「じゃあヨリトくんは此処で待ってて」
スズネは二着の浴衣を腕に抱え忙しそうに試着室に入っていった。
「先にお祭りに行ったら許さないから!」
「はいはい、さっさと着替えてこい」
今にも走り出しそうなケイも彼女の後に続いてカーテンの中へと消えていく。俺は浴衣レンタルショップの玄関前にある竹製のベンチに腰をかけながら透き通った満月を仰ぎ見た。その中では兎が忙しなく餅をついていた。相変わらず交通機関は唸りを上げているが、今は風鈴の音とどこからか聞こえる太鼓や笛の音色の方の派閥が勝っているようだ。
「・・・お、今日は満月ですね」
店の店員であろう人が玄関から顔を出して、天を見ながら目を細めた。俺が返しに戸惑っているとその女性はくすっと笑った。
「お嬢ちゃんたちの着付けはもう少しで終わりますから」
「あ、はい。なんか騒がしくてすみません」
「・・・祭りで騒がずしていつ騒ぐのか」
彼女は呪文を唱えるように暗唱した。
「せっかくの祭りなんだからってことです」
正直ケイの場合は年中祭りなのか家で騒いでいるけど。
「うひゃあ!?スズネちゃん、お腹苦しい!」
「此処重要だからが・ま・ん・し・て!」
「うぐぐぐ」
そんなやりとりが店の外まで聞こえてきた。幸い、俺たち以外に客がいないがこれじゃあ営業妨害も待ったなしだ。
「・・・毎年こうやっていろんな人たちがいろんな思いで浴衣に袖を通すんですよ。私はそれを見送って「やっと祭りが始まったなー」って思っちゃうんですけどね」
いろんな思い・・。
「出来たよー」
スズネが店の外に出てきた。髪を横でくくり赤い花をつけている彼女はいつもと違った印象を感じた。それに白を主色に淡いピンクの花が咲いている浴衣もよく似合っていた。
そして、その後ろにはケイが隠れるようにして立っていた。
「ほらー。ケイちゃんも!」
そう言って彼女はケイを無理やり前へと押した。
「・・・・こ、後輩くん」
彼女はさっきまでの威勢はどこに行ったのか、顔を俯かせながら、珍しく下ろした髪をいじっていた。その手の手首にはちゃんと彼女の彗星色のリボンが結ばれていた。そして頭にはその代わりに水色の花が咲いていた。
「・・・・」
「ケイちゃんってポニーテールの印象が強いけど、下ろすとガラッと印象変わるよねー」
その彼女はそう言われて恥ずかしそうに「うう」と唸った。
「似合ってると思う。その水色の浴衣も合わせて、ケイっぽいし」
「ほらー。だから言ったじゃない」
「スズネも、似合ってると思う」
肘でグイグイとケイを突いた彼女は「へ?」と不意を突かれたように目を丸くさせた。
「・・・あ、ありがと」
「お二人ともよくお似合いですよ。返却時間は問いませんので、楽しんでいらしてください」
店員はそういうと小さく手を振った。
俺は暗がりの路地の中で彼女たちのすこし前を歩いていた。早く祭りに行きたくてしょうがないとか思われそうだが、そういう訳ではなく彼女たちの歩調が一段とゆっくりになったせいだ。多分下駄を履いているからだろう。
「なんかこうして歩いてると、昔を思い出すなあ」
スズネが感慨深そうに言った。
「そうだな」
「今度はマリーちゃんと4人で来ようよ」
「あぁ」
俺とスズネがそんなことを言っている中、ケイは口を閉じたままだ。というか俺と目が合うと不自然なまでに逸らそうと何もない方に目をやるのだ。
「ケイ?」
俺が首をかしげると、彼女はどこか違う方を向きながら「こ、後輩くん・・・」と、こればっかりだ。
「ケーイー?」
「こ、後輩くんっ!」
だいたい何故俺を呼ぶ。
しばらく歩いて行くと太鼓や笛、人々の喋り声が大きくなっていき、やがて目の前には屋台が現れた。鉄パイプを組み立てて作られた簡易的な屋台はそれぞれ装飾のされていない電球を光らせ路地を黄色に染めていた。
「うわあ・・・綿あめ発見!早速食べよう!」
ケイもすっかり元どおりになってしまった。
「スズネちゃん、行こ!」
彼女に手を掴まれた彼女もまた「うん!」と気持ちを高鳴らせるとカラカラと下駄を鳴らしながら屋台へ駆けて行った。
俺は早歩きをしながら彼女たちの後をつけていくが、全く苦痛じゃなかった。
「お兄さん、綿あめ1つくださいな!」
「はいよー!好きな袋取っていいぞー!」
そう言われて彼女たちはよく分からない猫のキャラクターが印刷された袋を取ってその代わりに500円を渡した。
「まいどありー!」
「綿あめ・・・お家でも作れたら楽しそうだね」
「作れるぞ。実際食材は砂糖だけだし」
俺がそういうと綿あめを早速頬張っているケイとスズネが「ほんと!?」と目を輝かせた。姉妹か、お前らは。
「はい、後輩くんにもあげる」
ケイは綿あめを一掴みちぎると、俺に差し出した。ピンクがかった繊維状の砂糖、もとい綿あめは懐かしい味がした。しつこい甘さだけど、それは口の中で儚く消えて、消えた後にそのしつこさが懐かしく感じてしまうような、切ない味だった。
「金魚すくいだ!」
綿あめ屋の隣にはこちらも祭りの定番である金魚すくいが建っていた。青色のプールの中では赤と黒の金魚、それから亀があちこちを泳ぎ回っていた。
「これは掬っても飼う場所ないね」
スズネが残念そうな顔をした。
「・・・むー、私にこの子たちを救うことは出来ないのか」
え?今何処と無くダジャレ混ぜた?
「射的だって。ヨリトくんこういうの得意そうだよね」
スズネが狩猟銃のようなものを構えて、的である商品を狙っている小学生くらいの子供を見ながらそういうとケイもそれに賛同した。
「確かに。なんか常に銃持ってそうな顔してるし」
「・・・どんな顔だよ」
そんなやりとりをしていると話が耳に入ったのかそこで営業しているおじさんが「そこの少年」と入ってきた。
「・・・殺ってみるかい?」
人を殺しそうな目をしたおじさんが人を殺しそうなセリフを言いながら銃をこちらに渡してきた。俺は仕方なく200円を払うと、
「どれが欲しい」
「あのおっきい熊さん」
そう言ったのはケイでもスズネでもなく、その間にちょこんと立っていた見知らぬ少女だった。小さいながらに彼女たちと同じように浴衣を着ている少女は迷子なのか一人だ。
「・・・よし!後輩くん、狙いは熊さんだ!」
「え、この子の親探さなくていいの?」
「ま、まぁ終わったら探しに行こう」
俺は心配そうな顔をしているスズネを横目に銃に玉を詰めると少女の見守る中銃を構えた。そして熊の頭に狙いを定めて、トリガーを引いた。
「・・・や、やるな少年」
熊は床にあっけなく倒れたのだった。
「ヘッドショットだ!」
「だー!」
ケイの真似をして少女が手を挙げた。伊達にマリーと一緒にゾンビゲームやっていた訳じゃないからな。俺がおじさんから熊のぬいぐるみを受け取ると、そのまま彼女に渡した。
「はい、どうぞ」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
その少女は眩しいぐらいに微笑んだのだった。200円でこの笑顔が見れるなら安いもんだ。何処と無くヘッドショットされた熊も嬉しそうな顔をしているように見えた。
「ねぇ、お母さんとお父さんは?」
スズネがしゃがんでその子に目線を合わせるとそう尋ねた。
「あたし一人で来たの。おうち近いから」
「な、なんだあ。良かった」
「スズネちゃん心配しすぎだよ」
「そ、そうだよね」
彼女は言わないだろうけど、きっとその子が幼い時のケイと重なって見えたのだろう。お父さんを探すために迷子になった小学生のケイと。だから俺も何も言わなかった。
「でもそろそろ帰らなくちゃ」
彼女は手にあまるほど大きいそのぬいぐるみの手を掴んで「バイバイ」と振ると、てくてくと人混みの中に消えていった。
「あー、おなかすいたー」
その後俺たちは全部と言っても過言ではないぐらい屋台を見て回った。そしてある程度周り歩くと路地横にある何処か分からない公園のベンチに座った。すぐ横には屋台が並んで賑やかなのに、こちら側はとても静かでまるで別世界のように思えた。
「冷めないうちに食べよう」
スズネは袋から先ほど買った焼きそばを取り出して俺とケイに配った。
「いただきまーす」
ケイは割り箸を割って美味しそうに食べ始めた。普段彼女のご飯を作っている俺としては、彼女が喜んで食べているこんな適当な焼きそばに少し敗北感を覚えた。俺だったらもっと栄養も考えて作るし、沢山食べさせてあげるんだけどな。
「・・・浴衣、レンタルなんだから汚さないようにしろよ」
「ふぃをふふぇる!(気をつける!)」
・・・まぁ、でもたまにはこう言ったものも良いかもしれない。山の山頂で食べるカップヌードルに通づるものがありそうだ。
「それにしても、なんだか不思議だね」
スズネはケイの隣に腰掛けると足を遊ばせた。
「もう5年も二人と会ってなかったのに、なんだかずっと一緒だったみたい」
「・・・スズネの食器もあるし、寝るところだってあるんだぞ」
俺はそれだけを言って焼きそばを口に入れた。
「・・・ごちそうさまでした!」
すると丁度ケイが食べ終えて、ベンチから飛び降りた。
「じゃあ私、近くのお店でライター買ってくるね」
そういえば、先ほどくじ引きで彼女は花火セットを引き当てたのだった。しかし火をつけるものがなくそれを買ってこようと言うのだろう。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ。そこまでだから。スズネちゃんも早く食べないと冷めちゃうよ」
今日彼女の背中を見るのも何回目だろうか。東京に着いた時も、公園で飲み物買ってくる時でも、屋台を見てまわった時でも、何故だか彼女が何処かへ行ってしまうようで焦りを覚えたのだった。
「・・・ヨリトくん。ごめんね」
彼女は箸を置いた。
「急にどうした」
「覚えているか分からないけど小学校の時。私酷いこと言っちゃったよね」
覚えている。けど、それは思い出す価値のないものだ。
「記憶が曖昧でよく分からないけど、酷いこと言われるのは慣れてる」
「・・・ケイちゃん、楽しそう。君のおかげだね」
あくまでそれは『楽しそう』なのだ。楽しそうに見える何か。
「私は、きっと彼女をあそこまで変えることは出来なかったと思う。ありがとう」
「・・・彼女は自分で変わったんだよ。俺は何もしてない」
なんて、言える筈がなかった。実際俺が変えた。だから、今の彼女を彼女のせいにすることは出来ないけど、いつかその責任も必要なくなる時が来るのなら、その時は、言えるのだ。
『彼女は自ら変わった』と。
それからケイが帰ってくると俺たちは花火をして遊んだ。俺は見ることぐらいしかしなかったけど彼女たちの豊かな表情を見ているだけで俺は満足できた。
「後輩くんみてみて!この花火色がこんなに変わるの!」
緑、赤、青、黄色、白と色が変わる花火をケイは目を輝かせながら見ていた。
「うわぁ、綺麗だねえ」
「・・・スズネ。8月初旬辺りに、秋田で大曲の花火大会があるんだ」
「あ、知ってる。日本三大花火大会の一つだよね」
「だから今度、もし時間空いてるなら、今度はマリーも連れて一緒に行こう」
俺の後にケイも線香花火に火をつけながら「そうだよ、いこ」と言った。
「うん。絶対行こうね。4人で」