暑いですね。
作中では冬なためちょっと違和感。
58話です。
早朝
まだ日も登っておらず夜がまだ終わってないような時間に道場から音が響く。
そこには1組の男女の影があった。
「はっ!」
「ふっ」
女性の放つ掌底を男性は受け流し蹴りを放つ。その蹴りは女性が先ほどまでいた場所を通り過ぎる。躱した勢いを利用して手刀を女性は振り下ろす。振り下ろされた手刀を男性は受け止め手首を掴み、左手を突き出す。
「あ」
そんな間の抜けた声と共に女性は体勢を崩した。
「あー…負けました」
「ん」
男性はその言葉を聞くと手を出して女性を起こす。
「ねーちゃん、どうしたの急に。こんな朝っぱらから手合わせしてなんて」
男性の名は横山深夜。夏希の弟である。
弟の問いかけに対してなんでもないように答えた。
「んー?目が覚めたから」
「そんだけで俺を叩き起こしたの?」
「そー」
「ねーちゃん嘘下手だな」
「え〜そう?」
「ねーちゃんが俺に手合わせ頼む時はいつもなんか嫌なことがあった時か、どうしよもなくなった時だから」
「やれやれ、勉強はあんまできないクセにそういうとこは聡いんだから」
「勉強はカンケーねーだろ。そもそもそんな悪い順位じゃねーよ今は」
「あたしよりは下じゃん」
「うっせ」
そう言って夏希は笑うが、どことなく乾いた笑いに思える。
「……俺には話せないことなんだろうけどさ、下手に抱え込んでもいいことねーよ。ねーちゃん、抱え込むの下手だから」
「抱え込むの下手ってなによ」
「抱え込める容量が少ないってこと」
その言葉に夏希はわずかに言葉に詰まる。
あまり抱え込む経験がない(というか性格的に抱え込むことができない)夏希は抱え込むことができない。最も近くで姉である夏希を見て来た深夜にはそれがよくわかっていた。
「ねー深夜」
「ん?」
「あんた、あたしがいなくなったらどう思う」
「は?」
「例えばよ」
「嫌だね」
「へぇ?喧嘩ばっかで、お世辞にも性格がいいとは言えない姉でもいなくなったら嫌なんだ」
「ったりめーだ。家族だろ」
「……そーね」
「それに、まだねーちゃんの全力に勝ったことねーからな。勝ち逃げなんてさせるか」
「今あたし負けたんだけど?」
「明らかにぼんやりしてたねーちゃんに勝っても嬉しくねーよ」
そう言いながら深夜は倒れたままの姉を引っ張り、起こした。
「ねー深夜」
「ん?」
「ありがと」
「ん」
そう言って深夜は夏希にタオルを投げた。
*
俺が学校をサボった翌日の昼休み。
俺は戸塚と二人で飯を食っていた。そして昼練習の戸塚はジャージ姿であった。うん、眼福ですな。
戸塚だけでなく由比ヶ浜と雪ノ下にも昨日のことは当然聞かれたが、もう大丈夫とだけ伝えた。ちゃんと真摯に目を見て。そうしたら安心したようによかった、とだけ言った。その安心したような笑顔に対してなにも言えないことへの罪悪感を少しだけ感じながらも、俺も安堵した。
一方、葉山の件は進展がない。まぁ、昨日はサボったし当たり前ではあるのだが、思いの外葉山は自分の進路を一切誰にも詳細を伝えてないようだった。
葉山の件で進路のことを思い出し、進路のことを話題に出して見た。戸塚はどのような進路を考えているのだろうか。
「進路かぁ。せっかく長くテニスやってるし、それに関わることができたらいいなぁ」
テニスに関わる学問というと、スポーツ科学とかだろうか。俺はもう一択だったから他の進路についてはよく知らない。
「なら推薦とかはないのか?」
「そんなのごく一部だよ。うちの学校でスポーツ推薦が取れるのは葉山くんくらいじゃないかな?それに八幡ならボーダーの推薦とかないの?」
「あるにはあるが、あんま使いたくねーんだよな」
「なんで?」
「ボーダーというか存在を利用してる感じがして」
実際は両親の死を利用してる、なのだがそれを伝える必要はないだろう。
「ふーん。あ、みんな!そろそろ解散で!また放課後ねー!」
戸塚がそう声をかけると、部員達は皆返事をして帰る準備を始めた。
ほう、思った以上にちゃんと部長してるんだな。
「えへへ、似合わない?」
「いや。だけど思った以上に部長してるんだなって」
「結構ちゃんとやってるでしょ?ちょっと頼りないかもだけど」
「…いや、頼れるさ。どうなるかはわからんが、近いうちに頼るかもしれん」
「うん」
その言葉を聞き、時計を見るとあまり時間はなかった。
「そろそろ戻るか」
「うん」
*
放課後、部室になぜか一色がいた。
「え?なんでいんのお前」
「先輩遅〜い!って、あ、先輩今日の昼休みいませんでしたね。知ってるわけないか」
「だから、なんだよ」
「今日ね、卒業生が来て進路相談みたいなのをやるんだって」
「はぁ。で、なんで俺には伝えられてなかったの?」
「急ぎで伝えるようなことでもなかったからよ。いつも通りの時間に来るなら十分間に合うから必要ないと思ったの」
よかったーこれで忘れられてたりしたら自殺するとこだったわー。
しかし、卒業生ね。嫌な予感しかしない。卒業生つったら必ずあの人が来るだろ。
「そか。ならいい。んで、具体的にはなにやんだ?」
「主に会場の設営です。その後の相談は卒業生の
「俺はいいよ。相談相手は間に合ってる」
「あ、そういうのいいですから別に」
「なんでだよ……進路相談相手くらいいるわ」
「まーたボーダーで、ですかー?」
「悪いかよ」
「本当に学校ではぼっちなんですね」
「ほっとけ」
その通りだよ。
と、そこで綾辻がいないことに気づく。
「あれ、綾辻は?」
「今日は卒業生の方の対応をしてもらってまして、で、その後は防衛任務だそうです」
「そうか。んで、その卒業生は?」
「もうそろそろ到着するはずです。綾辻先輩から連絡あったので」
「お、比企谷くんじゃーん。ひゃっはろー」
そう軽快に言いながら現れたのは、魔王雪ノ下姉だった。
「よーし、さっさと設営終わらせっか」
「ぶー、また無視ー?お姉さん傷ついちゃうなぁ」
「一色、これどーすんだ」
「先輩ガン無視ですか。いいんですか」
あの魔王と話していいことなんぞありゃしねぇ。どーせいつか無理やり話さざるを得ない状況になるから無視できる間は無視してやる。
「もう、本当に酷いね比企谷くんは」
「貴女と関わってロクな目にあったことがないんで」
「心外だなぁそれは」
「…………」
「ま、いいや。それで?比企谷くんは進路どうするの?」
「国立文系です」
「国立文系か。そうなると、私よりもう一人の方に話を聞いた方がいいかもねー」
もう一人?誰だ?佐々木さんか?
「一色、もう一人って?」
「はるさん先輩と同じ年に、国立三門大学に入った人です。法学部の方でしたよ」
「名前は?」
「詳しく伺ってないんですよ〜」
こいつ雪ノ下姉の名前のインパクトが強くて忘れやがったな。
法学部………なんとなく察したぞ。少なくとも俺が知ってる法学部は二人しかいないし。
「雪ノ下、いつまでも入り口に突っ立ってるな。邪魔だ」
「お、二宮くん。ひゃっはろー」
入ってきたのは、俺の師匠である二宮さんだった。
正直意外ではあった。姉ノ下が来たから、この人とまともに付き合える加古さんかと思ってたのだが。
「二宮さん」
「ん、比企谷か。なにをしている。お前が進路の相談なんぞ受けるとは思わんが」
「それは否定しません。進路は固まってますから」
「じゃあなぜいる」
「奉仕部の依頼で、会場の設営の手伝いっす」
「ああ、お前の入ってる部活の活動か。なるほど」
「呼ばれた卒業生って二宮さんだったんすね。正直来るタイプじゃないと思ってました」
「そうだな。だが世話になった教師に来てくれと言われたんでな」
「世話になった教師?」
まさか平塚先生?
「過去の担任だ。一応言うが平塚ではないぞ」
なぜわかる。エスパーか。
「じゃあ誰ですか?」
「真戸呉男。ボーダーの開発室副室長真戸暁の父親だ」
ああ、あの目がすごい人か。
「ヒッキー、知り合い?」
二宮さんのことをなにも知らない由比ヶ浜達が不思議そうに俺を見ていた。視線に敏感なぼっちなのに気づかないとは、ぼっち失格だわ。
「ああ。ボーダーでの俺の師匠、二宮匡貴さん。国立三門大学法学部2年だ」
「へぇ!この人がヒッキーの師匠なんだ!」
「驚いたわ……」
「へぇ…先輩にこんなすごそうな師匠がいたんですね」
「二宮だ。卒業は
「もう、みんな私に当たり強くない?」
自業自得だろうに。
一通り雑談を終えると、そこで雪ノ下が姉に向き直った。
「姉さん、聞きたいことがあるの」
ーーー
「隼人の進路〜?なんだそんなこと?」
「なにか知っているの?」
この魔王のことだ。知らないなんてことはないのだろう。某眼鏡の巨乳委員長並みに物知りだし。いや、あの人が知ってるのは知っていることだけか。
「自分でやるようになったと思ったら、まーた人に頼る。ちっちゃい頃はそれも可愛かったんだけどね」
人に頼ることのなにがいけないのだろう。人間誰しも人に頼りながら生きているのだし、知らないことを他人に聞くのは人として当たり前だ。
だがこの魔王はそれを否定し、そしてそれが当然のことであるかのように振る舞う。普通の人がそれをやっても強がりにしか聞こえないが、この魔王がやるとその通りに思えてしまう。それが魔王たる所以だろうか。
「自分でよく考えなさい」
やはり、この人は魔王だ。
ーーー
進路相談には多数の生徒が来た。2年の冬となり、やはりみんな受験を意識しているのだろう。
理系志望の生徒は主に姉ノ下さんのとこに、そして文系志望は二宮さんのとこに多く見られる。姉ノ下は持ち前の強化外骨格の仮面を着けて愛想を振りまきながら進路相談を受け、二宮さんは表情こそ動かないが的確なアドバイスをしていた。
そして進路相談はつつがなく進み、時間終了の五分前にはもう生徒は残っていなかった。
「……もう来そうにないですねー」
「まぁ十分人きたし、相談時間も結構取ってたからそんなもんじゃねぇの?」
「そうね、なら少し早いけど切り上げましょうか」
「そうですね。じゃあみなさん、片付けに入りましょう!あ、はるさん先輩、二宮先輩。本日はありがとうございました!」
「いいのいいの!よかったら、また呼んで!」
「………ああ」
二人の温度差すげー。絶対零度と太陽並みに温度離れてんぞ。まぁ二宮さんが愛想よくしてるのなんて想像つかないけど。
そんな二人の温度差に内心苦笑していると、二宮さんがこちらに来る。
「あとで本部に来るか?」
「え?ああはい」
「時間があればうちの作戦室に来い」
「はぁ、わかりました」
それだけ言うと二宮さんは帰っていった。
なんだろ。やらかした記憶はないんだが……。
そんなことにビクビクしながらも俺は会場の片付けに取り掛かった。
ーーー
「なんでいんだよ…」
「あら、随分なご挨拶」
俺はようやく仕事から解放され、本部に向かおうとしたところで、校門前で姉ノ下に捕まった。いやなんでだよ。
「駅まで送ってよ」
「お断りします」
「えー!いいじゃーん」
「これから本部行くんですけど」
「今休隊してるんでしょー?なら防衛任務もないだろうし、ちょっとくらいいいじゃない」
「………」
これはもう諦めた方がいいだろう。
ドラクエでも、他のRPGでもわかるようにボスキャラからは逃げられない。それがお約束なのだ。
「………はぁ、わかりましたよ」
「んじゃよろしくー!」
より一層、気が重くなるのを感じた。
ーーー
「比企谷くん、君は進路どうするの?」
「国立文系です」
「へー、二宮くんと同じなのね。正直君のことだから楽な私立文系にすると思ってた」
「経済的に余裕があればそうしてましたね」
「経済…?……ああ、そういえば君の家庭は…」
その言葉を聞くと俺は足を止めた。
「なぜあんたがうちのことを知っている」
今の言葉は俺の両親が既に亡くなっていることを知っている口調だった。つまりどこかで知ったということだ。
「あ、失言だったかな?」
どう考えてもわざとした失言であるのは確かだが。
「なぜ知っている。答えろ」
「私の情報網を甘くみないことだね。どうも君はこの事実を広めてないらしいから、私も広めるようなことはしないけど」
実際、知られたからどうということはない。しかし相手がこの魔王となると話は別だ。その状況を利用して、なにかしでかそうとしてもおかしくはない。
「………なら広めるようなことはしないでください」
「なんで?」
「別に不幸自慢したいわけじゃないし、同情が欲しいわけでもない」
「ふーん。ま、いいよ〜。私もわざわざそんなことしても意味ないし」
まるで俺の両親の存在が意味がない、とでもいいたいような言い草だが、さすがにそれは被害妄想だろう。この人は会ったこともない俺の両親を貶す意味はないと知っているから。
「そういえば、隼人は君になんて答えたの?」
「は?」
話が急に飛んだため、素っ頓狂な声が出てしまった。
「ほら、雪乃ちゃんが言ってたでしょー?隼人の進路について。君のことだからもう直接聞いたんでしょ?」
「ええ、まぁ…」
「なんて言ってたの?さっきの雪乃ちゃんの言葉から考えるに教えてはくれなかったんでしょ?」
「なんか色々いって教えてくれませんでしたよ」
「ふーん……隼人も期待してたのかな?」
期待……期待か。
どうだろう。あいつは俺に期待しているのだろうか。そもそもあの男が俺に期待するとは思えない。期待とは基本諦めからくる感情だ。俺があいつより優っているとこなど、そうないだろう。そういう意味での期待なら、葉山は俺に期待などしない。
自分に自信があるうちは、期待なんて言葉を軽々しく使うものではないのだから。
だがもし、俺の知らない葉山隼人がいて、その葉山から見たら俺より劣っているとこがあるとしたらどうだろう。今の魔王の言葉も間違ってはいない。
だがその葉山はなににおいて俺に劣っていると考え、そしてそれを俺に期待しているのだろうか。
それはきっと他の奴らではできない。俺やこの魔王にしか理解できていないことだ。
なら、あいつが俺に期待していることは?答えは自ずと見えてくる。
「…そうかもしれませんね」
「あら、なにに対して期待しているかは聞かないんだ?」
葉山隼人が比企谷八幡に期待していること。それは
「『見つけてくれること』、でしょう?」
「…ほんとに比企谷くんはなんでもわかっちゃうんだね。さすが琲世くんとよく一緒にいるだけあるね」
そういって皮肉げに姉ノ下は嗤った。
「なんでもは知りませんよ」
知ってることと、予想したことだけだ。
「…ふーん。ここまででいいや。もう駅もすぐそこだし、これから本部いくんでしょ?」
「ええ」
「じゃ、またね。ありがと」
そういうと魔王は颯爽と人混みに消えていった。
「………見つけてくれること、か」
葉山に僅かながら同情しながら、俺は本部に足を向けた。
*
本部
二宮隊作戦室
「失礼します」
「来たか」
二宮隊作戦室に訪れると、中には二宮さんがいた。犬飼先輩や辻はいないようだ。
「座れ」
「うす」
椅子を勧められて座ると、そこにジンジャエールが出された。
「あ、どうも」
ジンジャエールを一口飲む。口の中に炭酸の感触と、ほのかな甘さ、そして生姜の味が広がった。やはりジンジャエールはマッカンの次に至高。
と、そこで将棋盤が目の前に置かれた。え?なんで?修行時代思考回路における選択肢を増やすためにやってたけど。
「少し付き合え。久々にやりたい」
「……構いませんよ」
そういうと俺と二宮さんは駒を並べ始めた。
少しの間、俺と二宮さんの間には駒を並べる音のみが響いた。
ーーー
「お前、これからどうするんだ」
「え?」
対局を初めて20分。二宮さんにそう切り出された。
「どうする、とは」
「勘のいいお前がそれを聞くか」
「…………」
言ってることはわかる。
二宮さんが言ってるのは、大規模侵攻についてだ。恐らく、忍田さんあたりから俺が死ぬ未来のことを聞かされたのだろう。
「どうもしません。大規模侵攻には、参戦しますよ」
駒を進めつつ俺はそう答える。
「……死ぬ未来があってもか」
二宮さんも駒を進め、俺の歩を取った。まぁ、取られるようにしたんだが。
「ええ。俺がボーダーに入った理由は知ってるでしょう?」
「……ああ」
「それに、死ぬ気はないです。小町だけを残すわけにはいきませんからね」
飛車を進め銀将を取る。これで攻めやすくなった。
「…ああ、お前が決めたことだ。好きにしろ」
「死ぬ確率を下げるために零番隊に入ることにします。俺と、あと佐々木さんが」
「横山はどうした?」
横山と聞いて俺の手が少し止まる。
「あいつは……まだわかりません。まだ決めかねてるようで」
「……そうか」
あの手合わせした日、横山は結局結論を出せなかった。サポートとして出たい気持ちはあるのだろうが、死ぬことへの恐怖もそれに勝るとも劣らないくらい存在するのだろう。
前にも言ったが、あいつも俺も、そして佐々木さんもまだ学生。世間一般で言う子供だ。死ぬことが怖くないはずがない。
「横山といえど、死ぬと言われたら動揺するんだな」
「…あいつも、所詮俺と同じ子供ですから。しかも女性で」
「そうだな」
そういいながら二宮さんは角行を進める。
「横山がどうするかはわからん。恐怖がある以上、離脱もありえるからな」
「……そうですね」
「だがそれ以上に佐々木に気をつけろ」
「え?」
「佐々木は、危険だ」
なんで佐々木さん?
「あいつは人の本質を理解する事に長けているが、あいつ自身は自分のことをよくわかっていない。だからランク戦でも捨て身の攻撃を平気でやる」
……確かに佐々木さんは自身を囮に敵を倒しにいくことも、相打ち覚悟で敵に突っ込んでいくことも俺とチーム組んで間もない頃は多々あった。俺がチームリーダーとなり、指揮も全面的に行うようになってなりを潜めていたが、恐らくその癖は治っていない。
無論、無駄に突っ込むことはしない。それを行えば確実にやれると判断した時のみだ。
それでも、どことなく自棄気味なところがあるのは確かだ。
「……そうですね」
「あいつも死ぬ未来が見えた以上、そういった行動は控えさせるべきだろうな。無論、お前もな」
「…はい」
そういって俺は桂馬を動かし、二宮さんの玉を追い詰めた。
「詰みです」
「……ふー。負けました。やはりお前は強いな」
「……サイドエフェクトっすよ」
「……お前の直感が良い方向に作用することを願おう」
そう言うと二宮さんはジンジャエールを飲み干した。
二宮さんの佐々木さんに対する言葉が、頭の中で反響していた。
*
夜
本部から帰り、家に戻るとカマクラが珍しく出迎えてくれた。普段は小町しか出迎えてくれないのだが、俺の心労を察したのだろうか。
靴を脱ぎ、手洗いうがいを済ませると、夕食の支度を始めた。下ごしらえは済ませておいたからあとは焼くだけ。今日は鮭のホイル焼きだ。
「これでよし、と」
やることはやったため、あとは時間が経つのを待つのみ。
そこでカレンダーに目を移す。明日は特に何もないが、明後日にマラソン大会がある。正直、毎日走ってる俺にとっては日課がのランニングの距離が増えた程度の感覚でしかない。やろうと思えば恐らくトップ5くらいには入れるだろう。自分で言うのはアレだが、長距離は得意だ。陸上部と比べても負けない鍛え方はしているつもりだ。
「そういや、去年の一位は葉山だったな」
ふと葉山が去年のマラソン大会で一位だったことを思い出す。まさに『望まれた葉山隼人』を実演している。しかも二位とは結構差をつけていたはずだ。
「…………」
今回の依頼は葉山の進路がどちらなのかを知ること。だが葉山は意地でも教えないだろう。
ならどうするか。こちらの望む進路にしてもらうしかない。
だがどうやって?言うは易し、行うは難しだ。
必要なのは、あいつの今の状況において突っ込まれたくないこと、そしてあいつと二人でいられる状況だ。おや?今一瞬腐った気配がしたぞ?気のせいかな?気のせいだな。
だがその状況を作り出すことが簡単にできるだろうか。俺一人では恐らく無理だ。
ならどうするか?決まっている。
そう考えた俺は白いプライベート用のスマホに手を伸ばした。
*
翌日
学校もつつがなく終わり、本部に向かった。特に家でやることもなく、勉強もイマイチやる気にならない時は大体俺は本部にいる。
本部なら無駄に電気代を食うこともないし、ログを見返したりもできるし、漫画や本を読んで過ごすこともできる。なんという素晴らしき空間だろうか。
まぁ今は作戦室にこもらずぶらぶらしてるのだが。
しばらくぶらぶらしてると、ブース付近で弟子の那須に出会った。
「お、那須か」
「あ、比企谷くん」
「今日は調子いいのか?」
「悪くはないよ。普通くらい。防衛任務後なの」
「そうか」
「あ、そうだ。もし時間あるならランク戦しない?」
珍しいな、那須から練習試合ではなくランク戦を申し込まれるとは。
「私だって強くなってるんだよ」
「…わーった。やろう」
ここ最近、ろくにランク戦やってなかったしいいだろう。
「よっしゃ、ブース行くか」
「うん」
ーーー
『ランク戦、ステージ『市街地B』10本勝負開始』
アナウンスと共に転送が完了する。場所は毎回ランダムで変わる仕様にしてある。
今回はさらに特別ルールとしてレーダー使用不可にした。感覚と足で敵を探して戦うスタイルだ。これは俺が那須が弟子入りしてB級に上がってからやるようになったルールだ。これを行うことにより見えない狙撃手や隠れている相手への配慮や対応を磨くことが多少なりともできるようになるからだ。
「さて、と」
天候は普通に晴れ以外ならないようになっている。つまり黒い服の俺が見つかりにくくなる、ということはない。なんなら白い那須の方が見つかりにくい。まぁそれくらいはハンデにもならないが。
俺は走りだすと、壁や電柱を使って屋根に登る。相手を見つける際、上からの方が見つかりやすいからだ。尤も、こちらも見つかりやすくなるのだが。
フリーランニングで屋根から屋根に飛び移り、高い建物は壁を蹴るようにして登る。この感覚は一度覚えたら忘れないようだ。
少し高い建物の屋上に登る間に、視界の端に動くものを捉えた。
那須のバイパーだ。
「っと」
タイミングよく壁を蹴り上げ、屋上でバイパーをやり過ごす。
南から来たから、那須はそちらにいるだろう。
「撃ち合いなら、まだまだお前には負けねーよ」
そう言いながら俺は屋上から飛び降り、那須がいるであろう方角に向かってバイパーを撃つ。
無論適当に撃ったから当たるはずない。だがそれにより反撃の位置を掴むことができた。
「そこか」
グラスホッパーで加速しながら那須に迫る。飛んでくるバイパーは空中で体勢を変えるなりグラスホッパーで進路をズラすなどしてできるだけシールドを使わないで躱す。シールドを使わない理由として、シールドを使うとフルアタックにすることができなくなるからだ。射手は攻撃手や狙撃手と比べて威力が低い。少しでも火力を上げるには極力フルアタックで攻撃するのがいい。
といっても、それで攻撃を下手に食らうのは論外だ。シールドの発動を的確に見極めるのが大切だ。
建物と建物の隙間から、那須の姿が一瞬見えた。
「そこか。アステロイド」
威力高に振り分けたアステロイドを那須の進路であろうところに空中から建物を貫通させて撃ち込む。二宮さんと同等レベルのトリオンを持つ俺だからできることだ。
だが那須はそれを見越していたのか、アステロイドが撃ち込まれた少し前のとこからバイパーを放って来た。
そのバイパーをグラスホッパーで回避し、さらに着地と同時に弾を合成し、トマホークを放つ。これで獲れると思ったが、うまくシールドでガードしやり過ごしたようだ。
「あいつも強くなってんな」
四月くらいの頃なら多分今ので獲れただろう。だがそれをうまくやり過ごしたとなると、それなりにレベルが上がっているようだ。ポイントももう少しで9000になると聞いた。実力は上がっているのだろう。
だが、俺としても弟子に簡単に負けるわけにはいかない。この後那須よりも強いであろう敵と戦うのだろうから。
バイパーを放つが、那須は建物を盾にしながら持ち前の機動力で縦横無尽に駆け回りながらバイパーを放ってくる。鳥かごと呼ばれてる那須の全方位射撃だ。B級の射手の中でも那須が一目置かれている理由としてこの技の存在が大きいだろう。だが
「『
那須の全方位バイパーを俺は全てバイパーで撃ち落とした。
バイパーの扱いははるかに上手くなってる。だがまだまだお前には負ける気はしない。
「バイパー」
姿は見えないが、足音は少し聞こえる。菊地原ならもっとうまく聞きわけるんだろうが、あいにく俺のサイドエフェクトは超直感だ。別に聴覚は良くない。
直感で那須のいるであろうところに鳥かごをお返しする。これで那須は少し足を止めるだろう。
那須の位置、マップ、癖から次に那須が行くであろうところに仕込みをする。あとはそこに那須を誘導すればいい。
「アステロイド」
少し足を止めた那須に向かってアステロイドを放つ。うまくかわされたが、そちらに向かってさらにバイパーを放つ。
負けじとバイパーを放ってくるが、グラスホッパーで回避。
「メテオラ」
那須がメテオラを放ってくるが、メテオラの弱点として着弾しないと爆発しないことがある。そのため普通に回避すると目くらましにすらならない。メテオラの使い方はまだまだのようだ。
「メテオラはこう使うんだよ」
那須の周囲にメテオラをばら撒く。すると周囲の建物が爆発し砂塵を撒き散らす。
「!」
「アステロイド」
「シールド!」
砂塵で視界を塞いですぐにアステロイドを至近距離から放つがシールドで防がれる。
この距離ではトリオンが優ってる俺に分がある。それを那須もわかっているため、一度射線を切るため建物の陰に入る。
尤も、俺も那須も射線なんてものはいくらでも変えられるのはわかっているだろう。だからこそできるだけ細い路地に逃げ込んだ。俺の特性をよく理解している。
だがそう読むことを俺も理解している。
「バイパー」
那須の入った路地にすかさずバイパーを放つ。これによりさらに下がるだろう。
バイパーが入ってきたからこそ、注意はそちらに向く。
周囲への注意は少しだけ疎かになる。
那須が路地にから出てきた瞬間
足元が爆発した。
「足元注意ってな」
足が無くなり機動力を失った那須にアステロイドを叩き込む。シールドを貫通し、那須のトリオン体のトリオン供給器官を破壊し、那須はベイルアウトした。
「まず、一本と」
その後、俺と那須のランク戦は続き、9-1で俺が勝利したのだった。
ーーー
「うーん、まだまだ敵わないなぁ」
「一応これでも訓練は続けてるからな」
ランク戦後、那須とラウンジで休憩していた。那須は身体が弱い。トリオン体とはいえ、あまり無理はさせたくない。
「今回、結構本気だったでしょ?」
「ん、まーな」
「ようやく本気をださせるくらいにはなれたね」
「そう、だな」
弟子が強くなるのは師匠として非常に喜ばしいことだ。だが追いつかれたくはないのでこちらもより精進しなければ、と思ってしまうこともある。
「……ねぇ」
那須は突然、先ほどとは打って変わって真面目な口調で切り出して来た。
「ん?」
「最近、なにか思いつめてるよね。比企谷くんだけじゃなくて、夏希ちゃんも」
「………まーな」
「比企谷くんは今日見たところもう大丈夫そうだけど、夏希ちゃんはどうしちゃったの?」
……そんなあからさまにわかるほど俺も横山も思いつめてたのか。
「…ああ」
「あ、でも話せないことなら無理に話さないでいいんだよ」
「……ぶっちゃけ、聞いてもいいことねぇんだよなぁ。聞いたところで、どうすることもできないし」
「……そっか」
「話せないわけじゃねーんだが、聞いた結果無駄に気を使わせることになりかねないのが、な」
「………」
「……まぁ、いいか。多分いつかどっかで聞くだろうし」
「俺と佐々木さんと横山、つまり俺の隊は全員、近いうちに死ぬ可能性がある」
「……え?」
さすがに驚くよな。自分の近しい人がもうすぐ死ぬかもって言われたら。
「近いうちに大規模侵攻があるのは、知ってるか?」
「うん。本部から通達があった」
「そこで俺たちが死ぬかもしれないって迅さんに言われたんだ」
「……そんな」
「そんなこと言われりゃ俺や横山でも動揺する。最近思いつめてたのは、まぁそういうことだ」
頭をガシガシかきながらそう言った。綾辻の時もだったが、こう、知り合いの悲痛な顔は見てて気分のいいものではない。自分が原因となれば余計に。
「…じゃあ、比企谷くんはどうするの?」
「戦場に出ないって案もあったけど、俺はボーダーにとっても主戦力の部隊だ。だから戦場には出る。その代わり、少しでも死ぬ可能性を低くするためにできるだけパワーアップをするために、特殊部隊に配属させられることになった」
「特殊部隊?」
ボーダー本部最強の部隊、A級0位通称『零番隊』はA級しか存在を知らない。B級の那須は有馬さんが戦闘員であることすらまともに知らないのだ。
「まぁボーダーの本当の切り札の特殊部隊があってな。玉狛第一に近い。俺たちが使ってるようなトリガーではなく、ボーダー本部が独自に編み出したトリガーを使う部隊だ。普通のトリガーよりも個人の特性をいかしたトリガーを使えんだ。尤も、そのトリガーの製作には時間かかるけどな」
もう俺はある程度コンセプトを決めて真戸さんに依頼をしておいた。そしてもうほとんどできているらしい。なにあの人すごい。
そして佐々木さんはもっと早く依頼を出しておいたため、もう完成して試運転を開始しているとか。なにあの人すごい。
「俺は死ぬ気はない。小町を独りにさせられないからな。這いつくばってでも戻って来る。佐々木さんは初めから動揺してなかった。んで、横山なんだが…」
「夏希ちゃんは、なにかあったの?」
「あいつも結局女子高生だ。多分まだ踏ん切りがついてない。逃げるか、戦うか。そこは正直あいつが決めることだし、俺らがどうこう言うことじゃない。相談に乗るくらいはいいと思うが、強要することはできん。あいつが参加するって言うならできるだけ気をつけて、そして生き残ることを最優先にしてくれって言う。でも逃げたとしてもあいつは俺の隊の大事なオペレーターだ。侵攻後にまたよろしく頼むだけだ」
横山のことは横山が決める。俺がどうこう言うことじゃない。戦場に来ようが来なかろうがあいつは俺の大事なチームメイトだ。
「そっか。そうだね」
「悪いな、心配かけたみたいで」
「ううん。でも、絶対無事に帰ってきてね。勝ち逃げなんて許さないから」
「負けるつもりはねーよ。死ぬつもりもな」
そう言ったけどところでボーダーのスマホが振動する。
「……」
「どうしたの?」
「タイムリーなこった、全く」
相手は横山だった。
『どうするか決めたよ。作戦室来れる?』
ーーー
比企谷隊作戦室
「よ」
「よっす」
作戦室には既に横山がいた。佐々木さんの姿はない。
「佐々木さんは?」
「返事ないから、多分まだ見てないんでしょ」
「そーか」
暫しの沈黙。
「決めたのか?」
「…うん」
「どうするんだ?」
「あたし、零番隊のオペレーターになる。参加するよ、防衛戦」
「……いいんだな」
「うん」
「怖くねーのか」
「怖い。すっごく怖い。死ぬかもしれないってわかってるのに戦場に行くなんて、すっごく怖いよ。でもね、ここであたしが逃げてハッチやサッサンが死んじゃったら、あたしは一生あたしを許せないと思うの。きっとあたしが逃げても二人はなにも言わないし、受け入れてくれると思う。でも、あたしは逃げないよ。二人と一緒に、あたしも戦う」
実際に戦うわけじゃないけどね、と横山は頬をかきながらそう言った。
「要は死ななきゃいいんでしょ?」
「まーな」
「相手の邪魔をするデバイスを今真戸さんと急ピッチで作ってるの。邪魔できれば逃げる手助けにもなるでしょ?」
「は?マジ?どんなの作ってんだ?」
「簡単に言うとハッキングデバイス。相手のレーダーやビーコンに侵入して誤作動を起こさせるの」
「……トリオン使いそうなんだが?」
「デバイスにトリオン充填させておくから大丈夫よ。あたしだけのトリオンじゃそんなデバイス扱えないしね」
そう言って横山は笑う。
この選択が正しいのかはわからない。でも、横山は自分で考え、自分で選んだ。だから俺はそれに従う。
「結局全員参加か。俺らも大概バカだな」
「そーねー。あたしもそのバカの一人だわ」
「死ぬつもりはねーよ。まだてっぺんとってねーからな」
「侵攻後にまたチーム組むんだから、死なないでよ?」
「おめーだおめー」
そう笑いながら言い合った。
かくして、俺たちは全員大規模侵攻に参戦することを決めたのだった。
ーーー
ほぼ同時刻
佐々木琲世は一人で街を歩いていた。
「夏希ちゃんも決めたんだ。急いで向かおう」
スマホに映された通知を見ながら琲世はそう呟き、歩くペースを上げた。人が多いため下手に走ることはせず、迷惑にならないでなおかつ今出せる最高の速度で本部にむかった。
(夏希ちゃんはどうするんだろう。すごく怖がってたし、もしかしたら参戦しないかもしれないな。仕方ないことだけどね)
そう考えながら歩いていると
「ちょっといいですかぁ?」
そう声がかけられ、一度足を止め後ろを振り返る。
そこにいたのは泣きぼくろがある片目を髪で隠した青年だった。琲世よりも少しだけ背が高いが、全体的に柔らかい印象がある。
だがその目はどこまでも無機質で、冷たい目をしていた。
「…なんでしょうか」
その目に恐怖を覚えつつも琲世はそう聞いた。
「僕、最近この街に来たんですよ。それで一度ボーダー本部を見学してみたいと思ってましてね。それで声をかけさせてもらいました」
普通に聞いたらこの話はそうおかしいものではない。
だが、琲世には違和感がはっきり感じられた。
その理由として、なぜ琲世がボーダー隊員だとわかったのか。ボーダー隊員の中には顔を知られている隊員も数名いる。ボーダーの顔の嵐山隊や以前特集を組まれた那須などがいい例だ。
だが基本的にボーダー隊員の顔は公開されていない。名前は公開されているが、琲世はまだ名乗っていないため、彼が自分を佐々木琲世であると認識することはできないのだ。
「…なぜ僕がボーダー隊員だと思ったのですか?顔は公開されていないはずなのですが」
その違和感の正体を知るべく、琲世はそう問いかけた。
「たった今、ボーダーのマークがついているスマホを持っているじゃないですか」
「ただのボーダーファンかもしれませんよ?」
「もし違ったら謝ります」
「…確かに僕はボーダー隊員です」
「お、よかった。それでですね、本部の見学とかって…」
「基本的に本部は一般人は入らないようになってます。そのため隊員一個人の一存でどうにかはならないんですよ。もしどうしても本部を見学したかったら、上層部に連絡してみるといいですよ」
「そうなんですかぁ……まぁ仕方ないですね」
どうやら本部を見学したかったという言葉は本当らしい。あからさまに落ち込むのがわかった。
「本部って、あの大きな建物ですよね」
「ええ、まぁ」
「周囲が廃墟なのはネイバーがあの周囲にのみ出るように誘導されてるからって聞きました」
「そうですね」
「へぇ……すごいんですね」
「そんなに興味があるのなら、入隊試験を受けてはどうですか?」
「いや、いいです。そんなに長く滞在するわけではないのでして。あ、そういえばまだお名前を伺ってませんでしたね」
「……佐々木琲世といいます」
「僕は旧多
そういうと旧多二福と名乗った青年は人混みに消えていった。
「…………」
琲世は背筋に冷たいものを感じながらも本部に足を進めるのだった。
横山
誕生日 2月29日
身長177cm
現在中3。父親が副業で経営している道場に所属しており、所属してる門下生の中では一番強いが姉の本気には一度も勝てた試しがない。
姉と違い勉強はあまり得意ではないが、必死の勉強の末、総武高校を受験できるくらいには成績を上げ、今も受験勉強に励んでいる。がんばれ。
なんだかんだで勉強も運動もでき、ボーダーでもオペレーターとして活躍してる姉を尊敬している。常に姉の背中を追いかけているため劣等感を感じたりはするが、負けず嫌いなため必死に食らいつこうと頑張っている。いつか化けるタイプだと思われる。
なお、人間としては姉よりも遥かに常識人であり、自分より少し頭のいい彼女がいる。要はリア充。
顔はみなさんのご想像におまかせします。
詳細不明