「誕生日おめでとう。ケイ」
食事終わりのケイの前に俺はワンホールのケーキを置いた。
「えへへ、なんだか・・恥ずかしいね」
そう言いながら彼女は照れくさそうに頭を掻いた。恥ずかしいって、去年も一昨年も全く同じことをしたんだからそれはないだろう。俺はケーキを少し大きめにカットしてそれを小皿に乗せて彼女にやった。
「ありがとう」
そう言って彼女は微笑んだ。
「私、後輩くんより一つ年上になったわけだ!」
「すぐ追いつくっての」
俊彦さんに会ってから俺はケイに目を合わせられなくなってしまっていた。だから俺は彼女の食べている横でテレビの電源を入れた。誕生日プレゼントは彼女が食べ終わってから渡すつもりだ。
『えー、今日7月22日は水瓶座デルタ流星群のピークとなっており・・・・』
ニュース番組の司会であろう女性アナウンサーがそんなことを言った。
「へー、流星群だってさ。ケイは確か星に興味あったよな」
「うん・・・」
気のせいか先ほどより彼女の表情に影が出来ているように見えた。彼女はフォークでケーキを掬い、ゆっくりと口に運ぶと何かをぼーっと考え込んでいるように遠くを見ていた。
「どうかしたのか?」
俺がそう言おうとした時、
「こ、後輩くん・・・」
「どうした?」
彼女は何かを訴えるように数秒俺の顔を見つめると口を開けた。
「た、誕生日プレゼント・・・ほしい」
「な、なんだよ。そんなに楽しみだったのか。待ってろ、今持ってくる」
俺がソファーから腰を上げて誕生日プレゼントを隠している戸棚まで向かおうとすると「そ、そうじゃないの!」と彼女は立ち上がり俺の袖を掴んで引き止めた。
「誕生日プレゼントは・・・と、友達がいい・・・」
俺は彼女の言っている意味がよく分からなかった。
「な、何言ってるんだよ。友達なら十分いるじゃないか・・・」
「じゃあ、後輩くんと私は友達?」
吐きそうだった。そんなこと考えないようにしていたのに、考えたら俺はケイのそばにいれなくなってしまう。嫌だ。聞き間違いであって欲しい。
「おかしいよ・・・。だって元々後輩くんが私と友達にならないのなんて、後輩くんと私が友達になると、私がまた嫌われてしまうと思っているからでしょう!?また一人になってしまうと思っているからでしょう!?」
「・・・ケイ」
彼女は涙を流しながら歯を食いしばると自分の着ている洋服に手をかけた。
「お、おい、何を・・・するつもりだ」
そんな言葉も聞かずに彼女は上着を脱いで、ショートパンツも脱ぎ捨てた。彼女の裸体がリビングの青白い蛍光灯で照らされ乳白色に艶がかっていた。彼女は目を瞑り、肩を震わせていた。ケイ、お前は下ネタが嫌いなんだろう?ダメだよ、人前で脱いだら。
「私は友達なんていらなかった!後輩くんの近くに居たかっただけなのに・・・どうして後輩くんだけ離れていくの?どうして後輩くんとだけ友達になれないの?」
「・・・や、やめろよ」
「どうして・・・私は大好きな後輩くんから友達を奪ったの?」
お願いだからやめてくれ。
「私は・・・確かなものが欲しいだけだったのに。・・後輩くんとなら汚れた関係でも構わないからっ・・・」
汚れた関係、すなわちセックスフレンドということだろう。
「だからっ・・・!」
だからなんだっていうんだ。襲えと、犯せとでもいう気なのか。
彼女の止まることのない涙が、頬を伝い、顎から零れ落ち、豊かな双丘へと消えていった。
俺が彼女に踏みよると、彼女はそれだけで反応し、まるで死を覚悟した小動物のようにガクガクと体を震わせたのだった。でも、俺には出来ない。だから、彼女の未だ生暖かい衣服を拾い上げると、彼女に無理やり渡した。
「風邪・・・引くぞ」
と、彼女の儚い希望も打ち砕いて。
ケイは「あ・・・あ・・・」と言葉にならない言葉を嗚咽させると、もう涙すら出なくなっていた。
「ごめんね・・・後輩くん」
そう霞んだ声で言うと家を出て行ったのだった。
『えー、このように水瓶座デルタ流星群は非常に珍しいイベントですのでぜひ、ご家族の方、誰か大切な方と一緒に見てみてはいかがでしょうか』
辺りにはテレビの音しかしなくなっていた。テーブルの上には食べかけのケーキと、その小皿の脇には『ケイ、誕生日おめでとう』と書かれたチョコレートのプレートが大切そうに寄せられていた。
「どうしてあんなことを言ったんだよ・・せっかくの誕生日じゃないか・・・」
俺は力なくソファーに座り込むとテレビの電源を消した。ケイのいなくなった部屋は何故か空虚で、今は既に営業されていない遊園地のような静けさがあった。
もう、どのくらい経っただろうか。時計の秒針が容赦なく現実を突きつけ、俺はどうすることも出来ずただ彼女が帰ってくるのを待っていた。
ふと、携帯の着信音が静寂を打ち破った。そこにはマリーと表示されている。
「・・・もしもし」
『あ、もしもしヨリト?パーティーの途中で電話するの遅くなっちゃったわ。今日ケイの誕生日だったわよね』
受話器からは彼女の他にがやがやと人の声と綺麗なピアノの音色が聴こえてくる。
「あぁ、そうだぞ」
『ケイに代わってくれるかしら。すぐ戻らないといけないしあまり長くは話せないけど』
「ケイは・・・出て行った」
俺は天井の蛍光灯の光をぼんやりと見つめながら上の空でそう呟いた。
『はぁ・・・。だろうと思ったわ。やけに静かだもの』
やはり彼女は察しがいい。いや、きっと分かっていたのかもしれない。ケイが誕生日にそんな事を言うって。そしてそれに対し俺がどんな事を吐き捨てるかって。
「ごめんな・・・だから、代われない」
『まぁいいわ。・・・それで、あなたは何をしているの?』
「なぁ・・俺、何をすればいいと思う?」
情けないのは分かっているが、俺は縋るようにして携帯にしがみついた。
『そんなのはあなたが決める事じゃない』
「だな。その通りだ・・・」
『・・・・でも、私がずっと追いかけていたヨリトならそんな事決まっているわ』
「・・・マリー?」
『まさか私の見る目が無かった訳じゃないわよね』
「で、でも俺、今のあのケイと・・・向き合える自信がない」
『それはそうよ。ケイはあなたに本音でぶつかった。でもあなたは依然仮初めの態度でその彼女の本気を蔑ろにした訳でしょう?だったらするべき事も自然と決まってくるんじゃないかしら』
俺はその言葉にやっと気づいた。俺がどれだけ酷い事を彼女にしたか。
『ったく。あまり失望させないでよね』
「・・・あぁ、すまなかった」
『いってらっしゃい。ヨリト』
「おう。ありがとな」
俺は電話を切ると徐に立ち上がった。
ケイは今何処にいるだろうか。彼女が落ち込んだ時よく行く場所は・・・。
「すいせい屋・・・」
俺は部屋の電気も家の鍵も閉めずに飛び出した。
まだ間に合うはずだ。