ラ・ロシェールの船着き場は、小高い丘の上にあった。そこにポツンと一本だけそびえ立つ巨大な樹が桟橋である。
ムーアの大森林でも見る事の無かったような巨大な樹が桟橋として利用されている。葉は茂っておらず、むき出しの枝にまるで木の実のように船が空中に浮いて停泊していた。
船と言えば普通は海を行くモノ、という固定概念はこの世界では通用しないらしい。そういえば出発前に確認した地図でも、この町は海沿いには無かった。
それで港町とはどういう事かと頭をひねったものだが、こういう事だったとは。
「飛空挺か。そういえば、アルビオンは空に浮かぶ大陸なんだっけ」
グリフォンで一息に桟橋ふもとまでやって来た一行であったが、その予想外の佇まいに驚いているのはバッツ一人だけであった。
「ヒクウテイ?君の国では船の事をそう呼ぶのかい?」
ワルドがバッツに質問する。バッツが異国出身――本当は異世界出身なのだが――である事は既にルイズから聞いているらしかった。
なぜバッツの出身が微妙に間違って伝わってしまっているかと言うと、単にルイズが“バッツが異世界から来た”という事実に対して未だに半信半疑だからである。
ルイズにとって世界の中心はトリステインを有するハルケギニアであり、それ以外の出身と言われてもピンと来ない。
しかし、サハラやその向こうのロバ・アル・カリイエという地域も存在としては知られている。
だからバッツもそんな“存在しているけどハルケギニアでは知られていない土地”出身程度に考えているのだ。
それを受け、ワルドもバッツが遠い異国の出(もしかしたらサハラ周辺の名も知らぬ小国)程度と認識していた。
会話の流れからなんとなくその雰囲気を察しているバッツであったが、一から説明して納得させるのも骨であるし、第一信じて貰えるかどうかも分からないので黙っている事にした。
「まぁ、空を飛ぶ船より海を走る船の方が一般的だったからな。それと区別するためにそう呼んでいるのさ」
「成程、君の国では海の船の方が多いのか。この辺りとは逆なのだな」
「そういう事になるな」
バッツが空を飛ぶ船が初めて出ない事を知ると、ワルドは幾分気が楽になったようだった。
「そういえばワルド様、出発は明日の予定ではなかったのですか?今船に乗ったとして、出発できるものなのでしょうか」
ルイズが疑問を口にした。刺客の襲来ですっかり忘れていたが、本来の出発予定日は明日だったのだ。
ある程度の準備は済んでいるだろうが、今から行っても直ぐに出航できるとは思えない。
それはワルドも考えていたようで、「何とか交渉してみるよ」と言い残して先に船に向かった。恐らく船長と交渉するのだろう、『フライ』の呪文でふわりと上に向かって飛び上がった。
残ったバッツとルイズは徒歩で上を目指す。乗りこむ船が停泊している桟橋の場所を入口の案内図で確認してから大木の中に入る。
中はきれいにくり抜かれており、内側から見ると巨大な塔のようであった。
内側は石の煉瓦で覆われており樹皮の外壁を補強しているらしく、内からと外からでは受ける印象が全くと言っていい時ほど異なっている。
壁に沿って木製の螺旋階段が上まで続いており、明かり取り目的の窓や松明があるものの、内部は全体的に薄暗く最上階まで見通す事は出来ない。
「何階まで上がればいいのよ……」
その余りの高さにルイズがたまらず愚痴を零す。
「う~ん、大体二十階程度かな?案内図によると」
「二十階!?冗談じゃないわ!そんなに歩けないわよ!!」
乗船予定の船はかなり高い所に停泊しているようである。しかし、これでも桟橋全体の三分の一の高さにも満たないというのだから、その大きさは計り知れない。
むしろ、この位の高さはまだ序の口と言えた。
「さぁ、文句を言っていても始まらない。それともワルドみたいに飛んでいくか?」
「あんたはどうすんのよ」
以前とは違い系統魔法も使えるようになったルイズにとって、『フライ』を使って飛ぶ事は造作も無い。でも、バッツはそうもいかないという事はなんとなく感じ取っていた。
勿論ルイズはバッツも魔法が使える事を知っている。でも、それは自分の知っている系統魔法とは異なる物であるし、そこに『フライ』に相当する呪文が存在しないとは限らない。
でもバッツが飛んで上がる気配を見せないので、きっとそういった類の魔法は知らないのだろうという事が推し量ることが出来る。
バッツを一人残してさっさと飛び上がっても、バッツは決して不平を口にしないだろうし、気にもしないだろう。しかし、使い魔を置いて自分だけ先に行くというのも気が引ける。
最近のルイズは多少なりともバッツの事を気にかけてくれるようにはなってきていた。
「俺は普通に階段を上っていくさ。別に空を飛べるわけでもないし」
上を見上げながらバッツがそう言う。例え何階であろうが別に上るのは苦では無い、といった風だ。
「あんたはえらく高くまでジャンプできるじゃない。それで上がってくれば?」
と、ルイズが提案する。フーケのゴーレムと対峙した時の事を言っているのだろう。確かに、『ジャンプ』を応用すれば多少なりとも楽に上がる事が出来るかもしれないが……。
「ああ、あれか。でもそれは無理だな。あれはそういう事に使う技じゃないし、第一こんなに薄暗くて着地地点がよく見えなかったら危険だよ。階段を踏みぬくかもしれないし」
ルイズの着想が意外であったバッツは少し驚いた表情をしたけれども、やんわりと否定する。そもそもが戦闘用に身に付けた技術であるので、それ以外の用途で応用した事は無いのだが。
少し練習を重ねれば出来るようになるかもしれないが、それもまだ仮定の話。いきなりやって大怪我をしたのではたまらない。しかもこの重要な時に。
「意外と不便なのね」
「まぁ、なんでも出来るって訳じゃないしな。むしろ、出来ない事の方が多いよ」
「ふ~ん、まあいいわ。じゃあ私も階段で行こうかしら。あんた一人を置いてけぼりにも出来ないし」
そう言ってルイズは階段を上り始める。船に乗る人間は皆この階段を上らなくてはならないのだ。やってやれない事は無い、……はず。
十数分後、そこにはバッツに負ぶさられたルイズの姿があった。
「ああ、すまないルイズ。僕が抱えて飛べば良かったものを、すっかり失念していたよ」
ずっと先に到着して、今しがた船長との打ち合わせを終えたワルドがすまなそうに駆け寄ってくる。
当のルイズは、半分くらいまでは何とか粘ったものの、とうとう疲れ果ててバッツの背のお世話になってしまっていた。
余りに疲れ過ぎたのか、ワルドが近づいてもぐったりとしたままで反応が薄い。
やれやれと困ったように顔を見合わせるバッツとワルド。ワルドはバッツからルイズを受け取ると、所謂“お姫様だっこ”の状態で抱きかかえた。
「で、出航できそうなのか?」
バッツがワルドに状況を確認する。
「ああ、何とか出発できそうだ。まだ風石の積み込みが完了していないらしいが、元々往復を想定した量だったらしく、片道なら十分に行けるそうだ」
風石。バッツの知らない単語が出て来た。だが話の流れから察するに船の航行に必要なモノなのだろう。石を(恐らくは)動力源として搭載するという事に嫌な記憶が蘇る。
火力船。
かつてカルナックで建造された、火のクリスタルの力を利用した帆を持たぬ船。しかし過度のエネルギー搾取によって、バッツ達の健闘空しくクリスタルは目の前で砕け散ってしまった。
今でも思い出す苦い思い出の一つ。
だがここはハルケギニア、自分の世界とは違う。それに幾つもの船が空に浮かぶために使われるような物質が、クリスタルのような存在である筈もない。
あの悪夢を再び繰り返すという事は無いだろう。
「まぁ、帰りの分の風石はアルビオンで現地調達という事になるだろうが、渡航自体は問題無い」
ワルドが先頭に立ち客室へ移動した。ここでは三人で一つの部屋であった。客室、といってもそれほど豪華な内装ではない。どちらかと言えば取ってつけたような客室だ。
てっきり、宿のように一等客室を取っているものだと思っていたバッツは少し肩すかしをくらった気分だった。
「もしかして、客船じゃないのか?」
船に入ってから感じていた事をワルドに質問する。
「ああ。生憎と都合の良い客船が無かったのでね、商船に同乗させてもらったのだよ。その分、いくらかは船賃が浮いたがね」
ワルドの説明によると、近頃はアルビオン行きの客船など滅多に出ていないそうなのだ。まぁ、当のアルビオンが内乱状態にある事を鑑みれば当然の事ではある。
全体的にアルビオン行きの船の本数が減ってきている中、商船とはいえこうして丁度良い便に巡り合えただけ幸いというものだ。
いかにアルビオンが戦火にあるとはいえ、国土全部にわたって戦を繰り広げているわけではない。だから今現在も以前よりも落ちたとはいえ交易は続いている。
こう言っては悪いが、既に決着のついた地域――つまりは『レコン・キスタ』の勢力下にある地域の方が大きくなっている現在、貿易船の本数はかなり回復してきていた。
それだけに、今回の旅は急がなくてはならない。恐らくは今向かっているニューカッスルの抵抗勢力が王党派最後の砦なのだろう。
そこの敗北はイコール、アルビオン王家滅亡を意味していた。
乗り込んで数分して、船が動き出した。
動き出してしまえば乗り心地は海のそれと大差ない。時折気流の乱れで大きく揺れる事もあるが、常時波に揺れている海よりは幾分乗り心地が良いとさえいえる。
しかし、動き出す時の海へ出航する時とは違う、ふわりと体の浮き上がるような一種独特の感触が、バッツは好きではなかった。
飛竜に乗る機会も多くなり、加えて自らも飛空挺を駆って世界を飛び回っていたのでかなり克服してきてはいるが、やはり高い場所への恐怖感というのは多少なりとも残っている。
情けないとは思うけれど、幼い頃に刻まれたトラウマというものは中々消えてくれるものではない。
少しの間落ち着きなくソワソワしていたバッツであったが、出発して数分、船が安定してくると元の落ち着きを取り戻した。
「高い所は嫌いか?」
疲弊しているルイズをベッドに寝かせたワルドがバッツの様子に気付いた。
「昔は、な。でも今はそんなに嫌いじゃない」
そう答えたバッツは、今度は違う意味でソワソワしだしている。いや、ソワソワというよりもうずうずといった方が合っているかもしれない。
「なぁ、アルビオンまではどのくらいかかるんだ?」
「そうだな。これからなら多分……到着は日没前後になるだろう」
窓の外を見ると、日はまだ昇り切っていない位だった。という事は到着まで半日はかかるという事になる。船旅としてはごく短い方だが、それでも手持無沙汰になるのは違い無い。
バッツはワルドに了承を取ると、船の中を見て回る事にした。飛空挺以外の技術で空を飛ぶという事に興味が尽きないし、出来るものなら風石というモノも見てみたい。
それに、アルビオンへ運ぶ積み荷もどんなものか気にならないと言えば嘘になる。好奇心に突き動かされていそいそと部屋を後にする。
バッツが部屋を出てから数分後、少し体力が回復したのかルイズが体を起こした。
「もう大丈夫なのかい?」
ワルドがルイズの体を気遣う。もう大丈夫だと答えるルイズの顔は赤かった。本当に大丈夫かと更に問われるとルイズは尚更顔を赤くした。
「なんだか自分の情けなさが嫌になります」
とルイズは語る。なんだかワルドやバッツと一緒に居ると自分の貧弱さが際立つようで情けなくなる、と。
ルイズが幼い頃から魔法に限らず、色々な面で姉達や周りの人間に対して劣等感抱き続けてきた事を知っているワルドは、何と元気づけようと言葉をかける。
「まだまだ若輩の僕が言うのもなんだが、君はまだ若い。足りないと思う部分があるのならば、これから伸ばしていけばいいだけの話だ。今を恥じる必要なんて何処にも無いよ」
ワルドの言葉が優しく心に染みわたる。でも、その優しさを素直に受け取れないでいる自分がいた。久方ぶりに会ったワルドは強く気高い立派な武人になっていた。
それに比べて自分はどうだろうか。相変わらず痩せっぽちのまんまの、ワルドには不釣り合いな貧相な体。
魔法だってつい最近使えるようになっただけで、ほんのこの前までは劣等生の類であった。
比べてみれば見るほど、自分の小ささ、情けなさが際立つようであった。そしてそんな気後れがワルドの優しさを、やもすると同情の言葉と捕らえてしまいそうになるのが悲しかった。
「もしかして、まだ魔法が上手く使えない事を気に病んでいるのかい?」
ワルドの言葉がルイズの悩みのド真ん中を貫く。いや正確にいえば、今は魔法に関する劣等感はほぼ払拭されている。
が、多くの悩みの根本に長年の魔法劣等生というものが存在しているのは否定できない。魔法さえ人並みに扱えて居たら悩まなかったであろうアレやコレが心の中に巣くっているのだ。
ルイズの沈黙を肯定と取ったワルドは、答えを待たずに言葉を続けた。
「何年か前に見つけた本の中に興味深い事が書かれていてね。実はこのトリステインには魔法の使えない貴族というのは稀に存在していたらしい。しかも、王家やその血筋を汲む家系の者に限って」
驚愕の事実が彼の口から飛び出した。そんな話は今まで聞いたことが無い。いや、聞いたことが無くても当然かもしれない。魔法が使えないというのは貴族ならば余り公にしたくは無い事だ。
それが王家ならば尚更であろう。
「まぁ平民のように一切使えなかったという訳では無かったらしいが、それでも魔法の成功率は無いに等しかったらしい。しかし調べていくうちに、そんな彼らに奇妙な共通点を見つけたのだよ」
「共通点?」
「ああ、そんな彼らでも『サモン・サーヴァント』には成功していたらしい。そして確認出来るだけでも、そのほぼ全員が“人間を使い魔にしていた”らしいんだ」
人間を使い魔に……。そう言われてルイズがドキッとする。なんだかワルドの瞳が全てを見透かしているように思えて来る。自分がバッツに関してワルドに隠し事をしている事を。
隠し事というのは少し大げさかもしれないが、ルイズはバッツの事を『従者』と偽っていた。
本来ならば使い魔であると素直に言えばよかったものを、心の中の小さな見栄からか本当の事を言えずにいたのだ。
隠し事をしているという負い目からか、彼の瞳を正面から受け止められない。だがワルドはそんなルイズの様子には気付く風も無く話を続ける。
「しかもその人間の使い魔には、ある“特殊な使い魔のルーン”が顕れていたらしい。それは……君も伝説で名前を知っているだろうが、あの『始祖の使い魔』と同じものだったらしいのだ」
話が意外な方向へと進み出したので、ルイズは驚いて目を丸くする。『始祖の使い魔』……?そんな伝説の存在が、このトリステインに今まで幾度か現れていたというか。
そして『始祖の使い魔』が居るという事は、それを従える人間もただのメイジではあるまい。
「君も気が付いたと思うが、『始祖の使い魔』を連れていた者、つまり魔法の使えないと思われていた者達は使い魔召喚成功と前後して“とある系統の魔法”に目覚めているのだよ」
“とある系統”。言葉は濁しているものの、それが何を指し示しているのかは強烈に伝わってくる。なんだか、次に来るであろう言葉が酷く恐ろしいモノに感じた。
「…………そう、『虚無』だ。そして彼らは『虚無の担い手』と呼ばれたらしい」
ワルドが余韻たっぷりに語る。もしそれが本当の事であるのならば、歴史がひっくり返るような大発見である。
『虚無』の系統を扱えるのは始祖ブリミルただ一人だけである、という常識が根本から覆されるのだ。
「それは本当なのですか!?」
たまらずその真偽を問い正す。もしそんな歴史文献が存在しているのならば、それを隠匿する理由が見当たらない。
他の系統が扱えなくとも、『虚無』を使えるという事が王家にとってマイナスになるはずがないからだ。
『虚無』が扱える――それは始祖の再臨を意味するものであり、、王家の権威にとってこれ以上ない好材料であるはずである。
真剣に迫るルイズに少し驚きながら、ワルドは少し申し訳なさそうに笑って答えた。
「残念ながら、今言った事を明確に記載した歴史書は王立図書館の何処にも存在はしなかった。今言った説は様々な文献を照合して得られた結果を僕なりに解釈したものだ」
ワルドの答えに落胆の色を隠せないルイズであったが、心のどこかではホッとしていた。
「だがこれはあながち荒唐無稽な法螺話、という訳でもないと僕は考えているんだ。僕と同じような結論に達した歴史論文も、数は多くは無いものの何点かは存在している。王家というのは始祖ブリミルの末裔なのだし、その血を受け継ぐものが『虚無』に目覚めても何らおかしくは無いのだから」
ワルドの目が「君もそうなのだろう?」と問いかけて来るように感じられる。勿論、今挙がった特徴の多くがルイズの現状に合致してしまっている。たった一つの点を除いて。
全てが合致していれば、ルイズも直ぐにこの話に食いついたのかもしれない。自分が今生の『虚無の担い手』であると舞い上がったのかもしれない。
でも、とルイズの心は立ち止まる。ワルドに言っていない事がもう一つある。それは自分が系統魔法を使えるようになった事。その一点が、今の話と決定的に異なっているのだ。
もし、彼が自分に『虚無』である事を期待しているのであれば、これ以上ない裏切りにも取られるだろう。自分が目覚めたのは、『虚無』ではなく通常の系統魔法だったのだから。
もしその事を知ったらワルドはどう思うだろうか。ルイズは、彼の心を失うのが怖かった。
「ではワルド様は私が『虚無の担い手』だと……?」
どこか怯えるように問うルイズに、ワルドは安心させるように穏やかに笑みを浮かべる。
「いいやそうではない、これは一つの例え話だ。誰にだって何か取り得がある。何の才も持たないと思われていた人間も、実は大きな宿命を背負っているのかもしれない。だから君にも自分を卑下するのは止めて欲しいということさ。君は君のままで良いんだ。それだけで十分に魅力的なのだよ」
途中からは興味本位で調べを進めていった感が強いと笑ってはいるけれども、恐らくは自分の為だけにこれだけの事を調べ上げてくれたワルドの心が温かく伝わってくる。
何かのついでという風に語るワルドであったが、これだけの事を調べるのに要した時間と労力は並大抵ではあるまい。
しかも魔法衛士隊の激務の合間を縫って王立図書館通いをしていたのかと思うと、頭が下がる思いだ。
彼の誠実な眼差しを見ていると、なんだか余計な勘繰りを見せている自分の心がほとほと矮小に感じられる。
きっと目の前の誠実な騎士は、自分がどんな存在であったとしても変わらぬ愛を注いでくれるだろう。でも、その想いに甘えてばかりいてはいけない。
ルイズは思う。一日でも早くこの人と並んでも恥ずかしくない立派な淑女にならなければ、と。
自分はまだまだ子供過ぎる。ワルドの想いに応える為はもっと多くを学び、もっと自分を磨いて一人前の大人にならなければならない。
お互いの気持ちを確かめ合った心穏やかな時間。
それはそんな語らいよりも強く、お互いの心を結びつける。
十年という歳月は、ワルドの心からルイズという存在を奪い去るどころか、より一層強いものへと育てていったのだ。
そんな静かで満ち足りた時間も無情にも引き裂かれてしまう。
幸福な時間に終止符を打つもの、それは一発の砲撃音であった。船体に鈍い振動が広がる。
ドンッ!という低い音と振動に、最初は乱気流にでも巻き込まれてしまったのかと思ったが、俄かに慌ただしくなる船員たちの声がそれを否定した。
ドカドカと幾つもの足音が響いて、そして船員たちの慌てふためく声が室内にも漏れ聞こえて来る。
「ワルド様……何が起こっているのでしょうか」
「判らん。だが、あまり良い状況ではないようだ。ともかく一度外に出た方が良いだろう。ルイズ、もう体は大丈夫かい?」
ルイズはコクンと小さく頷き、ワルドが彼女をかばいながら甲板へと赴いた。デッキ上では船員達が手に剣を持っていたり、大砲を用意したりと慌しく動き回っていた。
いくら通商船とはいえ、自衛のための装備は最低限備えているし、そのための人員もそれなりに配備している。しかも、今向かっているのはそういう地域なのだから尚更だ。
怒号にも誓い命令が飛び交う中、一人の男がルイズたちに気付き駆け寄ってきた。
「何が起こってるの!?」
「砲撃された。幸い砲弾は船体を掠める程度だったけど、次もそうだとは限らない」
駆け寄ってきた男――それはバッツであった――が、状況を手短に説明する。そしてバッツの指差す先に目をやると、その先に一隻の黒い船が浮かんでいるのが見えた。
こちらに砲門を向けてぐんぐん近づいてくる。その姿はどう見ても友好的であるとは思えない。
集団ではなく単体で襲ってくるところから察するに、相手は海賊だろう。いや、ここは空の上であるので空賊と呼ぶほうが正しいのかもしれない。
「クソッ、なんでこんな時に……」
相手の船を見たワルドが呟く。徐々に近づいてくる敵船は、今乗っている船よりも一回りも二回りも大きい。しかも、ぱっと見ただけで判る装備の数もこちらとは比べ物にならない。
漆黒に彩られた船体には、片側だけで何門もの砲台が据え付けられている。恐らく乗船している船員の殆どが戦闘要員なのだろう。
先程はまだ逃げる余地があった。だか今回は違う。ここは空の上、逃げ道はない。
よしんばグリフォンに乗って地上まで降下したとして、そうしたら最後、ウェールズ皇太子の下に間に合うとは到底考えられない。
これが単に王女の個人的な依頼であったなら命を危険にさらしてまで遂行しようなんて考えないだろう。しかしそうも行かない、なぜならば国の命運がかかっているのだから。
「どうすれば……」
ルイズがうろたえながらワルドに問いかける。しかし当のワルドも、いかんせんこの状況では出来ることは何もない。
出来る事といえば、この船が無事に逃げ切ることが出来るよう祈ること位だ。しかしその願いすら空しく響く。
こちらも航行速度を上げて何とか振り切ろうと努力しているにも関わらず、その距離は全く開く気配を見せない。それどころかどんどんその差を詰められ、遂には横付けされてしまう。
船体横にこちらに向けてずらりと並んだ砲門は圧巻の一言である。対してこちらにある砲門は片手で数える程、その差は比べるまでも無い。
向こうの船から一定のリズムで明滅する光が発せられた。モールス信号だろうか?恐らくは船の停止および無抵抗の降伏を呼びかけているのだろう。
相手の威容にすくみ、すでにこちらの戦意は喪失しているも同然である。
あれよあれよという間に二つの船の間に縄梯子やら板やらが架けられ、手に武器を持った賊がなだれ込んできた。
ワルドたちは抵抗しない。多少の奮闘は出来るだろうが、相手を全滅させられるとは限らないし、戦闘の結果船を無事に守りきる自身が無かったからだ。
この場合の“船を守る”とは、航行に必要な最低限の人員の安全も確保する事を意味する。単に船が沈まなければ良いというものではない。
バッツたちは為す術無く空賊のしたいがままにさせるしかなかった。
今、バッツたち三人は狭い部屋に閉じ込められていた。
ここは空賊の船の中の一室。その容姿からトリステイン貴族であると気付かれたワルドと、その連れであるバッツとルイズは連中に捕らえられていた。
その他の乗組員は全員、救命用の小型ボートに乗せられて船から降ろされていた。小型とはいえ、地上にたどり着くだけの風石は備えられているらしい。
ひとまず船の乗組員達の命は助かった。
一方、捕らえられたバッツたちは、目ぼしい武器を奪われた状態で部屋に監禁されていた。ワルドは剣も兼ねた杖を、バッツはデルフリンガーを取り上げられていた。
マントを羽織らず地味目な格好をしていたルイズは平民と思われたのだろうか、杖を持っていることすら気付かれなかったみたいであったが。
そして、当然ながらバッツの道具袋も彼らの注意を引くことはなかった。
それ以外には特別縄で手足を縛られるといったことはなく、部屋の中では基本的に自由に動き回ることが出来た。逃亡の可能性は考えなかったのだろうか?
捕まっているにも関わらず何故この様な扱いで済んでいるのかというと、その理由の一つに魔法の存在がある。
入り口の扉や窓などには『ロック』の魔法が掛けられていてビクともしない。杖の無いメイジや平民では、普通ならこの部屋から抜け出すことは出来ないと言う訳である。
だからこそ、見張り役も今は一人しか居ない。(これは外の様子に聞き耳を立てて得られた情報である。)
「さて、どうしようかな?諸君」
ワルドが少しもったいぶって作戦会議風に話を切り出す。部屋に設えてあったテーブルを囲むように三人が椅子に座っていた。
「どうしようも何も、やけにあっさりと捕まったのも何か考えがあっての事ではないんですか?」
賊の命じるままに大人しく従っていたのは、ワルドに何か策あっての事だとばかり思っていたルイズは軽い驚きの声を上げる。
「まぁ作戦はある事はあるが、正直無いに等しい」
「どんな作戦ですの?」
ワルドは少し照れくさそうにコホンと軽く咳払いをした後、彼の言う“作戦”を語りだした。
「何、言うだけなら簡単な話だ。わざと敵に捕まって相手が油断したところを内側から襲い掛かり、一気にボスを捕らえ一味を従えさせる。要するにこの船を奪って目的地まで行こうというのだ」
なるほど、考えるだけならこれ程簡単な作戦はない。それが実行できるかどうかは別として。
「幸いにも連中は君を平民と勘違いしてくれたようだようで、君が杖を持っていると思わなかったようだ」
ルイズは服の下に隠していた杖を取り出した。これを使えば扉に掛けられた呪文を解除することが出来る。
「さて……これで脱出の目処は付いたが、他に何か提案があるかね?」
とワルドが二人の顔を見回す。無ければこのまま役割分担と簡単な作戦を取り決め、すぐにでも部屋を飛び出したかった。
が、そこでバッツが手を挙げた。
「なんだい?バッツ君」
「別にこの作戦自体に不満はないけどさ。その前に一つ良いかな?」
少し遠慮がちにバッツが提案する。ワルドもバッツの剣の腕を買っているだけに、彼の口からどんな素晴らしいアイディアが飛び出すのか少し期待してしまう。
ルイズと合わせて二人が固唾を飲んで見守る中、バッツが発言する。けれども彼が発した言葉の内容は正に意外なものであった。
「少し何か食べないか?もう昼近いし、腹も減った。良く言うじゃないか『腹が減っては戦は出来ぬ』ってさ。干し肉とビスケットくらいだったら持ってるから、ここでひとまず昼食にしよう」
余りに素っ頓狂な提案に開いた口の塞がらない二人を余所に、バッツはテキパキと食物を道具袋から取り出していく。
そう言われれば、なんだかお腹がすいている事に気が付く二人。ゴタゴタ続きですっかり忘れていたが朝食べたきりなのだ、当然と言えば当然である。
そして一度意識してしまうと、もう空腹感を抑える事は出来なかった。
干し肉と瓶詰めの漬物と革製の水筒とビスケット数枚と……と、質素ではあるが三人前の食事が整った。ナイフやフォークどころか皿も無い食卓ではあるが、この際贅沢は言っていられない。
あまり美味いと言えるような食事ではないが、取り敢えずお腹を満たす事は出来た。
そしてバッツは更に袋から剣を二振り取りだすと、その内の一つをワルドに渡す。魔法を使う事は出来ないが、なるべくワルドの剣と似た形のものを選んでいた。
ワルドは右手に剣、そして左手にルイズの杖を構えている。
ルイズが杖を持っているより、この中で最も魔法に長けているワルドが杖を使った方が良いだろうというルイズの考えであった。
注意深く部屋の外の様子を探る。外の見張りは室内の様子に全く気が付いていないようだ。相変わらず扉の外には一人いるだけ。しかもその見張りも呑気に居眠りをしているようであった。
チャンスだ。
ワルドが扉の魔法を解除する。そして扉を静かに開け、それと同時に見張りに一撃を加えて気絶させる。見張りは突然の襲撃を受け、あえなく沈黙した。
「さて、これからが本番だな」
ワルドが気合いを入れる。敵に見つからないように行動しなければいけない。出来るならば首領の部屋まで誰にも出くわす事なく行きたいものだ。
「行き先は分かっているのか?」
そう言うバッツの心配は尤もなものである。ただ闇雲に徘徊していても時間の無駄だし、何より敵に発見される確率が増すばかりなのだから。
「大丈夫だ。船の構造なんてどれもこれも似たようなモノだからな。現在地と船長室には見当が付いている。僕に任せてほしい」
そうバッツの不安を拭い去るように、自信たっぷりにワルドは言う。事実、途中敵に遭遇する事も無く、そして迷うことなく目的地と思しき部屋の前まで到着する事に成功した。
ワルドは杖を持ったままの左手でドアをノックする。すると、中から「入れ」と声が掛かった。どうやら相手は部下が来たと勘違いしたみたいだ。
鍵の掛かっていない扉を開けると、すぐさま杖を相手に向け素早く室内に入ると後ろ手に扉を施錠した。
「動くな。命が惜しいのなら、大人しく我々の命令に従え」
ワルドが敵に脅しをかける。こちらを見て最初は驚いた空賊の船長であったが、直ぐに落ち着きを取り戻した。大人しく両手を挙げているが、その態度は余裕たっぷりといった様だ。
「おやおや、まだ杖を隠しもっていたとはな。後でアイツ等を厳しくとっちめてやらんといかんな」
今自分が置かれている状況など気にもしていないかのように、船長はそう余裕をかます。その態度が気に入らないワルドは一層鋭い眼つきで相手を睨んだ。
「今から進路をニューカッスルに向けてもらおう。船賃はお前の命だ」
「おお、怖いねぇ。空賊の船を乗っ取ろうだなんて大した貴族様も居たもんだ」
船長はどことなくおちゃらけた受け答えしかしない。それに神経を逆撫でされつつも、ワルドは努めて平静を装った。
「元々はお前達が我々の旅路を妨害をしたのが原因なのだ。命が助かるだけでも儲けものと思うのだな」
命を奪わない代わりに自分達を目的地まで連れて行けというのだ。もっとも、目的地が目的地であるので、その後この空賊団が無事に逃げだす事が出来るかどうかまでは保証はしないが。
この状況では相手に拒否することはできないだろう。ワルドはそう踏んでいた。
「それは構わねぇんだがよ、それについてちょっくら聞きてぇ事があったんだよ。あんた達の方から来てくれたのは都合が良いや」
聞きたい事とは何だろうか。船長が「まぁ座れ」と言って勧めた先には四人分の椅子が設えてあった。
「下手な真似をしたら命は無いと思え」と釘を刺すワルドに対し、「わかったわかった」と相変わらず軽い受け答えをした。
「で、聞きたい事とは何なのだ」
話の主導権を握っているワルドが杖を向けたまま船長にそう問いかける。ワルドの前に腰掛けた船長は、縮れた黒髪を肩より下まで乱雑に伸ばし、顔も半分以上が黒ひげで覆われている。
日に焼けているのか油で汚れているのか、髭と髪の間には褐色の肌が覗いていた。顔の大半を毛髪に覆われている為、パッと見ではどのくらいの年齢であるかは判別し難い。
元は上物であったであろう衣服も、汚れが染みついて全体的に薄汚れてしまっている。背格好はバッツと変わらないくらいであろうか。
船長は素直に両手を上げ、ワルドの問いかけに答えた。
「聞きたい事ってぇのはたった一つさ。なんであんた達がアルビオンに渡ろうとしているか、だ」
船長の瞳が鋭く光る。
「お前には関係ない事だ」
あっさりと話を切り上げようとするワルドに、船長は何とか理由を聞き出そうと直ぐには引き下がらない。
「少しくれぇ教えてくれたっていいじゃねぇかよ。トリステインの貴族様が、何の用があってアルビオンへ渡らにゃならねぇンだ?」
「くどい。命が惜しければ余計な詮索はするな」
なおも聞き出そうとする船長に、ワルドは杖を押し付けるように突き出してその口を黙らせようとした。それでも船長は喋る事を止めない。
「そうは言ってもよ、わざわざ死にに行くような酔狂な奴らが目の前に居るんだぜ?気にするなって方が無理な話よ」
まぁ、船長の気持ちも分からんでもない。自分達だって、目の前にわざわざ危険を冒しに行くような人が居たら止めようとするだろう。
それが無理でも、理由を聞いて協力したりするかもしれない。
尤も、目の前の空賊がそんな親切心を持っているとは到底考えられないが。
「流石に今の時期に観光目的な筈がねぇ。それに別にあんた達は王党派に加勢しに行くという訳でもねぇんだろ?それにしちゃぁ数が少な過ぎて焼け石に水だし、第一今更トリステインがアルビオン王家に加勢するとは思えねぇ。するならもっと早い段階で協力していたはずだからな。それに臆病者のあの宰相がそんな危険を冒すとは到底考えられねぇしよ」
“臆病者の宰相”という言い回しに少し引っかかる。確かに今のトリステインで政治の実権を握っているのが宰相であるマザリーニ枢機卿だ、というのは国内外にまで多少は知れ渡っている。
それにしても、まるで彼を知っているかのように語る船長の言い草が腑に落ちない。伝え聞こえる評判だけで、他国の宰相をここまで悪く言えるものだろうか。
「仮にあんた達が『レコン・キスタ』の一派だったとしても、今アルビオンに渡る意味はねぇ。自国内で工作を続けて、来るべきトリステイン侵攻に備えているはずだ」
船長は得意気に自説を展開する。そしてそのどれにも当てはまらないルイズ達の目的をなんとか探り出そうとしているのだ。
「だからあんた達の目的がわからねぇ。観光でも無し、略奪でも無し。あんた達が今アルビオンを、しかもニューカッスルを目指す目的は何だ?あそこは今、王党派最後の軍勢と『レコン・キスタ』のドンパチの真っ最中だ。空賊の船を奪ってまでそこに行かなきゃならねぇ理由が知りたい。俺ぁあんた達みたいな酔狂な人間は嫌いじゃねぇし、面白れぇ事も嫌いじゃねぇ。訳を包み隠さず話してくれるんなら、協力してやってもいいんだぜ?」
「あなたを納得させられれば、協力してくれるというのですか」
とルイズが口を開く。いきなりそう言いだしたのに驚いたワルドが彼女をたしなめるが、ルイズはワルドに反論する。
「もしあいつの言う事が本当なら、ここは正直に話して協力を得るべきです。力で無理やり従わせるよりも、その方がよっぽど良い筈ですから」
「しかしだね、ルイズ。こんな空賊風情が信用できるものかね。信用したら最後、裏切られるのは火を見るよりも明らかだ」
そんな二人のやり取りを隣で聞いていて、「海賊にも気の良い奴はいるかもしれない」と口を挟みそうになったバッツは、慌ててその言葉を呑み込んだ。
自信の経験が運が良かっただけで、こいつらもそうであるとは限らないのだから、下手なことは言わないに越したことはない。
「本当に、本当に訳を話したら協力してくれるのですか?あなた達を信用して良いのですか?」
「話の内容にも寄るがな、嘘じゃねえ。俺の杖と、始祖ブリミルの名に誓ってやっても良いんだぜ?」
お前達のそんな言葉を信用してなるものか、とワルドは冷たく突き離すが、ルイズは船長を信用したらしく、自分たちの目的を明かした。
ワルドは相手を簡単に信じてしまうルイズに半ば呆れながらも、彼女に一任することに決めた。例えどのように話が転がっていこうが、船長の命を自分たちが握っていることには変わりない。
いざという時には力ずくで相手をねじ伏せてしまえば良いだけの事である。
「私達は、ウェールズ皇太子に会いにいくのです」
「皇太子に?なんでだ?まさか死ぬ前に一目会いたいから、とか言わねぇだろうな」
「概ね、そう取ってもらって構わないわ」
呆れ顔で船長が眉をしかめる。理由がさっぱり飲み込めなくてお手上げ、といった表情だ。
「ますます分かんねぇ……。あんた達はアレか?皇太子の知り合いか?」
「直接はそうではありませんが、似たようなものです」
ふむふむ……、と船長はルイズの顔を嘗め回すように見つめる。その顔は物珍しさというより、遠い何かを思い出そうと努力しているようであった。
「フム……。君はどこかで見覚えがあるな……。その綺麗なピンクブロンドは昔どこかで……?確かあれは…………」
いきなり船長の口調も声の調子も変わったのに驚く面々であったが、当の本人はそんな事に気付く様子も無く、必死に記憶をたどっていた。
「……そう、そうだ。確かアンリエッタが友人と言っていた娘か。ヴァリエール家の末娘とか言っていたな。平民みたいな格好をしているから判らなかったぞ」
船長の口から王女の名前とルイズの家名が飛び出たのに更に驚く三人。この男はアルビオンの人間の癖に王女どころかルイズの家をも知っている。
しかも、王女を呼び捨てにするとは不遜も良いところだ。
「貴様、何奴!!」
ワルドが咄嗟に剣を船長の喉下に当てる。返答次第では首を斬り落とすといった勢いだ。
「まぁ待て、待て。今度はこちらが訳をきちんと話そう。だからその物騒なものを仕舞いたまえ」
船長がまたもや落ち着き払って言う。先程までとは違う言葉遣いや雰囲気にワルドは気圧されそうになる。
目の前の男はただの卑しい賊のはずなのに、魔法衛士隊隊長である自分が気圧されてしまうというのが気に入らない。一体、この男は何者なのだろうか。
そして船長は静かに語りだす。その口調は既に粗暴なものではなく、きちんとした教育を受けている事を伺わせる優雅さを持ったものに変わっていた。
「君達を欺くような真似をして悪かったね。私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令官……いや、そんな肩書きよりもこちらの方が分かりやすいかな?」
船長は頭に手をやると、黒髪を掴んで一気に引き降ろした。その下からは綺麗に切り揃えられた金髪が現れる。そして髭も剥ぎ取り顔を濡らした布でふき取ると、全くの別人となった。
健康な白い肌と短い金髪の凛々しい美男子がそこに居た。
「私がウェールズ・テューダー。君達の会いたがっているアルビオンの皇太子だ」