やがて夏休みに入り、マリーはドイツへと帰って行った。日の高い正午、網戸にした窓から入る柔らかな風が風鈴を揺らしどこか悲しげで涼しい音色を奏でていた。俺は昨日言の葉書店で買った推理小説をリビングのソファーに寝転がりながら読んでいて、ケイは大型4kテレビと睨めっこをしていた。画面では赤い帽子を被った配管工がキノコを食べて大きくなっていた。
「むー、キノコ食べただけで身長大きくなるなんて羨ましい奴め・・・」
身長162センチの彼女はそんなことを言うのだった。彼女はゲームが得意なわけではなく、よくマリーに「やる気あんのかああ!」と怒られているが、今日はその彼女がいないからゆっくりプレイしていた。どこか配管工の表情にもゆとりが見える。とは言うものの彼女は1時間ぐらい遊んでいるが未だに1ステージ目の3でやはりゲームセンスはないようだ。
「ねぇ、後輩くんは夏休みの課題やってる?」
「あぁ、あんまり多い訳じゃないからな」
俺のクラスは比較的平均点が高く休み期間の課題の量も他のクラスに比べて少ない。でも俺の場合は、もう少し課題が多くてもいいと思うが。そのせいで夏休み中は暇なのだ。
「手伝ってあげようと思ったのに・・・」
どうやら彼女も暇らしい。
しばらく配管工の跳ねる音だけが聞こえ、不意に彼女はコントローラーを置いた。
「良いこと思いついた!」
「お前の言う良いことは十中八九良いことじゃない」
「そんなことないし」
彼女は朴を膨らませた。
いや、でも俺にも言い分はある。実際一昨日も課題をしていた彼女が「おお!」といきなりペンを置いたと思えばほぼ強引に駅前のカラオケ屋に連れて行かれたのだ。それで何をするかと思えばドリンクサーバーで色々なドリンクを混ぜ「何と何の組み合わせが一番美味しいか」などと訳わからん事を言ってカラオケ屋に来たのに一度もマイクを持たずにただ形容し難い色のドリンクを飲まされ続けたのだった。中でも一番ヤバかったのがホットミルクコーヒーとコーラの組み合わせだった。死ぬかと思った。
その前は「これだっ!」と食後いきなり立ち上がったと思うと絵の具やら布切れやらを集め、何かを縫い始めた。そして白装束が完成すると彼女はそれを被り、マリーが彼女の顔に血やら生々しいものをメイクしてすごいリアルな貞子になったのだ。もともとマリーは美術が得意で、やるからには中途半端は許さず常に全力でやるため、ケイの顔は化粧と知っていても直視できないほどグロテスクなものになっていた。それで何をするかと思えばその姿で外に出歩き「すごいリアルな心霊写真が撮りたい」などと抜かしたのだ。その後、歩いているケイの姿に驚いた住民の方に救急車を呼ばれ、かなり迷惑をかけたのは言うまでもない。
こんな感じで、彼女は唐突に何か意味不明な事を思いつく傾向にあるので気をつけなければならない。
「で、今度は何を思いついたんだ?」
でも今は暇だし、彼女の案に乗ってみるのも良いかもしれない。すると彼女はテレビの電源を消して「ちょっとまってて!」と自分の部屋に駆け上がっていった。
今になって後悔してきたが、しばらくすると階段を勢い良く駆け下りる足音がどたどたと聞こえリビングへのドアが開いたと思ったら、彼女は野球のユニフォームを着ていた。
「ふふん、夏休み明けにある球技大会の女子ソフトボールのユニフォームだよ」
そう言って自信満々に彼女が後ろを向くと背にはKEIと書かれていた。
俺は本に栞を挟んで起き上がるとあくびをついた。
「・・・二人じゃ野球は無理だぞ」
「キャッチボールだけで十分」
彼女はこちらにグローブを投げてよこした。これはもともと俺たちが小学校の時に使っていたものだが、このグローブは大人用なため当時は大きかったが今は丁度良かった。
「団地の前に公園あったでしょ、そこでしよう」
俺とケイが外に出ると日差しが強く照らした。彼女は「日除けクリーム塗って正解だ」と言いながら嬉しそうに天にグローブを翳した。公園には昼時だからか誰もいなく蝉の鳴き声だけが鳴っていた。俺たちは少しだけ距離を空けると「いくよー」と彼女はボールを山なりにゆっくりと投げた。運動神経の良い彼女は所謂女の子投げでは無く、綺麗なモーションだ。俺はそのボールを丁寧にキャッチすると肩を回す。キャッチボールをするのなんて何時以来だろうか。
「よし、こい!」
彼女はグローブを叩いて構えた。俺は最近ペンと本とフライパンぐらいしか持っていない手に力を入れると思い切り投げた。するとボールは綺麗に彼女のグローブの中へと収まったのだった。
「体は覚えてるって本当だったんだな」
彼女は少しポカンとした後、へへっと歯を見せて笑った。
「・・・後輩くんだ」
「?」
「後輩くんの将来の夢はなんですかっ」
彼女はそう言って思い切り投げた。流石と言うべきか球速も精度も男である俺と大差ない。しかし俺は彼女の質問の方に気を取られキャッチし損ねてしまった。ボールはグローブに弾かれ地面を転がった。
「こらー!ちゃんと受け取れー!」
彼女はグローブを振り回した。
「わ、悪い」
足元で止まったボールを掴むと俺は「まだ、決まってないっ」と言って彼女に返した。それは本心だ。とりあえず働くつもりではいるが、未来のビジョンはまだ定まっていない。
「早く決めないと後悔するよっ」
一段と彼女の球速が速くなったようだ。
「そういうお前は・・・決めてるのかよっ」
それを彼女は俺と同じように「あうっ」とキャッチし損ねたのだった。
「ほらな」
俺がニヤリと笑うと彼女はあたふたしながら「う、宇宙飛行士だよっ」と投げた。しかしそれは右に大きくそれて俺の後ろのベンチに当たった。所謂ワイルドピッチというやつだ。
「嘘だってばればれだぞー」
「うっ・・・」
俺はボールを拾うと「まぁ、気にすんなよっ」とワンバンで彼女に返した。
「気にしてないし」
彼女は大きく深呼吸をするとボールをグローブで隠して大きくモーションを取って、
「友達は・・・出来ましたかっ」
「・・・え」
ガンッ
「いったっ」
ボールは俺の脳天にジャストミートした。
「こ、後輩くん大丈夫!?」
彼女が慌てて駆け寄ってくる。少し頭がくらくらするがそれでもボールを拾いなんとか立ち上がると彼女に手渡しした。
「悪い。やっぱり久しぶりだと少し鈍ってるかもな」
ケイは受け取ったボールを暫く見つめると何かを小さな声で呟いた。
「・・・・ちゃんと受け取ってよ」
「ん、なんか言ったか?」
「ううん!あまりやりすぎると肩壊しちゃうからこの辺にしておこう!」
日が落ちるとヒグラシが鳴き始め、風鈴の音色と合わさり独創的な音色を奏でいる。お風呂上がりのケイはパジャマに着替えテレビを眺めていた。テレビでは夏休み特集といった具合に『心霊映像SP』と称して名の知られた芸能人が心霊スポットに出向いているところだった。俺は食後のデザートとして冷やしておいたスイカを切ると彼女に渡した。
「ありがと。・・・後輩くんは覚えてるかな。去年のハロウィン、私が幽霊に仮装して心霊写真撮ろうとしたら救急車呼ばれちゃったの」
「あぁ、覚えてる」
「じゃあ近くのお墓に肝試しに行ったことは?」
彼女はテレビに目を向けながらスイカを頬張った。
「・・・いつだっけそれ」
「小学校の時だよ」
「そんなに昔のことはあまり覚えてないな」
「そっか。体は覚えてるのにね」
芸能人が心霊スポットである廃墟に潜入し始めた。怯えている芸人に反してスタジオでは笑いが起こっている。
「私は覚えているよ。確かに思い出したくないことは沢山あるけどね」
「後輩くん、明日暇かな」
俺はテレビを見ながら「まぁ、暇って言えば暇だ」と曖昧に返事をした。
「会って欲しい人がいるの」