ある程度歩いた時、踏切を前にしてケイが立ち止まった。
「あ、帰る前にすいせい屋に寄っていいかな?」
指差した先には古めかしいどこかノスタルジックな雰囲気の小店が佇んでいた。屋根に取り付けられた明らかに家のサイズと合っていないボロボロの看板には辛うじて「すいせい屋」と書いてあることが分かる。
「あなたも好きね」
マリーが悴んだ両手をこすり合わせながらため息をついた。
『すいせい屋』というのは結構な時代のある老舗屋で、羊羹や饅頭といった駄菓子が売っているケイ行き付けの駄菓子屋だ。その中でも彼女が好きなのは『ほしぞら饅頭』という饅頭で、粒あんを包む生地にピンク色の星マークの寒天が付いている、彼女考案の饅頭だ。
「いらっしゃい。あらぁ、ケイちゃん。よくきたねぇ」
入ってすぐのところにあるレジに腰掛けた70近いおばあちゃんが店の中に入った俺たちを向かい入れた。ケイとこのおばあちゃんは小さい時から仲がいい。
「おばあちゃあん!元気にしてた?」
ケイはいつもこの調子でおばあちゃんとハグをする。そしておばあちゃんはそんな彼女を孫を愛でるかのようにシワシワな手でよしよしと頭を撫でるのだ。正直、その時のケイの表情が一番充実しているように見える。
「ヨリちゃんもマリちゃんもよくきたねえ」
未だにケイを撫でながらおばあちゃんはこちらにも微笑みを作った。それを見ただけで心が温かくなるのだから、このおばあちゃんには何か特別な力があるのかもしれないとよく思ったものだ。
「おばあちゃんも元気そうで何よりだわ」
「つっても、最後に来たの一週間前だけどな」
そしてようやくおばあちゃんから離れたケイは予め用意していたお金を静かにレジに置いた。
「おばあちゃん。ほしぞら饅頭くださいな」
「はいはい、いつものだね」
おばあちゃんは後ろの戸棚から黄色い筆字で『ほしぞら』と書かれた黒い包みの箱を一箱ケイに渡した。彼女はそれを受け取ると「ありがとう」と笑顔を見せた。
「あとこれ、おばあちゃんに・・・」
そう言って彼女が手渡したのは先に学校でかけていたメガネだった。
「あらぁ、おばあちゃんのために買ってくれたの?」
「うん、最近視力落ちたって言ってたから、買ってみた!良かったらつけてね」
「ありがとねえ。うれしいよ」
おばあちゃんは涙ぐみながらもそのメガネをかけて見せた。優しそうな顔がより一層柔らかくなったように見える。
「それじゃあまた来るね!バイバイ」
「あいよ、いつでも来るんだよ」
俺とマリーも一礼してすいせい屋を後にすると店の中が暖かかったからだろうか、外が余計に寒く感じた。降る雪の量も午前に比べて増えたように思う。
俺たちが少し歩調を速めながら歩き始めるとケイは早速ほしぞら饅頭の黒い包み紙を丁寧に剥がした。
「・・・・今日もあげるのか?」
俺の言葉にケイはどこか悲しげな表情を浮かべながら「うん」と静かに頷いた。
踏切を渡り、しばらく住宅街を歩くと、やがて小さな白い鳥居が姿をみせる。隣にある看板には雪が張り付いているが『雲祥院駐車場、無断駐車禁止』と明朝体の赤字で書かれている。そしてその白い鳥居を潜るとそこには数体の地蔵が並んでいた。しかし彼らには首から上がない。これは巷では『首なし地蔵』と呼ばれていて、その首は第二次世界大戦の戦時中、土崎大空襲の際アメリカの戦闘機の爆撃によって飛ばされた言われている。
ケイはほしぞら饅頭の箱から饅頭を取り出すと、地蔵の前にそれぞれ一つずつ供えた。そして彼女は目を瞑り、手をあわせると何かを祈るのだった。戦死者の弔いだろうか、それでもケイはいつも作っている笑顔は消し、この時だけは真剣な面持ちになる。ケイはこうしてほしぞら饅頭を買うたびにここに来ては地蔵に饅頭を供えている。そのせいで彼女が実質たべれる饅頭の数は半分ほどだった。
「・・・あたり入っていなかったわね」
マリーが箱に残された饅頭を見ながらそう呟いた。ケイ発案のほしぞら饅頭には『あたり』と呼ばれるものが入っている時があるらしい。それは通常ピンク色の星型の寒天の部分がハートマークになっているのだ。それを食べると恋が叶うとされていて、ほしぞら饅頭は一部マニアや片思いの人から結構な支持を得ているが、そもそもあたりがあるということ自体が都市伝説のようなもので、この饅頭に当たり外れがあるのかは発案者であるケイとおばあちゃんしか知らない。しかしケイは「あたりがあるから買うのではない。あたるっていうのは、それ自体に意味はないんだよ」という一点張りで誰にも話さないし今後話すつもりもないらしい。
ケイは静かに目を開けると「また来るからね」と優しく微笑んで立ち上がった。
「・・・じゃあ、いこっか!」
そして『いつも通り』の元気なケイに戻った彼女はいつも通りの笑顔を作り俺たちの前を歩くのだった。
俺たちの家は土崎団地という住宅街にある。さらにそのまま真っ直ぐ進めば土崎港という港があり、そこにはフェリー乗り場や平和を象徴する乙女の像などがある。しかし、港に行く人の殆どの人の目的は結び石かセリオンタワーだ。
結び石というのは地域活性化支援センターが主催している「恋人の聖地プロジェクト」により認定されたデートスポットを表す記念碑のことで、好きな人とその記念碑を触ると恋が叶うとされている。このこともあり、秋田市の土崎地区は『恋のまち』と呼ばれていた。
そしてその結び石から20mほど離れた場所にセリオンタワーがある。正式名称は秋田市ポートタワーというもので、その高さは143mほどの高さだ。夜間にはイルミネーションが点灯され、夜景と並ぶとなかなかの雰囲気になる。このイルミネーションの配色はその時のイベントによって変更されることもあり、それこそ恋人の聖地と認定された4年前の2011年にたった1日だけピンク色に光り輝いた。
そんなセリオンタワーが見える団地に入ると、ケイは表札に『宇佐見』と彫られた紺色の屋根の二軒屋に足を進めた。
「ただいまー!」
鍵を開けたケイが元気にドアを開けると暖かい空気が俺たちを包み込んだ。ケイの家は割と新しく、床暖房設備のオール電化だ。そのため、冬でもこうして心地よい温度が保たれている。ケイとマリーは靴を脱ぐとそそくさと二階にある自分の部屋へと上がっていった。
「あ、後輩くん!今日はお鍋が食べたいです!」
二階からケイの声が響いてきた。彼女の家は俺と同じ母子家庭で父親がいない。しかも彼女の母はジャーナリストとして世界各地を飛び回っているためケイはほぼマリーと二人で暮らしている。そして俺はこうして毎日ごはんを一緒に食べているのだ。というか、俺が彼女たちの分の朝食、弁当、夕食を作っているのだが、いつからこんな生活を始めたのかぼんやりとしていて思い出せない。
「あいよー」
俺はいつも通りの返事をすると制服のまま台所へと向かった。
「なべ・・・あ、確か豚肉たくさんあったな・・・。キムチ鍋でいいか」
彼女の家の冷蔵庫は俺が管理しているため、食材の有無がわかる。ケイは自分の口座を持っていて彼女のお母さんが月に一度彼女の生活費だけ振り込むシステムとなっている。そのほかにも一応留学生であるマリーもホームステイ料金として決まった料金をその口座に振り込んでいるし金欠にはならない。俺は特に食費などは払っていない為、代わりに料理を作ってその他にも家事をしているというわけだ。俺も母が俺の小さい時から単身赴任中で県外にいることもあり、俺は料理と自信満々に言えるぐらいのものは作れていた。
俺が具材の入った鍋に火を通しながら副菜である野菜を切っていると部屋着に着替えた二人が二階から降りてきた。ケイはいつも通りのジーンズにTシャツとボーイッシュな格好、しかしポニーテールはそのままだ。そしてそれとは対照的にマリーは淡いピンク色のワンピースなどのロリータファッションが部屋着となっていた。
「よし、マリーちゃん。スマブラしよ!」
「いいけど、何かかけましょう。そっちの方が面白いわ」
ケイはテレビとゲーム端末の電源を入れた。ケイの家にはマリーが買った最新のゲーム機やゲームソフトが沢山ある。マリーの家はもともと貴族の家系で幼い時は家から出ることすら困難だったそうで「やる事と言ったらゲームしかなかったわ」と彼女は言った。それが彼女のゲーム好きの所以なのだろう。
「うーん、じゃあ私のほしぞら饅頭一個あげる!」
「それで、あなたが勝った場合には?」
勝負が好きというか、賭け事になると目の色が変わるマリーは負ける気なんてさらさらないのか「別になんでもいいわよ」とケイを鼻で笑った。実質、ルックスが完璧で容姿的に見ればほぼ互角のこいつらだが、その性格は真逆だ。ケイはどちらかというと物優しいがマリーは昔から高飛車なのだ。まぁ、貴族の血が入ってるしそれは仕方ないことなのかもしれないが。その高飛車なお嬢様キャラが一部男子から熱い支持を得ていて、『マリーお嬢様親衛隊』という独自のグループが確立されつつあることは彼女に言わないほうがいいだろう。
「私が勝った場合には、今日は一緒のベッドで寝てもらおうかな」
「いや狭いだろ・・・」
俺が思わず口を挟むがマリーはなぜか顔を赤らめた。
「べ、別にそんなことしなくても一緒に寝てあげてもいいの・・・だけど・・・・」
これがツンデレというやつか。俺は今ほど奴ら(マリーお嬢様親衛隊)に同感しようと思ったことはないだろう。ケイは照れ臭そうに自分の髪をいじりながらゲームの使用キャラを選択する彼女に恋をしたのか「かわいい・・」と呟いた。
こんなくだらない生活で俺たちの日々が過ぎていく。でも今はもう少しこのぬるま湯に浸かったような心地良い時間を感じていたいと、そう素直に思えた。