敵
近づくと問いかけてきて答えると同化してくる。
心読んでくる
程度です。
CDCでの会話後、望月は走り、艤装格納庫へと向かっていた。
CDCと艤装格納庫はそう遠い距離にはなく、それゆえに直ぐに到着して―――足を止めた。
それは艤装格納庫の十一番、つまり望月の艤装が格納されている場所の前に一人の少女がいたからだ。
望月と同じ茶色の髪、同じ顔付きで同じ衣装、だけど眼鏡を掛けていない彼女はその姿で艦娘だと分かる。
当然、望月も知っている。
「―――文月、どうしたのさ?」
「あ! 望月やっと見つけたぁ!」
望月が来るのを待っていたらしい文月は望月に声を掛けられるなりそう言って近づいた。
表情は不安そうに揺れ動き、‘そう言う内容’なのだと分かる。
「大丈夫だよ、直ぐ戻るって」
「でも、てぃたーんもでるなんでしょ! 同化対策はこれから作るのじゃないとあぶないんでしょ」
「―――うん、確かに極めて危険だ」
否定できないその事実、望月は過ぎった事件に顔を一瞬顰め、しかし直ぐに気だるげな表情に戻して文月の頭を撫でた。
落ち着かせるように、落ち着くために撫でて、言った。
「大丈夫だって、アタシはまだここにいるから。 ……行ってくる」
「……わかってる―――無茶しないでね、やくそくだよ?」
「わかってるって」
文月が若干涙目で言いながらゆっくりと離れるのを確認して、望月は格納庫の扉を開いた。
扉の奥には艤装が壁に固定されて沈黙している。
「―――全く、泣かれるのはいつもアタシだ。 アンタが羨ましいよ、皐月」
一言だけ呟いて、望月は出撃規定位置に踏込んだ。
そして―――目を細めて、呟く様に、しかしはっきりと通る声で言った。
「睦月型
音声入力、そして網膜パターンによる認証を経て出撃準備は始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――初めての実戦、いきなり本番で今日知った物を試すことになるとは。
何もかも性急過ぎる現状に舌打ちを打ちながら生はCDC内にある装置の中に乗り込み、ソレを起動させた。
『システムを再構築します―――端末登録者名を更新してください』
「入力方法は――――音声入力? 一体どこまで此処の技術は……いや、今はそうじゃないか。 システム登録、登録者名『皆守 生』」
『CDCより名簿確認――――確認しました、承認完了。 ジークフリードシステム起動』
真っ暗だった装置内部に赤い光が浮かび上がり起動したことを告げる。
システム操作用の指輪に生は指を通し、一度息を吐き、確認する。
「ジークフリードシステム―――艦娘とCDC間の通信を担い、作戦指揮を一任する。 それが僕の仕事」
確認して、一度目を閉じる。
逸る動悸を抑え、生は息を一度深く吐いた。
―――全く、
指揮官としての役目を求められているならば、落ち着いて運用するだけだ。
そう自身に言い聞かせ、CDCとの通信を開く。
『―――生、聞こえるかね』
「―――真壁司令、聞こえています」
『今からCDCの戦況モニターと通信をそちらに繋げる、いいな』
「了解」
自身の是の発言と共に内部のモニターは赤からカメラ越しに移された上―――海上及び横須賀鎮守府の陸地を映した。
そしてそれを―――敵を捉える。
「―――深海棲艦」
自身の口からそう敵の名を漏らし、恐怖で口内が渇くのを感じる。
奴ら、深海棲艦の暴威を生は
故に恐怖が湧きあがり、それを噛み殺そうと唇を強く噛む。
少しだけまた目を瞑り―――震えが止まった所で見開いた。
そして状況を改めて把握する。
―――どこを戦場にすればいい。
『―――解析完了、駆逐イ級と断定、
「CDC、艦娘―――望月の出撃はまだですか」
『間もなくだ! ―――いかん! 上陸される!』
敵が、深海棲艦が最終防壁を突破し陸に上がる。
だがそれと同時に、ジークフリードシステムに艦娘のアクセスが確認された。
生は直ぐ様同期して、通信を開いた。
『望月、出撃準備完了だよ! めんどくせぇけどいつでも行ける!』
「わかった。 艦娘の出撃ポイントは――――陸上でも可能か……ならば横須賀鎮守府敵上陸ポイントより距離50に設定―――望月、陸上で戦えるか?」
『訓練ではしたし可能だけどそこまでは動けない、アタシたちの本領は海だしね』
「なら陸から海へ敵を追い込むことは可能か?」
『出来ない―――と言える段階じゃないでしょ、やってみる』
「任せる―――CDC、艦娘の出撃許可を!」
『わかった。 ナイトヘーレ開門!』
司令官より直ぐ様許可は下りる。
一瞬、もう一度だけ生は目を閉じて、命じた。
「――――駆逐艦望月、出撃!」
『りょーかい、望月でるよ!』
言葉と同時、ジークフリードシステムに奔った軽くない振動が望月が出撃したことを示していた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
手に持った主砲を落としかねないほどの速さ――――空気を裂くほどの速さで地下から射出され、望月は出撃した。
射出機構により陸上から30mほど上空まで打ち上げられ、背部及び足裏の艤装のスラスターを使い姿勢制御して傾斜が掛かった地面にしゃがみ込むように着地する。
――――『
―――兵装、右腕12㎝連装砲、左腕7.7mm機銃のセーフティ解除確認。
――背部試作スラスター艤装との結合問題なし―――燃料の過剰供給なし。
―システム、オールグリーン 残り戦闘可能時間900秒。
網膜内に投射される様に浮かび上がった内容を確認し、問題ないと判断して望月は立ち上がり、出撃の衝撃で途切れたジークフリートシステムとの通信を再び繋いだ。
『―――つながった。 聞こえているな、望月。 まず陸地での戦闘は不味い、支援攻撃が不可能なうえ、真の鎮守府の位置を敵に悟られれば鎮守府運営に支障が出る恐れがある、まずは敵を海へ引きずり落としてくれ』
「りょーかいだ、司令官―――
『任せる。 それと僕は司令官ではなく指揮官だ』
小言を流しながら望月は正面の敵を見据えた。
敵も此方を確認したのだろう、胴体の向きを変え、頭部をこちらに向けて視線を交錯させてきた。
『giy,aa―――――アナタハ、ソコニイマスカ』
「―――さあね、わかんないさ」
遠くとも聞こえる敵の問いかけ、それに容易く返答する。
問いかけの先に起こる
『gigigaaaa――――――――!』
クラウチングスタートの形で踏込み、駆けて一瞬で10の距離を縮めた望月に対し、駆逐イ級が問いかけを否定されたからか敵対意思を改めて示すように吼え、胴体に備え付けられた主砲の照準を合わせようとする。
しかしその時すでに望月は背部と足裏のスラスターを点火して動き始めていた。
滑る様に斜めに動きながら望月は近づく、胴体を射線に合わせなければ撃てないイ級には斜めに動いた望月を攻撃は出来ない、故に旋回しようとする。
だがそれは例えるならば歩兵を狙う戦車のようなもの、真面に戦うならばまだしも機動性という面において
例え駆逐イ級が下部のスラスターに点火し、それで狙いを付けようと動き始めたとして―――その時点ですでに望月は左腕の手首に巻く様に取りつけられた7.7mm機銃を向けていた。
「この距離なら狙わなくていい―――楽だよねぇ」
撃鉄が落ちる、引鉄が曳かれる。
振動と共に機銃から弾が吐き出され、駆逐イ級へと直進する。
だが所詮7.7mm機銃は対空兵装であり、効果は牽制にもならず―――しかし近距離で頭部の目の部分を狙って放たれた弾は望月の想定通りに眼部に命中した。
『giygaaaaa―――――!?』
悲鳴のような声を駆逐イ級が上げる、若干仰け反る様に動きが止まり、その隙に望月が組み付いた。
「いよっとぉぉぉぉおおおおお!!」
瞬間スラスターを最大にし、望月は駆逐イ級を押した。
莫大なエネルギーが望月の背部スラスターから吹き出し、望月とイ級を纏めて前へ―――つまりイ級が侵入した海へと押し出した。
『よくやった、望月! 直ぐに離れろッ! 支援砲撃を再開する!!』
「わかってる――――っ!?」
直ぐ様離れて攻撃する予定、しかし望月は駆逐イ級を抑えていた手に違和感を覚えて目を向けた。
そして、認識すると同時に驚愕に目を見開き―――同時に激痛が走る。
「そんなっ同化現象、っぅぁぁぁあああ――――!」
『馬鹿な! 問いかけは無効化したはず――――!?』
生が驚愕に吼えるが現実として望月の手の内側、駆逐イ級と接触している部分から結晶が生える。
それは内側から皮膚が破れる痛みを伴い、望月は悲鳴をあげて腕を外そうとし、しかし結晶が手と駆逐イ級の間で繋がり、不可能にする。
『gigy……aa―――ア・ナ・タ・ハ・ソ・コ・ニ・イ・マ・ス・カ?』
「――――っぅぅ意識が……」
ゼロ距離で駆逐イ級が口を開き、音を発生させる。
それは問いかけであり―――同化の進行を促進させ結晶が腕を覆う速度を速めていく。
『くそっ! 望月、何とかして離れてくれ!』
「―――っぁぁああああ!」
このままでは死は免れない。
故に望月が霧のように霞み始めた思考の中で迷ったのは一瞬だった。
瞳を赤く輝かせながら左手首に装備されていた機銃が砲塔を回転させ、右腕へと狙いを定めて発射される。
寸分違わず発射された機銃は望月自身の腕へと叩き込まれ、右腕が手首を境に千切れ飛ぶ。
『何をっ!?』
「――――!」
望月の奇行に目を見開いた生だが、次の瞬間望月の右腕に結晶が生え、砕け散ると同時に無傷の右腕が現れる。
『核の自動再生機能――――これが』
艦娘の――――深海棲艦特有の自動再生機能だ。
しかし痛覚は残っており、それゆえに痛みに唇を噛み締め、血が出るほどに力を籠めながら、かくして望月の右腕は自由となり――――しかし左腕の機銃は同化された。
だが既に望月は右腕で腰部ハードポインターに取りつけていた12㎝連装砲を手に取り――――触れるギリギリで引鉄を引いた。
一撃、また一撃と狂ったように望月は連続して撃ち込む。
駆逐イ級は一旦後退しようともがき、しかし望月の左腕と一体化しているため離れられず、――やがて駆逐イ級は限界を迎えたのかのように全身を結晶で覆われ、砕け散った。
同時に望月の左腕に生えた結晶も砕け散り、後に残ったのは怪我はないものの瞳を赤く染めた望月ただ一人だった。
『―――敵の飽和自壊を確認。 作戦終了だ』
生の確認の声がCDCと望月に響き、戦いの終わりを告げた。
《初陣の勝利は僕たちを沸き立たせた――――いなくなる不安を隠すかのように。
――――僕たちの戦いは、これからだった》