目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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虫歯の治療にやたら時間をかけられました作者です。


9章
77話 甘いものは、日常を感じさせる。


「はぁ……」

 

電車から降りて出たため息は自分でも驚くほど哀愁が漂う重いものだった。基本的に思考回路はネガティブな俺が、いつも以上に今後を考えて気が重くなっていく。この後会う人間のことを考えると、どうしても良い気分にはなれない。完治していない肋骨が鈍く痛む。

 

「なんて休日だよ全く」

 

俺の呟きは雑踏の音にかき消された。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「あ、比企谷くん。こっちこっち〜」

 

すれ違う人が思わず振り向いてしまうような美貌に満面の笑みを浮かべながら雪ノ下陽乃は手を振ってくる。その分厚い仮面の下にどれほどドス黒い本性が隠されているのか……考えただけで悪寒がする。

 

さて、せっかくの休日になぜ俺がこの大魔王と会っているか。簡単な話、呼び出された挙句来ないと家まで迎えに行くとか言われたからだ。本部に逃げ込めば多分追って来ないだろうが、所詮問題の先延ばしだ。だからこういうことは早めに済ませるのがいいと俺は知っている。

 

「…………」

「あら不服そう。そんなに呼び出されたこと嫌だった?」

「もちろん」

「ふふっ……そんなに嫌なのに大事な人のために動いてしまう。そういうとこ、嫌いじゃないよ」

「……なんの用ですか」

 

この人とは下手に会話しない方がいい。こちらの真意を読み取られ、挙げ句の果てに揚げ足を取られて墓穴を掘りかねない。

 

「言ったでしょ?君とお話しがしたかったの」

「…………」

「うわっ、すごいその目。まるでナメクジでも見てるかのよう。ちょっとゾクゾクしちゃう」

「さっさと済ませてくれません?」

 

一刻も早く帰りたいんだから。なんでこんな休日の昼間という最高の時間帯に最悪の人間に合わにゃならんのだ。

 

「……ま、いっか。とりあえず移動しよ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「で、結局なんなんすか」

 

カフェに移動し、その席で俺はそう問うた。この人が俺を呼び出してまで聞きたい話で予想できるのは、2つくらいしかない。

 

 

妹の雪ノ下雪乃のことか、かつて所有物としていた佐々木琲世。

 

 

この二人に関することしか俺は予想できないし、そもそもそれ以外のことでこの人は俺を呼び出したりしないだろう。

 

「進路について」

「進路?」

 

進路について?誰のだ?

……佐々木さんは、違うだろう。あの人まだ大学一年生だ。就職するにしても、進学するにしても今後のことを正確に意識し始めるには少し早いように思える。そうなると……。

 

「雪ノ下の、ですか?」

「お、察しがいいね〜。雪乃ちゃんの進路について、なにか知ってる?」

「わざわざ俺に聞かなくても、貴女は知ってるんじゃないんですか?」

 

雪ノ下のことについては俺よりもはるかにこの人の方が詳しいだろう。家族であるだけでなくこの人は(かなり歪んではいるが)シスコンだ。妹の進路なんぞ、手に取るようにわかるだろうに。

 

「そーんなこと当たり前じゃなーい。私が雪乃ちゃんの進路を把握してないとでも?」

「じゃあ俺に聞く意味ないですよね」

「その問い自体に意味がないことをわかっていながらもそれを言うんだね、君は」

「…………」

 

わかっている。この問いの意味は、『俺と雪ノ下の関係を測る』問いであることを。

 

「一応、知ってはいます」

「ほーほー。なんて言ってた?」

「それをここで答えるのはフェアじゃないです。そもそも知ってる貴女には必要のないことだ」

「ありゃ義理堅い。でも君には答えたんだね。随分信頼されてるじゃん」

「信頼、ね」

 

信頼と言っていいのかは、わからない。確かに前よりはマシな関係になっただろうが、まだ信頼と言っていい代物ではないだろう。なにより、俺はまだあの二人とちゃんと向き合えている自信がない。

 

「へぇ……」

「……なんすか」

「自分でわかってるんだ」

「小僧なりに考えてるんでね」

「卑屈ねぇ。確かに君はまだ成人もしてないけど、同年代の中では大人な方だと思うけどねぇ」

「仮にそうだとしても、世間一般では俺は所詮ただの若造です」

 

実際、親のいない俺は同年代の中ではかなり達観してる方だろう(斜に構えるともいえるが)。だがそれでもまだ所詮ただの子供なのだ。少し無理やり大人にならざるを得なかっただけだ。

 

 

『君は、僕と同じ子供だよ。大人にはね、どんなに頑張っても今の僕達ではなれないよ』

 

 

無理に大人になろうとして、小町も、他人も巻き込んで迷惑かけた記憶が蘇る。今思うと死にたくてのたうちまわりたくなるレベルだ。なんなら土下座弟子入りレベルの黒歴史。

 

「ふーん」

「お気に召しませんでしたか?」

「ううん。寧ろよかった」

「は?」

「雪乃ちゃんと関わるんだから、中途半端な心持ちじゃ許せないからね」

「怖っ」

「声に出てるよ?」

「出したんすよ」

「ま、いいけど。君達の関係が今は本物じゃない。でも、ちゃんと本物になろうとする努力だけは、捨てないようにね」

「随分と優しいアドバイスっすね」

「まーね。これ以上君に辛い思いさせても楽しく無さそうだし、なによりハイセくんに嫌われそう」

 

ほんっとにこの人は佐々木さんのこと好きだな。え、なに?本当に恋しちゃったの?

 

「本当に佐々木さんのこと好きなんすね」

 

その言葉に目の前の大魔王は目をスッと細めて口元を歪めながらこう言った。

 

「もちろん」

 

その言葉と気配に僅かに気圧され、手に持っていたカップを握りしめる。やはりこの大魔王は強い。俺ではとても勝てそうにない。

こんな人とよく佐々木さんは付き合いが続いてたな。俺なら速攻で着信拒否してるレベルの怖さなんだけど。そもそも俺に電話かけてくる人とかそんないないわ。だがこの人の場合着信拒否してもどーせあの手この手で連絡取ってくるんだろうけど。

 

「ご愁傷様、佐々木さん」

「ええ〜ひどーい。こんな美人のおねーさんに好かれるなんて男としては最高じゃない?」

「中身が魔王じゃなければそうでしたね」

「ふふっ……面白いね。さて、そろそろ行こうかな。行くところあるし」

 

そう言って陽乃さんはお金をテーブルに置いて立ち上がった。その金額は俺のコーヒーの分もあった。

 

「付き合ってもらったからね、ここは奢ってあげる」

「…………これは借りになりませんよ」

「わかってるよ。この程度で貸しにしようなんて思わないから」

 

最後にじゃあね、と言って陽乃さんは帰っていった。

時計はまだ昼前を指している。そして陽乃さんは行く場所があると言っていた。あの人がどこに行くかなんて考えたくもないが、多分、俺が想像している場所にいったのだろう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「はい、今日の検査はここまでです」

「ありがとうございます」

「ではまた明日、佐々木さん」

 

看護師が病室から出て行ったのを見計らい、タブレットを取り出す。ボーダーから支給された端末であり、先日父親の有馬に頼んで必要なデータを入れてもらっていた。

右手のみでどうにか操作するが、違和感と不便さがやはりあった。

 

「右手だけだと、ちょっと操作しづらいな……」

 

左腕はどうすることもできないため諦めて琲世はデータファイルを開く。パスワードを打ち込み、表示された文書を読み進めていく。

 

「……あ」

 

深く読み込むことはせず、ざっと見てから重要な部分だけ読み込もうとしていたところで、一つの名前に手が止まる。

 

 

『鳩原未来』

 

 

「……鳩原さん」

 

かつて仲間であった女性の名前を口にする。今はどこでなにをしているのかまるで見当がつかない。とりあえずこちらにはいないことは確かだろうが。

一通り鳩原に関する情報を読み終えてページをめくる。そこでまた手が止まった。

 

「この苗字……」

 

名前ではなく、苗字に見覚えがあるものであったため琲世の手は止まった。

 

 

『雨取麟児』

 

 

「雨取って…確か玉狛の」

 

身長が遊真と同等程度しかない小柄な少女のことを思い出す。確か彼女の名前は雨取千佳。もしかしたら血縁者かもしれない。

 

「この人が、ねぇ……」

 

表示されている顔写真はどこか鋭い目つきをしている。年齢的にはあの少女の兄だろうか。詳しい話は聞いてない故に彼がなぜそのような行動に走ったのかは知らないが、鳩原と共に行動を起こしたとなると知的好奇心等の欲から来るものではないのではないかと予測できる。

 

「……千佳ちゃんがボーダーに入ったことを考えたら、千佳ちゃんが原因なのかな」

 

無論そうでない可能性も大いにある。そのため決め付けるのは良くないだろう。

 

不意に病室の扉がノックされ、その音に思考の海から引き上げられる。

 

「どうぞ」

『入るぞ』

 

その声と共に扉が開かれた。入ってきた男性は琲世にとってはよく見知った存在であり、同時に入ってきた女性はかつては忌まわしい存在であった人だった。

 

「まさか貴方達が同時に来るとは思いませんでしたよ」

 

そう琲世が言うと、男性は顔を歪め、女性は楽しげな表情を浮かべた。

 

「好きでこいつと共に来るわけないだろう。偶然だ」

「あら、そんなこと言わなくてもいいじゃなーい。お互い知らない仲じゃないんだし」

「誰が好き好んでお前のような人外と関わるか」

「ええ〜?こんな常識を弁えた美人にそんなこという〜?」

「ノックもせずに入ろうとした奴の常識が弁えられているとは思えんな」

「あはは。まぁ入ってくださいよ、二宮さん、雪ノ下さん」

 

入って来たのは、二宮匡貴と雪ノ下陽乃だった。

 

「……元気そうだな、佐々木」

「万全ではありませんけど、元気ですよ」

「ま、ハイセくんが万全になることなんてもう無いけどね」

「そうですね。何せ左腕が無くなりましたから」

 

皮肉を込めて言った言葉はあっさり流され、陽乃の内心は少しだけ揺らいだ。この青年はここ最近急激に逞しく、そして残酷になってきている。それが陽乃にとって喜ばしいのか、それとも憎らしいのかはまだわからない。

 

「それで?わざわざ俺を呼んだ理由は?」

「これです」

 

そう言って琲世はタブレットを陽乃に見えないように二宮に渡した。その意図に気づいた二宮は画面が陽乃からは見えない位置に移動し、中身をみた。そこには先程琲世が読んでいた雨取麟児についてだった。

 

「……これは」

「二宮さんなら、この資料がなんなのかわかりますよね?」

「…………」

 

二宮は最近、ネイバーに関係すると思われる三門市の行方不明者について調べている。そのことを知った琲世はできる範囲で父親である有馬からそれに関連する資料を取り寄せた。

 

「それについてボーダーが保有している記録の一部です。一応公開されている記録ですけど、僕たち一般戦闘員には閲覧権限のないものなのですので実質非公開データと同等です」

「…………お前の父親か」

「ええ。このことについては一応内密に。上層部もこのことは把握してますが、そんなほいほい見せていいものではないのも確かなので」

「……対価は?俺はなにをすれば良い」

 

タブレットのデータを自らの持つボーダー支給のスマートフォンに転送すると二宮は琲世に向き直った。

その言葉を待っていたと言わんばかりに琲世は笑顔を浮かべる。

 

「今後二宮さんが調べて得られた情報を共有してください」

「ほう?」

「僕も少し気になることがありまして」

「……いいだろう」

 

少し考えて二宮はそう答えた。

二宮の中で琲世は無意味なことをする人間ではないことがわかっている。つまり琲世が二宮に情報を渡したことも結果として自分に利益があるからだと判断した上での結果だと考えられる。琲世がなぜそれを調べようとしているかは不明だが、それでもお互いに利益があるためここは素直に申し出を受ける方が得策だと考えた。

 

「ふーん、なんか面白そうなことしてるねぇ」

 

そしてそんなやり取りを見ていて雪ノ下陽乃が黙っているわけがない。

 

「私も一枚噛んでみようかな〜」

「ふざけるな。これはボーダーに関わることだ。お前のような一般人が首を突っ込んでいいことではない」

「でも〜、うちは一応ボーダーのスポンサーだよ?関係が全く無いわけではないと思うのだけれど」

「屁理屈も大概にしろ。金を出しているのはお前ではなくお前の父親だ。お前自身はボーダーとなんの関係もない」

「まあまあ、二宮さん。無駄ですよ。ここで僕らがなにを言ってもどうせこの人は暇だから勝手にやりますよ」

 

琲世の散々な言い草に少しだけ雪ノ下陽乃は笑顔を引きつらせる。高校の頃の面影はもはや無いのではないかと思えるほど琲世は変わっていた。

 

「だから雪ノ下さんにも、ちょっと頼み事をします」

「おや?」

 

正直そう来るとは思っていなかったため雪ノ下陽乃は目を丸くする。琲世が雪ノ下陽乃に頼み事をしたことなどほとんど無かったからだ。

 

「珍しい。まぁいいよ。なに?」

「ある人物について、調べてもらえます?」

「ある人物?誰よ」

「名前は」

 

 

 

「旧多二福です」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

欠伸をしながら特別棟への廊下を歩く。昨日は珍しくゲームをしていたら遅くなってしまった。新作ゲームってやっぱダメだな、やめどころが見つからなくなる。

 

佐々木さんが抜けてから数日、比企谷隊は俺と横山だけという体制になり、俺と横山共に負傷しているため防衛任務にも出ることがなかったから少々暇だった。トレーニングもできないし、なんとなく勉強にも身が入らない。だからここ数日は小町の受験サポートに力をいれていた。

 

その横山は3日前に目の手術を終えたらしい。治るかどうかは、なんともいえない。横山は

 

『治ればいいけど、先生のあの様子からすると望み薄かなぁ』

 

と言っていた。眼球というとても繊細な器官を黒トリガーでやられたんだ。そう判断してもおかしくはないだろう。

俺の肋骨は一応順調に回復している。折れていたとはいえ、複雑骨折みたいな折れ方はしてなかったらしく無茶しなければ予定通り治るとか。

 

「ん」

 

不意にスマホの振動を感じとり、バックからスマホを取り出す。バックに入れてる方のスマホはボーダーから支給されたものであるためボーダー関連だろう。

差出人は、唐沢さんか。

 

『やあ比企谷くん。怪我の調子はどうかな?あまり無茶をしないようにして回復に努めてほしい。

さて、今回の大規模侵攻で君達比企谷隊の個人ごとに戦功を付与することが決まった。少々日数が経ってしまっているが、そこは許してほしい。具体的な内容は添付したファイルに示してある。今度、時間がある時に私の所に来てくれ。戦功を付与するにあたり必要な書類を渡す。

 

では、お大事に。』

 

戦功か。そういやそんなのあったな……。

さて、俺は何級かな?てか個人にってことは横山にも個人で付与されんのか。戦功個人的に付与されたオペレーターなんて過去にいるのか?

 

そんなことを考えながらファイルを開く。中には色々書いてあったが、要約すると

 

比企谷八幡:特級戦功

佐々木琲世:特級戦功

横山夏希:一級戦功

 

おお、俺と佐々木さん特級か。こいつはびっくりだ。佐々木さんは特級だろうと思ったけど、まさか俺もとは。人型撃破の作戦指揮と、黒トリガーの足止めと撃破支援、あとは新型撃破の功績ね。こうして見ると俺頑張ったな。

 

「特級戦功って、賞金いくらだっけ……」

 

公式で戦功付与されるような事態は随分久しぶりだから忘れたな。あとで調べるか。

 

そう考えたところで背後からパタパタと足音が聞こえてくる。その足音がすぐ側まで来たところで右に身体をズラす。

 

「うわっとと!」

 

先ほどまで俺がいた場所を黄色いリュックサックが通り過ぎた。

 

「なんで先行くし!」

 

そして予想通り、リュックをぶつけようとしてきたのは由比ヶ浜だった。

 

「どーせ行く場所は同じだ。わざわざ待つ意味もねーだろ」

「そーかもだけど」

「ならいいだろ」

「むー」

「そういえば、葉山と三浦はどうだ?」

 

膨れっ面で俺を睨む由比ヶ浜から視線を外しながら俺はそう問うた。大規模侵攻でバタバタしてたが、一応由比ヶ浜と雪ノ下に葉山の進路については伝えた。その後三浦に伝えたということは聞いたが、どうなったかは知らない。恐らくなにも言ってこなかったから大丈夫なのだろうが、一応確認しておこうと思いそう問いかけた。

 

「ああ、もう大丈夫みたい。なんかさ、ああいうのっていいよね。今を大事にしてるっていうかさ」

 

今を大事に、ね。

 

「ああ、そうだな。今が一番かもな」

「お、ヒッキーにしてはポジティブじゃん」

「過去のことを考えると後悔で死にたくなるし、未来のことを考えると不安で鬱になる。消去法で今が一番になる」

「やっぱりネガティブだった⁈」

 

わかりきっていることだろう。俺らだって来年……いやもう今年か。近いうちに受験生になる。そして受験が終わったら次は就職だ。考えたくない。就活したくないしもうボーダーに就職でもいいような気がしてきた。でも就職したらしたで社畜になりそうだし……悩ましい。

そんなアホなやり取りをしているうちに部室にたどり着いた……たどり着いたのだが、なぜか気配が一つ多い。一つは雪ノ下だろう。だがもう一つ……なんとなく覚えがあるが……。

 

「やっはろー!」

 

俺のげんなりした気持ちをかけらも知らずに由比ヶ浜は部室に入っていった。ため息をつきながら入ると、そこにはやはり予想通りの人物がいた。

 

「先輩おそーい!」

 

やはり、一色がいた。

 

「……なんでいんだよ」

「まーまーいいじゃないですかー!ところで葉山先輩って甘いもの好きですか?」

 

俺の問いかけはスルーしたくせに自分は質問投げかけてくるのな。スルーされたから俺もスルーしていいかな。

 

「わかるわかる、サバの味噌煮ってうまいよな」

「キャッチボールができてないんですけど⁈」

「先にスルーしたのお前だからな?」

「もーいいじゃないですかーそんなの!で、どうなんですか?」

「葉山ならなんでも喜んで食べるんじゃないか?」

「あ、でも隼人くんチョコ受け取らないって言ってたなぁ」

 

ほう、そうなのか。

しかし、考えてみれば当たり前のことかもしれない。全員の受け取ったら恐ろしい量になるし勘違いも生まれかねない。だが特定の人間だけ受け取ったら軋轢が生まれる。この場合、一番穏便に済ませるのは葉山が受け取らないという選択だろうな。

 

「えー⁈なんでですかー⁈」

「揉めるからに決まってるじゃない。必然的に空気がギスギスしてしまっていたわ。小学校の時そうだの」

「ああ……」

 

うーん、モテる人は違うねぇ。葉山は葉山でそういう面倒をずっと抱えて来たのか。大変だなー(他人事)

 

「ま、葉山的にそうするのが一番楽だったんだろ」

 

自分の周囲で波風立てたい奴なんぞそういないだろう。そんな奴いるとするのならただの愉快犯か性根が腐りきってる奴かだ。

 

「まぁこの際先輩でもいいです。甘いものって好きですか?」

「その質問に意味は無いだろ」

 

お前が気にするべきなのは俺じゃないでしょ?葉山と俺なんて違いすぎる人間だから参考にはならんだろう。

 

「ヒッキーは!甘いもの好きだよ!」

「そうね、彼は甘いもの好きよ」

「…なぜお二人が答えたのかはわかりませんけど……ならちょうどいいですね!」

「なにが?」

「甘さをどれくらいにするか悩んでたんですよ。人によって好き嫌い結構違うじゃないですか」

「一色さん、自分で作るの?」

「意外だな」

「なんでですかー!私はお菓子作り得意ですよー!」

 

ほーん。

 

「あ、今『どーでもいー』とか『知らんわ』とか思ったでしょう!」

「こっわ、なにお前エスパー?」

「やっぱりー!先輩すぐ顔に出るんですから!」

 

それ結構いろんな人に言われるけどそんなに顔に出やすいの俺?

 

「まぁいいです。で、せっかくなので義理チョコの参考にしようかと」

「はぁ」

「どーせ先輩チョコとかもらったことないんでしょ?」

「はいはいそれでいいよ」

 

職場で毎年配られてるのを貰うくらいはあったが、所詮その程度だ。俺にくれる人は大体他の人にも配ってるし。ただちょいちょい人とは違うもの渡されたりしてるんだが、あれはやはり嫌がらせか失敗作を押し付けられているだけなのだろうか。そうだったら悲しい。

 

「あれ、でも小町ちゃんは?」

「くれるよ。味見係も兼用だがな」

「小町?お米ですか?」

「それはあきたこまちな。妹だ妹」

「え、先輩もしかしてシスコンですか?」

「…………」

「それは……」

「否定できないわね」

 

シスコンの姉貴持ちの雪ノ下に言われるのはなんか癪だな。

 

「やっぱり先輩は歳下好きなんですね〜」

「そもそもお前4月生まれで差は一年ねーだろ。あんま歳下感ねーよ」

「え……」

 

え?なにこの空気。俺なんか地雷踏んだ?

 

「え、なに?」

「い、いえ……誕生日覚えてるとは思わなくて」

「え、ヒッキーなんで誕生日知ってるの⁈キモいよ⁈」

「あまり感心しないわね、後輩の誕生日を秘密裏に調べるなんて」

「いやいやいやいや、ちげーから。一色がしょっちゅうあざとく誕生日言ってくるからだろうが。さすがにあれだけの頻度で言われたら誰でも覚えるわ」

「あざとくないですー!先輩の方があざといですー!」

 

君、あざといの意味わかってる?大丈夫?

 

「あー面倒くせぇ。持ってきたものを試食くらいはしてやるからさっさと帰れ。ここは溜まり場じゃねーぞ」

 

やれやれ……こいつはここを何でも屋と勘違いしているようだけど本来違うからね?それに準ずることばっかやってるけど。

 

と、そこで扉の方に気配を感じ、それと同時にノック音が響いた。

 

嫌な予感がした。

 

 

ーーー

 

 

「……その?手作りチョコとか……作ってみたいんだけど、その、来年受験だし?だからまぁ、一度手伝ってほしくて?」

 

入ってきたのは三浦と海老名さんだった。髪の毛をいじりながら話す三浦はなんだかしおらしいけど、頼みごとするときにその髪の毛いじりはやめた方がいいと思うな!お兄さんとの約束だぞ!

 

「でも優美子、手作りとか重いって言ってたじゃん」

 

そんなこと言ってたのかよ。それ言ってることとやってること矛盾してるよね。大丈夫か。

 

「それは……その……」

「まーまー。いいと思うんだよ手作り。ヒキタニくんも!隼人くんと友チョコすればいいのに!」

「いや、しない」

 

そもそもなんで男が男にチョコ渡すんだよ。腐った気配しかしねーよ。

 

「てかあいつチョコ受け取らないんじゃないのか」

「男子同士ならセーフだよ?」

「前提がアウトじゃねーか」

「そうなんですよね……そう公言してる以上難しいですよね……」

 

そのセリフで三浦は一色に視線を向けた。そして一色はそれに気づき視線を三浦に向ける。やだ、なんか火花散ってる。怖いなぁ。嫌だなぁ。

 

「ん?」

 

なんかバチバチしてる景色を見たくなくて他のことに意識を向けようとしたところで、部室の扉のあたりに気配を感じた。青味がかかった髪がわずかに見える。あれは……名前なんだっけ。

 

「あっ」

 

俺の視線に気がついてその人物は思わず声を上げてしまった。

 

 

ーーー

 

 

「それで、なにか用かしら」

 

入ってきたのは川崎だった。なにしに来たのこの子。なに?今日はやたら人が来ますね。帰っていい?

 

「ああ……えーっと…」

「つーかあーしの話まだ終わってないんだけど」

 

なんで喧嘩腰なの?喧嘩腰でしかコミュニケーション取れないの君は。影さんですらもう少しおしとやかよ?

 

「は?あんたお茶飲んでるだけじゃん」

 

おまえもか……なに?みんな喧嘩しないと気が済まないの?戦闘民族なの?

 

「あ?」

「おい、喧嘩すんなら他所でやれ」

「まーまー、サキサキもなんか話あったんでしょ?とりあえず話してみそ?」

 

海老名さんにそう言われて三浦から視線を外した川崎は少し恥ずかしそうに話し始めた。

 

「その……チョコレートのことなんだけど」

「はっ!あんたも誰かにあげんのウケるー」

「あ?」

「あ?」

「あのさ、あんたなんかと一緒にすんのやめてくんない?」

「は?」

 

いたたまれなくなったのとアホらしくなった俺は足元に置いてあるカバンを掴んで立ち上がった。

 

「帰る」

「ちょ、ヒッキー!」

「なんであんたが帰んの⁈あーしの話まだ終わってないんだけど!」

「話進める気がねー奴の話を聞く気なんてならないでしょ……これ以上お前らの喧嘩なんて見てても良い気分もしねーよ」

「う……」

「大体お前ら……まぁ主に三浦だけど、頼みに来てる立場の奴が他の人煽ってんじゃねーよ……喧嘩買う川崎もだけど、君らここになにしに来たの?喧嘩したいだけなら俺らいらんだろ」

 

げんなりした表情をしながら力なくそう言うと三浦は押し黙った。こちとらでかい戦争の後でまだまだ疲れてんだから余計に疲れさせないでくれ。

 

「……まぁ、比企谷くんの言うことは尤もね。二人とも落ち着いてくれないとこちらも話ができないわ」

「……チッ、悪かったわよ」

 

絶対それ悪いと思ってないよね……。

 

「……ごめん」

「はぁ……」

 

形式上とはいえ、謝罪を得られたためとりあえず俺は席に着く。次やったら本当に帰るからな。

 

「話が途切れてしまったわね。それで、チョコがどうしたの?」

「ああ、その……あんたらの知り合いの中で小さい子でもできるお菓子作り教えてくれる人とかいない?」

「小さい子でもできる、ね」

 

そういえば、確かこいつ妹いたな。幼稚園くらいの。

 

「でもサキサキ、家事得意じゃなかった?」

「あたしが作るの……なんか地味でさ。小さい子あんま喜ばなさそうだから」

「ちなみに、どういうの作れるの?」

「………………里芋の煮っ転がし」

 

地味だな、本当に。

 

 

ーーー

 

 

「それにしても、困ったわね」

 

三人が去ったあと、雪ノ下はそう言った。

 

「はい……三浦先輩が若干本気を出しつつあるのは少し困りました」

 

違う、そうじゃない。雪ノ下が言ってることは絶対そのことじゃない。というか君は本気に自分のことしか考えてないのね。

 

「私が言ったのは依頼の数のことなのだけれど……」

「でも、隼人くんの気持ちも少しわかるな。結構いろんなことに気を回すところとか、あたしにもあるし」

「……そうかもな」

「で、実際どうします?」

「その話続いてんのね……」

 

どうする、と言われてもね。葉山本人が受け取らない公言をしているのだし普通の手段は無理だろう。ならばどうするか。

 

受け取らざるを得ない状況にすればいいのでは?

 

「んー……葉山が受け取ってもおかしくない状況にすればいいんじゃね?」

「は?どーいうことです?」

「例えば……試食してくれとかいって渡せば葉山でも受け取るんじゃね?知らんけど」

 

いや本当に知らんけど。

 

「あ、それいいかも!」

「いいじゃないですかーそれ!依頼に来た人全員まとめて作れば依頼もまとめて完遂できますし!その人たち全員を雪ノ下先輩に教えてもらえば!」

「ええ…それは構わないのだけど……」

 

そう雪ノ下が言った瞬間、一色はスマホを取り出して電話をかけはじめた。

 

「あ、綾辻先輩!ちょっと企画ができたんですけど……」

 

企画するのはいいけど、あんま綾辻に無茶振りすんなよ?あいつも忙しいんだから。

やれやれ、なんか知らんが話はまとまったらしい。

 

「ねぇ、あたしは?」

「由比ヶ浜さんは……私と一緒にやりましょう」

「信頼0⁈うう……でも仕方ないのかも……あ、ヒッキーは?どーする?」

「多少料理はできるけど、お菓子作りはほとんどやったことねーな」

 

実際やったお菓子作りはクリスマスイベントの時を入れてもせいぜい片手で数えられるレベルだ。普通の料理と大差ないかもしれないが、ことお菓子については経験値はかなり低い。

 

「あ、そうだ。サッサンとかは?ほら、サッサンクリスマスの時とかすごく美味いの作ってくれたじゃん」

 

佐々木さん、か。

 

「そうね、佐々木さんが手伝ってくれたらかなり楽になるとは思うわ。でも佐々木さんの都合もあるから」

 

そう言って雪ノ下は俺を見る。まぁ佐々木さんと一番関わりが深いのは俺だし、連絡をとって欲しいのだろうな。

 

「いや、佐々木さんは無理だ」

 

片腕を無くして、今は入院中だ。イベントの手伝いなんぞできるわけない。

 

「え、どうして?」

「日程も決まってないのに無理って言うってことは、なにか事情があるのね?」

「まぁ、な。あの人、この前の大規模侵攻で怪我したんだ。だから今はそういうことできる状態じゃない」

 

なんなら真戸さんが義手を作るまで大好きな料理すらできない。

 

「そっか……サッサン、大丈夫?」

「とりあえずな。命に別状はない」

「そう……今度、お見舞いに行かせてもらうわ。色々とお世話になったのだし」

「そうしてやれ。多分、喜ぶよ」

「じゃあ、細かいところをこれから詰めていくってことで!よろしくでーす!」

 

こちらが話をしている間にどうやら話はついたようだ。電話を切った一色は満面の笑みでこちらに向き直る。

 

「それじゃあ、細かいところはこちらでやっておくので当日よろしくです!」

 

そう言って敬礼する一色はとてもあざとかった。

 

 

 

ーーー

 

 

「比企谷くん」

 

一色も帰り、下校時間になったため荷物を纏めていると雪ノ下が声をかけてきた。由比ヶ浜は教室に忘れ物を取りに行った。

 

「ん、どした」

「佐々木さんのお見舞い、いついけばいいかしら」

 

ああ、そのこと。

 

「多分、いつでもいいと思うぞ。検査の時間とかその他色々病室にいない時間とかあるだろうけど俺も全部把握してるわけじゃないからなんとも言えんが」

「そう……」

「俺、今からその佐々木さんのとこ行くから聞いといてやろうか?」

 

いくら療養以外にできることがないとはいえ、多少都合というものがあるだろうし。

 

「そうなの?なら私も同行していいかしら」

 

おっと、これは予想外。

 

「んー、まぁいいんじゃね?一応伝えておくけど多分大丈夫だろ」

「そう?なら同行させてもらうわ」

 

そう言ったところで由比ヶ浜が帰ってきた。

 

「ん、ヒッキーとゆきのんどっかいくん?」

「俺がこの後佐々木さんのとこ行くから雪ノ下がそれについてくるんだと」

「由比ヶ浜さんもどう?といっても今日は少し挨拶して帰るのだけれど」

「あー……今日は部活後すぐに帰るって言っちゃったから。行きたいけど今日は……」

「そう。仕方ないわ、今唐突に決まったことなのだし。それに今日はお見舞いの品を持っていくため予定を聞く程度だから。お見舞いに行く時は一緒にいきましょう」

「うん!ありがとゆきのん!」

「じゃ、帰るか」

 

そう言って俺は荷物を背負った。

 

 

ーーー

 

 

自販機でマッカンを買って駐輪場から自転車を取りに行き、校門前で待つ雪ノ下と合流した。

 

「待たせた」

「いいえ、大丈夫よ。行きましょう」

 

由比ヶ浜は先程別れたため俺達二人だけだ。

佐々木さんの入院している三門総合病院は学校から20分ほどの場所にある。今から行くとなると面会できる時間は少ないが、元より今日は少し顔を見るだけだったし大丈夫だろう。

 

「ねえ、比企谷くん」

 

暫し互いに無言で歩いていたが、唐突に雪ノ下が口を開いた。

 

「なんだ」

「聞いてもいいかしら」

「答えられることならな」

 

答えられないことを聞いてくるビジョンなんか見えないが。

 

「佐々木さん、どれくらい怪我は酷いの?」

 

……この口調から察するに、雪ノ下は俺の言葉から佐々木さんの怪我が結構酷いことをなんとなく察したのだろう。そんなあからさまな言葉は使ってないが、鋭い人間なら確かになにかしら察することができるかもな。

 

「かなり。さっきも言ったが、命に別状はない。だが一時期は二度と目が覚めない可能性すらあったほどだから」

「そんなに……」

「左腕持ってかれたんだ。出血量を考えたら生きてることが奇跡だよ」

 

実際風間さんがいなければ佐々木さんはあそこで死んでいた可能性すらあった。

 

「そう……貴方達ボーダーは、命懸けで戦ったのね」

「普段なら命懸けになることはないんだがな」

 

でなければ学生がボーダーなんぞできないだろうしな。

 

「私のような一般市民は、守られて生きていることがよくわかるわ」

「守るのが仕事だからな。できなきゃ無能もいいところだ」

「そうかもしれない。でも、私達はあの時貴方に助けられたわ。さすがに私もこれだけ被害が近くで出たのは初めてで怖かったし、不安だった。だから貴方には感謝してる」

「吹っ飛ばされて登場したのにな」

「もう少し素直に感謝を受け取ることはできないのかしら」

「ほっとけ」

 

こういう性格なんだよ。

 

そんな俺に呆れるようにため息をついた雪ノ下は言った。

 

「そうね、貴方はそういう性格だものね」

 

こいつなぜ俺の思考が読めた。やはり雪ノ下姉妹はエスパーなのか。

内心で戦慄しながら先程買ったマッカンのプルタブを開き、一気に流し込む。

 

「そういや、あのイベントどうなるかね」

「私達が考えることではないわ。一色さんがうまくやってくれるのでしょうし」

「そうでなきゃ困るしな」

「それに、綾辻さんもいるのでしょう?なら大丈夫よ。綾辻さんならうまくブレーキ役になってくれるわ」

「珍しく随分と信頼してんな」

「クリスマスイベントであれだけ色々やってくれた人よ。信頼しない理由を探す方が難しいわ。それは貴方もわかるでしょう?」

「まーな。付き合い長いし、それくらいはな」

 

一色は己の欲望のために暴走しがちだが、逆に行動力があるともいえる。その行動力をうまく制御できればそれは武器になるだろうが、その制御を今はできてない(する気がないのかもしれないが)から綾辻がうまくコントロールすればいい。

 

「なんか、日常って感じだわ」

「貴方が言うと重みがあるわね」

 

雪ノ下の言葉に肩を竦めながら再びマッカンを飲む。

 

 

普段よりも少し、マッカンは甘く感じられた。

 

 




なお、サッサン達の功績が多かった分、オサムの功績は下がり彼は二級戦功です。
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