目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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ちょっとだけ重い話。


例のごとくすごく長いです。
話はさっぱり進みませんが。


57話です。そして通算60話です。


57話 どんなに達観しようとも、彼もまた人である。

学校が始まる2日前、俺たちは迅さんに呼ばれて玉狛に出向いた。なんでも、空閑や三雲、そしてもう1人とチームを組んだらしく色々世話をかけた礼に飯を食わせてくれるついでに会わせるとのことだ。

 

「よっ、来たな」

 

支部に入ると迅さんが出迎えてくれた。

 

「どーも」

「や、迅くん」

「どーもでーす」

「よく来てくれた。んじゃ入って入って」

 

リビングに案内されると、そこには誰もいなかった。

 

「あれ、他のメンバーは?」

「今は遊真達に稽古つけてるよ」

「陽太郎は?」

「『せんぱいとしておしえることがー』とか言ってたぜ」

「はは……」

 

確かにボーダー歴は空閑よりは長いだろうけど、でもお前いてもなんもできねーだろ。

 

「じゃあ俺らもそっち行きますか。顔合わせのために来たのにここで迅さんと駄弁っててもなんもないですし」

「比企谷いきなりきついなおい」

「まぁ、今日は空閑くんや三雲くんに会いに来たんだし、とりあえず会いに行こっか」

「そーね。トレーニングルームにいる?」

「ああ、みんなそこだ」

「んじゃ、行きますか」

 

そう言って俺らはさっさとトレーニングルームへと向かった。

一瞬だけ迅さんが難しい顔をしていた気がしたが、よくわからなかったためスルーした。

 

 

 

「……ああ、こういうの言うのってすごく勇気いるんだな」

 

 

迅さんがなにか呟いた気がしたが、俺の耳にはよく聞こえなかった。

 

ーーー

 

トレーニングルームに行くと、宇佐美、烏丸、三雲がいた。

 

「お、夏希!」

「あれ、比企谷先輩」

「さ、佐々木さん!」

「よっす栞!きょーすけくん!三雲くん!」

「うーす」

「や」

「ど、どうしてここに?」

「おれが呼んだんだ。お前らに会わせるために。いい刺激になると思ってな」

 

三雲はなんかあたふたしてるが、一度俺ら全員と会ってるだろうが。コミュ障か。おっと、ブーメランの気配。

と、そこでタイミングよく空閑と、もう1人ちっこい女の子が出て来た。こいつが空閑のチームメイトだろう。レイジさんと並ぶと身長差がえげつないことになってる。

 

「お、ひきがや先輩とモールモッドぶった斬りの人」

「え、遊真くん知り合い?」

「前にちょっと会った」

「遊真、千佳ちゃん。紹介するぜ。こちらA級2位部隊比企谷隊のメンバーだ」

「ほう、A級」

「A級⁈す、すごい」

「元っすよ。今はランクに入ってませんから」

 

休隊中だ。そのランクはほんの一瞬だけなったランクだし最後は負けてる。しかも俺のせいで。

 

「この目が死んでるのが比企谷。隊長はこいつでNo.2射手」

「目のことはいらない情報じゃないんすか」

「このほんわかお母さんがハイセ。No.5攻撃手」

「お母さんってなに」

「最後にこの武闘派オペレーターが夏希ちゃん」

「よろしく〜」

「なんか横山だけ普通じゃないすか?」

「よく考えろ。武闘派オペレーターって謎すぎるだろ」

 

確かに。戦うオペレーターとは。

 

「まぁいいや。よろしくな。えーっと、三雲と空閑は面識あるけど、最後のあの子は?」

「あたしは空閑くんもないんだけど?」

「まとめて紹介するよ。まずこのメガネくんは三雲修。この3人のチームのリーダーだ」

「よ、よろしくお願いします」

「んでこの白髪が空閑遊真。ポジションは攻撃手」

「よろしくおねがいします」

「最後に雨取千佳ちゃん。ポジションは狙撃手」

「よ、よろしくお願いします!」

「この3人でA級目指して玉狛第二のチームを組む。次のシーズンからランク戦も参加するから」

 

ほう、ランク戦に。A級目指して。

 

「んで?俺らをわざわざ呼んだってことはなんかしら俺らにやらせるんでしょ?なにすんすか?」

「さすが比企谷、察しがいい。軽くでいいからこいつらの相手してやってくれないか」

「え⁈」

「ほう」

 

はぁ?なんで俺らがそんなことせにゃならんのじゃ。こいつらC級だろ?ロクに相手になんねーだろ。そもそもまだ基礎を固める段階だろうに。

 

「無論チームで相手するんじゃない。まだみんなチームで戦ったことはないから比企谷達とやっても瞬殺されて終わるだろうしな。だから個人で相手する。あ、やるのはメガネくんと遊真だけな。狙撃手の千佳ちゃんはレイジさんと練習続けててくれ」

「はい」

「んで、ポジション的に比企谷はメガネくんと、ハイセは遊真とだ」

「これになんの意味が?」

「まぁとりあえずやってくれ。意味は後から伝える」

 

なんとなく釈然としないが、俺と佐々木さんは言われるがままトレーニングルームに入った。

 

ーーー

 

トリガーを起動し、戦闘準備に入る。三雲もトリガーを起動し腰からレイガストを抜いた。戦闘体の服が変わってるとこを見たところB級に昇格したようだ。

 

「お前、B級になったんだな」

「あ、はい」

「んで、今の師匠は烏丸?」

「はい」

「ポジション的にって言われたことから判断するに、お前射手?」

「はい」

 

となると、レイガストは盾か。

……それにしてもいくらB級になったとはいえ、今の三雲相手じゃ俺は本気出すまでもないんだがな…。

 

「俺も射手だ。トリガーはバイパーメイン」

「バイパー…」

「まぁ、使うトリガーくらいは教えとく。そうでもしなきゃ瞬殺しそうだし」

「……まぁ、そうでしょうね」

「んじゃ、無駄話はこんくらいにして、やるか」

「はい!」

「言わなくてもわかると思うが…」

「全力で、ですよね?」

「そゆこと」

 

わかってんじゃん。

さて烏丸、お前の弟子が佐々木さんに教わった時からどんくらい強くなったか見せてもらうぞ。

 

ーーー

 

五分もかからず10本取ってしまった。

……うん、まだ特訓初めてそんな経ってないしそんなもんだろう。元々素質はない方だし仕方ないよね!というより普通に弱いのに変に期待してた俺が悪いな!大人気ないな!

 

「比企谷くん大人気なーい」

「今反省してんだから言わないでくれ…」

 

どうも射手というのがどんなポジションであるのか、というのを教わった程度でまだどう動くかわかってないのだろう。

そして少し酷な話だが、こいつは相当努力しないとA級と渡り合うことはできない。頭は多分馬鹿じゃないから2年……いや、やりようによっては1年で防戦だけならできるようになるかもしれない。尤も、正面切って戦うのではなく嫌がらせと工夫を存分に発揮して漸く、といったとこだろうけど。

 

「どうだった?修くん」

「本人がいる前でそれ聞くのかよ」

「い、いえ…良ければ聞かせてください」

「…まぁ本人がそう言うならいいけどさ。ぶっちゃけて言うと弱い。動きはまだまだC級レベルで明らかに実戦経験が少ない。甘く見積もってもB級でも下の下だ」

「おお厳しい」

「ここで変にオブラートに包んでも意味ねーだろ。弱いことは自覚あるみたいだしな」

「ええ、まぁ…」

「とりあえずまずトリガーの扱いと射手としての経験を積むとこだろうな。どーせ詳しくは烏丸がやるから俺が言うことじゃねーけど」

 

そう考えると、なんで俺わざわざ三雲と戦ったの?こいつの場合実戦するにしてももう少し後だろ。基礎すらまだまともにできてねーんだから。

と、そこで扉が開き佐々木さんが出てくる。空閑も一緒だ。

 

「や、お疲れ」

「ども。んで?結果は?」

「9-1で僕の勝ち」

「まけました」

「なっ!」

 

三雲が驚いているが、そんなに驚くことだろうか。空閑は確かに戦い慣れしてるような感じがするが、それでもボーダーのトリガーにはまだ慣れていないだろう。その状態でやればそうなるのはさほど不思議であるとは思えない。

 

「いやぁ、最初に一本取れたんだけどその後全部やられてしまいましてな」

「空閑が……」

「お前、トリガーなに使ってた?」

「えーっと、スコーピオンだっけ?」

「そうだね。当然僕は空閑くんに合わせて剣一本でやったよ」

「なら当然だろ」

「え?」

「佐々木さんはスピード系攻撃手が一番得意だからな」

 

風間さんに鍛えられたんだ。スピード系攻撃手相手の経験値は一番多いだろう。

ちらと横を見ると三雲は未だに冷や汗を流しながら呆けている。

 

「なに驚いてんだ?」

「え?」

「お前の中では空閑がトップだったのかもしれんが、それより上がいるなんてわかりきってたことだろ。それとも空閑がいれば簡単にA級になれるとでも思ったか?」

「……い、いえ」

「そりゃ空閑がいりゃ多分B級下位にはいないだろうけど、中位レベルなら空閑がいりゃ勝てるってほど甘くねー。上位、A級なんてもっての外よ」

 

多分、迅さんは俺らとこいつらをあわせることによって現実的な実力差を見せようとしたのだろう。今の自分たちと現役のA級の実力差はこれほどだと。無論三雲達も簡単にA級になれるなんぞ思っちゃいないんだろうが、どれほど差があるかは実際にぶつからないとわからない。そして差が明確にわかったからこそやれることもある。それを教えたかったんだろう。

つまり、俺らはうまくダシにされたということだ。

 

「さっすが比企谷、おれが言おうとしたこと全部言ってくれた」

「よく言いますよ。そのために俺らを連れてきたんでしょ」

「まーな。ちゃんと目指す以上、差は知ってて損はない」

「それで心折れたりはしないんすか?」

「そんなヤワじゃないよ。メガネくんも、遊真も。そうだろ?」

「はい。差があっても、必ずA級になります」

「上の人がこんなに強いなら、やりがいがありますしな」

 

へぇ、いいメンタル持ってるじゃん。こりゃいつか上に上がってくるかもな。

 

「んじゃ、メンバーチェンジで」

「え?」

「俺が空閑とやる。佐々木さん三雲の相手で」

「ほほう」

「は、はい!」

 

そんなこんなでその後もバトルを続け、夜にはレイジさんと佐々木さんの作った飯をいただいた。

 

 

玉狛支部屋上

 

俺と佐々木さん、横山は佐々木さんの淹れたコーヒーを飲みながら雑談していた。

なぜこんな寒空の下屋上で3人集まっているかというと

 

「おっ、全員いるな」

 

迅さんに呼び出されたからだ。

 

「迅さん遅〜い。寒いんだから早くしてよね」

「ごめんごめん夏希ちゃん」

「で?一体なんのご用で?ロクな話じゃないんでしょ?」

「……お前みたいに勘のいい奴は嫌いだよ」

「そりゃどーも」

 

ハガレンネタ突っ込んでねーで早く言って欲しいんだが。

 

「………」

 

そして佐々木さんはなぜか迅さんの目を見て何も言わない。何かを察してるのかもしれない。

 

「……言うか言わないかですごく悩んだけど、言った方がその未来を回避できそうだから言わせてもらう」

 

 

 

 

「お前たち全員、このままだと死ぬ」

 

 

 

 

「死ぬ……?」

 

いきなり仕事先の先輩から死刑宣告された件について。

スレに書き込もうか。

 

「…それは、どういうこと?」

「今度、大規模な侵攻があるのは知ってるよな?」

「そりゃ、もちろん」

「そこでお前たちが死ぬ未来が見えたんだ」

 

俺たちが、死ぬ?

ボーダーは俺たち学生を隊員としているため、安全性に考慮したベイルアウト機能を持つトリガーを使わせてる。本部の外でのトリガーの使用を禁止されてるC級のトリガーにはベイルアウトはついていないが、俺たち正隊員にはついてる。つまり普通に考えてトリオン体がやられても戦場に本体が残ることはないのだ。

 

「……百歩譲って俺と佐々木さんは戦闘員だからわかります。でもオペレーターの横山も死ぬ未来が見えたんですか?」

「そうだ」

「……ちなみにどんな風に死ぬのかは見えました?」

「視えない。視えたのは比企谷と琲世が戦場で、そして夏希ちゃんが本部の中で死ぬビジョンだけ。どんな風にかは…」

 

……この話を聞いた以上、本来なら俺たちは大規模侵攻の時に参戦しないようにするのが吉だ。

だが俺たちはA級隊員。つまりはボーダーの主戦力だ。そんな簡単に抜けるとは言えない。そしてなにより、俺は大事なものを守るためにボーダーに入った。ここで逃げてちゃ意味がない。

 

「………有馬さんの言葉はこういうことか」

「え?ハッチ有馬さんからなにか聞いてたの?」

「この未来は聞いてなかったけど、A級0位部隊、通称『零番隊』に来ないかって言われてたんだ。俺たち全員に」

「父さんが……」

「最初はランクから外れてる俺たちへのただの勧誘かと思ったんすけど、どーもそうじゃないみたいだったんで。理由聞いてもすぐにわかる、としか言われなかった」

「……有馬さんを含めたボーダー上層部にはこの話は通してある。ちゃんとした話はおれからするって言ったから有馬さんは詳しく話さなかったんだ」

「……で、俺たちが死ぬ未来を回避するために俺たちを零番隊に入れよう、と」

「零番隊は色々と特殊な部隊だ。部隊つっても有馬さんだけだけど、それでも特殊部隊だから色々と特別な待遇になる。パワーアップすればお前たち全員の死の未来を回避できる確率が上がると思ったんだ」

 

だから零番隊に来ないかと勧誘してきたのか。

パワーアップすれば死ぬ未来を回避できる可能性は普通に考えて上がる。だがパワーアップすればそれで確実に回避できると迅さんは一言も言ってない。つまり実際はどうなるのかわからない。だから単純だが確実に効果があるであろう策として零番隊に入ることを勧めたのだろう。

 

ここまでよくわかってないのに俺たちが『死ぬ』ということだけはわかってる。つまり相手がなにをやってきても俺たちがなにをやっても『俺たち』が死ぬ可能性は高いということだ。

 

「………」

「これを言うために僕たちを玉狛に呼んだんだよね?」

「……ああ」

「…だいぶ勇気が必要だったんじゃない?」

「こんな死刑宣告みたいなこと、したくなかったさ。でもお前たち全員、誰1人として死んでほしくない。だから……」

 

迅さんはそう言って目を伏せた。

同じサイドエフェクトを持つ者だからわかる。持つ者には持つ者なりの苦しみがある。サイドエフェクトは人が持つ能力の強化版のようなもの。だが常人ならざる力であることは間違いない。人と違う力を持つというのは、良いこと以上に苦しみが大きい。迅さんのように未来が視えるなんて能力を持っていたらその苦しみは俺以上だろう。

俺は直感が鋭いだけだったから迅さんやカゲさん程の苦悩はなかった。使えるくせに苦悩も少ないとか恵まれてるのだろう。

 

「……ありがとう、迅くん。嫌な役目はいつも君だね」

「お前に言われたくないよ、お人好し」

「かもね」

「今後、お前たちがどうするのかはわからない。でも、おれだけじゃなく、たくさんの人がお前たちに死んでほしくないということだけは、わかってくれ」

「…わかってますよ」

「うん」

「………そうね」

 

零番隊に入るとしたら一時的とはいえこのチームは解散することになる。無論、終わった後に組み直せばいいが、そうした時俺たちはA級でいられる保証はない。一度解散してまた組み直した時にA級にしてくれなんていうのは、さすがにワガママが過ぎるだろう。いくら本部に貢献してるとはいえどうなるかはわからない。頼むだけ頼んでみてもいいが、それを納得しない人も出てくるかもしれない。

 

だから今後どうするかはしっかり考えていく必要があるのだ。

 

俺たちはなんだかんだで仲がいいと思う。だが仲がよくとも所詮は他人。思考回路も優先順位も違う。どうなるかはわからない。

 

 

俺は今後どうするかに頭を悩ませながらコーヒーを飲み干した。

 

 

悩ませつつもどうするかはわかっている。

 

 

でも理性的判断に対して、感情がついてくるとは限らないのだ。

 

 

比企谷隊が死刑宣告をされてから数日

 

一人の少女が総武高校の廊下を歩いていた。

そしてその少女は特別棟の最果ての扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

凛とした声が返ってきたため少女は扉を開ける。開けた扉の先にな髪を染めた少女と、絹のように艶やかな黒髪を持つ少女がいた。

由比ヶ浜結衣と雪ノ下雪乃。奉仕部のメンバーだ。

だが奉仕部の唯一の男性、比企谷八幡の姿はそこにはない。

 

「あら、綾辻さん。クリスマスイベント以来ね」

「遥ちゃん!やっはろー!」

「こんにちは、二人とも」

 

入ってきた少女は綾辻遥。現生徒会副会長だ。

 

「珍しいわね。どうしたの?」

「あ……えっと、八幡くん来てるかなって…」

 

そう言われた雪ノ下は目を丸くする。

比企谷八幡の幼馴染である綾辻は自分たちより過ごした時間は遥かに長く信頼も綾辻の方が上であると判断している。そのため自分たちよりも綾辻の方が比企谷八幡については詳しいはずなのだ。

 

「いえ、今日は来てないわ」

「そもそもヒッキー、今日学校にも来てないよ」

「そうなの?」

「うん。今日休みだった。ラインしたら『体調が悪い』って…」

「……そっか」

「大丈夫なの?」

「本人は大丈夫って言ってたけど…」

「…綾辻さん、貴女が比企谷くんのことで来たのはそういうことかしら?」

「いや……違うの」

「では、どうして?」

「その、最近八幡くんの様子が変で」

「変?」

「うん。いつ話かけてもなんか上の空で、どこか思い詰めてるように感じて。夏希にも聞いたんだけど、今はそっとしといてあげてって」

 

そう言う綾辻の手はわずかに震えていた。

そもそも比企谷の様子がおかしいことを夏希に聞いてできれば相談もしようと考えていたのだが、その夏希自身もどことなく元気がなく、普段通りに振舞っているように見えるが、親友である綾辻には空元気にしか見えなかったため、相談できなかった。

彼女に比企谷八幡のような直感はない。だがそれでもなにか嫌な予感というものは感じていたのだろう。

 

「昨日のヒッキー、普通に見えたけど…」

「そうね、特別おかしなとこはなかったように思えるわ」

「……そっか」

 

そう言って綾辻は俯いた。

その綾辻を見て由比ヶ浜は唐突にこう言った。

 

「ね、今からヒッキーの家に行って見ない?」

「え?」

「ゆきのんが体調崩した時も行ったんだし、ヒッキーのお見舞いにも行ってあげようよ!」

 

由比ヶ浜なりに綾辻に気を使ったのだろう。完全に思いつきであるのは明らかであったが、その気遣いに綾辻はわずかに救われた。

 

「どう、かな?」

「うん、行こう」

「ほんと!」

「うん。雪ノ下さんもどう?」

「ええ、私もなにかの役に立てれば」

 

そう言って3人の少女は夕焼けに染まる部室を後にした。

 

 

比企谷宅前

 

「へー、ここがヒッキーのおうちかー」

「見た感じ普通のマンションね」

「ここはボーダーが買い取って警戒区域内に自宅があって退去せざるを得なかった人たちに貸し出してる場所なの」

「え……じゃあ、比企谷くんは……」

「うん、退去せざるを得なかった人たちの1人よ」

 

そう言いながら3人はロビーに入った。

ロビーは雪ノ下宅のように高級感はないが清潔感には溢れており、普通に借りたらそこそこの値段がするマンションであることがわかる。実際は、かなり格安で貸し出されているが。

エレベーターで指定の階に登り扉の前まで来る。ネームプレートには『比企谷』と書かれておりここが比企谷八幡の自宅であることがわかる。

綾辻がインターホンを鳴らすが、中から反応はない。再び鳴らすがやはり反応はなかった。

 

「……反応、ないね」

「ええ……」

「でれないほど体調が悪いとか?」

「……そもそも体調が悪いのかもわからないし」

「どういうこと?」

「多分だけど、もし体調が本当に悪かったら小町ちゃんからなにかしらアクションがあると思うの。八幡くんのなんでも1人で背追い込む性格でもさすがに体調悪いのを小町ちゃんに隠したりはしないはず。その小町ちゃんからアクションがないってことは……」

「……サボり?」

「……ただ理由もなくサボるならいいんだけど」

 

最近の比企谷はなにかを抱えているのはわかったが、どうもそれを聞いてもいいのかがわからなくそのままにしてしまった。もしそれが今回の件の原因なら聞いておけばよかったとも思うが、今となっては後の祭りである。

 

「そうだ、佐々木さんなら…」

 

そう思い佐々木琲世に電話をかける。

 

『はい、佐々木です』

「あ、佐々木さん。あの、今はどちらに?」

『今は本部だよ』

「もしかしてそっちに八幡くんいますか?」

『いや、比企谷くんは来てないよ』

「……そう、ですか」

『……なにかあった?』

「実は……」

 

ーーー

 

『……なるほどね』

「あの、佐々木さんはなにか知ってますか?」

『知ってる』

「じゃあ!」

『でも、それは僕の口から言っていいことじゃない。それにその件は僕も、それに夏希ちゃんも関わっててね。比企谷くんも夏希ちゃんも君に言わなかったのは、自分なりの答えを見つけてないからだと思う』

「答え?」

『そんな誰にでも話せることじゃないんだ。僕はもう決まってるけどみんなが僕みたいになれるわけじゃない』

「……佐々木さんはもう決まってるんですね」

『うん。なにもできないのは、もう嫌なんだ』

 

その言葉を聞いてなんとなく今後起こりうる大規模侵攻のことだと察したが、詳しくは全くわからない。

 

「……そうですか。わかりました、ありがとうございます」

『なにも教えてあげられなくてごめんね。でもこれは僕たち自身の問題だから、自分で考えなきゃいけないんだ』

 

そこで琲世は一度言葉を切った。

 

『でも、もしそれでも2人が助けを求めたら、力になってあげてね』

「…はい」

 

そうして電話を切った。

 

「………綾辻さん」

「遥ちゃん…」

 

佐々木から突きつけられた事実は、自分はなにも知らないということだった。

だが助けられるなら助けてあげて欲しいとも言われた。今まで散々比企谷には助けられたのだ。ここで助けないでいつ助けるのだ。

 

「……場所は佐々木さんもわからないみたい。連絡もつかないから、探そうと思う」

「でも、どうやって?」

「八幡くんはボーダーの戦闘員。だから常にトリガーを所持してる。ボーダーは三門市内外に関わらずトリガーの行方を知ることができるからそれを使う」

 

そう言って綾辻はスマホを取り出し、ある人物に電話をかけた。

その人物はツーコールくらいで出た。

 

『私だ。どうした綾辻、私に電話をかけてくるなど』

「真戸さん、お願いがあるんですけどいいでしょうか」

『内容次第だ』

「八幡くんが今どこにいるかわかりますか?」

『比企谷?なぜだ。場所がわからないなら連絡を取ればいいだろう』

「電話もラインも出ないんです。学校にも来てなくて…」

『……なぜ奴が出ないのか事情はわからんが、連絡が取れないというなら仕方あるまい。だが奴がトリガーを自宅なり作戦室なりに置いて行っていた場合はどうすることもできん。いいな』

「はい」

『わかった。………レーダーを見たところ、警戒区域内だな』

「警戒区域?」

『ああ。奴のトリガーの反応はそこからする』

「……詳しい場所はわかりますか?」

『そこに行く気か?君はオペレーターだ。君の持っているトリガーはトリオン体になる機能しかついていない。もしトリオン兵に出くわしたら緊急脱出(ベイルアウト)することもできんぞ』

「…………」

『…………折れないか。全く、比企谷のことになると頑固なものだ』

「なっ!」

『ちょうど君のいる場所の近くに米屋がいる。予定がないなら、護衛として向かわせるように言おう。できなければ諦めろ』

「…あ、ありがとうございます」

『構わん。一度切るぞ。護衛できるようなら米屋に詳しい場所を伝えておく』

「はい」

 

それだけ行って通話は切れた。

 

「どうだった?」

「どうも、警戒区域内にいるみたい」

「警戒区域?なんでそんなとこにヒッキーが?」

「ボーダー隊員であることを考えたら不思議ではないけれど、防衛任務もないのに警戒区域内にいるのは少し変ね」

 

綾辻の中で一瞬最悪なことが思い浮かんだが、もし自らを命を絶つつもりで中に入ったならトリガーを持って行くはずがない。

 

「とにかく、連絡を待とう。もしかしたら米屋くんが護衛に来てくれるかもしれない」

「そうなの?」

「うん。私もトリガーはあるけど、戦闘機能はついてないから入るなら護衛がいるって言われて」

「ねぇ遥ちゃん。もしよねやんが護衛してくれたら、あたし達も入れるの?」

「ごめんなさい。警戒区域は原則一般人は立ち入り禁止なの。だから……」

「そっか…」

「仕方ないわね」

 

明らかにしゅんとした様を見せる由比ヶ浜と、仕方ないといいつつも少し悲しそうな雪ノ下。

2人の表情を見て少し胸が痛んだが、危険に晒すわけにはいかない。仕方ないと割り切ってもらうしかないのだ。

 

 

ーーー

 

 

数分後、米屋が綾辻達に合流した。

 

「おいーっす」

「やっはろーよねやん。久しぶり」

「おう、2人とも久しぶりだな。綾辻は本部で会うけどな」

「そうだね。それで…」

「わかってるよ。暁さんから聞いた。比企谷と連絡取れなくて、んで警戒区域内にいるんだろ?その護衛をすりゃいいわけだ」

「ごめんね米屋くん、急にこんなこと……」

「いいって。あいつがこんなことするって今までなかったしおれも心配だからな。しかし警戒区域内となると2人は…」

「ええ、わかってるわ。ただ私たちも彼が心配だから直前まではいいでしょう?」

「中に入んなきゃ大丈夫だろうな。んじゃさっさと行って、さっさと連れて帰ろうぜ」

 

ーーー

 

「ねぇよねやん」

「ん?」

 

移動中、由比ヶ浜は唐突に米屋に問いかけをした。

 

「よねやんとヒッキーっていつ知り合ったの?」

「あいつとの関係か。最初はどんなんだったかなぁ〜……おれがボーダー入って割と初期から知り合いだなぁ」

「よねやんってボーダーいつくらいに入ったの?」

「おれは二年くらい前かな。比企谷(あいつ)は三年くらい前から。だからボーダーでは一応先輩だな」

「思ったよりも最近なのね」

「まーな。ボーダー自体できたのが四年くらい前だし。ボーダーの前身ならもっと前からあったらしいんだが、詳しくは知らん」

 

ボーダーの前身、旧ボーダーは空閑遊真の父親である空閑有吾が所属していた組織である。そこには司令である城戸や本部長の忍田、玉狛支部長の林藤も所属していた。その話は綾辻も知っていたが、旧ボーダーがどのようなものだったのかは知らない。

 

「どうやって比企谷くんと知り合ったの?」

「おれがC級の時に二宮さんにしごかれてるとこを見たのがファーストタッチかな。その頃はもうあいつは正隊員だったけど、それでも二宮さんの指導は受けてたらしいから」

「二宮さん?」

「ああ、比企谷の師匠」

「へー!ボーダーって師匠とかあるんだ!」

「まぁ戦闘するからな。日常じゃ戦闘なんてする機会ないに等しいから最初はみんなわかんねーもんよ。おれもわかんなかったし、最初は。でもみんながみんな師匠いるわけじゃないけどな」

「よねやんは師匠いるん?」

「おれはいねー。ランク戦って練習試合やりまくって強くなった」

「へー!」

「つまり、全部独学で?」

「全部って言うとちょっと違うかな。ランク戦の相手に終わった後にここあーすりゃ良かっただの、ここ良かっただの言い合ったりしたり、仲良いやつで自分に持ってないもんを持ってるやつに教えてもらったりとかはあるな。完全に独学じゃねーさ。そこまで頭良くねーよおれ」

 

事実ボーダーには師匠を持たず経験とアドバイスだけで強くなる隊員もいる。米屋とよくランク戦を行う緑川や、琲世に教えをよく受ける熊谷などがいい例である。

 

「ねぇ、よねやんとヒッキーどっちが強いの?」

「そりゃ比企谷よ。認めるのはちょっと癪だけどな。残念ながらあいつとの戦歴は完全に負け越してるからな」

「米屋くんもA級よね?その米屋くんよりも強いの?」

「そりゃもう。そういや公式サイトではチームランキングは出ても個人ランキングは出なかったな」

「それが、なにか?」

「あいつ、射手ランキング2位で総合ランキングは5位だぜ」

「そ、そんなヒッキー上なの⁈」

「ああ。あの死んだ目しながらも頭はキレるし、ダルそうに普段はしてるけど戦闘での動きはすごいもんだ」

「へぇ、あのヒッキーが」

「あいつは俗にいう天才だ。一位の太刀川さんもだけど、あいつはあいつで十分化け物だ。ぶっちゃけ、普通にやってたらおれはいつまでもあいつに勝てないだろうな」

 

そういう米屋の横顔はわずかな悔しさと憧れ、そして友人を誇らしく思う感情に満ちていた。

米屋にとっても比企谷は大切な友人なのだということが米屋との関係が浅い二人にも理解できた。

 

そしてそんな会話をしていると警戒区域付近に到着した。警戒区域付近にも一応人は住んでいるが、駅周辺や三門市中心部と比べるとどうも人は少なくどことなく寂れた様子がある。

 

「そろそろ警戒区域だな。ここから先は危険かもしれんから、二人はここまでだな」

「残念だけど、仕方ないね」

「そうね。じゃあ米屋くん、綾辻さん。比企谷くんをよろしくね」

「よろしく!」

「うん。連れて帰ったら連絡するね」

 

そう言って雪ノ下と由比ヶ浜は帰っていった。

 

「さて、行くか」

「うん」

 

二人はトリガーを起動し、警戒区域に入った。

 

 

真戸の送る位置情報を頼りに二人は警戒区域を進む。警戒区域は捨てられて長く放置された家から警戒区域周囲をはるかに超える寂れた雰囲気が立ち込めていた。

街灯は部分的に着いているが、それもどれも弱い光でありそれが暗い雰囲気をより際立たせていた。

 

「もう日が沈むな〜。さっさと比企谷見つけて帰らねーと」

「そうだね」

「真戸さんが送ってくれる位置情報はずっと動いてないみたいだ。最初に感知した時からずっと」

「…………」

「……なぁ綾辻、この場所って」

「……うん、多分間違いないよ」

 

二人に送られた位置情報の場所は、見覚えがあった。特に綾辻は過去に何度も行った場所である。間違えるはずがない。

 

「しかし比企谷のやつ、誰にも連絡寄越さずこんなとこになんでいんだ?」

「わからない。でも、八幡くんはいつも一人で抱え込むクセがあるから……」

「だいぶマシになったって思った矢先これかよ、ったく」

 

バカが、と小さく米屋は呟いた。

 

ーーー

 

しばらく歩くと、目的地が見えてきた。

 

その場所はある一軒家だった。そして表札には未だに名前が入っていた。

 

比企谷

 

つまり比企谷は旧比企谷宅にいるということだ。

 

「………やっぱか」

「そう、だね」

「……おれはここにいる。綾辻、比企谷のとこに行ってやれ」

「え?」

「こういうのは、サッサンとか横山以外ならお前が一番だろ」

 

そう言って米屋は玄関の段差に腰かけた。どうやら行く気はないという意思表示らしい。

 

「……うん、行ってくる。ありがとう」

「へーきへーき」

 

手をヒラヒラ振りながら米屋は手にスコーピオンを出し、くるくる回し遊び始めた。

その様子を尻目に綾辻はドアを開く。鍵はかかっておらず、中は長らく放置されているはずなのに埃は溜まっていない。彼や、彼の相棒がこまめに掃除に来ているからだろう。

 

土足で上がるようなことはせず、綾辻は家に上がる。

リビングにも玄関にも物は置いていない。彼が引っ越す際持ち出せるものは全て持ち出したからだ。それを手伝ったのももはや遠い昔のように思えてしまう。

 

念のため一階を見て回ったが、やはり彼の姿はない。

 

二階に上がり、一番手前にある部屋の扉を開く。そこには二つのベットが置かれており、ベットの直ぐそばの鏡台には彼の両親の写真が立てられていた。

 

「………」

 

ここは彼の両親の寝室だ。ここも放置されてる割には綺麗に保管されている。そしてここにも彼の姿はない。

 

次の部屋の扉に手をかける。そこは彼が溺愛する妹部屋だった場所。ここにはなにも置かれていない。引っ越す際に全て持ち出したからである。そしてここにも彼の姿はない。

 

彼の妹の部屋を閉じると、最後の一番奥にある部屋に向かう。そこは彼の昔の部屋だった。

その部屋の扉を開くと、そこに彼の姿はあった。綺麗に掃除された部屋の真ん中に彼は寝っ転がっていた。見たところトリオン体でもないのに意識は落ちているようだ。

安堵すると同時に綾辻は彼をゆすり起こそうとする。いくら着込んでるとはいえ、こんなとこで長時間も寝ていたら風邪を引きかねない。

 

「八幡くん、八幡くん」

「ん……」

 

眠りはそんなに深くなかったのか、すぐに彼は起きた。

 

「……ん、あれ?綾辻?」

「おはよ。こんなとこで寝てると、風邪引くよ?」

「……わり」

 

彼は目を擦りながら起き上がり、綾辻はその隣に腰を下ろす。

 

「……綾辻、なんでこんなとこいんだ?」

「八幡くんと連絡が取れなかったから、心配で探しに来たんだよ」

「え、あれ?……あ、昨日スマホ充電し忘れてたから電源落ちてたのか」

「もう」

 

どうやら意図的に連絡を断とうとしたわけではなかったらしい。そのことに少し安堵するが、それ以上の疑問がまだ存在する。

 

「……八幡くんこそ、どうしてここに?」

「……………」

 

答えはしないが、言っていいのか迷ってるのはすぐにわかった。

 

「……私は、佐々木さんみたいに頼れないかもしれないし、夏希みたいに自信のある言葉で背中を押してあげることもできない。頼りないかもしれないけど、それでも、私は君の力になりたい」

 

まっすぐ比企谷の目を見て綾辻はそう告げた。一人で抱え込むクセのある比企谷も真摯に訴えればちゃんと対応してくれることを知っているからだ。真摯な相手を無下にするほど彼は愚かではない。

比企谷は綾辻から視線を逸らすと、窓の外に目を向けた。

 

「………あの四年前の侵攻がなかったら、俺は今でもここにいたのかな」

「え?」

「四年前の侵攻がなければ、親父と母ちゃんが死ぬこともなかった。だから、俺は今でもここにいたのかなって」

「……多分、そうだと思うよ」

「……親父は小町ばっかかわいがって俺に変な英才教育施すし、母ちゃんは俺の扱い雑だった。でも、ちゃんと俺を家族として見てくれた。だから、残されたとき、辛かった」

「………」

 

そこで一度彼は口を閉じた。言うべきなのか迷ってるのか、それとも他の理由なのからわからない。ただ、瞳には迷いが渦巻いているのはわかった。

言葉を待った時間はほんの数秒だった。しかしその間がとても長い時間に綾辻は感じられた。

 

そして次の言葉に綾辻は絶句する。

 

 

「俺、死ぬかもしれないんだとさ」

 

 

その言葉の意味がすぐに理解できなかった。

『死ぬ』

そう確かに言った。

 

「……え?」

「この前迅さんに呼び出されて、そう言われたんだ。俺だけじゃなくて、佐々木さんと横山も」

「夏希と、佐々木さんも?」

「うちの隊、みんな死ぬかもしれないんだとさ。それでその未来を防ぐために零番隊に入ることを打診された。このままいけば高確率で死ぬらしいからパワーアップでそうなる可能性を少しでも下げるためにな。佐々木さんはすぐに同意した。でも、横山は……」

「夏希は?」

「あいつ、普段の言動や行動から誤解されがちだけど、根っこはちゃんと女子なんだよ。そんなこと綾辻ならわかると思うけどさ。まだ17の女子がいきなり死ぬなんて言われたら、そりゃおかしくもなる」

 

確かに最近の横山の様子はおかしかった。どことなく上の空でなにか考え事をしてることが多く、無理やり普段の態度にしているように感じられたからだ。

 

「チームは零番隊に加入しても侵攻後A級最下位から再開できるようにはなった。でも、それ以前の問題なんだよな」

 

生きてなきゃチームもクソもねーからな。

 

そう呟く比企谷の目は虚ろで、恐怖が滲んでいた。

どうすればいいのか。

そう考えたが、どんなに考えてもいい言葉が思いつかない。

 

「………もういっそ、死ぬ気で戦うか」

 

自嘲するようにそう言う比企谷の言葉を聞いた瞬間、ふと綾辻は気がついた。

 

(ああ、そうか。八幡くんも怖いんだ)

 

先ほど比企谷は横山のことをまだ17の女子と言ったが、彼も同年代の青少年であることに変わりはない。まだ成人すらしていない青少年が死ぬと言われて平静でいられるはずがないのだ。

 

「ーーー」

 

それがわかったと同時に綾辻は目を伏せ、そして比企谷の手を握った。

 

「ねぇ八幡くん。八幡くんは、どこ行きたい?」

「……は?」

「どこか行きたいところはない?って聞いたの」

「………どこって、なんで急に」

「いいから」

「………強いて言うなら、沖縄。静かで綺麗な海に行きたい、かな」

「沖縄!いいね。首里城とか見て見たい!」

「俺は美ら海水族館と、あと古宇利大橋に行ってみてぇな」

「ジンベエザメのいる水族館だよね!古宇利大橋は綺麗な海にかかる大きな橋だよね!行ってみたいなー!」

「あと石垣島とかの離島に行くのもいいな」

「あ!私竹富島に行ってみたい!綺麗なビーチがあるんだって!」

「沖縄の他には北海道にも行ってみたいな。北海道の海鮮丼とか一度は食ってみたいもんだ」

「北海道!綺麗な夜景と美味しい食べ物!うわーすごく行ってみたい」

 

そんな風に話に花を咲かせている時の彼の顔は普段の彼に戻っていた。

 

「でも、なんで急にこんな話すんだよ」

 

話が一瞬途切れた時に比企谷は綾辻にそう聞いた。

綾辻は目を伏せ握った手にさらに少し力をこめる。

 

「……あのね、私は八幡くんに生きてて欲しいの。ずっと。私だけじゃない。夏希や、栞、ボーダーのみんな。それに雪ノ下さんや、由比ヶ浜さんも同じ気持ち。だからね……えっと……あれ?出てこないな……あのね……あれ?ごめん…言葉が出てこない」

 

そう言いながら綾辻は瞳から大粒の涙を流し始めた。

 

「まだ世界にはね、八幡くんが知らないことがたくさんあるんだよ。見てない光景がたくさんあるんだよ。それを経験しないでいなくなっちゃうなんて、勿体無いよ。君にはまだたくさんの可能性があるんだよ。それを無駄にしちゃうなんて、勿体無いよ。だからね……だからね…」

 

 

冗談でも、死んでもいいなんて言わないで

 

 

その言葉に比企谷は大きく目を見開いた。

そしてその目に宿るのは、後悔の色。

 

両親を喪い、残される辛さを知っているはずの彼が、その辛さを他人にも、そして唯一残された妹にも味あわせてもいい。そう言っているのと同義であったとわかったからだ。

先の発言が本気でなかったとしてもどれほど愚かなものなのかを彼は思い知った。

 

「……悪い」

「…………」

「俺は、また間違えたな」

 

後悔の念が大きく、自らの愚かさに腹が立ってくるほどだ。

そして、綾辻の言葉を聞いてようやく彼は自分の心を理解した。

 

「ああ、そうか」

 

「俺は」

 

「死にたくなかったんだ」

 

「俺にとって大事な人がたくさんできたから」

 

「残される辛さを知ってるから」

 

「俺は死にたくなかったんだ」

 

「でも、それがわかんなくなってここに来た」

 

「それで色々思い出して、綾辻の言葉を聞いてわかった」

 

「俺は」

 

 

 

幸せだったんだ。

 

 

 

落とした視線を日が完全に沈んだ窓の外に向け、そして綾辻に彼は向き直った。

 

「悪い綾辻、あんなことはもう二度と言わん」

「……ほんと?」

「ああ」

「……うん、それなら、許す」

「……サンキュ」

 

そう言いながら比企谷は綾辻にハンカチを渡した。

 

「…ありがと」

「いや、元はと言えば俺が悪いからいい」

「ふふ、そうだね」

「……俺は次の侵攻、参戦する」

「…………」

「心配なのはわかる。でも、俺は守るためにボーダーで腕を磨いて来た。ここで使わないのは宝の持ち腐れだからな。

でも死ぬ気はさらさらない。必ず帰ってくる。約束だ」

「……信じるよ」

「ああ。んじゃ行こう。どうやら米屋待たせてるみたいだしな」

「うん」

 

ーーー

 

「おっ、ようやく出て来たな」

「……わり、心配かけたみたいだな」

「いいってことよ、ラーメンで許してやる」

「……ああ、わーったよ」

「よっしゃ!帰るか!飯食ってこーぜ!綾辻もどうだ?」

「じゃあ、行こうかな」

「っし!比企谷の奢りなー!」

「あ、おい!…ったく」

「ふふ、奢らなくてもいいよ」

「いや、心配かけたのは事実だし、奢るさ」

 

幸い今は金あるし。

 

「そう?じゃ、お言葉に甘えて!」

「へいへい」

 

そう言いながら俺は米屋の後を追う。

 

今生きていることに

 

帰りたい場所があることに

 

大事な人が、自分のことを大事に思ってくれてることに

 

 

あらゆることに幸せを感じながら、綾辻とともに電灯の下で待つ米屋の元へ歩みを進めながら。

 

 




今回、15866文字も書いてしまいました。
月一でしか出せてないから、このくらいかいてもいいですよね?


八幡、吹っ切れる。


次回もよろしくです。
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