放課後、チャイムが鳴った時私は教室には居なかった。先日私が風邪で休んだ時に行われたテストを違う教室で受けさせられていた。6時間目終了と同時に担当の先生が来て、私は空白を埋めたテスト用紙を差し出した。教科は得意の数学でなんら悩むところはなかったけどそれでも、今になってテストを受けた事を反省しながら受け渡すと先生は少し笑った。
「はい。ありがとう。宇佐見さんの事だからテストの事は心配していないわ」
「あ、ありがとうございます!」
「それに最近宇佐見さんお友達と遊んでいるようだから安心したわ」
現にこれから放課後皆ですいせい屋でお菓子を買って、それからセリオンタワーの展望台で女子会をする予定だ。
「先生、さようなら」
「えぇ、気をつけて帰るのよ」
私は教室を飛び出すと自分の教室である6年1組に向かった。放課後に一回スズネお姉ちゃんと教室で待ち合わせをする手筈になっているのだ。
「あ、ケイちゃん。私たち校門で待ってるね」
数人の女の子たちがランドセルを背負って廊下を駄弁りながら歩いていた。
「あ、うん!私も急いで向かうから!」
駆け足で教室に戻ると、そこにスズネお姉ちゃんの姿はなかった。スズネお姉ちゃん見なかったかな?と近くにいた男の子に聞くと、その男の子は戸惑いながら、
「あ、あぁ、屋上に行くところ見かけたけど」
「そっか、ありがとうね」
屋上?私は頭にハテナマークを浮かべたままそこへ向かった。この学校には当然ながら屋上があるし、登る事も出来るけど好んで行く人はないなかった。学校に良くある噂の中に「屋上には女の子の幽霊が住み着いている」というものがあったからだ。私も聞いた事があるけど、なんでも昔女の子がこの学校の屋上から飛び降り自殺をしたらしい。ヨリトは「生徒を屋上に行かせないための先生が考えた脅しだろう」とあまり気にすることなく行っていたけど、確かに飛降りようにも私たちの背丈の倍以上のフェンスで囲まれてるんだから、私もあまり信じる気にはなれなかった。
屋上へ続く薄暗い階段を上っているとなんだか屋上に誰かいるようで、スズネお姉ちゃんの話し声が聞こえてきた。私はドアの隙間から覗いてみるとそこには見慣れた顔があった。
「ねぇヨリトくん。なんであんなことをしたの?」
「あんなこと?」
ヨリトは彼女に背を見せながら首をかしげた。グラウンドで遊んでいる同クラスの男の子たちを見ているみたいだった。ついこの前まで彼が一緒に遊んでいた男友達だ。
「ケイちゃんのことだよ」
私はいきなり自分の名前が出てきてどきりとした。そして完全に出るタイミングを見失ってしまった。本当は盗み聞きは良くないのだけど、私がその場を離れることはなかった。いつもと雰囲気の違うスズネお姉ちゃんに少し違和感を覚えたのだ。
「あぁ、風邪ひいたつってたけど、もう元気だから心配しなくてもーー」
「そんなこと言ってんじゃないっ!!」
スズネお姉ちゃんが声を上げた。そしてようやくヨリトが振り向くと、彼もまた眉間にしわを寄せていて近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。ふと、強い風が吹き上げたのと同時に、ヨリトが口を開いた。
「・・・なんだよ。なんなんだよ。何が言いたい。お前だって「ケイのことをよろしく」って言っただろうが」
ヨリトはこれまでにないほど強い口調で言葉を吐いた。私は今夢を見ているのか、それとも今まで見ていたヨリトが夢だったのか少し混乱した。
「何もヨリトくんが犠牲になることないでしょ!?君はわざとあんなことをケイちゃんに言って自ら友達を離した。そしてその人たちは皆彼女に同情して、ケイちゃんにやっと友達が出来た。でも・・・こんなこと彼女が望んでいると思うの!?」
・・・スズネお姉ちゃんが何を言っているのか理解できない。彼はフェンスを拳で叩いた。あたりにガシャンと金網の軋む音が鳴り、スズネお姉ちゃんは一歩下がった。
「何も知らないくせに・・・知ったような口を聞くなよ・・・」
「な、何を言ってーー」
「お前は今までケイの何を見てきたっ!あいつがどんなに辛い思いをしてきたのか知ってるのかよっ!・・・俺は誕生日に見ちまったんだ。ケイは一人で・・・一人だけで自分の誕生日を祝っていた。それでも、それでもあいつは俺を見た途端笑顔で迎えたんだよ!泣きながら笑ってたんだよっ!!」
あの時のことだ。
「お前はどんなに辛いのか知ってるのか?泣きながら笑顔を作ることがどんなに苦しいか、ケイがどんなに苦しんで笑ってきたのか知ってるのかよっ!!」
全部ばれていた。
「俺はもうあいつの苦しむところを見たくない。あいつには誤魔化したけど・・・俺の・・・俺からの誕生日プレゼントは、友達だったんだ」
だから箱の中には何も入っていなかった。
「だから最初、俺は願ったよ。「ケイに友達ができますように」って。それから夏休み明け、明らかに彼女は変わった。頑張っているのが痛いほど分かった・・・・でもケイはもともと不器用だから、友達作るのも時間がかかるし、あんまり上手く行かなかったんだと思う」
私は不器用だから。
「・・・・だからって君があんなことしなくたって・・・きっと彼女は・・・」
「・・・人間そう簡単には変わらないんだ。根本的なところは何にも変わらない。ただ、価値観はすぐに変わるから、俺はケイを変えるんじゃなくて、周りの人間を変えた。俺とケイの価値観を入れ替えた」
私はもうその場にいることが出来なかった。ふらふらとドアから離れると屋上から逃げるにように階段を駆け下りると女子トイレの個室に逃げ込んだ。
私のせいで、ヨリトは一人ぼっちになってしまった。
・・・でも、だから、私がヨリトから遠ざかることは決してない。いつまでも彼のそばにいよう。私は深呼吸をすると、トイレを出て教室へと向かった。
そこにはまるで何もなかったかのようにスズネお姉ちゃんが椅子に座りながら私を待っていた。もしかしたら彼女は二人いて、もう一人の彼女はまだヨリトと話しているのかもしれないとそんなことを思ってしまうほど彼女は本当に何事もなかったかのように座っていた。
「す、スズネお姉ちゃん!ごめんね。テスト遅くなっちゃった」
「お、来た来た。じゃあ、行こっか」
彼女はそういうとランドセルを持ち上げた。彼女と廊下を歩きながら私は試しにヨリトの話題をあげてみることにした。
「そういえば、放課後になってからヨリトを見ていないのだけど何処行ったのかな」
すると彼女は一瞬思い出したように動揺するも、すぐにわざとらしく考える素振りをする。彼女は私とは違い『器用』だからだ。
「うーん、私も見ていないけど彼がどうかしたの?」
「う、ううん!なんでもないの!それより、皆待ってるから急ごっ!」
この日を境に、スズネお姉ちゃんまでもがヨリトから離れていった。