74話です。
歩いて、歩いて、歩き続ける。
立ち止まることなど許されないままひたすら歩き続けた。
時には走ることもあった。
走りすぎて転んでしまったことも。
それでも進むことはやめなかった。
だがそれでも、いつかは歩けなくなって、歩き疲れてしまう。
そして最後にはこういうんだ。
『こんなはずじゃなかった』
***
本部に戻ってくると当然ながら本部長にこっ酷く怒られた。まぁ、当たり前だろう。一応そこそこ重傷の身だ。勝手に動かれると迷惑極まりないし、なにより俺の身を慮ってのことだろう。
「ヒヒ、酷く叱られたな」
「……まぁ、覚悟はしてましたよ」
傍らにいるカゲさんが皮肉げに笑った。それくらいのことをしたのだ。仕方あるまい。
「で、オメー自身は大丈夫なのかよ」
「ええ、まぁ。肋骨逝ってますけど」
「へぇ、じゃあしばらくはランク戦無理か」
「そうですね、少なくとも一月は厳しいでしょう」
医務室の人に検査してもらったところ、全治約一ヶ月らしい。その間は運動禁止、当然ランク戦や防衛任務も禁止だ。
「お前らのランクはどーなんだよ」
「さっき怒られたついでに聞いてきましたよ」
「へぇ、もう決まってんのか」
「本部長の独断なんで、まだ正式に可決されたわけじゃないです。でもまぁ、大丈夫だろうと」
「で、どーなるんだ?」
「とりあえず、俺、佐々木さん、横山はフリーのA級隊員として扱うらしいです。形式上、比企谷隊は一時解散らしいです。もし全員完治して、ボーダーを続けるという判断を下した上で、全員がまたチームを組みたいって言うならまたA級部隊として復帰させてくれるそうです」
「良かったじゃねーか」
「ただ」
「ん?」
「復帰するにも二つの選択肢が用意されてました」
「二つ?」
「一つは、普通のA級として復帰すること。もう一つが、あまり本部にいられない有馬さんの替わりに0番隊に正式に入隊すること」
「へぇ」
前者の場合、俺と佐々木さんが戦争で使った新トリガーは残念ながらよほどの非常時で無い限り使えない。性能としては玉狛第一のトリガーに近いため、ランク戦はもちろん、防衛任務でも使えない。玉狛第一のトリガーは防衛任務では使えるのになぜ俺達のトリガーが使えないのかというと、今回の戦争で俺も佐々木さんもトリガーが少なくない影響を受けた。そのため性能が未知数となり、安全性の保証がまだできていない。佐々木さんは黒トリガーの侵食を受け、俺はオーバー・ガイスト使用後のベイルアウトができなかったことが問題視されている。故に、当分使うことはできないらしい。少なくとも俺のトリガーはベイルアウトできなかった理由の判明と改善が成されない限り使えないらしい。
ちなみに、仮に0番隊に正式になるとしたら当然ランクから除外される。防衛任務には無論つけるが、色々と業務に変化はあるらしい。
「どっちにすんだ?どーせ残るんだろ」
「……俺は……そう、ですね」
残る、のだろうか。あの二人がいなくなったら、俺は残るという選択をするのだろうか。
若干言い淀む俺をみてカゲさんは大きくため息を吐きながら頭を掻いた。
「…………ケッ、シケたツラしやがって」
「…………」
「……ま、気持ちがわからねーわけじゃねーけどな。んじゃオレは帰る。治ったら、ウチに飯でも食いにこい」
そう言って俺の頭をわしゃわしゃする。痛いって、アホ毛が崩れるって。リア充的なノリだが、今はそれでもありがたかった。
「……うす」
「あ、小町に連絡すんの忘れんなよ」
最後にじゃあな、と言ってカゲさんは去っていった。
残された俺は医務室の職員に電話してくることを伝えて廊下に出た。スマホを操作し、小町のスマホに電話をかけた。
『もしもーし』
「おう小町、俺だ」
『あ、お兄ちゃん!大丈夫?』
「なんとか。ちょっと怪我したけどちゃんと生きてるよ」
『よかった〜……いくらごみぃちゃんでも小町にとって最後の家族なんだから……ちゃんと無事でいてね』
「……悪い」
『ううん。生きててくれて、ほんとによかった!』
「ああ。それで、今日なんだが…怪我したせいで多分帰宅許可が出そうにねーんだ。悪いけど今日は那須の家に泊めてもらってくれ。こんなことがあった日だ。家で一人は、な。話はもう那須に通してある」
『わかった。じゃあそうする』
「悪いな」
『ううん、ちゃんと話してくれたからいいよ。じゃあお兄ちゃん』
「ん?」
『早く帰ってきてね』
「ああ」
そう言って俺は電話を切った。
ーーー
「悪いな」
『ううん、大丈夫。小町ちゃんを一人にしておくのも心配だもんね』
「そういうことだ。綾辻のとこも考えたけど、あいつ多分今日後始末とかで遅くなるだろうから」
『そうだね、遥さんならそうかも』
「ま、そんな感じだ。小町から追って連絡あると思うけど、頼むわ」
『任せて。くまちゃんも来るみたいだからいつものお泊まり会よ』
「助かる」
『比企谷くんはちゃんと安静にね』
「…わーってるよ。じゃな」
『うん、またね』
そう言って電話を切った。
「……ふぅ」
那須に連絡を入れたことによりとりあえず俺がやるべきことは終わった。しかし息吸うの痛いな。
「…………」
やることは終わったから医務室に戻ろうかと思ったけど、どうも落ち着かない。気がつけば7時を回っている。日も完全に落ちているだろうし帰ることもできないから売店でも行こうかと考える。
帰宅許可が出るのは恐らく明日だろう。寝るのは……多分医務室じゃなきゃダメだろうな。なにもしなければ本部内は自由にしていいらしいから少しうろつくか。まぁこんな日だしランク戦もやってないだろうな。やってても参加できないけど。
「…………」
普段の本部なら色々やることがあるが、今はどこにも行きたいと思えない。さっきまで売店でも行こうかとか思ってたけど、肋骨の痛みからかあまり食欲も沸かない。
「あそこいくか」
思いついた場所へ足を進める。あの人なら、多分あそこにいるだろう。
ーーー
辿り着いたのは、真戸さんの研究室。
ノックをすると、すぐに入室許可の返事が来た。
「やはり君か。怪我の具合は大丈夫なのかね?」
そこにいたのは普段通り鋭い眼光をした真戸さんと、一人見たことのない人がいた。
「あー……肋骨が折れてるそうです。当分はまともに動けません」
「そうか……どうやら私の愛弟子もしばらくは入院らしい。無論琲世もな」
「…………」
「しかし、なににしても君達が生きていてくれて良かった。そして比企谷」
「はい?」
「すまなかった。私の設計したトリガーに不備があったせいで君に怪我を負わせてしまった」
それは真戸さんは悪くないはずだ。敵の策略でそうなったのだから、仕方ない。
「いや、真戸さんは悪くないっすよ」
「君ならそう言うと思ったよ。しかし、このような事態を未然に防ぐために対策を立てるのも我々と仕事だ。だから少なくとも半分は私の責任だ」
「そんな……」
「君が私を訴えるならば、私はそれを全面的に受け入れる。私の無能さが、君を危険に晒した」
どうやら真戸さんは想像以上に責任を感じているらしい。
……まぁ、仕方ないか。自分のつくったトリガーで死人が出掛けたんだから。
「訴える気はないです。でも、今回のことで責任を感じてるなら一つお願いがあります」
「なんだ。私にできる範囲ならなんでもしよう」
「怪我治ったら、飯奢って下さい」
俺の言葉に真戸さんはぽかんとした顔をした。何気にこの人のこういう顔は初めてみたな。
「……くく、あはははは!なるほど、そうだったな!君は君で琲世と同じお人好しだったな!あはははは!」
なにがそんなに面白いのか、真戸さんは大爆笑をしている。え、そんな面白いこと言った?傍らの男性もなんか呆れたように真戸さんのこと見てるし。
「……あの」
「ああわかっている。君が特に深い理由もなくそう言ったことは」
「はぁ……」
「普段は金にがめついクセに、こういう時は人の良さが出てしまう。金の亡者になりきれない。君は琲世と同じで度し難いお人好しだ」
そこまで言われるのは少し心外なんですけど。
「あそこまでお人好しじゃないでしょ」
「いいや、君は君でお人好しさ。そうでなければ命の危機でありながら生身の身体を張って後輩を助けたりするものか」
「…………」
「あの場で君が逃げたとしても、誰もなにも言わなかっただろう。なのに君は立ち向かった。つまりは、そういうことだ」
そう言われると納得してしまう。
実際、あの場で俺が逃げたとしても誰もなにも言わなかっただろう。俺は死の未来が見えていただけあり、生身になったらその未来がより顕著になる可能性があった。だからきっと『仕方ない』と皆言うだろう。
だけど俺はその選択をしなかった。結局俺も佐々木さん同様お人好しなのだろう。あそこまで顕著なお人好しではないと願いたいが。
「だが、私は君のその選択を誇りに思う。誰にでもできることではなく、結果として君は後輩を救ったのだから」
「……仲間は守れなかったですけどね」
「琲世と夏希についてはどうしようもあるまい。君の手で守れるものではなかったのだ」
「…………」
「……ふむ、すぐに割り切るのは難しいか。ならば考えろ。君がどうしたいか。彼等の言葉と選択、それらを聞いて今後どうするか決めるといい。辞めるか、残るかをな」
俺はここに来てから辞める残るの話はしていない。だというのに真戸さんは俺の悩みを言い当てた。正隊員になってからの付き合いだが、この人は人の胸中を見抜くのに本当に長けている。
「今は休むといい。どちらを選ぶにしてもすぐに結論がでることはあるまい。琲世が今後どうなるかもまだ分からないのだから」
「……うす」
「……話は終わったか?」
今までずっと口を閉じていた男性が声を上げた。
「珍しいではないか、話が終わるのを待っていてくれたのか?」
「お前は俺をなんだと思ってんだ」
「変人」
「頭撃ち抜くぞ」
「冗談もわからないのかね?」
「こいつ……」
……なんで俺を目の前にして喧嘩始めるのかねぇ。いや多分これ本人達からしたらじゃれあい程度なんだろうけど他人の俺からしたら喧嘩にしか見えないんだが。
「……あの」
「おっとすまない比企谷。つい普段の調子で話してしまった」
「一応俺先輩だからな」
「無論承知しているとも」
「…………」
「君は初対面だったな。彼は私の先輩であり、部下であり、サンドバッグだ」
「おい最後」
「冗談だとも。彼は、江藤
大学の先輩だったのか。確か真戸さんめっちゃ頭いい大学だったはずだが……東工大とかだっけか?化け物ですね。
目の前の男性は隈ができている眠そうな目をしており、硬そうな髪はボサッとした状態で放置している。身長は俺よりも少し高い。ボサボサの頭を掻きながら江藤さんは俺に向き直る。
「…江藤だ。大学ではこの馬鹿の先輩だが、ボーダーでは部下になる」
「どうも、比企谷です」
「知ってるよ。随分前から」
「前から?」
「君は有名だからな」
やめてくれ。そんな有名になりたくてなったわけじゃない。
「君のvigil、あれは私と先輩の共同で開発したものでね」
「あ、そうなんですか」
「元ネタは真戸が出したが、開発は半分俺がやった。佐々木のトリオン体の調整でこいつは忙しかったからな」
確かに佐々木さんのトリオン体はかなり特異的な仕様になっているから調整にはかなり時間がかかるだろう。一人でやっているのだとしたら化け物だろうが、さすがにそんなことはなかったようだ。
「彼は正式に私の研究室の一員となった。有り体に言えば
「だれが奴隷だ」
……どうやら江藤さんは先輩としての威厳はないようだ。まぁ、真戸さん相手だったら仕方ないのかもしれないけど。
「まぁ、この歳になって付き合って結構経つ彼女に未だにプロポーズできないような先輩ではあるが、腕は確かでな。今後0番隊がどうなるかはわからんが0番隊の補佐は私だけでなく江藤先輩もつくことになる」
「おい、なんでお前が由美子のこと知ってんだ」
「なんでもいいだろう?」
「よくねーよ死ね」
……めっちゃ仲良しじゃん。このままじゃれ合う二人を眺めてても仕方ないから俺は自分から話し始める。
「あの……」
「ん?」
「江藤さんは、どんなトリガー作ってるんですか?」
そう問いかけると、江藤さんは近くのデスクトップパソコンがある席に座り、俺に手招きをした。
近くによって画面を見ると、そこには銃手のトリガーであるアサルトライフルが映し出されていた。
「基本的に俺は銃手トリガー全般の改善を任されていた。……いやまぁこれからもやるんだがな」
銃手……俺みたいな射手のトリガーではないのか。うちのチームに銃手はいない。だからあまり詳しい話はわからんぞ。
「お前も知ってるだろうが、銃手トリガーは射手トリガーと違って射程が長かったり、色々モデルがあったり、連射できたりする」
さすがにそれくらいは理解できる。というかB級以上は皆知ってることだろう。
「俺が主にやってることは射程を伸ばしたり、注文が来た銃のモデルを追加したり、
「単純な仕事だろう?だがこれが割と難しい」
「え、そうなんすか?」
「銃手トリガーはある程度進化が進んだからな。これ以上銃そのものを改良するのは難しいんだ」
なるほど、進化が進むほど更なる改良は難しくなる。さらなるレベルアップにはそれ相応の努力が必要なのだろう。
「だから俺は銃の性能ではなく、銃そのものを改良することに目をつけた」
「……?」
「わかりづらかったか。簡単に言うと銃に後付けで性能が上がるやつをつければいいんじゃないかってことよ」
「なるほど」
なんか新たにパーツをつけたりするってことか。
「イメージしやすいのは……ああ、サプレッサーとかか」
「あの、音が小さくなるやつですか?」
「そうだ。基本的にランク戦で重要視される情報はレーダーと視覚の情報だ。だが、五感である以上聴覚だって重要視されてもおかしくないだろう。菊地原がいい例だ。あいつの聴覚情報で風間隊は上にのし上がった。実力的には実際A級レベルだが、聴覚情報をうまく活用することであいつらをA級トップクラスにしている」
「そういわれると重要なように聞こえますね」
「実際重要だと思うけどな」
あまり意識してこなかったが、五感である以上情報にはなるだろう。
「あとは、銃の反動を抑えるグリップとかか」
「反動?」
「トリガーでも銃にはある程度反動あるんだよ。トリオン体ならそんな反動簡単に抑えられるが、人によってはなかなか慣れない奴もいる。銃手は訓練すれば命中率が上がるが、それまでの課程を短くすることができるのなら、優秀な兵士の量産にも繋がる。その手助け程度の開発だな、今は」
「へぇ……」
「射手トリガーはあまりいじらないから俺とお前が直接関わるのは補助トリガーの時くらいだろうな」
「その補助トリガーの開発に必要だと判断したから私の研究室に招いたのだが?」
「わかってるよ。俺としてはもっと別の開発がしたいがな」
別の開発?
「ああ、あの偵察用トリガーか」
「今後遠征行くなら絶対あった方がいいと思うがな」
「危険性を確認してからいくのは重要だろう。それが未知の世界なら特にな」
「偵察においては機械の方が優秀なんだから、使わない手はない。危険性も少ないしな」
「えっと……」
「遠征用に色々と作っていくということさ」
「はぁ……」
それだけ言われてもよくわからん。
「まぁ、お前が今後どういう選択をするかはわからんが、ボーダーに残留するならこれから先は俺と関わる機会も増えるだろう」
今後……今後か。
「……うす」
「今は休め。今度、江藤先輩に飯を奢ってもらおう」
「おい」
「はは……」
その後俺は少しの間、二人の雑談に混ざらせてもらった。そこでは江藤さんの大学時代の話や、研究室での話、さらにはボーダー創設期の話まで聞かせてもらった。江藤さん本人は創設期の人間ではないが、鬼怒田開発室長に色々聞いたらしい。
江藤さんはどことなく話辛い雰囲気があるが、話してみると意外と気さくで話しやすい人だった。なんなら俺がやってたゲームの話もできて楽しかった。
少しだけ気分が楽になった気がした。
二人と話しているとすっかり時間が遅くなってしまった。だが胸の痛みと一度気絶したことにより眠気がこない。
「…………」
本部はまだ電気がついている部屋が多い。あれほど大規模な侵攻の後だ。後処理や第二波への警戒は普通のものよりも大きいのだろう。忙しそうにしているところにお邪魔するのもいい気分はしない。
だがどうも医務室に戻る気にはなれない。別に医務室の職員が嫌いとかそういうのではなく、今は落ち着かないのだ。とにかく動いていたい。でないと悪いイメージに潰されそうになってしまう。
「……なんも変わってねーな」
ああ、俺はなにも変わっていない。色んなものを失ったあの四年前から何一つ変わっていない。たくさん反省したはずなのに、たくさん後悔したはずなのに根っこの部分は変わっていないなんて滑稽な話だ。
「…………」
そんなことを考えながら歩いていると、ラウンジにたどり着いていた。
戦争が終結したばかりなのもあって、当然ランク戦ブースには誰もいない。普段なら戦闘がランダムに映されるモニターも今は真っ暗だ。
そんなブースをラウンジから見下ろしながら俺は外の風景が見える席についた。外はもう暗くなっており、雨もいまだに降り続いていた。
「…………」
窓に付着する雨を眺めていると、背後の扉から音がした。
そちらに顔を向けると、そこには迅さんがいた。
「よっ」
「迅さん」
「よかった、探してたんだ」
俺を?なぜ?
「よくここだってわかりましたね」
「おれのサイドエフェクトがそう言ってた」
「……ほんと、便利な能力っすね」
心底そう思う。迅さんがいなければ、きっとボーダー側に犠牲者が出ていた。そう思える程迅さんのサイドエフェクトは仕事をした。
俺の無能なサイドエフェクトとは違って。
だがそんな俺の思いとは裏腹に、迅さんは笑顔を歪めて目を伏せる。
「……そんないいもんでもねーよ」
伏せられた目には、後悔と慙愧が宿っていた。
その目になにも言い出せない俺を他所に、迅さんは話し始める。
「昔からさ。いろんな人の未来が見えてた。最初は自分の中での予測……『多分この人はこうなるんだろうな』程度のもので、ぼんやりちょっと見える程度のものだった。でもそれが徐々にはっきり見えるようになって、気がつけば未来の選択肢が見えるほどになってた」
「…………」
「『未来予測』、とでもいうのかね。今その人が置かれている状況から考えられる行動を計算して、おれの頭に映像として映し出す。多分、おれのサイドエフェクトってそういうやつだ」
「計算……」
「未来が見えるって、一言で言えばめちゃめちゃ便利に聞こえるだろう。実際、それが色々と役立った。でも、でもな……悪い未来も見えるってのも、さらにそれを変えられないってのもなかなかしんどかった」
……そうか、やはりというべきか迅さんも持つもの故の苦悩を抱えていたんだ。カゲさんが普段から向けられる感情に苛ついているのと同じように、『確定した悪い未来』を見続けてきた迅さんも悩んだのだろう。
迅さんは母親を亡くしている。もしかしたら、その未来も見えていのかもしれない。そして見えていたとしたら、『見えていたのに救えなかった』ということだ。それはどれほどの苦悩なのか、それは迅さん本人にしかわからない。
「……今回もだ。お前たちの最悪の未来が見えた」
「……そうでしたね。でも」
「『でも今俺達は生きている』、そう言いたいんだろ」
「未来でも見ました?」
「いや、優しいお前はそう言うだろうと思っただけだ」
そう言って迅さんは力無く笑った。
そして顔を雨が降り続ける外に向けた。
「比企谷と夏希ちゃんは確かに最悪の未来は消えた。でもな、ハイセの未来はまだ消えてないんだ」
「っ……」
「あいつが生きるか死ぬかは、五分五分ってとこだ」
佐々木さんはまだ予断を許さない状態だとは知っていたが、まさかまだ未来が残っているなんて思わなかった。最悪植物人間だとは聞いていたが……。
だが、それでも
「それは迅さんのせいじゃないっすよ」
そう、迅さんのせいじゃない。だって迅さんは俺達になにもしていないのだから。
「……違うんだよ、比企谷」
「え?」
「今回、無数の未来が見えた。最高から最悪まで、かなりの未来が見えたんだ」
「はぁ。いつもそんなもんなんじゃないんすか?」
「ああ、そうだ。でも今回は普段とは違ったんだ。今回の件は最悪の未来が
「…………は?」
俺達が伝えられた最悪の未来は、うちの隊が全員死ぬこと。だが、その他にも最悪な未来があったということか。
「そんなの、今まで無かった。なのに今回は二つもいやがったんだ」
「……そのもう一つの未来はどんな未来だったんすか?」
「…………怒っていいからな」
「そこは怒らないでって言うとこなんじゃ?」
「いや、お前は……お前達はおれに怒る権利がある。だって、
「は?」
いよいよ意味がわからないのだが。迅さんのせいで俺達が死にかけた?むしろそれを防ごうとしてくれたんじゃ。
「もう一つの未来はな、千佳ちゃんが拐われ、遊真とメガネくんが死ぬ未来だったんだ」
「空閑と、三雲が?」
「ああ。でもその未来を無くす方法があった」
「……ああ、なるほど」
なんとなく察してしまった。だから迅さんは俺に、いや、俺達にそんな謝ってきたのか。
「メガネくん達を助けるための方法は、
やはり、か。
俺達が死ぬ未来は、俺達が戦場に出向くことにより存在していた。だから迅さんは俺達に戦争に参加するかどうかを聞いた。だが迅さんなら俺達がどう答えるのかはなんとなくわかっていただろう。迅さんは俺達に本当に死んで欲しくないのなら、トリガーを没収してでも俺達を参加させなかっただろう。だがそうしなかったのはなぜか。簡単だ。
迅さんは、後輩を守るために俺達を戦争に参加させたのだ。
あの場でもう一つの最悪の未来を俺達に伝えなかった理由は、恐らくそれを伝えると確実に俺達が戦争に参加することが目に見えていたからだろう。実際、伝えられたら空閑達のために参加していただろうし。
つまり迅さんは今回、親友とその仲間か後輩、どちらかを見殺しにする可能性を選ばされたということだ。
「おれは、お前達と後輩を天秤にかけて、お前達が死ぬ可能性を選んだ。選んでしまったんだ。親友を、見殺しにしてしまったかもしれないんだ」
「…………」
「……怒ったか?」
「…いや、怒る気になんて、なれませんよ」
「だよな……今そんな元気ないよな」
「……そっすね」
「……ごめん」
「…………」
迅さんの力無い声は、雨の音にかき消されそうなほど弱々しいものだった。俺はそんな迅さんの言葉に反応できなかった。俺自身、まだ色々と整理できていないとこがあったし、なにより迅さんの苦悩がどれほどのものなのかを想像すると言葉が出てこなかった。
雨はまだ止まない。
***
「ん……」
目を開けると、そこは真っ暗な場所だった。
「……え?」
全く身に覚えのない場所に、僕は固まってしまう。
「……どこ?」
見渡してもなにも見えない。
だけど少しすると目が慣れてきたのか空には星が輝いているのがみえる。床はどうやら水のようなものが張り巡らされているのかわずかに星の空を反射している。触れてみたけど、濡れたりはしない。ただ波紋が広がるだけだ。
「……うーん」
色々と考えてみたけど、結局ここがなんなのかはわからない。
とりあえず最後の記憶を遡ってみる。
「……あ、そっか」
最後の記憶は、旧多に特攻を仕掛けた記憶だった。
「僕、あのまま死んだってことかな」
正直、その線が一番近いと思う。それならこのわからない場所で一人でいることにちょっと信憑性が持てるから。ここをあの世とするならだけど。というかあの世って本当にあったんだね。
「……そっか…そっかぁ」
覚悟はしていたけど、やっぱ死んでしまったのかな、と思う。僕の人生は幸せなものだったけど、やり残したことはたくさんある。だから生きられるのなら生きたかった。でもこれでみんなが生きててくれるなら僕は命を賭けた意味はあったんだ。
「…………」
あの時無くしたはずの左腕を空に掲げる。違和感はない。
「……本当に、死んじゃったのかな」
僕の呟きは空に消えていく。
誰も答える人はいない。
服装は戦争に向かう前のものでいつもの黒シャツに紺のスキニー。最後にあの特攻したから、多分あの服はもうダメになってるだろう。買いなおしておく必要があるかもしれない。
「ん……?」
場違いなことを考えている中、ふと顔を上げると少し先に人影が見えた。真っ暗なシルエットになっているため誰かはわからない。
「あの!」
僕はすぐに声をかけた。少し離れていたから大きな声を出してみたが、反応らしきものはない。ちょっと怖いから近寄りたくはない。でも今は現状の手掛かりになるものがなんでもいいから欲しかった。
仕方ないから僕は近寄るためにその人影に向けて歩き始めた。遠いから姿が見えないだけで、もしかしたら近寄れば姿が見えるかもしれない。
「あの、すいません」
反応はない。姿は相変わらずはっきりしないが、背丈は僕と変わらないくらいだろうことはわかった。
「すいません、貴方は誰ですか?」
「…………」
「ここが何なのかわかりますか?」
「…………」
「僕の声、聞こえてますか?」
「…………」
反応は全くない。もしかしたらただの幻覚なのかもしれない。いや、でも死んだ後に見える幻覚ってなに?
「……あの」
「お前は」
「!」
やっと返してくれた。声は……どこかで聞いたことあるような気もするけど、はっきりしない。ノイズが混ざっているせいでよくわからない。
「お前は、なぜここにいる」
……それは寧ろ僕が知りたい。なぜここにいるのかわからない。気がついたらここにいたのだから。
「僕には、わかりません。気がついたらここに……」
「お前は言い切れるか?」
「え?」
「お前は言い切れるのか?」
「お前は、悔いが無いと言い切れるか?」
「え……」
問いかけの意味がわからず、僕は固まる。
人影はなおも続ける。
「お前の人生は、幸福なものだったか?」
「…それは……」
もちろん、と言おうとしたのに僕の口はうまく動かない。
言えない、何故か言えない。僕は幸福だった。それがわかっているのにも関わらず、僕はその言葉を言ってはいけないと思ってしまった。
「……答えられないか」
「僕、は……」
「ならば行け」
「え?」
「答えを見つけて、またここに来い」
人影がそういうと、視界は眩い光に包まれて、僕は思わず目を閉じた。
ーーー
「ん……」
目を開けると、そこは見慣れた天井だった。
「……僕の部屋?」
訳がわからない。
しばらく固まっていると、下から声が聞こえてきた。
「ハイセー!そろそろ起きなくていいのー⁈」
この声には聞き覚えがあった。
もう、聞くことがなかったはずの声。
呼吸が乱れる。動悸が止まらない。
そんなはずない、そんなはずないんだ。だって……だってあの人は、もう。
そう考えながらも僕の足は一階へと向いた。
この時間なら父さんか、もしくは誰もいないかの二択なのに、本来ならいるはずのない人物がそこにはいた。
「おはようハイセ、今日は珍しくお寝坊だったわね」
「……母さん」
四年前、僕の目の前で亡くなったはずの母親、佐々木世良がそこにはいた。
江藤傑
エンジニア
年齢 28歳
血液型 A型
身長 172センチ
体重 62キロ
趣味 FPSゲーム、サバゲー
好きなもの ゲーム、カツ丼
嫌いなもの セロリ、真戸の無茶振り
エンジニア。元々真戸さんの大学の研究室の先輩で、真戸さんが学部四年の時、修士一年。プログラミングとシュミレーションの基礎を真戸さんに教えたのはこの人。大学生時代からPCのFPSゲームにどハマりして単位を落としそうになり、なんなら留年の危機に陥ったこともあるが、素の頭はいいためそこから成績を盛り返す典型的なやればできる人。博士課程に進む道も用意されていたが、鬼怒田さんにスカウトされてボーダーのエンジニアになる。エンジニアになった後は業務をこなしながら自分の趣味のFPSゲームに出てくる銃を再現して試し撃ちしたりしていたらいつの間に銃手トリガーの開発を一手に担う羽目になり鬼怒田さんへの殺意を募らせる。それどころか研究室の後輩であり開発室副室長の真戸さんからタスクが際限なく振られるため最近過労気味で真戸さんに殺意を募らせる。
同い年の彼女がいるが、まだプロポーズできていない。彼女はすごく心が広いため、待っていてくれている。名前は由美子だが、あーしさんとはなにも関係はない。
良いお年を。