――とある廃村の手記より
ヤーナムの市民たちが蜂起していた。
いずれもやれナイフやら鋤やらを片手に松明を焚いているのだ。
市街の路でそれが燃えていた。獣と化した市民の一人が十字架にかけられて燃やされている。不気味な眼光を放つ市民たちが獣が燃えるのをじっと観察していた。
獣狩りに火炎はつき物である。なにせ不浄なものがうろついているのだから。
だが市民たちは気がついているのだろうか。
肉体は醜く変異してもはや人ではない何か別のものと化しているのがほかならぬ自分たち自身であることに。
ある市民は酷くねじれた背中をしていた。全身に濃い体毛が生えていて、衣服の裾からはみ出している。顔ももはや人というより犬や猿の類に近くなっていた。
獣が、獣を狩っている。
異様な自体にまともな市民たちは皆家の中に引きこもっていた。窓にカーテンをして板で補強を行い、扉には家具を詰めて開かないように気を配るのだ。
このような夜に出歩くのは獣か、よほどの酔狂なものか、狩人以外にはありえない。
獣と化した市民が狭い路地裏を歩いていた。
手には松明。サーベルをしっかり握り締めて、通路の先に獣が存在しないかを見張りながら。
異様に伸びた身長。顔立ちは既に狼のよう。曲がった背中からは奇形の背骨がはみ出していて、衣服に染み付いた悪臭は獣そのもの。全身は灰色の毛に覆われ素肌の一辺さえ見ることがかなわない。
彼ら彼女らからすれば自分たちは人間であり、狩人こそが獣に見えるのだろう。
物音がした。
市民が振り返ると、石ころが転がっていた。それはころころと地面を転がってくると石畳の段差にぶつかって止まった。
縦に裂けた虹彩が瞼に覆われて見えなくなる。再度開くと、首を傾げて歩き始めた。
石ころを投げてきた存在がいるであろうことには気がつかないまま。
「失礼」
背後から投げかけられた言葉に反応する間も無く、唐突に心臓の位置から槍が生えた。
致命傷だった。心臓を破壊された市民――獣は、思わず松明とサーベルを取り落としてしまう。
もがき苦しみながらも背後から現れた狩装束姿に身を固めた人物に怨念の言葉を吐きかけた。
「グ ガアア……オマエ……獣のくせに………」
「あるいはお前こそ獣かもしれないな?」
男だった。獣の首を掴んで引き寄せる。胸に突き刺さった銃槍の先端がねじ込まれていく。肉を割き、骨を削る感触。ねっとりとした感触と、硬質なものにぶつかる感触が槍を通じて手に伝わってくる。
一種の恍惚とした感覚も長くは続かない。死体をどうにかしなくてはならないのだ。
既に息絶えた獣の男の体を前に倒すと、足で背中を踏みしめて引き抜いた。血にぬれた槍を見つめてしばし休息する。血液が肉体にしみこんでいく。血の遺志を吸い取ることで狩人はより強くなっていくのだ。
それは何か特別な意味合いを持っていたというが、皆忘れてしまった。
鼻歌でも歌いそうな気軽さで獣の足を掴むと引き摺っていく。
物陰に引きずり込んだ死体の首目掛けて槍をねじ込む。出血量を増やすように設計された無骨な槍の先端はノコギリのように凹凸が激しく、死体を容易く分断できる。
もっともノコギリ鉈のように分解器具を武器に仕上げたようなしろものと比べれば作業速度は遅いものであるが。
首を切断。酷く損壊した死体を、手ごろな棺おけの中につめて道端に転がしておく。
狩りの夜。ズタ袋と棺おけの数には事足りない。狩人の中には棺おけに隠れて狩りをするものもいるというが、男はそこまで酔狂ではなかった。
獣の病に取り付かれたものは大抵理性を失っている。とはいえ仲間の死体が、それも新鮮なものが転がっているのを目撃されてしまっては警戒されかねない。
故に狩人は死体をすぐに処分したがる。処分できない場合は、すぐに場所を移動するのだ。
闇に紛れ獣を狩る。そう、まるで肉食獣のように。
処分した死体などなかったかのように武器を構えなおすと、男は進み始めた。
するりと物陰から一人の女が姿を現す。顔を隠す布切れ。ボロボロの装束に、相反するシルクハットを頭に乗せた慈悲の刃の使い手。
人食いミルドリスだった。
「ねぇ。アルバ。いい加減教えてくれないかしら。狼もどきってなぁに」
鼻にかかった幼い声。けれど視線は常に物陰から物陰に走っていて油断が一辺たりとも存在しないことを伝えている。
男は槍を長く持ち返るとエヴェリンのグリップを握りなおした。
名前を呼ばれたことについて聞かなかったとでも言わんばかりに。
「あまり多く語るような仲でもないと思うがね? 狩人が獣を追うのに理由が必要かということだ」
「ふーん。いいけど。それでできれば指の一本でもかじらせてくれないかなぁ」
「少し黙らないか。言葉は不要だろう」
じゅるりと唾液を飲み込み始める女を男は胡散臭い目でにらみ付けた。
血の味を大層気に入られてしまったらしく。餌付けに成功したと言えば成功だろうが、人食い趣味の狂人に気に入られたと表現すればいかに厄介なことになるかがわかるだろう。
男は内心では女の価値に対してそろばんをたたき続けていた。
価値が消えたら殺すのみだった。ヤーナムの死体袋の山に女の死体が一つ紛れ込んだところで誰も気にとめはしない。
男はふっと我に返ると強烈な喉の渇きを覚え首筋を擦った。
血に対する強い飢えを感じていた。
女はまるで隠すことも無く血に対する欲求を口にする。さらに言えば血と肉である。
少なからず夢に囚われた狩人たちは血を欲している。あるものは祝福と言う。あるものは呪いと言う。
けれど呪いも祝福も、同じものなのではないか。
思考がまたもそれる。男は無意識に輸血液の管を手に握っていた。
それを目ざとく見つけた女が笑う。
歳相応に笑ってみせる。まるで年頃の娘が近所の青年をからかうような気楽さで。
「ぶっさしたいんでしょ? 傷の治療だのなんだと言い訳ならべてさー」
「黙れ」
男はぶっきらぼうに女の笑顔を手で払いのけると、槍の装置を解除して銃身を改めた。
涼しい音を上げて銃身が露出する。
銃槍の仕掛けは極めて単純である。銃が生まれた頃に一般的だった抱え形の大砲のような構造に槍をくくりつけているだけである。
銃弾が装填されていることを確認すると、銃を一振りして槍の形状へ変化させた。
男と女が駆け抜けていく。街という影に潜む異形を殺すべく武器を握り。
獲物の匂いを嗅ぎつけた猟犬が背後から迫りつつあったのを感じ取った時、既に周囲の疾患者が動き始めていた。
疾患者は決まって口にするのだ。もっとも喋るだけの知性が残っているものに限ってだが。
狩人を獣と呼び、こちらに来るななどと。自分たちが獣であることを自覚することもできなくなっているのだろうか。
通路を塞ぐようにしてライフルを構えた疾患者が現れる。長大な銃身は古典的な猟銃ではあるが、人を殺すには足りる威力を保有している。
発砲。よりも一瞬早くアルバが駆けた。肉食獣染みた低姿勢で射線をかいくぐると、一気に距離を詰める。
霧の中にミルドリスの姿が消失するや、背後から迫りつつあった猟犬へと二筋の光の竜巻が空間に現れた。街灯を反射する二つの刃が描き出した斬撃が猟犬の頭部をねじ切ると弾き飛ばした。
「こちらは任せろ」
アルバが言うなり身を翻すようにして投げナイフをライフル持ちの疾患者へと投擲した。
「キサマ……」
ライフルを握る手へとナイフが吸い込まれていく。ぱっとどす黒い色の血液が散った。むき出しになった牙から唾液を吹き唸る、疾患者。
蹈鞴を踏んだ疾患者へと、アルバが槍を握ったまま突っ込んでいく。
再装填は間に合わないと判断した時既に遅し。槍の切っ先が肩口へと差し込まれていた。
解体する。破壊する。獣に酷い手傷を負わせる。負傷しても、治癒などさせぬ。という意思を込められた洗練されていないギザギザな槍先が肉を引き裂き骨を砕く。
もがく疾患者を、アルバはあろうことか槍ごと持ち上げて投げ捨てた。
疾患者を餌に攻撃を加えんと農業用の鍬を振り上げて迫っていた一人を視認したからだ。
――ガキン。
槍先を変形。同時に発砲。無数の散弾が鍬を握る人もとい獣の全身を打つ。極端に手元で拡散するように調整されたそれは、素早い獣の動きに対応する意味合いがあった。
動きを止めた一瞬を狙い変形した槍先を短く握り、懐に飛び込む。
腸もろとも腹を引き裂く。鍛えられた腕力を持って切っ先を強引にねじ込んでいくや、背骨の折れる感触が手に伝わるまで止めずに突き進む。
「ガ………グ……」
力なく犬歯を鳴らす疾患者を握った槍の変形と同時に投げ捨てた。地面に放られた疾患者は腹部を押さえもがくことしかできない。
アルバはまるで煙草を燻らせるかのような仕草で火炎瓶の布に着火すると、一瞥をくれることもなく瀕死の疾患者へ投げやった。
悲鳴をあげて地面を転がる疾患者を尻目に慈悲の刃を携えたミルドリスがやってくると隣に並んだ。
涼しげな青い双眸は黒焦げの塊と化したそれを見つめていた。
どろどろに溶けた皮膚からはもはや人のそれとは異なる造形の骨格が覗きつつあった。
鐘の音が鳴っている。遠く、高く、狩りを祝福するように。
「私も大概だけどあんたもそうとうなもんよ。派手に燃やしてくれちゃって、これじゃ見つけてくださいといわんばかりじゃないのさ」
ミルドリスが鼻を鳴らしていた。
肉の腐ったような独特な匂いが火炎の中から立ち上がっていた。黒煙を感じ取った猟犬がすぐにでも駆けつけてくるだろう。
アルバは肩を透かして槍にこびりついた血肉を服の裾ではがしていた。
「そうかい。奴は特定の場所にいることを嫌う。派手に騒ぎを起こせばやってくるかもしれん。好都合だ」
「わかんないなあ。狼もどきを殺すのにそんなに執着するなんて」
「………」
アルバは答えずに歩き始めた。慌ててミルドリスが追いかける。
鐘の音はより一層強く鳴り響いていた。
その鐘の音はいつまでも執拗に鳴り響く。唸るように大きく。かすんだかと思えば、とたんに大きく波打ち、獣狩りの凄惨な光景をより一層に強調するのだった。
男の衣装は血濡れだったが、それを悟らせないほどに闇色に近かった。しっとりと血を吸い込んだ装束はしかし黒くぬらぬらとした表面を描き出しており、闇の中に身を置くことによって存在さえ感じさせないのだった。
路地裏を抜ける。
すると、もはや見慣れた光景が現れる。
獣らしき異形を十字架にかけて燃やしているというどこにでも見られる光景が。
異形は十字架の上で燃やされており骨ばかりになっていた。異様に曲がった背骨。歪んだ腕。犬ののように前傾した脚部。頭蓋骨は人のものに酷似してはいたが、角と牙が生えていた。
十字架の足元にぶくぶくとした脂肪に覆われた巨漢が胡坐を掻いていた。
絨毯のように鴉の羽が散乱していた。巨漢は興奮に鼻から白い吐息を噴きつつ、手に握った武器を振り下ろしていた。ぐしゃり。肉の砕ける音が響く。
ヤーナムの鴉たちは死肉を貪る余りに飛べなくなるまで肥えている。生者にさえ襲い掛かり死肉に変えようとする獰猛な生き物でもある。
それをまるでごみかなにかのようにミンチに変える人物が居たのだ。
ミルドリスが警戒に身構える隣でアルバがだらりと武器を下ろした自然体で歩み寄っていく。
「ジャンか。鴉? 鼠が好物だったんじゃないのか」
「アルバ? まァなにも俺だっていつも鼠ばっか食ってるわけじゃないよ」
ふがふがと鼻を鳴らして笑うは片目がケロイド状にとろけたボロ布を纏った狩人だった。
手に握る武器はあまりに巨大な――肉断ち包丁だった。変形機構を備えているのかさえ不明慮なまでに血肉に汚れていた。
巨漢はフードの奥で煌く金色の瞳を瞬かせてアルバが歩き去ろうとする後ろ姿を見つめていた。
「お前も来るか。今日はいい狩り日だぞ」
「いんや」
巨漢のジャンは巨大な包丁で新たな鴉の死骸を取ると両断し、首を振った。
「俺は太ってるからいかないよ。疲れたからおしまいおしまい」
広間を抜ける。
「面白いやつだ。いつ会っても理由をつけて腰をあげようとしない」
「あのデブ狩人なの?」
ミルドリスが唇を尖らせる。気に入らないと言わんばかりの口調に、アルバが言葉を返した。
「知らん。自称狩人だが、本当はどうかなど知ったことではない。一度だけ奴の仕事振りを見たことがあったが……」
「どうだった?」
わくわくと胸高鳴らせるミルドリスにアルバはにやりと笑うだけだった。
想像に任せると言わんばかりに。
ミルドリスの表情が変わった。
「ねぇ、さっきから聞きたかったんだけど」
空を指差す。
アルバが空を見上げて永遠にも思える彼方に光る星を見つめた。
「鐘の音ってこんなんだったっけ」
鐘の音が一際強く唸りを上げた。
あぁゴースあるいはゴスム……
我らの祈りが聞こえぬか……
死んでる!? というDLCだったとさ
マリア様に(内臓)抜かれたい。抜いてくださいマリアさま! 素敵抱いて!
ウワァァァァァァア