‥‥この三が日で他の作品、投稿できるだろうか。
「‥‥さて、何の説明もなしにあちらこちら触られて、私はどういう反応をしたものかな」
「いいから黙っていなさい。今のアンタはね、軍事機密に囲まれている場所に無断で侵入した不審者よ。一先ず、私たちが安心できるまでは大人しく調べられていることね」
「やれやれ、召喚したのは君達だろうに。この扱いは不当だぞ、マスター」
「私はマスターなんかじゃないわ。駆逐艦、叢雲よ。マスターって言葉が似合う人間っていうと、司令官ぐらいかしらね。タイミング悪く留守だけど‥‥」
両手を挙げ、無害であることをアピールしながら、不満そうに男は言った。しかし余裕気な態度が実に気に食わなくて、叢雲は眉間に皺を寄せて彼を睨みつけている。
一行は未だに、工廠の中で悶着を生産し続けていた。工廠は一切の立ち入りを禁じ、召喚に立ち会った工廠妖精達と一部の警邏妖精、そして叢雲だけが中にいる。未だ嘗てない非常事態に、叢雲は実に慎重に対処せざるをえなかったのだ。
無論いの一番に鎮守府の責任者たる提督への連絡は試みた。しかし、この短期間の間に大本営からの呼び出しがあったとかで、しかもそれが長期にわたるとのことで、一部の権限を残し鎮守府の運営を秘書艦たる叢雲に委譲、速やかに輸送機に飛び乗って帝都へ向かったそうである。
この素早さは帝都に住んでいる妻子に久々に会えるから、では断じてないはず。単身赴任つらい帝都戻りたいと毎日愚痴っているからではないはず。海軍の高級士官はこの国でも随一のブラック勤務なのだ。
「はっきり言っておくが、私をどんなに調べても君達では何もわからないぞ。八百屋に魚の種類を聞くようなものだ。この設備と君達の技術でどうやって私を召喚せしめたのか、まったくもって理解できん」
「私たちだって知りたいわよ! どうして艦娘を建造するはずなのに、アンタみたいな大男が出てきたのか、判明させなきゃ二度と同じ建造ができないじゃない!」
「ならば互いに情報の共有をする方が先だと思うがね。繰り返し言わせてもらうが、私に敵対の意思はない。そもサーヴァントはマスターに従うものだからな」
「‥‥司令官を見てるみたいだわ、まぁよく回る口だこと」
「お褒め頂き恐悦至極、といったところか」
「褒めてないわよっ!」
工廠妖精がアーチャーと名乗った男の身体中を弄り、際どいところを暴こうとしてはつまみ上げられ、ポイっと放られる。一方でオモチャみたいな小銃を持ってアーチャーを威嚇している妖精達は、アーチャーが些細な身動きをしたり喋ったりするたびにワタワタと慌てており、まったく役に立っているようには見えなかった。
察するに、ここは海軍に類する施設らしい。そこまではアーチャーにも易しい推理であった。しかしそれ以上は皆目わからない。
まず自分の周りをウロチョロしている妖精?達。生前も死後も、こんな存在は見たことがない。加えて目の前の年端もいかぬ少女。歴戦の雰囲気を感じ取ることは出来るし、実に軍人らしい立ち居振る舞いだが‥‥。
(さて、自らを称して駆逐艦とは。まぁサーヴァントを自称している私も、胡散臭さでは似たようなものか)
どうやら自分は、守護者としての仕事も含めてまともな召喚には終ぞ縁がないらしい。
目の前でイライラと考え事をしている少女に、記憶の端に引っかかるものを感じながらアーチャーは苦笑した。
「‥‥仕方がないわね。確かにこれ以上の調査に意味はないわ。尋‥‥じゃなくて、アンタの言う通り互いに互いの事情を説明することにしましょう」
「今、物騒な言葉を使おうとしなかったかね?」
「気のせいよ。私たちの建造でアンタが出てきた、ってのは覆しようのない事実だしね。艦娘の面倒みるのも、鎮守府の仕事だわ。ついてらっしゃい、とりあえず応接室に通すわ」
よいのですか、このような不審な男にフカフカのソファなど。もっと調べたい、具体的には、このマントのひらひらで遊びたい。
こんな大男にはみかんの箱で十分ですぞ。でも今日のおやつはみかんよりチョコレエトがいいですぞ。などと盛んに主張する妖精達を、叢雲は他言無用と釘を刺してから解散させた。
気休め程度の警邏妖精を数人連れて、工廠を出る。警邏妖精はアーチャーの肩に乗って彼に小銃をつきつけてはいるが、高い位置から景色を楽しむ方に熱心で銃口はブレブレである。
「‥‥いいのかね?」
「飾りみたいなものよ。こう見えても、肝心な時は意外に役に立つから。そんなことよりキョロキョロしないで。人の通らない道を選んでるけど、まだアンタを周りに晒すつもりはないわ」
ほとんどの艦娘は出撃していて、非番の者も別棟の宿舎にいる鎮守府に人影はない。叢雲の未来的な服装に比べて、煉瓦造の鎮守府はアーチャーからすればレトロで、およそ彼の生きた時代にそぐわない雰囲気であった。
やがて他の扉に比べてひときわ立派な部屋へと入り、実に不服そうに豪華なソファを勧められる。やれやれ、と肩をすくめながら座れば、頭の上にお盆を乗せてヨタヨタとやってきた割烹着姿の妖精からコーヒーを受け取り、ようやくアーチャーは人心地ついた気分になった。
「じゃあ改めて自己紹介させて貰おうかしら。特型駆逐艦、五番艦の叢雲よ。この鎮守府の秘書艦を務めているわ」
「サーヴァント、アーチャーだ。真名はエミヤ‥‥だが、あまり意味はあるまい。好きに呼ぶといい」
「しんめい? アーチャーが艦種で、エミヤが艦名ってことかしら?」
「私は軍艦ではない。サーヴァント‥‥英霊だ。噛み砕いて言えば、過去に活躍した偉人や、自らの死後を代償に現世での奇跡を願った者だ。私は後者にあたるな」
「なによそれ、じゃあアンタはネルソン提督とか東郷元帥みたいな偉人ってこと?」
「後者だと言っただろう。私は死後、世界の使いっ走りをするという契約で奇跡という報酬を前払いで頂戴した只の人間だ。というか例に挙げる偉人がやけに新しい時代に偏っているな」
コーヒーよりも紅茶かな、やはり。そう独り言ちてアーチャーはため息をついた。
訳が分からないといった調子の少女だが、それはこちらも同じこと。そも魔術師とは到底思えぬ彼女が、妖精らしき存在の力を借りて、正式な儀式の手順を踏んだとはいえ自分を召喚せしめたというのは全く不可解なことだ。
「あの儀式の資料は何処から手にいれたのかね? 英霊召喚の儀式自体は珍しいものではないが、あれは私のよく知る、門外不出に近い儀式の手法だったのだが」
「最初に見つけてきたのは工廠妖精たちよ。とは言っても連中あんな感じだから、どこからどうやって見つけてきたかは、実はよくわからないのよね」
「そんなものなのか、君たちの組織は」
「私たち艦娘も、自分のことがよくわかっていない状況だから。みんな手探りで戦ってるのよ。この海を守るためにね」
「成る程‥‥」
聖杯戦争において、サーヴァントの運用に必要な魔力はマスターたる魔術師が供給する。しかしサーヴァントの維持に必要な魔力の大部分は、儀式の中核を担う大聖杯が負担するはずである。
アーチャー自身は大聖杯の存在を知らないが、自分を構成する魔力がマスターから供給されているものだけではないことは把握していた。そして今、それを担っているのが何なのか、まったく分からない。もしかしたら、それこそが今回の召喚の発端、現況、あるいは黒幕なのかもしれない。
「‥‥さて、私のことは大雑把に説明はした。次は君たちについて聞かせてもらいたいのだが」
「あー、確かにその通りね。いいわ、説明しましょう。ちょっと、資料を持ってきてちょうだいな」
叢雲がパンパンと手を叩き、水兵の格好をした小間使い妖精が数人がかりで幾つかのファイルを運んできた。
体格が体格だから仕方がないが、ドカッと音を立てて机の上に資料を放り、ついでとばかりにカゴからお菓子を幾つか掻っ攫って去っていく。
見ていて飽きることはないが、非常にフリーダムな連中なのだなとアーチャーは再度理解した。叢雲もジト目で睨みつけてはいるが、制御できるものではないのだろう。
「アンタがどの時代の英霊‥‥とかいうのかは知らないから、基本から説明しましょうか」
ファイルには白黒からカラーまで、色んな写真が貼り付けられていた。叢雲のような少女や、立派な女性ぐらいの歳頃の娘が厳めしい装備をまとっている写真。あるいは魚類のような化け物の写真。工廠の写真。軍服を着た男達や女達の写真。
どれもアーチャーには全く馴染みのないものだった。そもそも、まるで太平洋戦争中のような景色、服装、雰囲気は教科書や映画の中のもの。自分はいったい、どんな時代に召喚されてしまったのか。
「はじまりは、本当に突然だったって聞いてるわ」
太平洋戦争は概ねアーチャーの知識にある通りの結末を迎えていた。日独伊の枢軸国が敗戦、米英露をはじめとする連合国が勝利したというものだ。
日本は連合国により分割統治され、やがて朝鮮戦争による特需でバブル景気が巻き起こり、ソ連の崩壊、東西ドイツの統一、平成のはじまり、そして――
「やつらが現れた」
突如として海に出現し、あらゆる船舶を無差別に攻撃し始めた謎の怪物。海上や浅瀬に巣が見当たらず、かといって産卵や出産をしている様子がない。便宜上こいつらは深海棲艦と呼称された。おそらくは深海に巣があるのだろうと。
最大で六体の小規模な群れで行動し、駆除に乗り出した米海軍の太平洋艦隊はあっという間に壊滅させられた。太平洋中の火力をぶつけたのに、半分ほども仕留めれば新たな群れがやってきて際限というものがなかった。
たかだか小さめの潜水艦程度の図体しかないくせに装甲は異様に厚く、動きは素早く、小口径の砲では全く歯が立たず、ミサイルなども効果が薄い。誘導兵器の類はジャミングされてしまうのだ。およそ人類が、人類を倒すために生み出した兵器では対抗できなかったのである。
倒しても倒しても湧いて出てくる深海棲艦によって、やがて人類は海から追い出されてしまった。もはや――まともな海軍力を保持している国は皆無だった。島国であり、重要資源のほとんどを海上輸送に頼る日本は、あっという間に追い詰められた。
「そして生まれたのが、私たち」
深海棲艦と同様、艦娘もどうやって生まれたのかわからない、と叢雲は語る。
最初は自然発生的に、少女たちは深海棲艦と戦い始めた。ただただ海で生まれ、戦い、沈んでいくだけの存在。
それが次第に人類と交流し、人格を持つようになり、妖精が生まれた。そして人類は艦娘と協力し、彼女たちのサポートをするようになった。
鎮守府の誕生である。
「鎮守府が設立された最初の時代の艦娘も、もう生き残ってないからね。私も詳しくは知らないわ。でも今では艦娘に関する技術の開発、解析も進んで、完全な運用体制が出来ている」
「‥‥随分と人類にばかり都合のいい話に聞こえるな。君たちは文句の一つもないのかね?」
「別に、それが私たちの存在意義だから。言っておくけれど、お給料もお休みも貰ってるわ。海の上で生まれて海の上から出ないで、戦いしか知らずに沈んでいった最初の艦娘たちに比べれば随分とマシではなくて?」
「ものは言いようだな。まぁ私には関係のないことか」
艦娘が人類のサポートを得て進化したのと同様に、深海棲艦も生物的な進化を続けている。
魚類の化け物のようだった駆逐級から、人の上半身を持つ軽巡級、そして殆ど人と変わらない形へと進化した重巡級や戦艦級へ。言語を解するボスのような個体まで出現していた。
人類と艦娘と、深海棲艦との戦いは新たなステージへと突入するのだろうという漠然とした予測が叢雲の中にはあった。否、叢雲だけではない。大本営も、他の艦娘たちも、司令官も同じように考えているのだろう。
だからこその大型艦建造。より強力な艦娘を、より強力な兵器を求めての試みで、しかし叢雲たちはとんでもないイレギュラーを引き当ててしまったらしい。
「そうがっかりされるのは心外だな。召喚されたのが私では不満かね?」
「不満も何も、まさかアンタ航走能力があるっていうの?」
「‥‥ないな」
「これで、海の上を走れるなら‥‥まだ希望だってあったのよ‥‥」
「‥‥いや、すまない。確かに私は期待はずれの存在のようだな。英霊として召喚されて、まさか海の上を走る能力を要求されることになるとは」
ああ、せめてライダーであったなら海の上で戦える英霊もいたであろうに。アーチャーは珍しくも我が身の至らなさを少し本気で嘆いた。
手近な資料を確かめてみれば、成る程、戦場の殆どは陸地からそれなり以上に離れた外洋である。これでは己の弓の腕でも到底届くまい。そもそも深海棲艦とやらは自分の力が通じる相手なのだろうか。
「今更だけれど、そもそも英霊って何を目的にして召喚されるのかしら?」
「目的、か。私は本来、聖杯戦争という儀式のために召喚されるはずだったのだろう。英霊を召喚し、殺しあわせ、賞品である万能の願望器を奪い合うという儀式だ」
「万能の願望器? そんなものが存在するの?」
「まぁ莫大な魔力を用いれば、だいたいの願いは叶うものだ。そのための手段を持ち合わせているのが魔術師だ。だが、今はどうでもいいことだろう。なにせ魔術師など影も形もないようだからな」
アーチャーは席を外していたはずの、いつの間にかお菓子を求めて再び現れた妖精を摘み上げて言った。
最初は魔術師の使役する使い魔のようなものかと思った“コレ”も、どうやら自然発生的な存在らしい。艦娘といい妖精といい深海棲艦なる化け物といい疑問は尽きないが‥‥。どうやら、本当の本当に随分と場違いな場所に召喚されてしまったようだ。
「まぁいいわ。そもそも建造で出てきたって事実には変わらないし、となるとアンタに余計な嫌疑をかけても仕方がない。とりあえず何ができるのかは分からないけれど、今は鎮守府の一員として扱わせてもらうわね」
「‥‥意外だな。君のように聡明な少女が、このような不審人物にそのような寛大な処置を施すとは」
「不審人物というよりは、不可解人物ね。建造に悪意を持って細工ができるんだったら、そもそも人類なんてとっくの昔に深海棲艦に滅亡させられているわよ。それに、のんびりできるとは思わないことね。艦娘だって妖精だって兵隊だって、とにかくこの鎮守府は大忙しの人手不足なのよ」
艦娘寮に入れられないんじゃ、本当に面倒だわ。そう呟いて叢雲は席を立った。
促され、アーチャーもまた立ち上がって後を追う。後片付けもしないでワラワラと付いてくる妖精たちを時たまブーツにひっかけそうになりながら。
未だ謎は尽きないが今はとにかく、そう、何とか自分の存在価値を示さないと大変なことになるのではないか。そんな漠然とした不安がアーチャーの中にはなった。気分はさながらヒモである。
「‥‥これはまさか、本当に家政夫になってしまうのだろうか私は」
結果的に実質家政夫だったことはあるが、最初から家政婦になったことはない。
ああ、だが、しかし。
何はともあれやるべきことをやらなければ。
それが自分にとって好みなのか、そうでないのかに関わらず。