艦これ〜海神戦記〜   作:のらくま

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第1話

序章

遠く、深い、海の底。暗くて、昏くて、闇くて、くらい。冷たいけど暖(あたたか)い。

そんな思い出せないけれど懐かしい記憶。

僕の記憶の底には深い海の底に沈められたように重いけど大事な記憶がある。

潮の満ち引きの音と匂い、そしてあの言葉。

 

 

 

中学校に上がるまでは父方の祖父母の家で過ごしていた。両親は共働きで常に家に居ることがなかったため、祖父母の家に小学校の間ずっとあずけていたらしい。

海沿いの街で、田舎だけど悪くないところだった。田舎の小学校だから子ども同士のコミュニティは強固で年上年下と関係なくずっと一緒に遊んでいた。

祖父母の家を離れることが分かった小学校最後の夏休み、見慣れない不思議な雰囲気を纏った女の子と出会った。

 どちらかと言えばお姉さん、という表現の方がその頃はしっくりしていた。

 すごく神秘的で不思議な女の子だったけどその不思議さに惹かれたのかもしれない。

 彼女とはその最後の夏休みに出会ってからはいつもの仲間達をよそにずっと彼女と一緒に遊んでいた。

『アナタニ、海神(ワダツミ)ノ加護ノアランコトヲ…』

夏休み最後の日、その子が僕に別れを告げたときに言った言葉、はじめての口付け。

どこかぎこちない喋り方、海の底の闇のように真っ黒な服、そして服とは正反対のように透きとおった陶器のような白い肌、夕日のような赤と朝焼けのような紫晶石の瞳の少女。

 もっと大切なことを聞いた気がする、もっと大切な時間を過ごした気がする、そしてとても大切なモノを受け取った気がする。それなのにその言葉と口付け以外が曖昧としている。

 あと少し、あと少しが届かない。だから、もっと深くに手を伸ばさないといけない。

 

 

 

 ソウシテ、モット深クニ潜ッテイク。

 

 

 

 

――――夢を見ていた、昔の夢だった。刹那的で、忘れてはいけないはずなのに思い出せない大切なユメ。でも、そこには大事な思い出があったはず。遥か彼方、暁の水平線上の先のように遠いものだけど、でも何かつかめそうな予感がする。

 

 

 

 

 

01/00

 開いた窓から潮風が入り込み潮の匂いが鼻をくすぐる。少し眠たい頭に深呼吸で酸素を取り込んで覚醒させる。いつの間にか寝ていたようだ。

時計を見ると午後三時を少し過ぎたくらい、二時間ほど眠っていた。ここのところ慣れない仕事に振り回されていたためついに限界を迎えたらしい。

 寝起きの頭で仕事をする気にもなれずにぼうっと窓の外を眺めているとノックの音が聞こえ返事も待たずに少女が入ってきた。

「司令官代理起きられましたか。」

彼女、装甲航空母艦の力を持つ少女『大鳳』が扉の前に立っていた。

「寝ていることが分かっていたなら起こしてくれて良かったのに。

君は意地が悪いな」

「ええ、本当は起こそうと思いましたが司令官代理も慣れない日々の激務においてお疲れでしょうし、何よりあまりにも気持ちよさそうに寝ていたので起こしてしまうのももったいないと思ってしまったのです」

 大鳳はまるで茶化すように僕へと微笑みかけてきた、なんだか自分の寝顔を見られていたと思うと恥ずかしくなる。

 少しだけバツが悪く笑いながら僕は大鳳から要件を聞くことにした。

「それで大鳳、要件はなんだい?

わざわざ僕の寝顔を見に来ただけというわけでもないんだろう?」

 「そうですね、寝ていたらそのまま寝顔を眺めて起きるのを待っていたかもしれません。それはそれでなかなか魅力的な提案ではありますからね。」と冗談めかして彼女は言う。

 こんな言葉を言う時の彼女は冗談なのか本気なのか分からないくらいに魅惑的だ。思わず見とれてしまう。…凹凸的な魅力は皆無のくせに、とやられっぱなしでは悔しいので一人で心の中で毒づいた。

 「大佐。秘書艦で気の許せる仲であっても線引きは必要なんですよ。」

 笑顔で凄んできた。

あ、心の中読まれてる、怖い、すっごく怖い。

「そんなことより大鳳、報告があるんだろう?

居眠りしていた分も取り返さなきゃいけないから手短にしてくれ。」

 これ以上はヤブヘビであると判断した僕は本題に話を逸らした、もとい戻した。

 本気で怒らせた彼女は本当に怖い、以前海上演習という名目の私刑(リンチ)を赤城たちと一緒にしてきたあたり洒落になってないレベルだ。

 彼女も僕の意図を察してか「もう」と少しだけ嘆息して、報告の資料を読み上げていった。

 「本日ヒトヨンマルマル、遠征部隊として出撃していた旗艦龍田の第三部隊が帰投しました。遠征は成功し、高速修復剤を二つ、弾薬と鋼材をそれぞれ200ずつ回収してきました。」

 簡潔に報告を済ませた彼女は次の指示を待っている。

 なんだか、彼女のこんな姿を見ていると初めてここに来て樋代少将から彼女たちを秘書艦兼部下として任された事を思い出して少しだけ懐かしい気持ちになった。

 偶然なのか必然なのか、少なくとも何かしらの意図のもとで僕は彼女達と出会い、東京からこの佐世保の鎮守府へと生活の場を移した。

教師として彼女たちに勉学を教える傍ら、現在は大本営へと召喚されて鎮守府の指揮権を僕にあずけて行った樋代瑛奈少将の下で提督として彼女たちと戦線をくぐり抜けて一年と三ヶ月が過ぎた。

今年の春から一時的な移動で大本営へと少将が出向してから三ヶ月。夏の日差しの暑さは僕には二つの記憶を思い出させる。

一つはモヤがかって居るけど大切な思い出。

もう一つは、僕が本物の艦娘と出会い自身の目と能力に気付くキッカケとなったあの試験の帰りのことだった。

「大佐――――もう、春臣さん!

第三部隊はいかがなさいますか!」

昔の記憶に浸っていたところを大鳳の強い語調で引き戻される。

「やはり、お疲れなのですか?

幸い急ぎの案件や任務も今のところはありませんし今日の分はもう終わっています。

業務を切り上げて明日に回してもいいんですよ。」

少し心配そうに僕のそばに来て大鳳は顔をのぞき込んできた。

やはりというか年頃の少女の顔が目の前に来てしまうとこちらとしても感じるものがあるので思わず顔を背けつつ僕は答えた。

「いや、疲れている訳じゃないんだ。疲れているのかもしれないけど。ただね、ここにくることになってから今までの事をほんの少しだけ思い出してたんだ。」

ちょっとだけ照れくさくなって僕は頬をかく仕草をして大鳳に答えた。彼女も心配しすぎて損をしたというような安堵と呆れが混じったような表情をした。

「確かに、大佐は本来この部屋に入ることすらダメなはずなのになんの因果かここにいますからね。」と茶化すように彼女は笑った。

「でも、よくこの激務についてこれますね。

提督として指示を出す傍ら、艤装を扱える初めての男性としての装備の適正試験もろもろ…正直艦娘として私たち以上の働きぶりですからこちらとしても尊敬するばかりです。」

と僕を褒めながら彼女は言葉を紡いだ。

「春臣さんがこの佐世保鎮守府に来てからもう一年になるんですね。私としても懐かしいばかりです。」

「そうだね随分早く感じるよ。」と言いつつ僕は大きく伸びをした。なんだか昔を振り返っていたら仕事をする気分でも無くなってきたので先ほどの大鳳の提案に乗る事にした。

「大鳳の言葉に甘えて、たまには仕事を早めに切り上げて昔話をするのも悪くないかもね。

じゃあ、龍田達も補給を終わらせたら三日は休みをあげようかな、ここしばらくはずっと働かせ詰めだったから」

「わかりました、それではそのように龍田たちには伝えてきますね。

そのついでに、阿賀野と龍田も連れてお茶の準備をしてきますね。」

と言って大鳳は執務室を後にしていった。その足取りは気持ち軽く聴こえて離れていった。

さて僕の佐世保鎮守府提督代理大佐兼附設艦娘学校教員としてここに席を置くことになった話を始めよう。

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