『もしもーし、あ、スズネちゃん?ひさしぶりー、どうしたの?』
受話器の向こう側から元気そうな彼女の声が聞こえて来る。それを聞いた私まで少しだけ元気になってしまうのだから不思議だ。
「ううん。特に用事はないんだけど、最近寒い日が続くでしょ?ケイちゃん風邪ひいてないかなーって」
私は病院の窓から昨日から降り続ける雪を見つめながらそんな事を口にした。それを聞いた彼女は『けほっけほっ』と咳き込む真似をして見せた。
『なーんてね、私は元気だよ!マリーちゃんが「馬鹿は風邪をひかないから良かったわね」って言うぐらいだもん。マリーちゃんよりテストの成績上なのにねーって痛っ!マリーちゃんがドロップキックしてきた!』
すると受話器越しにマリーちゃんの「ちょ、ちょっと!軽く叩いただけでしょう!」と慌てて訂正する声がした。私は思わず笑ってしまい、隣で寝ている他の患者さんに睨まれてしまった。私は「ごめんなさい」とベッドから起き上がると片手で点滴を押しながら病室を出た。
「本当に元気そうで何よりだよ。本当に・・・・」
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「ううう、スズネおねえちゃん・・ひっぐ・・・ぱぱ・・・ひぐっ・・・ぱぱが・・・ひぐっ」
ケイちゃんは私にしがみつくようにして涙を流していた。でもこんな時なんて言えばいいのだろうか。ケイちゃんの背中を優しくさすっているヨリトくんも涙を堪えていた。
「ぱぱぁっ・・・・逝かないでよっ・・ぱぱあっ・・・ひぐっ・・・ひぐっ」
病院の廊下の隅で私たちはなすすべもなくただ時が過ぎるのを待っていた。ケイちゃんのお母さんや親戚の人たちが何やら大切な話をすると子供は外に出てなさいと言われ今に至る。
暗くなった窓の外からは大粒の雪が静かにひらりひらりと舞っている、寒い冬夜のことだった。
「ケイちゃん・・・・」
「ケ・・・イ、しっかりしろよ・・。ぼく・・・僕たちがしっかりしないと・・うぐっ」
宇佐見慧の父親、宇佐見海都は末期の悪性の癌だったそうだ。でも私たちがそれを知らされたのはついさっき。娘であるケイちゃんにも話していなかったらしい。きっとそれは彼女を苦しめないためなのだろうけど・・・それでも・・それでも
「今が苦しかったら・・・意味が・・意味がないじゃないっ!」
私はケイちゃんを強く抱きしめた。それから・・・小学生に成り立ての私たちは涙が枯れるまでただただ泣き続けた。
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『ーーーもし?もしもーし?』
「あ、うん。それでなんだっけ」
私は病院の廊下のソファーに座りながら思わずぼーっとしてしまっていた。
『スズネちゃんは元気かなーって』
「うん、私は元気だよ。ごめんね、今からちょっと電波届かないところにいくから」
ちなみに彼女たちには私は東京の高校に通っていると伝えている。
『うん、わかった!・・・じゃあまた電話しようね』
「うん、ばいばい」
私は通話ボタンを切ると、大きなため息をひとつついた。
今なら、ケイちゃんのお父さんの気持ちが少しだけ理解できる。折角、ヨリトくんが彼女を此処まで変えてくれたのに、私の事を聞いたらまた過去のケイちゃんに戻ってしまうだろう。それは何としてでも避けたかった。
私は特に重たい病気では無かった。ただお医者さんの話によると私は生まれた時から他の人より体の抗体が弱いらしく、すぐ風邪など熱が出たりするのだ。だから一時期は普通の学生として学校に通えるものの風邪などが流行ったらすぐにこのように病院行きになってしまう。毎年インフルエンザにかかっている私にとっては風邪自体は苦しいけど、ただ耐えればいいだけの我慢大会のようなものだった。でも、何より辛いのはこうして大切な人たちに嘘をついて過ごさないといけない事と、その人たちに会えない事だった。きっとケイちゃんのお父さんも度合いは違うにしろ、こんな気持ちだったのだろう。
ふとメールの着信音がなった。見るとマリーちゃんからようだ。件名が「まったく」から始まるメールの内容はこうだった。
あなたは相変わらずのようね。受話器越しに心電図モニターの電子音が聞こえたわよ。鈍いケイは気付かなかったでしょうけど、体の具合はどうなの?本当に大丈夫なのかしら?
やっぱり人一倍鋭いマリーちゃんには簡単にばれてしまう。私は「ただの風邪だよ。心配してくれてありがとね」とだけ返した。小学生5年生の時、一度だけマリーちゃんに本気で怒られて「私はあなたが嫌い」とはっきり言われた事があったけど、それでも彼女の私を思いやる気持ちは変わらない。私は彼女のそういうはっきりとした性格に憧れていた。
「高宮さーん。もう就寝の時間は過ぎてますよー」
「あ、すみません」
見回りのナースの人に見つかってしまった。出来る事なら皆の場所に・・・ヨリトくんと、ケイちゃんとマリーちゃんと4人で一緒に笑っていたかった。
私はそんな事を思いながら今日も病室のベッドで目を閉じるのだった。
*
「・・・えへへ、スズネちゃん、元気そうだね」
電話を終えた私は満足気味に携帯をしまうと窓の外に目をやった。気づけば後輩くんの部屋の電気が消えている。彼はもう寝てしまったのだろうか。
私は月に一回の程度でスズネちゃんと連絡を取り合っている。高宮鈴音。彼女のお母さんと私のお母さんは幼馴染で仲がいい事もあってか子供である私たちも言葉を覚える前から常に一緒にいた。スズネちゃんは元々体が弱く入院しがちだったけど小学校、中学校と成績は常にトップで高校は関東に上京しワンランク上の進学校に入学した。ずっと一緒だったから離れ離れになるのは少し寂しいけど、私はいつかまた会える日を楽しみにしている。しかし彼女からの約束で「私が東京にいる事はヨリトくんには内緒だよ」と言われているから、彼はスズネちゃんがどこにいるか知らないはずだ。
「はぁ・・・本当に幸せ者というか・・・お気楽というか」
「?どうしたの?」
振り向くと彼女はどこかにメールをしていたのか携帯を開き、あきれ顔になりながらベッドに腰掛けていた。
「・・別になんでもないわよ。私たちもそろそろ寝ましょう」
「あ・・うん。そうだね・・・おやすみなさい」
私はそう言うと電気スタンドの紐を引いたのだった。
私だって分かっている。このままじゃいけない事は。