目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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月一でしか更新しないならせめて1話ごとを長くしようと思った結果、恐ろしく長くなりました。すんません。


50話です。どぞ。


50話 やはり休暇中に休めないのは、間違っている。

いつからだろうか。

 

戦うことに慣れ、喪う恐怖から遠ざかったのは。

 

いつからだろうか。

 

爆音や閃光に何も感じなくなったのは。

 

いつ以来だろうか。

 

独りで戦場へと向かうのは。

 

いつ以来だろうか。

 

これほど、早く戦場に向かうために走るのは。

 

いつ以来だろうか。

 

 

これほど強く恐怖を感じるのは。

 

 

 

 

「クソが…」

 

走りながら一人そう悪態を吐く。

雪ノ下と由比ヶ浜に避難させたのはいいが、あの未知のトリオン兵は俺が到着する前に市街地に爆撃を始めた。あの様子からして捕獲用のトリオン兵ではないだろうが、あの頻度で爆撃されては街はすぐに焼け野原になる。

本部に通信を入れてみたが、対応がない。イレギュラー事態が1日に2回もあれば万年人手不足が現状であるボーダーは対応に追いつかないのも仕方のないことではあるかもしれない。

 

トリオン兵は街を巡回しながら爆撃を行なっている。川に差し掛かったとこではトリオン節約のためか爆撃はしていない。それか人が確認できない位置では爆撃しないようにプログラムされてるのか。

 

周囲にいる隊員は恐らく俺だけ。つまり俺が全て対処する必要がある。

 

……綾辻もトリオン体になってると予想したため、通信を入れようとしたのだが綾辻のトリオン体の通信機の番号を知らないため通信ができない。本部経由すればわかるのだろうが、その本部から応答がないから綾辻の安否もわからない。近くに来れば番号知らなくても通信できるのだが。

 

くそ、空飛ぶ魚なんてどう対処すんだよ。グラスホッパーで飛んで乗っかればいいか?攻撃手がいれば……

そんな思考を遮るように通信が入る。

 

『比企谷先輩ですか?』

「おま、木虎か?」

『はい』

「なんでいんだよ」

『規約違反者の三雲くんを護送してました』

 

護送って……犯罪者じゃないんだから。いやまぁ規約違反という意味では犯罪者だけどさ。

 

『一応指示もらえますか』

「いやなんで一応……」

『本来なら自分の判断か本部の指示を仰ぐのですが、本部との通信は取れませんし付近に自隊のランクより高いランクの隊の隊長がいるなら指示を仰ぐのが定石です』

「そーかい。ならあの魚の上登って落とせ。どーせ俺が言わなくてもやってんだろうけどよ」

『予想どおりもう配置について準備してます』

 

俺が指示する意味あったか……?

 

『比企谷先輩は?』

「あの魚の落とす爆弾を街に落とさせねーようにする」

『そうですか』

「木虎」

『はい?』

「綾辻と連絡取れるか?」

『え、綾辻先輩近くにいるんですか?』

「多分」

『………すみません、今試してみましたが取れません』

「そうか、サンキュ」

 

……………………。

 

綾辻のことも心配だが、まずは目の前の魚を処分しなくては。

 

だが倒す前に綾辻になにかあったら?

通信ができないのはもうなにかあったからではないか?

 

「………」

 

迷いが消えぬうちに、俺は魚の元にたどり着いた。

市街地内の気配を探ってみたが、気配が多すぎて全くわからない。

 

「クソが……」

 

上空に悠々と浮かぶ魚相手に悪態を吐き、俺は弾丸を放った。

 

ーーー

 

「バイパー!」

 

絶え間なく落とされる爆弾をバイパーで撃ち抜く。

魚は傍目からはゆっくり動いているように見えるが、これを追いかけながらバイパーで爆弾を撃ち抜くとなるとなかなか骨が折れる。グラスホッパーで飛び回りつつ、的確に爆弾を撃ち抜く。

爆弾の耐久力は高くないため、かなり分割したバイパー二発程度で爆発させられるが、爆発一つ一つが思いの外大きい。そのため市街地に被害を出さないために落とされて割とすぐに撃ち抜かないといけない。そのくせ数は膨大だし、余波のせいで空中での体勢が崩れる。

しかもバイパーは一回ごとに(少なくとも俺は)弾道を引く必要がある。直感頼りで最速でやっているが、これもどこまで保つかわからない。こういう時はハウンドの自動追尾が欲しくなる。

 

木虎がこの魚に登れる地点に着くまでもう少しかかる。

 

「ここが命の張りどころってか…?」

 

いや、命張ってはいないな。ベイルアウトあるし。

 

そんな余裕ぶっこいてそうな思考回路とは裏腹に、内心は焦りまくってるのだが。

 

と、そこで

 

『こちら本部隊員三上!比企谷くん、大丈夫?』

「三上か」

『うん。すぐに対応できなくてごめんね。そちらの現状は?』

「新型の爆撃用トリオン兵の落とす、爆弾を、片っ端から撃ち抜いてるとこだ。もう少ししたら、木虎が、どうにかする」

『了解。対応が遅れたのに申し訳ないけど、本部から出した隊員は多分間に合わない。二人でどうにかしてもらうことになっちゃうけど、大丈夫?』

「ああ、どうにかする。それより三上」

『なに?』

「綾辻のトリオン体と通信できるか?多分この辺りにいるはずだから」

『わかった、やってみるね』

 

そこで一度通信は切れた。通信しながらも爆弾を撃ち抜く俺はマジで社畜の鑑。

と、そこで木虎が魚に登るのがみえる。その付近は川であるため爆弾は落とさない。

あとは木虎に任せて良さそうだと思ったところで、視界の隅に白い隊服が見える。

 

というか、三雲だった。

 

え、なんでいるのあいつ。というかなにしてんのアレ。

 

「三雲」

「え、あ!比企谷先輩!」

「なにしてんだお前」

「いえ、市民の避難の手伝いをしようと……」

 

……まぁ、隊員としては的確な判断だ。こいつに助けられた人もいるみたいだし。

しかし、こいつ昨日の今日どころかその日中にまたトリガー使ったのか。木虎はなんも言わなかったのか?いや、それどころではなかったのだろうな。

見た所、武器が実装できてない。昼間の一件でトリオン失い過ぎたのだろう。それでもトリオン体だけは生成できてるってことは多分こいつのトリオン量はかなり少ない。

 

「えっと、ダメでしたか?」

「いや、まぁ本来ならダメなんだが……さっきも言ったが結局決めるのは俺じゃねーし、それに人としては正しい判断だと思うぜ」

「は、はぁ」

 

多分、鬼怒田さんあたりは激怒してそうだけどな。それに、多分城戸さんあたりは許さないだろう。あの人、規則絶対主義だし。

 

「そうだ、お前、他に避難誘導してる奴いなかったか?」

「え?」

「この辺りにいるはずなんだ。連絡が取れないんだが、お前なにか知らないか?」

「え、えっと……確かあっちの方にも避難誘導してるボーダーの人がいるってさっき救出した人が……」

「どんな人かわかるか」

「確か、女性って……」

 

そういって三雲が指差したのは僅かに南の方だった。

そして性別が女性ならほぼ決まりだ。通信が効かないのはそもそも綾辻がトリオン体になってない可能性があるな。

 

「南か……わかった。サンキ」

 

そう言い終わらないうちに、空飛ぶ魚が音を立ててこちらに向かってくるのが見えた。

 

「……え?」

 

あの魚、木虎が落とす手はずだったよな。どうなってる。

 

「木虎、どうなってる」

『装甲を剥がして核を撃ち抜いたら、落ち始めました』

「どうにもできないか」

『トリオン密度が高過ぎて、私じゃ……』

 

つまり、残ったトリオン使って自爆か。

射手の俺がどうこうできるレベルだといいんだが……。

 

「っ……!」

 

ここで最悪の想像が、脳裏を掠める。こういう時、俺のサイドエフェクトは無駄に働くし的中率も高い。

 

「三上、綾辻との通信は一旦いい。あの魚が落ちる予測位置はわかるか?」

『あ、うん。すぐに!』

 

そう言って視界に表示された場所は

 

「マジかよ……」

 

ここから少し南の方向だった。

 

『その位置にまだたくさん人がいます!早急にあのトリオン兵をどうにかしないと!』

「……………」

 

やべぇ、どうする。

一瞬で無数の案が浮かび、その大半が一瞬で却下された。その中でまともな案は、一つだけ。

 

「………一か八か」

「比企谷先輩?」

「三雲、お前はこの辺りの逃げ遅れた人を誘導しろ。あとはなんとかする」

「え?」

「さっさとやれ!」

「は、はい!」

 

そう言って三雲はすぐに誘導にあたった。

 

「……こういう時は出水が羨ましくなんな、ちくしょう」

 

今日何度目になるかもわからない悪態を吐きつつ、俺は再びグラスホッパーで飛んだのだった。

 

ーーー

 

まともに見える策と言えるものも、結局は一か八かの博打だった。

簡単にいえば、俺の最大威力の徹甲弾(ギムレット)を目を覆ってる歯の部分でぶち抜き、そこに変化炸裂弾(トマホーク)をぶち込んで空中でドン、というものだ。

この策は俺がいかに早く合成弾を作れるかによって決まる。割とよく合成弾は使うが、相変わらず出水の方が早く作れる。弾バカめ。

ちなみに木虎はもう避難させた。いても最悪巻き込まれるだけだし。

 

落下予測位置に入った。まだ魚は比較的上空。この位置なら、ギリギリやれるな。

グラスホッパーで飛んでできるだけ近くまで跳ぶ。徹甲弾丸々一個そのままぶち込むとなると、必然的に射程が短めになる。時間的にも弾速は捨てられない。

 

通常弾(アステロイド)通常弾(アステロイド)

 

くそ、やっぱ4秒くらいかかっちまうな。

 

「徹甲弾!」

 

俺の放った徹甲弾は、どうにかこうにか魚の歯をぶち破って中の核を露わにさせた。

 

「っし」

 

内心でガッツポーズしながらも変化炸裂弾の合成に取り掛かろうとする。

 

だがそこで不測の事態が起こった。

 

「うわぁぁぁぁぁん!」

 

泣き声。どう考えても子供のもの。

視線をそちらに向けると、一人のちびっこが瓦礫に埋まった親から離れようとしない様子だった。さながら進撃の◯人第1巻のように。そのちびっこに親は早く行けと言っているが、ちびっこは聞かない。まるっきり進撃◯巨人だった。

 

そしてそんなちびっこに駆け寄る一人の少女の姿があった。

 

綾辻……!

 

やばい。一瞬気を取られたせいで合成弾の合成が……。合成弾は地味に集中力がいるため一旦途切れると合成に更に時間を食うことになる。

視界に影がかかって前を見ると、魚がこの一瞬でかなり距離を詰めてきていた。どうやら落下速度が速まったらしい。

 

どうする。このままだとまた(・・)間違える。

 

バイパーを撃つ?威力不足だ。どうにもならん。

メテオラを撃つ?あの穴に直接メテオラぶち込めるような体勢じゃない。リスクが高すぎる。

三雲にどうにかさせる?武器も持たないあいつじゃ避難誘導はできてもこいつはどうにもならん。

木虎はどうだ?俺がさっき避難させたからどうにもできんしそもそもあいつじゃどうすることもできなかったから俺がやってるんだろうが。

なら逃げるか?それこそ論外だ。

 

やばい、詰んでる。

 

普段ならどうにかできたかもしれないが、思考が纏まらないせいで身体も動かない。バイパーとメテオラは未だに俺の両手で待機状態だ。

合成弾を作ろうと二つのキューブを重ね合わせたのはいいが、もう目の前まで来てる時点で間に合わない。ここで爆発させたら街に余計被害がいく。

 

ああ、詰んだ。

 

一人でどうにかしようとしたせいで。

考え無しに木虎に落とさせたせいで。

また間違えたせいで。

 

自分の無力さと愚かさに最後まで自嘲しながら、目の前の魚の無機質な目をみていた。

 

 

 

 

そこでありえないことが起こった。

 

 

 

 

魚が、遠ざかった。なにかに引っ張られるようにして、遠ざかったのだ。

尾ビレの部分に僅かに鎖のようなものが見える。さらにその先には黒い炊飯器のようなものがほんの微かに見える。生身の視力じゃ見えなかっただろうが、トリオン体の視力なら本当に微かに見える。

それが何かはわからないが

 

変化弾(バイパー)炸裂弾(メテオラ)

 

このスキにぶち込むしかない。

 

変化炸裂弾(トマホーク)!」

 

一度グラスホッパーで上昇し、俺の放った変化炸裂弾は吸い込まれるように魚の目に向かっていき

 

 

凄まじい大爆発を上空で起こした。

 

 

魚に着いていた装甲もその爆発で消し飛ぶ程のものだ。俺の変化炸裂弾の爆発もあるだろうが、それを差し引いてもあれが市街地に落ちて爆発していたらあの一帯は更地になっていただろう。

 

そこで綾辻の方に目を向けると、その爆発の余波で崩れかけていた電柱が崩落し、綾辻達に迫っていた。

 

「バイパー」

 

それをバイパーで打ちくだきつつ、細かい瓦礫が降って来たところを

 

「シールド」

 

綾辻とちびっこの間に入り、シールドで弾いた。

 

「無事か?」

 

平静を装っていたが、内心かなり冷や汗ものだった。

 

 

こんな時に限って、なんてことはそうそう起きないと思っていたが、いざ直面してみると内心の恐怖は凄まじいものだ。

 

今日の昼の一件、嵐山隊は防衛任務だった。そうなると、当然オペレーターである綾辻も出勤することになる。

市街地にゲートが開いたと聞いた時は不測の事態に一瞬動揺もしたが、すぐに持ち直し隊員達をゲートまで誘導した。比較的近くだったとはいえ、正直距離的に隊員が到着するまでに何かしらの被害が出ていることは覚悟していた。

だがたまたまそのゲートが開いた中学校が総武高校と近かったこともあり、(休暇中のため本来なら彼らの役目ではないのだが)走れることで有名な比企谷隊に呼び出しがかかり、結果、彼らは間に合った。加えてC級隊員が単騎でモールモッドを相手にしたこともあり、幸い被害はでなかった。

 

そのことに安心して気が抜けたのか、防衛任務の後トリガーを作戦室に置いてきてしまった。

本来なら別に問題があることではない。戦闘員であるならともかく、綾辻遥という隊員はオペレーターで前線に立つことはまずない。オペレーターである以上、本部の外でトリガーを使う事態などないと言っても過言ではないのだ。

 

だが、この時に限ってはトリガーが必要だった。

 

厳密に言えば必要ではないのだが、あるとないのとでは全く違う。まさか1日に2回も警戒区域外でゲートが発生するなど誰が思うか。

 

買い物の最中、黒い空間が空に広がるのを見てすぐにトリガーを起動させようとしたが、作戦室に置いてきたことを綾辻はすぐに悟った。

戦闘員ではないとはいえ、彼女はボーダー隊員。ならば、この不測の事態が起こった時でもやるべきことがある。

 

(すぐに市民を避難させないと!)

 

そう考えた彼女はすぐに行動に移した。

オペレーターは戦闘員ではないため、戦闘以外のことに特化している。主に避難誘導方法や市街地に存在する主なシェルターの位置など戦闘員が戦闘に集中できるようにするための知識だ。

 

「すぐに避難を!シェルターはこの先の公民館にあるのですぐに市民の皆さんはそこに向かってください!」

 

ボーダーの中でも実力のあるチームのオペレーターなだけあり、彼女の避難誘導は的確だった。お年寄りや子供には手を貸して迅速に市民をシェルターまで誘導した。

 

「これで粗方避難したかな……」

 

しかし必ずと言ってもいいほどこのような状況では逃げ遅れがいる。どんなに避難誘導が的確であってもそもそもそれを聞くだけの余裕がない人も必ずいるのだ。

そう考えた彼女は、シェルターから市街地に戻ってきた。思ってたよりも逃げ遅れた人はずっと少なく、もしかしたら他にも避難誘導したりしてくれている人がいるのかもしれないーーー尤も、それが昼の一件に関わるC級隊員だとは夢にも思わなかったが。

 

避難が遅れている地域の避難誘導をしていたら空に浮かぶトリオン兵が音を立てて失墜していくのが見える。運良く隊員が近くにいたらしい。

それをみてわずかにホッとしたのも束の間

 

「うわぁぁぁぁん!」

 

子供の泣き声が辺りに響いた。その方向へ向かうと、小さな子供が瓦礫に埋まった母親を助け出そうと必死になっていた。無論、その子供にどうにかできるような状況ではないのは明らかであったが。

すぐに子供に駆け寄っていこうとするが、そこで空飛ぶトリオン兵の影がこちらに向かって来ているのが見える。

 

「そんな…!」

 

恐らく、隊員が倒したがそのままそれがこちらに落ちてきてしまってるのだろう。

 

(急いで避難しないと……!内蔵するトリオンが爆発したらこの辺り一帯が大変なことに!)

 

そう考えた綾辻の行動は早く、その泣き叫ぶ子供に即座に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか⁈」

 

大丈夫な状況ではないからこうなっているのだろうにと内心少しだけツッコミを入れつつ親子に近寄る。

見ると、母親は店の扉の前に落ちてきた瓦礫によって出ることが叶わなくなってしまっている状況のようだ。見た所、中にはその母親以外の人も数人確認できる。

 

「お母さぁん!」

「早く避難しなさい!お母さんはいいから!」

「やだぁ!」

「いい加減にしなさい!」

 

母親の方は必死に子供に避難するよう言っているが、子供は全く聞く様子がない。この店を封鎖してる瓦礫は人の力でどうにかなるようなレベルの瓦礫ではない。大きな塊が多数重なり一種の山のようになっている。

この山をどうにかするには時間があまりにも足りない。トリオン兵がこちらに落ちてくる前に全員を救出するだけの力は、残念ながら綾辻にはない。トリオン体であればあるいは少しはどうにかできたかもしれないが、生憎今の彼女は生身。非力な少女の力ではどうすることもできないのだ。

 

「お姉ちゃん、お母さんを助けて!」

 

子供が綾辻にそう泣きつく。

 

「お願いします!その子をすぐに避難させて!」

 

それに対して母親は子供を避難させるように必死に訴えてくる。

ボーダー隊員としては、母親の願いを聞くのが正しい判断なのだろう。

 

だがその瞬間、彼女の幼馴染の捻くれて斜に構えているがとても優しい一人の青少年の両親を喪った時の姿がフラッシュバックした。

あの時の彼は平然と振舞ってはいたが内心とても深い悲しみや後悔、不安を感じていたのが彼女には理解できた。その姿は正直、見てられるものではなかった。そして、彼女はそれをどうにかする術を持ってはいなかった。

つまりは、なにもできなかったのだ。

 

その姿が子供と被ってしまったため、綾辻はすぐに行動に移せなかった。

 

(どうしよう……どうしようどうしようどうしよう)

 

思考がまとまらず体が動かない。トリオン兵はすぐそこだが、今子供を抱えて走ればギリギリどうにかなるかもしれない。

しかし、彼女の中の『あの時なにもできなかった』という強い後悔と無力感が彼女のその理性的な行動を阻止してしまう。

上を見るとトリオン兵の口の歯が砕かれ、無機質な目がこちらを向いている。今まさに自分達の命を奪うために内蔵された残りの全てをかけてこちらに落ちてくるその目を見て綾辻は内心で押し殺した恐怖が抑えられなくなるのがわかる。

 

(助けて……)

 

思わず助けを内心で求めてしまうほどにまで恐怖は強くなる。

 

「助けて、八幡くん…」

 

そう言うと、トリオン兵の影が遠くへ行くのが視界に入る。

何事かと上を向くとトリオン兵が空に向かって引っ張られているようではないか。

そしてそのトリオン兵に向かって上昇していく後ろ姿が見える。

 

あの見慣れた、そして憧れの背中だった。

 

その彼が放った弾丸は吸い込まれるようにトリオン兵へ飛んでいき、最後にはトリオン兵を空中で爆散させた。

あれだけの規模の爆発が市街地で起これば、この場にいた者は例外なく死んでいた。そう思わせるほどの爆発だった。

 

しかし、トリオン兵が爆発したことによって生じた余波が崩落しかけていた近くの電柱を崩落させた。それは真っ直ぐこちらに倒れてくる。

咄嗟に子供を庇うように前に躍り出たが、倒れ切る前にその電柱は弾丸によって貫かれ、崩された。

そして降ってきた瓦礫も見慣れた姿がシールドで防いでくれた。

 

「無事か?」

 

いつものように感情があまりこもらない声で、そう聞いてくる。

 

「う、うん。ありがとう」

 

どうにかそう返事をすることができたが、胸の動悸は激しさを増すばかり。

 

(ああ、そっか)

 

そこで彼女は前からわかっていたその感情を再確認した。

 

私はやっぱり、比企谷八幡()のことが好きなのだと。

 

 

綾辻は結果から言えば無事だった。

しかし俺の予想とは反してなぜか生身だった。オペレーターといえどもトリオン体になることは可能なのに。

 

「綾辻、なんで生身?」

「あ、その、トリガー本部に置いてきてて……まさかこんなことになるなんて、思ってなかったから…」

 

まぁそう考えるのは不思議じゃない。昼間にイレギュラーゲートが開いてそれに対応したのは綾辻だ。1日に2回もイレギュラーゲートに遭遇するなんて誰が考えるか。

タイミングが悪かった。それだけか。

 

「どーりで通信できねーわけだ」

「え?」

「いや、お前がこっちの方に来てるのはわかってたからさ。この状況なら確実にトリオン体になるだろうと思って通信入れようとしてたんだが、生身なら通信取れねーわけだよ」

「ご、ごめんね」

「いや、いい。なんにしても無事でよかった。っと、そろそろそこの人たち助けるからちょいと離れてろ」

「う、うん」

 

そう言うと俺は中の人の安否確認を取るべく瓦礫の山に近づいた。

 

「すんません遅くなって。今助けるんでできるだけ奥の方に詰めてもらっていいですか?」

 

そういうと中の人はおとなしく奥の方へと下がった。

完全に下がったのを確認しつつ、中の人を片方だけの固定シールドでガードしつつ

 

「メテオラ」

 

直感頼りで瓦礫が崩れない位置でメテオラを爆発させ、瓦礫を爆破させた。爆発の規模は最小限にとどめたから中の人にも被害はいってない。

それにより中に閉じ込められていた人は全員無事に救出できた。

 

「他に逃げ遅れて閉じ込められてる人とかいます?いるなら教えて欲しいんですが……」

 

とは言ったが、この人たちも自分のことで手一杯だっただろうからそんなことわかるわけないよな。

まぁ、とりあえずこの辺もいつ崩れるかわからないからさっさと避難させよう。

 

「まぁとりあえずここも危険なんでシェルターの方へ避難お願いします。綾辻、お前は本部に戻っとけ。木虎に後のことは頼んで置いたからよ」

「う、うん」

「?どうした、どっか怪我でもしたか?」

「ううん、なんでもない。怪我もしてないよ」

「そうか」

 

なんか違和感あったが、まぁ本人がそう言ってるんだし大丈夫か。

しかし、本当に休暇中なのか俺は。なんか防衛任務入れてる時と大して変わらないレベルで出動している気がすんだが。

 

しかもここで帰っても多分後で本部に報告しなきゃいけないからなぁ……この案件だと絶対会議室沙汰じゃん。嫌なんだよなぁあそこ、城戸さん怖いし。本当に昔は気さくな人だったの?八幡信じられない。

 

……まぁ、そんな気さくだった人をあんな風にしてしまうようなことがあったってことなんだよな。

 

そんなことを考えつつ他に救助が必要な人を探し、救出していたら気づいたら日がとっぷり暮れてしまっていた。今日は小町に弁当届けらんねーな。メールで事情を説明して謝っとこ。

 

 

会議室

 

「以上が報告です」

 

俺は今日1日の報告をボーダー上層部にしていた。

中学校と市街地でのイレギュラーゲートの一件にどちらも関わったんだ。報告させられに来るのは自明の理だが、この空間はいるだけで胃が痛くなってくるため早々に退散したい。

ついでに三雲も呼び出されていた。もちろん規約違反のことで。

 

現在会議室にはボーダー本部上層部全員と玉狛の林藤さん、そして城戸さんの傍にSPのように佇む三輪が集まっていた。

 

「……なるほど。報告ご苦労」

「はい」

 

じゃあもう帰っていい?

 

「比企谷くん、今回の件で君に戦功を与えようと思ってるんだ」

「マジすか」

「ああ。だからもう少し残っていたまえ」

「……」

 

唐沢さん、俺の扱いと思考回路を読み取ってやがる……!エスパーか、エスパーなのか!

 

「林藤支部長、迅はどうした」

「防衛任務中だったんでね、すぐ来るように言ったからもうそろそろ来ると思いますよ」

「そうか。ならば、迅が来る前に三雲()の処遇について決めてしまおう」

「ふん、こいつはなにをやらかした?」

「先ほどあった比企谷からの報告では無断、しかもで本部の外で二度もトリガーを使用したとのことだ」

「二度もだと⁈」

「ふーむ……」

「………」

 

鬼怒田さんは怒りと呆れが混ざったような声をあげ、根付さんは苦い顔をする。唐沢さんは三雲を観察しているようだ。本部長はなにやら考えている。

 

と、そこで会議室の扉が開く。

 

「失礼しまーす。迅悠一、お召しにより参上しました」

 

入ってきたのは迅さんと沢村さんだった。沢村さんの機嫌が悪いところを見ると、またセクハラしたなこの人。捕まるぞ。

 

「お、比企谷じゃん。どしたの?なんかやらかした?」

「いや、報告に来てただけっすよ…」

「あ、そうなん。おっ、君は?」

「あ……三雲です」

「ミクモくんね。おれ迅。よろしく」

 

相変わらず緊張感ねーな。この会議室でも自分家感出してるし。

 

「揃ったな。では本題に入る。昨日から市内に開いているイレギュラーゲートの対応策についてだ」

 

えー会議始まるんなら俺ますますいらなくねー?

 

「待ってください。まだ三雲くんの処遇が決まっていません」

「処遇だ?クビだクビ。1日に二度も重大な規約違反をおかしとるのだ。クビで決まりだ」

「他のC級隊員にマネされても困りますからねぇ」

「そもそもこういうルールを守れない馬鹿を炙り出す為にC級にトリガーを持たせとるんだ!」

 

鳩原さんの一件があったからか、こういうことに敏感になったよな鬼怒田さん。でももうちょい落ち着こうぜ?血圧上がるぞ?

 

「私はその処遇には反対だ。彼は市民の命を救っている」

「ネイバーを倒したのは比企谷くんと木虎くんでしょう?」

「木虎は三雲くんの功績が大きいと報告している」

 

あれ?俺の功績は無視かよ木虎ちゃんよ。

 

「それに彼は昼の一件では単独でネイバーを倒して同級生を救っている。隊務規定違反とはいえ、こういう状況で動ける人間は貴重だ。ならば処分するより、B級に昇格させてその能力を発揮してもらう方が有意義だと思うが?」

 

さすが俺の直属の上司。まさにボーダー上層部の良心。

 

「確かに本部長の言うことは一理ある。が、ボーダーのルールが守れない人間は、私の組織にはいらない」

 

デスヨネー。そう言うと思ったよ。期待を裏切らない城戸司令に敬礼!いやしないけど。

 

「三雲くん、もし今日と同じようなことがまた起こったら君はどうする?」

「……目の前で人が襲われてたら、やっぱり助けに行くと思います」

 

……馬鹿正直な奴だ。そもそも自分の命もロクに守れない奴が飛び出してもハッピーエンドになんかなりゃしねぇよ。よくても一を切り捨てて大が助かるだけだ。悪けりゃ全滅。

無論、自分なら全部救えるとなんて思っちゃいねぇ。そもそも今日の一件でも多分何人か死んでる。その時点で守れてないし。

 

「比企谷、君は彼の行動はどう思うかね?」

 

そこで俺に振るかよ!

 

「………人道的な観点から見れば三雲は正しいでしょうけど、ルール破ったのも事実なんでそこはちゃんとケジメつけるべきでしょうね。ルール破ったことに対してなにかしらペナルティを与えるけど、人を救ったことに対してはなにかしら褒美を与えるとか」

「なるほど」

「まぁ、最終的に決めるのは俺じゃないんで参考までに」

 

そもそもなんでここで俺に振るんだよ。もう帰らせてよ。さっきから三輪の視線がキツイんだよ。怖いよあいつなんだよ。

 

「三雲くんの話はもういいでしょう!それよりイレギュラーゲートです!先ほどの爆撃でわかってるだけでも3名が死亡、重軽傷者は50名以上にもなります!建物の被害も多数ありますし……このままでは三門市を去る人間も増えます。被害者への補償も大変な額になりますよ」

「まぁ、金集めは私の仕事なんでね。言われれば必要なだけ引っ張ってきますよ。とはいっても、こんなことが続いたらスポンサーも手を引きかねません。そこはよろしく頼みますよ、開発室長」

「それはわかっとる。しかし、開発室総出でも原因がわからんのだ」

 

ちょっと、鬼怒田さんまさか佐々木さんまで引っ張ってきてるんじゃないでしょうね。一応休暇中ですよ俺ら。

 

「と、言うわけなんだが、どうだ迅。やれるか?」

「任せてくださいよ。イレギュラーゲートの原因突き止めればいいんでしょ?」

「おお!」

「その代わり、といっちゃなんですが、彼の処分はおれに一任させてもらえませんかね?」

 

………へぇ。

 

「………彼が関わっているとでもいうのか?」

「はい。おれのサイドエフェクトがそう言ってます」

「……比企谷」

「任せて大丈夫じゃないすか?少なくとも嘘ではなさそうですし」

「なるほど。よかろう、好きにやれ。では解散だ」

 

あーやっと帰れる。

と、思った時が俺にもありました。

 

「比企谷、すまないがここで報告書をまとめてから帰ってくれ」

「なんでさ……」

「今回のことは少しでも多く情報を得る必要がある。それに時間もないからな。休暇中で悪いんだが……」

「いやもういいっすよ……」

 

休暇という概念が失われた休暇期間。俺に休みはあるのか⁈

げんなりしながら報告書を書き始めようとしたところで

 

「三雲くん」

 

三輪が三雲を呼び止めた。

 

「一つ、聞いていいか?」

「え、はい」

「昨日警戒区域でバラバラにされた大型ネイバー。あれも君がやったのか?」

「えっ?」

 

おい、それってはいと答えたらこいつ詰んでるぞ。

 

「現場付近で保護したのは君の同級生だった。そして昨日あの場きは正隊員はいなかった。君がやったというなら腑に落ちる」

「…………はい、ぼくがやりました」

「……そうか。疑問が解けた。ありがとう」

 

その言葉を聞くと三雲は会議室から出て行った。

……あーあ、あいつどうなるんだ?

 

「城戸司令、うちの隊で三雲を見張らせてください。三雲はネイバーと接触している疑いがあります」

「ほう?」

「先ほどの話の大型ネイバーはボーダーのトリガーでないトリガーの反応が検出されています」

「となると、昼の一件もか?」

「いいえ、そちらは三雲のトリガー反応が検出されています」

「なんにしても、ネイバーのトリガーが少なくとも一つはこちらに来ているということだ」

「はい。証拠はあがっています。すぐにボロを出すかと」

「なるほど。ならばそこは任せよう。もしネイバーが絡んでいたら即刻排除で構わん」

「はっ」

 

ちょっと、お二人さん俺がまだいること忘れてない?俺の目の前でそんな剣呑な話しないで。

そんな念を込めて三輪をジト目で見ていると、目があってしまった。

 

「なんだ比企谷」

「いや別に」

「ふん、金の亡者が。なにも喪ってない貴様がなにを思うかなど興味ないが、俺の邪魔をするなよ」

「しねーよ。勝手にやってろ」

 

そう言うと三輪は驚いたように俺を見る。

 

「…なんだよ」

「いや、てっきり奴を庇うかと思っていたんだが」

「知らねーよ。あいつがネイバーに接触してよーがしてまいが俺にとっちゃどうでもいいことだ。こちとら貴重な休暇中に散々出動させらてストレス溜まってんだよ。あいつがどうなろうと知ったこっちゃねぇ」

 

どうせ迅さんがどうにかするし。

 

「……ふん、所詮金の亡者であることには変わりないか」

 

それだけ言うと三輪は出て行った。

つまり、あの強面城戸司令と2人っきり!城戸司令とはちまんは、ズッ友だょ!やべ、視線が痛い。

 

「……いいのかね?」

「なにがすか?」

 

珍しく俺に話しかけてきた城戸司令。まぁ、聞くまでもないんだけどさ、なにについてかは。

 

「彼も、君の過去を知れば態度が改まると思うのだが」

「別にいいっすよ。今更俺の過去を聞いてもあいつの中での俺のイメージは固まってるから混乱させるだけでしょうし、金の亡者ってのもあながち間違いじゃない。そもそも俺は不幸自慢したいわけではないんで」

「………そうか」

「そうっすよ」

 

そう、あいつが俺の過去を聞いても所詮俺らは平行線。物事の優先順位が違うのだからどうしよもない。

 

「それと」

「なんすか?言っときますけど三輪については俺から言うことは…」

「報告書を早くまとめたまえ。手が止まっている」

「うす」

 

すんませんした、と内心土下座したくなるほど強い眼光だった。

 

 

ボーダー本部に数ある作戦室の一室で、琲世は包丁を振るっていた。無論、振り回しているわけではなく調理をしている。

そんな時、唐突に呼び鈴が鳴った。

 

(……あれ?夏希ちゃんくるって言ってたっけ?比企谷くんも今頃報告で会議室だし)

 

疑問に思いつつ、手を止めて出て見るとそこには意外な人物がいた。

 

「遥ちゃん、どうしたの?」

 

来たのはなんと綾辻だった。

先ほど報告をしてきたようでネクタイもきちんと締めている格好だった。しかし、彼女が来る理由が琲世はかけらも思い当たらない。彼女の想い人である比企谷は現在会議室であることは彼女も承知の上のはず。

 

「どうしたの?比企谷くんまだ報告で会議室だけど」

 

むしろ今ようやく始まった頃ではないだろうか。

 

「いえ、今日は佐々木さんに用がありまして…」

「僕?」

「はい」

「まぁいいよ。入って」

 

そう言って綾辻を中に招き入れる。

どことなく元気がない。あのような場面に出くわしたのだから疲れて当然ではあるが、どうもそちらの方では無さそうだと琲世は予想する。

 

「ごめんね、今ちょっと調理中なんだ。調理しながらでもよければ話聞くよ」

「すみません、お手数かけて」

「いいよ。あ、ご飯食べた?」

「え?いや、まだです」

「じゃあ食べていきなよ。開発室のみんなに作ってるんだけど、絶対余るくらい作る予定だから。余ったら僕や比企谷くんや夏希ちゃんで食べようかって思ってたけど、夏希ちゃん今日はこなさそうだから」

「……じゃあ、いただきます」

「うん」

 

琲世に食事を勧められると大体断れないことを知っていた綾辻はおとなしく琲世の言葉に従った。

 

「で、どうしてわざわざ僕のところに来たの?」

「…………」

「多分、今日の一件で比企谷くんになにかしら迷惑をかけた、とかでしょ?」

「……なんでもわかっちゃうんですね」

「まぁね。これでも君よりちょっとだけ長く生きてるし、それに遥ちゃんが僕に用があって来る時は大体比企谷くんが関係してる」

「そ、そんなこと……ないです……」

 

言ってて自信が無くなってきたのか、最後の方はほとんど聞き取れなかった。

 

「………今日、市街地にイレギュラーゲートが開いたんです」

「うん」

「その時、私は現場にいました」

「そうらしいね」

「……私では、あのネイバーをどうすることもできない。それはわかってたので市民の避難の手伝いをしていました」

「そっか」

「それで、私がいた周囲の避難が粗方完了したので別の区域を見に行きました。逃げ遅れた人がいないかどうかを確認するため」

「へえ」

 

琲世は生返事しか返さないが、綾辻も琲世がちゃんと聞いてくれていることがわかるため、なおもフライパンでなにか調理している琲世に話し続ける。

 

「…結果として逃げ遅れた人はいました。それで、その人達を救出しようとしたところで、新型トリオン兵がこちらに向かって落ちて来るのが見えました」

「なるほど」

「その時、逃げ遅れた人の中に小さい子の母親がいたんです。その子供は逃げられる状況だったんですが……その子は母親と逃げるって言って聞きませんでした」

「ふむ」

「その子に言われたんです。『お母さんを助けて』って。でも、私にできることはなかった。その子を連れて逃げることしか」

「ほう」

「それで迷ってたら……八幡くんが私を見つけて、多分合成弾をしようとしてたんだと思うんですけど……八幡くんが私を見つけて、そのせいで合成弾を作るのが遅れたんです」

「ふーん」

「結果としてトリオン兵は倒せました。でも……」

 

そこで綾辻は言葉を切り、僅かに俯いた。

琲世は火を止め、フライパンの料理を皿に盛り付け始めた。

 

「つまり、君は自分のせいで比企谷くんに迷惑をかけて、あまつさえ面倒もかけたってことだね」

「……はい」

 

あえてオブラートに包まずその言葉を言われた綾辻はさらに自分の無力さを呪う。

『自分にはなにもできない』そのことが露見してしまった。そう考えているからだ。

 

「私は、なにもできなかった」

 

その言葉を聞いた琲世は視線を綾辻に向けてこう言った。

 

「でも君は、街の人を救ったでしょ?」

「……いいえ。街の人を救ったのは八幡くんであって、私ではありません。私は、なにもしてない」

「……やれやれ、夫婦やカップルは似て来るっていうけど、幼馴染も似て来るものなの?」

「え?」

 

わけがわからない、と言うような目で綾辻は琲世を見た。

 

「比企谷くんはトリオン兵を倒して、遥ちゃんが見つけた逃げ遅れた人を助けただけだよ。でも君はなにをした?そう、街の人を的確に避難誘導した」

「……でも」

「それだけって言うんでしょ?でもね、君が避難誘導してなかったら死んでた人は、確実にいる。それだけって君は言う。でも、それだけのことで救われた人がいる。それを忘れないで」

 

そうやって母親(?)のような慈愛に満ちた笑顔を向けながら皿を前に置いた。

 

「イカとジャガイモのアヒージョ。試作品だけど、味は良いはずだから食べて見て」

「……はい、いただきます」

 

そう言って綾辻は一口、アヒージョを口に入れる。

 

「おいしい…!」

「そう?よかった」

 

そう言って笑う琲世に、なんだかおかしくなり少しだけ笑う綾辻。そしてもう一口アヒージョを口に入れる。オリーブオイルの香りとイカの旨味がよく合っていて、非常においしいのだが、なんだか負けた気になったりもした。

 

(やっぱり、敵わないなぁ。八幡くんにも、佐々木さんにも、夏希にも)

 

 

いつも的確に欲しい言葉を聞かせてくれる琲世。

勉強でも恋愛でも的確なアドバイスと力強い言葉で背中を押してくれる夏希。

そして、誰よりも優しく、自分の好意には気づかないものの自分のことを不器用ながらもちゃんと大事に思ってくれる八幡。

いつもこのチームには世話になりっぱなしだなと思いながら、綾辻はまた一口アヒージョを頬張るのだった。

 

 

 

 

 




次回は綾辻さんあんま出てきません。
しばらく他のヒロインとの絡みが続きます。

ハロウィンネタ書きたかったけど、これ以上長いのはよくないと思ったのでやめました。
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