ヤーパンアルプス、地球図極東にあるヤーパン列島の中部に位置する山脈である。元は北アルプス、中央アルプス、南アルプスと分かれていたが地震、噴火、隆起を繰り返し千年以上の歳月をかけて一体化した。その山脈の北部、かつて劔岳と呼ばれていた山岳、の中腹にある洞窟の中―――――――
「そろそろ戻ってくる頃だな」
「ああ」
「俺たちいつまでここにいるんだよ」
「さあな」
「そろそろ太陽を拝みてえよ」
「今拝んでも目が潰れるだけだ」
洞窟の中といっても『彼ら』はかなり奥部にいる。生半可に隠れていては、いつ見つかってもおかしくはない。
「ただいま・・・」
少女というには大人びているが女性というには未成熟な女がどこからか戻ってきた。あどけなさを残しているその彼女はレイという。
「収穫は、無しか…」
戻ってきたレイの様子からも言葉はいらなかった。しばらくの沈黙が続いた。
「ねぇ…もう外へ出ない?」沈黙はレイによって破られた。彼女は今まで抑えていたものを露にした。
「最初はあたしもまだ子供だったし、みんなもいたから戦えたよ?でも…あの日、みんな…みんなっ…」
そのままレイは泣き崩れ、嗚咽が洞窟内に響いた。
「どうして!?どうしてあの日仕掛けたの!?ねぇどうして!?仕掛けなければみんな死ななかったのに!それにショウだって……ねぇ、そう思うでしょ……ねぇってば!」
パンタは胸ぐらを掴まれていた。レイの瞳を見つめ、一息つき、胸ぐらを掴まれたままヴィンセントの方を見た。
「ということだぜヴィンセント…あんたあの日、仕掛ける前にいってたよな、『遂に来た』ってよ。でも何もなかった。一体何を待ってたのか知らねえけどさ・・・なんだったんだ?」
パンタの脳裏には三年前の光景が、インダストリア強襲時の熱、におい、虚無が焼き付いていた。その思惟が言葉からも微かに滲み出る。
「あたしね…もう自由になろうって思うんだ…、こんな生活続けてたらさ、嫌でも感じる……もう進めないって、あたし達に明日はないって」
彼らのいる場所が洞窟の奥部ではあるが五人ばかりの人間が羽を伸ばせるくらいの余裕はあった。しかし、彼らが背負った十字架と太陽からの恵みを完全に遮断した閉鎖空間のおかげで、翅は伸ばすどころか掴まれ、捥ぎ取られ、翔ぶことは困難になっていた。
「だからさ…みんなで楽になろう、ね?」
「今何時だ?」
脈絡のなさすぎるザッパの返事にレイは唖然とし、パンタは「17時」と答えた。
「よかったな…最期の夜が来る」
「指定ポイント到着、このまま待機します。」
朱く燃ゆる山岳の上空に5体の巨人と6つの球体の黒い影があった。彼らはインダストリア、ヤーパン支部から派遣された一小隊であり、隊長機であるブレッツェルを先頭に球体と交互にV字隊列でホバリングしている。
「ヒノモトさん」隊員の一人が何かを捉えた。
「どうした?」
「山肌に人影のようなモノが」
ヒノモトと呼ばれた先頭機体のパイロット、ジン・ヒノモトは山肌を目視した。
「この辺りで最も近いシエルポリスは?」と聞きながら機体の腕部からレーザーを発し山肌に当てた。
「最付近ですと…トヤマポリス、次にナガノポリスがあります」
ヒノモトはレーザー解析されたデータを見ていた。
「歩けるか?」「いえ」
「そうだよなぁ!データを並列化する、ギアであれば裂け目から弄れるだろう。一機向かい、残りはここで待機!後に合流!迎撃!」
スリチュアンから発進した小型艇アラクーダが太平洋の上空にいた。小型艇といいつつも全長は20メートル程あり、その姿は蜘蛛に翅を生やしたような奇妙な形をしている。飛行中は脚を折り畳み、その上今は脚でザクを抱えているという、地上から見れば奇怪極まりない物体だ。
アラクーダの舵はリム・ペダルがとっていた。14という年齢でありながらも船の操縦を軽々とこなす器用な少年である。
「これがヤーパンですね、エンジンはもっと先です。低空飛行に移行します」
「しかしよくここまで目を付けられなかったもんだな」
ヤーパンが見え、クロードの体を縛っていた緊張が解けていった。
「部分的に光学迷彩をつかいましたからね」「そうだといいけどなぁ」
緊張は解けても体は重い。
「あれは…なんだぁ!?」
飛行艇の高度が下がった事により彼らの目には幾つかのドームが浮いている光景が映っていた。
「ヤーパンという列島の地下深くはプレートの集合地みたいなもので、太古から地震が多いんです。それに火山も多くて、陸上はとても永く人が住めるようなところじゃないと言われるようになったんです。ミノフスキー技術が進歩して街を浮かせられるようになり、ついには空に街を造ってしまおう、という事になって・・・はじめはオールドキャピタルであるトーキョーだけでしたが、いまでは殆どの地域が空に街を浮かべて、その中で人が暮らしているんです。あのドームはシエルポリスといってシエルは上空と殻と2つの意味、そして都市という意味のポリスでシエルポリス、というみたいです」リムの十倍返しの説明にペイジをはじめとするクルーは圧倒されていた。
「そのなんとかスキーってのぁ何だよ?」
クルーの中にはシドもいた。
「ミノフスキーというのは粒子状の物質です。これのおかげでビームを撃てたり巨大な物体が重力に逆らう事が出来るんですよ」
「へぇー万能なんだな」「そうですね」リムは至ってわかりやすく説明した。
「どちらにしても僕たちがいたような閉鎖空間に変わりはないですけどね」
シエルポリス群を過ぎるとしばらく何もない平野が続き、また別のシエルポリスがあった。前方には巨大な山脈があり、近づくにつれて朱みがかった景色が落ち着きを取り戻していった。
「ん?」
クロードは山脈に何かを見た、気がした。それは視覚というよりも感覚で捉えていた。
「どうしました?」
「ここ、ズームしてくれないか?」
彼らの見ている景色は厳密に言えば生の景色ではない。カメラで捉えた映像をCG処理したものを壁面ディスプレイで見ているのである。CG処理といっても10の-24乗秒で行うのでタイムラグは皆無であり、映像にしても生の目で見る以上にくっきりしている。
クロードの指した場所をズームすると(この時ズームした映像は別ウィンドウホログラムで映し出される)三十機あまりのモビルスーツと球体の影があった。
「主砲ってあるのかな?」「えーっと…あるみたいです」「じゃあ主砲準備ィ、発射用意!!」
レイ、パンタ、ザッパ、トシは洞窟内を逃げ惑っていた。
「くそっ何なんだよあれは!」「インダストリアは何考えてんだかな!レイ!まだかぁっ!」「あと少しっ…」
とにかく背後から来る化物からは逃れなければならない、洞窟から一刻も早く外へ出なければ、その先に敵がいたとしても。
「ぐうぁっ!」「!?」
レイとパンタが振り返るとザッパが倒れていた。
「トシィ!ザッパを担げぇ!」
止まれば全滅と即断し、パンタは言い放ったが「ダメだァ!足にィ!!」
ザッパの足は化物の触手にがっしりと掴まれ、一筋縄で抜け出せそうになかった。「くそぉっ!」
トシは触手にハンドガンを放つも効き目は現れなかった。
「トシ、これを…」ザッパは懐から棒状のものを取り出しトシに渡すと「俺の脚を切れ」と命じた。それは小型の、もとい人間用のビームサーベルだった。
「何をしている!早く斬れッ!」
トシはしばらくビームサーベルを握りしめていたが、ザッパの威喝に眼を極限まで開き
「うああああああああああああ!!!」
死刑の執行や切腹の際の介錯において首を切り落とす際、執行人、介錯人は腕の立つものでなくてはならない。一度で切り落とせなかった場合、斬首対象者は無限の苦しみを味わい、のたうち回る事になる。西暦、中世時代の死刑執行でこのような事は珍しくなく、中には斧を持ち出しても首を落とせなかった事例もある。それほどまでに人間の体の切断は容易い事ではない。
しかしこの時代、かつてモビルスーツが手にし、一振りすれば人間の体を丸々蒸発、消し炭にしてしまうビームサーベルは今や人間が手にするまでに進化した。それで人を斬るとき、それは斬るというよりも焼き、熱し、蒸発させるという物になり、そこに人間の皮膚、肉、血脈、神経、骨、細胞一つ一つを感じる事なく終わるのだ。そして斬られる方も細胞の悲鳴を聴く事はない。故に、ザッパの脚を切り落とした時、感じるはずの奇妙な感覚をトシは感じなかった。
「走れぇっ」
トシがザッパを背負い先頭まで躍り出、殿になったパンタは向かってくる触手に三発の手榴弾を投げた。五秒後、轟音が駆け抜け岩盤の崩れる音がした。これで少しは時間を稼げるだろう、パンタはそう思うので精一杯であった。
静寂が訪れた。彼らの息も切れ、前方から冷たい風が吹き付けてくる。それは彼らの体の熱を冷まし、頭を覚ませた。
《静かになった》
先ほどまでの騒々しさが嘘のようだ。不気味な静寂ではあるものの不思議と不安はなく解放感があった。
ヴィーッヴィーッヴィーッ
静寂が引き裂かれ一気に現実へと引き戻された。音の発信源はレイの手首についている通信機からだった。
「リュウ!どこにいるの!?」
「敵の機体を奪った、合流したい、どこにいる」
「山の洞窟の中!機体を奪った…?」
「インダストリアのらしい期待が次々と集まってきてな、変な船まで来たからそいつについていた奴を奪った。そいつで幾つか落とした」
「変な船…?とにかく近くまで来て、位置わかるでしょ?」
リュウは手首の通信機でレイのいる場所を確認すると「了解」といい、さらに一機墜として向かった。
主砲発射直前、船に鈍い振動が走った。
「ストーップ!砲撃中止!」
クロードは急遽止めさせようとしたが、主砲は発射された。まばゆい光に覆われ船全体が大きく揺れた。視界が回復したときには敵部隊の半数が蒸発していた。
想定を遥か超える威力にアラクーダ乗組員は茫然とした。が、モニターに映し出された外の景色を見た瞬間に我に返った。
彼らが見たのは誰も乗っていないはずのザクが敵部隊へ吸込まれるように向かっていく様だった。
「主砲の照準を合わせろ、早く!!」「何考えてんの!ザクもろとも吹き飛ばすのか!?」ペイジが怒鳴るも、クロードが素早く遮った。
「まだわかんねぇのか!ザクは敵に奪われたんだよ!近くに奴らがいて奪ってったんだよぉ!」
クロードは迷った。今の戦力でザクを手放していいのか?スリチュアンの謎の手がかりになるんじゃないのか?何より少なからず愛着もある、直接的でないにしろ自分の手で葬る事になる。
「リム…トリガーをペイジに」引き金をペイジに託すとクロードはモニターから遠ざかった。
「照準、誤差修正セット完了、充填開始!」
主砲の再充填が始まりエネルギーが溜ってゆく、ペイジの引き金を握る力が増してゆく、クロードの鼓動が早くなる。
「発射十秒前!揺れと閃光に備えろ!」各々で目を覆い、レトに至っては伏せていた。
「5!4!3!2、1…」
船は揺れなかった。そして眩い光が包む事もなかった。
「どうした?」
クロードは何も感じなかった事に不安を感じた。
「いや、ちょっと見てくれ」
ザクが超質量ビームハンマー片手に球体を敵機にぶつけていた。敵機体を利用した独特な戦法で一機一機着実に撃墜していった。
「勝手に動いてるのか…?」
モビルスーツがリモート操縦として自動で動く事自体は特別おかしくはない。しかし今のザクの動き、明らかに意思のあるような戦い方だ。
敵機を五機ばかり墜とすと山岳の中腹部へと向かっていった。レーダーで確認すると、その先にはエンジンの反応があった。
ジン・ヒノモトは拳を握りしめ歯を食いしばり身体を震わせていた。一瞬にして見方の半数を失い、その上たった一機のモビルスーツに5機墜とされたのだ。恐怖、怨恨、そしてこれらを遥かにしのぐ自責の念がジンの身体を痙攣させていた。
「ぅ…ぅぅぅうおおおおおあああああああああああぁぁぁぁ!!!」
ヒノモトは身体に溜ったものを息が切れてもなお吐き出した。底まで空になるとコックピットのハッチを開け新鮮な空気を一気に吸込み、身体中に充満させ骨の髄まで染み渡らせると前方を睨んだ。陽はほとんど沈んで辺りを闇が包み、見方を蒸発させた飛行艇が不気味に佇んでいた。
「……残った者に告ぐ・・・これよりあの飛行艇を墜とす!!」
アラクーダの舵を再びリムが取り、ザクの後を追った。
「お、おい!」
シドがレーダーで敵機の接近に気づいた。十数の機影が向かってきていた。
「アラクネだけでやれるのか!?」
迷う暇はない。シドとペイジはアラクネでアラクーダの甲板に張り付き迎撃を開始した。ペイジ機の右手首から先は高出力レイザーキャノンに、シド機は両手首をドリルに換装していた。ペイジはアラクネの体勢を整え、狙いを定め、撃った。粒子は敵機体を翳め、彼方へと飛んでいった。小型飛行艇の甲板から狙いを定めたとて半永久的に空中戦が可能な機体相手の狙撃は至難の技とはいかぬまでもバツが悪い。
「クソッ」
二射、三射と続いて躱され焦りが集中力を削らせた。そのせいか別方向からの接近に気づけなかった。
「危ねぇ!」
シドは右方向から来る敵機に気づきレフトアームのドリルを射出した。ドリルにはワイヤーがついており、切断さえされなければ無制限で射出が可能である。ドリルが敵機に突き刺さり、高圧の電柱が流れていった。電流を喰らった敵機体は麻痺し、一瞬の隙をつくった。シドはそこに勝機を見出した。「ペイジ!右を!」
ペイジ機から放たれた閃光は敵機体を貫き、爆煙が吹いた。
「ま、また・・・貴様等ぁッ!!!」
ヒノモトはブレッツェルのスラスターを一気に限界まで噴かせアラクーダに真正面から突撃を仕掛けた。仲間を蒸発させた主砲がいつまた粒子を吹くやも知れぬ
そこへ一寸の躊躇も無しに迫る姿はカミカゼの如く
「正面から来る!チャージは!?」「していますが間に合いませぇん!」
「シド!ペイジさん!アラクーダ正面を!」「それどころじゃない!」シドとペイジは一機相手に一苦労であり、クロードの命令を聞く余裕なぞ無かった。
リムが策を思いついた。
「いつまでもつかわかりませんが・・・Iフィールド・バリヤァーッ!!!」
アラクーダの全体をバリアーが覆った。端から見ればオーラのようなものがアラクーダを包んでいた。
「仲間割れか……あそこか!」
リュウはレイ達がいるであろう洞窟の入り口を見つけた。
ヴォン
ザクのモノアイが洞窟内を照らした。
「リュウ?リュウなの?」
レイは通信機越しに話しかけた。
「あぁ、私だ」
通信機から発する声は間違いなくリュウのものだった。
「ここには足場が無い、ハッチを開くから飛び込んでくれ」
リュウはザクのコックピットを洞窟入り口に寄せ、ハッチを開いた。
「リュウ!」レイが真っ先に飛び込んだ。
パンタはコックピットを見渡す。
「来てくれたのはありがたいんだけどよぉ・・・入れんのか?」「そうだな…よし、もう一人だけ入ってくれ、あとでまた来る」「後でって、どういうこと!?」
「敵が仲間割れをしたようだ…同士討ちを待ってもいいがうまくやれば戦力を増やせる」
「インダストリアが話を聞くとでも?」「奪うのさ、照明弾あるか?」
「ん?」
ヒノモトが山陰に発光体を見た。「そこのレクリア!山陰に動きがあった、処理に向かえ!」
命令を受けたレクリアのパイロット、ボルトはすぐさま翻し山陰へと向かった。
《あのモビルスーツが逃げ込んだ所か…》
夜、暗闇での目視は盲目に等しく、レーダーをたよりにモビルスーツを探した。それだけでは不十分でありメインモニターの明度とコントラストをあげていた。
レーダー上の熱源と自機のマーカーが重なった。しかし辺りにはそれらしきものは見えず
「辺りにはいない…とすれば上か」
それらしい影は無い。
「上にいないとすれば」
レクリアのメインカメラを下方向へ向けると奈落の底から一つの眼光が迫ってきていた。
「ふんっ!」
速射レールガンを構え引き金に手をかけるとプラズマエネルギーが発生した。
「その程度、騙し討ちにすらならん!」
突如、目がくらむ程の光がコックピット内に広がった。ボルトの視覚は完全に麻痺し、レールガンはエネルギー不十分のまま発射された。
ガキィン
レクリアの機体が揺れたかと思うとさらにGがかかり背面から山へ激突した。
ボルトの視覚が回復すると、モニター全面にモビルスーツの影があった。
「だからどうだってんだよ!」
レクリアの左アームをザクの右腕にかけた時
コックピットハッチから異音があった。
「何だ?」
ボルトは確認のためハッチを開けると少女というには大人びた女がいた。少女はボルトの首根っこを掴み一気に引き寄せ
「可憐な機体はあたしが使う!」
ボルトの巨体をハッチから投げ捨てた。「うわああああああああああぁぁぁぁぁ…………」
「レイ、そっちに余裕はあるか?」トシとザッパは入れるか?という意味だ。
「うーん…ザッパは大変かも!自力で踏ん張れれば話は別だけど」
重力下において身体が固定されないと致命傷を負う確率が高まる。ましてや自力で踏ん張れないとなればなおさらだ。
「トシはそこでザッパを頼む、頃合いを見てまた戻る」リュウはトシとザッパにそこにいるよう告げた。「よし!もう一機ぶんどるぞ!」
ザクとレクリアは再び戦場へ舞い戻った。ボルトは地上5メートルまで迫った時に体勢を整え、背負っていた小型スラスターを噴かせ一命を取り留めていた。
「どれが欲しい?」「こいつだな」
パンタはモニター上の一機を指した。それはヒノモトの駆るブレッツェルであった。
ブレッツェルの捉えた映像、ヒノモトの目線の先ではレクリアがモビルスーツを捕獲していたようだった。
「よくやった、レクリアの……ボルトだな。そいつを連れて本部へ向かえ!」「了解致しました」
レクリアはザクを連れながらブレッツェルに近づいた。
「何をしている、本部はこっちじゃないぞ」「でもその前に…!」
レクリアがブレッツェルの正面で姿勢を構え、
「アンタもいただく!!」「…!貴様ッ!」
レクリアは登録されていたブレッツェルのデータを読み取り大まかなコックピットの位置を掴んでいた。
ヒノモトは異変に気づきビームサーベルを突きつけようとした瞬間、ブレッツェルに衝撃が走った。「おごぉっ!?」
ザクがいつの間にか後ろに回り込みブレッツェルの背面に蹴りを食らわせた。
その流れでザクはブレッツェルをホールドし、空中でバックドロップを仕掛けた。2機は地面へ真っ逆さまに落ちて行った。
「離せぇッ!」「いいだろう」
ザクはホールドを解き、上半身を反らせ体勢を立て直した。続いてブレッツェルも上半身を反り体勢を立て直そうとしたが、機体が重みを増した。
「すまん、燃料切れだ」
ザクがのしかかってきた。ブレッツェルはそのまま地面へ墜落した。
「さて、出てきてもらおうか」
そういうと手にしているハンマーのチェーンのスイッチを入れ、超圧縮させた粒子の固まりを発生させた。
「ふん、そのビームハンマーを1ミリでも動かしてみろ、背中のビームセイルが貴様ごと貫くぞ」
ブレッツェルの背面には左右に四つずつ対に穴があり、そこからビームシールドの要領でビームセイル、即ちビーム状の帆を展開できる。
「やってもいいが、さらに上を見るんだな」
上空にはレクリアがレールガンで狙っていた。
「仲間に通信しちゃったりしたら手が滑っちゃうかもなぁ」
相打ち上等ではあるがリュウの得体の知れない無感情な言い方が背筋を凍らせた。
「…………わかった」
ブレッツェルの後頭部が開き、ヒノモトが現れた。滾る血を一瞬にして凍らせた声の姿に興味もあった。ザクのハッチから筋肉質の男が飛び降り、月明かりに照らされた顔はよくよく見れば太い眉と長いウェーブの髪、ヒッピーのような出で立ちをしており、「声に合わない顔だな」と呟いていた。
「声?あぁ、俺じゃねぇよ、あいつだ」
男はコックピットの中を顎で示した。
コックピットの中を凝視するもよくは見えなかったが、見られている事はわかった。少なくともその気配はイメージ通り、声にあった眼光の持ち主だ。
「さてと、いただこうか」男は銃を突きつけた。「いいだろう、しかし・・・」
ヒノモトは腰につけたビームサーベルを手に取り構え、鋭い明が灯った。途端、男が発砲しビームサーベルは弾かれた。
「うおおおおおおおお!!!」
ヒノモトは男めがけ電光石火の如く生身の特攻を仕掛けた。
「お前バカか!?撃つぞ!」「サーベルは2つあるッ!!」
パンタの放った弾丸を見事に焼き落とし、面一直線にサーベルを振り下ろした。
パンタの姿が消え、ビームサーベルは空を斬った。
「二段構えの特攻恐れ入った。けどよ、ここはモビルスーツの上だぜ?」
パンタは隙だらけの背中を思い切り蹴り飛ばし、続く回し蹴りで踵を後頭部に食らわせた。
ヒノモトは一撃目で身体のバランスを崩し二撃目で完全にバランスの回復が不可能になり、そのままブレッツェルから落ちた。いくらブレッツェルがうつ伏せだったとて3メートル以上からの落下である、命は落とさないまでもしばらくは立ち上がれないだろう。
パンタは頭部のハッチからコックピットに入りブレッツェルを再起動させた。
「あのわけのわからない船をいただくとするか」
月が2つあるかと錯覚する程の朧光を放つ怪しげな小型飛行艇は依然として宙に浮き、残りのインダストリア機を相手にしていた。
「レイは上、パンタは下から行け、私は正面から攻める」リュウが指示を下すと3機は拡散し、各砲からアラクーダへと迫った。一筋の閃光が走った。
モビルスーツが2機、インディファイン・ギアが3機、アラクーダとアラクネだけで何とかここまで敵数を減らしていた。
「アラクネはまだもつか!?」「厳しいな」「なんとかして主砲延長上に集められないか!?」
「……なかなか無茶を言うなぁおい…巻き添えはごめんだぜ?シド!行くぞ!」
2機のアラクネがついに甲板を離れ、羽化した蝶のように夜の中を乱舞した。自由になった事でそれまでの精神的重圧から解放された彼らはハイになっていた。
「何発撃てる!!」ペイジはクロードに吠えた。「一発だ!」「承知!!」
ペイジとシドは既にヒトガタへと変形した3機のインディファインギアの核に狙いを定め、シド機は両アームのドリルを、ペイジ機は下半身の先端から半粒子状のワイヤーを放つ。それぞれがギアに突き刺さるとシドはドリルワイヤーを巻き取り、ギアまでの距離を半分にまで縮めた。2つのギアを主砲前に放り投げ、ペイジはギアの周りを出力全開で旋回し数秒間ギアの動きを封じ、接近、接触するとワイヤーの切断と同時に機体を半回転させ突撃をかまし主砲前にギアを放った。
「今だ!!」「放てぇっ!!」
アラクーダの主砲が炸裂した。
アラクーダから放たれた粒子は3機のギアを飲み込み蒸発させ、彼方へと消えた。残すは2機のモビルスーツとなった。
「アラクネさん方、甲板へ戻ってきてください」クロードは二人に言うと、ふぅと一息ついた。
「まだ終わってないですよ」リムが言った。
クロードが改めて気を引き締め前方スクリーンを見ると、画面下から巨大な一つの眼が現れた。ザクだ。
「貴様等に告ぐ、この船は包囲している。直ちに投降し、こいつを明け渡してもらう」
冷淡な男の声だった。「………えっと…誰?」
クロードの問いかけは場の緊張感を一気に崩すものだったがザクのパイロットには通じない。
「私達が誰だか…直接身体に叩き込んでやる!」
ザクが思い切りビームハンマーを振り下ろした。
「バリヤー最大出力!全速後進!!」
アラクーダのバリヤーは一瞬で消失した。エネルギーが持続する分には不十分ではあったがそれのせいではない。ハンマーがバリヤーを翳め、さらに上下両方向からの攻撃が重なったのだ。
「クロードさんッ!上にも!」言いながらシドが上空にうっすらと機影を確認しドリルを放った。
「下にもいるぞ!」下からの衝撃を感じ取ったペイジは下にいるはずの敵に向け、粒子砲を構えた。
「急速旋回!アラクネは発煙筒準備!」
「はっ発煙筒!?」
二人はクロードの意図が読み取れなかった。
「ザクが襲ってきますよぉっ!!」
旋回したアラクーダはザクに追われる形になった。
「いいか、このまま迂回しながらこのポイントに行き着くように進路を取るんだ、なるべく遠回りで、とにかく奴らと距離をとれ」「は、はい!」
リムは戸惑いながらもクロードの言う通りに舵を取り、アラクーダは何とかザクを突き放し、大きく旋回した。
「レイ、そこから撃つんだ」
リュウがレイに命じ、レクリアのレールガンの照準がアラクーダに定まった。
レールガンはアラクーダに命中した。アラクーダは火花を散らせ、煙を出しながら沈んでいった。
「よし、うまくいったな。なるべくポイントへの距離を縮めて」
リムにどっと披露が押し寄せた。「よくこんな無茶思いつきますよ!」
「まだ終わりじゃないぞ、リム」「わかってますって!」
リムは慎重にアラクーダの高度を落として行った。
「これで時間が稼げるだろう。着陸したら私がアラクネに乗りポイントに向かう」
「その後はどうするんです?」「えっ?」
「ポイントでエンジンを回収した後はどうするんです?インダストリアの人はこのアラクーダをとるつもりでしょ?」「それは…」
「ったく、さっきの奴といいインダストリアは薄気味悪いもんばっかり造ってやがる、マジでもらうのか?」
「戦力のない今は泥でも貴重だ。それに、結構使えるんじゃぁ無いか?」
パンタのブレッツェル、リュウのザク、レイのレクリアが船の墜落したであろう場所まで向かった。3機がそれらしき所まで来ると船は予想よりも前方に墜ちていた。月明かりの届かぬ山岳の影にあり、レーダーにも移らないので見つけるのに一苦労だ。アラクーダ前方にリュウ、右後方にパンタ、左後方にレイと囲い込むように降り立つ。
「さぁ、出てこいよ」リュウの声に感情が籠っていた。
しかし連中がいっこうに現れる気配はなく、彼らは銃をとってコックピットから船へと乗り移った。
「私はここから入る、中で落ち合おう」
リュウは船体上部の扉から、パンタは船体後部、レイは搭乗口からそれぞれ乗り込んだ。船内は物静かだが微かに音がしており、彼らはそれぞれの音のする方へ進んだ。
レイは前方に人影を見た、パンタは背後に気配を感じた。
レイは人影に銃を向けた。
「動くな」
「何だ、お前かよ」
人影はパンタだった。
「もぬけの殻みたいだな」リュウも合流した。
「!!!」リュウは《まさか》と閃き、慌てて出口へ向かった。外へ出ると予感が的中していた。3機のモビルスーツが起動していた。
「よう」
スリチュアンの深層でアベニールは瞑想(端から見てそのように見える)をしていた。
《やっと合流できたみたいだね、けどこれは…》
つんつん
マオだ、マオが微動だにしないアベニールの身体をつついた。
ぺしぺしばしばしぎゅうぎゅうぐいぐい
さらに頬をはたいてつまんで引っぱった。
「マオ!こらっ!」
ナユタがマオの手を掴んでぐいっと引っ張りアベニールから離した。
「ダメじゃないか邪魔しちゃ」「あれなに?」「あれじゃなくてアベニールさん!」
「大丈夫だよナユタくん。この子は僕が呼んだんだ」
瞑想を終えたアベニールがマオの頭を撫でた。
「君は・・・賢い、いい子だ」
アベニールはマオの目を見つめ柔らかな笑みを浮かべた。
とうとう両者が生身の対面を果たした、のだが…
「インダストリアじゃ…ない?」「ああ」
「じゃ、あなた達は何なんです?」
「そっちこそ何だ?」
「僕たちは…エブリオです。詳しくはあとで話しますが、とにかく僕たちもインダストリアではありません!むしろ敵です!!」リムは熱を帯びていた。
「…そうかい、悪かったな。俺等はブレインポリス、インダストリアに対するレジスタンスと言えばいいかな」
パンタは冷静だった。というよりも相手がインダストリアでない事がわかり安堵していた。
「レジスタンスか…他の奴らは?」ペイジだ。
「あの山の洞窟ん中だ」
そう言うとパンタはモビルスーツ越しの山を指した。
「あそこは…あのポイントの場所じゃぁ…」「ポイント?」リムのつぶやきをリュウは聞き逃さなかった。
「ポイントというより探し物と言えばいいでしょうか…それがあそこにあるんです」
「それは何だ?何故場所までわかるんだ?」
リュウの問いにリムはここまでの道程をなるたけややこしくせずに話した。
「なるほど…そのエンジンがあそこにあるってことか。で、今の話から推測すればそのエンジンは、トシかザッパがもっている事になる。な」リュウの視線はパンタ、レイに向けられていた。
「あぁ、そんでもってそいつはザッパだ」
「えっ?なんで?」レイは何故パンタがそう決めたのかわからなかった。
「俺等がこうしているのはザッパありきだろ?今回もザッパが言い出した。3年前もな…」
「とりあえずあそこに2人いるんだな。他は?」
途端パンタの口は堅く閉じられ、リュウの目が開き、レイの目にはうっすらと涙が溜っていた。ペイジはその空気を感じ取ると「すまなかった」と謝罪した。
「いや、いい……ん?」
パンタは2人がいるであろう辺りで何かが光ったように見え、目を凝らした。
「!!!」
パンタの顔につられ彼らは一斉にポイントの山を見た。戦闘が始まっていた。
少し時間を遡りアラクーダ不時着直後、クロードとレトはそれぞれアラクネに搭乗し、エンジンがあるであろうポイントに向かっていた。途中、一機のモビルスーツが骸となっていた。先ほどの戦闘でやられたのだろう、そう思いながらクロードは山岳へ向かった。山の中腹、洞窟の入り口を視界に捉えた時、一つの影が立ちはだかっていた。
「来いよ…消し炭にしてやる!!」
3機のモビルスーツがアラクーダの元から飛び立ちポイントへと向かっていた、ザクのみパイロットをペイジに変えて。
「まだ残っていたのかよ」ペイジが吐き捨てた。「いや、多分…」
アラクネは2対1でも苦戦を強いられていた。先ほどの戦闘、機体性能を無視したオーバーワークが祟り限界が来ていた。連続的戦闘はすべきではなかったのだ。
《まともに戦う余裕はない》「レト、一発だ、動きを止めるんだ!一瞬でも!」
「は、はい!」しかしレトも逃げる事で精一杯である、まともに操った事のないモノで狙いを付けるなんて。
「メインカメラだ!目を狙え!」視覚のメインをつぶせば一瞬でも隙を作れる、レトは敵機のガスマスクのような頭部に狙いを何とか絞りレイザーを放った。
レイザーは直撃、その隙を縫ってクロードは一気に加速をかけ敵機をくぐり洞窟入り口に到達した。八本の脚と右ドリルを頑僻に突き刺し機体を安定させ、洞窟へ降り立った。
敵機が張り付いたアラクネを剥がしに向かう、その時
「待って!」「!?」・・・・・なんだ…こいつは
トシが振り返ると敵がコックピットから生身を露にして白旗を掲げていた。
「今だけは…今だけは見逃してください…!」
いくら女とはいえ相手はインダストリアだ、生身とはいえ…唇に血が滲む。
「命乞いだぁ…?ふざけるな!!」「トシ待て!!」
ザッパの声が鼓膜を貫いた。トシは反射的に引き金から指を離した。3機のモビルスーツが到着していた。
「やれやれ、待ちわびたぞ」
トシとザッパを引き連れ6機のモビルスーツがアラクーダに帰投した。
「じゃあ、3年前にも今日みたいな感覚があったのね」
「そうだ、結局なんだったのかはわからない。だが、これでやっと私の役目が果たせる」
「でも信じられねぇ…あんたがその、機械だなんて」ザッパは焼き落とされた脚の断面を見せた。金属的な繊維や塊が見てとれる。
「!すまないが、後で検査させていただいても?」断面に研究者の勘が躍動したクロードは一目も憚らなかった。決して物珍しさに興奮したというわけではない。
「この動力をとってしまえば私はそれまで、好きにしなさい」「恩に着ます、では、アラクーダの修理が終わるのは夜明け頃と見ています。終わったらここを出ますのでそれまでゆっくりしてください」
「そんなにかかりますか?」レトが聞いた。「今は彼らの時間だ」レトに耳打ちで返した。
クロード達は船体、機体の応急処置を、パンタ、レイ、リュウ、トシはザッパと最期の夜を語り明かした。永いようで短い夜、空が暁の光を帯びる頃、ヴィンセント・ザッパは眠りについた。
天を照らした日の光はアルプスの朝霞を黄金に染めた。
新しい朝が来た。