ブラック★ロックシューター THE・GRAY WAR 作:イビルジョーカー
スターリウムを採掘する為の採掘場は今、騒然と波紋を靡かせていた。
今日はクロワ側から何やら重大な発表があるらしく、こうして作業員達は拒否権などないまま全員が欠けることなく、自身が担当する各採掘場へと訪れていた。
「全員揃ったな。これより、我が第2採掘場の現場監督『ネルフィス』がサンパー様より賜った重大発表をお前達に提示する!」
他の監視員の者と変わらない格好ではあるものの、そのネルフィスとやらの右胸には現場監督を示す『赤い星型バッジ』が付いてあった。ここへ集められた作業員達は漏れなく不機嫌や不満を顔や雰囲気から滲ませているものの、彼等をただの道具としてでしか見ていないネルフィスは気付いていながらも他愛なく無視し、さっさと本題へ入る。
ちなみにナフェやソーンたちが担当し働いているのはここ『第2採掘場』。
第1~第17ある中で最も厳しい労働が課せられ、特にネブレイトの発生率が抜群だ。その理由として挙げられるのは『与えられている餌だけでは物足りない思う偏食家が多い事』と『戦闘能力が乏しい者と重傷者の両方がここへ強制的に流されている事』に関係している。
一定の数が減ればその分だけ補充される作業員らはいずれも闘争主義者のみ。ここへと来る経緯はクロワとの紛争で敗北した中小組織の生き残りか、あるいは『闘争狩り』で捕獲されたかの二つしかない。
閑話休題。
「今、我がクロワは混沌と化している! 原因は何か! 他でもないエネルギーだ。
クロワの深刻なエネルギー問題を解決する為の光こそスターリウムに他ならないのだが、今年でその採掘量が減少の一途を見せている。我々クロワにはどうしてもスターリウムが必要不可欠。
そこで貴様等の飼い主たるアクティニス様は新たなる採掘場建設を提案した。つまり
、今以上の労働を強いさせるわけだ。しかし安心しろ。
それに見合うだけの食事もやるし、ノルマを達成できたらそれなりの自由と権利を約束…」
「ふざけるな!」
一つの罵声が現場監督の声を遮り、辺りに嫌と言うほど響き渡る。
その主はナフェもソーンもほんの少し程度の面識しかない名無しのハートレスだった。
姿こそ人間の男性と変わらないが、その両手はまるで爬虫類のような鱗の皮膚に覆われ、尻部には尻尾さえある。まさにトカゲ人間とでも呼ぶべき風貌だろう。
「黙って聞いてりゃ好き勝手の大盤振る舞い……まったくもって度し難いぞ!」
「……よく吼えるな。では聞こう。何が言いたいのかね?」
「俺等の飼い主は直々にこう言った。ノルマを達成すれば『自由』があると。クロワに殺されないよう取り計らってやると言った! だがどうだ?
俺達は必死でノルマをこなしていった。苦労して苦労して、だ。その過程で俺のダチは死んじまった……過酷な労働の苦汁を舐めて、てめぇらクロワや作業員の強い奴から受ける辛酸も嫌々舐めて来たが全部我慢した! 何故か?! 自由の為さ!
なのに……更なる労働に従事させるだと? これがふざけるなって言わずに何て言うんだよ!」
まるで血を吐くかのような。様々な思いが詰まるに詰まった1人の作業員の言葉だった。それを聞いたナフェもソーンも、彼の言い分は痛いほど分かる。
2人だけでなく、ここにいる全ての作業員達は皆ノルマ達成に向けて頑張って来た。そうすれば先程も言ったように自由と今後クロワに殺される危険が無くなる権利が与えられるからだ。
しかし、それが叶わず死んでいった者たちは数多くいた。その中に名無しの友人もいたし、ここに来て顔見知りになったナフェとソーンの知り合いもいた。
倒れなかった者はただひたすら作業に従事し、労働をこなしていった筈。
なのに与えられるのが『自由』でも『権利』でもなく、ただいつもより上質な食事のみ。これでは話が違うと抗議に出るのも無理ない。
「ふむ。言いたい事はよく分かったし、君の気持ちも尤もだ。しかし敢えて言わせて貰おう……それがどうした?」
「な、何を…」
堂々とそのような宣告をされた事実に戸惑いを隠せない名無しだが、そんな彼の心境など意に介さず話を進める。
「貴様もここにいる作業員も奴隷の畜生に過ぎん。ようは飼われてる身だ。無論我々も貴様等相手とは言え嘘を吐くという、誇りを穢すような真似はしない。報酬自体は確かにある。しかし今回は本当にこちらとしても予想外な事なんだよ。
スターリウムの採掘量が変わらずにいれば、我々も君達に約束した報酬を予定通り与えるつもりでいた。ただそれを多少延期にするだけの事に過ぎん」
「ぐっ! 延期にしてる時点で立派な約束の反故だ! そんな言い訳が罷り通るわけ…」
「言い訳何も事実だ。ともかくノルマを達成しろ。ノルマさえ達成できれば自由でも権利でもくれてやる……まぁ、その前にくたばってるかもしれんがな」
「!ッ」
あからさまな嘲笑。それは遥かなに上の者が下に位置する者に対して向ける侮蔑のそれだった。
それでも尚、名無しは反論を止めることはなかった。
「これがクロワのやり方か! こんなものが、こんな薄汚い卑劣な行為がお前等の信念に基づいたものだとほざくのか!?」
「だから誤解だ。延期にするだけで報酬は変わ…」
「下らない大嘘法螺はたくさんだ! 俺は知ってるぞ。お前等が俺達に与えてる食事には強い依存性の中毒薬物が入ってる事を! そうやって自由を封殺して、一生ここで俺達を飼い殺すつもりだろう! そうなん…」
ザシュッ。
名無しの言葉を遮る一筋の何か柔らかい者を切り裂く音。そして、その音と共に何かが宙を舞い地面へと落ちた。
よくよく見ればそれは『右腕』だ。
手が爬虫類のような鱗の皮膚に覆われている以外は人間に近い、見た目だけならばもはや人間の物と変わりない腕。
間違いなく名無しの腕だった。
「あ…がぁぁッ!」
それを誰よりも早く理解し、認識した名無し本人は傷口から全身を駆け巡る激痛にのたうち回る。さながら狂いに狂った乱舞だろうか。
「ここがやけに騒がしいなと思えば……なるほど。我等の方針に異議を唱える愚か者が喚き散らしていたと言うわけか」
刀身を晒した刀を持ち、肩でトントンと拍子良く鳴らすサンパーが現場監督の背後から現れた。
「サンパー様でしかたか。お手数をかけて申し訳ございません」
「構わん。少し機嫌が優れなくてな、良い試し切りが出来て満足だ」
壮絶な痛みにもがく名無しを尻目に、サンパーとネルフィスはそんな他愛ない会話を交わした。
「ぐ、ぐそ…がッ!」
「ほう。拙いながらも口が利けるか。では、これでどうだ?」
サンパーはまるで生きの良い獲物でも見つけたと言わんばかりの表情を浮べたかと思えば、ただ横一線と垂直に。しかし力を大して加えない他愛ない稚拙な動作だ。
だがその動作によって名無しの首は腕と同様に宙を数秒と舞い、また着地を果たした。
「ッ!!」
「ははっ、それでは口も利けないな」
嘲笑を浮かべどもあまりに無機質で感情の篭っていないサンパーの声は、傍から見れば不気味に思えただろう。実際に作業員達は芯から凍えてしまいそうな悪寒を感じ
、恐怖と不快感に支配されていた。
現場監督たるネルフィスでさえもその例に漏れず、この場にいる彼以外の全てのハートレスたちは、ただ沈黙する以外に成す術など一切無い。
「ここで一つお浚いでもするか? 我等ハートレスは別世界の生命体とは異なり、首を無くそうが…それこそ五体八つ裂きにされようが『コア』を破壊しない限り死ぬ事はない。
あくまでも仮死状態にこそ陥るがそれで死ぬ事は絶対ありえない。だが……それは逆にコアさえ排除してしまえばどんなに柔な攻撃だろうとその先に待つのは死、と言うことになる」
このように、そう付け加えた瞬間にサンパーの刀の切っ先は的確に…それこそ一切外れることなく名無しのコアを串刺しにした。
「コアは我々にとって、異世界の生命体で言う所の『脳』にして『心臓』。記憶と精神と生命維持を司り、これ無くして我々は生命体として確立する事は不可能だ」
もはやただの物体と化してしまった名無しのハートレスの無残な姿を前にして、サンパーは何も感じることはなく、むしろ少しばかりだがゴミを一つ減らしたという感覚に似た清々しさを覚えていた。
「さて。他に異議を述べ立てる者はいるか? ん? なら私からはっきりと言わせてもらうが、貴様ら闘争主義の流儀にして絶対の掟は『弱肉強食』の筈。全ては闘争において勝者が得をし、敗者は損する。その敗者が損なう物が命か支配か。は、個それぞれだろう。
だがお前達は我等クロワに敗北を喫し、それが今の状況となっている。つまり今後における意向の決定権はクロワにあって、お前等には一切無い。
微塵もな。それをよく考え踏まえた上で尚、異議反論があるならば喜んで聞いてやろうとも。しかし結果は言うまでもなく、そこに転がっているゴミ同様になるだろうがな」
サンパーのその暴論を前に反論できる者などいない。もはや隷属し従う以外にその命を繋ぐ道は無いのだと誰もが悟っていたからだ。
「私の言い分は以上だ。では、各自解散とし20分ほど休憩を取った後は作業を続行しろ。君達がノルマを達成できるよう祈っている」
最後まで内容とは裏腹過ぎる無感情な台詞を言い残し、そのまま第二採掘場から去って行くサンパーを見据えるナフェの瞳には、言い知れぬ憎悪に近い敵意を宿らせていた……。
「みんな、集まったな?」
第5採掘場にはクロワでさえ把握できていない秘密の空間区画が数多くあり、それらは元からあったものだ。自然に出来たものか、あるいは自分たちの先達者が何らかの理由で堀作ったものかは定かではない。ともかくその空間の一つを利用してソーンを筆頭としたナフェを含む彼のかつての部下達が勢揃いしていた。
「ここへ呼び出した理由は一つ……ここを無事脱出する為だ」
その言葉に全員が反論する事なく、甘んじて受け入れた。
「奴等の横暴は目に余る。それに奴等の出す喰いもんには中毒薬まんまんと来た。飯に毒仕込んで洗脳するって魂胆だぜ」
苦々しくドワーフのような格好と矮躯の男のハートレス『ワフル』は語る。
あの一件もそうだが、既に作業員達は自分らがクロワに嵌められている事に関しては既に周知の事実なのだ。それでも誰一人反旗を翻さない理由は、クロワの力と強い依存性を保有する薬が盛られた配給食品による所が大きい。
「でも、個体差で効かない奴と効く奴に別れてるらしいね」
「ああ。最近になってそれを知ったクロワは反逆罪だの何だのと言い掛かりをつけて毒が効かない者の身柄を拘束している。その後は秘密裏に処分だ」
赤く等身大ほどのサイズに及ぶ巨躯を持ったカマキリのような姿をした男性ハートレス『ティスト』と、ティストよりも数段大きい甲虫の蛹に鳥の翼を生やした女性ハートレス『クリサ』は互いに得た情報を述べ立てる。
それに関してソーンはやはりと、内心確信を得た。
『毒が旨く効かない奴を秘密裏に処分している』……そんな噂自体は嫌と言うほど流れていたが、よもやここまで酷く悪辣な行為だとはソーン自身も思っておらず、改めてクロワに対し敵意の炎が滾ったのは無理もない話だろう。誰だって、そのような手段を良しと望む訳が
ない。
「じゃ、じゃあ、このままだと僕達も……」
不安な気持ちを滲ませた幼い声。明るい黄色の混じった茶色のラインが円形状の幾何学模様を描く、黒地のパーカーを羽織る人型の少女『ルーボル』。
「その為に俺達は全員で脱出するんだ。奴等の支配下から逃れない限り、俺達もお終いだ。危険だけど…やらないよりはマシだ」
リーダーたるソーンの言葉に完全ではないものの、ある程度は不安や緊張が和らいだ面々はその意に答えるように頷く。
彼等はかつて、『オンプル』と言う名を馳せた英傑集団だった。その規模は他と比べれば非常に矮小な規模であったものの、その実力を以ってして数で上回る敵組織を相手に無敗を貫くほどの活躍と勇姿を見せつけ、もはや向うところ敵なしだった。
だが。そんな彼等も、統率力と戦略において最も優れたクロワを相手に奮戦した結果が仲間を5人失い、今こうしてクロワに奴隷として生かされている現実だった。
それでも彼等の中に完全敗北という四文字は無い。
何故なら他の作業員達とは違い、自分たちは『反逆の意志』をその心中に秘め持っているからだ。
反旗を翻す気概。何かを成す上でそれが一番の機転になる事を忘れてはいけない。
「で、プランはどうなんだ? さすがに考え無しってわけじゃないよな?」
この中で以上紹介したメンバーの他を占めている、頭部にヘラジカのような角を生やした白コートの尖兵部隊『ディアハート』の隊長である『タグス』はソーンにプランの有無を問い掛ける。それに対しソーンは隠す事も下手に嘘をつく事もなく、自信に満ち溢れた様子で自らが考案したプランを明かした。
「ああ。あるとも。その前にここの警備体制について説明しておこう。まず第一の関門として挙げるのが『見張りの多さ』、これを何とかしない限り先には進めない。それを無事突破としたとしても第二関門が待ち構えてる。奴等が大層信頼してる『切り札』がここの脱出において一番厄介だし、当然だけど危険性が高い。
で、この二点を踏まえた上での計画だけど、まず第一関門の見張りは確かに多いという事が難点だ。でも夜間は一気に減少するから、行動を起こすなら夜間に限る。
夜間で見張りが少なくなる理由は、アクティニアスや現場監督のいる居住区画へと移動させて警備を万全にするからだ。けど他をそのままにしておくほど連中も馬鹿じゃない。
少なくなった見張りの員数に釣り合うガードアーマメントエネミーが代替を請け負ってる。それこそがさっき言った『切り札』……すなわち『ガードロッド』だ」
ガードロッドとは、攻撃性に優れたハートレスの戦闘データを元に生み出した人型自立戦闘兵器。主な使用場所である戦場ではあの精鋭に勝らないながらも劣る事もない戦闘能力をもってして優秀な戦績を残している。
隠密や索敵能力に特化している為、そんな兵器をここへ見張りとして置くのは妥当な考えだろう。現に過去、暴動を起こし脱走を試みたハートレスを簡単に仕留めてしまっている。あのサンパーでさえ手強く苦戦を強いられた相手を、だ。
その一件からサンパー自身もガードロッドに対し絶大な信頼を寄せている。
無論、アクティニアスもだ。
「ガードロッドは全部で13体いて、一つしかない出入り口に10体。他の3体は採掘場を常に巡回してる。余さずにな」
「ガ、ガードロッドって強いんでしょ? 監視員ならともかくだけど、それは……」
「分かってる。この中でまともに相手にできるのは俺とナフェくらいだ。と言っても二人がかりで1体が限界だけどな」
ルーボルの言葉の意をソーンは汲み取り、肯定。その上で自分達が圧倒的に不利である事も語った。
「でも策はある。ガードロッドは俺とナフェの持つ『特殊な音波』に弱い」
「根拠は…?」
ナフェの問いにソーンは確信を得たと言わんばかりの表情で語った。
「ちっとばかり試してみたのさ。みんなも知ってると思うが俺とナフェの持つ特殊な音波は『認識した特定の物の情報を得られる』、『金属の類にダメージを与える』、この二つの効果がある。だからガードロッド相手でも巧くやれる」
「おいおい、ちと待て。試したってどういう風にだよ」
それはつまり、ガードロッドにある程度遠くでも接触する事を意味する。だがガードロッドは夜間にしか起動されない筈。質問した本人たるワフルは怪訝そうに顔をしかめるが、もしや『保管庫に侵入して確認でもしたのか?』と内心青ざめたが稀有に終わった。
「昼間の作業中でも見回ってる場合がある。特に俺とナフェが配属されてる第2採掘場に、な。ナフェは覚えてるだろ?」
「はい。もしかしてその時既に?」
「感知されない程度に微弱な奴を当てた。で、結果は俺の憶測を現実にさせた。僅か数秒程度だったけど一時的な機能停止を引き起こした」
「つまり、それを最大の威力でやれば確実に倒せると?」
「ああ。倒せなくとも大きなダメージを与える事は間違いない」
オンプルの面々は未だ不安を隠せないが、それでも自分たちをこの地獄から開放へと導く一つの光明を得たという、そんな安心感もあった。
「さて、ここで俺のプランの全貌を教えるぞ。まず真夜中の25タイムル(時)にここへ全員が集合。俺とナフェ以外の皆は第5採掘場の配属だからリスク的に考えて俺とナフェよりは心配ない筈。ともかく全員集合したら一部のダストを通じて第3採掘場へ移動。
余ほどのヘマをしない限りは第4採掘場での戦闘は回避できる。でも俺達の使うダスト経路は第3までだから、ここでダストから抜ける。
後は第2、第1って感じで二つの採掘場を突破。その際見張りがいるだろうから確実に仕留めろ。警報で俺達の計画がバレたらそこで終わりだ。以上が計画内容だが何か異議はあるか?」
周りからはこれと言って何もなかった。全員ソーンの考え出した計画に賛同の意を示していた。
「ありがとう。脱出決行の日は三日後にしよう。その日はガードロッドの何体かがメンテナンスするから手間が省ける」
定められた脱出計画決行の日時。
ナフェはこの時、いよいよここから出られるという希望を抱く反面、何か悪い事が起こるのでは?と予感めいたものを小さいながらも覚えていた。計画そのものはいい
……絶対ではないにしろ成功率はそれなりに高い良策である事に違いは無い。
しかし、それでも彼女の心の中に粘りつく矮小な不安はどうやっても払拭できなかった。しかし、かと言ってその予感めいた不安を打ち明けたとして皆の不安を煽り立たせるというのは得策ではないし、ナフェの心情としてもナンセンスだ。
それに只の不安に終わるかもしれない。実際そういった経験など何度もある。とにかく不安についてはどうにか心の奥底に追いやり、集会解散の次の日には何事もない様子で黙々と作業に従事した。
無論、他のオンプルの仲間達もナフェ同様だ。
土を掘り、岩を削り、鉱石を採掘し運搬。それを繰り返し繰り返しと能動的に行い続けていくナフェの姿は、機械的ながらも身に降り注ぐ苦労を纏っている様子だ。しかしそんな時間も休憩の間には一時でしかないが終わりを迎える。休憩用のベンチに腰を降ろし、支給されたクリスタル状の配給食糧をゆっくり咀嚼していく。
実はこの中に多量の依存因子…人間で言うところの麻薬に似た毒性物質があるのだが、どういうわけかナフェにはまったく効かない。
ナフェの他にもオンプルメンバーや極少数の者が無効化できるらしい。
何故そんな事ができるのかと言えば……体質的なものとかしか言えない。本人等が無効化する上でのプロセスがまったく分からないのだ。しかしクロワはこの無効化に関して認知しているらしく、その者の身柄を拘束しては処分する方針を取っている。
故にこのままではオンプルのメンバーに待つのは『死』だ。
それを回避する為に三日後に実行される脱出計画は必要不可欠な行為なのだ。自分達の生存における自由を守る為に。
「お前がナフェだな」
しばし三日後に関しての思考に気を浸からせていたナフェは、天井に設置されている照明の光を遮る大きな影と野太い男の声に気付いて下に向け伏せていた顔を上げる
。
まず目に入ったのは巨躯。金属を含んだ岩のような質感の外骨格を鎧であるかのように纏わせ、7mに近い身長はこの採掘場内では大きい部類に入る。頭部の額には一線の傷が縦に刻まれており、それ以外は特に何もないスキンヘッドという風貌をしている。
顔を含む頭部も身体と同様の質感を有しており、どうやら声の正体はこの厳つい雰囲気を醸し出す男性ハートレスのようだ。
「そうだけど、貴方は? 見ない顔だけど……ここの配属外の方?」
「いいや、今日ここの配属になったばかりの『アイアトーン』って者さ。ここにいるお前さんや奴等と同じ、クロワの連中に捕まっちまったわけだ」
「そう……で、用件は何?」
声に少しばかり悔恨を感じさせる口調で話すものの、この眼前の『アイアトーン』なる大男がどのような経緯でここに来たかなど、ナフェにとっては興味津々と内心を昂ぶらせる要因には成り得ない。
つまるところ非常にどうでもいいわけだ。
素っ気無い彼女の態度が癪にでも障ったのか……その厳つい顔を歪ませるも、敢えて聞き逃す姿勢で話を続けた。
「俺は昔、お前にこの額の傷を付けられた。オンプルと言えばそれなりにその名が知れ渡った大物集団。だから嘗ての俺は自分自身の格付けにお前に勝負を挑んだ。だが所詮ザコの無謀な戦いだった。呆気なくこの傷を受けて倒れ、そん時ばかりは死を覚悟したが……お前は大して気に止めない風に俺の命を奪う事はなかった。まるで、そんな価値など無いとばかりにな!」
内心から滲み出る怒涛の感情に任せて放った言葉はよく響き渡り、周囲にいた作業員達の注目を集めてしまった。そしてそれを至近距離から諸に聞いてしまったナフェにしてみれば、自分の聴覚の良さほど恨めしいものはない。
現に今、その心境に陥っていれば是非も無い。
「つまり、今度こそ私を打倒して名誉挽回を得たいと?」
彼の言動から鑑みればそれ以外に思いつく回答などない。どう考えたとしてもだ。
「察しが良いな。負けっぱなしは俺の性質に合わないんだよ……勿論受けてくれるよな、ええ?」
「……」
とは言え、それが諸に的中してしまうのは正直なところ呆れと嫌気が差して成らないのがナフェの心中だろう。何故ならこの手の輩など自身の興味の有無を通り越して存在自体すら認識していないものなのだ。
それほどまでにナフェにとって見ればどうでもいい、只の有象無象の単位に過ぎないと言うわけだ。
故に本来なら無視していただろうが、今のナフェには仲間達と共にここを脱出すると言う目的がある。
もしここで彼の挑戦を断ったとして、相手が逆恨みを覚え、何かしらの行動に出る場合の可能性は否定できない。闘争主義ではそういった感性の持ち主などザラにいる為、大して不思議な事ではない。
問題はその行動が結果としてオンプルにとって最悪の顛末へと転がる事だ。
脱出計画において些細なものだとしても、支障と成り得る可能性があってはならない。そのような事態はナフェにしてみればあってはならない事だ。無論それは彼女だけでなく仲間達も同じ事だと言える。
故にここは大人しくこの男…アイアトーンの要求を飲む以外に選択肢は無かった。
場所は変わり、採掘場よりも小さく造られたドーム状空間にナフェとアイアトーンはいた。もっと正確に言うのであれば、巨大な四角状の台の上に立っていた。
台の周囲には四本の棒のような装置が取り付けられ、棒同士が互いを紫と黄の蛍光色に輝くエネルギーケーブルで繋ぎ合っている。それはまるで2人のように、台から上がって来た者を二度と出さないようにすると言う製作者の意図が垣間見れる光景だ。
だがこれだけでは容易く飛び越えてしまえばいいという話になってしまう。
実際、棒もケーブルも飛び越えようと思えば容易に飛び越えてしまえる程度の物に過ぎない。
なら意味は無いじゃないか。そんな馬鹿話になってしまうが心配は無い。地上から65mはある天井に取り付けられた平たい円形の装置から同様のエネルギーケーブルが計四本伸び出し、その先は棒の天辺へと繋がれている。
まさに鳥籠と呼ぶに相応しいだろう。一目でも確認すればそう表現できるほどの物がそこにはあった。
2人が対峙する形で立つ鳥籠の舞台をよく知る者が語るとすれば、必ずこう口にするだろう……『死闘場』と。
その名の通り行われるのは互いの命を賭けた戦いであり、人間で言うところのスポーツマンシップに則った正等なルールなどない。あるのは『制限時間式』と言うたった一つのシンプルなルールのみ。しかも時間切れで引き分けとなった場合は両者共に問答無用で『死』が授与される事になってしまうと言う、まさにデスマッチと称するに相応しい。
そんな殺し合いの舞台の存在理由はネブレイトやその他の理由に基づく戦闘行為の対処策である。作業員間でのネブレイト行為や諸々の戦闘行為。殺害などの類は別段禁止されているわけではないので事を起こしたとしても、咎め罰せられると言う事はまったくない。とは言えさすがに作業中では支障を来たし、結果全体的に被害が出てしまうのは否めない。なのでこのような場所が設けられていると言うわけだ。
そして今日、ナフェはこの場に足を立たせている以上『敗北の死』か。あるいは『勝利の生還』か。この二択のいずれかを得る以外に退場する事は叶わない。
「さて、野次馬の観客は良い具合に揃ったな。俺の名誉の為に死んで貰うぞ!」
「……死ぬのは貴方よ」
威勢良く吼えたアイアトーンにナフェは自分の勝利を譲らないと言う趣旨の台詞で返す。
実のところ今回この戦いの一件に関してはオンプルの面々には黙している。余計な心配をかけたくないのと相手がそれほどまでに強くないと判断した為だ。ナフェはその戦闘能力も然る事ながら、情報を得る事に関しても優秀と言っていい。彼女の戦いはまず情報を得る事から基盤として成り立つ。そしてそれを成すのは『スキャニエーション』と呼ばれるナフェ自身のパーソナルスキルだ。
対象をスキャンし、その情報を収集する能力は彼女を最強の戦士たらしめる要因が実力のみならずと言う事実を明確に示している。
何はともあれ、かくして生か死を分ける戦闘は開始された。
先手を逸早く取ったのはアイアトーンだ。彼は自らの両手を球体状に膨張させるようにして変形させ、更に棘の様な突起物も生やして棘付き鉄球たるモーニングスターのような形態を作り上げた。
「喰らえェェェッ!」
繰り出されるラッシュの連撃は油断ならぬものだと言って良かった。並みのハートレスならばたった一掠りでもダメージを受けていただ
ろう。しかし相手がナフェであるのならば、また勝手は違う物となって来る。
「……威力は上。でも、私のそれには遠く及ばず。スピードは鈍重。適切な戦術を構築」
「何をブツブツ言っている!」
モーニングスターと化した両拳のラッシュの連撃を容易く受け流していくナフェは、この眼前の敵に対する戦略をコア内で作成していき、それが出来た瞬間。
すぐさま実行に臨んだ。
「ぐぬっ!?」
自らの俊足率を少しばかり上げた程度ではあるが、それでもアイアトーンを翻弄するには十分だった。周囲四方八方から素早く意趣返しとばかりにラッシュを叩き込んでいくナフェ。しかしその威力は中々なれど、強靭な鉄と鉱物で形成されたアイアトーンの外骨格を砕くまでには至らない。
「ぬは、はっはっはっは! お前に傷をもらったあの頃と今とじゃ、我が外骨格の鎧は断然違う! 強度はこの世界きっての最高クラスなのだ!」
上機嫌に謳い文句を述べ立てるアイアトーンに軽く苛立ちを覚えるも、それに飲まれることなく冷静にまた戦略を練り編み出していく。今度は一旦間の距離を作り、機械の両腕を変形させ銃器のような形状へと造り上げる。無論それだけで終わる筈ない。銃口から放たれた光弾は先程ナフェが執拗にパンチをラッシュしていた箇所へと軌道を捻じ曲げ、的確に命中を果たす。
どうやら追尾性を持っているようだが、そこがナフェの攻撃のポイントではない。
ナフェが先程の攻撃で開けた……mm単位に過ぎない穴。
あまりに強固だが、その程度の穴ならば開く事は可能だ。しかしそれだけでは意味など無い。だがそこにラッシュ以上の攻撃力が加わる事で初めて結果は見出される。
「はっはっはっは! 攻撃を変えたところで、どうにかなるとでも……うぐっ!」
「……思ってる。それを今に知る事になる」
有利に立ち、勝利間近であったと思っていたアイアトーンに鋭い痛みが襲い、その様子を見たナフェはそう言いながら意味深に笑みを浮かべる。
「そう言えば、お前は私の持つパーソナルスキルを知らなかったな。『スキャニエーション』…と言うものだ。この能力の長所は自分以外の存在の情報を隈なく読み取る事ができる点にある。そのおかげでお前の弱点を見極める事ができた」
「ぐっ…うう……なん、だと?」
「簡単に言ってしまえば『繋ぎ目』。私はそこに『穴』を開けて重点的に攻撃したに過ぎないわ」
強固を誇るアイアトーンの弱点。
それは自身の外骨格を構成する金属と鉱物、この二つの物質を結ぶ繋ぎ目にあった。ダイヤモンドのような硬い物体でもこの構造上における繋ぎ目に相当するものが存在し、人間はこれを『節理』と呼ぶ。
単純にナフェはその繋ぎ目を穿ち、穴を形成することで外骨格の鎧を壊れやすくしたというわけだ。
「ぐ、くそが……ッ!!」
先程の光弾による攻撃のせいでアイアトーンの外骨格は様々な箇所がボロボロと崩れ落ち、ダメージもかなり大きいようだ。
「力任せで策を弄さなかった事と、自身の鎧を過信していたのが仇になったの。残念だけどこれでお終い」
そう言ってナフェは自らの右手を横に上げ、その手を開く。どうやら一思いに一撃で決めるつもりのようだ。
対するアイアトーンに反撃する余力は無い。もはやこの場での生殺権利を握っているのはナフェであり、アイアトーンの死はナフェの殺気と行動からのもはや決定事項に等しい。そもそも、この戦いの勝利条件がどちらか一方の死であれば尚更だろう。
だが、それは……本当に何も策がなければ、の話だが。
「馬鹿め! 終わるのはお前だぞナフェ!」
窮地に陥っている筈のアイアトーンはその状況にも関わらず勝ち気な笑みを浮かべそう宣言する。
相対するナフェや観客たる野次馬達も皆が疑問の空気に包まれていたが、その真意はナフェの背後の空間が歪み、二つの人型の輪郭を取った何かが現れた事で判明した。アイアトーンが配下として従えている者達がその姿を隠蔽し『伏兵』として潜んでいたのだ!
『バインド・レーザー』
『バインド・チェーン!』
赤く光るエネルギーの帯と鎖がナフェの四肢を左右拘束し、その自由を見事なまでに封殺せしめてしまった。
「くっ!」
「アイア様。今ご回復を」
苦悶の声を漏らすナフェを尻目に二つの内の右側の人型が手と思わしき部位を前へ掲げたかと思えば、そこから淡い白銀の光が生じる。
その光を受けたアイアトーンは何と、ボロボロだった状態からまるでテレビの逆再生でもするかの如く…瞬く間に回復せしめてしまった。
「ははっ、いいぞお前等! 計画通りだ!」
「「光栄でございます」」
賛辞の言葉を受け止めては、忠誠の意をもって傅く声を上げる。
すると、いよいよもって姿無きアイアトーンの配下の姿が明白なものとなった。まさしくそれは『カメレオンの怪人』と呼ぶに相応しい
風貌を兼ね備えていた。まんまのカメレオンの頭部、緑色に染まる六角形状の鱗に覆われた身体。
おまけにクルクルと渦巻状に巻かれた尾さえある。
どう贔屓目に見たとしても、まさしくそれは人型を取ったカメレオンそのものだ。
「クックッ、これで終わりだな~アイア様の宿敵さんよぉ~。お前もそう思うだろ『レプチェーン』」
「油断するな『レプレーザー』。気を抜くならばアイア様がナフェに止めを刺してこそ、だ」
体色が茶色のカメレオンの怪人『レプレーザー』は陰気で粘り気を帯びた不快な嘲笑を浮べながら、片割れの兄である緑色の体色をした
カメレオンの怪人『レプチェーン』に言うものの、気を抜くなと忠告交じりに返された。
「ふん。俺が何の策もなく力任せに突っ込むように見えたか? 生憎とお前のパーソナルスキルは知らなくても、それ以外ならば知ってい
る。例えば……お前の優れた索敵センサーはジャミングに弱いとな」
ナフェの頭に付いたウサ耳の機械的な器官である聴覚センサーは、同時に索敵センサーでもある。何かの陰…あるいは地中や光学迷彩の
類などで隠れようとも、その全てを認識し見つけ出す事が可能だ。しかし高性能ではあるものの、その反面ジャミングに弱いと言う弱点が
ある。
その上、もし敵にジャミングされている事をまったくナフェに気付かせない……隠蔽工作に特化した何かしらの能力があるとしたら?
あくまでもしもの可能性における仮想だ。しかし今、それがこの瞬間において現実となってしまった。
「さて。覚悟はいいよな?」
「……」
拘束を解こうともがいても、まったく意味だった。
一応この拘束を解く可能性の高い策は二通りほどしかないがあるにはある。一つは自身の破壊力を帯びたエネルギーを波形状にして最大限に放つ行為。但し失敗すれば体力の著しい消耗が襲い掛かり、圧倒的に不利になる危険性が提示される。そしてもう一つは両腕の自切。
自意識で切り離す事のできる機械の両腕を捨てての脱出。これならば別段消耗もないし、腕を完全に元通りにできる修復再生も可能だ。
だがこれにもデメリットはある。まず『再生に時間が掛かりすぎる』という点と『両腕なしで何処まで三人を相手に対応できるか』という二点が挙げられる。
再生に必要な時間は1時間。
この死闘の制限時間は丁度1時間で有る為、まったく間に合わないのは目に見えている。自切した後の戦闘の場合は、やはりそれなりに熟練した戦闘力を有する三人を相手に、両腕なしはキツイ部分がある。勝つよりも敗北に喫す可能性が十分過ぎるほどあるのだ。
つまり、結論を述べればどちらを選ぶにしても……デメリットにおけるリスクがメリットを追い越すほどに高い。
まさしく万事窮すだ。
この危機的状況を痛感させられる他無いナフェはだからこそか、ふと思ってしまった。この場にオンプルの仲間達がいれば、どれほど心強い事か、と。そう思わざる得ない状況だろう。ナフェはこの死闘に関しての事をソーンは勿論オンプルのメンバーに誰一人として言っていないのだ。
そもそも、この戦いは自身を狙う過去の敵対者の個人的な私怨による決闘。ナフェとしてはアイアトーンの事など、正直毛ほども覚えてはいない。だが……やはりそれなりの因縁がある以上、それは今後の脱出計画においての障害に成りかねない為にさっさと清算した方が身の為である事に違いは無い。
時は近いオンプルによる採掘場脱出計画。この計画の下準備をしているだろうソーンや仲間の為を思い、ナフェは何も言わずにこの戦いへと身を投じたのだ。仮に情報を聞いて駆け付けたとしても、もはや間に合わない。
この死闘は始まったら最後、一切の部外からの介入を許さない。アイアトーンの手下の場合はちゃんと手続きを済ませた上でアイアトーンと共にこの舞台に立っている
。別段この死闘は徒党を組んでのチーム戦も許可されており、対戦相手は互いにその情報を知らない状況で戦う事になる。
このフェアな利点にこそ、アイアトーンは目を付けた。
ナフェの索敵能力をジャミングしている事すら気付かせない隠蔽工作の戦術に優れた部下2人を忍び込ませ、機が来るまで潜ませる。
そしてその機が訪れた瞬間に行動を開始。ナフェの自由を封じ一気に即効で打ち負かす……これがアイアトーンが練った策だ。
「まずは弱らせるか、恨みを込めて!!」
「ぐふゥッ! ぐああッッ!!」
先程のモーニングスターと化した拳のラッシュが、失敗に終わることなくナフェの小柄で華奢な身体を決まり蹂躙していく。
全身傷だらけになり、うまく力が入らないナフェの姿を見たアイアトーンは潮時だと悟り、右手をモーニングスターから鋭い剣のようなものへと形状変化させた。
「最後の言葉くらい言わせてやってもいいが……何か企んでいる可能性があるからな。何も言わずに死んでくれや!」
決定的なほどに明確な死刑宣告を前にしても、ナフェはその狡猾とも取れる思考をフルに働かそうとした。だが先程の解放的手段の選択に手間を取り過ぎ、飽くなき暴力をその身に受けてしまったせいで彼女の意識は朦朧と霞がかり、いつもなら浮かぶ筈の名案がないのだ。
その場の状況を良く読み、即座に適した戦略的プランを練る頭脳センスを有する彼女が二択の結論に時間を掛けすぎたのは、このような窮地に至らなかった事が大きい
。いつもはオンプルの仲間がおり、その仲間あってこそ危機を切り抜けた。まだオンプルに属していなかった頃は冷静に相手の強弱を見極め、自分からは決して手を出さないスタンスを取っていた。
ソーンと初めて邂逅し襲い掛かったあの場合は唯一の『見極めの失敗』だったが故で、もし本当にソーンが弱ければ、その命を容赦なく奪い去れたのは過信でも何でもなく事実だ。
それにこのような閉鎖的空間に追い込まれた状況というのも、今までの彼女の経験には無いもの。
結論を言えば……あまりに爪が甘かった。
未来における彼女ならばこのようなヘマは犯さないかもしれないが、今の彼女はそれに比べまだまだ青い方。そしてその未熟さが……非常によく在り来たりな話ではあるが、このような事態へと自分を陥れる結果となってしまった。
アイアトーンの右手の剣がナフェのコアを貫こうと肌数cm前まで迫る瞬間、この僅かな時間で様々な記憶が心内を巡った。人間で言う走馬灯に近い現象だが、本来ならばこういった心理的現象はハートレスには存在しないものである。何故なら感情の一部か大部分かが希薄・欠如しているハートレスには感傷に浸る性質は併せ持っていない。
ステラのような人間とハートレスの間に生まれたイレギュラー的存在ならば、ありえる話だがナフェは生粋のハートレスだ。その彼女が…人間に近い感性を有し走馬灯という幻想を夢見ている。
ソーンとの出会い。
やはりこれが一番記憶に焼きつく光景だろう。父にも等しい彼とその仲間達とで紡いで来た様々な経験の数々が一つ一つ、余さず巡り抜いていく。オンプルの出会いがあってこそ今のナフェはあった。
自分が死んだと知れば、ソーンはどのような態度を見せるのか?
決まっている。
まず悲しみ、悲しみ尽くす。全てを投げ打ってでも、ここを死の蔓延る地獄へと変貌させ……ようとして、踏み止まる。
ソーンはそういう男だ。例え一人の仲間が死んだとしても、前を向いて歩かなければならない。
それをナフェは冷酷と罵ることも非難もしない。仲間達と共に脱出して、その先にある自由を勝ち取ってこそと彼女は切実に願う…いやこれはもう一つの信頼だ。ソーンは復讐を決して行わなわず、必ず仲間達と協力して脱出計画を優先させ成功させるのだと。
本気で、偽り無くそう信じているのだ。
そしていよいよナフェの胸に剣が刺さり、コアに到達しようとした時
「そこまでだ」
と。一つの厳粛なる男の声がこの死闘場のある空間全体を響かせた。それと同時にリングの檻となっていたエネルギーケーブルが消え去り、檻としての機能が無くなってしまった。
「な、なんでお前が……ここに!?」
「いやなに。これでも忙しい身であるから、本来ならばこのような場所へは来たくないが……君の対戦相手であるナフェ君に少し用があってね」
死闘場の入り口の陰から気配を漏らさず現れたのは、両手を後ろに回し隠すように組んでいるサンパーだ。
彼が来る事は今まで一度も無かった。毎度の如く課せられる仕事の効率的達成と自身が忌み嫌う品の無い闘争主義の下らない戦いになど興味が無い、この二つの理由から今まで足を踏み入れる事がなかった彼が…こうして姿を現した。たったそれだけの事だが、この場にいる全ての者達は例外なく驚愕の意を顔に浮かび上がらせていた。
それもどうやら、ナフェに何かしらの用があるようだ。
「ナフェ。残念な知らせだが本日をもってオンプルメンバーは、君以外を除き処刑された」
え?
「つらい事だが、仕方の無いことだ。君達オンプルは密かに脱出計画を練っていたのだから」
な、なんで! 何でこいつが! その事を!!
「故に処刑は仕方ない。これも我々の意に逆らった者としての報いだ」
嘘だ。そんな筈ない。
皆死んだ? ありえるか! ありえない! みんなはお前なんかに……そう易々と殺される事はない!
「嘘を言うな! お前なんぞの言葉を…」
「ふむ。妥当な意見だな。では、これを見ても同じ事がほざけるかな?」
そう言って、サンパーは両手で後ろに隠していたものをリングまで投擲して見せた。彼が投げたのは、物言わぬ果てた男のハートレスの生首だ。そしてその顔に見覚えがあった。
むしろない方がおかしい。
何故ならそれは……。
ナフェが父も同然に思い慕っていたオンプルを率いるリーダー、ソーンそのものに他ならなかったからだ。
「あ、あ、あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッ
ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
咆哮。空間を揺るがすほどに苛烈で、熾烈で、どうしようもなく狂気的な獰猛性を帯びた憤怒の叫び。
全てが真実と認識し、凄まじい負に囚われたナフェの意識はたった一つ。
自身が愛すべき父たるソーンと仲間達。自分の大切な者たちをその手にかけて命を奪った存在への報復……すなわち、サンパーの息の根
を自らの機械の手で、この手で。
確実に止める事だった。
「サン、パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「汚らしく喧しい野兎だな」
サンパーはまるで口に粘り着く苦汁を吐き捨てるかのような忌々しさを込めて言い放つ。それに対し激情の猛獣と化したナフェは勢いを付けて飛び込み、サンパーめがけ突貫しながら機械の手による一撃を繰り出す。その威力は凄まじく並みのハートレスではたった一撃で終わる代物である事に間違いないが、サンパーは決して並みではない。
余裕を崩さず愛刀を鞘から抜き、繰り出された無機質な凶手を見事防いで見せたのだ。
「グゥッ! キサマ…ダケハ……ッッ!!」
「随分と荒々しい獣と化したな。まぁ、さりとて貴様の実力では私に届かん」
一閃。
ナフェの凶手を弾き、その隙をついての高速の剣戟でもって横一線にナフェを切り裂いたサンパーは、してやったというような表情を浮べる。何故なら自らの剣が確実にナフェのコアに致命的なダメージを与えたからだ。
無論、しかと手ごたえもある。
とうの切られたナフェはダメージのせいで態勢を立て直すことができず、そのまま階段を転がり落ちていく。最終的にリングの舞台へとその小さな身体を背中から打ち付けてしまう結果となってしまう。
「ウッ! グウゥゥッ!! コ、ロス、コロシテヤルゥゥゥゥゥッッッ!!」
ただ怨嗟の言葉を紡ぎ叫び、激痛に苛まれながらも深く強烈な殺意を萎えさせることなく必死に手を仇へと伸ばすナフェの姿は、見る者にしてみれば末恐ろしくも見えてしまうだろう。
しかし虚しく。その意識は闇の底深くへと強制的に沈んでいった。
「無力を呪って死ね。それが貴様の運命だ」
その刹那のサンパーの言葉。それはナフェの耳に刻まれ、意識が落ちる寸前でさえも離れることはなかった。
一体、どれほどの時が流れたのか。
ナフェはそれを知る由はなく、もはや既にどうでもよかった。
親を失い、友を失い、ただ空虚と寂寥に苛まれる日々……生きるでもなく、かといって死ぬでもなく。ただ虚無の操り人形のように生きていたナフェは気付いた時にはいつもの採掘場ではなく、灰色の空が嫌と言うほど見える無数のガラクタが夥しい数で散乱する場所だった。
何処かは分からないがゴミ捨て場であることは自分でも分かる。
どうやらあの後に捨てられたらしいが、ナフェにしてみればそんな事はどうでもいい。疑問は何故自分は生きているのかだ。あの時自分はサンパーの手によって間違いなくコアに致命傷を与えられて死んだ。否定も何もない事実だ。
だが生きている。これは一体なんだ? どういった事だ?
最初こそ疑問尽くしだったものの、オンプルの面々の最期を思い出し、あのサンパーの言葉を思い出し、全てを悟った彼女はただひたすら泣いた。
涙を大量に目から零し、慟哭に等しい叫びは周囲一帯の空間を振るわせるほどだった。
ハートレスに涙を流すという機能はない。人間とは根底から違う存在なので当然と言えば当然に成る話だが、それでもナフェは確かに泣いた。悲しみを以って。人のような感情性でもって泣き尽くした。
やがて涙も枯れてしまったのか出なくなり、残されたのは寂寥と虚無のみだった。
もはや何かを成す気力もなく、ただゴミ捨て場を漁りながら食い繋ぐ以外にない生ける屍も同義だ。
無機質且つ錆びた金属のゴミ溜めの山。そこにちょこんと腰を下ろして座る空虚な瞳の少女……ナフェはいた。自らの周囲に浮かぶ自分と同じタイプの聴覚機能を有する自立型端末『ラビトスパイ』。彼女が自ら造り上げた愛武器にして自身の虚無と化した心を満たす為の人形だ。
そしてその眼前には、金属の球体にタコのような機械的な触手を生やした者。上半身は人型で下半身は蜘蛛という形態を持った者の二体のハートレスがいた。
彼等は『人工ハートレス』と呼ばれる存在だ。
これらはラビトスパイ同様、名の通りナフェが造り上げた人工生命の一種。偶然このゴミ捨て場に発生したコアをナフェが回収し、事前に造っておいた人工の身体へと収納。そして自らのラックワイトエナジスを付与することで誕生したのが彼等だ。まだ生まれたばかりで知性はそれほど高くは無いが、一応はあるらしい。
「あ、はは、今日も…天気いいね」
『ピピ…』
『ソ、ウ……デス、ネ』
『キュルルル』
ラビトスパイは無機質な音を鳴らして。人型であり蜘蛛型の人工ハートレス『デスボッツ』は途切れ途切れで覚束ない感じだが、確かな言語でそう答えタコのような人工ハートレス『オクトテイル』は、その外見に似合わない可愛らしい鳴声でナフェに応える。
少なくとも、ここへ来て以降のナフェの日常はこんなものだった。
他愛なく自らが造り上げた『友達』と何の意味も無く会話するだけ。あとは適当にその辺をブラブラと散策したり、食糧と成り得るものをゴミの山から漁ったりなど、そんな事しかしていない毎日。
あの日。大切な者を全て失った喪失感と寂寥、そして悲哀はナフェの心をここまで壊してしまった。
故に今の現状は仕方の無いことかもしれない。
だが、今この瞬間に現れた少女との出会いが。因果的な邂逅が。
未来へと続く物語の転換点となる。
「お前ら、こんなところで何している?」
突如として現れた白い人影。
それは今よりも少し先になる未来において、クロワと対を成す勢力群『ハクト』を統括し支配する総督となる白き少女。
ホワイト☆ロックシューターこと『ノーヴァ』だった。
「ここにはゴミしかない。こんな場所にいる者など、然程の知性も持たぬストックか。あるいは事情有りのハートレスだけだ。見たところお前らは後者のようだが」
ノーヴァは特に嘲笑せず、さも当然とばかりに自分の推測を述べた。だが突如として現れた彼女に対し、オクトテイルとデスボッツは質問に答えるような真似はしなかった。その代わり警戒心を剥き出しにしての戦闘態勢に入り、同時に大切な主であるナフェに背を向けて庇うようにする。
これで妙な真似をしようものなら、即座に対応し戦闘に移行する事も可能だ。これに対しラビトスパイらも同様、独自の自立意思に基づいた思考判断で二体と同じようにいかなる攻撃からも主たるナフェを守れるよう、壁のような陣形を構築し守備に特化した戦闘態勢を一瞬の内に整えた。
かくして、一瞬触発とも言えるほどに剣呑な空気が漂い始めた。
ホワイトの方は特に変わらず、表情無くして対する彼等を見据えている。何を考えているのか…それは一切伺えない。だが一つの幼い声がこの剣呑とした空気に割るようにして差し込んだ。
「やめて2人とも。チビたちも……私は大丈夫だから」
他でもないナフェだった。
自分達が敬愛する主からの直接的な命令に対し、それに逆らう行為など天地がひっくり返ろうとも有り得ない事。感情的に言えば不安を拭えず、渋々とは言え、それでもオクトテイルとデスボッツ。ラビトスパイらはナフェの指示に反抗することなく従い警戒心は残しつつ、言われた通り戦闘態勢を解除した。
「……友達と一緒に遊んでるの」
「友達? そいつらがか?」
「うん」
何気なく質問に答え、コクリと首を縦に肯定の意で振るう。
これに対しノーヴァは先ほどの行為に内心ヒヤッとさせられてしまったものの、場の空気が再び平常へと収まったのを確認し改めてナフェを見据える。
まず、目に映ったのはナフェの空虚な瞳だった。
まるで何かを失い、自らの存在意義や生きる目的さえも見出せず、かと言って死を選ぶ事もない……まさに生きる屍と称すに相応しい無様な姿だろう。しかし問題はそこではなかった。
何故そうなったのか、だ。
「言ってみろ。一体何があった? お前をそこまで空虚な徒に変質せざる得ない出来事があった筈。それを私に話せ」
「……」
最初こそナフェは沈黙を貫いた。見ず知らずの…それも何処の馬の骨とも分からない白き少女1人に自身の全てを話したところで、一体何になるのか。何がどう変わるのか。
何も変わらない……だからこそ無意味だと、ナフェはそう判断した。
だがあまりにも美しく、同時に自らの全てが一気に吸い込まれてしまいそうな魅力を秘め持つ紅き瞳を前に、ナフェはとうとう根負けし自分がこんな汚れ切ったゴミ捨て場に住み着く事になった経緯をノーヴァは詳細に話していった。
「なるほど。よもや元老院がな……」
全てを話した後、白き少女はいつの間にやら腰をドカッと降ろし胡坐をかいた態勢で座り込んでいた。今自分がゴミの山に座っている事などお構いなしな感じだ。
そして何かを考えるように手を顎に添え撫でるような仕草で思案している様子だった。
「……貴方は、クロワなの? 私を…私達を殺しに来たの?」
それは純粋且つ妥当な質問だった。
本来ならば緊張感をもって然るべきだろうが、残念ながらそれは微塵さえなかった。
自身が殺されるという恐怖もだ。
それほどまでにナフェの精神は廃していた。もし、ノーヴァがクロワであるのなら、問答無用で自分とチビたちは消されるんだろうと何処か他人事のように思考していた。何の為に生きるかを見失い、家族も友も失ってしまったナフェにとっては誰かに殺される事はある種の救いかもしれなかった。
だが…。
「……ほえ?」
間の抜けたような声を上げたのはナフェ本人だった。いつの間にかナフェは自分を庇うオクトテイルとデスボッツの間を駆け抜け、手を握り締めて拳を形成し強烈なパンチをノーヴァの顔面へと叩き込もうとしたのだ。しかしそれはノーヴァが自分の手でナフェの打撃を防いだ為、未遂に終わってしまった。
「ほう、中々良い動きだ。素晴らしい」
「ど、どうして……??」
訳が分からなかった。何故自分はノーヴァに対して攻撃的な行為に出たのか。ナフェ本人にしてみれば完全に無意識での行動であった為、自分の事ながら理解不能の域に等しかったのだ。
「ふむ。自分の意思ではなく、ほぼ無意識にやってのけたわけか。だとすればその理由は単純。お前にとってこいつらが大切な存在だからだろう」
ノーヴァは、未だ困惑を拭えないナフェの拳をゆっくりと下ろさせてから離した。解放された自分の拳を広げ見ながら、まじまじと見つめるナフェに対し言葉を止めることなく、ただ優しい声音で語りかけた。
「お前にはまだ生きる意志があったんだ。でなければ、無意識でこのような行動に出る事も無い。お前にとってこいつらはお前自身の空虚を満たすだけの、ただの道具ではなく、大切な家族であり友達なんだろ? 否定してもその無意識に出た拳がお前の答えだ」
「……」
ナフェはノーヴァの言葉を聞き思考する。
確かに……言われてみればそうかもしれない。最初はただ寂しかった。誰も自分を見ず、誰もいないゴミ捨て場で1人は嫌だった。だが
もう自分の愛する父だった人も、家族だった友たちもいない。
誰もいない。そんな事実がどうしようもなく苦しく悲しく……とても虚しかった。
そんな場所でパーツをせっせと集めて、コアはないがそれでも自分の意思を有する自立型の愛武器を作った。少しだけ満たされた気がした。
そしてその後に二つの命と出会った。
生まれたばかりのコアはこんな汚物に塗れた場所で産声を上げ、ナフェは何かしらの原因で自己の肉体が生成出来ない2人の為に機械の肉体を作って与えた。
まだ幼くとも、自分を慕ってくれる心を有した存在であるデスボッツとオクトテイルはナフェの心に更なる幸福を齎してくれたものの、やはりそれでも足りなかった。どう足掻いても全てを失った事実は新しく得た家族よりも深く重く、どうしようもない枷となっていた。
もはや何もかもどうでもいい、死ぬのなら早く死にたい。
確かにそう願っていた……だが同時に新しく出来た家族と生きてみたいと思いが生まれ始めた。曖昧で薄々だったが今回の一件でナフェは一つの確信を得た。
憂鬱な死と相反するもう一つの自分の心。それは新しい家族と言う名の友達と共に、生きていく意志。
「ふむ。いい顔になったな」
気がつけばナフェは笑っていた。それは哀れな自分に対する自嘲の笑みではなく、新たなる目標を得ることができた笑顔だ。
「……貴方の名前を聞きたい」
「いいだろう。私の名はノーヴァ。最初の質問だがお前等の命を奪う気は一切無い。何せお前の友となる者なのだからな」
「私の……友達?」
「おうとも。お前の事は非常に気に入った。だから是非とも私の夢の為に力を貸してくれ」
まだ出逢って間もないと言うのに、まったくの無邪気な笑顔で太陽のような笑顔を浮べながらそんな事をのたまうノーヴァ。そんな彼女を前にしてナフェは不思議と嫌悪や苛立ちはなく、ただ新たな決意が息吹くのを感じた。
『忠誠』。友情にも類似するこの感情に戸惑いながらも否定することなく受け入れ、差し出された手に自らの巨大な手の一部たる人差し指を乗せる。
これがナフェ流の握手である。
「それでお前の名は?」
「ナフェ。貴方の親友で絶対の忠臣。私は貴方の言う夢を見てみたい。だから、この力を貴方の為に役立てる事を誓います」
かくして、後の総督と参謀になる彼女等は友情に近い主従の絆を紡いだ。
そしてこの後、ナフェはザハの師事を仰ぎ戦士として一段と成長を果たした。そしてノーヴァと共にあの忌まわしい記憶が張り付く因縁の採掘場を壊滅に追い込み、オンプルの仇を討つのだが、それはまた別に語るであろう話だ。
今は過去を離れ、現在の路線へと物語を戻そう……。
事の結末を一言で言い表すなら『惨劇』と呼ぶ以外にない。
ミリターウェアはハクトでもクロワでもない中小組織のテロリストの手によってボロボロに破壊され、同時に幼い命までもが奪われた。
この事件で死者は生徒が158名。教師が4名。合わせて162名の犠牲者が出てしまったことになる。
センターの最高責任者である院長ラウニーは敵と交戦したものの生死不明の重体。テロリストの首領格と思わしき二名は部下と共に撤退。取り残され尚も暴れていたテロリストたちは精鋭のストレングス、デッドマスター、コニー。そしてミリターウェアの教師等の活躍で全て掃討される形で終わり、この惨劇は幕を下ろす事となった。
「報告書は読ませてもらった。私も気になって色々と調査してみたんだけど、どうやらサンドイーターはハクトとクロワの両方に属さない中小組織の首領で………あのシガム・トルル唯一の生存者みたい」
クロワの東大都市区画『シューティー』にある東大都市区画防衛本部の一室。そこではブラック★ロックシューターことステラが金属製の黒いデスクに腰を降ろし、精鋭の一員たるコニーと向かい合っていた。どうやらステラが事件に関しての詳細をコニーから報告という形で聞いているようだ。
「シガム・トルル……確か…」
「元老会が母さん…ブラック★ゴールドソーの許可を得ず、秘密裏に実行した卑劣で残酷な壊滅作戦の標的にされた街だよ。コニーの証言通りの言動から察するに彼女の目的は……最初から復讐だったと思う」
「……そうですか……」
コニーもシガム・トルルについては知識として覚えている。闘争主義のハートレスをこの世界の害悪だと称し排除しようという『闘争派根絶思想』の風潮がクロワにはある。しかし滅ぼすのではなく、ただ遠ざけるだけでいいと比較的温厚に考える『闘争派排斥思想』や何とか巧くやっていけるのではないか?という考えに基づく『闘争派共存思想』というのもある。
闘争主義を是として掲げるハートレスに対する考えは、今現在でも枝分かれし物議を醸している。
そんな中で当時の元老会はまさしく『闘争根絶思想』の筆頭とも言えた。戦場で捕らえた闘争主義のハートレスを用いての非道な実験や過酷な労働・拷問、あるいは非法闘技場での殺戮ショーなど。
元老会のやって来た事は碌でもない物ばかりだ。
そんな彼等もシガム・トルルでの一件がゴールドソーによって暴かれ、数々の悪行非道な行為の数々も白日の下に晒されてしまった。遂に栄華と名声を誇った元老会は組織的に解体されてなくなり、構成員の大半は死刑判決を。残りは永久投獄という裁きを受けるに至った。
「もう元老会はないけど、私達は同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。ハクトとの戦争が終わったら……そういうこともきちんと視野に入れておかないとね」
「……そうですね」
「ところでラウニーさんはまだ意識が回復しないの?」
話をラウニーへと切り替えるステラだったが、その答えは芳しくない。
「……はい。それだけ肉体が負ったダメージが深刻なのもありますが一番の要因は精神的なトラウマでしょう」
あの事件からまだ一日しか経ってはいないものの、ハートレスの回復力は人間のそれを遥かに超えているばかりか医療の手助けもある。
普通なら既に全快している筈だ。考えられるのは精神的なダメージ……それは所謂『トラウマ』だ。感情が一部希薄か欠如しているハートレスにとって精神的ダメージというものはあまり意味を成さない。
だがラウニーの感情ロジックはステラ同様に人間のそれとあまり変わりなく、故に肉体面ならばともかく精神的ダメージとなると肉体の方にも影響を及ぼしかねない。
それが『意識不明』という形で現れているかもしれない。
「ともかく報告ありがとう。もう下がって良いよ」
「分かりました。ではまた後ほど」
コニーは頭部のみの身体を前へ傾ける形で一礼し、ステラのいる部屋を出て自分の管轄下である仕事場へと戻っていく。
やがてコニーが去った事を確認したステラは一つ溜息を零し、デスクからその身を立ち上がらせ、そのまま後方へと振り返る。
その視線の先には大窓の外に広がるクロワの都市風景。それは今日この日まで自分と仲間達が守って来た宝石箱であり、その中の宝一つ一つがこの街で生きる命その物なのだ。
クロワとハクトの戦争は800年に及び、今も終結を見せる気配がまるでない。
クシロロにはクロワの大都市以外にも小規模だが様々な街が存在し、クロワの傘下に収まる事でその恩恵と守護を受けている。中にはシガム・トルルがそうであったようにクロワと関係を持たず、自力で街の維持が可能な場所もいくつかあった。
クロワの傘下でないものを除けば、かつては数えれば100万もあった街の数はハクトの侵略行為により、その半分の50万にまで減少。加えて非戦闘員である街の住人が犠牲になって来た。
犠牲は更なる犠牲を生み、その犠牲の数だけで悲劇は繰り返された。
この800年という年月の間に……。
「一体いつまで、私達は犠牲を生み続けながら繰り返すのかな……ノーヴァ」
もう決して届かない言葉。
それを口にせずにはいられない程、彼女の心には言い知れぬ影が差し掛かっていた。
ハクトの本拠地たる火山地帯の地下都市遺跡。
クロワがワールド・ヴィレッジの奪還もしくは破壊を目的とした作戦『コード・K』の準備を着々と進行している中、ハクトもクロワの攻撃を予想し軍備を整えていた。
「で、なんで私があんたの部下になってんの?」
「お前の力を妾が望んだからだ。それ以上もそれ以下も、ましてやそれ以外などない」
ホワイト☆ロックシューターの居城『コルキュラム』。ホワイト☆ロックシューターが認めた者以外は決して立ち入れられぬ、ハクトにとって最も聖域たる場所。その医療室の一つにサンドイーターはいた。
治療カプセルにこそ入っているものの意識は既に回復しており、上記のように眼前にいるホワイトと会話をすることもできている。しかし、彼女からしてみれば訳が分からないだろう。目覚めて早々ホワイトの姿があり、その彼女から『貴様は妾が徴兵した。これからはハクトの者として尽くすがいい』とほざいて来たのだ。
これに何にも言わず承諾しろなどと、あまりに無茶苦茶で荒唐無稽な話ではないだろうか。
「殺すなら殺せばいいわ。生憎のところ私は私にか従わないし、そんな気は微塵も無い。既に果たすべき事が終わった以上、ここで死のうと別に構わないわよ?」
サンドイーターの言葉に嘘はない。現に今まで、彼女はそうやって『復讐』一択で生きて来たのだ。誰に縋る訳だけも、ましてや求める訳でもない。ただ怨敵の命を取ることだけに全てを捧げて来た。
その復讐が完遂された以上、もはや自身の生など興味はなくなっていた。以前と比べるとあまりに何処か腑抜けてしまったかのような雰囲気だったが、それでもホワイトの顔に張り付いた薄い笑みは、易々と消え去りはしなかった。
「ククッ、勇ましいな。だがデモンから強制的に得た貴様とあの聖戦姫の戦闘に関する記憶情報は既にこちらでも把握している。その過程で貴様があのシガム・トルルの元民にして唯一の生存者だったことも、妾は知り得ているわけだ」
「……一体何が言いたいのよ」
目を鋭く尖らせ、威圧するように睨みを利かせるも相手は下手をすればそれ以上の威圧を余裕綽々と出せるハクトの総督。彼女からしてみればサンドイーターのそれは赤子のように矮小な物に過ぎない為、ただホワイトの笑みを深めるだけに終わった。
「貴様はまだ奴が死んだとは思っていないのだろ? 確かに自らの能力を使用してのあの戦法は素晴らしいものだ。それに確実的でもあっただろうが、その最期を直に見てなどいない。用意周到且つ慎重を徹底する性格であるからこそ、確証が得られない以上死んだとは思えないわけだ」
「……かもしれないわね。でも、いずれにしろコアは無事では済まないから運良く助かったとして、どう足掻いても長く持たないわ」
「フッ、なるほど。ではこれを見よ」
そう言ってホワイトは己の紅き瞳にサンドイーターの漆黒に染まった瞳を重ね合わせるようにして映し出す。
すると一瞬。サンドイーターの視界にここではない、何処か別の場所の景色が鮮明に投影される。全面的に白い建物のようだがその一室において治療カプセルに横たわる1人の女性のハートレス…ラウニーの姿があった。
「!! 今のは……」
「妾のパーソナルスキルは『情報転移』。互いの目を合わせる事で自分が見たものを相手にも見せるというものでな。そして今見せたのは我が腹心たる幹部がクロワの医療機関をハッキングして得た情報だ。貴様の仇敵は意識こそないし死に体も同然だがクロワどもの技術によってまだ生き長らえている。その点では今の貴様も変わらないがな。ともかく、お前の命は妾の手の内にある事をよく鑑みよ。
どのような選択肢を取れば最善か……これほど明白なものはないぞ?」
ホワイトの悪魔の囁きに対し、サンドイーターは無言で首を縦に振らざる得なかった。状況が状況であるのだから仕方無しの決断だ。
「うむ。それは肯定と受け取るぞ。なに、安心しろ。仇を存分に殺せる機は妾が与えてやる。その代わり妾の命令は絶対…そのことを忘れるなよ?」
絶やさぬ満足気な悪顔的笑みに、サンドイーターは心底自分の運の無さを呪わずにはいられなかった。
そんな一方的過ぎる交渉が行われている傍ら、コルキュラムの隣にある武器や兵器を大量に格納している倉庫街では、格納する武器の仕
分けやメンテナンス。その他諸々をある二名の幹部が行っていた。
「あ~くそったれ! なんだって、こんな事しなきゃいけないんだよ!!」
「………文句より手。あと耳障りだから大声を出すな」
航空将官バード・スラッシャー。
参謀ナフェ。
この2人が部下数十名と共に倉庫街での仕事に従事していた。この2人は武器や兵器に関連する技術が幹部の中でも非常に優れており、
特に重要な仕事が無い場合はこうした作業に就く場合もある。
作業自体は滞りなかった。
しかし上記の会話通りバードが仕事に対して嫌気が差しているせいか不機嫌且つ、文句をダラダラと述べ下るようになってしまっていた
。それでも別段作業自体に沈滞は一切無い。が、誰だって仕事中にギャーギャーと大声で騒がれれば煩くは思うもの。何より耳が堪えるば
かりかストレスも溜まるに溜まる。
特に聴覚がよく発達しているナフェであれば尚更だ。
「チッ。こんな仕事、下っ端でも事足りるだろうが!
なんでこの私がするんだぁ?! このハクトの中で総督様に続いて地位の高くて、超絶有能なこの私がだぞ!総督様は何を考えて……」
「煩いと言った。喋るなとは言わない。けど、もう少し静かにしろ」
さすがに我慢の限界か。
ナフェは凶器に等しい自らの機械的且つ巨大な手をバードに向け、これ以上煩く喧しく喚くなら容赦はしない、という意思表明で脅迫して来た。
「わ、わわ分かったって! そんな物騒な手をこっちに向けないでよ!」
そんな彼女に秒速で怖気づいたバードは軽く女の子らしい素の口調でにべもなく謝罪し、自分の作業へと意識を集中させる。
「………そんなに嫌気が差したのなら、気を紛らわすつもりで私の質問に答えて欲しい。先程のように喧しくしないのであれば少しくらい話しても文句はない」
「……何が聞きたいんだ?」
少しジト目で文句言いたげな視線を送るが、それを口に出すことは無く素直に答えるバード。
また変に挑発をして彼女を不機嫌にさせるのは今までの経験上決して得策ではないと結論付けているからだ。現に純粋な戦闘能力且つ真っ向勝負ではナフェには適わない。ちょっとばかし策を用いてもだ。なので余計な事は一切言わず従った方がこの場合はいいのだ。
「お前は……総督を裏切る気でいるのか?」
「当たり前だ。そんな事はとっくにホワイトも気付いてる筈だ。お前だってわざわざ問い質さなくても分かり切ってるんだろ?」
あまりに即答だった。
少なくともそんな事を追求されて言い訳も無く即行認めるなど、普通ならばありえない。
だが両翼の少女は堂々と宣言する。
必ずホワイトを総督の座から引き摺り下ろすと。
このバード・スラッシャーこそがハクトの頂点に立ち、皆を平伏させ支配すると。
あまりにもある意味においては潔くも見える返答に対し、驚愕を隠し切れないナフェを気にも留めず、バードはベラベラと語り下す。
「いいか? 私はトップを狙う。そいつは絶対なる頂……まさしく天空! ハクトがクロワを打倒しこのクシロロを物にしたその時、私は全てを見下ろせるその天空に等しき頂からホワイトを叩き落す! そうして私が! 王としてこの世界に君臨するわけだ」
高々と傲慢に惜しむ事も恐れる事もなく言ってのけるバードの姿を見て、正直バードが勇猛なのか単なる愚者なのかが分からなくなったナフェは疲労を交えた溜息を吐き出す。バードの言葉は紛れも無く謀反そのもの。ホワイトに忠誠を誓う腹心なれば今すぐホワイトに申告すべきものだろうが、生憎と彼女はそのような事はしない。
何故なら、バードが密かに自分を蹴落とそうとしている真実を、バード本人も言っていたがホワイト自身は既に知っているのだ。
彼女はその凶悪的性質の割に部下の謀反や裏切りに関しては寛大の方だ。厳罰こそすれど処刑はせず、堂々と笑って流してしまう剛毅な器。むしろ彼女自身はその在り方として闘争を何より好む。様々な戦法戦術や謀略。技術。その手段の是非を問わず自分に挑みかかる様は何よりも生甲斐であり、更にそれらを全て粉砕してやれば狂喜に等しい。
バードの本性を知りつつ泳がせておくのは結局のところ、そういう戦闘狂においての心情からそうしているに過ぎないのだ。
何にせよバードが本格的に裏切ろうとし、尚且つホワイトの命を奪おうというのであれば、その時こそナフェは黙ってなどいない。その傲慢と愚かしさに満ちたコアを引き摺り出して頭を紙屑のようにグシャりと潰してやるつもりでいる。
「どうよ?! 私の高潔なる野望を! ああ、見える見える!! この私が! ハクトを率いてクシロロを総べる王へと上り詰めるその日が」
「いい加減黙れ。煩くなって来たし、何より鬱陶しい」
また先程のように手をバードへ向けて忠告するナフェの姿を前に、バードがまたも先程のように謝罪する。
一体何というデジャブなのかこれは……。
時を前へ跨いだり、後ろへ下がる事などできない。ただ一刻一刻とその針を進めていくだけだ。故に過去はあくまでも戒めに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。
時の針が進むにつれ、決戦はもう間もなく幕を開ける。
このクシロロと地球……双方の世界の運命を賭けたクロワとハクトの決戦は誰が否定しようとも始まる。
それが物事の流れである限り……。
やはりナフェは最高です!(確信)
大分長いパートを分けてのナフェの過去はどうでしたでしょうか?
元老会…まさしくクズな連中です。平和を謳いながらもやる事は平和という理念とは程遠い行為の数々。でも自分的には平和=良心的ってのは少し違うと思います。
平和を維持するには、敵を作らない事。
意図せずして出来てしまった場合はどうしても排除しなければなりません。交渉とかその他の方法がうまく行けばそんな事必要ありませんが、意思の疎通が図れないなどの様々な理由や問題からどうしてもそれらが不可能。
となれば、最終手段として待っているのは戦争しかありません。
平和とは誰かの犠牲によって紡がれるものかもしれません。生き物が自分自身を生かす為に他の生き物を殺すのと同じように。
この作品のテーマは『闘争とは何か、平和とは何か』、『自分が貫くべき道』にあります。
このテーマに沿って作品のキャラクター達がどんな選択をし、いかような結末に至るのか。そこを楽しんで読んで貰えれば幸いです。
それではまた次回に!