新訳 機動戦士Oガンダム   作:なかのあずま

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第5話 無題

 「なぜ火星圏なんだ?」

「えっ?」

 火星圏へ向かう補給艦の操舵席で、シャアは唐突にカーン・Jr.に尋ねた。「いくら連邦の目が届かないとはいえ、これでは物資の補給もままならないだろう?」

 「あ、あぁ、アクシズからの援助があるからな」

 「ほう、それなら君の『姉』はよっぽど肩入れしているらしいな」

 「いや・・・正確にはグレミー・トトという者からだ」

 「グレミー・トト?・・・ハマーンの直属か?」

 「詳しくはわからない、顔くらいしか・・・指令書でしかやり取りしていないし・・・」

 なんともあやふやな情報にシャアは眉をしかめた。

 「アクシズの人間というのは間違いないのか?」

 「それは間違いない。ただ・・・随分若く見えた」

 「そのグレミー・トトとやらは誰かの差し金なのか?でなければ」

 「グレミーを騙った何者かの指示・・・?」

「まぁいいさ、まともな補給があるという事はアクシズと見ていい。それより、なぜ火星圏なのかを教えてくれるとありがたいんだが」

 シャアはそれまで僅かに外していた視線を明確にカーン・Jrの目に向けた。

 「他に目的があるのか?」

 アウターガンダムを勝手に一人の少年に渡したこの男をどこまで信用していいものか・・・とカーン・Jrが口ごもるとシャアは「私もおまえと目的は同じはずだ」と適当なことをぬかした。

 「えっ?そ、そうか、そうだな、疑ってすまない」カーン・Jr.は容易く術中にはまる。

 「いや、疑われて当然のことをしたのだ。すまないと思っている」

 「そ、そうだな・・・まず」この時、カーン・Jrには視えてなかったが、シャアの口元は、わずかに歪んでいた。「我々が火星圏に行くのは、さらに遠くへ、木星へ行くためだ」

 「ほう?」

 「シャリア・ブル、パプテマス・シロッコ…お前にとっても馴染みはあるだろう?」

 「・・・あぁ」

 「この二人の共通点はニュータイプであり木星帰り、つまり」

 「ニュータイプは木星に大きく関係しているということか」

「そうだ。なぜそうなるのかは見当もつかないがな・・・そういう素質を持った粒子や細菌が漂っているって話もある」

 何と眉唾物な話題だろうか。いや、広大な未知の領域においてはそうも言い切れないが。

 「・・・あと、これはあまり知られていないことだけど…木星に行った人達はほとんど必ずと言っていいほど『何か』を視るんだ」

 その時、存在を消してたカーン・Jr.の部下ウィノナが口を開いた。「アリエス基地から通信が入りました」

 「よし、繋げ」

 回線がつながると次の瞬間、“アリエス”という美麗な響きから想像もつかないほどの醜悪なブ男の顔面がデカく映し出され、カーン・Jr.は思わずひっくり返りそうになった。

 「・・・そうか、この男がグレミーか」

 「そんなわけないだろ!!誰だ貴様!?」

 髪が一本もない頭に、瞼と顎に随分な贅肉が着いたずんぐりとした顔は見れば見るほど醜悪な面構えだ。

 ≪お初にお目にかかります、カーン・Jr.様、そして・・・≫瞼で殆ど隠れた眼球がシャアを見た。≪シャア・アズナブル大佐、いえ・・・総帥≫

 シャアの顔が真剣身を帯びる。

 ≪私はヨドルフ・ヒトーリン、こちらで総帥の代わりを務めさせていただいております≫

 旧世紀の独裁者の名を足して割ったような名前の男は画面を通しても臭ってきそうな下卑たにやけ面で自己紹介をした。

 「グレミー・トトという者に代わっていただけないか?」

 するとヒトーリンの表情からそれまでのにやけ面が消え、いぶかしげな表情になった。≪グレミートトという者はこちらにはおりませんが・・・≫

 人間離れした顔をしているが割と表情豊かである。案外正直者なのかもしれない。

「そのはずはない、この指令書はそちらがよこしたものだろう!」

 お互いに共有された画面上にアリエスからの指令書が表れるとヒトーリンは訝しげな表情でしげしげと舐めるように見た。

 ≪確かにこちらから送ったものですが・・・・・確かにグレミー・トトと書かれていますな≫ 彼の頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいた。どうやら本当に身に覚えがないらしい。

 「まぁいい、そちらが送ったので間違いなければ問題はない。今更引き返すわけにもいかんさ」

 ≪はぁ・・・ではお待ちしております≫

 「ヒトーリン、私は本来の目的を聞かされていない。火星圏で何をしているのか教えてもらえないか」

 ヒトーリンの顔に再び臭いつきのスマイルが戻り≪ジオンの再興ですよ≫と言って通信が切れ画面が暗転した。

 「私はその方法を聞いたんだがな」やれやれとでも言うようにシャアは肩をすくめた。

 

                    ≠

 

 ≪パトリシアはどこだああああああああ!≫

 クルーがマイクロ・アーガマへ帰艦しメインブリッジに近づくと、騒がしい声がドアの向こうから豪速球で叩きつけられた。どこぞの誰が発狂しているのか。

 「パトリシア?誰?」

 先の戦闘でそれぞれの神経をすり減らした彼らは今すぐにでも眠りにつきたかった。クシナにとっても消化不良に終わり、彼女はいささか不機嫌であった。

≪だから何度言ったらわかるんだこの野郎!≫≪鎮静剤早く!≫

 一人の発狂した青年が数人がかりで捕らえられている、それがメインブリッジに入ってまず飛び込んできた光景だった。

 「俺ちょっと休みたいんだけど」

 ニロンは拳を握りしめると騒動の中心人物へ近づき

「ただ今もどりましたあああああああああ!!!」

喧騒の源である男を殴り飛ばし「じゃあ俺ちと休憩しますんでまたなんかあったら」自分の個室に向かっていった。

 「で?誰なんだこいつは」ニロンの拳を食らい、気を失って無重力に身を任せている男を見てグランが言った。

 「君が出撃した時に侵入してきたんだよ」

 オスカの手には鎮静剤が握られていた。ニロンが殴らなければあと一歩で針が男に突き刺さっていたのだろう。

 「・・・あ」

 「あ?どうした?」

タロが何かを思い出して口を開いた。

「いや、あの…さっき戦った人が、パトリシアを渡せば引き上げるって」

「そんなこと言われても知らないもんは知らないよ!」クシナは子供の様に頬を膨らませた。

「とりあえずこいつしまっときますわ」

 メカニック班のオリガは、この男を独房室へ運んでいた際に意識を取り戻して取り乱した彼と一悶着を起こしていた。

 「また暴れたら面倒だから誰か手伝ってよ」帰艦したばかりの彼らを巻き込むように言った。

 「おい、お前も手伝え」

 「え?あ、はい!」

 

 オリガが気を失っている男を肩で担ぎ、グランとタロはその後をついていくように独房室へ向かう。その道中

 「モビルスーツに乗るといつもあんな感じですか?」

 タロの漠然とした質問に、グランは呆気にとられた顔を向けた。タロ自身のボキャブラリーでは先ほど味わった感触をうまく言語化できない。

 「なんていうか・・・戦っているうちに自分に馴染んでいくというか・・・」

 「そりゃ何戦かやった後の話だ。たった一回の、いや二回目か、その程度の場数で慣れてくなんてことはほとんどねぇ。

 よっぽどセンスがあるか、お前みたいにニュータイプとかいう人種じゃなけりゃあな」

 「開けて」

 いつの間にか彼らは目的地前まで来ていた。オリガは男たちの会話なぞお構いなしとでも言うように断ち切り、彼らを顎で使った。

 「ニュータイプって言われんのはイヤか?」独房の扉をあけながらグランは言った。まるで尻にしかれた亭主の様な状況下なので格好がつく物もこれではつかない。

 「いい気はしないですね」

 半ば情けない背中に、タロとしてはもう少し入り組んだ話をしたかった。それは、べルドルフとの交戦中でのことだ。

 背後から迫る敵機を認識した途端、タロの纏う肉の鎧は、彼の意志に応えるようにスラスターを噴かして翻し、身を槍のようにしてべルドルフへ向かっていったのであった。

 『モビルスーツが自分の意志を読むことなんてあるんだろうか・・・・あの時、僅かだけど、気のせいかもしれないけど早く動いたような・・・』

 なんてことを考えている間に気を失った男は独房室に放り入れられた。

 「んじゃ、戻ろっか」オリガはまるでやっと一仕事終えたかのような爽やかな女の顔をしていた。

 

                    ≠

 

 クビツェクが連邦軍の戦艦の独房に放り入れられたことなど露知らず、ゼーレーヴェ艦はカピラバストゥコロニーへ入港していた。

 「うっわ・・・」

 「ほんとに行くんですかぁ・・・」

コロニーの様子を見たキューベル艦長がドン引きし、エヴァが雀のような声をあげた。

 砂塵の舞うスラム街はどう見てもごみ溜めそのもので、果たしてここにターゲットがいるのか、というよりいてほしくない思いが彼らに浸透していった。

 「すぐにでもこんなとこ出たいけど・・・アルマ!アレ出して」

「はい!」

 オペレーターのアルマがアレという言葉だけで即座にメインスクリーンへ指令書を映し出し、そこには次のような文字が羅列していた。

 

[エンドラ級ゼーレーヴェ艦長 キューベル・ポルシエ殿

 貴公ラ海驢隊ニ次ノ通リ指示ス

 リモーネ・パトリシア・プルッカノ回収ヲ命ズル

 尚、アウター・ガンダムノ回収ハ此方デ別動隊ニ指示スルノデ必要無

 以上

                      レヴァハン・M・ヴィルヘルム]

 

 つい先ほどのことを地獄耳で聞きつけたような指令書に一同はため息をついた。

 「意地でも回収しろってことよ。各員ノーマルスーツを着て!」

気を取り直すようにキューベルはパンッと手を叩いて指令書に従うことを決めた。

 「モビルスーツに乗った方が早いのでは?」東條だ。

 「どういうこと?」

 「誘き出しやすいという事です」

 彼女は少しの間東條の言葉を内で反芻して熟考し「先にエヴァと迫水二人が聞き込み!3時間手掛かりをつかめなければアンタとギュンターがモビルスーツで出て!以上!」

 「ええぇぇぇ?!おれぇ・・・?」

 「がぞーむちゃんがいいなぁ~・・・」

 迫水は素足で虫を踏みつぶしたような顔になりエヴァも迫水程でないにしろ不満を漏らしていた。

 「うっさいわね!艦長命令なんだからさっさと行きなさい!!」駄々につきあう道理はない。

 キューベルが金属バットで殴ったような声で彼らの反論を叩き潰すと、先発の二人はぶつくさ言いながらノーマルスーツで街へ赴いた。

 「それにしてもこの別動隊ってなんすかね?」ギュンターが纏め上げた茶髪をポリポリと掻きながらカットをかけるように聞いた。「それにこのレヴァハン・M・ヴィルヘルムって誰っすか?」

 「アクシズ…ネオ・ジオンのニュータイプ研究所の所長らしいわ。詳しくは知らないけどね」

 「なーんでそんなとこから指令書が来るんすかねー」

「指令じゃないわ」キューベルは懐から煙草を取出し火をつけた。「ただの雑用よ」

 

                    ≠

 

 マイクロ・アーガマのモビルスーツデッキではメカニック班がアウターの装甲を取り外し機械構造を調べていた。

 なぜかというとそれは次の通り、オリガが男を独房へ放り込んでメインブリッジへの帰路でのこと

 「君さぁ、タロ君だっけ?さっきコイツに言ってたことだけどさ・・・えーっと、なんだったっけ?」“コイツ”のとこでグランを指差した。

「えっと・・・モビルスーツが自分に馴染んでいくっていうか」

 「そうそうそれそれ!それさぁ、ちょっと引っかかるんだよねぇ」オリガは体をくるりとタロの方に向け、後ろ歩きになった。「あんたニュータイプなんだっけ?」

「・・・・・はい」

 「ならちょっと見てみたい事があるから付き合ってよ!グラン、あとよろしく」

 後ろに進んでいた足をぴたりと止め、タロを捕まえるとグランを残して来た道を戻る様に流れていった。

そして今に至るのだが・・・・・

 「ん~・・・・タロ君」装甲が外され内部の機械構造が剥き出しになったアウターがオリガの目に映っていた。「こいつの装甲外して何かおかしいと思ったらさ、アナハイム製とそれ以外のパーツが混じってんのコレ」

 「えぇっと、それは・・・・?」

 モビルスーツ、ことにそのパーツといえばコロニーでジャンク屋が拾って売っていた物でしかないタロにとって、メカニックのことなど無知の領域である。

 「んー何って言ったらいいかなぁ・・・簡単に言うと連邦とネオ・ジオンの機械構造がごっちゃまぜになってんの。わかる?」

 「はぁ、まぁ」

 噛み砕かれた説明は幸いにも伝わった。

 「あの変なモビルスーツもいじったから気付けたようなもんだけど・・・」

 一方その変なモビルスーツ、ガザDには同じくメカニック班がとりついていた。その中から一人、といっても4人程度しかいないが、眼鏡のガラスを割りそうなくらい目を大きくしながらヒヨコのような声で見た目も幼い新米のフィア・ヤンチャイが彼女らのもとに流れてきた。

「オリガさん!やっぱりですっ!同じパーツが使われてますっ!」

 「だよねぇ。あー、こういうのってややこしいんだよなぁ・・・ちょっとまだそっち見てて」「はいっ!」フィアの小さな体がまた小さくなっていった。

 「あの」

 「ん?」

 「なにがややこしいんですか?なんとなくはわかりますけど」

 「あぁ、兵器は軍が全部を作っているわけじゃないからね~」

 「そうなんですか」

 「だいたい兵器ってのは軍じゃなくて製造会社が殆ど造るんだよ。

 例えば一年戦争の時は・・・連邦だったらアナハイム・エレクトロニクス、ジオンだったらジオニック社とかツィマッド、MIPとかいった会社がモビルスーツとかモビルアーマーを開発してたんだけど、ほら、連邦が勝ったじゃん?

 だから今は実践に投入されるモビルスーツはアナハイムが殆ど造ってんじゃないかなぁ?」

 「・・・なんで、そんなことするんですか?」

 「え?」

 「だって、同じところが造ってるんでしょ?それだったら戦争なんか起きないんじゃ」

 「ほぉ~、キミは言葉を知らないだけで頭はいいんだねぇ」

 いかにも予想外だという反応をしたかと思うと彼女はタロの肩をがっしりと掴んだ。「でもね…これは、今のキミが知る事じゃない」

 タロに死の商人の話はまだ早い、オリガの息が少年の鼻腔を擽った。

「どーだぁ?なんかわかったか~?」

 少年の瞳がさらに青くなった時、モビルスーツデッキにジョブ・ジョンの声が響いた。

 オリガは「造るとこと戦うところは違う。今はそれだけ覚えておきな」と言い残しジョブ・ジョンに振り返った。

 「あ、はーい。結構ややこしいことがわかりました」

 「ややこしい事?」

 オリガとジョブ・ジョンの話はタロの耳に届かず、彼女に言われたことが頭を駆け巡っており、彼らを見る青い眼光が鋭くなっていった。

 「オリガさんっ!あっ艦長っ!」フィアが小さな体で大きく敬礼をしたのが微笑ましく見え、タロの表情筋は和らいだ。

 「やぁ、そんなかしこまらなくていいぞ。で、何か見つかったのかい?」

 ジョブ・ジョンもよい子を相手にするように身をかがませていた。

 「は、はい!コックピットに文字がっ」

 「よし、俺も見よう」

 アウターへ身を近づけていくと、彼は愕然とした。「・・・・・なんだよこりゃあ」

 剥き出しになった中身をよく見れば、油圧パイプやラジエーターなどの機械構造中に無数のファイバーが血管のように張り巡らされていた。

 それを辿っていくと、そのすべてがコックピットから冬虫夏草の様に突き破り出ている。そしてそのコックピットの外殻に、文字が書かれていた。

 

  Strategic Tactics Research Institute and ROM

 

「S.T.R.I・・・戦略戦術研究所なら連邦政府の下請け企業だったはず・・・しかしアンドロムってのは・・・・・・」

 オリガが外殻に書かれていた文字を読み上げる。ジョブ・ジョンの中でやがて一つの仮説が組み上がった。

 「タロ君。ちょっとこいつのテストしてみようか」

 「テスト?」

 「うん。とりあえずコックピットに入っていてくれ」

 そして

 「おーい!今からカタパルトハッチ開けんぞー!」

 「いや、ちょっと待っててくれ」

 彼がデッキを出て行き、取り残されたタロとメカニック班は、なんだか手持無沙汰になってしまった。

 「あの、テストって何するんですか?」

 「宇宙(そと)出て模擬戦でもするかと思ったんだけど」

 「もぎせん?」

 「そ、ペイント弾使ってね。でもなんか違うみたいね」

 いまいち何が始まるのかわかってない両者のもとに艦長兼メカニックの男が何やら有り余るほどの機器を手にして舞い戻ってきた。いくつもの大きめの金属でできた板挟みのような物があり、なんとも大荷物である。

 「それは・・・?」

「これをそのよくわからないファイバーに取り付けてくれ」

 「は、はい!」

 メカニック班がアウターの周りを取り囲み、血管のようなファイバーに次々とコードを取り付けている間、ジョブ・ジョンはモニターを起動させていた。

 「よし!タロ君、まずアウターを少し動かしてくれ」あらかた適当に取り付けられ、彼の言葉に従うようにアウターが起動した。

 「えーっと…何をすれば・・・」

 「そうだな、まず軽く動かしてみてくれ、手とか。あと外部スピーカーに切り替えて!」

「はい」タロの声がデッキ内に響く。「動かします。離れてください」

 アウターの右アームが上がり、掴むようにマニピュレーターを動かした。

 ジョブ・ジョンの眺めるモニターには、ファイバーに取り付けられた電極からワイヤレスで受信した信号がグラフで表示されていた。

 しかし、そのグラフに然したる変化は見られない。

 「これ何です?」変化のないグラフに首をかしげていると、背後からオリガもモニターを見ていた。

 「簡単な電極を取り付けたんだ。アウターが動いたらなんかわかると思ったんだけどなぁ・・・・・やっぱ模擬戦しかないか」

                    ≠

 独房室。その中で眠っていた男が目を覚ました。

「んっ・・・と・・・・・ここ・・・は?あたッ!」

 顔の右半分に鈍痛が走り、気を失う前の光景が脳内にフラッシュバックした。「そうだ・・・パトリシア・・・!早く、連れ戻さないと」

 

                    ≠

 

「んっ・・・」

 ファナが目を開けると、香ばしい匂いが漂ってきた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 体を起こすと8時を示す時計が目に入った。

「あ、おはようっ!よく眠れた?」

 寝ぼけまなこを擦りながら寝室を出てリビングへ向かうと、すっかり回復したリモーネの声が耳に朝を告げる。

 「あ・・・おはようございます。」

 「コーヒー淹れちゃったんだけど大丈夫かな?」

リモーネの元気な声が目覚ましのベルの様に室内を駆け巡る。

 「・・・あれ?」

 昨日はいつのまにかソファに寄りかかったまま寝てしまっていた。そんなファナを運んだのは

 「あっ・・・だめ…だった?」キッチンに立って目を潤ませている彼女だろう。

 「ううん、ありがとう!」

 ファナはわずかに悲しげに微笑んだ。

 「よかったー!パンと昨日の残ってるのどっちにしようかなぁ・・・」彼女は次の問題に勝手に直面していた。朝から忙しい人だ。「パンにしよっかな!」

 

 食卓にパンとコーヒーが上り、くすんだ朝のひかりが2人を照らす。

 「ここはいいところだねぇ」

 リモーネはパンをかじりコーヒーを一口すすってやっと落ち着いたのか、窓の外を見つめながらそう言った。

 「ここが・・・ですか?」

 「うん、ここはいいなぁ」

 窓の向こうの砂塵の舞う景色を見ながら、彼女は穏やかな表情になっていた。「あ、あの・・・」

 「ねえ!あとで買い物いこっ!」

 「あ、買い物だったら私が」

 「ううん!一人だと危ないでしょ?だから一緒に行こっ」

「・・・う、うん」

彼女の目を見れば聞くべきことを聞けず、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 

 

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