目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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あけましておめでとうございます。

今回、ちょっと流血表現あります。苦手な方はご注意下さい。


64話です。


64話 彼女は立ち向かう『勇気』を手に入れ、彼は『恐怖』を覚える。

「……ジンさん?」

 

警戒区域

トリオン兵を排除しながら千佳を連れて本部に撤退をしている修と合流を目的として走る遊真は隣を走る迅の様子にわずかな異変を感じ取り声をかけた。

この侵攻が始まってから迅はいつもの飄々とした態度は崩さないまでも、どことなく表情が硬い。そしてその表情の硬さがここにきてさらに強くなったように感じられる。

 

「ん、どした遊真」

「いや、なんか様子が違うように見えたから」

「……そうか」

「なんかあった?オサムが危ないのか?」

「……いや、『メガネくんは』大丈夫だ」

「じゃあ、他の誰かが危ないのか?」

「…………大丈夫」

 

遊真はサイドエフェクトの効果でその言葉が本心ではないことを感じ取ったが、それを口に出すことはしなかった。仮に聞いたとしても、遊真がその人物を助けにいけるわけではないし、なにより迅が大丈夫と言ったのだ。どうすることもできない。

 

「……そっか」

 

それだけ言って遊真は口を閉じた。

 

迅のとこに入ってきた通信は、通信室に黒トリガーのネイバーが侵入したことを知らせる通信だった。

そして夏希に作戦室ではなく通信室にいるように仕向けてしまったのは、迅だった。なにしろ零番隊のオペレーターとなったため、形式上現在は比企谷隊は解散している。現在はA級0位部隊、有馬隊のメンバーなのだ。あまり気にする必要はないが、設備が整っていて、なおかつ夏希の開発したデバイスを十全に扱うには通信室の方が都合がいいのだ。

つまり、迅は有馬隊に夏希を入れて、間接的にとはいえ通信室に行くように仕向けてしまったのだ。

 

「…………」

 

迅の見る夏希にとっての最悪な未来が脳裏を掠め、さらにその表情を険しくした。

 

***

 

侵入した黒トリガーのおかっぱネイバーは一撃で通信室の壁を破壊した。壁際にいた隊員はそれだけで吹き飛ばされる。

 

「さぁて、遊ぼうぜネズミ供」

 

ここにいるオペレーター達はトリガーを持っていない者もいる。そのため攻撃を一撃でも受ければ間違いなく重傷、最悪即死だ。一応護身用トリガーや侵入者を排除するシステムはあるが、黒トリガーの前には無意味と言っても過言ではない。

 

エネドラがさらにもう一撃加えると、それだけで広い部屋が半壊した。特殊能力もさることながら、攻撃力も高いのは黒トリガー故だろう。

 

「なんだぁ?戦える奴はいねぇのかぁ?いねぇなら全員片っ端から切り刻んでやろうか?」

 

そういってもう一撃繰り出そうとした瞬間、エネドラの眼前に小さな筒のようなものが飛んできた。

 

「あ?」

 

エネドラはその筒を切り裂くが、その瞬間、凄まじい閃光と破裂音が響いた。

 

「うおっ⁈」

 

いくら全身が液体で、どんな攻撃も受け流せるエネドラの黒トリガーといえども、攻撃力を持たない閃光と破裂音は受け流せない。視界が白く染まり、耳はなんの音も拾えない。

 

(これは……フラッシュバンか?)

 

フラッシュバン

閃光玉、スタングレネードとも言われる、所謂目くらましだ。そこに音も加わっているためより効果が増している。

少しして視界が戻ってくるとさらにもう一つの筒が目の前に落ちてきた。それも切り裂こうとした瞬間、筒は大量の煙を吐き出した。

 

(煙?毒か?…………いや、これはただの煙。視界を奪うためのものか)

 

特に煙を吸い込んでもなにも起こらないし、なにをしてくる気配もない。そのためこの煙は本当に視界を遮るためだけのものなのだろう。

 

「へぇ、このオレから逃げるために攻撃力のないもので足止めしてくるたぁ無能なりに頭使ってんじゃねぇか」

 

スモークグレネードの煙を掻き分けて出ると、そこにはたくさんいたはずの人はほとんどいなくなっていた。エネドラの近くで倒れていた人間は残っているが、遠くにいた人間はもういなかった。

 

「まだ遠くにはいってねぇよなぁ」

 

倒れている隊員に興味は示さず、そう言って扉に近づこうとした瞬間、机の陰から一人の少女が飛び出してきて、筒を投げてきた。

再び閃光と破裂音がエネドラを襲う。

 

「チッ、うぜぇ!」

 

見えなくとも攻撃はできる。そう考えたエネドラは全身からブレードを発生させ無差別に攻撃を繰り出した。

 

「ちょっ!」

 

突然の無差別攻撃に驚きはしたが、夏希はどうにか通信室から撤退することに成功した。

さあ逃げるぞと起き上がった瞬間、背後からブレードが伸びてきた。

 

「っ!」

 

持ち前の反射神経のおかげでギリギリかわせたが、ずっとかわし続けることは不可能だろう。それは夏希が一番よくわかっていた。

 

「さっきの閃光はてめぇの仕業か、雌猿」

「まーね」

「あの閃光と煙に乗じて他の連中を逃したか。猿は猿なりに頭使ってんじゃねぇか」

「つまり、その猿に出し抜かれたあんたは猿以下ってことね。スライムもどき」

「はっ!口は達者じゃねぇか。猿がキーキー泣き喚いたとこでオレを倒すどころか足止めすらできねぇのによ」

「そうね。でも……」

 

夏希は懐から筒を取り出し、口でピンを抜いた。

 

「逃げるくらいはできんのよ!」

 

三度目の閃光が走った。だが三度目となるとエネドラも警戒しているし学んでいる。顔の前にブレードの壁を形成し、閃光を遮った。

そして閃光と共に夏希は走り出した。逃したオペレーター達から少しでも遠くに引きつけるためにオペレーター達が逃げた方とは逆方向に向かって全力で走った。

そして挑発した甲斐があったのか、エネドラは夏希を追ってきた。

 

「くっ…そ、邪魔!」

 

走っていると、オペレーターのトリオン体の標準装備であるパンプスは走りにくく、スカートも足の可動範囲を狭めているため邪魔になっていた。

夏希は曲がり角を曲がると後ろにスモークグレネードを投げて煙に乗じてパンプスを脱ぎ、スカートの横を破いて走りやすくした。

 

「おら!まだ逃げきれてねぇぞ⁈」

(はっや!)

 

もう少し距離があると思ったが、思ってた以上にエネドラは近くにいた。走りやすくして逃走速度が上がった夏希は手に持ったデバイスを腰に下げ、抜いだパンプスをエネドラに向かって投げつけた。

 

「なんだぁ?攻撃のつもりか?」

「華のJKの脱ぎたてほやほやのパンプスだ!喜んで受け取りなさいクソスライム!」

「はぁ?くくく……あの猿おもしれぇな」

 

エネドラは投げつけられたパンプスを切り裂きながら顔を笑みで歪める。

 

「あの強気が死ぬ間際に絶望に変わるのが楽しみだぜ」

 

そう言ってエネドラは夏希を追うべく動き出した。

 

ーーー

 

「はっはっ……」

 

夏希は息を切らしながらも走り続けた。通信室から逃した他のオペレーター達とは逆方向に逃げ、少しでも彼らが遠くへ逃げられるようにするために。おそらく鬼怒田あたりがすでに救護班を動かしているだろう。通信室でやられたオペレーター達も、救護班によって救出されるためにはあの黒トリガーをできるだけ遠くに引きつけなければならない。一刻の猶予もない者もいれば、すでに手遅れの者もいるだろう。それでも、助かる可能性がある人を助けるためにも彼女は今自分にできることを命懸けで行なっているのだ。

 

「……手持ちはあとこれだけか」

 

曲がり角で一度止まり、手持ちの装備を確認した。トリオン体故、体力はほぼ無限に等しいが、それでも走り続けるというのはきついものがある。特に夏希は今生命の危機だ。精神が張り詰めているため、精神力の減り方は尋常ではない。

残りの装備はポケットに入っている小さな筒、スタングレネードとスモークグレネードはそれぞれ2つずつ。もともと急ピッチで作ったため数もあまり揃えられなかった。

そして夏希の持つデバイスはジャケットの内側に入れてある。このデバイスは嫌がらせにはもってこいだが、この状況ではかけらも役に立たない。黒い玉のファイアウォール(的なもの)の解析は終了したが、この状況でハッキングはできない。

あとは、夏希が幼い頃から鍛えた武術があるが、トリオン体相手には効果が薄いし、そもそも的は黒トリガーの液体だ。せいぜい回避にしか使えない。

 

「どんな攻撃も受け流すって……ワンピースのロギア系能力者かって……」

 

液体相手にも攻撃が当たる覇気的なのないの?と呟きながら額の汗を拭う。

その瞬間、足元に振動を感じ、咄嗟に前に飛んだ。

転がりながらも体勢を整えて後ろを見ると先ほどまでいた場所には無数の黒い刃が生えていた。

 

「おーおー戦えない割にはいい感覚持ってんじゃねぇか」

「……っ」

「猿の割には頭も悪くねぇし、感覚もいい。動きもなんかしら鍛えてやがったのもわかる」

「……お褒めにあずかり光栄ね」

「反撃してこねぇとこを見ると、戦闘員じゃねぇのか。惜しいなぁ。素質さえあればそこそこ楽しめただろうに」

「…………」

「さてはてめぇ、トリオンがゴミだったな?」

「…………」

「くくく……あははは!どんなに素質あっても!根本的なとこがゴミじゃどうしよもねぇよなぁ!ざまぁねぇなぁオイ!」

 

そう言いながら夏希への嘲笑を続けるエネドラに対して夏希は無表情でエネドラを見据えた。

 

「そーね。確かにあたしのトリオンはゴミレベルよ。バムスターに捕まったらトリオン取られておしまいレベルのね」

「くくく、やっぱ雑魚か」

「でもね、一つ勘違いしてるわよスライム。あたしは初めっからオペレーター志願で入ったのよ!」

 

腰の入った投擲でスタングレネードを投げつける。

予想よりも速い速度に油断していたエネドラは反応できず目の前でスタングレネードを受けてしまう。

 

「うお!」

「勝手にあたしが戦闘員志望で、トリオンないからオペレーターになったなんて解釈すんなクソスライム!もっと頭使え!脳みそまでスライムか!」

 

そう言いながら夏希はトリオン体の身体能力をフルに活かして全力疾走した。既に戦闘員がこちらに向かっているという通信は入っている。あとは指定された場所まで引き付ければいい。

 

だが現実、主にトリガーの能力差というのは無慈悲である。

 

「調子に乗んなサルが」

 

侵攻が開始してから始めて殺意のこもった声をエネドラはあげた。

 

ーーー

 

順調、と言っていいのかは些か疑問ではあるが夏希は順調にエネドラを引きつけることはできていた。先ほどまでと比べると攻撃の頻度がかなり減っているのがわかるが、攻撃手段も防御手段も持たない夏希からしたら願ってもないことだった。

現在はトリオン体であるから身体能力が生身よりも高いため、逃げきれているが生身に戻ったら逃げ切ることはほぼ不可能だろう。スタングレネードやスモークグレネードはトリオンを使ってできたものであり、トリガーではないためトリオン体が解除されても使うことはできるがそれでも生身になってしまえばそれでほぼゲームオーバーだ。それをわかっているからこそ、夏希は全力で走り続けた。生身ではこれほど長く全力疾走を続けることなどできなかっただろう。

 

そして全力で逃げ続けた甲斐があったのか、目的地である訓練室を目視することができた。

 

「ラストスパート……!」

 

残り数十メートル。まさに目と鼻の先まで迫っている目的地を前に夏希はさらにスピードを上げた。これほどうまくトリオン体を操れるのは夏希が時々比企谷達とトリオン体で組手などをして遊んでいるからだろう。

だが、ラストスパートにかけてスピードを上げたことにより、エネドラは夏希の目的地がすぐそこの部屋であることを理解してしまった。

 

 

突如として夏希は右足の感覚がなくなるのを感じた。

 

 

突然右足が無くなったことによりバランスを崩してしまい、速度はそのままで地面を転がる。生身ならそれだけで全身擦り傷や打撲まみれになっていただろう。

夏希が右足を見ると、そこからはトリオンが漏れ出していた。そして地面からは黒い刃が生えていた。

 

「お前が行きたいとこはそのすぐそこの部屋だろ?だがその足じゃあもう辿り着けねぇなぁ」

「っ!」

 

木虎のようにスコーピオンがあれば足として代用できただろうが、オペレーターのトリガーにそんなものあるはずがない。機動力が下がった状態で黒トリガーから逃げ切ることは、オペレーターでは不可能だ。

 

「くっ!」

 

苦し紛れにポケットからスタングレネードを取り出し、ピンを外してエネドラに向かって投げたが

 

「芸がねぇなぁ」

 

破裂する前に受け流すようにして後方に投げられた。スタングレネードはエネドラの後方で破裂する。

その一瞬の隙で夏希はスモークグレネードを床に転がした。煙が視界を遮り、煙に巻き込まれたエネドラも夏希もなにも見えなくなる。

その隙に夏希は無理やり立ち上がりすぐ目の前の訓練室に向かって不恰好ながら走り出した。速度は遅くとても逃げ切れるものではない。だがそれでも、なんとかして訓練室に向かった。

 

だがその夏希の努力も虚しく、夏希のトリオン体の胸から黒い刃が突き出てきた。

 

「この程度、隙になったと思ったか?」

 

嘲笑が混ざった言葉を聞きながら夏希のトリオン体は破壊され、制服姿の生身に戻された。

生身にされたことにより、抑え込んでいた死への恐怖が大きく膨れ上がってきた。夏希とてまだ成人すらしていない少女。死への恐怖がないはずがない。

 

「はっ…はっ……」

 

足は震えて力が入らず、呼吸は荒く、腕にも力が入らない。歯はガチガチと音を立て、目からは光が失われていく。

 

「終いか。まぁ戦えない猿にしては楽しめたぜ」

 

そう言って嗤うエネドラを睨みながら、無理やり足に力を込め、床に落ちたデバイスを拾いながら走ろうと立ち上がり、走り出した。

 

「おっと、まだ動けたか」

 

その言葉と同時に黒い刃が夏希の足を貫いた。

 

「ゔっ、あぁ!」

 

鋭い痛みとともに赤い鮮血が散った。未だかつてない痛みに自然と涙が滲んでくるが、歯を食いしばって無事な左足を使い、痛みでろくに動かせない右足を引きずるようにしながら、ほんの数メートル先の訓練室に夏希は向かった。

 

「おおいいねぇ。根性あるじゃねぇか」

 

そう嗤いながらエネドラは左足も貫いた。

 

「いっ、あ!」

 

両足を貫かれ、血を流し、痛みで涙を流しながらも夏希は這いつくばって訓練室に向かった。

 

(あと、ほんの、2メートルくらい……そこまでいけば……いけば……!)

「そんなにそこいきてぇのか?ならいかしてやるよ」

 

そう言ってエネドラは夏希の腹を蹴飛ばし訓練室まで転がした。

 

「がっ…は……」

 

少量の血を吐きながらも夏希はエネドラを睨み続けた。せめて、心だけは屈しないように、負けないように。

 

「いい眼で睨みやがるぜ。まぁもう飽きたがな」

 

そう言ってエネドラは固体化させた刃で夏希の顔を切り裂こうとした。

咄嗟に無事な両手で身体を後ろに押したためその刃は夏希の顔を貫くことはなかった。しかし、避けきれず左目を瞼の上から切り裂かれてしまい、左半分の視界が失われた。

 

「おーおーまだやるか。でももう飽きたって言ったよな」

 

エネドラは無数の刃を作り出すと夏希に向けて狙いを定めた。

 

(ああ……これは……無理だ)

 

自分に向けられた刃を涙で滲む歪んだ視界で捉えながらそう他人事のように夏希は思った。

 

(……左目、大丈夫かなぁ。掠った程度だから、大丈夫だといいなぁ。……ああでも、ここで死ぬなら関係ないかぁ。あーあ、迅さんの予言通りか)

 

色々やりたいこともまだあった。外国に行くことや、日本一周。好きなバンドのライブとかにだってまだ行ったことないし、大学に行くためにもそれなりに努力してきた。

弟の入試も終わってない。仏頂面をしながらも姉である自分の力強く頭を撫でる行為を振り払おうとはしないあの素直じゃない弟を祝福してやることもできない。そう考えると無性にやるせなくなってくる。

 

「……ま、楽しかったけどね」

 

迫り来る凶刃を目にしながら、夏希は残っている目をゆっくり閉じながらそう呟いた。

 

「……ごめん」

 

たくさんの大事な人の顔を思い浮かべながら、夏希は一言そう言った。

 

 

 

「なにがごめんだ。てめーが死ぬのはまだ早えよ」

 

 

 

「え?」

 

突如聞こえた声に目を開くと、迫り来ていた黒い刃は、光の帯のようなものにほとんどが砕かれていた。

 

「ゾエ!」

「はいはいっと!」

 

残った刃も降り注ぐ銃弾によって砕かれた。

 

「ちっ」

 

再びエネドラは無数の刃を作り出し、夏希の前に立ちふさがった人影に向かって刃を繰り出した。

しかし人影は手首を軽く鳴らすと夏希には目で追うことすらできないほどの速さで腕を振り回し、光の帯のようなもので刃を全て砕いた。

 

「ああ⁈」

「トロいんだよ」

 

そう言いながら人影は光の帯でエネドラに斬りかかる。縦横無尽に駆り出される光の帯はエネドラの液体の身体を斬り裂いた。

 

「ちっ!」

「…あ?」

 

影浦はその瞬間に向けられた感情に一瞬違和感を感じたがすぐに気を取り直し、狙撃手に声を上げる。

 

「ユズル!」

『ん』

 

掛け声と共に放たれた弾丸はエネドラの胴体を吹き飛ばした。無論倒すのには至らないが、距離を取らせることには成功した。

 

「ゾエ、ナツキの奴を安全なとこに運んでやれ」

「うん。大丈夫?夏希ちゃん」

「ぞ、ゾエ……さん」

「もう、もう大丈夫だから。頑張ったね」

 

その言葉に夏希は涙を止めることができなくなった。嗚咽はあげないにしても、ただ静かに涙を流し続けた。そんな夏希を割れ物を扱うように慎重に北添は抱き抱えた。

 

「んだてめぇは」

 

仕留めようとした矢先に邪魔されたため、エネドラはすこぶる機嫌が悪くなっていた。そのため目の前に立つ男に殺意と殺気を容赦なくぶつけたが、目の前の男はまるで感じていないかのように自然な立ち振る舞いだった。実際は不快な感覚が男ーー影浦雅人の全身を襲っていたのだが、影浦はもう慣れたと言わんばかりの表情だった。

 

「あいつは俺の()のお得意様でなぁ。やられちゃあ困るんだよ」

「ああ?」

「それにダチでもあるんでなぁ。プルプルするしか能のないスライムごときにやられるのは癪なんだよ」

「素直に友達だからって言えばいいのに」

「うっせーぞゾエ」

『ほんとだよ。カゲさん素直じゃないんだから』

「ユズルもうるせぇ!」

 

がっしりとした北添の腕に抱かれながら、夏希は影浦の肩あたりにあるシンボルを見た。

そこに描かれていたのは、狂犬のごとき鋭い牙。そして『B-2』というナンバー。

かつては自隊と同じA級であり、不祥事により降格させられたが未だにその実力は健在である自由気ままな部隊。

 

B級二位、影浦隊だ。

 

「ナメてんのか、犬ごときが」

「御託はいいんだよ、能無しスライムが」

 

 

「「殺す」」

 

 

光る刃と黒い刃がぶつかり、火花を散らした。

 

ーーー

 

同時刻

司令室

 

「…………忍田本部長、お願いがある」

 

一人のオペレーターが声を上げた。

 

「私も参戦してもいいだろうか」

 

そのオペレーターは凛とした態度を崩さず、だがそれでいて殺気のこもった声を発していた。

その言葉に忍田は腕組みを解き、毅然とした態度で返す。

 

「……大丈夫なのか。君は既に引退した身だ。戦場からそれなりに離れていたはずだが」

「なに、心配には及ばない。エンジニアとして自ら開発したトリガーの試運転を自ら行っているのでね。まだまだ現役の者にも負けんさ」

「……しかしなぜ急に参戦する気になった。参戦する気はないと言っていただろう」

「簡単なことだ。私が開発した新たなトリガーの実験も兼ねている。黒トリガーにもある程度通じるとなれば、実用性も出てくるだろう。それに影浦隊は強いが、どうも脳筋な部分がある。彼らだけでは心配なのだよ。そしてなにより……」

 

そこでオペレーター、真戸暁は一度言葉を切ると一気に殺気を放った。

 

「私の愛弟子をいたぶり、弄び、挙げ句の果てには前途ある美しい女の顔に傷をつけた。万死に値する。私がこの手で殺さねば気が済まない」

 

その言葉には確固たる意志と燃えるような怒り、そして殺意が込められていた。これは忍田ですら冷や汗を流し、そして僅かではあるがたじろいてしまうほどのものだった。

 

「……いいだろう。影浦隊の援護に向かってくれ」

「ああ」

 

それだけ言うと真戸は司令室を出て行った。

 

「……し、忍田本部長」

 

そんな決断を下した忍田に声を上げるのは根付だった。

 

「なんだ」

「だ、大丈夫なんですか⁈エンジニアに向かわせて!今は本部内でもベイルアウトができない現状です!それなのに……」

「構わん。横山が身体を張って得た情報と彼らの実力、間宮隊の得た情報を組み合わせれば間違いなく勝てる。なにより、彼女の実力は私がよく知っている。頭もいい。問題ない」

 

それだけ言うと忍田は腕を組み直し、モニターに視線を戻した。

訓練室を爆破しながら現れた真戸にわずかに顔を綻ばせながら。

 

 

北添の腕に抱かれた夏希は医務室まで運ばれた。そこは夏希が囮になったおかげで生き延びることのできた隊員達で溢れていたため、非常に騒がしく、医療班は忙しなく動いていた。中には既に手遅れで、顔に布がかけられた隊員の姿もあり、その姿を見て夏希は北添の胸に顔を埋めた。

 

「すいません!急患です!」

「大丈夫ですか⁈……っ、これは酷い。見たところ臓器がある部分に外傷はないけど、顔色が悪い。血を流しすぎたな…。すぐに輸血の準備を!急げ!軽傷の者は申し訳ないが後回しだ!」

 

それだけ言うと医療班は輸血に必要な道具を取りにどこかへ走っていった。

その間に別の隊員がガーゼやら包帯やらを持ってきて夏希の傷の止血を開始した。左目からは相変わらず血が流れており、目が無事なのかどうかはわからない。両足は来る前に北添が布で縛ってくれたため大体血は止まっていた。

夏希は治療を受けながらも左手に持ったデバイスを放そうとはしなかった。

 

「夏希ちゃん……」

「……ゾエさん、助けてくれてありがとう」

「友達を助けるのは当たり前だよ。寧ろ、ごめん。ゾエさんたちが遅くなったせいで、君がこんなに傷つくことになって……」

「……あたしの命一つで、時間と情報が稼げれば……安いもんよ。それに……」

 

そこで言葉を切り、手遅れだった隊員の方に顔を向けた。

 

「……助けられなかった」

「……違う、違うよ。君のおかげでたくさんの人が救われた。救えなかった人もいる。でもね、君のおかげで助かった人はいるんだ。それに生きていればどうとでもなるけど、死んじゃったらそれまでなんだ。もう、強がらなくていいから。怖かったよね、ごめんね」

「……まぁね。本音は、怖かったよ。でも、でもね。きっと、みんなの方が今は怖い思いしてると思うの。だから、あたしはあたしにできることがしたかった。その時だけが、あたしがみんなと一緒に肩を並べていられる瞬間だから。みんなすごいなぁ……ベイルアウトあるとはいえ、怖くないのかな。あたし、今でも怖くて仕方ないよ」

「夏希ちゃん……」

「……でもね、あたしだけ逃げるのは……嫌だったの。それにどうもこういう性質(タチ)だから、無抵抗に殺される人を見るのは嫌だった。自分を犠牲にしても、救えないにしてもね」

「その心はすごいよ。誰にでもできることじゃない。でも、でもね……君が傷ついたら悲しむ人がいるってことを忘れないで」

「あはは……あたしも、サッサンやハッチのこと、言えないね。毒されたかなぁ」

「君は頑張った。だから、もうあとは任せてくれていいんだよ」

「……ゾエさん、やっぱサッサンに似てるね」

「サッサンほどお人好しじゃないよ、ゾエさんはね」

「かもね。でも、最後にこれだけはやらせて。これやったら、あとはおとなしくしてるから」

 

左目にガーゼを当てられ、そのガーゼを包帯で固定されて左目が完全に見えなくさせられた状態の夏希は、左手に持ったデバイスに比企谷が拾ってきた黒い玉を接続させた。

 

 

訓練室

 

「随分ハデな登場じゃねぇか、真戸サンよぉ」

「なに、北添が横山の保護でいない間この私がその穴を埋めてやろうというのだ。ありがたく思うといい」

「ケッ、開発ばっかやってんのに戦えんのか?」

「問題ない。少なくともあのスライムを殺す程度の腕は持ち合わせているさ」

 

そう言いながら真戸は銃を具現化させ、エネドラを見据える。

 

「おーおーまた猿が増えたなぁ。何匹で来ようがオレには勝てねえのによ」

「勝てない?なぜそう決めつける」

「あ?」

「お前の黒トリガー、確かに強力だ。高威力の攻撃、死角からの不意打ち、体内からの攻撃、さらにトリオン体は液体でどんな攻撃も効果なしときた。貴様の黒トリガーの特異性はまさに脅威、使い方次第では天災にも成り上がる。反則と言うべきものだろう。だがな、その特異性もタネが割れてしまえば対処は容易いものだ。黒トリガーといえども理不尽な高威力タイプではないからな。ましてここは貴様にとって敵の本陣。タネを割り出すことは時間の問題だ」

「猿ごときにどうにかできるもんじゃねぇんだよ!」

 

その言葉と共に黒い刃が繰り出される。それは先ほど影浦が砕いたものよりも硬度は低いが速度と物量は多い。それが一斉に真戸を襲った。並みの銃手ならそこで避けきれず終わっていただろう。

だが

 

「ふん」

 

真戸は手にしたアサルトライフルから放たれた弾丸で全て砕いた。

影浦に至っては砕くことすらせずにまるで来る場所がわかっていたかのように回避した。

 

「あ?」

「トロい攻撃だぜ、ったく」

「なんだ、この程度なはずないだろう?もっと全力で来い。でなければ殺し甲斐がないだろう?全力の貴様を叩き潰し、我々の力を見くびったことを後悔させなければ意味がないだろう」

「黒トリガーなんだろ?もっと楽しませろや」

 

そう言って真戸の銃と影浦のブレードがエネドラに向けられた。

 

「……調子に乗んなよ、猿共が!」

 

怒りの言葉と共に凄まじい威力の刃が訓練室を埋め尽くした。

 

***

 

「……」

「どうした比企谷」

「ん、いや……横山と連絡が取れん」

「あれ、横山隊室だろ?そんなことあるか?」

「いや、あいつも俺も今は零番隊だから通信室だ」

「通信室……?」

 

通信室、という言葉を聞いた瞬間米屋の顔色が変わった。

 

「なんだよ」

「通信室、さっき黒トリガーの襲撃受けたって蓮さんが……」

 

その瞬間、はらわたが煮えくりかえるような感覚に襲われた。言われていた予言が予言だけに、最悪の想像が脳内をよぎる。

条件反射で本部に向かおうとするが、出水が俺の腕を掴んで止めた。

 

「どこ行く気だ」

「…………」

「オレ達は今、C級の補佐に向かうように言われてる。それを無視すんのか」

「…………」

「お前たちの『予言』は聞いてる。でも、それでも今オレたちがやることはそれじゃないだろ」

「…………」

「大事な仲間だ。助けたくなるのはわかる。でもな、今お前が向かってもなにもできねぇよ。お前が到着するころにはもう全部終わってる。どんな結果だとしてもな。なら今やることは、言わなくてもわかるだろ」

「…………」

 

ああ、出水の言う通りだ。

わかっている。頭では。俺が今から向かってもここから本部では距離がある。だからどんな結果でも、俺が到着するころには全部終わってる。

だが理屈に感情がついてくるとは限らない。今にでも俺は佐々木さんと横山の元へ向かいたいのだ。

 

「お前の悪い癖だ。なんでも一人でやろうとする」

「そーそー。おれ達もいるんだからさ。本部にも腕利きたくさんいるんだし、もうちょっと信用してくれてもいいんじゃないの?」

 

わかっている。

本部には俺よりも腕利きの隊員がいる。先ほど太刀川さんは爆撃魚をぶった斬って新型狩りに出かけたらしいが、他にもA級、またはそれに匹敵する実力を持つ隊員がいる。その人たちに任せておけば大丈夫だろう。それに今から行ってもさっきも言ったように全部終わってからの到着になってしまう。

だがそれでも……俺が今まで戦えてこれたのは……。

 

「…………」

 

湧き上がる感情全てを理解することはできていないが、それら全てに理性がフタをした。

 

「……ああ、サンキュ。落ち着いた」

「いいって。ほら、いくぞ。C級はもうすぐそこだ」

「ああ」

 

そう言って出水たちは前を走り始め、俺はそれを追った。

 

 

後ろからなにか得体の知れない『恐怖』から逃れようとするように。

 

 

ただなぜかは知らないが、俺はその『恐怖』を

 

 

 

 

『懐かしい』と思った。

 

 

 

 




スタングレネード
別名フラッシュバン。ピンを抜いて一定時間経つと凄まじい閃光と破裂音により敵の視界をくらませ、音を聞き取れないようにする。使い方を誤ると自らの視界と音も奪われるため、ある程度遮蔽物があるとこでの使用が効果的。トリガーではなくトリオンを使ってできた武器故、トリオン体でなくとも使用可能。

スモークグレネード
ピンを抜いて一定時間経つと視界を奪うという効果のみを持つ煙を排出する。煙は無害で生身で吸い込んでも健康になんの害もない。煙の排出範囲は広くなく、風に飛ばされたりもするため基本屋内でしか効果がない。スタングレネード同様、トリオンでできた武器故、トリオン体でなくとも使用可能。

真戸暁
トリオン4
攻撃5
防御・援護7
機動7
技術8
射程4
指揮6
特殊戦術4
total 45

暁さん参戦。脳筋気味な影浦隊を支える頭脳となってもらうためサポーターとして頑張ってもらいます。エンジニアなので能力は控えめ。(それでもB級では普通に通用するレベル)

主人公、まさかの最後しか出てこない。
相方、今回出番無し。

次回もよろしくお願いします。
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