俺としおりんちゃんと時々おっぱい。   作:Shalck

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060 《Start Line》

 どうすれば姉さんに勝つことが出来るのか、それが最も重要なところだ。

 俺は授業中と言うこともあり誰もいない廊下を歩きながら、思考する。

 勿論授業中なのだから文句を言ってくる教師も一定はいるものの、俺達の様な奴らに声を掛けられる先生も相当限ってくる。

 そしてそれをわかっているからこそ、俺はあまり警戒せずに歩いていた。

「だからこそ僕を避けることが出来なかったというわけだな」

 目の前に現れた直井に、苦笑する。

 お前も授業中だろうにと言う言葉を呑みこみ、共に生徒指導室へと向かう。

「授業中に度々廊下に出没しているお前を捕まえる為に、わざわざこの僕が授業時間を割いてやったんだ。感謝するがいい」

「ただ授業追い出されただけで草」

「お前本当に許さないからな」

 直井は俺にかなり不躾な態度を取ってくるので、処したくなってきた。

 だがしかしここで処すのは流石に大人気なすぎるので、今度小説を本にして配るだけにしてやろう。

「それで、どうせお前のことだ。気が付いているのだろう?」

「あ、一応確認しに来てくれたのね」

「煩い。僕としてはあのラスボスをどう扱うべきか迷っているところだ」

 あぁやっぱりラスボスっぽいよね、姉さん。

 と言うかあそこまでラスボスの雰囲気たっぷりな人は中々稀有だと思うんだけど。

「現れたら堂々と生徒会を乗っ取り、しかも戦線とすぐに勝負させるなんてふざけてるとしか思えないんだが」

「それに関しては俺からも謝るよ。姉さんがゴメンネ」

 でも俺にどうにかできるなら困らないレベルなんだけどね。

 天災と呼べるほど唐突に現れて引っ掻き回す、まさに理不尽の権化みたいな存在である姉さん。

 いや会いたいけど段々会いたくなってきたかもしれない。

「俺、会ったらどんだけ弄られるんだろう……」

「会えない、とは考えないんだな。まぁそう言うものか」

「あぁ、姉さんが俺に会えないっていうのは知ってるよ。見かけることは出来るみたいだけどね」

 だからこそ、俺は一度タ緒に全てを明け渡すことになったのだから。

「貴様が知らないと思っているわけがないだろう。それで、どうするつもりなんだ」

「いや、別に何かするつもりは無いよ」

 負けるつもりは無いけどと言う言葉は置いておいて、俺は笑みを浮かべる。

 最初で最後のこの戦いに、燃えない男はいないだろう。

「それならいい。相手の願いを叶える為に負ける、なんていうことをほざくなら僕が今ここでお前を洗脳したというのに」

「それ、効かないの覚えてる?」

 催眠術なんて俺には通用しないのサ。

 と言うことはさておき、あの事件以来直井が僕に催眠をしようとしたことはないのでわからない。

 怖い、と言うのもあるかもしれない。

 もしもここで俺が催眠にかかってしまえば、それはタ緒がいないことに他ならない。

「勿論覚えているさ。ただの冗談だ」

 そう告げた直井の目には、何が映っていたのだろうか。

 きっとタ緒の姿なのだろう。

「言っておくぞ雨野多々。雨野悠は決してお前を裏切らない。お前の為に動き続ける。それがたとえ自分にとって良くないことであっても、悪いことであっても、自らが悪になってもだ」

「わかってるさ。だから俺は、姉さんを助けなきゃならない」

 俺はそう強く告げた。

 直井が微妙な顔をしているのも気が付かずに。

 

 

 

「今日も今日とてコーヒーが上手い」

 コーヒージャンキーとも捉えられそうな言葉だが、俺は決してコーヒージャンキーではない。

 常にコーヒーを飲んでいたいだけの男子生徒だ。

「おっ、音無じゃん。今日もコーヒーか」

「あぁ日向か」

 現れた青い髪に珍しく当たったもう一本のコーヒーを投げると、苦笑いをしながら日向は受け取った。

 これこそ以前に突然多々から渡されたコーヒーサイダーである。

 受け取った日向がうへぇと言いながら口を付けたが、案外イケると普通に飲み始めた。

 それが少し美味しいんだが、飲んでいると段々飽きてくる味なのだ。

 見た目と名前がやばくて、飲んでみると一口は飲めるけどペットボトル一本となると多いとはなんて魔性な飲み物なのだろう。

 まさに多々がおススメしてくるだけある、鬼畜飲料である。

「お前よくこんなの買ったな」

「多々がたまに俺に投げつけてくる」

「ただ投げつけたかっただけかよ!」

 まぁいいさ、日向がここにいるってことは未だに若干悩んでいるんだろう。

 俺としても悩みをぶっちゃけたいところだけれど、それはこいつにするべき話じゃないだろう。

「因みに俺はお前の恋愛相談に一切興味はない」

「言う前に封じるなよ!?」

 と言いつつもだよなと、頬を掻くってことはあらかた予想していたのだろう。

 なんだか罪悪感があるけど。

「と言うかそれだけに構ってる暇が無くてな」

「んまぁわからなくもねぇさ。生徒会との戦争だろ?」

 立華と戦わなきゃならないことが辛いんじゃない。

 と言うか、そもそもだ。

「俺は気が付くべきだったのかもしれないな」

「あぁ」

 その答えを――。

 

 

 

「不味いわね」

「はい」

 私は遊佐さんと話しながら、自分のミスを悔いていた。

 何故それを忘れていたのか。

 何が最初の目的だったのか。

 そもそも――勝負の前提条件すら揃えることが出来なかった。

 プルプルと震える私の手には、一枚の紙。

 そこに書いてあったことは、私達にとって死活問題。

「まず第一に、ここを不法に占拠していることを忘れていたわ」

 そんな生徒を文化祭に参加させる筈がない。

 合同なのに片方が居なくなって、それをゲリラで参加するなんてことをしても勝ったとは絶対に言えない。

 つまり私達は、この大きな戦争を前にして基地を放棄しなければならない。

「これを生徒会は予期していたと思う?」

「十中八九予期していなかったと考えられます。恐らくですが、生徒会の上がそれを行ったかと」

「……多々君の姉ね」

 なんて厄介な相手。

 今までの天使と違って、搦手を交えたことをしてくるなんて。

 ぶっちゃけ言うと、今までの私達は別に搦手を使用してたわけじゃない。

 ただそこにある状況を強制的に味方につけてきただけだ。

「私達は神に対抗する組織。その私達が神に対抗する為に、この基地は必要不可欠よ」

「わかっていますゆりっぺさん。ですが、そのうえでこれを行ってきたと考えるべきでしょう」

 手紙の最後に書かれているその言葉、神の文字。

「初めましてこんにちは。神様です」

 悩んでいる私達を嘲笑うかのように、彼女はそこに現れた。

 即座に銃を構えた私に対して、彼女が振るった腕によって銃は両断される。

 あまりにも彼女に対して、私は無力だった。

「うんうん。その憎悪に染まりながらも、困惑と不安を宿した目は正しいよ」

 遊佐さんは無力だ。

 彼女に対しては絶対に遊佐さんは勝つことが出来ないのだから。

「貴方が、神……!」

「君達の理論に合わせるなら私が神だね。親しみと敬愛を込めて悠おねーさんと呼んでもいいんだよ?」

 つまるところ、私達が倒すべき――殺すべき相手は多々君の姉。

「ただでさえ強いと思っていたら、怪物の様な頭をしているのね」

「そんな言い方は酷いなぁ。私からしてみれば、君達が今まで頭を使うことを拒否していた様にしか思えないんだけれども」

「言い返せないわね」

 憎き神を前にして、私の心は冷静だった。

 あぁ、なんて優しい人なんだろうこの人は。

 ――私に合わせて悪役を演じてくれるなんて。

「私にとって君達はそんに興味は無いのだけれど、それでも多々が関わってるとしたら無碍には出来ないからね」

 そう言って神は私へと手を伸ばした。

「君を、()使()()()()()()()()()?」

 あまりにも突飛な、それでいて非現実的な言葉に声が止まる。

「あぁ、君が天使になればこの世界を変えることも簡単だろう。それこそこの世界を永遠に無くならない世界に変えてもいいし、君達の家族をここに招待してもいい」

 きっとみんなが喜ぶ世界が出来上がるよと、そう告げた神に私は隠していた銃を神の眉間に向ける。

 だけれども、神は何もしてこない。

 嬉しそうに微笑むだけで、私が握っている銃が震える。

 全てを見透かされている様で、恐怖すら覚える。

 その手を掴めば、私は自由になれるのだろうか?

 助かることが出来るのだろうか?

「ッ! ゆりっぺさん!」

 遊佐さんが動いたことで漸く正気に戻った私は引き金を引く。

 だけどその銃口は一瞬にしてずらされ、瞬時に私の腹部に違和感を感じた。

 流れる血を見て遊佐さんが前に立ったけれど、どう考えても勝てない。

 あの人、私が撃った銃弾を摘まんで止めて投げてきた。

 なんだそれって感じなんだけど。

「あまりにもレベルが違いすぎるわ」

「そりゃ神様だからね。それなりの実力は持ってるさ」

 私が何かする前に銃は切り裂かれた。

 これでもう私が持っている銃は一切存在しない。

「諦めなよゆりちゃん。君じゃ私には勝てない」

 だけれども、その言葉は私に不屈の心をくれる。

「勝てないから諦めるなんて、私がするはずないじゃない!」

 ナイフを片手に駆けだそうとするけれど、その前に私の目の前に刀が突き刺さった。

 動けない。

 動いたら即座に切られるのがわかる。

「辞めときなって言うのは別に私にとって、君が死んでも死ななくてもどうでもいいから言っているのさ。どのみちその行動の先に答えは無い」

「ッ! わかって、るわよ。だけど抑えられないから、ここで私達は戦っているんでしょ!? 認めたくないから、私達はここにいるのよ!」

 ナイフを構えて突き進む。

 刀は振られなかった。

「おっと、私としたことが演説に耳を傾けてしまったよ」

 ナイフが刺さっているというのに、あまり変わらない神の様子に私は思う。

 いくら神と言えど攻撃が一切通用しないなんてことがありえるのだろうか?

「素晴らしい演説だったよ仲村ゆりちゃん。確かにそうだ。認められないから、憎悪を抑えられないからここに残っているんだね君達は」

「そうよ」

「だとしたら……うん。決めた。私は君を許容しよう。君に興味がわいた。君ならきっと、導くことが出来るだろう」

 私の中に何かを感じたのか、神はそう言って満足そうに頷いた。

「きっと君は間違えない。間違えちゃいけないわけじゃない。誰かの為に生きることが出来る君は、私の中では既に神すら超越した勇者さ」

 そう告げた神は、校長室をまるで何事も無かったかのように歩く。

「だからこそ君に問う。君は世界に抗う覚悟はあるかい?」

 真剣な表情で告げた彼女の言葉に、私は不敵な笑みを零した。

 その程度のこと、私がしない筈がない。

 出来ない筈がない。

 何故なら――。

「私は死んだ世界戦線のリーダー、仲村ゆりよ。世界に抗う覚悟が無ければ、リーダーなんて務まらないじゃない!」

 その宣言を聞いて満足したのか、神は楽しみにしているよと言いながら校長室を出て行った。

 

 

 

「えー、生徒会顧問こと雨野悠から連絡します。今回の定期テストで点数があまりにも低かった生徒に関しては、補修を行います。

 この補修の後に再テストを行いそちらでも赤点だった生徒は、文化祭に参加する権利を失います。なので皆さん頑張って勉強しましょう☆

 以上、生徒会顧問からのお知らせでしたー」

 

 地獄の勉強が始まった。

 


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