水晶と虚無   作:is.

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第01話から第24話まではArcadia様掲載分です。
特に改訂や変更などはしておりません。


第01話 新たなる世界、始まる物語

「無」が最初にあった・・・

 

 「無」に4つの心満ちたりし時

   クリスタルは生まれ

    世界は作られた

 

     すなわち

 

  希望は大地にめぐみを与え

 

   勇気は炎をともらせ

 

  いたわりは水を命の源とし

 

  探求は風に英知を乗せる

 

いつかまた「無」が世界をつつむ時

  人々の心に4つの心あれば

     光は生まれん

 

    「無」に浮かびし

      4つの心

       再び

    輝きを生まん・・・

 

 

 

 

 

 

「これで…最後だッ!!」

気合と共に、バッツ渾身の一撃がネオエクスデスめがけて撃ち下される。

その手に握られた剣が深々とネオエクスデスの体に突き刺さり、今度こそ致命傷を与えた。

断末魔とも軋みともつかぬ音を上げて崩れゆくネオエクスデス。

 

「やった…のか…?」

「やったの…?」

「私たち…勝った…の…?」

 

満身創痍ながらも、辛うじて立ち上がるレナ・ファリス・クルルの三人。

ふらつく足で懸命にバッツに駆け寄っていく。

 

「私たち…勝ったんだよね」

 

と、レナが言う。その顔は晴れやかだ。

 

「おじいちゃん…私たち、やったよ…。エクスデスを倒したんだよ…」

 

クルルが胸に手を当て、静かにささやく。不意に、頬を涙が伝ってこぼれた。

打倒エクスデスという目的を成し遂げ、皆の顔に安堵の色が広がってゆく。

今しがたまで続いていた死闘の疲れも吹き飛んでしまいそうだ。

 

しかし…

 

「でも…無が消えない。エクスデスを倒したのに…!」

 

ファリスの一言で皆の顔色が一変した。

辺りに広がるのは、果ての見えぬ漆黒の「無」。

行使者であるエクスデスが打倒された今なお、無の力が世界を覆い尽くしたままだ。

 

絶対なる静寂。一筋の光もなく、時間すら感じ取ることができない、存在というものを全て拒絶するかのような絶望の空間。

エクスデスを倒せば全てが終わるのではなかったのか。

エクスデスさえ倒せば、元の平和な世界が戻ってくるのではなかったのか。

エクスデスを倒しても、一度解き放たれた無の力を止める術は存在しないのか。

ならば、これまでの自分たちの戦いは何だったのか。意味のないものだったのか。

じわり、じわりと這い寄るように、氷よりも冷たい不安と絶望が光の戦士達の心に広がってゆく。

 

もう、打つ手は無いのか。自分たちは無力なのか。

エクスデスを倒すために身に付けたこの力も、この身に宿したクリスタルの輝きすらも、結局は無駄なものだったのか。

 

不安、絶望、無力感、暗い感情に心が支配されそうになった時、声が響いた。

 

「あきらめちゃ駄目だ。まだ、何か出来ることはあるはず。いや、絶対にある。希望を捨てては駄目だ!」

 

バッツの強いまなざしが皆の心を引き戻す。

そうだ、あきらめてはいけない。自分たちがあきらめてしまっては、それこそ全てを無駄にしてしまう。

 

「終わったんじゃない。ここから、始まるんだ。だから、あきらめちゃいけない」

 

バッツが噛みしめるように、ゆっくりと言葉を続ける。その言葉に呼応するかのように、4人の前に4つの光が現れた。

クリスタルだ。

エクスデスの策謀によって砕け散ったはずのクリスタルが、今再びその姿を現した。

 

世界に光が満ちる――――――。

 

クリスタルとともに5人の人影が光の戦士たちの前に現れる。

ガラフ・ケルガー・ゼザ・ドルガンたち暁の四戦士とタイクーン王だ。

5人は告げる。お前たちはまだ世界に必要だ、こちらに来るのはまだ早い、と。

そして5人は光となり、バッツらを導くために飛竜へと姿を変える。

 

光の戦士を乗せた飛竜は、再生された光あふれる世界へ向けて飛び立つ。

心地よい達成感と安堵感と極度の疲労によって、4人は眠りに落ちようとしていた。次に目を覚ました時には、懐かしい緑豊かな地上に戻っているはずである。

 

 

まどろむ意識の向こうで、バッツは何かに呼ばれたような気がした。誰かが自分を呼んでいる。自分を求めている。

誰だろう?その声の主を捕まえようとするように、何も無いはずの空間へバッツは手を伸ばした。そのはずみでバランスを崩し、飛竜の背から滑り落ちる。

体に力が入らず、踏ん張ることもできぬまま闇に飲み込まれていくバッツ。

 

「バッツ―――――――――!!!」

 

そう叫ぶレナの声が、聞こえた気がした。そして、それを最後にバッツの意識は漆黒の彼方へと沈んでいった。

 

 

 

…………………

……………

………

 

夢を見ていた。

なぜかバッツにはそれが夢だと分かった。

目の前で女の子が泣いている。まだ幼い女の子だ。なにか悲しいことがあったのだろうか、大粒の涙を流している。

そんな女の子が不憫で声をかけようとするが、言葉が出ない。

声が出ないのではない、なんと声をかければ良いのかわからないのだ。

我ながら情けないと思いつつも言葉の代わりにと、そっと手を差し伸べるバッツ。

とたん、伸ばした左手が女の子につかまれる。女の子の手は見る間に鎖となりバッツの腕にからみつく。

左腕だけではない。気付けば右腕、両足、更には首にまで鎖が巻きついている。

あわてて鎖を外そうともがくバッツを女の子がゆっくりと見上げる。鳶色の瞳がバッツを見据えてニヤリと笑った。

 

「これであなたは私のもの。もう逃げられないわ」

 

女の子の声が響く。さっきまでの泣き声はどこへ行ったのだろうか、この上なく上機嫌な声で続ける。

 

「今日からあなたは私の下僕。ふふふ、いいこと?あなたはこれから、私の為だけに生きて私の為だけに死ぬのよ」

 

冗談じゃない、俺は帰らなくちゃいけない。せっかく取り戻した平和な世界が、ともに旅した仲間が自分を待っているんだ。

なんとか鎖のから逃れようともがけばもがく程、鎖はバッツの体に食い込んでその自由を奪っていく。

 

 

 

指一本も動かせなくなり「最早これまでか」と観念したところで目が覚めた。

 

 

「気が付かれましたか?」

 

目を覚ましたバッツが最初に目にしたものは、寝ている彼を覗き込んでいる女性の顔だった。

黒髪をカチューシャで纏め、化粧気の少ない素朴な感じの少女だった。

 

「良かった、このまま目を覚まさないんじゃないかと思いました」

 

柔らかな午後の日差しが差し込む室内には、どうやら自分と彼女しか居ないようだ。豪華というほどではないが格調高い物なのだろう、品の良い調度品が目に入る。

ここはどこなのだろう?バッツの中に一つの疑問が浮かび上がる。

無の空間で飛竜から落ちた後の記憶がないが、自分は助かったようだ。

しかしここはタイクーンでもバルでもないように思える。もちろん、バッツ自身タイクーン城とバル城の隅から隅までを知っているわけではないが。

でも今居る部屋の雰囲気が、そのどちらの城のものとは違うように感じられる。

ここは一体どこなのだろうか?その疑問を目の前の少女にぶつけてみることにした。

 

「ここはトリステイン魔法学院の救護室ですよ。え?トリステイン魔法学院がわからない?トリステイン魔法学院というのはですね…」

 

少女の説明を聞きながらもバッツの頭の中は混乱していた。

トリステイン?聞いたことのない名だ。世界中のあらかたの地域を旅して巡った経験を持つバッツをして、聞いたことのない地名だった。

どうやら王国らしいその名に聞き覚えがないというのも腑に落ちない。だが目の前の少女が嘘を吐いているようにも見えない。

更なる疑問を少女に問いただそうと上半身を起こすと全身に痛みが走った。思わずうめき声が漏れてしまう。

 

「無理をしてはいけません!大怪我をしているんですから安静になさって下さい」

 

少女に言われて初めて、バッツは全身に包帯が巻かれているのに気が付いた。意識を失っている間に手当をしてもらったようだ

 

「もう、全身傷だらけの血まみれで、生きてるのが不思議なくらいの重体だったんですから。おまけに3日も昏睡状態だったんですよ」

 

ネオエクスデスとの熾烈を極めた戦いを思い出し、バッツは少女に礼を言った。

自分は何にもしてないですよと恐縮する少女に重ねて礼を言うと、バッツはおもむろにベッドから降りて立ち上がった。

全身が痛むが、この程度なら問題はない。慌てる少女を制して、バッツは呼吸を整える。

「ハッ」と気合を入れるとバッツの体は淡く光を放ち、見る間に傷が癒えていった。

 

「驚かせてすまない。これはチャクラと言って、『気』の力である程度傷を治すことが出来……ん?」

 

顔を真っ赤に染めて手で覆いながら横を向いている少女に気付く。何事かといぶかしんでいると、少女の手がおずおずとバッツの下半身を指差した。

指に導かれるまま、視線を移すバッツの目に入ってきたのは…

 

「…!! ご…ごめん!!」

 

慌ててベッドに戻るバッツ。

迂闊だった。包帯だらけの上半身を見て、なぜ考えが及ばなかったのだろうか。

あの戦いでは全身に傷を負った。立てない程ではなかったが、足にも幾つか傷を負っていたのを覚えている。

もちろん、それらの傷に対しても手当てが施されているのは当たり前だ。そして、意識のない人の包帯を取り換えやすいように、服はあまり着せておかないだろう。

 

結果として、包帯しか身につけていないほぼ全裸ともいえる姿を女性に見せてしまったのだ。しかも「大事なところ」はまったく隠されていない。

気まずい雰囲気が辺りを包み、無言のまま時間が過ぎていく。

 

ぐぅぅぅ~~~~

 

バッツのお腹から盛大に音が鳴った。

3日も寝ていたらしいから腹が減るのも当たり前か。

その音に気まずさも吹き飛んだのか、少女はクスリと笑った後立ち上がり「なにか食べるものを持ってきますね」と部屋を立ち去ろうとした。

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。俺はバッツ。バッツ・クラウザーだ、よろしく」

 

「私はシエスタって言います。あ、バッツさんの身に着けていたものはあちらに置いてありますから」

 

そう言って部屋の隅を指差して、シエスタは部屋を出て行った。

 

ドアが閉まったのを確認して、バッツは静かにベッドから降りた。先ほどの失態を思い返して顔が赤くなる。

女性に裸を見せてしまったというだけで恥ずかしいというのに、相手は若くて美しい少女だ。恥ずかしさも倍増である。

一人照れ笑いを浮かべながら、部屋の隅に固めて置いてある持ち物の方へと近づいた。

そこにはネオエクスデス戦でバッツが身に着けていたものが残らず置いてあった。鎧に武器に道具袋、無くなっている物は特には見当たらない。

その脇に服が丁寧に折り畳んで置いてあった。

着替えようと服を手に取りバッツは少し驚いた。激戦の後なのであちこちに焼け焦げや破れなどがあるものの、汚れがきれいに落とされていたのだ。

おまけに軽い綻びなどは丁寧に繕ってある。シエスタが繕ってくれたのだろうか。嬉しいような申し訳ないような気持ちで胸が熱くなったが、いかんせん破れが多すぎる。

穴だらけの服を着ているのもみっともないので、申し訳ないと思いつつも道具袋から替えの服を取り出して着替えた。

 

ついでに出しっぱなしの鎧も袋にしまうと、かわりに地図を取り出した。船の墓場で手に入れた地図だ。

取り合えず現在位置の確認でもと軽い気持ちで地図を開いたものの、バッツはその内容に言葉を失ってしまった。

見慣れない地形がそこには描き出されていたのである。

バッツが広げたこの地図、実はただの地図ではない。かつてガラフの世界に行った時も二つの世界が融合したときも、即座に適応して正確な地形を描き出すという、一種の魔法の地図であった。

それだけに最初は地図の変調を疑ったが、何度見返しても地図は変わらない。この地図は正常に機能しているのだろうか。

そういえば、さっきシエスタの口から出てきたのは聞いたことのない地名ばかりだった、とバッツは思い返す。見知らぬ地形と聞き覚えのない地名。

もし地図が正常に機能しているのならば、この二つから導き出される答えはそう多くはない。そしてそのどれもがあまり好ましいものではない。

まさか、と呆然としているところにドアをノックする音が響いた。シエスタだ。その手にお盆を抱えて戻ってきた。

バッツは広げていた荷物を手早く道具袋に仕舞うと、シエスタを部屋に招き入れた。

 

「あら、着替えたんですね。よくお似合いですよ」

 

シエスタがバッツが着替えたことに気が付き、そう言った。たぶん社交辞令だろう。

そう思ってしまうのは、自分があまり衣服に頓着する質ではないという事を十分承知しているからだ。

でも、例え嘘でもそう言ってもらえると嬉しいものだ。

そういえばレナには衣装のことであまり褒められた覚えがないな、なんて考えている間にシエスタは慣れた手つきで食事の用意を整えた。

持ってきてくれた料理は、シチューらしい。賄い食の余りという事でシエスタは申し訳なさそうにしていたが、時間を考えると食べられるものがあっただけでも運がいい方だ。

 

ありがたくその料理を頂きながら、バッツはシエスタにこの世界についていくつか質問をしてみることにした。

 

「先ずはそうだな……俺が何でここに居るのか教えてもらえないか?」

 

ここ…と言っても、もちろん救護室に居る理由ではない。このトリステインという国、ひいてはこの世界に居る理由を知りたいのだ。

シエスタも言葉の意味を汲み取ったらしく、「わたしはメイジじゃありませんので詳しくは知らないのですけど」と前置きをしてから話し始めた。

 

「ここがトリステイン王国というのはお話ししましたよね」

「ああ。そしてここがトリステイン魔法学院という事も聞いたかな」

「ええ、それでなぜバッツさんがここに居るかと言うと、簡単に言えば呼び出されたんですよ」

「よ、呼び出された?誰に?」

「ミス・ヴァリエールに、です」

 

またバッツの知らない単語が飛び出してきた。今度は人名らしい。

 

「ミス・ヴァリエール?それは誰だい」

「ええっと、ミス・ヴァリエールというのはこの魔法学院に通っている貴族のお嬢様で、バッツさんを使い魔として呼び出したメイジなんですよ」

「……使い魔?」

 

何やら穏やかではない言葉に、バッツは怪訝な声で聞き返した。

 

「ええ、使い魔です。この学院に通うメイジの皆さんはお一人づつ使い魔を連れているんですよ。とはいえ、バッツさんみたいに人間が呼び出されるなんて事は今までなかったらしいですけど」

 

使い魔……召喚獣みたいなものだろうか。幼い頃に母親に読んでもらったおとぎ話に出てきた魔法使いは烏やアーリマン等を従えている事が多かったが、そういうのに近いのだろうか。

バッツの世界では、魔法使いが使い魔を連れている風習は無かったので今一つ理解に苦しむ。

召喚士のように必要な時に、一時的に呼び出すものとは違うらしいことだけはなんとか理解できた。

ただ、相変わらずバッツの中では「召喚されっぱなしの召喚獣」程度の理解ではあるが。

 

「ところでバッツさんは、どちらの出身なんですか?」

 

シエスタの突然の質問にバッツの思考が止まる。

 

「ど、どちらの出身って……?」

「だってバッツさん、こちらの言葉はわかるみたいですけど、地名とか全然わからないじゃないですか。ゲルマニアですか?アルビオンですか?それともロマリア?まさかクルデンホルフって事はありませんよね?」

 

シエスタの口から次から次へと地名らしき単語が飛び出てくる。そしてそのどれもが(当たり前ではあるが)バッツにとっては初めて聞くものばかりであった。

どうしたものか。バッツは困惑していた。自分が(おそらく)他の世界から来た者だという事を明かした方がいいのか、それとも隠した方がいいのかバッツは決めかねていた。

何年も旅をしてきた経験から、自分の身元を明かすことが良い事ばかりではないとを知っていたが、かといって軽はずみな嘘では簡単に見破られてしまうだろう。

今のバッツには誤魔化すのだけの材料がない。

 

「でも、召喚の儀式で呼び出されたんですから、この辺りの出身じゃないのかもしれませんねぇ……」

 

シエスタが何気なくつぶやいた言葉に、バッツの脳みそはフル回転を始める。

そうだ、この国の住人がわからないような遠い国の人間という事にしたらどうだろうか。なるべく遠くに、しかし怪しまれない程度に。

地名などはあまり考えなくてもいい、自分の知っているものを使えばいいのだ。全部嘘で固めようとすればボロも出やすくなる。

肝心な部分のみ嘘で誤魔化して、残りは正直に話しても構わない。もちろん、エクスデス関係の事を話すのは駄目だが。

そうと決まれば、後は簡単だ。

 

「そうだな……、まずは世界地図があると説明しやすいんだけど」

 

と、シエスタに地図がないかと尋ねてみる。先ほど見ていた地図では駄目であり、『この国で使われている一般的な地図』が必要なのである。

「ちょっと待って下さいね」と言うと、シエスタは室内の棚から一枚の地図を持ってきた。

大陸の一部と思わしき地形の描かれた地図だ。中心にあるのがこの国なのだろうか、隣接する幾つかの国も見て取れる。

確認のために、バッツは地図の中央の国を指差し尋ねる。

 

「ここが……トリステイン?」

「そうですよ。そしてここがゲルマニアで、こっちがガリア。この島みたいなのがアルビオンで、ロマリアはここですね」

 

親切にもシエスタは、地図に指をさしながら一つ一つ国名を読み上げていった。

 

「この地図の右端の先はどうなってるんだ?もっと陸地があるようだけど」

「そっちはエルフの住んでいる土地で、それより東の事はわからないんですよ」

「じゃあこっちの海の向こうは?こっちにも大陸は無いのか?」

「さぁ……?私もよくわかりませんね。描いてないってことは無いって事なんじゃないですか?」

「そうか……。これ以外に地図って無いのかな。もっと広範囲が載っているようなやつがあると良いんだけど」

「どうでしょう?これはトリステインで一般的な地図ですし、他の国へ行けばもっと違う地図もあるでしょうけど、ここではこれより広い範囲が載っている物を手に入れるのは難しいんじゃないでしょうか」

「ありがとう。よくわかったよ」

 

シエスタとのやり取りで、大体の道筋は立った。もちろんシエスタは一般人だし、彼女以上に世界の地理に詳しい人もいるだろう。

この地図に載っていないからと言って、それ以外の地域の事が全く知られていないということにはならない。

しかし、少なくとも『東の方の陸地』と『西側の海の向こう』についてはあまり知られていないようである。

チャンスだ。多少曖昧でも、なるべく相手に疑問を持たれないように慎重に話す。

 

「やっぱり、ここは俺の知っている土地じゃないみたいだ」

「え?じゃあバッツさんはもしかして、『東の世界(ロバ・アル・カリイエ)』の人……なんですか!?」

「ロバ……?いや、どうだろう?ここは俺の居た場所と違いすぎて、西に来たのか東に来たのか、あるいは北なのか南なのか見当もつかないよ」

「ええ?そんなに遠くから来られたんですか……。通りで見慣れない格好をしてた訳ですね」

 

そう言うとシエスタは、バッツの荷物が置いてあった場所へと視線を向ける。しかし当然ながらそこにはもう何もない。さっきバッツが仕舞ってしまったのだから。

 

「あれ?バッツさん、あそこにあった荷物はどうしたんですか?」

「?ああ、もう仕舞ったよ。流石にいつまでも出しっぱなしってわけにもいかないからね」

「仕舞ったって……何処にですか!?」

「この袋の中だよ」

 

そう言ってバッツは腰にくくりつけていた道具袋を見せる。それはどう見ても、鎧やらを入れるには小さすぎた。財布かちょっとした小物を入れるのが精一杯に見える。

からかわれているのかと感じたシエスタは眉をしかめてバッツの顔を見た。

普通に考えればそうだろう。こんな何の変哲もない袋の中に鎧兜一式が収まるのなら、収納革命どころの話ではない。

論より証拠、百聞は一見に如かずという事でバッツは実演して見せることにした。

左手に持った袋の中から一振りの剣を取り出す。掌よりは少し大きい程度の袋の中から、袋の何倍もの長さがある剣が当たり前のように出てくる様にシエスタはビックリして言葉が出ない。

 

「これは冒険者の必需品というか、便利アイテムってやつでね。この袋一つで大体倉庫一つ分位の収納力があるんだ」

「は、はぁ~……バッツさんの国って進んでるんですね~」

「まぁこれはそんなに一般的なアイテムじゃないけどね」

 

とバッツは付け加える。実際バッツの世界でも、この魔法の袋ともいうべきアイテムはそれほど珍しいものではないが、一家に一つというまで普及するには少々値が張る類の物だ。

一般家庭での購入を検討するなら、いっそのこと増築した方が安くあがるくらいに高価なアイテムだったりする。

バッツと共に旅をした面々は同じくこの袋を所持していたが、レナとガラフは王族、ファリスは海賊の頭であったので金銭的にも持っていてもおかしくない。

一般人であるバッツがこの袋を持っているのも、元々は彼の父ドルガンの物だからだ。所謂、形見の品というやつだ。

ドルガンがどういう経緯でこの袋を持っていたのかは知らない。ガラフらと共に旅をしていたときに手に入れたものか、はたまたバッツの生まれた世界に来てから買ったものか。

 

そんなことを考えていると、部屋の外、おそらく廊下からけたたましい足音が響いてきた。バタバタ、というよりはドスドスとかドカドカとかいった方が正解に近い音だ。

かなり大柄な人物か、もしくは怒りなどで感情が昂ぶっている時にこんな足音を立てるだろうか。

初めは微かに聞こえる程度だったが、だんだんと大きくなり、そしてこの部屋の前でピタリと止んだ。どうやら足音の主はこの部屋の扉の前に立ち止ったようだ。

足音に気付いてから、なんとなくそちらに集中していたバッツとシエスタは何事だろうかと顔を見合わせる。

誰かがこの部屋に訪問しに来たようだが、バッツには当然ながら心当たりは無い。

一方シエスタには幾人か思い当たるが人物があるようだが、それでもこの足音とはなかなか結びつかないらしく、人差し指を顎に当てて少し考え込んでいるようだ。

二人して部屋の入口の扉を注視する。しばらくの沈黙ののち、勢いよく扉が開かれた。

 

「使い魔の分際で、こんなところでのんびりお茶なんて良い度胸じゃない!?」

 

開口一番、バッツに罵声が浴びせられた。扉の向こうに立っていたのは、桃色がかったブロンドの髪をなびかせた小柄な少女だった。

年の頃は幾つくらいだろうか。クルルと同じくらいに見える。

腕を組んで仁王立ちでこちらを睨んでいるさまに、少し気押されてしまいそうだ。

 

「あの子は……?」

 

小声でシエスタに尋ねる。

 

「あの方が先ほどお話したミス・ヴァリエールですよ。そういえば先程、バッツさんが目覚めたのをお伝えしたんでした」

 

同じく小声で答えが返ってきた。成程、今部屋に入ってきた女の子が自分をこの世界に連れてきた張本人というわけか。

そんなやり取りをしている間にも、少女はツカツカとこちらに近づいてくる。

目の前にやってきた少女は、不機嫌そうな表情でバッツの事を睨んでくる。まるで値踏みされているようで良い気はしない。

やがて、盛大な溜息とともに大きく肩を落とした少女は泣き出しそうにも見える表情でつぶやいた。

 

「折角成功したのに、なんで、よりにもよって、こんなぱっとしない平民なのよ……」

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