さい頃から、頻繁に遊びに来ていた甘織家。

 いつも軽かった足取りも、今日ばかりは重い。

 

 ノロノロ歩いて到着したら、玄関口に遥奈ちゃんが仁王立ちで立っていた。

 

 私の姿を見た瞬間、即座に腕を掴まれた。

 逃さない、って意志を感じる。

 

「全部、話してもらうから」

 

「はい……」

 

 そのまま、遥奈ちゃんに甘織家のリビングへと連れ込まれたところで……。

 

「えと、れな子ちゃんのこと、だよね?」

 

 何故か、学校にいなかったれな子ちゃん。

 

 もしかすると、大変なことになってしまってるのか。

 私が、そうしちゃったのか。

 

 不安になりながら遥奈ちゃんを見つめると、深々とため息をつかれて。

 

「その前に体調、もう大丈夫なの?」

 

 ジトっとした目をしながらも、心配、してくれちゃってた。

 

 ……人に優しくしてもらったの、久しぶりだ。

 

「ぐすっ」

 

「まだ、しんどいの?」

 

 涙ぐんじゃう私に、遥奈ちゃんはどこまでも優しい。

 労りある声が、胸に沁みる。

 

 それが嬉しくって、あったかくて。

 いろいろ溢れた結果──私のママは、遥奈ちゃんであると確信した。

 

「遥奈ママぁ!」

 

「は?」

 

 そうして私は、大好きなママに抱きついちゃってた。

 

 ママの声と目が、冷凍庫で一年くらい遺棄されてたアイスくらい冷たくなっちゃったけど、ママがそんな声と目をする訳ないので、全部気のせいに違いないよ。

 

「あのね、遥奈ママ、聞いて?」

 

「聞くけどさ──ふざけてると舌引っこ抜くから」

 

「遥奈ちゃん、もう体は大丈夫だからお話聞いて!」

 

 こうして、遥奈ママからネグレクトされた私は、魔法が解けて幼馴染に戻り、うんぬんかんぬんな事情をお話しし始めたのでした。

 

 

 

 そうして、学校であった無視のこと、れな子ちゃんとあった行き違いのことについて話し合えると……。

 

「中学生にもなって、バッカみたい。小学生と変わらないじゃん」

 

 遥奈ちゃんは、生ぐさいお魚を食べた時みたいに吐き捨てたの。

 

「さ、最近の子は、進んでるんだね」

 

「言っとくけど、お姉ちゃんとそよぎちゃんの行き違いについてもだから」

 

「ごめんなさい……」

 

 ジトっとした目で遥奈ちゃんに見られちゃって、だんご虫みたいに小さく丸まる。

 

 遥奈ちゃんに、梨地さんに言われた内容は話してない。

 年下の女の子に話すには、ドロドロし過ぎちゃってることだから。

 

 だから、もっとシンプルに私のイジメに、れな子ちゃんを巻き込んじゃってるのかもってことだけ話した。

 

 それを心配してくれたれな子ちゃんの手を、振り払っちゃったことも。

 

「あのさ、そよぎちゃん」

 

「はい」

 

 そんな私に、遥奈ちゃんは、木から降りられなくなった猫を見る目で私を見つめて。

 

「自分だけじゃ解決できないのに、強がったって意味ないじゃん」

 

 心底、お馬鹿さんを見る目だ。

 

「でも、れな子ちゃんにメイワクが……」

 

「もう、これまでも十分かけ続けてるでしょ。それに、お姉ちゃん、引き籠っちゃったんだけど?」

 

「…………ごめんなさい」

 

 そうだ、そうだった。

 れな子ちゃん、突如として引き篭もりになっちゃったのだ。

 

 学校で無視されるの、私は耐えられた。

 だって私、陰キャだもん。

 陰キャは、孤独耐性がとても強い生き物なのです。

 

 そもそも、私はれな子ちゃんと遥奈ちゃん以外、友達って呼べる人、いないし。

 

 でも、れな子ちゃんは、陰キャじゃなかった。

 

 中学生になって大人しくなったけど、それでも人と関わるのは苦手さんじゃなかった。

 

 一生懸命、周りとコミュニケーションしてた。

 小学生の時みたいに、みんな仲良しでいたいよって。

 

 中学生になってそれは難しくても、出来るだけそうだったら嬉しいなって。

 

 そんな子が、引きこもりになっちゃうだなんて……。

 

「扉越しでも良いから、お姉ちゃんに声掛けて」

 

「うん、ごめんなさい、してくるね……」

 

 

 

 

 

 遥奈ちゃんに頷いてから、私はれな子ちゃんのお部屋までやってきた。

 ……だって、私のせいなんだから。

 

 れな子ちゃんと最後に会った時、こう言ってくれてた。

 

 

『そよぎちゃんは……友達のまま、なんだから……』

 

 

 れな子ちゃんは、他人を思いやれる女の子。

 だから、常に周りの目を気にしちゃう。

 

 そんな子が、誰からも無視されちゃうなんて、本当に辛くてしんどかったと思う。

 

 けど、まだ友達の私がいたから耐えられてたんだって。

 

 全部私の想像で、自惚れさんだけど……。

 でも、私もれな子ちゃんかいない学校は怖いから、気持ちが分かっちゃう。

 

 そのれな子ちゃんを、私はあの夕暮れで裏切っちゃった。

 友達なのに、苦しいことを分かち合えなかった。

 

 れな子ちゃんは、それが許せなくて。

 私のお顔も見たくなくて、だから引きこもりになっちゃったんだって、そう思うの。

 

 ……本当にごめんね、れなこちゃん。

 

 私は、れな子ちゃんのお部屋の前で立ち止まってた。

 軽く深呼吸して、引っ叩かれる準備もして。

 

 そうして、トントンって扉を叩いたの。

 

「れ、れな子ちゃん、そよぎです。お話し、したいなって……」

 

 お部屋から、お返事はなかった。

 私の声だけが、その場の唯一の音。

 

 寝ちゃってるのかなって思ったけど、単に私とお話ししたくないだけかもしれない。

 

「あ、あのね、じゃあ、お話しじゃなくて、私の独り言って思って聞いてね。れな子ちゃんは、お返事なくても良いから」

 

 逃げちゃダメって自分に言い聞かせて。

 頬っぺをパンパンって叩いてから、れな子ちゃんへ伝えたいことを話し始めた。

 

「れな子ちゃん、あの時は本当にごめんなさい! 私、私っ、自分のことでいっぱいで、れな子ちゃんのこと、考えられてなかったの!」

 

 寝ちゃってたのなら、また伝えれば良い。

 そう思って、心の底を曝け出した。

 

「れな子ちゃんが私のためにって思ってくれてたのに、私は自己中で、臆病者で、陰キャの中の陰キャで……友達なのに、ひどいこと、しちゃって……」

 

 れな子ちゃんの気持ちを考えると、居た堪れない。

 学校での居場所が、どこにも無くなっちゃったから。

 

「反省してます、心の底から。今度は、逃げないって約束します!」

 

 梨地さんの言うこと聞くなら、れな子ちゃんから離れるべきだった。

 

 れな子ちゃんと一緒に居るって決めてたなら、夕暮れで全部話しちゃうべきだった。

 

 私、全部のことに中途半端だった。

 これじゃ、余計に変になっちゃって当たり前だもん。

 

「だから、だからね……。また、学校、一緒に行こう?」

 

 だから、やり直させてください。

 もう一度だけ、酷いことした私にもチャンスをください。

 

 今度は、れな子ちゃんの側にずっと居ます。

 

 図々しいけど、そんなの今更。

 今更だから、開き直れる。

 

 けれど、胸のバクバクが止まらない。

 嫌だって言われちゃったら、私どうすれば良いんだろうって思う。

 

 沈黙が、何秒も過ぎていく。

 私は、黙ったままれな子ちゃんの返事を待ってた。

 

 これ以上の気持ちなんて、伝えられそうにないから。

 

 ……時間が過ぎてく、沈黙が痛い。

 秒針が動く音の代わりに、自分の心臓の音が聞こえてきちゃう。

 

 そうして、何分待っただろう。

 じっと待ち続けてると、部屋の中から何か聞こえてきた。

 

「──つき」

 

「れな子ちゃん!?」

 

 れな子ちゃんの声だ!

 

 嬉しくなっちゃって、私は扉に近付いた。

 なんて言ってくれたのかなって、いてもたってもいられなくて。

 

「れな子ちゃん、ごめんなさい。よく聞こえなかったから、もう一度だけ、言ってくれないかな!」

 

 お返事があるって、素敵なこと。

 コミュニケーションって、嬉しいな。

 

 そんなことを考えた私に、れな子ちゃんはもう一度同じ言葉を繰り返してくれた。

 

「──嘘つき」

 

「…………え?」

 

 拒絶の言葉だった。

 それも、近寄らないでって、そういう類の。

 

 絶句する私に、れな子ちゃんは小さいお声で、扉越しにポツポツと溢した。

 

「自分のことで、精一杯だったなんて……ウソ」

 

「ほ、ほんとだよ!」

 

「──ウソだよ、そんなの。わたしのためだって、思っててくれたのに」

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 私は自己中だけど、れな子ちゃんのことを考えてたのは本当だから。

 

 でも、それはれな子ちゃんの気持ちになって、考えてたって意味じゃないの。

 

 私の考えを、れな子ちゃんに押し付けようってしてただけだから。

 

「で、でも、それは──」

 

「だから、隠したんだよね。──梨地さんに、わたしを無視しろって言われたこと」

 

「…………はにゃ?」

 

 それをどうやって伝えようって考えてたら、なんか斜め下の答えが返ってきたの。

 

「えと、違うよ?」

 

 梨地さんに言われたのは、私のせいでれな子ちゃんが無視されてるってことだったから。

 

 まるっきり反対の迷推理を、れな子ちゃんはしちゃってたのです。

 

「そんなこと、言われてないよ?」

 

「……じゃあ、梨地さん、なんで言ったの?」

 

 尋ねられて、口をもごもごさせちゃう。

 正直に伝えるには、気が重くて、しんどいことだから。

 

 ……でも、決めたもんね。

 もう逃げないって、れな子ちゃんと一緒するって。

 

「私が居るから、れな子ちゃんは無視されてるんだって」

 

 だから、ちゃんと伝えられた。

 口は、きちんと動いてくれた。

 

 ほっとして、胸を撫で下ろす。

 

 

「──嘘つき!!!」

 

 

 だから、その大声の返事が予想外すぎて、びっくりして腰を抜かしちゃった。

 

「れな子、ちゃん?」

 

「ずっと前から、梨地さんがチラチラ見てたのは、わたしの方。気にされてたこと、気が付いてない訳ない!」

 

「え、え?」

 

 なんか知らない情報が出てきて、腰だけじゃなくて頭もびっくりしちゃう。

 

 ずっと前から、れな子ちゃんが標的だったってこと?

 

 でも、ならどうして、梨地さんは私にあんなこと言ったの?

 

 ……分かんない、わかんないよぉ。

 

「私、嘘ついてないよ?」

 

「そうやって、そよぎちゃんは勝手に庇って、勝手に傷付くんだ……」

 

「本当に違うの、れな子ちゃん!」

 

 私は、いっぱいいっぱい主張した。

 私が陰キャなせいで、れな子ちゃんを独り占めしちゃってたって。

 

 みんな、本当はれな子ちゃんと仲良くしたいんだって。

 

「…………もう、いい」

 

「れな子ちゃん?」

 

 混乱したまま、喋り倒してた私に、れな子ちゃんはポツリと呟いて。

 

 それから、お返事が返ってこなくなっちゃった。

 何を言っても、何を伝えようとしても。

 

 私の言葉は、もう届かないって主張するみたいに。

 

 ……れな子ちゃん、本当にごめんなさい。

 

 私、大切な幼馴染にすら、気持ちを届けてあげられない陰キャの中の陰キャだったんだね。

 

 

 

 

 

 ごめんなさい、とリビングにいた遥奈ちゃんに報告して、ことの経緯を全部伝えた。

 

「私の言葉、もうれな子ちゃんに届かないのかな……」

 

 何を言っても、信じてもらえない。

 れな子ちゃんは私より賢くて、周りが見えているから。

 

 れな子ちゃんの中にできちゃった真実を、私は壊してあげることができない。

 

 ……いじめの本命はどちらかなんて、そんなの証明するの、バカバカしいにも程があるけど。

 

「そっか、バカお姉ちゃん、今はそよぎちゃんよりバカになっちゃってるんだ」

 

「遥奈ちゃん遥奈ちゃん、私もれな子ちゃんも、年上のお姉さんだよ?」

 

「お姉ちゃんはともかく、そよぎちゃんは中身が女児のまま、ここまで生きてきたのに?」

 

「酷いよ!」

 

 二人で顔を合わせて、ちょっとだけ笑えちゃった。

 いつもみたいなこと、まだ話せるんだって。

 

「……いつも、れな子ちゃんのお背中に隠れてたもんね」

 

 けど、今のが遥奈ちゃんの冗談だったとしても、そこに真実が一つもない訳じゃない。

 

 私はいつも、れな子ちゃんの背中に隠れて生きてきたから。

 護られてきた分、成長はゆっくりだった。

 

 だったらって、今になって思ったのです。

 

「私ね、成長したい。──れな子ちゃんを、護ってあげられるくらいに」

 

 今まで護られてきたのなら、今度は私がそうなりたい。

 貰ってばかりは、嫌なんだもん。

 

「そっか、女児を卒業するんだ」

 

「元から、女子中学生だけどね!」

 

 遥奈ちゃんのおめめが、れな子ちゃんの背中みたいに温かくなってた。

 頑張れって、思ってくれてるのが伝わってくる。

 

「どうするの?」

 

「そうだねー……」

 

 でも、頑張るにしたって、一体何をどうすれば良いのか?

 

 ちょっと考えてから、私は遥奈ちゃんのおめめを見つめ返して。

 

「えとね、れな子ちゃんが戻ってくるまで、ちゃんと学校行き続けるよ」

 

 そんなの、当たり前のことかもしれない。

 でも、今の私には約束が必要だった。

 

 れな子ちゃんも居なくて、誰もお話ししてくれない環境が辛くて、負けちゃうかもしれない。

 

 そうなったら私、クソ雑魚引きこもり陰キャゴミ虫として、お家で畑の肥料を作る自宅警備員に転職しちゃうことになるから。

 

 そんな弱っちい私だと、れな子ちゃんを護ってなんてあげられないから。

 

「遥奈ちゃん、あのね。一方的なんだけど、約束したいの。私はれな子ちゃんの、学校での居場所になるって。だから、色んなことに負けないって」

 

 そっと小指を差し出すと、遥奈ちゃんは迷うことなく小指を絡ませてくれた。

 

「ゆびきりげんまん、嘘ついたら──」

 

 れな子ちゃんの泣き顔を、頭に思い浮かべる。

 負けないって、気持ちが強くなって。

 

「──れな子ちゃんと、もう会わないから」

 

「は?」

 

「"み"ゃ"」

 

  絡めてた小指に、遥奈ちゃんのクソつよ握力が加わって、へし折られそうになる。

 

 死にかけの猫さんみたいな声が出ちゃったのは、ある意味で仕方なかったのかもしれなかった。

 

「後がなくなること、言わない」

 

「はい……」

 

 そういうわけで、結局、約束ごとは嘘ついたら遥奈ちゃんにしばかれまくるということになった。

 

 とってもバイオレンス、凶悪すぎる妹分ちゃんだね?

 

 ……でも、嬉しかった。

 遥奈ちゃん、私のこと見捨ててないって分かるもん。

 

 それだけで、頑張れちゃうって思えてきちゃう。

 

「ゆーびきった!」

 

 私、負けないよ。

 待ってるから、れな子ちゃん。

 

 居場所、なくなってないから。

 無理はしなくて良いけど、いつでも学校、来れるからね?

 

 私があなたの居場所になるからね……。

 

 

 

 

 

 そうして、れな子ちゃんの居ない学校生活が始まった。

 

 みんな遠巻きで、腫れ物みたい。

 誰も話なんてしないし、私はいつもひとりぼっち。

 

 でもね、大丈夫なのです。

 先天性陰キャ症候群の人間は、ボッチなんて慣れっこですから。

 

 朝が来て、昼が過ぎ、放課後になって、一人で帰る。

 1日1日が全く同じ、やっぱり慣れちゃう。

 

 でもね、一応のプライドはあるから、私は好きで孤独なのですって主張するために、休み時間もノートを広げて自習自習。

 

 アホの子からガリ勉女にジョブチェンジした私は、テストの点数だってニョキニョキ伸びちゃう。

 

 ふふ、高校受験だって成功しちゃうね?

 

 一週間が過ぎて慣れて、一ヶ月が過ぎて麻痺して。

 冬が訪れてボンヤリして、春が訪れて茫洋とした。

 

 ──れな子ちゃんは、来なかった。

 ──私はずっと、ひとりぼっち。

 

 遥奈ちゃんから、メールが届く。

 定期的に、メールしてくれる。

 

 ──お姉ちゃんはもうダメ、信じられない程ダメ人間になってる、って。

 

 れな子ちゃん大好き妹な遥奈ちゃん。

 れな子ちゃんが引きこもってから、一生懸命色々と勉強したり、声かけしたり、色々と尽くしてあげてたみたいなの。

 

 でもね、全部効果はなかったんだって。

 れな子ちゃんの自分を守る心の殻は、すっごく硬くて頑丈になっちゃってるみたい。

 

 私も時々、甘織家に様子を見に行ったけど、何を言えばわからなくて、何も話せないまま帰っちゃう。

 

 れな子ちゃんのこと、分ってあげられなくなっちゃってた。

 

 

 

 時間が過ぎるごとに、私も変わる。

 

 誰とも喋らないから、話し方を忘れちゃった。

 誰にも見せないから、表情だって動かない。

 

 でもね、それでも私は待ってたの。

 れな子ちゃんの居場所になりたいって、その気持ちだけは忘れたかなんてなかったから。

 

 そうして、夏が過ぎ去って。

 気が付けば、紅葉が咲いて舞い落ちてた。

 

 秋、あれから一年。

 私はボッチで、陰キャで、成長なんて夢見ごと。

 

 多分、遥奈ちゃんが約束してくれてなかったら、学校だって来なくなってたかもしれない。

 

 何も変わらないまま、遠く遠くまで来ちゃった。

 強くなるどころか、何かを無くしちゃった気もする。

 

 でもね、我慢だけは得意なんです。

 耐えることにかけては、誰にだって負けません。

 

 陰キャの特技は殻に篭る、ダメージなんてへっちゃらです。

 

 そんな中で一通、メールが届いた。

 会いたいって内容で、懐かしいって思える子から。

 

「甘織、れな子……ちゃん」

 

 なんか掠れ声だけど、口にした名前がとっても素敵に思える。

 

 れな子ちゃんの長い休日が明けたんだって、それがとっても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 わたし、甘織れな子は、中学二年生の時に失敗した。

 

 何をかと言えば、色々だけど……一番は酷かったのは人付き合い。

 

 そのせいで、大切な友達を傷つけてしまった挙句、わたしは引き篭もりになった。

 

 わたしだけならともかく、親友まで傷つけた。

 そのことで悩んで、苦しんで、引き篭もるまでになってしまった。

 

 わたしがいなきゃ、こんなことにはならなかったんだって気持ちもあった。

 

 その子は、小さい時からの幼馴染。

 いつも、れな子ちゃんれな子ちゃんって呼びながら、わたしの背中にピッタリくっついてた。

 

 黒髪のおかっぱで、背が小さくて、わたしや妹以外の人相手には、オドオドしちゃう子。

 

 みんなから、お人形さんみたいだって思われてた、中学生になっても小学生ぽさが抜けない女の子。

 

 そんな子だから、助けてあげなきゃって、ずっと思ってた。

 

 頼られてるって自覚はあったし、そのことは全然嫌じゃなく、むしろ嬉しくて。

 

 わたしの目が明るいうちは、この子に近づく悪い奴は全員やっつけてあげるから、とか出来もしないかと思って、調子に乗ってったっけ。

 

 ……うん、そう、出来もしないことだった。

 

 わたし、全然陽キャじゃなかった。

 あの子のこと、護ってあげるどころか自分がイジメられるのに巻き込んだ。

 

 ずっと、苦しかった。

 普通の人なら、他人にうまく合わせて、もっと上手くできたんだって思う。

 

 でも、私は人生が下手くそで、レールを踏み外してしまった。

 

 もっと上手くできたはずなのにって、ずっと後悔してる。

 

 そうしてウジウジしている間に、月日は流れていく。

 気が付けば、一年が経っていた。

 

 ……でも、多分、そうしてることにも、飽きちゃったんだ。

 

 人生が浪費されていく、わたしはこんな自分のままでいいの?

 

 そんなことを、思い始めたのだから。

 

 

 わたしって、なんだったんだろう。

 そう思って、でもわからなくて。

 

 ヒントが欲しくて、他の子は何してるんだろうってSNSとかで、小学生時代の友達とかを検索してみた。

 

 すると、驚く程に、みんなキラキラしていた。

 

 たくさんの夢、やりたいことに溢れていて、久しぶりに胸がジンとした。

 

 暗い部屋で暗いことばかり考えていた自分とは違って、明るい場所を堂々と歩いている。

 

 ──良いなって、気持ちが過った。

 

 わたしも、そうありたかったから。

 そうなりたいって、心の底から思っていたから。

 

 そうして、指は自然と、あの子のSNSを検索して。

 

 あの子のアカウントは、一年前から何も投稿されてない。

 繋がりを求めるSNSで、断絶が発生していた。

 

 彼女が今、どうしているのか。

 追う手段は、部屋にいる限りは存在しなくなっていた。

 

 ……気になって、しまった。

 

 あれから一年、経ってる。

 

 あの子はSNSに投稿してるみんなみたいに、変わったのか、そうでないのか。

 

 キラキラしているSNS越しのみんなが、間接的に背中を押してくれた気がした。

 

 結局、巻き込んじゃってごめんの一言さえ、伝えられてない。

 

 関わりが怖い、他人が怖い。

 他の人からどう思われているのか、想像するだけで震えてしまう。

 

「あやまら、なきゃ」

 

 でも、外に出る理由なんて、それで十分だった。

 

 例え、あの子がわたしに愛想つかせてても、それは謝らない理由にならない。

 

「──そよぎちゃん」

 

 その名前を口にすると、不思議なことに、立ち上がることが苦じゃなくなっていた。

 

 

 

 あれから、色々あった。

 

 まず初めに、部屋を出て妹の遥奈に謝ると、何でかパーで頭を叩かれ続けた。

 

「今まで迷惑かけてごめん! 幾らでも叩いて良いから、だから協力してください!!」

 

 モグラ叩き以上に苛烈なパーに無抵抗で、お願いしながら遥奈に縋り付くと、ポツリと一言。

 

「バカお姉ちゃん……。チャンスはもう一度だけ、だからね」

 

「遥奈先輩!」

 

「……センパイ呼ひ禁止。そよぎちゃんの、遥奈ママってのとレベル変わらないから」

 

「え、そよぎちゃんのママって、わたしだけじゃなかったの!?」

 

「バカ?」

 

 遥奈から、ゴミを見る目で見下される。

 でも、その色の籠った視線が嬉しい。

 

 こんなお姉ちゃんなのに、まだ見捨ててないんだって分かって。

 

 生まれ変わって、陽キャになって、やり直すんだ。

 そうして、また、あの子に……そよぎちゃんに会える自分になる。

 

 私の小さな一歩目を、遥奈はぶっきらぼうに手を引いて、導いてくれた。

 

 陽キャで、運動神経があって、時々コンプレックスを感じるけど……誰よりも自慢の妹だった。

 

 

 

 遥奈の助けを得て、見た目だけは陽キャっぽくなれた。

 

 でも、鏡越しに笑うわたしは、困った笑顔をしてる。

 

 これは陽キャっぽくない、遥奈に"キモ"と罵倒されるかもしれない。おのれ遥奈め。

 

 そんなこと考えたら、鏡の私は普通になってた。

 妹のナマイキは、陰キャによく効く内服薬なのか(蔑みの目が、悲しいくらいに良く効いてしまう)。

 

 姉を何だと思っているのか。

 もし遥奈に聞いてみても、"ゴミ"って吐き捨てられて終わりそう。

 

 クッ、言い返せない!

 

 このままでは、戦う前に(頭の中にいる)遥奈に心をへし折られかねない。

 

 そんなナマイキな(脳内)妹に、私は姉の威厳を見せつける正論を叩きつけた。

 

 でもさ、ゴミである私をラッピング(美容室連れて行ったり、服を一緒に選んでくれたり、化粧水まで拘ってくれた)していた遥奈は、様子のおかしい人になるよね!

 

 ……よし、判定勝ち。

 ギリギリ遥奈(妄想)を論破することに成功した。

 

 ふぅ、危ない危ない。

 危うく、姉の尊厳を全部無くしちゃうところだった。

 

 意気揚々と部屋に戻って、ピッとフォー君の電源を入れる。

 

 するとフォー君は、頑張れってわたしを励ましてくれるみたいに、ブォーンと音を立ててくれた。

 

「ありがとうフォー君、わたし頑張るから!」

 

 青色の電源ボタンが、ぴかーっと光ってる。

 フォー君のエールだ、間違いない!

 

 この一年、ずっとわたしを支え続けてくれた相方は、今日も行ってらっしゃいと励ましてくれた。

 

 これで、甘織れな子は戦える!

 フォー君が、ワイヤレスで元気を充電してくれたお陰で!

 

 フォー君が愛おしくなって、その体を撫でる。

 愛しい愛しいフォー君、ずっと一緒だからね。

 

 ガチャリと、部屋の扉が開いた。

 

「お姉ちゃん、覚悟決めて連絡したんでしょ。グズってないでサッサと…………」

 

「あっ」

 

「は?」

 

 愛しいフォー君との蜜月は、突如としてノックも無しに訪れた遥奈(本物)によって、打ち破られることになった。

 

 私とフォー君との睦み合いを見た遥奈は、瞬く間にゴミを見る目になって。

 

「キモ」

 

「キモくないし!」

 

 とんでもない冤罪だった。

 私とフォー君は、こんなにも両思いなのに……。

 

 

 

 

 

 そうして、始まる前から心を遥奈(邪智暴虐)にいた振られながらも、わたしは何とか待ち合わせの場所にたどり着いた。

 

 ──あの日の夕暮れ、最後にそよぎちゃんと歩いた河原に。

 

 通学路だった、一緒に何度も歩いて帰った。

 そよぎちゃんの笑い声が、何だか懐かしい。

 一緒に笑って帰った日が、すごく遠くに感じる。

 

 じゃり、と石が擦れる音がした。

 誰かの足跡だ、ドクンと心臓が跳ね上がる。

 

 最初に、何て声をかけようか。

 考えてたのに、頭が真っ白になって分かんなくなる。

 

 いや、ごめんなさいが一番最初だけど!

 ……でも、そのあとの会話、どうしよう。

 

 一年前は、自然と何でも話せた。

 でも、今は何を話せば良いのか分からない。

 

 気まずさが胸の中でグルグルして、すごく落ち着かない。

 

 それでも、足音は近づいてくる。

 もうすぐそこまで、迫ってる。

 

 必死に、お天気デッキ以外の会話デッキを構築する。

 そよぎちゃんと気まずくなるなんて、絶対にムリだし!

 

 慌てて、焦って、必死で、そうして──。

 

 ──ママか?

 

 閃きは、やってきた。

 今のわたしは、会話デッキ界のエジソンだ。

 

 れな子ママデッキ、そよぎちゃん相手ならこれで戦える。

 

 そよぎちゃんなら、乗ってくれるはず。

 よし、いくぞ!

 

 心臓がバクバクして、頭まで爆発しそうになりながら、足音の方へと振り向いた。

 

「──そよぎ、ちゃん?」

 

 振り向いた先にいたのは、やっぱりそよぎちゃんだった。

 

 肩までだった髪は、その背中まで伸びている。

 背は変わってなくて、あの日のまま。

 

 けど、何かが変だった。

 

 何かって、何が?

 分からない、けどすぐに分かった。

 

「……久しぶり、れな子ちゃん」

 

 いつも賑やかで、騒がしかったそよぎちゃんが、とっても静かなんだ。

 

 そして、わたしや遥奈の前だと、明るく七色に変わってた表情は、殆ど変わらないで無表情のまま。

 

 いや、よく見たら、ちょっとだけ口角が上がっている。

 ほんのちょっとだけ、笑ってる、のかもしれない。

 

 夕暮れが濃くなる、影が世界を覆っていく。

 ぼんやりと視界が滲んで、世界とそよぎちゃんの境界が曖昧になる。

 

「どうして……」

 

 最初は、怒ってるのかと思った。

 怒ってるから、無表情になっちゃってるのかなって。

 

 でも、違う。

 そよぎちゃんが怒ってる時は、そんな感じにはならない。

 

 そもそも、こんなそよぎちゃんは初めてだ。

 わたしの知らないそよぎちゃんが、いま目の前に立っていた。

 

「私、強くは、なれなかった」

 

 そよぎちゃんは、途切れとぎれに喋っていた。

 喋り方を、どこかに無くしてしまったみたいに。

 

「でも、適応、できた」

 

 表情も、もしかしたらそうなのかな。

 何処か遠く、一年前に置いてきちゃったみたいに真っさら。

 

「陰キャでも、学校に、存在できる」

 

 その薄い微笑みが、どうしようもなく悲しい。

 

「ノラ猫に、なれば良いの。誰もいない場所で、日向ぼっこをしてる──そうしていれば、惨めじゃないから」

 

「っ、そよぎちゃん!」

 

 居てもたってもいられなくなって。

 そんな悲しいことばっかり、言ってほしくなくて。

 

 そよぎちゃんを、抱きしめた。

 ちっちゃくて、どうしたって細い身体を。

 

 ボロボロと崩れていくそよぎちゃんの心を、かき集めるみたいに。

 

「ごめんっ、本当にごめんなさい! そよぎちゃんがずっと頑張っててくれたのに、わたし……っ」

 

 頭で考えていたことが、全部吹き飛ぶ。

 バカなこと、考えている場合じゃなかった。

 

 遥奈から、聞いていた。

 "そよぎちゃんはお姉ちゃんの居場所になるって、そう言ってたのに"って。

 

 わたしが学校に来られるように、一人ぼっちにならないように、登校するまで待ち続けてくれたんだって。

 

 ……また、わたしのせいだ。

 

 そよぎちゃん、無理して自分を変えたんだ。

 耐えるために、自分の殻を何重にもして。

 

 わたしを一人ぼっちにしないために、一人でいられるようになってしまった。

 

 そんなのって、酷いよ……。

 

「これからは、一緒にいる。そよぎちゃん、だから……っ」

 

 元のそよぎちゃんに、戻って。

 抱きしめる力を強くして、無理しないでと伝える。

 

 わたし、生まれ変わったから。

 陽キャになって、そよぎちゃんを護るよって。

 

 ……返事ない、沈黙が耳を埋め立てる。

 

 代わりに、トンと胸を押された。

 ちょっとよろけて、抱きしめてたそよぎちゃんが、腕から抜け出して。

 

「れな子、ちゃん」

 

 暮れる日に呑まれるようにして、そよぎちゃんは告げた。

 

「かわいく、なった」

 

「え?」

 

 会話が繋がってない、意味が分からない。

 でも、そよぎちゃんは、小さく笑っていた。

 

 ──何か、嫌な予感がする。

 

「キラキラ、してるね」

 

「そ、そうだよ、わたし生まれ変わったの!」

 

 何か、言わなくちゃ。

 言わないと、よくないことが起こる。

 

 そんな気がして、変に焦る。

 

「陽キャになって、今度こそ失敗しない。みんなみたいに、素敵な人間になる。だから──」

 

 言葉を手繰る、今度こそあなたを護るよって伝えるために。

 でも、全部は言えなかった。

 

 ──よそぎちゃんの人差し指が、わたしの唇を塞いだから。

 

「私は、陽キャに、なれなかった」

 

 小さな声で、囁くように。

 そよぎちゃんの声が、風に乗って聞こえてくる。

 

「居場所に、なれなかった」

 

「それは違うよ! そよぎちゃんがどうでも、大切な幼馴染で、隣が居場所で!!」

 

「──違う」

 

 小さい声なのに、そよぎちゃんの声はハッキリ聞こえてしまう。

 

 大声を出してるのはわたしなのに、小さな声に掻き消される。

 

 実感みたいなものの差が、わたしの口を塞ぎにかかる。

 

「陽キャと陰キャは、住む世界が、違う」

 

 その言葉で、頭が真っ白になる。

 だって、それは分かる理屈だから。

 

 何度も何度も、実感して、苦しくなって、心が折れた現実の話だから。

 

「今のれな子ちゃんは、すてき、可愛い。だから──」

 

 川辺の縁で、そよぎちゃんはこのもなさそうに言った。

 

「ダメ、だよ」

 

「ダメって、なにが?」

 

 言わせちゃダメだって、心が叫んでいる。

 そのぎちゃんの言いたいことが分かるから、止めなきゃって思うのに。

 

 ……なのに、言葉が上手く出てこない。

 

 

「──私の隣は、ダメ」

 

 

 だから、その言葉が出た時、何か大切なものが壊れた気がして。

 

「違う、そんなことない!」

 

 必死に、否定しようとした。

 絶対、そんなことないって、強く強く伝えたくて。

 

「陽キャは、そんなの関係ないんだから!!」

 

 そうだ、陽キャは凄いんだ。

 誰にだって優しくて、明るくて、楽しくて、それでいて素敵で無敵な生命体なんだ!

 

 そよぎちゃんが凄いレベルの陰キャになっちゃっても、わたしが明るく照らすから、だから……っ。

 

「幼馴染の親友が、離れようとなんて、しないでよ!!!」

 

 心からの、何よりの叫び。

 

 ようやく立ち直ろうと思っているのに、今更バイバイなんておかしい。

 

「そよぎちゃんに見捨てられたら、わたしまた引き篭もるよ! 今度は2年、いや、3年は!」

 

 無茶苦茶なこと、言っている自覚はある。

 でも、ここでそよぎちゃんと別れたら、どこかに居なくなっちゃう気がしたから。

 

 居なくならないでって、手を取って伝える。

 あなたが必要ですって、心の底から主張する。

 

「わたしの人生、取り返しのつかないことになっちゃうけど良いのかな!!」

 

 酷すぎる脅迫、そよぎちゃんに見限られても仕方ないって思えるくらいには。

 でも、事実だし。

 

 そよぎちゃんが見捨てたら、わたしは一人寂しく妹に見下されながら、部屋の片隅でフォー君を毎日抱いて寝る陰キャの女王になっちゃうよ! それでもいいの!!

 

 グッと顔を近づける、目を逸らさせないために。

 

 そよぎちゃんが、わたしのことが嫌いなら、仕方ない。

 でも、そうじゃないって、信じてたから。

 

 一年ぶりで、違う人みたいになってて、距離を空けようとしてくるけれど。

 

「そよぎちゃんはさ、わたしのこと、どう思ってる?」

 

 それでも、人生で初めての友達なんだ。

 

 変わった部分もある、雰囲気も違う。

 けど、そよぎちゃんの今までが、全部無くなっちゃったなんて、そんなの信じない!

 

 ジッと見つめると、そよぎちゃんは何度も目を瞬かせた。

 そして、ポツリと一言。

 

「……ともだち」

 

 やっぱり、変わってないところもあった。

 嬉しくて、顔が綻んじゃう。

 

 離れようってしたのも、わたしのことがイヤだからじゃない。

 

 陽キャになる努力をしている邪魔をしたくなくて、一歩引こうとしただけなんだ。

 

 そんなの、認めない。

 

 変わるって決めたんだ、わたしは。

 陽キャになる、ああなりたいって。

 

 だから、そよぎちゃんの手を握る。

 こういう時は、陽キャならこうするんだって信じて。

 

「友達なら、離れるのなんてダメ……ううん、ムリなんだからね!」

 

「…………ん」

 

 そう、ムリなのだ。

 友達が友達だから、友達じゃなくなろうとするなんて。

 

 言葉にすると意味わかんないし、そんなの悲しいだけだから。

 

「1年間、一人ぼっちにしてごめんなさい。これからは、そよぎちゃんの側にいさせてください!」

 

 罪悪感が、ないとは言えない。

 わたしのせいでって気持ちも、勿論ある。

 

 けど、それ以上に、わたしがそよぎちゃんと一緒にいたい。

 

 この気持ちにウソを吐いたら、また何も言えない陰キャなわたしに戻ってしまう。

 そよぎちゃんと、もう会えなくなる気がする。

 

 ヤダなって、素直に思った。

 だから、ワガママを押し通した。

 

 陽キャならワガママも、きっと周囲を明るくするから。

 

 夕陽が未練がましくさよならを告げる中、そよぎちゃんはジッと私の目を見つめた。

 

 ぼんやりとしていた綺麗な目に、わたしがちゃんと映ってる。

 

「私は、今の私、別に、嫌いじゃ、ない。一年、頑張った私、だから」

 

「うん」

 

「陽キャには、なれない」

 

「うん」

 

「陰キャ、極めようって、思ってる」

 

「うん」

 

 いや、それはどうかと思うけど。

 そよぎちゃんの目に、光が灯っていた。

 

「それでも、良いの?」

 

「──良いに決まってるから!」

 

 悪いわけない。誰かが何を言っても、そよぎちゃんは友達だって、言い続ける。

 

 そんなわたしの気持ちは、たぶん伝わってくれた。

 

 久しぶりに、昔のそよぎちゃんの笑みが浮かんだから。

 

「なら、私、れな子ちゃんの日陰に、なる。居場所には、なれなかった、けど。れな子ちゃんが、陽キャに疲れた時、休める場所に、なるよ」

 

 堪らず、胸に感情が吹き荒れる。

 

「そよぎちゃん!!」

 

 そよぎちゃんを、思いっきり抱きしめた。

 小さい身体を、ギュッと、これでもかってくらいに。

 

「応援、してる。れな子ちゃんが、陽キャに、なるの」

 

「うん、わたし、立派な陽キャになる! そよぎちゃんが、友達に自慢できるみたいな!」

 

「私の友達、れな子ちゃんと、遥奈ちゃん、だけ」

 

「妹にゴミ扱いされない姉にもなるから!」

 

「……れな子ちゃん、おかえり」

 

「ただいま、そよぎちゃん!」

 

 おかえりって言葉が、すごく嬉しい。

 あの日に無くなった続きが、帰ってきたって実感できて。

 

 全部無くしちゃったかもって思ってたけど、取り戻せた。

 これからも、少しずつ取り戻して、行きたいな……。

 

 

 

 その日、そよぎちゃんと手を繋いで、歩いて帰った。

 

 暮れた陽の代わりに、曖昧な星空が広がる。

 あんまりハッキリ見えないけれど、一等星がキラリと輝く。

 

 見つけただけなのに、それが手の中にある気がする。

 

 星に手を伸ばしても無駄かもしれないけど、手を伸ばさないと掴めさえしないのかもしれない。

 

 そんなことを思ったわたしは、まだ中学生だって実感できた。

 

 

 

 

 

 秋が枯れ、冬が来る。

 

 れな子ちゃんは、学校に来た。

 背筋は丸まっていて、凄く気まずそうにしている。

 

 イヤなひそひそ声だって、沢山囁かれている。

 

 でも、逃げなかった。

 れな子ちゃんは、戦うって決めたから。

 

 覚悟を決めたれな子ちゃんは強いって、私と遥奈ちゃんは知っている。

 やっばり、れな子ちゃんは凄いんだよ!

 

 

 

 そうして、私とれな子ちゃんは息を殺して、卒業まで漕ぎ着けた。

 

 れな子ちゃんが陽キャになりきるには、色々あった中学校は環境と状況が悪くて、そっと目立たないようにしていたけど。

 

 良くないことだけど、文字通りにれな子ちゃんの逃げ場所になれて、ちょっぴり嬉しかった。

 

 私、れな子ちゃんの役に立てたんだって。

 

 

 我慢の季節は過ぎて。

 私達は、地元から離れた、芦ケ谷高校って教学の学校に通うことになったんだ。

 

 誰もいない場所で、一から始めるために。

 

 れな子ちゃんは、気合い十分でそんな感じのピカピカ陽キャな女子高生になってた。

 高校デビューの準備、バンタンだね?

 

 一方の私は、髪が伸びるタイプの市松人形さんみたいになっちゃってたけど、陰キャだから何にも問題ないの!

 

 最近会えてなかった遥奈ちゃんに会ったら、凄くドン引きされたけどね!

 

「行こっか、そよぎちゃん」

 

「ん」

 

 れな子ちゃんを迎えに来て、新しい日を始める。

 全部が、新しく始まる日を。

 

 ──高校生になる、初めの日を。

 

 緊張して、ビクビクして、怖い気持ちもあるけれど。

 でも、きっと今日から良い日になる。

 

 少なくとも、れな子ちゃんのことなら、太鼓判を押して言えちゃいます。

 

 だって、れな子ちゃん、良い日にしようって努力してるんだもん。

 

 なら、きっとそうなんだって、信じたいよ。

 

「行ってきます」

 

「いってき、ます」

 

 お空を見上げたら、お日様が眩しい。

 れな子ちゃんみたいだって、ちょっと思っちゃったのでした。

 




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