【都内某研究所】
ここで起きている現象は不可解極わりない現状だった。一見、10畳程の部屋に少年がただ立っているだけのように見えるが、その中は微風一つたっていない。否、空気が一切ない真空状態なのである。そんな空間の中で彼は苦しむ表情一つ見せずただ佇んでいた。とそこへアナウンスがはいった。
「一分30秒経過、計測終了。」
「もういいですよ、十六夜君。」
機械的な音声の後年配の男性の声が聞こえてきた
「判りました。」
十六夜はやっとかといった具合に反応し、部屋をでた。そこへ今の声の正体である主任研究員、巳錠真砂が近づいてきた。
「やあ、今日は随分とお疲れだね、何かあったのかい。」
巳錠は落ち着いた口調で微笑を浮かべながら話しかけてきた。それに対して十六夜は首を横に振りながら否定した。
「いやいや、そんなんじゃ無いですよ。ただちょっと気がかりなことがあって…。」
十六夜が軽く困りましたよー、といった感じで答えると。巳錠は少し驚いたような表情を見せた。
「おや、君が気がかりになることが有るなんてどうしたんだい。もしかして、この前の演習会の一件かい?。」
「ええまあ、あの神舞家のお嬢様が俺のことを嗅ぎ回っているみたいなんですよ。まあ単なるお嬢様の気紛れだと思うんですけど鬱陶しくてまいってるんですよ。」
十六夜はやれやれと言った具合に頭をかいた。
「ふむ、神舞家は王道十二門の上家の一柱だからね。その上現当主はかなりのやり手で勢力を伸ばしてきているからね。上層部も無碍にはできないんだろう。」
巳錠はあごを擦りながら呟いた。それに十六夜は頭を下げるように言ってきた。
「巳錠主任貴方も貴女で帝道十二支の前家の一柱、巳錠家の直系なんですから何とかできませんか。」
十六夜の願い出に対して巳錠は首を振って答えた
「いやいや、そんなことを私に言わないでくれ。直系と言ってもこんな年になってもまだ末端研究所の主任研究員止まりの外れ者なんだからね。大した権限は持っていないよ。それに君だってわかっているだろ。うちは…」
その様子に十六夜も十六夜家の人間として解る所が有ったらしく、重い溜め息をはきながら俯いた。
「ハアー、そうですよねー、本当に如何にかならない物ですかねー。まあ、直接やるって手も無いことには無いんですけどね。それだと後々面倒だし困りましたよ。」
十六夜は手をこめかみに当ててはーーと溜め息をついた。そもそも十六夜がここまで悩んでいる理由としては彼女が王道十二門の上家の内の一つ、神舞家の娘であるということに由来する。この国には二大魔法組織が存在する。王道十二門と帝道十二支である。この二つの分け方は魔法科高校の実務部と技術部とほぼ同じである。「王道十二門は前線に赴き、帝道十二支は書庫に籠る」という体形がすでにこの国では一般的になっているのである。というかこっちの分け方のほうが元なのである。この二つの組織がだした「あいつらと一緒に勉強なんてできるかーーー」といったクレームから異能科高校は【実務部】、【技術部】という風に二つに分けられたのである。王道十二門には上から順に「上家」「中家」「下家」という階級が存在し、四家ずつ上家は名前に「神」が、中家は「仏」が、下家は「霊」が入っている。帝道十二支は干支の順番で位が下がっていくつまり「子」のつく家が一番位が上で、「猪」がつく家が一番下となる。そして、干支の前半分の家を前家、後半分を後家といって、前家から後家への差別意識が根付いている。つまり、巳錠家はぎりぎり前家に入っている家なのである。この二つの団体は日本の異能力社会において大きな権力を持っている。異能師の質と数が物を言う今では彼らにはむかうことは最大のタブーということになっている。まあ、十六夜家もまったく異能力と無関係という訳ではない。「十六夜」「三輪」「千里山」これら漢数字が名前に入った家は御家人家と言って王道十二門と帝道十二支に仕える家で、大抵一つの家に三つ四つは存在するもので、所謂ゆうところの分家や傍流に当たるのである。そして上家に仕える家は一の位、中家に仕える人間は十の位、下家に仕える家は百の位の漢数字が入っている。そして前家に仕える家は偶数、後家に仕える家は奇数の漢数字が入っている。そもそも十六夜が巳錠が主任を務めるこの研究所で異能力研究の研究対象になっているのは十六夜家が巳錠家に仕える御家人家だからだ。本来は御家人家の人間が本家の人間に対してこんな口のきき方をするのは礼節に反し、無礼に当たるのだが、当人達が全く気にしていないうえ、公私は弁えているのでこれまで問題になったことは1度も無い。
「それでどうするんだい。まさか、君の特殊視界がばれているなんてことは無いよね。」
巳錠は念を押すような口調で聞いてきた。それに対して十六夜は微苦笑を顔に浮かべ、首を軽く横に振り否定した。
「いえいえ、そんなことになってたら、鬱陶しいじゃ済まないでしょう。大丈夫ですこの前は評価点数がやばかったんでうっかり使っちゃいましたけど、使うのなんてここでの計測ぐらいなんだから、ばれてなんていませんて。」
「ならいいんだが、くれぐれも気をつけてくれよ。特殊視界、タイプ「世界《ワールド》」が世間に露呈した日にはパニック状態になるのは目に見えているんだからね。そうなった場合下手なテロ行為が起きるより問題になるだからね。」
「解っていますって。それじゃ俺はこれで帰ることにさせていただきます。」
十六夜はそう言って、深々とお辞儀をし、荷物をまとめ始めた。
「ああ、気をつけて。」
そういって巳錠はデータを纏め始めた。
十六夜は研究所の扉を開けようとして、ふと頭に浮かんだことを口に出した。
「数奇な運命だな、本当に。」十六夜は含み笑いを浮かべながらそう言って研究所を出て行った。
どうでしょうか、読み応えがありましたら幸いです。