西日が射し込むマミの家のリビングで、こたつに足を突っ込むこの家の主と、首から下を黄色いリボンでぐるぐる巻きにされたインキュベーターが向かい合う。彼はやはりこたつの上に居たが、先程の優雅さは何処へやら。成敗された変質者に相応しい見た目と、尊大な口振りが何ともちぐはぐした状態だった。そんな一人と一匹の質疑応答は、手と触腕のやり取りが終わってからというもの、なかなかスムーズだったといえる。
インキュベーターが話す事情はこうだ。
以前までの個体――キュゥべえはマミと再会してからというもの、ソウルジェムがグリーフシードに変化する可能性が極めて低いというのに、彼女の下へ足しげく通っていた。それを統合された彼らの思考は疑問と思わなかったし、何かしらの理由を付けて自ら黙認し続けてきた。――が、先日街中でとあるサラリーマンを見て、ハッとした。
それはキュゥべえが新たな魔法少女の素質を持った少女を探そうとして、マミの家から割りと近い駅に居た時の事だった。
最近は小学校や中学校の前で待機する事が難しく――スーパーでパートをしている赤い髪の元魔法少女にやけに邪魔をされるんだとか――なっていたので、やむを得ず人が多い所を転々としてきたその果てだった。
朝から一〇〇や二〇〇で足りない数の少女に声を掛け、しかしいずれも声が聞こえない――つまり魔法少女としての素質が無い娘ばかりだった。最近では『ゆとり教育』という言葉とは裏腹に、子供の精神年齢が一昔前と比べて大人びている傾向がある。その所為か純真無垢な少女が減り、『絶望』する云々以前の『希望』を持つ事自体があまり無い。だから素質そのものが生まれない。それそのもの自体は何とも思わないのだが、一昔前に比べてやり辛くなったのは確かだ。
――ああ、面倒臭い。
そんな事を考えて、思考の果てに『マミの家にでも行くかな』と行き着いた正にその瞬間だった。
丁度佇んでいたキュゥべえの隣で、携帯をパチンと閉じたスーツ姿の男が居た。その音が耳に入って見上げたキュゥべえだったが、成人男性に魔法少女の才能がある筈も無いので、自分の姿が見えないこの男に蹴飛ばされない内にさっさと移動するかと思ったその瞬間。
『目処がついてねえ仕事程、面倒くせえもんはねえよな。……はあ、しゃあねえ、今日も
そんな声が聞こえた。
そして、何故かキュゥべえの体内でドキリという音が鳴った。
目処がついていない仕事。
面倒臭い。
サボる。
そんな言葉がやけに引っかかった。
あれ? と疑問を持てば、芋ずる式に他の様々な事まで気になり始めた。自分では気がつけない事を、自ら気がつくという稀有なその瞬間だった。
そしてやがて辿り着く。
――あれ? ボクってもしかしてマミの家に『サボり』に行っていた?
と……。
よくよく考えてみれば行く理由が無い。
感情の勉強だと言い聞かせていたが、巴マミはアラサーだ。彼女に聞いたところで自分が顧客としている十代前半の少女の感性とは、色々異なってくる。……確かに彼女が駆け出しだった頃の面倒を見たり、ベテランと呼ばれ始めた頃は彼女の家に住んでいた。だから話し易いのは確か――。
うん?
キュゥべえは気がついた。
自分に感情が芽生えていた事を、漸く自覚した。
と、すると即座に彼は『統合された思念』から自分を切り離し、この事態の調査をするようにと母星に連絡をした。感情というものはとんでもない爆弾ではあるが、同時に無限の可能性を秘める。だからこそ、契約が取り辛い今の現状を別視点から解決出来る可能性があると報告をした。
加えて全ての原因は、巴マミである――と。
「……で、キュゥべえは?」
『詳しくは話せないけど、今は無事さ。自らの感情を材料に、様々な調査をしているところだよ。……ふむ、彼の報告によると、どうやら関西のカップ麺は関東のものよりボクらの口に合っているらしい』
「味覚の調査してるの!?」
全ての原因――とはいえ、何も彼らはマミに危害を加えに来た訳ではないらしい。胸を揉まれそうになるという実害こそあったが、『原因の消去』という極論に至らなかったのは幸いと言えるだろう。
ある程度の情報を聞きだしたマミは溜め息混じりに彼を拘束魔法から解放した。と、同時に魔法の維持の為に出しっ放しだったソウルジェムをインキュベーターからそれとなく遠ざける。
「まあ、殺されるとかそういう物騒な話じゃなくて助かるわ」
『既に統合された意識の中にキミへの情を抱く
淡々と述べるインキュベーター。
今の自分に感情は無いと豪語したものの、既にインプットされた感情は少なからず彼の行いに影響しているらしい。
相手が相手なら告白にも近いものなのだが、相手が相手な為にあまり感動もないのだろう。マミは「あっそ」と零すと、こたつに突っ伏す形で彼と視線の高さを合わせた。
「……で、これからは貴方が私の家に入り浸るのかしら?」
そしてそう問い掛ける。
するとインキュベーターはジッとマミを見詰め返した。それからちらりとこたつの天板に押し付けられて、はみ出した彼女の横乳を一瞥し、さりげなく視線を宙へ泳がせる。
マミの胸のへしゃげ具合は、完全にノーブラのそれだった。
インキュベーターの視線が動いた事を悟り、マミもその視線の先を追ったようだが――虫でも居るのかと聞いた。どうやら気付いていないようだ。彼は首を横に振ると、何でもないと返した。
改めて向かい合い、インキュベーターが残念そうに首を横に振る。
『正直なところ、キミから受ける影響ははっきり言って脅威以外の何物でもない。だからボク達は極力キミと関わるのを避けたい。……だが、そうすると彼から受けた
「……あはは」
あくまでもインキュベーターからすれば他人事だったが、キュゥべえのそれはもう『恋してます』と言わんばかりだった。
少なくともマミにとってはそう聞こえたらしく、『こんなのにモテてもねぇ……』というモノローグが出そうな顔をした。一昔前の頃ならそれは『恋』という尊いものを求める心だと教え聞かせようとしたかもしれないが、ぶっちゃけマミにとって欲しいのは人間の男である。少なくとも宇宙人を恋人にするつもりはなかった。
ただ、これがもしも今生の別れになるかもしれないとなると少し寂しくも思うのだろう。
マミはどこか遠い目をしているようにも見えるインキュベーターに、ゆっくりと問い掛ける。
じゃあ、貴方はどうしたいの?
と。
するとインキュベーターは首を横に振った。
『分からないからこうして調査しに来たんじゃないか。原因と理由が分かれば、大抵の事は処理出来るからね』
そしてさも当然なように、そう述べた。
対するマミはくすりと笑う。
「無理ね」
『どういう意味だい?』
「感情はセーブ出来ないから感情なのよ。原因と理由があれば処理出来るなら、魔法少女の仕組みを知った子が魔女になる事もないでしょう?」
『……それは、確かに。一理あるね』
そもそもキュゥべえの感情がインキュベーターにどれ程の影響を与えているかは分からない。マミと今向かい合う彼はそれを持っていないと言ったが、どうにも遠い昔に色褪せた感情を記憶しているようにも見える。それは確かに『感情』ではないのだろうが――。
そこまでの思案をしたかは兎も角、マミはこたつに突っ伏したまま小首を傾げた。
「ねえ、貴方に感情はなくても、心はあるのよね?」
そして問いかけ。
キュゥべえはこくりと頷いた。
『使命感。義務感。そういった本能はあるし、五感もある。それはキミの知るところの筈だ』
「そうね」
そして沈黙。
要領を得ないマミの発言に、今度はインキュベーターが小首を傾げた。
『それがどうかしたのかい?』
単なる知的欲求が言わせたのだろうが、マミはその言葉に対して、ジッとインキュベーターを見返す形で答える。煮えない態度に彼が更に逆方向へ小首を傾げ直そうとしたところで、彼女は小さく溜め息を吐いた。
そしてやおら立ち上がる。
寒いと主張しながら、インキュベーターに背を向けて、台所へ向かおうとしていた。
「ご飯食べましょ。多分それで解決するわ」
インキュベーターは尚も首を傾げ続けた。
「あっつ。……んもう、久々だからって鈍ってるわ。材料があったのは幸いだったけど」
本日は土曜。つまり明日は日曜だ。
それが幸いして、マミは偶々明日のおやつを『偶には作ろう』と買い込んでいたりした。その内卵が犠牲になったが……まあ、全損ではなかったのが幸いした。何とか必要個数は足りたといえる。
さあ、そうして出来上がった品。
台所を覗くなと言っておいたインキュベーターはリビングでテレビを見ているようで、幸いにしてマミが何を作ったのかは見られていない。
十代の頃よりも女子力が落ちた所為で上手くは作れなかったが――問題ないだろう。大事なのは心だ。
そうしてマミがリビングに持ち込んだのは――。
『……ご飯と言った割りに、随分と甘そうなのを作ったんだね?』
お待たせの言葉と共にリビングに戻って来たマミを認め、更に彼女の両手に乗せられた真っ白な食べ物を見て、インキュベーターはそう感想を述べる。
すると彼女は呆れたような笑みを浮かべた。
「あ、別に毎晩こんなものを食べてる訳じゃないからね?」
『そうだね。キミの食卓の常連はビールだと記憶しているよ』
「だまらっしゃい」
そんなやり取りをしつつ、こたつの上に置いたのは――白いホールケーキだった。
「……独り身には辛いけど、つい毎年
寒い寒いと口にしながら、マミはこたつに足を潜らせる。
その姿を見ながら、インキュベーターはふと今日は何日だったかとカレンダーを一瞥。そして『ああ』と頷いた。
「さあ、食べましょ」
そう言ってマミはケーキと一緒に持ってきたナイフでケーキを切り分けていく。
そして小皿に取り分けて――そこでハッとした。
「あ、いけない。ケーキといえば紅茶よね。久しぶりすぎて忘れてたわ」
思わずといった様子で拍手を打ち、マミは再び寒い寒いと口にしながら台所へ戻っていく。
その後姿を何となくといった様子でインキュベーターは視線で追いかけ――。
『……ああ、そういう事か』
そしてぽつりと呟いた。
そのぼやきはマミにまで届いていなかったようで、何の返事もない。代わりに聞こえてくるのは、台所で何かをやらかした音と、悲鳴を上げる声。
そんなものを聞いて、インキュベーターはくすりと音をたてた。
『
そして、静かに身を翻す。
目的のものを探して、マミが戻って来ない内にさっさとやる事をやってしまう。
それを成る丈目に留まりやすい所へ置いて――。
『……またね』
インキュベーターは自らの仕事を終えた。
「ごめーん。お待た……せ」
そして暫くして、手に盆を持ってリビングに現れたマミ。しかし言葉はこだまして、静かに反響するかのようだった。返って来る音は――無い。
代わりに目に留まったのは、インキュベーター用に取り分けた小皿の横に置かれた一枚の紙。
盆をこたつに置いたマミは、膝を折ってそれを静かに取り上げる。
ゆっくりと読み上げていけば、ボイコットされたというのに、くすりと微笑んでしまう。
「……ええ。明日までとっておくから、ちゃんといらっしゃい」
そして誰に聞こえる筈の無い声を、虚空に投げた。
「
そしてマミはケーキを冷蔵庫に。
紅茶は仕方なく一人で飲む事にした。
テレビを点けてみるも、何処か寂しく思えたが、きっと明日は去年より寂しくはない。
だって、家族がいるのだから――。
もう書き上げないと気持ち悪かったから書ききった。
とりあえずオチは決まってた。
今年のクリスマスは日曜日です。
はじめに土曜日と入れた時点で、クリスマスネタに絡ませようとは思ってた。ぶっちゃけ時期尚早な気はしたけど……まあ、いいんじゃないかな(おい
要するに、QBの『心』の中には懐古するところもあるんじゃないかってお話。……まあ、本来なら無いとは思うけど、『キュゥべえ』に生まれた感情はそういうもの。だからそれを擽られた『インキュベーター』は、このケーキを食べるのは少なくとも『インキュベーター』ではなく『キュゥべえ』だろうと解釈したってお話です。
この後はおそらく無害だとして、以前と変わらないようになるんだと思います(投げやり
多分分かり辛い。
いささか反則をしたけど、それでも心情描写が出来ない神様視点はつらたん。やっぱ一限視点か一人称の方が書きやすい……。
ていうか途中から風景描写殆んどしてねえ……。
因みに、一箇所遊んでます。
ヒントは『原作アラマミ第一巻のあとがきにある第八話部分』。察しの良い方とか、きちんと想像しながら読んでくれた方は、見ずとも『矛盾』が分かる筈です(笑
多分此処でキリが良いし、相当良いネタが浮かばない限りはもう続きません。→相当良いネタが浮かんだら続きます(