年度末の忙しさがようやく終わったと思ったらリモートワークになり、リモートワーク用の環境を整えるだけで一苦労した作者です。
なんにしても遅くなりました。
そして累計話数80話目です。
76話です。
朝日が顔に差して、目が覚める。
「……ん」
日の光を見たのは久しぶりな気がする。大規模侵攻が終わってからすわっと雨続きだったからだ。
「朝か」
布団から身体を起こして伸びをする。わずかに肋骨が痛んだが、ここ数日であまり気にならない程度にはなった。
無論回復したのではなく俺が痛まないように動くことができるようになったというだけで、回復したわけではない。だからここ数日の朝の鍛錬はしていない。
枕元に置いてあるスマホを充電器から外して見ると、二件ほどメッセージが届いていた。
「横山……?」
そのメッセージは横山からで、一件は画像だった。
開いてみると、そこには佐々木さんと笑顔で写る横山の姿だった。
『サッサン、起きたよ』
俺は時計を見た。8時過ぎ。
面会はもうできるか?わからんけどすぐに行こうと身体が動いた。
「んお、おはよお兄ちゃん。どしたの?」
部屋の扉を開くと小町が歯ブラシを咥えて立っていた。
「佐々木さん、起きたって」
「え!ほんと⁈お兄ちゃんすぐいこ!」
「ああ」
俺と小町は朝食も摂らずに着替えて家を飛び出した。
ーーー
三門総合病院
「佐々木さん!」
ノックもせずに扉を開くと、そこには左目を包帯で巻いた横山と佐々木さんがいた。
「や、比企谷くん。小町ちゃんも」
「おはよーございます!無事で何よりです!」
思ってたよりも元気そうでちょっと拍子抜けだが、元気であるに越したことはない。
「もう、大丈夫なんすか?」
「うん。入院はしばらくしなきゃだけど、とりあえずはね」
「良かったですー!本当に心配しましたよ」
「ごめん、心配かけたね」
笑顔で話す佐々木さんを見ていると、足の力が徐々に抜けてく。
「比企谷くん」
佐々木さんの顔をみると、朝日に照らされてよく見えない。
でも笑っているのだけはわかった。
「ただいま」
「……遅いっすよ、それ言うの」
「でたよ、捻デレ」
「ほーんと、お兄ちゃんは素直じゃないね」
「言いたい放題かお前ら」
それと捻デレを普通に言語として使うな。小町の造語だぞそれ。
「はぁ…なんだかなぁ」
なんだかおかしくて笑ってしまった。
たった数日のはずだったのに、俺は久方ぶりに心から笑えた気がした。
ーーー
「で、佐々木さん怪我はどんな感じなんすか?」
有馬さんが持ってきた(らしい)りんごを食べながら佐々木さんに聞いた。ちなみにりんごを剥いたのは小町。上手くなったなぁ。なんなら俺よりうまいな。
「ん?んー…左手以外は軽傷だね。かすり傷とかはたくさんあるけど、どれも絆創膏とかで済むレベル」
「……左手は?」
「完全に切断されちゃった。これはさすがに治らないね」
そう言って佐々木さんはりんごを口に運ぶ。
「……そっすか」
「トリオン体になった時、左手の操作とか上手くできなくなりそうだなぁ」
そう言いながら屈託なく笑う佐々木さんは、いつも通りだった。
「……ごめんね」
「え?」
突然謝られて言葉に詰まる。
「あの時、旧多を止めるためにはどうしてもなにかを犠牲にしなきゃ切り抜けることができなかった。僕が命以外で差し出せるものの中で一番リスクが小さいものを選んだつもりだったんだけど……」
「…………」
「それでサッサンが死んでちゃ世話ないのよ」
「うん、本当にごめんね」
佐々木さんの選択についてどうこう言う気はない。佐々木さんなりに最善を尽くした結果なのだろうから俺が言えることは、何も無い。
それでも、それでももっとなにかできなかったのかとは考えてしまう。俺にしても、佐々木さんにしても。
「とりあえず、無事ならそれで良いです」
「無事……とは言い難いけどね」
そう言って佐々木さんは左腕を掲げる。肘から先がなかった。
「痛むんですか?」
「ううん、今は痛まないよ。でも確かに神経が通っていないことはわかる。無くなった瞬間、どう動かせばいいかすらわからなくなるんだね」
「……そうなんですね」
小町の悲痛な表情に佐々木さんは少し申し訳無さそうに頭をかいた。
「これからどうするの?」
「ん、ああこれからね」
横山の言葉を聞き、佐々木さんは傍らに置いてあったスマホを少し操作すると、画面を見せられた。それは鬼怒田さんからのメッセージだった。
「ぽんきちからの?」
「うん。今……というかこれからなんだけど、トリオンを使って形成させた義手を開発するんだって。その実験台になって欲しいってこと」
「トリオンの、義手?」
「うん。イメージしやすいのは、
「あれか」
「実は暁さんが趣味でやってたトリオンの人形の操作が使えるんじゃないかってことで、そのデータを元に開発していくみたい」
「ほぇ〜、真戸さんそんなことしてたのねぇ」
「こんなことに役立つ可能性があるとは思ってもなかったかもしれないけどね」
そう言って佐々木さんは一度言葉を切った。
「比企谷くん、僕は見ての通り当分入院する身だ。だから……」
「まぁ、そうなりますよね」
「うん。僕は、比企谷隊を抜けるよ」
まぁそうなるだろう。いくら休隊できるとはいえ、佐々木さんが再び戦えるようになるまでどれくらい時間が必要となるかは定かではない。その間ずっと休隊というわけにもいかない。さすがにそれはどうなのだろうと周囲からの声もあるだろうし。
「妥当ですね」
「あれ、予想してた?」
「怪我のこと考えれば、至極真っ当だと思いますけど」
「そっか〜」
普段通りふんわりと笑うと、佐々木さんは横山の方を見た。
「夏希ちゃんは?」
「あたし?あたしは続けるよ。A級でいることは難しいかもしれないけど、それでもオペレーターやるの好きだから」
あっけからんに言うなこいつ。
「あ、でもハッチが解散するって言うならまた真戸さんの下につこうかなって考えてる。どーする?」
「え、今その判断すんの?」
「うん」
「ええ……」
今かよ……そんなことあんま考えてないんだけど。
「とりあえず、今は続けるつもりだ。まだそんな詳しく考えてねーけど」
「そ。おけー」
「軽っ」
「むしろそんな重くするような話題じゃないでしょ?チームの解散なんてボーダーじゃ言うほど珍しくもないし」
「それは……そうか」
なんか諭されて妙に納得してしまった。
「それに、あたしはこの場所好きなんだよね」
「……そうか」
そういう場所を俺は作ることができてたんだな。もらってばかりだと思ってたけど、知らぬ間に俺も返せていたんだ。
そう思うとなんだか気が楽になった気がする。
「お兄ちゃん、もらってばかりだね」
「うるせ、その通りだよ」
「いーの、返してもらってるしね」
「そうだね」
「……そすか」
「あ、お兄ちゃん照れてる〜?」
「うっせ」
そう言って誤魔化すように小町の頭をわしゃわしゃする。
ああ、これで良かったんだ。
きっと俺は、間違えなかった。
そう思えた。
ーーー
「じゃあ小町はそろそろ塾に行きます!」
しばらく話していい具合に時間が経ったところで小町が立ち上がりそう言った。
「ありがとう小町ちゃん。またね」
「忙しいのにごめんね〜。また今度勉強あたしが教えてあげるから!」
「ありがとうございます!お二人とも早く良くなってくださいね!」
「小町、晩飯はどうする?」
「ん?あー……今日は家で食べる!用意しといて!」
「ん、りょーかい」
「ではでは!また来ますね!」
手を振りながら小町は帰っていった。たしかここから塾までそんな距離無いし大丈夫だろう。
「小町ちゃん、思ってたより元気ね」
「まぁな。当日は那須の家に匿ってもらったりしたからな。それでも少し疲れてるみたいだがな」
「まぁ、そうよね」
「ちゃんとケアしてあげてね」
「無論っすよ」
佐々木さんは安心したように笑うと、テレビの電源をつけた。
「なんかみたい番組でもあるの?」
「見てればわかるよ」
その回答がよくわからず俺と横山は首を傾げた。
しばらくCMが流れていたが、画面が切り替わり、映し出されたのは記者会見のような現場だった。
「あ、そういえば今日か」
「え、なにが」
「ボーダーの記者会見。本当はあの日の2日後の予定だったんだけど、街の復興のために少し遅らせたとか聞いた」
「あ、そうなん。サッサンはどこでしったん?」
「起きて、少しした時に父さんが」
「あー、なるほど」
そうこうしているうちに記者会見が始まる。
大体話しているのはメディア対策室室長の根付さんだった。
根付さんは手元の資料を見ながら映し出された資料の解説をしていく。資料は今回の街の被害、人的被害、そして敵の規模といったところだった。
『以上が、今回の大規模侵攻における報告となります。質問があれば受け付けます』
「……人が少ないながらも死んでるから、ヤジは飛んできそうね」
「だろうな。多分、ボーダーを悪者みたいに責め立てようとする奴くらいはいそうだ」
「あはは……まぁ、仕方ないよね」
俺達の予想通り、すぐに厳しい質問が飛んできた。
『ボーダー内部に犠牲者を出したという事実は、ボーダーの防衛力な疑問を呈する結果になったと思うのですが、そのあたりに関してはどういう認識なのかをお聞かせください』
「…………」
「横山」
「……わかってる。あたしのせいじゃないってことくらい」
やれやれ、俺の引きずり体質が少し伝染したか?やだ、比企谷菌感染力強すぎ?
『……まず、殉職した5名のご遺族には、謹んでお悔やみ申し上げます。有能かつ魅力のある人物であった彼らを失ったことは、現在行方不明の訓練生とあわせて非常に大きな損失でありまことに無念に思っています。
さて、『基地内部に犠牲者が出たことを受けてボーダーの防衛力の不足をどう考えているか』という質問ですが、結論から言って不足であるとは全く考えてはいません』
根付さんの言葉に記者達がざわめく。まあ当然だろう。犠牲者出したのにあっけからんにいったのもあるだろうけど。
『お手元の資料をもう一度よく見て頂きたい。今回起きた戦闘の規模は4年半前の第一次近界民侵攻のおよそ8倍。1200人以上の死者と400人以上の行方不明者を出したあの第一次侵攻の8倍のネイバーが攻め込んで来たのにも関わらず、被害は40分の1。最高とは言い難い結果ではありますが、我々のこれまでの備えが結実した想定以上の大きな成果だと考えています』
「むしろこれであれより被害大きかったらあたし達本格的に無能扱いよね」
「だろうね。普段あれだけの時間割いて訓練してるんだし」
間違いない。あれだけの設備と環境を整えてもらいながらみすみす民間人死なせたりしたら敵が余程の強者揃いか、俺らが無能かの二択になる。記者からしたら向こうがどれだけの強者かなんて知る由もない。だから必然的に俺らが無能だったという結論になるだろうよ。
『それは戦闘規模が大きかったから40人程度は誤差ということでしょうか。今回連れ去られた訓練生の中に私の知り合いの息子さんがいます。その人の前でも同じことが言えますか?』
「なーんか、こっちが悪者みたいになってんね」
「人ってのは辛いことを誰かのせいにしたくなるもんよ」
「経験者は語る」
「おいこら」
「にしし」
すっかり元気じゃんこいつ。
しかし、まあ余裕そうな表情してますなぁ根付さん。それも当たり前か。ボーダーがいなかったら何百倍もの人が死んでる。そしてそれを記者達も理解している。だからこちらは余裕があるし、マスコミはイラついているんだろう。
あ、よく見たら有馬さんいるじゃん。なんだ、いないと思ったら会見に出てたのか。全く発言しないけど謎の存在感がある。
「訓練生の犠牲、ね」
「どうしました?」
「いや、やっぱり向こうには訓練生がベイルアウトできないことバレてたのかなって」
「そうでしょ。でなきゃわざわざ訓練生狙ったらしないでしょうし」
「……そっか」
「なんか引っかかるんすか?」
「うん、少しね」
こういう時の佐々木さんの言葉は大体当たる。この人の場合俺とは違い直感ではなく、頭で情報を整理しきれていない時にこういうことを言う。
「もちろん三雲くんのせいでもあるのかもしれないけど、多分それだけじゃない。多分……三雲くんの一件は、情報を確定させただけで……えっと……うーん」
「まだ整理しきれない?」
「……多分だけどさ、訓練生がベイルアウトできないことはもっと前にバレてたと思うんだよ」
「そう思う根拠は?」
「旧多は、最初にイレギュラーゲートが初めて出た時よりも早くこちらに潜入してた。あれだけ嫌なことばかりしてくる男だ。彼自身が潜入する前からなにかしらのアクションを起こしてると思うんだ。トリオン兵に斥候させるとか」
「……たしかに」
「それに乗じて多分本部の内部構造まで把握してたと思う。そこからゲート誘導装置の有効範囲とか、警戒区域の広さとかも」
「……あれだけ周到にやってきたんだし、そう言われても違和感ねぇな」
なにかしらやってたのかめしれない、ということしかわからない。
詳しく調査すればわかるのかもしれないが、残念ながら今はそれに割ける人員はいないだろう。
「ん……て、あれ?」
「どうした」
「三雲くんじゃない、これ」
「え」
そう言われてテレビの画面を見ると、松葉杖を使って壇上に姿を現した三雲の姿があった。
「なにしてんのこいつ」
「さぁ……」
「どーせ唐沢さんの差し金じゃない?幹部で今唯一いないし」
「……たしかにそんな感じするわ」
その後、記者会見で大見得切る三雲の姿を俺達はぼんやり眺めていた。
ーーー
「いやぁ、随分大見得切ったね三雲くん」
記者会見が終わり、テレビの電源を切った佐々木さんは朗らかに笑った。
「まさかここで遠征のこと言うとはな」
「あの子なりの責任の取り方って考えたら妥当だとも思うけどね〜」
「そうだね、現に彼の行動で情報が漏れたと記者達は思ってるわけだし、これが最善じゃないかな」
あの場で三雲ができたこととしては、まぁ最善だと思う。
しかしあいつまだまだ弱いぞ。頭は使えるけど、結局ある程度実力がないとA級に上がることなんてできん。どうすんだ?空閑がいれば中位くらいはキープできるだろうけど……。
「ねぇハッチ」
「ん?」
「三雲くん、A級まで上がってこれると思う?」
「いや無理だろ」
「うわ、ばっさり」
だって、無理なもんは無理だろ。
「いや、A級に上がるだけの素質はあのチームにはあると思うぞ。空閑は言わずもがな、雨取はトリオンモンスターだ。実戦経験を積めばワンパターン戦法でも毎回2、3点はゴリ押しで取れるようになるだろうよ。三雲は正直戦闘では正面切って戦える素質はないが、戦況をうまく見る頭はある。だから経験積めばA級に上がる目処くらいは立つだろうよ」
「じゃあなんで無理って言ったん?」
「横山も格闘技やってたからわかる所もあるだろうけど、経験って簡単に積み上げられるもんじゃねぇんだよ。何度も失敗して、考えて、実践する。この繰り返しが自分の血肉になっていく」
「うん、よくわかる」
「だがあいつらは遠くない未来にある選抜までの期間にその経験を積み上げられるだけの時間が無い。さっき言った言葉は全て経験を積めばっていう前提条件がある。だから、そういう意味での無理」
「なるほどね。じゃあ比企谷くんはどうすれば三雲くん達は選抜までにA級になれると思う?」
いやめっちゃ聞いてきますね貴方達。いいんだけど、そんなに気になる?
「…あのチームの最大の弱点は、空閑以外がまともな戦力にならないってとこっすね。空閑をうまくサポートできる陣形でも確立すればかなり強いでしょう。空閑自身は既にA級レベルだ。全員で作ったハメ技陣形とかやられたら、俺らでも苦しくなると思います」
「うん、たしかにそうかもね」
「でもその陣形があったとしても、空閑を合流させる前に囲んで袋叩きにすればそれで終わりっす。あと残ってるのは残念ながらまだまだ雑魚。空閑を落とされたら良くて逃げ切ってベイルアウト、悪けりゃ全滅でしょうよ」
「つまり、空閑くんが単体で攻略されたらそこで終わりってことだよね」
「そうですね」
実際あのチームの力はかなり偏っている。
空閑は既に緑川相手に勝ち越せるほどの実力があるのにも関わらず他は言ってしまえばC級レベルだ。雨取は使い方次第では脅威になるだろうが、それも局所的だ。あのトリオンでアイビスなんて打ったら味方ごと粉砕しかねないし、位置がモロバレになって粉砕しきれなかったやつに刈り取られて終いだ。
そして三雲も残念ながらまだまだ役には立たない。射手として経験が浅すぎるし、なにより本人のトリオンが小さい。トリオンが小さいから弱いってわけではないが、あるに越したことはない。さらにあいつは近接戦闘における素質は無いに等しい。それこそ地道な努力が必要となるだろう。
あのチームをA級、またはB級上位にいかせるためにはもう一人、空閑と同等レベルのフロント張れる奴がいないと厳しそうだ。個人としての戦闘はともかく、チームとしては何回か負けないと多分A級には上がれない。
遠征がいつ選抜されるかはわからないが、そう遠くない未来ならば何回か負けた時点でタイムリミットだ。そう言う意味でもA級に上がるのは難しそうだ。
「千佳ちゃんは?あのトリオンならメテオラとかハウンドバカスカ撃つだけで結構点取れると思うんだけど」
「ん?ああ、あいつね」
まぁ横山の疑問は尤もだろう。実際雨取のトリオンでハウンドとか撃つだけで中位レベルなら完封することもできなくはない。
だがあいつには致命的な弱点がある。
「それは、多分無理だよ夏希ちゃん」
「え、なんで?あのトリオンだよ?」
「多分だが、雨取は人が撃てない」
「え」
「やっぱりそう思う?」
「ええ、まぁ」
根拠、と呼べるほどのものはない。
ただ、雨取がアイビスぶっ放してる時に家に当たらないように心がけていた。あそこは警戒区域じゃないから当然の配慮だと言えるが、あそこまで過敏に当てることを嫌がるのも少し珍しい。それに聞いた話だと人が傷つくことが異様に恐怖を感じるらしい。あいつ自身の過去のトラウマから感化されたものだろうが、そういう経験をしていてなおかつ、心根が優しい雨取は人が撃てない可能性は高い。
他にも探せば理由はあるだろうが、そもそも本当に撃てないかどうかすらわからん。ここでの話は所詮想像だ。
「へー、千佳ちゃんがねぇ」
「実際に聞いたわけじゃないけど、多分な」
「まーあの子優しそうだし、その可能性は高そうね。それに、
「まぁ僕が言ったからって理由はちょっと弱いかもしれないけど、イメージとしては鳩原さんみたいな感じかもね」
「そういえば、そんなに事件もありましたねぇ」
「僕たちが追跡に向かったからね」
「もう半年以上前か。早いもんね」
俺達のこの関係は、今日で終わる。横山とはとりあえずまだ組んでいくことになるが、今までの比企谷隊はもうこれで終わりだ。
今まで慣れ親しんだ関係だが、そんなに寂しいと思わないことに少しだけ驚いている。ここで佐々木さんが抜けたとしても、佐々木さんとの関係がここで終わるわけではない。そう考えるとそんなに寂しいと思わないのだろう。
「佐々木さん」
「ん?」
「俺を、チームに誘ってくれてありがとうございました」
「ああ、いや……僕も比企谷くんと組めて良かったよ。こんなに息の合うコンビは、そうないだろうからね」
「すげえ感謝してます。なにか返せたらいいんすけど……」
「いや、僕は十分返してもらってるよ」
「……そすか」
「あ、照れてる」
「うっせ」
頭をかいて誤魔化すが、照れ臭いのは事実だ。こんなに真っ直ぐ感謝を伝えてくるのは、小町くらいだったから。
「佐々木さん、検査のお時間です」
「あ、はい」
看護師が入ってきて、そう伝えてきた。今日はこの辺りでお暇するとしよう。
「んじゃ、そろそろ帰ります。元気そうで良かったっす」
「うん、また来てね」
「また来ます。そんじゃ」
「またねハッチ」
「ん」
そう言って俺は佐々木さんの病室を後にした。
「いいの?」
琲世の検査終了後、比企谷が去った後の病室で夏希は琲世にそう問いかけた。
「ん?」
「チーム」
「ああ、それね」
琲世は傍らに置いてある見舞品の中にあるチームエンブレムのキーホルダーを手に取る。
「僕がチームからいなくなったからといって、僕と比企谷くんの仲が悪くなったり、今生の別れになるってわけでもない。彼とのチームはすっごくやりやすかった。多分、こんなにやりやすい人はそういないと思うよ」
「じゃあどうして?」
「本部長に迷惑かけるわけにもいかないし、空閑くんの一件で僕たちは上層部に目をつけられてる。あまり我儘を通したくないと思ったのもある。八割以上の理由はこれだよ。でもそれだけじゃなくてね。僕は、比企谷くんとも競ってみたいんだ。僕が今後チームを組むことは、あっても相当先の話になるから個人として競うことができればいいなって思ってる」
「そーいうことね。あれね、迅さんと太刀川さんみたいな」
「あの2人ほどしょっちゅうじゃなくても、まあちょくちょくランク戦できればなって。それに今回の侵攻で比企谷くんは死線を超えた。きっと、そのうち彼はすごくなるよ」
「そっか。フリーになれば、そういうことできる機会も増えそうだしね」
「あ、そうだ。ちょっと調べたいこともあるから怪我が治ったら夏希ちゃんにも協力してもらうかも」
「調べたいこと?」
「うん」
「なに?」
「過去の三門市におけるネイバーによるものと思われる行方不明者のこと」
*
佐々木さんの病室を後にし、家までの帰路を歩く。行きは早く着くためにバスを使ったが、帰りはそんなに急ぐ必要はないため節約のためにも歩いている。
普通に歩く程度ならあまり痛みも感じない。完治するまでさすがに運動はできないが、日常生活は特に不自由しないだろう。
「ふう」
空を仰ぐと、前とは違う青空が広がっていた。
「ん」
ふと振動を感じてスマホを見ると、メッセージが届いていた。
『おっつーヒッキー!大丈夫?怪我とかしてない?』
由比ヶ浜か。学校も今週休みだったから、あいつらには一週間近く会ってないことになるのか。基本療養という名のニートしてたんだけど。
とりあえず返信するか。
『怪我はしたけど日常生活に問題ない範囲』
これでよし。
再び振動。返信早くない?暇なん?俺も暇だったわちくしょう。
『大丈夫なんよね⁈』
『大丈夫』
『良かった〜!』
『で、なんか用か?』
『あ、そうそう!今日ね、ゆきのんと鍋パする予定だったの!』
鍋パだぁ?雪ノ下が?あいつそんな俗物な食い物食ったことないんじゃないか?
『そうか』
『ゆきのんの家でやる予定なんだけど、ヒッキーもどう?』
鍋パ、ね。パーティかどうかは知らんがまぁあの日以来あいつらにも会ってないし会うのもいいかもな。
『あー、今日小町家で晩飯食うみたいだから雪ノ下の家でやんのならパス』
『そっか……』
仕方ないとはいえ、少し悪いことしたな。このこと小町に言ったら怒られそうだけど、俺は今は家族と飯が食いたい。
……あ、でも。
『うちでやるのでも良ければいいぞ』
うちでできるのならできそうだな。
これなら小町の晩飯の確保もできるし、なにより小町を1人にしないで済む。天才か俺は。
『え⁈ヒッキーの家⁈いいの⁈』
『ああ』
『じゃあ6時にゆきのんと食材買って行くね!』
『了解。住所後で送っとく』
それだけ言ってスマホをポケットに突っ込んだ。
あとで小町にこのこと伝えて……鍋は確かあったはず。
帰ったら軽く掃除でもするか。
そう考えながらワイヤレスイヤホンを付けてアニソンを流しながら俺は帰路に着いた。
ーーー
家でスマホをいじっていると呼び鈴が鳴った。時計を見るとちょうど6時。
「もうこんな時間か」
傍らで寝ているカマクラの頭をわしわしと撫でて立ち上がる。
玄関に向かい扉を開くと、雪ノ下と由比ヶ浜がいた。
「よっすヒッキー!」
「久しぶり、というほどではないかしら」
「おう。ま、入れや」
客用のスリッパを出して2人に上がるように促す。
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす!へー、ここがヒッキーの家かぁ」
「小町は7時ごろに帰ってくる。それまでに鍋つくっちまおう」
「そうね」
「まさかヒッキーの家でやるとは思わなかった〜」
だろうよ。俺も思ってなかったよ、お前らを招く日が来るなんて。
人の気配を感じたカマクラがトテトテと歩いてくる。それを見た雪ノ下は目を輝かせた。
「……猫」
「……好きに触れ。よほどのことが無い限り嫌がらんから」
「…………」
「自分の世界に入るの早すぎか」
「あ、あはは……」
どんだけ猫好きなんだこいつ。いやいいけど。カマクラも気持ち良さそうだし。
「あ、そうだ。比企谷くん」
「ん?」
「家を使わせてもらうから、これを」
そう言って雪ノ下が差し出したのはちょっといいとこの和菓子だった。
「おお、サンキュ」
「小町さんと、あとご両親と一緒に食べて」
「ん、わかった」
断る理由もないし素直に受け取る。まぁ、一緒に食えるのは小町だけだが。
「……そういえば、ヒッキー。お父さんとお母さんは?」
あー……そういや2人には言ってなかったか。というかボーダー関係者以外で知ってるの平塚先生くらいか。
まぁ間取りは2LDKで他に部屋らしい部屋もないからそう思うのも当然だろう。部屋の扉には『小町』、『八幡』とネームプレートがかかってるから親はどうしてるのだろうと思うだろうし。
「いねぇ」
ここまで来たら隠す理由もない。素直に言うのが得策だ。
「え?」
「出張かなにかで不在なのかしら?」
「いや」
「じゃあ、2人は」
「死んだ。4年前に」
2人の表情が固まる。あまり広くない和室の奥を指差して2人にそちらを見るように促す。そこには両親の仏壇があった。
「え……」
「あ…………その、ごめんなさい」
「いいって。知らなかったわけだし、悪意があって言ったわけじゃないんだから」
この反応もだいぶ慣れた。ボーダーでうちに来たことある奴やそこそこ仲良い人は大体最初こういう反応するから。
両親の死になにも思ってないわけではない。だが、わからずに言ったのならそれは仕方のないことだ。だって知らなかったのだから。悪意があってそれを言うなら俺も黙ってないが、そうでないなら責めたりする理由にはならない。
「じゃあ……ここには」
「俺と小町の2人で住んでる。一応俺は年齢的には働くことが可能な年齢だからそれも特別に許されてる」
「でも、保護者は……」
「名義上、親戚の名前を使わせてもらってる。まぁその親戚が関わるのは俺と小町に本当になにかあった時だけだな」
本当は同居してないならそういうことしちゃダメらしいんだが、そこは唐沢さんと忍田本部長、あと根付さんがどうにかしてくれたらしい。
この三門市には俺みたいな孤児チックなやつが他にもいる。そのため孤児院に行くにしてももう空きがない。だからこういう処置も例外的に許してもらっている形らしい。
まぁその親戚も親戚で住んでる場所が沖縄だからな……簡単に俺らを引き取ったり支援できるような場所じゃない。
「そう、なんだ」
「大変だったのね」
「まぁ、な」
おっと、これから鍋だというのにしんみりしてしまった。
「ま、そういうことだ。時間もそうないしさっさと鍋作ろうぜ」
「そうね」
「うん、そうだね。あ、ヒッキー!これ食材!」
ビニール袋を受け取り中を見ると、鍋の定番の食材が入っていた。
……が、よく見たらいくつか見慣れないものがちらほら存在した。あと大事なものがない。
「おい、なんで桃缶とインスタントコーヒーなんぞ入ってる。あとなんで鍋の素買ってきてねーんだよ」
入れるの?こいつら鍋に入れるの?なに、今からやる鍋って闇鍋だったの?
「ち、違うの!」
「ほう、なにが違うんだ」
「桃缶はデザート!インスタントコーヒーは……く、クッキー作る時に使うの」
「また木炭作るのか」
「木炭いうなし!」
まぁいいや。闇鍋にするために買ってきたんじゃないならなんでも。
しかし鍋の素がないとなると……。
「んー、仕方ねぇ。普通に出汁取るとこからやるか」
「ごめんなさい、私鍋なんて初めてで」
でしょうね。君みたいなお嬢様が鍋なんぞの庶民フード食ったことなんぞないだろうな。
「出汁からやるなら時間ねぇな。早速やろう。手伝え」
ーーー
「まずはどうするの?」
「出汁用の昆布を水につける。30分くらいだな。由比ヶ浜、そこの棚から土鍋出してくれ」
「土鍋土鍋……あ、これ?」
「それだ。使うの久々だから軽く水洗いしといてくれ」
「おっけー」
「割るなよ」
「そんなことしないし!」
適当に茶化したところでビニール袋から食材を取り出していく。食材は豚肉、鮭、あさり、えのき、白菜、しらたき、木綿豆腐、長ネギ、舞茸、春菊だった。全体的に普通の食材でよかった。これでなんかよくわからんもんが入ってたりしたら闇鍋になりかねない。
「やるか」
「ええ」
「雪ノ下は白菜頼んだ。葉はざく切り、芯は斜め切りで」
「わかったわ」
作業に取り掛かる雪ノ下を横目に俺は鮭をパックから取り出して生魚調理用のプレートに乗せて塩を振りかけ、数分放置し水分が出てきたところでキッチンペーパーで水分を拭き取る。これにより魚の臭みを抜くことができ、なおかつ旨味が汁に出過ぎないようになると佐々木さんに教わった。
「あさりは…砂抜きするか」
あさりは塩水につけて砂抜きをする。
その間にえのきの石突きを落としてほぐしておく。
「ヒッキー、水洗い終わったよ」
「なら次は水を鍋に入れて出汁昆布つけておいてくれ。水はこのカップ大体5〜6杯くらいな」
「オッケー!」
さすがに由比ヶ浜でもこのくらいできるだろう。……できるよね?あれ?心配になってきた。
「出汁昆布ってこれ?」
「それ、増えるわかめな。普通に書いてあんだろ」
「…………そ、それくらいしってたし?」
「バカやってねーでさっさと昆布いれてくれ」
ダメだったか……この程度もできないとは……俺、少しショック。
対して雪ノ下は……さすがに一人暮らししてるだけあって手際がいい。自炊には慣れているのだろう。
「貴方、随分手慣れているのね」
それ、お前が言う?
「三、四年小町と二人暮らししてれば嫌でも慣れる」
「………そうね」
「お前はいつから?」
「私は高校入ってからよ。でも実家にいる時から料理は少しずつやっていたわ。といっても大体すぐできてしまったからあまりやり込んではいないのだけれど」
「だろうよ」
こいつほどの才能があれば並み以上のことをほとんどやり込まずにできるようになるだろうよ。
実際、雪ノ下は凄い。並外れた才覚を持ち、それを正しく認識している。だからこその苦悩もあったのだろう。持つ者なりの苦悩というのは持たざる者からすればきっと傲慢なのだろうが、それを乗り越えてきた雪ノ下のことは素直に尊敬できると今なら思える。
由比ヶ浜もそうだ。由比ヶ浜には雪ノ下のようなことはできないが、由比ヶ浜なりの才能があり、そしてそれによる苦悩もあった。
人は誰でも苦悩を抱えている。それは特別なことではないのだろう。当たり前でいて、でもみんな忘れていることだ。
今の俺なら、この二人とももっとちゃんと向き合えるのかもしれない。
そんな場違いなことを考えながら俺は食材の下拵えを進めていくのだった。
ーーー
「よし、んじゃあとはできるのを待つだけと」
食材を全て鍋にぶち込んであとは火が通るのを待つだけとなった。とはいっても火が通りにくい食材は既に入れて煮込んでいるからあと五分も経たずに完成するだろう。
時計を見ると7時前だった。もうそろそろ小町も帰ってくるだろう。
「鍋って、全部そのまんまいれるんじゃないんだ」
「食材によって火の通りが早いのと遅いのがあるからな。同じ時に入れたら火が通りすぎてしなしなになっちまう食材とかあるんだよ。白菜とかシャキシャキしてたほうがうまいだろ」
「へぇー!ヒッキー料理のこと色々知ってるんだね!」
「四年近く自炊もしてりゃ嫌でも覚える」
最初はわからなかったが、自分で色々失敗したりして学んだ。それにボーダーで佐々木さんとよく話すようになってからは料理の話をよくしてくれたから料理を含む家事全般には強くなった。やはりあの人はお母さんなんだろう。一部ではママンなんて呼ばれてるらしいし。
「ただいまー!」
玄関から声がする。小町が帰ってきたようだ。
「あ!小町ちゃん!お帰りー!」
「結衣さーん!小町頑張ってきましたよー!」
「うんうんお疲れ様!ごはんたべよ!」
「はーい!あ、雪乃さん!」
「お帰りなさい小町さん。お疲れ様」
「いえいえ!」
「小町、荷物置いて手洗いうがいしてこい。腹減ったろ?」
「もーすごいお腹すいたー。すぐいくね」
そう言って小町は部屋に走っていった。あんまり夜中に走らないで欲しいんだけど。近所から苦情きたら嫌だし。
「んじゃ、準備すっか」
「ええ」
「はーい!」
「由比ヶ浜は、そこの棚から鍋敷出してくれ。丸いやつ」
「オッケー」
「雪ノ下は食器……鍋用の器と箸、あとコップ」
「わかったわ」
さて、俺は鍋を運ぶとしよう。
由比ヶ浜が鍋敷を食卓に置いたことを確認すると鍋を持ち上げて食卓に運んだ。
「よし、と」
「飲み物、ここに置いとくね」
「ん、サンキュ」
ペットボトルの飲み物もその横に置かれた。ジンジャエール、オレンジジュース、お茶の三つがあった。
小町が来る前に飲み物もさっさと注いでしまおうと思い、俺はジンジャエールをコップに注いだ。
「あたしはオレンジジュース。ゆきのんは?」
「じゃあお茶で」
みんなが飲み物が用意できたところで小町が入ってきた。
「おー、鍋ですね!何鍋ですか?」
「ふつーの鍋。ヒッキー出汁取るとこからやってた!」
「ああ、佐々木さんから教えてもらったやつですね」
「サッサンほんと料理のことすごいんだ」
「小町、飲み物どうする」
「ん、オレンジジュース!」
「ほい」
「いやーお待たせしましたー」
「はやく食べよ!」
「んじゃ食うか」
『いただきます』
鍋の蓋を開けると、湯気と共によく火の通った食材が姿を現した。
「おー!おいしそー!」
「よそってやる。器貸せ」
「ありがとヒッキー!」
具材をテキトーに器に入れて各自に渡す。
俺の器には白菜、春菊、肉、鮭、豆腐を入れた。
席に着いてすぐに白菜を口に入れる。ん、うまくできたな。いい出汁が効いてる。
「おいしー!」
「あさり、いいわね」
「あー、あったまるー……」
どうやらみんなお気に召したようだ。
その事実に少しホッとしながら俺もさらに食べ進めるのだった。
ーーー
結構な量買ってきたのに四人で食べると案外すぐなくなってしまう。追加の具材を入れたのにも関わらずもう食材は残っていなかった。
「美味しかった〜。ヒッキーすごいね」
「教えてもらったことをそのまんまやってるだけだ。受け売りってやつだな」
「素直に受け止めればいいのに」
ほっとけ。
「んじゃ、シメにすっか」
「え、あ!麺買ってきてない!」
「知ってるよ」
実際鍋パなんてものは高校生にはまだ早いと思っている。だから色々と足りてないことがあっても当然だろうよ。そもそも鍋食ったことのない雪ノ下とアホの子由比ヶ浜にそこら辺は残念ながら期待してない。
だからこそこれを用意しておいた。
「ん?お米?」
「予め炊いておいた」
炊飯器から取り出した炊き立ての白米をざるにいれて、流水で洗い流す。
「小町、鍋持ってきてくれ。残ってる具材は取り出しておいてな」
「ほーい」
白米のぬめりが洗い流されたところでその米を鍋に入れ、弱火で火をかける。
「あとは……」
卵を幾つか割って溶き卵をつくっておく。
煮立つ直前くらいになったところで火を止めて溶き卵で閉じる。
「三つ葉は……ないか。まぁいいや。よしできた。雑炊」
「おおー!」
「これが……」
「シメは欠かせませんよねぇ〜」
テキトーに雑炊をよそって食べる。うむ、悪くない。
「そういえばヒッキー」
「ん?」
「あのどかーんって突っ込んで来た時、ほんとに怪我なかったん?」
ああ、あの時か。いやまあ怪我はしたけどあの時じゃないんだよなぁ。それに物理的な接触ではトリオン体を壊すことはできんから怪我なんてするはずないんだが……トリオン体のことをいうわけにはいかんしな。
「……まぁあれよ、ボーダーはトリガー使ってる間はそれ専用の戦闘体に変換されるんだ。それは結構頑丈だからあの程度なら怪我しない」
「トリガー、と言ったかしら?それの効果ってことでいいのね」
「そんな感じ」
トリガーって一言でいっても色々あるからな。トリガーって結局トリオン技術を扱ったもの全般のことだし。そもそもあんま詳しいこと言っちゃだめだから詳細は言えないんだけど。あれ、トリオン体に変換されることくらいはいいよね。トリオン体って言ってないし。うん、いいよね。……いいよね?
「へー、ボーダーってすごいんだね」
「学生が戦ってんだぞ?ちょっとやそっとじゃ怪我しないようにすんのは当たり前だろう」
でなきゃとっくにボーダーって組織は潰れてるよ。社会人にすらなっていない子供に命を掛けることを強要する組織とか比較的平和国の日本じゃバッシングの対象でしかない。
「んー、よくわかんないけど、怪我してないならいいや」
……まぁ肋骨逝ってるから怪我してないとは言い難いが。
なんにしても、俺の無事を喜ばれるのはなんだかむず痒い。佐々木さんもこんな気持ちだったのか。
そんな気持ちを飲み込むように雑炊をかきこんだ。
ーーー
シメの雑炊も食べ終わり、洗い物も済ませたところで時間は9時を回っていた。
「ほい」
食卓に座る雪ノ下の前にほうじ茶の入った湯飲みを置く。
「あら、ありがとう」
「粗茶だけどな」
「そこで文句なんか言わないわ」
小町と由比ヶ浜はテレビを見ながら雑談していた。毎日勉強頑張ってるし、つい数日前にあんな戦争があったんだ。今週くらいは少し軽めの勉強で良いだろう。
「……本当に二人で暮らしてるのね」
お茶を飲みながら雪ノ下は俺にそう言った。
「まぁ、な。親戚も随分遠いとこ住んでて俺たちを簡単に引き取れるほど余裕のある経済状況じゃなかったし、祖父母はどっちも俺が小学生の頃に他界したから」
「四年前だと、貴方まだ中学生よね。義務教育も終わっていない子供たちをそのまま二人暮らしにはできないはずだけど」
「一応、保護者には親戚の名前使ってる。詳しいことは正直わからんが、施設もこの辺りにはなかったからなし崩しでこうなったって感じだな」
「……そう。大変だったのね」
「かもな」
「……聞いてもいいかしら」
「内容による」
「私達にそのことを教えなかったのは、なんで?」
……それ、少し前に三輪も同じこと言ってきたな。
「……別に不幸自慢したいわけじゃねぇ。かなりデリケートな内容だし、変に気を使わせるのもこちらとしてもいい気分はしない」
まぁ、自分のことを話す相手を選んでいるだけなのだが。今までは話してもいいと思えるような関係ではなかったが、長期間この二人と関わることにより簡単にいえば仲良くなった。だから話してもいいと思えるようになったのだろう。ただ単にそういうことだ。
「……そう。貴方らしいわね」
「褒められてるのか?それ」
「さぁ?好きに解釈すればいいわ」
そう言って雪ノ下は笑った。
「人との距離の取り方がうまいのね」
「おいおい、万年ぼっちだった俺にそれ言うか?」
「貴方が一人なのは、自分なりに考えた結果一人なのでしょう?過去はどうだったか知らないけど、少なくとも今は」
「どうだか」
考えた結果では確かにあるが、単純に合う人間が学校というコミュニティでいなかっただけだろう。加えて昔の俺は人との距離の取り方が下手すぎたからぼっちになってたんだし。今は……昔よりはマシだと思いたいな。
「私は、今でも上手くいかないことが多い。貴方のようにはできないわ」
「俺と同じようにやる必要は無いんじゃないか?距離の取り方は人それぞれ違うやり方でいいだろう」
俺は俺なりのやり方で生きているだけだ。距離の取り方だけなら由比ヶ浜の方がはるかに上手いだろうが、由比ヶ浜は俺のやり方はできないだろうし、俺も由比ヶ浜のやり方はできない。ただそれだけのことだ。
「……そうね。貴方にもできたのだし、私にも私なりのやり方があるわよね」
「なんか含みのある言い方してない?」
「被害妄想よ」
人には向き不向きがあるが、不向きの俺にもある程度やっていくことができるんだ。雪ノ下もすぐにとは言わないだろうが、いつかできるようになるだろう。
湯飲みに入ったお茶を飲みながらそんな風に思った。
「あ」
そういえば……。
「なにかしら」
「葉山の進路についてだが」
「あら、なにかわかったの?」
「一応な」
まぁあの依頼が来て、マラソン大会があってすぐに侵攻されたせいでうやむやになっていたが、依頼を受けた以上三浦には最後に伝えておく必要がある。まぁ伝えるのな由比ヶ浜がやりそうだが。
「それで?」
「少なくとも、理系ではない。そんだけ」
特進クラスいく、とか言われたらどうしよもないが、多分あの様子からすると普通に文系だろう。
「……そう。でもなんだか煮え切らない言い方ね」
「俺が聞けたのはそこまでだからな。ま、この程度で勘弁してくれ」
これ以上は聞ける気がしない。そもそもあの答え方でほとんど決まっているようなものだ。
「十分よ、ありがとう」
「ん」
「そういえば、貴方の進路は?」
「俺?国立文系。進路としては普通に文系ってことになるな」
特進クラスにはいく気にはなれない。単純に面倒そうだし。
「お前は?」
「私?そうね、私も文系にするつもりよ。ただ国際教養クラスだから貴方たちと一緒のクラスになることはないけどね」
「そうか」
姉と同じ理系に行く可能性も考えたが、どうやら違うらしい。
雪ノ下雪乃はもう姉の影を追ってはいないのだろう。
いいことなのか悪いことなのかはわからない。
でも、きっと彼女は変わったのだろう。
そう考えながら俺は湯飲みのお茶を飲み干した。
ーーー
「ヒッキー、今日はありがと」
「美味しかったわ。ありがとう」
「別に俺一人で作ったわけじゃないんだがな」
夜10時を過ぎたところで二人は帰ることにし、夜も遅いため少し家まで距離のある由比ヶ浜はこのまま雪ノ下の家に泊まるらしい。尤も、遅くならなくても泊まるつもりだったのだろうが。
女性二人だけで夜道を歩かせるわけにもいかないため、駅まで二人を送っていった。
「じゃ、気ぃつけてな」
「大丈夫よ。二駅だし、私のマンションは駅からすぐ近くだから」
「僅かな距離でも気を付けろっていってんの」
結構顔いいんだから君達。
「ヒッキー心配しすぎ。キモいよ」
「俺の心配を罵倒で返すなや」
「なーんてね。心配してくれてありがと。またね!」
「じゃあ、また学校で」
「ん、またな」
手を振っていく二人の後ろ姿が駅に入って見えなくなるまで見送った。
「さて、帰るか」
もし俺が、あのドロドロしたやつに吹き飛ばされず、やつが俺を無視してあの避難所まで一直線に向かっていたら、今この時はなかった。根拠はないが、そう確信している。あいつ……旧多が俺の嫌がることを率先してやっていたら、そうなっていた可能性もある。旧多が俺の行動をかなり正確に把握していたら、二人は……。
そう考えると背筋が寒くなる。
大丈夫だ。俺はちゃんと守れた。例え運が良かっただけだとしても守れたという事実は変わらない。
「やっと、終わったんだな」
二人の顔を見て、俺はそれを実感した。俺の中で二人はきっと日常の象徴のようになっているのだろう。
やっと戻れる。
そう考えると、帰路につく俺の足取りはどこか軽く感じられた。
三月は忙し過ぎ、ほとんどハーメルンを開かなかったのでここまで遅くなりました。今はリモートワークのため休憩がてらに書いてます。作者にしては珍しく既に次の話にも手をつけはじめています。
ようやくこれで長かった大規模侵攻編も終了です。ここからはガイルサイドを主にしながら過去編、アニオリ編とやっていきます。楽しみにしてくださる方がいるかはわかりませんが、お楽しみに。