「ねぇ、ちょっとヨリトくん」
放課後、僕がグラウンドにあるベンチに腰掛けナイキの運動靴に履き替えているとスズネお姉ちゃんが隣に座った。急に現れたので僕は少しドキッとしながらも平静を装って靴紐を結んだ。
「?どうしたの」
「来月にあるケイちゃんの誕生日のことなんだけど・・・」
「ヨリトー!早くサッカーしようぜえ!」
空気を読まずに僕の友達がサッカーボールを足で転がしながらこちらに手を振っている。気づけば皆準備ができたのかそれぞれのポジションについていた。
「わるーい!先始めててくれ!」
僕がそう言うとそいつは「早くこいよー!」と言って試合を開始させた。僕は放課後になるといつものようにクラスの男子友達数十人でサッカーや野球などをしていた。去年は上級生にグラウンドを取られていたけど、5年生になった今年からはもうグラウンドは僕たちのためにあると言っても過言ではなかった。
「えっと・・ケイの誕生日だっけ」
「うん・・・」
僕が一段階声のボリュームを落として話を戻すとスズネお姉ちゃんは困ったように頷いた。ケイの誕生日は7月の22日で丁度今から1ヶ月後にある。しかしなぜスズネお姉ちゃんは浮かない顔をしているのか僕には分からなかった。
「それがどうかしたの?」
「今年ケイちゃんのお母さん夏に帰ってこれないんだって・・・だから・・・」
「いや、一人にはさせない。僕も、スズネお姉ちゃんも、マリーもいる」
僕は立ち上がると梅雨明けの日差しを体いっぱいに浴びた。もう初夏も近く、放課後と言えど日はまだまだ落ちそうにない。
「ヨリトくん・・・」
「祝おう。あいつには内緒でさ、ケーキ持ってあいつの家に行くんだ」
僕はケイに気がある・・・というよりスズネお姉ちゃんにいいところを見せたくて思わずそう言ってしまった。でも、流石に一人での誕生日は可哀想だと思う。
「うん。そうしよっか!」
スズネお姉ちゃんがまるで天使のように微笑み、僕の想いは一層強くなっていった。夏の始まりを知らせる木々の衣は青々と色付けされ、乾いた風が僕たちを通り抜ける放課後。
でもその誕生日当日。マリーは一時帰国で一旦ドイツに帰り、それからスズネお姉ちゃんは夏風邪が悪化して入院していた。
「スズネお姉ちゃん!」
僕が病院のドアを荒々しく開け放つと彼女は窓際のベッドで弱々しく点滴につながれていた。僕はその点滴がまるで彼女をベッドから離さない鎖のように思えた。スズネお姉ちゃんの隣には彼女のお母さんがいて、なにやら雑誌を読んでいた。
「あら、頼途くん。鈴音のお見舞いに来てくれたの?」
彼女のお母さんは嬉しそうに読んでいた雑誌を閉じた。でもその口調は至って落ち着いていてどうやらスズネお姉ちゃんの風邪はそこまで心配する程のものではないことを知った。
「ヨリトくん・・ケイちゃんとマリーちゃんは?」
自分のことより彼女たちのことを心配する彼女に少しだけ苛立ちを感じながら僕は、
「僕一人で来た」
実際彼女が病院に入院したと聞いて、僕はなにも考えずにここまで来たのだった。
「マリーは今朝ドイツに一時帰国した。ケイは家じゃないかな」
マリーは元々夏に一旦帰ることを父親と約束していてケイの誕生日がまさか今日あるとは思いもしなかったらしい。メールで彼女から謝罪のメッセージが来たけど僕は「仕方ないよ」とだけ返信しておいた。
「じゃあ・・・結局ケイちゃんは今年も一人で・・。私が風邪なんかひくから」
「・・・言ったはずだよ。一人にさせないって」
僕は窓の外を見下ろした。ここの階が高いだけあって秋田市の夜景が見て取れる。時計の針は8時を指していた。僕は元々彼女の状態を確認したらすぐケイの家に向かう予定だった。
「ヨリトくん・・・ごめんね」
「スズネお姉ちゃんが謝ることないって。じゃあ、行ってくるから」
僕がそう言って病室を出ようとすると、
「あ、頼途くんこれ持って行って慧ちゃんに見せなさい」
そう言ってスズネお姉ちゃんのお母さんが手渡したものは先ほどまで彼女が読んでいた雑誌だった。それには付箋が挟まっていてそのページを開いてみるに、特集記事のようだ。
「その記事を書いたのは慧ちゃんのお母さんよ。お母さんは外国で頑張っているってきっと慧ちゃんも喜ぶと思うわ」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあヨリトくん、ケイちゃんによろしくね」
僕はスズネお姉ちゃんにしっかりと頷くと病室を駆け出した。
*
「はっぴばーすでーとぅーみー」
私は一人リビングのソファーに腰掛けるとハッピーバースデーソングのアレンジを歌った。歌に合わせて体を少しだけ揺らすと、ロウソクの灯りが作る私の大きな影も、それにつられてゆらゆらと揺れた。私はケーキを注文していなかったためすいせい屋で買った饅頭にロウソクを一本刺して代用した。お母さんから先ほど「誕生日おめでとう」という件名の長文メールが送られてきて私はそれに「みんな祝ってくれてるから安心してね」と返した。
「あーあ、私も11歳かぁ」
私はふっとロウソクの火を消すと「おめでとう私」と小さく拍手をして見せた。
涙が止まらなかった。
いつも私の前から皆居なくなってしまう。お父さんだってお母さんだってそうだ。私はずっといい子で、二人を困らせたことなんてなかったし、勉強だってちゃんとしていた。
「それなのに・・・なんでかな」
私がお父さんの遺影を見つめているとふとピンポーンとチャイムが鳴った。時刻はすでに9時を回っている。本当なら家にお母さんがいないときは誰が来たのか確かめてから開けるとお母さんと約束していたのだけど、そのときの私は少し自虐的になっていた。悪い人ならもうそれでも構わない。
そう思ってドアを開くとそこには想像とは違う人が立っていた。
「はぁ・・・はぁ・・ケイっ!た、誕生日おめでとうっ!・・・はぁ」
息を切らしたか彼は苦しそうにしながらも顔を上げて笑顔を見せた。
「森野くん・・・?」
「ほらこれ、誕生日プレゼントだ!受け取れ!!」
森野くんは半ば強引に綺麗なリボンで結ばれた包み紙を手渡した。嬉しい、というより驚きの方が大きかった私は「ありがとう」と言えずただ呆気にとられてた。
「え、えっと中に入る?」
そう言って森野くんを中に招き入れるとそう言えば初めてこの家に男の子を入れたことを思い出した。でも、こんな夜遅くに彼は大丈夫なのかな。親の人は心配しないのだろうか。
「あ、そっか・・・。森野くんのお家も・・・」
彼のお家もお父さんはいないし、お母さんは急遽できた仕事の都合で遠い所に行っているはずだ。辛い思いをしているのは、私だけじゃなかったようだ。
私がリビングの電気をつけると、ろうそくの刺さった饅頭が露わになってしまった。恥ずかしいとは思うけど、森野くんはそれを見ても同情するどころか、
「お、すいせい屋の饅頭じゃん!そっかー!ケイはすいせい屋の常連だったもんな!」
「そ、そうなんだ。おばあちゃんからもらったの」
本当は自分で買ったのだけど、なぜかそれは言えなかった。きっと見栄を張っているのかもしれない。自分にも祝ってくれている人がいると。
「へえー。じゃ、俺からも〜」
そう言って彼はリュックサックの中から大きな白い箱を取り出した。箱の角は潰れて丸くなり所々シワが出来ているけど彼は然程気にする様子もなく「じゃじゃ〜ん!」と思い切り箱を開けて見せた。
中に入っていたのは原型が無いワンホールケーキだった。
「・・・」
「・・・」
私たちはそれを見てしばらく口をぽかんとさせたと思う。すると不意に森野くんと目が合い、思わず二人で笑ってしまった。
「ぷっ・・・くはははははっ!」
「あは・・・はははは!ケーキ!ケーキだ!」
「あぁ!そうだぜ!これはケーキだ!」
初めてこんなに笑ったかもしれない。
「ちょっとぉ、森野くん暴れすぎだよ!ケーキがぐちゃぐちゃじゃん!」
「ま、まさかここまで崩れるとは・・・お、お腹に入れば一緒だろ!」
そう言って彼は使い捨てのフォークを二つ取り出すと一つを私に渡した。そして二人で、その何ケーキなのかよく分からない甘いものを他愛の無い話をしながら食べたのだった。こんなに美味しいケーキは初めて食べたかもしれ無い。こんなに楽しい時間は初めてかもしれ無い。それなのになぜか、私の目からは涙が溢れていた。
「えへっ、ごめんね。なんだか分からないけど涙が止まらないの」
すると彼はリュックの中から一冊の雑誌を取り出して、とあるページを見開いた。
「ドイツの隠れた名店!ヴェルトラオム!美味しいサンドウィッチに隠れた真実とは!」
そう言って見せてきた雑誌には確かに大きな見出しでそう書かれていた。
「?」
「著者、見てみろ」
彼が指差したページの隅には小さく、本当に小さいけど『宇佐見京子』、私のお母さんの名前が書かれてあった。
「美味そうだよなー。一度でいいから食ってみたいぜ」
私の涙で濡れたその記事に付与された写真に写ったサンドウィッチは確かにとても美味しそうだった。
「・・・・ケイ。お前のお母さんは頑張ってるんだ。お前のためにだ。そしてお前の誕生日会、開催できなかったけど成功させようと頑張ったスズネお姉ちゃんも、そのケーキを準備してくれたマリーも、お前がどうでもよかったらそんなこと絶対しない」
「森野くん・・・」
「その包み、開けてみて」
そういえば森野くんから貰った誕生日プレゼントはまだ開けていなかった。溢れでる涙をぽたぽたと落としながら綺麗なリボンを解き、箱を開けてみると、中には何も入っていなかった。私が顔を上げると彼がニカっと微笑んだ。
「俺の誕生日プレゼントはこっちだ」
そう言って彼は私の解いたリボンを掴むと横で縛ってあった私の髪に結びつけた。
「彗星リボン。彗星のように輝くそのリボンのように、ケイの笑顔も輝きますように。ってな。とある本のパクリだけど。・・・・よし!行こうぜ!」
彼はそういうと私の手を掴んで身一つで外へと駆け出した。
「え、ちょっと、どこに行くの!?」
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