新訳 機動戦士Oガンダム   作:なかのあずま

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やっとのこと最終話が完成いたしました!
アウター(規格外)という言葉を地で行けたと思っております。
かなり長くなってしまいましたがどうか最後までお付き合いください。
エピローグも忘れずに


最終話 光~space Lights~

ニュータイプとサイコミュ・システムについての簡易考察

 

 第六感と空間認識能力を進化させた次世代型の人種といえばそれまでである。しかしニュータイプは今や戦争という場においてその能力を発揮しており、これでは『より殺し合いに特化した』人間でしかない。これで進化した次世代型の種族と言えるだろうか?

 本来備わっているはずの能力を文明と引き換えに削っていったヒトとしての種全体から見れば、次世代どころか原始的、とても動物的であるといえる。

 では、これを踏まえた上でどうすれば進化と言えるか?ニュータイプの存在意義とは何か?

 

 そこで私はニュータイプをこう定義づけることにした。

  『文明を正しく使うことのできる人間』

 中世期の大戦で開発された数々の兵器は今や我々の生活の基盤となっている。ミサイルからロケット、弾道計算機や暗号解読機からコンピューターへの変遷を見れば、人の叡智が生み出したモノで人類の新たな道を切り開くその所業はニュータイプと言えるだろう。

 さて、俗に『ニュータイプ』と呼ばれる人種があらわれた今、何がその役割を担うか?

それは彼らの専用兵器として開発されたサイコミュ・システムこそが、人類の新たな叡智、あるいはその魁なのではないか?

 

以上のことを踏まえ、フラナガン・ロムの遺伝子を受け継ぐ私としてはこう提唱したい。

 ニュータイプは進化の途上であり、サイコ・フレームはヒトの新たな段階の可能性である

 

Steven Weinstein

 

                    ≠

 

白亜の輝きを放つその巨神の如き姿は、戦域にいる者たちの目に幻のように映っていた。

 

 ≪十六番隊から三十番隊は味方機に注意しながら手前のモビルアーマーを、零番隊から十五番隊は巨大モビルアーマーに向かえ!どちらもIフィールドバリアを張っている可能性が高い、なるべく実弾を使え!≫

 ハインリヒの命により残存艦から全モビルスーツが出撃し、エスタンジアは総力戦へ突入していた。

 二十のモノアイ・ガンダムタイプと一機の人型モビルアーマー、その奥にある巨神の如き姿を前にすれば、彼らが取れる手段はこれくらいの物だろう。

 さらにオリオール・ビットという名のニュータイプ専用艦の八つ裂き光輪が舞えば、味方機と分かっていても恐怖を体が支配した。

 地球圏を遠く離れた僻地のこの状況下、彼らは精神高揚剤を懐から取り出し、精神を特攻隊に変えた。

 眼前に、2丁の大型ライフルを持つ女性的なフォルムの奇異な人型モビルアーマーが佇んでいた。

 

パシュッ

 

 突如、宙域に閃光が弾け、

  真空の夜空に大輪の花火が咲いた

 

                    ≠

 

 重力のない空間で咲いたソレは枝垂れ柳のように消えゆかず、火花を方々に散らしガンキャノン・ディテクターやザクⅢなどの前衛隊を殲滅。さらにはケツァルコアトルのオリオール・ビットの半数と、出撃したばかりの機体をも撃墜した。

 

「なんだ・・・今のは・・・?」

 

 火花の半数はケツァルコアトルにより弾かれ、バレンドラもその恩恵を受けた艦の一つとなった。

「損傷は!」

「ここは無事だ、だが次鋒艦ヨウエンとマキナミが墜ちた」

 その時、バレンドラのメインブリッジにカタパルトデッキから緊急通信が入った。≪おい、だれかまだ残ってたか?≫

「いや、兵は全て発進させた」

≪じゃあ予備のズサに乗ってんのは誰だ?≫

「なんだと?回線つなげ!」

 ズサのコックピットに映った顔に、マイクロ・アーガマクルーは反応せざるを得なかった。かつて捕虜として捉えたヨーゼフ・クビツェクが、コックピットの中にいたのだ。

「あいつなにやってんだ・・・・・!」オリガは苦虫を噛み潰すように唸る。

「貴様ら…やはり裏切るのか!」

「違う!あいつが勝手に」

「なら敗北する前に敵につくと」

「うるせぇな!だったらアタシが連れ戻してくりゃいいんだろ!!」

 オリガが半ば強引に事を進めたのには、彼女にそうするべき理由があった。

彼の保護観察対象であったという人物“パトリシア”。

 クビツェクに彼女の事を問えば、その名前に刻まれたオリガの遠い記憶が蘇った。

 

                    ≠

 

 ハチカMk-Ⅱ、たった一機だけ生産されたモビルスーツであえるハチカを基に再開発された完全なるワンオフ機体だ。

 彼女の持つライフルは900mmの弾丸を射出するがそれはただの弾丸ではなく、花火のように全方位レーザーを放つというものであった。しかし開発コストもさることながら一発の弾丸からのレーザーは一回きり、さらに敵味方無差別に焼いてしまうため酷く使い勝手の悪い代物でもある。

 そして頭部に被った菅笠には12個のファンネルが収納されている。一年戦争時の巨大モビルアーマー、ビグ・ザムのようにそのまま水平全方位メガ粒子砲としても機能するが、サイコミュ・システムが発達した今は素直にファンネルとして使った方が利口だろう。

「残り9発・・・・・・嫌な感じがする」

 全方位拡散レーザーを吸い込むかのように艦隊前線に鎮座する暗黒の戦艦ケツァルコアトルが、パトリシアの胸をざわつかせた。

 その時、鉄の雨がハチカに降り注ぎ、頭部に砲弾が直撃した。「くっ・・・!」

『よしやった!うわぁっ・・・』

 近づく者をファンネルで墜とし、二発目の花火で頭上のモビルスーツ群を焼いた。エスタンジアの勢力は半分を優に下回っていたが、黒い大型戦艦がいる限りいくら削っても安心はできない。

 自分についてきてしまった少女の命を戦火に包むわけには行かない。たとえ護衛任務でなくとも、その意志は固かった。

 だからこの機体に乗り、再び戦場へ飛び込んだのだ。しかし、彼女のニュータイプの力が、揺るぎない真実を突きつけていた。

 

  この中にファナの兄がいる

 

 暗黒の戦艦はIフィールドを纏っているせいか、レーザーでかすり傷一つつけられなかった。であれば、再び口を開いたときに撃ち込むしかない。

 だがこの戦艦を撃破すれば、ファナのたった一人の肉親を殺すことになる、となれば手段はたった一つ

「コックピットを見つけないと・・・ん?」

気が付くと、メインカメラの前に二機のズサの姿があった。≪プル・・・なのか?≫

「えっ?」

ズサから接触回線が繋がり、昔よく一緒に遊んだ声がした。

 

                    ≠

 

 エスタンジア艦隊の中心を漂う残骸が一つ、ジム・セークヴァリペアである。

 先のガザXとの戦闘により四肢を失い、パイロットであるニロンの命は戦闘兵器としての意義を無くした鎧が握っていた。

「やれやれ・・・まだ生きてるじゃねぇか」

 ニロンは、死の華を咲かせた人型モビルアーマーの遥か奥、暗い宇宙にひときわ白く輝く巨大な女神を見た。

「やっとか・・・・変な幻聴まで聞こえてきやがった」

 戦場に響く女神の聲に安らぎを感じる、それはサイコフレームの共鳴現象の一つであるのだが、彼には知る術もない。

 「それにしても」ニロンは目を凝らして女神を見る。「ありゃ女神の皮を被った死神って感じだな」

 ニロンは、全天周モニターの端に映るマイクロ・アーガマの、誰一人として本来の乗員のいないエスタンジアに染まってしまった艦の姿をちらりと見た。

「・・・・・・・どうせなら一発食らわせてやろうか」

まだ生きているスラスターから残った推進剤を噴かし、マイクロ・アーガマへ向かった。

 

 

 もう一機のジム・セークヴァリペアは、ガザYの猛攻と渡り歩いていた。

「クソッ!やっぱりこの程度か!」

 グランは、相手が仲間を殺されたことにより激昂しているのが機体の動きで分かった。しかしいくら改修機と言えど、非正規のパーツではその性能は落ちるというものだ。

 ガザY両脚を一つにして放つメガ粒子砲が焼き切れ、機体がクール・ダウンする時を待った。

 

                    ≠

 

 幼い、まだ自由だったころをパトリシアは思い出していた。「オリ…ガ・・・?」

モニターに通信ウィンドウが開き、懐かしく面影のある大人びた顔が見えた。

≪やっぱり・・・≫

「どうして・・・・」およそ十年ぶりの、戦場での再会にパトリシアはなかなか言葉が出せなかった。

≪こいつのおかげだ≫「あ・・・」

 ウィンドウがもう一つ開き、目に涙をためたヨーゼフ・クビツェクの顔が現れた。≪やっぱり生きてた・・・あああぁぁぁ・・・!≫

 今までなら彼に対し拒否反応まで出ていたが、この時初めてヨーゼフがいてよかったと思えた。「・・・・・ありがとう」

 

「プル、細かい話は後だ。今すぐその機体を捨てて」パトリシアの涙を拭う間もなくオリガは言った。しかし、

「ごめん・・・・・今はダメなんだ」「えっ?」

それはオリガにとって、予想していなかった返事だった。「なんで・・・」

「巻き込んじゃった子がいるんだ・・・わたしのせいで」

 「そう・・・」オリガは自然と「その子の名前、教えてくれる?」と聞いた。なぜそう聞いたのかは、彼女自身にもわからずじまいであった。

「・・・・ファナ・コ・アサティ」

「・・・・・プルは、どうしたい?」

「解放してあげたい、ここから」

「わかった」オリガは、タロ・アサティの姿を思い出していた。「あたし達にも責任あるからさ、手伝うよ」

「責任、て・・・?」

「細かい事は後だっつったろ?行くよ」

「うん、ありが・・・」

 

 気が付くと、オリガの乗るズサの背後で、ケツァルコアトルがパカァっと大きな口を開けていた。「危ないオリガ!!」

 

 パトリシアは2丁のライフルを構え、口の奥に輝く光輪めがけて弾を撃った。

 その後を追うようにクビツェク機がスラスターを噴かせ全速力で大輪へ向かい、反陽子収束砲の発射口めがけミサイルの全弾を撃ち尽くす。

≪う・・・うわあああああああああああああああああああ!!!!!!≫

 

  パウッ

 

                   ≠

 

「ビーム・・・バリア・・・・」

 サイコガンダム・テスカトリポカは、ファンネルで機体を覆うほどのビーム・バリアを展開し、反陽子収束砲を完全に無効化していた。

 モビルアーマーの脅威は取り除いた。が、その奥に荘厳と佇む人の造りし姿に、アドルフは聖職者のような畏怖を抱いた。

≪アドルフ≫

 コックピットにタロの声が響く。しかしその声は、虚ろだった。≪近づけてくれないか≫

「近づくって・・・」

≪あの中にいるんだ、早く助け出さないと≫

テスカトリポカの姿に神々しさを覚えるアドルフと違い、タロにはその中にある姿を捉えていた。

 そこに映る彼女の姿は、どこか怒っているようにみえた。

『プルさんにひどいことしないで!』

 そんな声が聴こえたかと思うと、サイコガンダム・テスカトリポの“口”がゆっくりと開き、光が収束していった。

 

                    ≠

 

「早く脱出して!」

 ハチカMk-Ⅱは、クビツェクをのみ込んだ反陽子収束砲に、Iフィールドごと貫かれていた。

 パトリシアはコンソールをいじって脱出を試みるも、

≪・・・・・・だめだ≫

 先ほどの頭部の被弾により回路が故障していた。

≪脱出・・・できないみたい≫

 

                    ≠

 

『プルさんが・・・』

 ファナは、怖がるパトリシアの姿を感じ取っていた。『お兄ちゃん・・・・プルさんにひどいことしないで!』

 彼女の感情に応えるように、テスカトリポカのガンダムフェイスの口が開き、

 

眩い一筋の閃光が奔った。

 その閃光は、ケツァルコアトルの表皮を抉った。

 

                    ≠

 

 再び、戦場が光った。

ズサからは離れていたが、オリガは目がつぶれたかと思うほどの閃光だった。

「ぐっっっ・・・・!」

 オリガはなんとか視界を回復させると、ハチカMk-Ⅱの中で、また一つの命が宇宙に散ろうとしていた。

 ≪ありがとう・・・ここまで来てくれて・・・・≫

パトリシアの、最期の言葉を紡ぐ声だけが、コックピットに響いた。

≪最期に会えてよかった・・・でも…もっと話したかったな・・・・≫

 

「・・・・・なに言ってんだばかっ!!!」

 

 オリガは、自分でも意識しないうちに叫び、ズサのマニピュレーターでモビルアーマーの脳天、傘の中心部分に手をかけていた。

「顔も合わせないでなにが『最後に会えて』だ!」

ビームサーベルで穴をあけ、マニピュレーターで装甲を剥がし、中の回路を一身に毟った。

 そして、無数の回路が繋がった球体、コックピットがあった。

「これだ・・・!!」

 コックピットであるポッドをがっしりと掴み、「うらあああああああああああ!!!!」

ズサのアームがちぎれそうになりながらも

 

 パトリシアを脱出させた。

 

コックピットを引きちぎりその場を離れると、ハチカMk-Ⅱは塵となった。

 

「ね、ねぇ」

「ん?なに?」

「どうして“ここだ”ってわかったの?」

プルが訊くとオリガはどこか得意げに

「あぁ、メカニックやってるからね」と答えた。

 

                    ≠

 

 二射目の反陽子収束砲により、ゼーレーヴェ艦は大破した。

「あぶなかった・・・」

 艦長をはじめとする乗組員は、ギュンターの乗るガルヴァドスにアリエス基地へ牽引され射線上を逃れていた。

「じゃあ・・・行ってきます」

 ギュンターはクルーを基地内の安全圏まで届け再びガルヴァドスに乗り込もうとするとキューベルに呼び止められた。「ちょっ、ちょっと待ってよ!どうする気?!」

「どうするって・・・決まってんじゃん」

「だ…ダメよ」

「なんで」

「なんでって・・・」

「エヴァが死んだ、あんなにあっけなく…だから・・・」

「あなたも死ぬかもしれないんだよ?!」

「ベル、これは戦争だよ?今はさ、艦長として振る舞ってよ」

「・・・・・・・・では…艦長として命令します。

ギュンター・エンゲルス伍長、直ちに出撃してください。そして・・・絶対に帰ってきなさい」

 

アリエス基地から、再びガルヴァドスが翔び立った。

                    ≠

 キューベルはアルマと共に総合指令室へ向かっていた。仮にも艦長である今、女としての感情は二の次でなければならない。

 軍人として襟を正したキューベルは、この戦況に不信感を抱いていた。

「あの…急にどうされたんですか?」アルマだ。

「・・・・おかしいのよ」

「おかしい?」

「・・・・向こうはともかくとして、こっちの指揮系統がとれてなさすぎる…誰が指揮を執ってるのかしら・・・・」

 

 総合指令室につくと女がいた。たしかカーン・ジュニアの秘書だ。

「・・・・カーン・ジュニア様はどこ?」

 

                    ≠

 

 オリガは、パトリシアをコックピットに入れて白い巨神に向かっていた。アリエスの戦力も低下した今、気をつけるべきは巨神からの攻撃だ。

彼女たちは、およそ十年ぶりに親友だったあの日へ帰っていた。

「ごめんね、ほんとはもっと早くに知らせたかったんだけど・・・」

「いいよ話さなくて、ヨーゼフから大体聞いたからさ」

その男も、今や宇宙の塵になってしまった。

「ほんとはもっとちゃんと話したいけどさ・・・まずこっちを片付けなきゃね」

「・・・・さっきの、あたしたちにも責任があるって、どういうこと?」

久々に再開した親友との思い出話をしている間も、パトリシアはそこが気になっていた。

「あぁ、その子から兄貴の話とか聞いてない?」

「!そうか・・・だから、あの時・・・」

「ん?あの時?」

「あの黒い大型戦艦にファナのお兄さんがいるって感じたの。だからあの時・・・どうやってコックピットを見つけようかって考えてたんだ、オリガがやったみたいに」

「そっか」

「ねぇ、オリガは・・・どっちを止めたい?」

 「どっちって」行動を共にしたタロか、顔も知らない妹のファナか、オリガの答えは一つだった。「両方に決まってんだろ」

「・・・・もう少しで味方機が来る、彼に私を渡してオリガはお兄さんのとこへ向かって」

「えっ?何するつもり・・・・」

 その時、ズサの被ロックオンアラートが鳴った。全天周モニターに、漆黒の騎士の姿があった。

                    ≠

 ギュンターが戦域の中間地点まで来ると敵機に遭遇した。ゆっくりとガルヴァドスのランスを構えると、敵機は白旗をあげ、コックピットのハッチを開けた。

「白旗だと・・・?」

 敵機は中から見覚えのあるノーマルスーツを吐き出した。

 近づいてくるノーマルスーツをマニピュレーターで拾い上げコックピットに入れると、それを確認したかのように敵機は全速力で引き返していった。

「あっ、おい!」

「アリエスへ向かって!今すぐに!」

「はぁっ?!」

「時間がないの、早く!」

「そんなことできるかよ・・・!今はエヴァの仇を討たなきゃ」

 「・・・かたき討ちなんていつでもできる」ギュンターのいうことをぐっと呑み込んだ。「今は・・・目の前の事に集中して!」

 ギュンターは仇討ちができないばかりか、あっさり再びキューベルと顔をあわせるであろうことに苛立ちと溜息を吐きつつ、仕方なく引き返した。

 

                    ≠

 

「特殊な脳波を感知する人工元素で造られたコンピューター・チップ、それがサイコミュということは知っているね?」

 レヴァハン・M・ヴィルヘルム、もとい、スティーブン・ワインスタインは自身の研究室で、弟であるブラッドにまるで大学の講義のように淡々と言い聞かせていた。

「我々の研究所ではそれを基に、脳波を感知する成分を取り出し繊維状にした。これがサイコ・ファイバー、そしてこの実験機がアウター・ガンダムだ。ところが後に見直すと二つの欠陥が見つかった。

 一つはファイバーを血管のように張り巡らせて内部構造に組み込んだこと。設計段階で分かっていたことだが機体の寿命を縮める上に不具合も起こりやすい。しかし既存のパーツに組み込ませて性能を発揮させるにはこれが一番有効だった。

 とはいえ構造的な問題は後でどうにでもできる。課題となったのはもう一つの欠陥…ニュータイプへの副作用、これが厄介だった。」

 ブラッドは、途端に心臓を掴まれたように呼吸をわずかに荒げた。スティーブンは特に反応することなくさらに続けた。

「ただ脳波を感知するだけだったサイコミュと違い、不純物を取り除いたサイコ・ファイバーは、感知どころか脳波を増大させフィードバックまでするということが分かった。

 テストの段階では問題はなかったが後々に後遺症があらわれてね、一人使い物にならなくなってしまった。機体の構造はクリアできたとしてもこちらが問題だった。精度が上がってもその先が破滅では意味がない。

 ところが私の助手が上手いこと調律してくれてね、バイオセンサーを導入してサイコ・ファイバーを機体のフレームとして組み込み、見事発展させてくれた。それがサイコフレームだ。」

 スティーブン・ワインスタインは視線をモニターに移し、宇宙を見た。

「アウターがサイコ・ファイバー試作実験機とすればテスカトリポカはサイコフレーム実験機といったところだ。

 確実に機能させるためにこの大きさになってしまったが・・・戦略戦術研究所の力を借りれば将来的にはモビルスーツ大にまで縮小できるだろう。」

 そして、その眼差しを再びブラッドに戻す。「サイコフレームはニュータイプ・イノベイターシステムとして、ニュータイプそのものを革新させる力を持っている。ラプラスの箱を開ける鍵となって。」

 

                    ≠

 

 戦場は、静かになっていた。サイコガンダム・テスカトリポカの発するサイコフレームの光が安らぎを与え、戦場から戦意を奪っていた。

「連邦もジオンも関係ない…ぼくの狙いはただ一つ、ニュータイプを認めさせることだ・・・

海賊を味方につけてエスタンジアを結成したのもそのため・・・・

 あの研究所であいつに利用されてからずっとそのことを考えてきた、これも目的達成のために必要な事なんだ・・・!」

 アドルフは、タロに言うと同時に自分に言い聞かせて、恐怖を押し殺し、サイコフレームに抗っていた。

 

 復讐を誓うものと更なる争いを止めようとするもの、ニュータイプの先を行くものと死への道を歩むもの・・・

それぞれの抵抗が、集結しつつあった。

 

                    ≠

 

「ラプラスの箱の鍵とはなんだ」

兄の口にしたその言葉が、ブラッドの頭に引っかかった。

「開ければ連邦政府が転覆するパンドラの箱・・・ただの都市伝説さ、私の中ではな。」

「ふん・・・よくそんな与太話にここまで付き合えたな?」

「あぁ、私も驚いたよ。ラプラスの箱の都市伝説を“試しに”ネット上に流布したらその痕跡が跡形もなく消えたんだからな。」

「・・・・・それがどうした」

「お前はつくづく鈍感だな。広大なネットワークに一度流れてしまえば消すことは不可能、それを痕跡もなく消すのは一国家レベルの組織のなせる業だ。例えば…連邦政府とかな。」

「・・・・まぁいいさ」

ハマーンの記憶から逃れたブラッドは、もはやジオン再興などどうでもよくなっていた。「なぜ・・・あの子を利用した?」

「あの子?あぁ、これはサイコフレームとニュータイプの相互作用実験だ、一際脳波の強い彼女を使うのは当然だ。」

人ひとりをマウスと同列に扱う説明が、彼の人間性をよく表している。

「どうやらあの少女はステロタイプへ覚醒しているようだ。自閉するニューロタイプとは違ってな。」

ブラッドは全身がわなわなと震えていた。恐怖にではない、

 なぜこの男が目の前にいるのか、

 何故この男と血が繋がっているのか、

 ナゼ、兄なのか

怒り、恥、憂い――――そんな感情が、ブラッドを支配してゆく。

「兄さんの目的はなんなんだ・・・・・・あなたは何がしたいんだ?」

 ブラッドがそういうと彼は、変わらぬ眼でさも意外そうに「目的?」と首を傾げた。「そんな高尚なものはない。閃きをただ実行しているに過ぎないさ。まぁ、強いて言えば」

 彼ずれた眼鏡を直し

 「ニュータイプの研究をただひたすら続ける、それがフラナガン機関の意志を継いだ私の役目だ。」

 

                    ≠

 

 オリガが引き返すと、ケツァルコアトルは三射目のエネルギーを溜めながらゆっくりと、サイコガンダム・テスカトリポカへ歩み寄っていた。

「タロ!今すぐそれから降りろ!」回線が繋がるかはわからない、しかし今はなんとしても伝えなくてはいけない。

「あの中にはお前の妹が」

≪わかってますよ、オリガさん≫タロからの応答があり、僅かに安堵した。

「だったら」

≪これはオレらの問題です。俺が解決しなきゃいけないんです≫

「なに言ってんだ!そんな物で出来るわけないだろ!

そこから降りろ・・・あたしが送ってやる!」

≪ファナはあんなものに囚われてしまった。だから今は、救うにはこれしかないんです≫

 言葉は通じても声が届かなかった。タロの精神は、サイコ・ファイバーに呑み込まれてしまっていた。

 「それはお前の方だよ・・・!」オリガは拳を握り締め、コンソールパネルを殴った。

 その時、交戦しながら接近する二機の機影を捉えた。

「これは・・・」

 うちの一機は、グランの乗るジム・セークヴァリペアだった。

 

                    ≠

 

「メモリークローンにしてもそうだ。

 ザビ家に執着するネオ・ジオンには“優良種を生み出す土壌の一環としてクローン技術の発展に努める”とでも言っておけば資金も出る。

 それに、技術を完成させていればシャアがアウターに乗り万一の事が起きたとしても代わりが利くようになる。方法は何でもよかった。」

 彼は一通り話し終えると、ブラッドは無言の返事と共にゆっくりと銃を突きつけた。血の通う人間なら、最後に兄としての言葉を言ってくれるだろうと思った。

 その時、背後の扉が空き「いた!」という高くも芯のある声が静寂を割いた。振り返ると、ゼーレーヴェ艦長キューベル・ポルシエが兄に銃を向けていた。

                    ≠

 キューベルが勢いよく扉を開けると、二人の男が対峙していた。一人はメモリー・クローンの実験台としてハマーン・カーンの記憶を植え付けられた弟のブラッドだ。

 そしてもう一人は記憶を植え付けた張本人である兄、スティーブン・ワインスタイン。シャアから話を聞かなければこれほどすぐに彼に銃を向けなかっただろう。普通であれば銃を手にした方に向けるのだから。

 「今すぐサイコガンダムを止めなさい」

「・・・・・・・・」

 二つの銃口が向けられても、彼は表情筋を何一つ動かさなかった。本当に見えているのだろうかと疑いたくなるほどだ。

「それは」やっとのことで口を開いたかと思えば「彼女に聞いてみないとわからないな。」と言って銃口に背を向け、手元のスイッチを押して通信を開いた。

 

 「やぁ」

 ≪はい≫

 「今、実験を中止しろと言われてね、君の意見が聞きたい。」

 ≪・・・・・・・≫

 「どうするかな?データはほぼ取れたからいいけど、君の目的はまだだろう?」

 ≪・・・・もう少しだけ、お願いします≫

 「了解。」

 

 やり取りを終えるとスティーブンは振り返り「というわけだ。中止はもうしばらく待っていただきたい。」

「今のは誘導尋問じゃない、今すぐ停止させなさい!」

「こちらからの手出しができない今、停止させるには彼女がやるしかない。だから私は彼女に聞いたんだ。」

「・・・・・“君の目的はまだだろう”って聞いてたわよね。どういう意味?」

「そのままの意味だ。彼女の目的」「それがなんだって聞いてんのよ!」

 キューベルは危うく発砲するところだった。ファナはなぜパトリシアの後を追い、乗艦したのかをはっきりと言わなかった。とは言ってもあらかたの察しはついていたが・・・

 「君たちゼーレーヴェ艦の食らった反陽子収束砲はニュータイプ専用艦によるものだ。」キューベルの脳裏に、閃光が迫ってくる光景が焼き付いていた。「それを動かしているのが彼女の兄だ。」

「な・・・なんですって・・・・」

「彼女は兄に会うために我々の実験に協力してくれた。今テスカトリポカを停止させれば、彼による蹂躙は免れないだろう。」

 キューベルの腕から、銃を構える力が抜けていった。

 

                    ≠

 

 グランに加勢したいところだが今はタロをあの中から救出しないといけない。窮地に立たされているとなれば話は別だが、あの様子ならまだ少しの猶予はありそうだ。

 「あんた・・・もう少しだけ待っててね…」

 彼を翻弄する機体にミサイルを放ち少しだけ援護すると、ケツァルコアトルのMS用ハッチを探した。

 

 ガザYにミサイルが直撃し、コックピットが大きく揺れた。不意打ちを食らった迫水は少し冷静さを取り戻すと、敵の巨大艦の影に向かう、ミサイルを積んだモビルスーツ、ズサが見えた。「・・・・・あいつを先にやるか」

 

「今のは・・・オリガ、お前か?」

 ズサと回線をつないだわけではないが、何故かグランはそれが彼女だと感じた。これもサイコフレームによる意識の、俗に第六感と言われる感覚の拡大現象なのだろうか。

 なぜオリガが戦場にいるのか、と考えている間にガザYは、注意を自分から外し彼女へと向かっていっていた。「あの野郎ッ!」

 

 

 ガザYの接近アラートが鳴る中、オリガはアウターの入ったハッチをビームサーベルで焼き切り、ケツァルコアトルへ浸入した。

 戦艦ではなくもはや兵器同然であるこの戦艦内は居住ブロックもモビルスーツデッキもなく、さほど時間をかけずにタロの元へたどり着いた。

 アウター・ガンダムは、全身にケーブルが接続されモビルスーツとしての機能を失くし、

ニュータイプ専用艦の一部として反陽子収束砲のトリガーを握っていた。

 「タロ!」

 

                    ≠

 

 ファナはタロの後を追ってここまで来た。ということは、今この状況のきっかけを作ったのは自分ではないか・・・そのような自責の念がブラッドの首を絞めてゆく。しかし屈するときは今ではない、と耐える。

 「だったら今すぐに停戦信号を出せ!会うなら後でもできる」

「彼女が今どんな姿をしているかお前なら察しがつくだろう?そんな状態で会わせるのは残酷だと思わないか?」

 ブラッドは一気に血が頭に上り、思わず引き金を引いた。弾はスティーブンの面の皮を掠め、パネルの一つが機能を停止した。

 「今さらどの口が言ってんだ・・・!リユース・サイコ・デバイスなんてものをやった貴様が言うことか!!」

「さっき言ったことをもう忘れたのか?宇宙放射線を防ぎきれないあのコロニーからくれば」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「ファナ・コ・アサティはそれを納得してくれた。そのうえでこの実験に協力してくれている。お前らはそれを無下にするのか?」

 「・・・・・・そうか、お前はそれを話したんだな。あの子に…それを!」

引き金を握る指に再び力が入る

 

  パン

 

かと思えば、肩から血が流れ、ブラッドはガクッと跪いた。スティーブンが左ポケットから銃を取り出し、そのまま流れるように撃っていた。

 

                    ≠

 

≪あ、オリガさん≫

「タロ、よく聞いて」

 出来ることならコックピットから抜け出していきたい。しかしいくらノーマルスーツを着ているとはいえ、反陽子が溜まっているかもわからないこの空間では、電子レンジの中に飛び込むようなものである。

「囚われてるのはお前だ・・・・・・お前が一番そうなってんだよ」

≪それがなんだって言うんです≫

「おまえ・・・・・わかってやってたのか?!」

≪はい。俺ができる唯一のやり方ですから≫

「ちがう!お前はまだ若いから見えてないだけだ!知らないだけだ!お前ならもっと」

 その時、艦が激しく揺れた。「うわぁっ!」

オリガの後を追って来た迫水のガザYとグランのジム・セークヴァリペアが、艦内で衝突したのだ。

 ≪俺はずっとあの中にいた。これ以上時間はかけてられないんです≫

 「このガキが・・・だったら力尽くで」ズサが、敵機による被ロックオンの警告を発した。背後で、ガザYが、既に脚部のメガ粒子砲を解除し、ビームサーベルを構えていた。「・・・・ちっ」

 

「そうか、ここにいたのか」

 迫水は、標的の後ろに仇を見た。仲間であり、恋人であったエヴァをあっさりと奪っていった白い悪魔を見た。

「お前が・・・お前がエヴァを・・・」

 両手でサーベルを握りしめ、一気にスラスターを噴かせ、アウター・ガンダムへと迫った。「お前があああああああああああああ!!!!!!!」

 

  『危ない!!!』

 

 ビームサーベルは、アウターではなく、ズサのコックピットを貫いた。

オリガが、タロの盾となって、散った。

 

 そして、グランのジム・セークヴァリペアが、彼らのもとに駆け付けた。「・・・・・オリガ?」

 

「・・・・・・え?」

 タロとグランは、彼女の死を受け取った。そして、もう一人も・・・・

 

                    ≠

 

「うそ・・・そんな・・・・オリガが・・・・・」

 パトリシアは、アリエス内をギュンターと彷徨っていた。その中で彼女は、虫の知らせを受け取り、立ち止まった。

「お、おい・・・どーしたんだよ」

 ギュンターの呼びかけに応えようとも、体が硬直してしまっていた。「アンタが行くっつったから引き返したんだろ?!」

 心に空いた風穴をギュンターの声が通り抜けていく。「おい!どうしちゃったんだよ?!プル!!」

 肩を掴まれ、ゆすられても、何も感じなかった。

 

「ここまで来て急に怖気づいて・・・・・わかったよ、俺一人で行くよ!」

 

  パンッ

 

「・・・・・・!」

 どこからかの銃声が、ギュンターの足を止めた。その乾いた音は、同時にパトリシアの頬をはたいた。

 彼女はうなだれていた頭をゆっくりと上げ、涙を拭きとった。

『泣くのは後でもできる』

パトリシアは自分にそう言い聞かせた。

 

「あぁっ!ギュンターさん!プルさん!」

 銃声に続いて、アルマの慌てふためく声が響き、前方で手を振っていた。「こっちですこっち!!艦長が・・・・!」

 「・・・・・ベル!!」

 ギュンターが走り出し、パトリシアも後に続いた。

 

                    ≠

 

 銃口が、キューベルに向いていた。

ブラッドは腕を抑え、我が身を撃った兄に憎悪を送っていた。

 「君たちが呼び掛けたところで無駄だと思うが、念のためこうさせてもらう。こうなってしまった以上、ここから抜け出して余計な行動を起こされても困るからね。」

「総帥から聞いたわ、あなた達のこと」

 キューベルは銃口に臆することなく抵抗した。厳密にいえばそれは弟のブラッドからだが、なにが引き金となるかわからない今はシャアに濡れ衣を被ってもらうことにした。

「あなた・・・最低ね」

 そんなドラマみたいなセリフが彼の鉄仮面を崩すわけがない事は彼女もわかっていた。しかし、そう言わずにはいられない。

「人をゴミみたいに扱って・・・実の弟をこんな風にして!あなたには人の心がないの?!」

 

 「・・・・・・・・一つ言わせてもらえば」

 

やっと彼が口を開いた。

 

 「私は実験台をゴミみたいに扱ったことは一度もない。」

「そういうことを言ってるんじゃ」

「例えばの話だが、君は生き物を殺して食べたことがあるかな?」

「え・・・・・?」

「牛とか豚とかあるだろう?鹿でもいいし魚を釣って食べた、とかいう話でもいい」

「な、なに言ってんの・・・」

 キューベルは思った。この男に通じる言葉はない。この男と目を合わせると全身が芯から震えた。「い、今はそんな話をしてるんじゃ」

 「質問に応えろ、生き物を殺して食ったことがあるかと聞いてるんだ」

 今まで冷静どころか機械のように受け応えていた声に初めて感情のようなものを感じ、キューベルは怯えた。「な…ないわ・・・」

「なら一つ覚えておくといい、猟師が獲物を仕留めて食べるときは“いただきます”と感謝して食べるそうだ。命をありがたくいただきます…いい言葉だな。」

 ここまで言葉をしゃべっていても彼の意図が何一つ読み取れない。それは、彼女自身が軽くパニックに陥っている証拠である。「だ…だからなにを」

 銃弾が顔の横を掠めた。「今の話を聞いてなかったのか?」

 キューベルは、必死に顔をふりながらも失禁してしまっていた。

 「つまりそういうことだ。実験に協力してくれている以上、私は命をいただいていることになる。こういうとカニバリズムにも聞こえてしまうが・・・もちろんそういう意味ではないのは今の話を聞いてわかってもらえたと思う。ま、私は食べ物も粗末にはしないがね。」

                    ≠

「な・・・なんだよ…あいつ・・・・!」

 スティーブンの話を聞いているのは彼女らだけではない。壁を一枚隔てた通路で、ギュンターとパトリシア、さらにはアルマまで聞き耳を立てていた。

 何の前触れもなく銃が再び火を放った時は危うく声が漏れそうになったが、何とかこらえ隙が出来る時を待つ。

 およそ血が通っている人間とは思えない男の振る舞いにギュンターは浮足立ち、いつキューベルが撃たれるともわからないプレッシャーが膨らんでいく。

「くそ・・・もう我慢できねぇ・・・・」

「焦らないで、私が合図するまで待って」

 彼に反し、パトリシアは顔色一つ変えずに銃を構えながら、いつでも突入できる態勢をとっていた。

                    ≠

「・・・・・・・・・・」

 スティーブンが、突如機能を停止した機械のように“止まった”。

彼の視線は明らかに壁を向いている。ブラッドとキューベルが訝しげに彼を注視していると

 「外に誰かいるな。」と言って機械のような眼を再びキューベルに向けた。「そんなとこで聞き耳立てずに入ってきなさい。」

 銃口が、扉の外に向いた。

「だめッ!入ってきちゃ、あぁっ・・・・!!!!」キューベルの肩を、銃弾が掠めた。

「うるさい喋るな。

早く入ってこないと君達の可愛いボスが可哀そうなことになるぞ。私もむやみにこんなことはしたくない。」

 

 温度の感じられない声だけが通路に響く。

 

「ぐッ・・・・・」

「挑発にのらないで、まだ我慢して」

 今にも特攻をかけんとするギュンターをパトリシアはなんとか引き留めようと、彼の耳元で強く囁いた。

 だが、それは次の瞬間に、もろくも崩れ去る

 

「あーあ、可哀そうだなぁ。」という声がして、再び銃声が鳴った。

 

「あ…あぁあぁあああぁあぁああ!!!!!」

 ギュンターはスティーブンに向け銃弾を放ちながら機械まみれの部屋に突入し、キューベルに覆いかぶさった。

 「ベル!!!うぐぁっ・・・・」

 

数発の銃弾が、彼の背を血に染めた。

 

「くそっ!」

 ブラッドは、一瞬生まれた隙を突き、銃を撃った。スティーブンの手にしている銃をはじくと同時に、パトリシアが後ろから放った弾が左腕に命中していた。「・・・・・」

「今だッ!早く二人をここから離せ!!」

 ブラッドの合図を機に、パトリシアとアルマがキューベルとギュンターを抱えて研究室を出ていった。

 

 

 「艦長・・・」

 キューベルは、肩から血を流しつつも、ギュンターを背負い医務室へ向かっていた。

「私は大丈夫、それよりも彼を・・・早く連れて行かなきゃ」

「あの・・・・ギュンターさんは・・・もう」アルマが言いかけたとき、パトリシアが彼女の肩を掴んで何も言わずに首をふった。

 キューベルにアルマの言うことは聞こえていない。しかし、彼女に伝わる感触が、徐々に重く、冷たくなっていく。

 医務室の扉が視界に入った時、背負っていた物がずるりと肩から落ちた。

「ねぇ・・・ちょっと・・・・ねぇってば」

彼は穏やかな顔をしていた。

「なに寝てるの・・・・起きてよ・・・ねぇっ・・・!」

揺り動かしても、何もかえってこなかった。

「あ・・・ああぁ・・・・あああああぁぁぁぁぁぁ」彼女の声だけが、むなしく響いた。

 

                    ≠

 

「なんだ・・・この嫌な感じは・・・・やめろぉ!ぼくの中に入ってくるなぁ!!」

 ニュータイプは、自身の並外れた空間認識能力であり超感覚的知覚に苛まれることがある。特に命の奪い合いである戦場においては、それが顕著になって、感じたくもない誰かの死を感知してしまう。

 アウター・ガンダムのサイコ・ファイバー、サイコガンダム・テスカトリポカのサイコフレームの相乗効果によって、アドルフは人の死どころか死の感触、さらには宇宙に溶けた残留思念までも感じ取っていた。

 そしてタロは、その感触を既にリボー・コロニー脱出直後に味わっていたが、親しい人が背後であっという間に死んだ今、自らを閉ざしてただの受け皿になることで、死に至る病から逃れていた。

 それは、ニュータイプがマイナスの方向で覚醒したニューロタイプの姿であり、タロ・アサティは、もはやアウター・ガンダムを動かすただのエンジンとなっていた。

 

 超感覚的知覚、俗に第六感と呼ばれる能力はもとより人間に備わっており、サイコフレームに感化されるのは何もニュータイプだけではない。

 言ってしまえば、ニュータイプがより敏感に感じるだけの事であり、オールドタイプと差別的に呼ばれている者でもその片鱗を感じることはできる。

 「オリ・・・ガ・・・?」

 ケツァルコアトルの胎内で、グランの前に肉体を捨てたオリガの姿があった。彼女は穏やかな顔にどこか悲しげな表情を浮かべていた。

 オリガは彼に口づけをすると、どこかへ行ってしまった。

「あ・・・あぁ・・・・・」

 グランは、彼女の安らかな表情を感じ、目の前のオリガを殺した相手に何もできなかった。

 

 

 『アドルフ』タロの感情のない声が、操舵席に響く。

「なっ・・・なんだよっ・・・・」ニュータイプ特有の不快感の中で、アドルフはなんとか言葉を紡ぐ。

『早くこの戦争を終わらせなくちゃ これ以上人を死なせちゃいけない』

「だからそれを今考えてんだろっ!!あのバリアが破れない限りは何をやっても・・・・・・?」

 いつの間にか、マイクロ・アーガマがケツァルコアトルの横を通り抜け、サイコガンダム・テスカトリポカへと向かっていた。

「おい・・・なにをしている?!」

 アドルフがマイクロ・アーガマに緊急通信を入れると、口から血を流している男の顔が映った。

≪よぉ坊ちゃん・・・元気そうだな≫

 

 『・・・・ニロンさん』

 

 それは、マイクロ・アーガマの乗組員であり、タロにとっては砂漠で一夜を共に過ごした男だった。

「おぉ・・・タロもいるのか」

『いくんですか』

「あぁ・・・どっちにしろこの身体じゃもう無理だ」

 ニロンはマイクロ・アーガマに乗り込み、自身の身体と引き換えにエスタンジアの乗組員を全員殺害して、たった一人で舵を取っていた。

『そうですか、あなたとはもっと話したかった』

「なんだよ・・・ずいぶんあっさりしてんなぁ・・・・ちょっと寂しいじゃねぇか」

『えぇ、自分でも変な感じです。今はただ、あるがままを受け入れようかなって』

「そうかい・・・・ところでよ・・・・さっきから変な声が聴こえるんだ・・・・もうあの世が近いのか…これは」

 彼が聴こえている声はサイコフレームによるものであり、これもまた、ニュータイプの更なる覚醒の一つであるステロタイプの姿であった。

 ニューロタイプがマイナスとすればこちらはプラス、自閉するニューロタイプとは違い、ファナは自身の意識を拡大させ宇宙に共鳴させていた。

『ニロンさん、やっと楽になれますね』

「あぁ・・・あの話をしたのはお前が最初で最後だ」

『・・・・・・ありがとうございました』

 

  じゃあな

 

それが、タロが受け取った最後の言葉だった。

 

 「ごちゃごちゃうるせぇなぁ・・・・・」ニロン・アラダールは、マイクロ・アーガマがバリアを展開する大型ファンネルへ特攻をかけ「こっちは死人しか乗ってねぇんだよ!!」自らの命と引き換えに、突破口が開かれた。

 

 しかし、クビツェクの死に際のミサイルが、反陽子収束発射口以外のいたるところを傷つけ、三射目のエネルギーの充填率が下がりつつあった。

 「エネルギーが散っていく・・・・・ちくしょう」

アドルフは、スラスターを最大限まで噴射させた。

 

                    ≠

 

 ケツァルコアトルの進む先に、一機のモビルスーツが待ち構えていた。

ヴェルデ・エア、東條は迫り来る大型艦に呑み込まれようとしながらも、大型のロングレンジ・レールガンで冷静に狙いを定めていた。

「一発だ・・・一発でいいはずだ」

 砲口は、大きく口を開いたその中心で反陽子収束砲を構えるアウター・ガンダムに向いていた。

                    ≠

「タロ」

 アドルフが呼んだ。「これじゃもう発射はできない」

テスカトリポカまで近づくにつれ、アウターに繋がれたケーブルが次々と切断されていく。

「ぼくはここまでだ。あとは…いいかな・・・」

『・・・・わかった』

 タロは、まだ幼い少年の望みを達成させることが、ある種の罪滅ぼしになると潜在的に感じていたのかもしれない。そしてそれが、一つの時代を終わらせるということも。

 

 そして、ケツァルコアトルは、アウターが二機のモビルスーツを連れ脱出すると、残った反陽子を溜めたままテスカトリポカの左腕に食らいついた。

 Iフィールドで固めた反陽子が、テスカトリポカを侵食してゆく。

テスカトリポカが、再び口を開いた。

 

「くそ・・・またガンダムを逃がした・・・ん?」

 東條の前に、ギュンターの幻が現れた。「お前・・・・死んだのか」

 

『艦長は無事ですよ』

 

「そうか」

 

 ヴェルデ・エアの放った弾はケツァルコアトルの口内を貫通し、辺りには反陽子が漏れ出した。

「すまないキューベル、俺もどうやら」

 

  パウッ

 

 反陽子のレンジと化した口内に放たれたテスカトリポカのプロトンビームにより、東條は機体と共に絶命した。

 そしてアドルフも、巨神の左腕をもぎ取った漆黒の戦艦と共に反陽子の爆発により短い生涯を終わらせた。

 

 『ニュータイプの未来を・・・掴んで・・・』

 

                    ≠

 

 部屋には再び、兄弟だけが取り残されていた。

2人とも鏡を合わせたかのように腕から血を流していた。

 スティーブンは特に気に掛ける様子もなかった、が、自身の出血を一瞥すると

「私の意識があるうちに・・・お前にこれを渡しておこう。」といって、少し大きめの箱をブラッドに差し出した。

 「今日はクリスマスだ」

 手渡された箱を開けると、膨大な資料とアクリル状のタブレット端末があった。

「ここに私の研究データがある。すでに一通りニュータイプ研究所に送ったが今回の実験結果はまだ出ていない。

 頃合いを見計らってアナハイム・エレクトロニクスに送れ、そうすればお前に多額の資金が振り込まれるようになっている。

 

 今まですまなかったね、メリークリスマ」

 

  パンッ

 

 言い終わらない内に、渇いた音がヴィルヘルムの額を貫いた。

弟から兄への初めてのプレゼントは、ピストルの弾だった。

 

 それから彼は、マガジンに残っている弾すべてを、兄の身体に撃ち込んだ。

「・・・・・メリー・クリスマス」

 

                    ≠

 

 サイコガンダム・テスカトリポカはバリアと左腕を失い、さらにケツァルコアトルの爆発で左半身の機械構造が剥き出しになっていた。

 タロは、ファナの存在を感じる胸部中心、心臓の位置までアウター・ガンダムを近づけた。

 タロとファナは彼の地でやっと再会を遂げ、二人の兄妹の長い旅は、終わりに近づいていた。

 

 

 

  ファナ!ダメじゃないかこんなとこまで来ちゃ

 

  ごめんなさい お兄ちゃん

 

  さぁ、帰ろう

 

  ごめん できないの

 

  え?

 

  もう帰れなくなっちゃった

 

  なに言ってるんだよ あ、もしかして兄ちゃんが怒ってるって 

 

  ううん そうじゃないの それにお兄ちゃんの心に、もう私はいないから

 

  ふ…ファナ?やっと地球まで帰れるんだぞ?

 

  お兄ちゃんはちゃんと生きる理由を見つけてる でも私は

 

  ば…ばか言うなよ!これから見つければいいだろ!?

 

  ダメなの・・・・あたし、こんなだから・・・・

 

 初めて、タロは、巨神の中のファナの姿をみた。今まではっきりと見えなかったのは、ファナ自身がその姿を見られることを拒んでいたのだろう。

 タロの中で、ここに来るまでに積み上げてきたものが、一気に崩れていった。

何のためにここまで来たのか、何のための苦しさだったのか、すべてが意味を無くしていった。

 

 「あ・・・・あぁ・・・・・なんで・・・・なんでこんな・・・・」

 

  私から頼んでこうしてもらったの 長くはないって言われて だから気にしないで

 

 「俺が・・・おれがコロニーを離れたから・・・だからファナは」

 

 ちがうよ やっと私は 独り立ちできたの

 

「・・・・・・・・」

 

 短い間だったけど、外の世界が見れてたのしかった

 

「まだ見ていない!いってたじゃないか!地球に帰りたいって・・・・!」

 

「じゃあねお兄ちゃん・・・生きてね・・・・生き続けてね」

 

 

 

 サイコガンダム・テスカトリポカに綻びが奔り、剥き出しになったサイコフレームから光が溢れた。

 機体はメルトダウンを起こしたように、機体に繋がれたファナの、残された肉体と共に溶解してオーロラを描いた。

 ファナの魂は、その光と共に宇宙へ混じり合っていった。

 

サイコフレームのオーロラを浴びたタロを、生まれてからの記憶が流れていった。

 

 母と父の顔、ぬくもり

 

 地球の澄んだ空気

 

 ファナが生まれたとき

 

 そして、戦火

 

タロは、駆け巡る走馬燈の中でたった一つ、未来を見た

 

 そこには、今とはすこし違う、クシナがいた。

 こちらを見て口を動かしなにかを言っているがうまく聞き取れない。しかし、彼女が視線を自分から窓に移した時、はっきりと声が聞こえた。

 

   「あの子には・・・未来を生きてほしいから」

 

        あぁ、そうだね

 

それを最後に、タロの意識は悠久の時を刻む海の中へ溶けていった。

 

                    ≠

 

 ブラッド・ワインスタインにより採光照明弾と可視光通信が放たれ、彼の地での戦いは終わった。ケツァルコアトルの特攻とサイコガンダム・テスカトリポカの爆発により小惑星基地アリエスは部分的に壊滅的なダメージは負ったが、基地としての生命維持は十分機能していた。

 「機体は第8ドックへ、負傷兵は居住ブロックに運べ!」

 カーン・ジュニア、もといブラッド・ワインスタインは少しでも意味のない戦いの償いのため、先頭に立ち指示を送っていた。

 そんな中で、装甲が剥がれ機械構造が剥き出しになったアウター・ガンダムが流れてきた。モビルスーツとしての機能を失いつつも、奇跡的にコックピットは無事だった。

「カーン・ジュニア様、パイロットはどうしましょう」

「万一の事もある、とりあえずアウターごと重力ブロックに運べ」

 

 

 タロの身体は負傷兵とは別のブロックに運ばれていた。その中にある手術室で、ブラッド・ワインスタインは、タロの身体を眺めていた。

 バタンとドアが空き、クシナが飛び込んできた。「・・・・・タロ?」

彼女は、目を開けただ横たわるタロの姿に次第に声を震わせて言った。「ねぇ・・・・どうしちゃったの・・・・・ねぇっ!?」

 クシナが、涙をこぼしながらブラッドを見ると、彼は愁いを帯びた瞳をしていた。

「あ・・・・あぁ・・・・・」

 「・・・・・できる限りのことはするつもりです。でも・・・・奇跡はないものと思っていてください」

 再び扉があき、ウィノナが数名の白衣を纏った研究員を連れてきた。

「これより彼の手術を開始します。あなたは出ていてください。」

「いやです!私もここで見ます!!」

「彼は生きるか死ぬかの瀬戸際だ!それに・・・彼がもし宇宙放射線を浴びていた場合は表皮を取り換えることになる、そんな残酷なところを見続けられるのか?!」

「で・・・でも!!」

「いずれにせよこの手術は少なくとも3日は必要になります。ウィノナ、彼女を外へ」「はい」

 

 クシナが声にならない声と共に手術室を後にすると、カーン・ジュニアはゆっくりとタロに向き直った。

 「彼はもうここにはいない・・・・・彼の意識は、人としての魂はどこかへ行ってしまった。

 もうこれは誰でもない。

 最低限の生命維持をしている細胞の塊にすぎない・・・・兄さん、あんたの罪と、あんたを殺した罪は…これで償うよ」

 誰に言うわけでもない。彼が、彼自身に納得させるために、そう独り言を呟いた。

 

 「これより、ジオン・コンティニュー・オペレーション改め、シャア・コンティニュー・オペレーションを開始する」

 

 

 

 手術が終わり、扉が開いた。クシナは真っ先に台に飛びついてタロの姿を見ると、そこに寝ていたのは全身をガーゼにくるまれ、タロとはわからない姿だった。

 「タロ・・・タロぉっ!」

「彼に触るな!」カーン・ジュニアは半ば乱暴にクシナを引きはがした。「今は一刻を争う状況です、経過を見るためにもこのまましばらく隔離します」

 

                   ≠

 

 それから3日が経ち、両軍の負傷兵を含む生存者たちの中で、地球圏への帰路につく者も出始めていた。

「メモリー・クローン0号の様子は?」

カーン・ジュニアは、かつて兄の部下であった男を従えていた。

「非常に安定してきています。そろそろ隔離を解除してもよいかと思われます」

「そうか・・・・念のため後二日は様子を見る。あなたもそろそろ帰り支度をするといい」

「えっ・・・?」彼は面を食らっていた。

「ビゲンゾンさん…あなた、ご家族は?」

「え、えぇ…妻と、10歳になる息子がいます」

 彼はカーン・ジュニア、ましてやワインスタイン兄弟から見れば遥かに年上なのだが、どこか頼りなさを感じる男であった。

 「そうですか・・・こんなことに付き合わせるべきではなかった。本当に・・・申し訳ない」

カーン・ジュニアは涙ぐみ、声を僅かに震わせていた。

「い、いえ・・・これも仕事ですから。そう言えばワインスタイン卿はどちらに?」

「彼は死んだ」

「そうですか・・・それは残念です」

 「そうでもないさ」カーン・ジュニアはどこか遠くを眺めていた。「さて、あとは私一人でやる。君たちは好きにするといい」

「では、皆にそう伝えてきます。あっ」

「どうした?」

「私達の持っている研究資料はどうしましょう?」ニュータイプに関する様々な資料のコピーが、彼らの手元に残っていた。

「あぁ、それは・・・」破棄を命じようとしたが、彼の勘がそれを止めた。「各自持ち帰って厳重に保管しろ」

「いいんですか?重要な資料なのでは・・・」

「構わん。ここに閉じ込めておくより将来花を咲かす種子になるかもしれないからな」

 「そうですか、息子には見つからないようにしないとなぁ」彼はハハっと表情を緩ませ「では、失礼いたします」踵を返して、解散の意を伝えに歩き出した。

 「・・・・・さて」カーン・ジュニアには、まだやらなければならないことが山積みだった。

 

                   ≠

 

 戦いが終わって5日が経ち、ジョブ・ジョンはオスカ、マーカーと共に生き残ったクルーを居住ブロックのとある一区画へ招集していた。5日もあれば基地内のことはある程度は把握できるものだと彼は実感する。

「グラン、クシナ、よく帰って来てくれた」

 出撃して無事に帰ってきたのはこの二人だけであり、整備班のフィアが小さい体を震わせていた。

「残念ながら、全員は集まる事は出来なかった・・・臨時とはいえ…艦長として最後の最後で何もできなかったのが悔しい」

それは艦長としてではなく、一人間として、ジョブ・ジョンとしての素直な言葉だった。

「俺は現時点で、艦長の座を降りる。ブライトさんに何て言われるかわかんないけど・・・」

 彼は、一年戦争の時に、今の彼よりも若い年齢でホワイトベースを率いたブライト・ノアの偉大さを改めて感じていた。

「オスカとマーカーもよくこんな俺についてきてくれた。本当にありがとう」

 「そんなこと言わないでください」オスカは眼鏡をかけ直し「どんなときにも艦長の手となり足となる」

「それが俺たちの、役目ですから」マーカーが言った。

 「じゃあ“元”艦長さんよ」それまで黙っていたグランが口を開いた。「あんたの代わりは誰がやるんだ?」

「あぁ、それは」

 すると、小柄な女が彼らのもとに近づいてきた。

 「地球圏までの間ですが、私がジョブ・ジョンさんの代理となって艦長を務めさせていただきます」

 「3日前に知り合ってね、聞けば彼女も艦長をやっていたそうだ」

「ゼーレーヴェ艦長キューベル・ポルシエです。よろしくお願いします」

彼女の後ろには迫水とアルマ、そしてパトリシアがいた。

 ジオンの軍服に身を包んだ彼女達の姿にわずかな戸惑いがあるものの、この5日間でそれは見慣れていた。

 グランはその小柄な艦長よりも、その後ろの迫水に目がいった。「お前は・・・・」

オリガを殺した機体から出てきた男だった。

「どうした、グラン」

「いや、なんでもねぇ・・・ただの勘違いだ・・・・」

 「こちらも大事な人を失いました。ですが今はまず、地球圏へ戻るためにできることをやらなければいけません。どうか・・・お願いします!」

 彼らの事情を知ってか知らずか、キューベルは頭を下げた。

「・・・辛いだろうが、今は互いに協力し合わなきゃいけない時だ。地球圏へ戻る手はずを整えないといけない」

 「あぁ、わかってるよ」彼はひとり、オリガを思い出す。「なぐさめあって何になるってわけでもないからな・・・・それよりあんた、これからどうすんだ?」

 「俺は本来はメカニックだからなぁ」ジョブ・ジョンはちらりとキューベルを見て「彼女のおかげでアウターとかの設計図も手に入れられたし、ちょっと気になる事があるからそこをあたってみるかな」

「気になる?」

「戦略戦術研究所さ」

「そうか」

 

 その時、彼らのもとにカーン・ジュニアが歩いてきた。正確に言えば、彼らのもとではなく、誰かを案内してここに来たのだが

「以上がここの居住ブロックだ。次は・・・」

 彼の後ろにいる男の姿に、ジョブ・ジョンは見覚えがあった。「あの男・・・シャアじゃないか?」

「えぇ、ダカール演説の映像ではあんな感じだったかと」

 カーン・ジュニアとシャアらしき男が彼らを一瞥し通り過ぎて行くと、キューベルが「誰…?今の・・・」と言った。

「誰って、シャア・アズナブルじゃ」

「そんなはずないわ、だって総帥は・・・木星圏に行ったんだから」

「なんだって?!というか総帥って」

「プルさん・・・もしかして今のが・・・・」

 「えぇ・・・きっとそうだと思います」パトリシアは「だって、あの人からは・・・何も感じなかった」

「ど…どういうことですか・・・」

クシナが、シャアらしき人物を見ながらおそるおそる聞いた。

 「なんていうか・・・まるで、魂がない…人形が歩いているみたいでした」とパトリシアがいうと、クシナは走り出して後を追った。

 

 

 

「ね、ねぇっ!」

 クシナが呼ぶと、カーン・ジュニアと男が振り向いた。

「タロ・・・なんでしょ?そうだよね?!」

「・・・・・・・・」

「わ、わかってるんだから!」クシナがそう言っても、彼からの反応はなかった。「私の目はごまかせないよ!なんか事情があってそうなったんでしょ?」

「・・・・・・・・」

「いいよ、どんな姿になったってタロは」

「この女性は?」

「えっ・・・・・」

クシナに、虚無が押し寄せた。「な・・・なに言ってるの・・・」

「どこかでお会いしたかな?」

「え?じ、冗談だよね?冗談で言ってるんだよね?!そうだよね!?」

「すまない、私は」

 「タロ・アサティは・・・救えなかった」男が何かを言おうとした時、カーン・ジュニアが遮った。

「あの後容体が急変してね…こちらも全力を尽くしたんだが・・・」

「うそ・・・うそよ・・・・嘘だと言ってよ!ねぇっ!!」

「タロ・アサティは死んだ」

 彼は無情にもクシナを突き離した。

「クシナだよっ!思い出してよ!ねぇっ!」

 「さぁ行くぞ0号」彼女の声を無視するように、カーン・ジュニアは男の背を押した。「今から向かう総統執務室がお前の部屋になる」

 タロ・アサティは、どんなに顔が変わろうと、どんなに声が変わろうと、その目だけは変わっていなかった。それはただ、シャア・アズナブルと同じ青い瞳をしていたに過ぎないが、クシナとのつながりを意味する唯一の糸だった。

 しかし、その糸は無情にも断ち切られた。キューベル達は、その様子を彼女の背後から見届けていた。

「あいつ、裏切った・・・・・」

 

 「タロのバカ・・・・あんたがそんなんじゃこの子はどうするのよ・・・・」クシナは強がりを言うも

「うっ・・・うぅっ・・・・」ぺたんと地べたに力なく泣き崩れた。

 

 

 

 カーン・ジュニアと0号が総統執務室に入ると、一人の男の姿があった。

「お待ちしておりました。おぉっ!?」

 シャアにミネバの誘拐を、そしてカーン・ジュニアにアウターの密輸を依頼された男だった。「これはこれは・・・いやぁ大佐そっくりですな」

「言っておくが、この事は口外するな」

「もちろんですとも、それが我々の仕事ですから。またお役にたてて光栄です」

「ジェノヴァ、君とはもしかしたら今回きりになるだろう」

「まぁまぁそんなことおっしゃらず、頼みがありゃいつでも頼まれますよ?で、今回のご用件は」

「これだ」

 カーン・ジュニアは、兄からもらったクリスマスプレゼントの一部を、ジェノヴァに渡した。

「これをアナハイム・エレクトロニクスまで持って行ってくれ。既に手続きは完了している。君がこれを届け次第私に資金が振り込まれる。今回の謝礼はそこから出す」

「は、はぁ…随分時間がかかりますがよろしいので?」

「その資料はまだここから漏らしていない。向こうも重要機密として扱いたいはずだ」

「確かに今のご時世、紙媒体ほど信用できるもんはありませんからねぇ。承りました。では、失礼します」

「あぁ、最後に一つだけいいか」

「もし次に依頼するとしたら、何かコードはあるか?」

「そうですねぇ・・・ラムゼイ機関とでもしときましょう」

 

 名もなき男が総統執務室を後にすると、カーン・ジュニアはやっと一仕事片付いたように椅子に座った。彼は、大量の札束をばらまいたような快感の中にいた。

 「マスター、私は・・・何をすればよろしいのですか?」

 メモリー・クローン0号が、一息ついたカーン・ジュニアに尋ねた。

「しばらくは地球圏に潜伏して動向を見る。そしてシャアの身に何かがあった時、それが貴様の出番だ。その頃にはシャアの記憶も馴染んでるだろう」

「そうですか」

「0号、さっきの女は誰だ?」

「・・・・・・忘れてしまいました」

「それでいい…今のお前には必要ない記憶だ」

「マスター」

「なんだ」

「私の名前は0号なのですか?」

「そうだな・・・その呼び名はやめにしよう。お前の名前は」

 

 カーン・ジュニアは、偽りだけがあるこの空間で、『何をやっているんだろうか、私は』と思った。しかし、もはや引き返す場所も彼にはない。一度乗ったレールの行き先は変えられないのだ。

 自分をマスターと呼ぶ記憶の消去された男の顔を見ると、ブラッド・ワインスタインは言った。

 

 「フル・フロンタル、今のお前にふさわしい名だ」

 

運命の歯車が廻りはじめた。

 




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