目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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令和一発めです。








68話 昨日の『味方』は、今日の『敵』である。

「……?」

 

ふとなにか嫌な感覚がしたため青年、風間蒼也は立ち止まった。

 

「風間さん、どうかしましたか?」

「もたもたしてる暇はないですよ。さっさと行きましょう」

 

部下である歌川と菊地原がこちらを見て声をかけてくる。二人が言っていることはわかる。主戦力である自分達がもたついているほどの余裕は今のボーダーにはない。ただでさえ敵の勢力は大きく数では圧倒的に負けている。加えて黒トリガーも複数確認できている。一刻も早く敵を排除していかなければならないのに、どうにも嫌な感覚が取れない。

風間には当然比企谷のようなサイドエフェクトはない。だがそれでもこの感じを無視していいものではないことが本能的に理解できた。わずか数年とはいえ、戦場にそれなりに長い時間身を置いたために身についた比企谷とは異なるタイプの『直感』なのだろう。

そして普段は軽薄でつかみ所のない男に言われた言葉を思い出した。その言葉がを聞いてしまった以上、この感覚を無視することは風間にはできなかった。

 

「……三上、佐々木は今どこにいる」

『佐々木さん、ですか?どうして……』

「迅に佐々木のことを頼まれている。比企谷ではないが、さっきから嫌な感覚が消えない。どうもこの感じを無視することができん」

『……わかりました。すぐに探します』

 

風間にしては珍しく理論的な理由を言われないことに少し不思議に思いつつオペレーターの三上は指示に従った。佐々木の捜索のためにそこで一度通信は切れる。

 

「風間さん、なにか佐々木さんにあったんですか?」

「あった、というよりは恐らくこれからある。迅に佐々木のことを頼まれている。なにかあいつにあるのだろう」

「なんでぼくたちがそんなことに付き合わなきゃならないんですか?佐々木さんだって仮にもA級だ。自分のことくらい自分でできるでしょう」

「本来ならそうだな。だがそんなこと迅にだってわかっている。それなのに俺に頼んだということは、佐々木単体ではどうしようもないことがあいつにこれから起きる未来が見えたということだろう」

 

俺の取り越し苦労ならいいんだがな、と付け加えて風間はそこで口を閉じた。迅から佐々木のことを頼まれた、とは言ったが具体的なことは一切言わないのは、迅が自分にしか言わなかったことに理由があるのではないか、と考えたからだ。

 

「佐々木さんになにかが起きるかもしれないんですね。ならば確認は必要なことだと思います」

「……ふーん」

 

歌川は納得したようだが、菊地原はどうも不服そうだった。もとより菊地原はあまり比企谷隊のメンバーと仲が良くない。というか単純に気に入らないのだろう。下手に邪険にはしないが、仲良くなる気はかけらも感じられないような接し方をするのだから。それは比企谷隊だけでなく迅が相手でも当てはまるのだが。

だがそれでも風間としては弟子である佐々木のことを放っておくことはできない。風間の直感は場合によっては取り越し苦労となるが、それでも確認くらいはとっておきたかった。

 

『風間さん!佐々木さんの居場所がわかりました!』

「そうか。それで無事か?」

『……それが、太刀川さんが同行してたみたいなので状況を聞いたのですが……』

「……なにがあった」

 

 

『……佐々木さんが、敵に乗っ取られたらしいです』

 

 

 

 

迫り来る赤黒い触手のようなものを刀で受け止める。凄まじい衝撃を受け切ることはできそうになかったため触手を刀で受け流し、衝撃をいなした。更に迫る触手をもう片方の刀で切り裂くが、すぐに再生した。

 

「旋空弧月」

 

旋空によって拡張されたブレードがさらに迫る触手を切り裂き、そのまま触手の本体まで切り裂こうとしたが、その刃は本体の持つ刃によって防がれた。

 

「そら!」

 

防がれた瞬間、もう片方の刀で旋空を放ち本体の脇腹あたりを切り裂いた。

 

「……再生しやがるか」

 

しかしベースとなったトリオン体の能力である『再生』によってその傷はすぐに塞がった。見たところ、単純な再生速度は『乗っ取られる』前よりも速いように見える。そこそこ深い傷だったため普通なら多量のトリオンが漏れ出し致命傷ともなり得たかもしれない傷だった。しかしそれほどの傷が瞬間的に再生した。つまりそれほどの再生速度を持つ敵に対してその速度を上回るほどの攻撃を浴びせる必要がある。

 

「滾るねぇ」

 

もとよりバトルジャンキーなとこがある太刀川はこのような状況であってもその戦意は削がれない。それどころか逆に燃えるのが太刀川であった。

 

そう、その敵が普段味方で仲のいい後輩であったとしても。

 

『…………』

 

目の前の敵ーー佐々木琲世はなにも言わない。ただ太刀川の前に立ち塞がっている。

 

「なんとか言えよ佐々木。お前はどうなんだ?」

『…………』

「チッ、だめか……完全に乗っ取られてんな。レプリカ、だっけ?あれどうなってんだ?」

 

全く反応を見せない佐々木に舌打ちをしながら、先ほど佐々木の味方であると言っていた豆粒のレプリカに佐々木が陥っている状況を聞いた。先ほどB級の少年を乗っ取っていた時とは明らかに様子が違う。もしこれほどまで性能を上げることができるのならば先ほどの少年の時にこうなっていてもいいはずだ。なのにそれはせず佐々木琲世を乗っ取った途端にこうなった。つまり、両者の間になにか決定的に違うことがあるのだろう。

 

『推測だが、ハイセのトリオン体はトリオンを回復できる。使い方次第では半永久的にトリオンを供給できる。それがあの状態を作ったのではないだろうか』

「もともとトリオンでけぇしな、あいつ。それが常にフルの状態だからあんなになるのか。んで、どうすれば止まる」

『……一番確実なのは、ハイセのトリオン体を破壊することだが、あの再生力がある以上簡単にはいかない。恐らくトリオン供給器官を完全に破壊するか、伝達脳を機能させなくすれば止まるだろう。だが……』

「……重要器官ですら再生する可能性もある、か」

『その通りだ。もともとのハイセのトリオン体は重要器官の再生まではできなかったが、黒トリガーの能力に乗っ取られて再生力が上がった以上そうなる可能性は高い』

「……厄介だねぇ」

『だが他に方法がないわけではない』

「へぇ。だがそれを言わなかったってことは……」

『そう、それを実行するにはタチカワだけでは手が足りないのだ』

「……なるほど。だってさ。手伝ってくれよ、風間さん」

 

その言葉と同時にバッグワームを纏った隊員3人が太刀川の背後に着地した。

 

「……太刀川、これはどういうことだ」

 

もともと鋭い眼光をさらに鋭くし、射殺さんばかりの眼光を風間は太刀川に向けた。

 

「どうもこうもない。国近伝いで聞いてるんだろ?佐々木が乗っ取られた」

「お前がいながら乗っ取られるとはな。なにをしていた」

「……ああ、こればっかりは言い訳できねぇ。俺も油断していたから防げなかった」

「佐々木も油断していたと?そんな生温い鍛え方をした覚えはないぞ」

「油断、は言い過ぎかもしれんが、トリオン兵の大群を始末した後だからあいつも若干気が抜けてたんだろ。ずっと張りっぱなしだったからな。それとあいつの回避の癖が悪かった」

「回避の癖だと?」

「あいつは回避する時は半歩下がる癖がある。今回、おれは横に回避したから乗っ取られなかったが、あいつは後ろに下がった。あの黒いやつの速度が佐々木の半歩下がる速度をはるかに上回っていた。それだけだ」

「……そうか。仕方ない、という気は無いがここでこれ以上言うのは時間の無駄だな」

 

怒りが治ったわけではなさそうだが、それでもこれ以上風間は追求しなかった。

そして太刀川の傍らにいる豆粒のような物体に目を向けた。

 

「レプリカ、と言ったな」

『ああ。カザマとは一度会っているな』

「そうだな。それで、佐々木を戻すには俺たちがいれば足りるか?」

『足りる。だが、やる前に確認を取っておきたい』

「なんだ」

『私が提案する方法は、攻撃によってハイセの動きを封じ、そこで私が伝達脳を乗っ取っている黒トリガーにハッキングを仕掛けるというものだ』

「そんなことができんのか?」

『可能だ。だが今の私のサイズでは処理能力が足りない。そのままハッキングを仕掛けても弾かれて終わりだろう。そこで確認だ。この作戦を行うにあたり、オペレーターの二人の力も借りることになるのだが、いいだろうか』

「……簡単な話、処理能力の上乗せだな?」

『その通りだ。とは言っても実際に二人になにかしてもらう必要はない。オペレーターの使用するパソコンのリソースをこちらに向けてもらうだけだ』

『……レプリカさん、風間隊オペレーターの三上です。理屈はわかりましたけど、そんなことできるのですか?私たちの使うパソコンはそういうことできるのですか?』

『問題ない。そこは既に確認を取ってある』

『誰かに聞いたの〜?』

『ウサミとナツキの協力のもと、確認を取った。実験も行ったため問題はないだろう。だが私は本部との通信手段はあっても君たちのパソコンのリソースと接続する手段はない。そこでタチカワ、カザマ。私のこのケーブルを握ってほしい』

 

そう言ってレプリカは口(と思われる場所)から一本のケーブルをにゅっと出した。

しかしその瞬間、地面を突き破って触手が飛び出てきて太刀川達に襲いかかった。

 

「聞こえてるよ」

 

突然地面から出てきた触手に対して菊地原は表情を崩さずにその全てを切り裂いた。

 

「やるねぇ。さすが」

「……モールクローのようなこともしてくるのか。なら菊地原、お前の聴力を活かす。聴覚情報を共有するぞ」

「うへぇ……」

 

その言葉を聞き菊地原はだるそうにしながらも髪を後ろで縛った。

 

「これ、疲れるから嫌なんだよなぁ」

 

 

***

 

 

菊地原の持つサイドエフェクトは『強化聴力』。一言で言えば耳がいいだった。

だがその聴力は一キロ先で針が落ちる音が聞こえると言ったような人を超えたようなものではなく、せいぜい人の5、6倍程度の聴力だった。なにしろ菊地原本人も言われるまで特に意識しておらずちょっとした特技程度にしか思っていなかった。

 

本来、サイドエフェクト持ちはちょっとした泊がついたりするものなのだが、菊地原のサイドエフェクトはランクの低い強化五感であり、しかもランク戦では絶対的に需要の低い聴力だ。そのため陰で色々バカにされたりしていた。

 

「耳がいいって……地味過ぎだろ。サイドエフェクトなのに利用価値あるか?」

「盗み聞きとかには使えるんじゃねーの?」

(聞こえてるよ)

 

隊員が自分の耳をバカにする言葉も彼の耳はしっかり捉えていた。

 

(こんな地味な能力、サイドエフェクト認定されない方が良かった)

 

聞きたくない言葉まで聞こえてしまう耳。それはサイドエフェクト認定されたことによりさらに不快な雑音が多く捉えるようになってしまった。

 

だがそんな彼に転機が訪れる。

 

「お前、強化聴力のサイドエフェクトを持っているらしいな」

 

その出会いが、彼のボーダーでの生活を変えた。

 

声をかけてきたのは当時B級だった風間という小柄な青年だった。風間は菊地原の強化聴力を利用価値のあるものだと判断していた。

 

「どんな能力でも要は使い方次第だ。人と比べて優れているのならばそれを利用しない手はない。持って生まれたことを恨む暇があるなら活用法を考えろ」

 

今までバカにされるだけだった能力を使えるものだと判断して声をかけてきた。それだけで菊地原としては救われるものがあった。

だからそれに応じるだけのことをしようと活用方法をみんなで考えた。

 

そこでたどり着いたのが当時流行っていた隠密トリガー『カメレオン』。レーダーである程度の位置はわかるが、完全に風景と溶け込むことができるトリガーだ。完全な隠密状態から一方的に奇襲することが可能なため、スピードに自信のあるものにはそこそこ好まれた。

 

しかし姿を消すことができても音は消せない。

 

ランク戦において音というのは大事な要素ではあるが、聞かなければやられる、というほど重要な要素ではない。カメレオンも姿は消せるがある程度の位置はレーダーで把握できる。加えてカメレオン使用中は他のトリガーの使用はできない。そのため極端な話そちらの方へ無差別攻撃を行えばダメージを与えるくらいならそう難しいことではない。

 

だが敵を聴覚からも察知できるのならばどうだろうか。

 

姿が見えない以上、カメレオン使用中の敵を捉えることができる感覚はレーダーと音のみ。だがレーダーは正確な位置を捉えることはできない。本来の人間の聴覚ではせいぜい近くにいるかどうかがわかる程度だし、相手が音を抑えるように意識して動けば戦闘中に気づくはずもない。

だからこそ風間は菊地原の強化聴力に目を向けた。自らがカメレオンを使うため、強化聴力によって位置がバレるのは驚異であることをすぐに理解したからだ。

 

そして菊地原の能力はすぐに実証された。チームランク戦においてカメレオンを使う敵を風間隊は完封したのだ。

 

簡単な話、風間隊はカメレオン戦法における他の追随を許さない能力を得たのだ。

 

そしてそれから順調に勝ち進みB級上位に入り、そこでの始めての試合で菊地原は比企谷隊と当たった。

比企谷隊に対する作戦として、風間が琲世を仕留めるまでの間、菊地原と歌川が比企谷を足止めするといった作戦を風間は提示した。しかし菊地原は見るからにやる気も覇気もない比企谷を足止めするのは自分だけで充分だと風間に言った。ログを見返したが、結局点を取っているのは琲世が多い。動きは悪くないが、試合中よく気だるそうにしてサボっている姿がちょくちょく見えた。この程度でB級上位の隊長をやっていることが正直信じられない。その程度の評価しか菊地原は下せなかった。

その菊地原に対して風間は数秒沈黙したが、その申し出を受けた。作戦としては琲世を風間と歌川が取りに行く間、比企谷を菊地原が止めるといったものになった。

そして試合当日、偶然菊地原は本部の廊下で比企谷とすれ違った。何度見ても比企谷は覇気が無くやる気もないように見えた。目は腐っておりとても強いとは感じられなかった。

 

そして、試合が始まった。

菊地原は作戦通り比企谷を足止め……いや、仕留めに行くつもりで比企谷の元へと迫った。カメレオンを使用し、そして今まで何人も刈り取ったやり方で比企谷を仕留めにかかった。

 

次の瞬間には菊地原は床に転がっていた。

 

なにが起こったかわからなかった。いつものように自身の出せる最高の速度で背後から敵を刈り取る。そうしようと思って目の前の男に向かった。しかしそれは叶わず今自分は床に転がされていた。腕や足を見ると撃たれた跡があるため弾丸にやられたのがわかるが、琲世は攻撃手だし他の弾丸を使う敵は射程圏内にいない。ならば必然的に目の前の男にやられたと考えるべきだろう。

だが菊地原は比企谷が攻撃モーションに入ったのを確認できなかった。

 

どうして、どうやってという言葉がぐるぐる頭を回るが答えは見えない。そして比企谷の顔を見ると自分のことなんぞ眼中に入っていないような目をしていた。

 

「次」

 

その言葉と同時に比企谷は菊地原から視線を外し、同時にアステロイドで菊地原をベイルアウトさせた。

 

自分に向けられた目が気に食わなくて、そしてなにより悔しくて仕方なかったため菊地原は比企谷(ついでに琲世も)のことを勝手にライバルにし、修練に励んだ。

どんなに修練に励んでも比企谷も琲世も同等以上の修練をしているため差は縮まるどころか開いていったが、それでも負けたくなかった。それから何度もランク戦で対戦した。チームでの戦績はほぼ五分五分だが個人での戦績はどちらにも負け越していた。それでも二人は自分とのランク戦で手を抜いた時は無かった。言葉にはしないが、菊地原にとってそれは嬉しかった。

 

だからこそ、こんな敵に乗っ取られた状態の琲世とこんな形で戦いたくはなかった。

 

勝ち逃げなんてさせない。自分が勝ち越すまで何度でも戦う。そのために菊地原は自身の聴力を目の前の琲世()のために使う。

 

 

***

 

 

振り下ろされたブレードをスコーピオンで受け止める。スコーピオンは耐久性が低いが、受け方次第では受太刀も可能だ。間髪いれずに背中から飛び出してきた触手が菊地原を襲うがそれらは全て風間と歌川によって斬り裂かれた。

 

「無様だね。散々人に世話焼いてたあんたが、今度は世話焼かれる側になるなんて」

 

そう呟き菊地原は琲世を蹴り飛ばし、距離を取る。

 

(それに、普通の時の方が強い)

「歌川」

「メテオラ!」

 

歌川によってメテオラがばら撒かれ琲世の周囲を爆撃する。

爆煙によって視界が塞がれるが、風間達はオペレーターからの視覚支援によって琲世の位置を確認できていた。

 

『風間さん、下から来ます』

『ああ』

 

菊地原の言葉の直後、風間の周囲の地面から触手が伸びてきて風間を突き刺そうとした。しかし来ることがわかっていれば対処は造作もない。風間は一呼吸のうちに全てを斬り落とし、さらには琲世に向かってスコーピオンを投げつけた。

 

『……!』

 

そのスコーピオンは的確に琲世の胸を貫いたが、トリオン体が解除される様子はない。

 

『やはりトリオン供給器官も再生できるようだ』

「……伝達脳をやれば解除されるのか?」

『その可能性はあるが、簡単にやれるほど甘いものではないだろう』

「……だろうな」

『オペレーターのパソコンとの接続は完了した。私はいつでも可能だ』

「了解した。歌川、菊地原、太刀川、いいな」

「はい!」

「ん」

「へへ、わかってるぜ」

 

風間の声に全員が反応し、武器を構え直す。

 

「仲間に手間取る時間はない。早急に終わらせるぞ」

 

その言葉と同時に全員が琲世に向かっていった。

 

 

 

 

火花が散る。

迫り来る刃の群れを最低限の動きでかわし、速度を落とすことなく目の前の敵に肉薄する。

振り下ろされる神速の刃を受け止め、もう片方の手に出現させた刃で敵に斬りかかる。

その刃を回避すると初老の男はその勢いで仕込み杖を横一文字に振るった。しかし男はその仕込み杖を自身の持つ刃に滑らせるようにして受け流し、手に出現させた弾丸を放つ。

放たれた弾丸は刃の壁によって阻まれ、初老の男に届くことはなかった。さらに追撃をしようとするが、レールを走る高速の刃によってそれは叶わず、男は距離を取った。

 

「素晴らしい腕ですな。まさか玄界にここまでの使い手がいるとは思いもよりませんでした」

「…………」

 

ヴィザの言葉にも男、有馬貴将は一切の反応を見せず無表情のままだった。

 

(剣のみの腕ならばほんの僅かな差ではありますが、私が上回る。しかし剣以外の腕ははるかに彼の方がいいでしょう。今は星の杖(オルガノン)の性能のおかげで均衡を保っていますが、彼が星の杖(オルガノン)に慣れきって攻略法を見つけた時、この均衡は崩れこちらが一方的にやられることになるでしょうな。さてどうしたものか……)

 

黒トリガーは総じてノーマルトリガーと比べて性能は破格だが、主に一つの能力しかないという欠点もある。遊真やニムラのトリガーのように相手のトリガーを解析してそれを自分のものにするというような例外も存在はするが、大体の黒トリガーはワンオフの能力しか持たない。だがそれを帳消しにするほどの能力が全ての黒トリガーには備わっているのだ。

 

(私の任務は強者の足止め、または排除。しかしこのお方の相手はそう簡単ではない。足止めどころか本気でとりにいかねばなりますまい……)

 

そう考えたヴィザは軽く腰を落とし、そして身体のバネを使い最高速度で貴将に迫った。展開したレールの上を高速でブレードを滑らせながら貴将に迫る。

 

「シールドモード」

 

しかし貴将はその全てを見えているかのようにかわし、そしてヴィザの仕込み杖の一閃を受け止める。遊真ならばあの速度で走るブレードはギリギリ見えるレベルであり、最後の一閃に至ってはほぼ見えないほどの速度であるというのにそれをさも当然のように防いだ。

 

「……私の全力の速度を防ぎますか」

「…………」

 

まるでどうでもいいとでも言うような視線を貴将はヴィザに向け、そしてそのままヴィザの腹を蹴飛ばす。

 

「ぬっ」

「スラスターオン」

 

瞬間的に空いた距離をすかさず詰めるように貴将はスラスターを起動し、そしてレイガストをそのまま手放した。手放したレイガストはそのままヴィザにぶつかりヴィザの体勢を崩した。

 

「!」

 

ほんの僅かな隙ではあったが、その隙を逃さず貴将は追撃を行う。手にしたスコーピオンを投げつけレイジが削ったのと逆の足を削る。さらにハウンドによる追い討ちを行なったが、身に纏うマントによって威力をだいぶ削られヴィザのトリオン体が負った傷は僅かなものだった。

だがそれだけでは終わらない。

 

「ぐっ」

 

牽制のためにレールを走らせたブレードを意にも介さず、貴将はヴィザに迫る。全てのブレードを無傷で回避し、手に戻したスコーピオンを鞭のように変化させて追い討ちにかかる。常に高速のブレードが襲いかかっているのにもかかわらず、貴将の攻撃は止むことを知らずさらに苛烈さを増していく。

 

(リーチは短いが、この鞭での攻撃はなかなか厳しい。ガードがしづらいし攻撃面積が狭すぎるため攻撃の予想もしづらい上に速度が早く形も変幻自在。なにより信じられないのがこちらの攻撃が全て掠りもしないということ。これはただ回避がうまいだけでは説明がつきませんな……そうなると、やはり……)

 

ヴィザは一つの仮説に辿り着き、それを試すべく行動に移した。

 

貴将の苛烈な攻撃をどうにかしのぎつつ、レールに視界から外れるような軌道を描かせる。そして貴将の攻撃と攻撃のほんの僅かであり、ヴィザでなければ隙にもなり得ないほどの隙をついてそのレールの上を自身の出せる最高速度でブレードを走らせた。

 

「!」

 

そのブレードの存在にギリギリで気づいた貴将はそれをどうにかレイガストで受け止めるが、いくら耐久性に優れたレイガストでも黒トリガーの攻撃力を受け止められるほどではない。レイガストのブレードはそのまま真っ二つにされるが、その僅かな時間で貴将は回避に成功する。その後のヴィザの追撃も全て回避すると貴将は一度距離を取った。

 

「なるほど、どうやら私の仮説は正しかったようですな」

「…………」

 

これによりヴィザは自身の仮説は確信へと変わった。

 

「貴方は、サイドエフェクトを持っておりますな。恐らく目に関すること……予想としては、『強化視力』かそれに近いものかと」

 

ヴィザは基本的に迫り来る貴将に対して短く小さいレールで応戦していた。それらが全て回避できたのは貴将の『視界』にレールが視認できていたからなのではと仮説を立てた。

そしてその仮説は正しかった。視界の外に張り巡らせた予備用のレールを使い攻撃を行ったところ、普段の回避と比べて回避速度が遅くなった。気配感知も一流のようだが、それでも視力での回避と比べたら劣る。

その結論に辿り着くのはそう時間がかからなかったのは、ヴィザが歴戦の戦士であったからだろう。戦士としての直感がなければ恐らく視力について仮説を立てることにも時間がかかっただろう。

 

「…………」

 

その言葉に対して貴将はなにも言葉を発さない。表情も動かさない。

だがヴィザの推測は当たっていた。

 

貴将のサイドエフェクトは、『強化視力』。だが遠くを見ることよりも動くものを見る、つまりは動体視力が通常よりも遥かに高いというものだ。

 

「……おしゃべりは嫌いですかな?仕方ありませんな。ならば私も全身全霊をもって貴方の相手となりましょう」

「…………」

 

仕込み杖を引き抜き、細められた目を僅かに開いてヴィザは構えをとった。

それに対して貴将はレイガストのブレードを再構築するとすぐにヴィザに向かって走り出した。

 

 

再び、火花が散った。

 

 

***

 

 

「オラァ!」

 

縦横無尽に迫り来る触手を太刀川が二本の刀で切り裂いていく。

 

「ふっ!」

「はぁ!」

 

さらにステルスを利用した同時攻撃を向けられ琲世のトリオン体は切り傷がつけられる。だがそれもすぐに再生し、なかったことになる。

 

「横から来ます」

「うおっと」

 

壁を突き破って頭を狙って触手が出てくるが、音で聞こえていた菊地原は的確に場所を把握し、回避した。その聴覚情報を共有していた他のメンバーも何事もなく回避する。

 

「太刀川!」

「はいよ!旋空弧月!」

 

拡張したブレードが触手のガードを切り裂き、僅かながら琲世のトリオン体にもダメージを与える。

そこに間髪いれず歌川がメテオラを降らせて触手の再生を妨げて、風間と菊地原が肩と脇腹あたりに深い傷を与える。

 

『……!』

『まだだ。追撃を加えて敵のトリオンを再生に向かせるんだ』

「わーってるよ!おらもういっちょいくぞ佐々木ぃ!」

 

再生にトリオンが向いて触手があまり出せない琲世にさらに追撃を加えていく。

 

レプリカが提示した案はハッキングにより伝達脳を支配しているプログラムを消し去るというものだったが、現在のレプリカは子機であるため処理能力も耐久性もない。処理能力はオペレーターのパソコンを繋げることによりある程度解決したが、ハッキングが完了するまで敵がおとなしくしているはずがない。

そこで出された案は、琲世のトリオン体をできるだけ傷つけてトリオンを再生の方に向かせることにより隙を作り、その隙を突いてハッキングを仕掛けるというものだ。琲世のトリオン体は実質的にトリオンは無限であるが、一度に供給できる量は当然制限がある。その供給されるトリオンを全て再生に向かせることができれば攻撃はしてこないし、ハッキングを妨害するだけのリソースもない。そこまで来れば子機のレプリカの処理能力でハッキングができると考えたのだ。

今の琲世に取り付いているものがどれほどのリソースを持つかは不明だが、それでも他に琲世を戦力として助け出す方法は他になかった。

 

「地面から4本、横から二本来ます」

「遅いな!」

「はぁ!」

「ふん」

 

襲いくる触手をさらに斬り裂き、歌川が放つメテオラによって琲世のトリオン体を削る。

 

「はっ!」

 

その爆煙に乗じて姿を現した菊地原が琲世の足と肩に深い傷を与え

 

「旋空弧月!」

 

太刀川の拡張されたブレードが腕を斬りとばす。

切り飛ばされた腕を即座に触手は掴み取り腕に癒着させるが、同時にもう片方の腕も切り飛ばされた。

 

「そんな隙与えねーよ」

 

それから浴びせられる無数の斬撃によって琲世は完全に反撃する機会を失い、再生することしかできなくなったが、その再生された箇所もすぐに斬撃が浴びせられてしまう。

 

『再生が間に合わなくなってきた。カザマ、今なら』

「ああ、いくぞ」

 

風間は走り出し、無数の斬撃が浴びせられる弟子をその鋭い双眸で捉えた。

 

「……馬鹿弟子め、さっさと戻ってこい。お前はまだやることがあるだろう」

 

未だ浴びせられる斬撃を潜り抜け、傍らに浮かぶレプリカのコードを握りしめる。

それとほぼ同時にレプリカのコードを琲世の頭に押し付け、その勢いを保ち、琲世の頭にコードを押し付けたまま倒れこむ。

 

コードを押し付けると同時に風間は大声で言い放った。

 

「レプリカ!ハッキング!」

『了解』

 

琲世の両目がそれと同時に見開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それとほぼ同時刻

 

「ん?」

 

ニムラは一人曇天の空を見上げていた。

 

「…………おや、まさかこうなるとは。この展開は読んでなかったなぁ。そう思いませんか?ヒキガヤさん」

 

目の前で倒れ込む少年の頭に足を置きながらそう呟くが、返答はない。

 

「ま、聞こえてないか」

 

 

ニムラは一人で歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公、まさかの今回最後しか出てこない。

サイドエフェクト:強化視力
簡単な話、目がいい。有馬貴将の場合、遠くを見るではなく動体視力の方に寄っているが、遠くを見ることができるタイプの強化視力も存在する可能性は大いにある。むしろ動体視力がいい方の強化視力の方が珍しいのではないかとのこと。通常、動体視力が良くて見ることができても身体がついていかないが、有馬貴将は卓越した身体能力があったため身体がついてくる。つまり化け物。

次回もよろしくです。
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