水晶と虚無   作:is.

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第02話 使い魔召喚の儀

雲ひとつない晴天の下、トリステイン魔法学院では今年度の『春の使い魔召喚の儀式』が賑やかに執り行われていた。

 

学院敷地内の開けた場所に今年2年次に進級した生徒たちが集まっていた。

引率と思われる中年の男性教師を中心に、揃いのマントを羽織った少年少女が、各々の杖を手に呪文を唱えている。

 

メイジにとっては一生に一度の大事な儀式であり、今後の自分の人生を左右する……とまでは言わないがかなり重要なイベントである。

召喚された使い魔は自分の内なる姿を映す、とも言われ自分の性格や属性・得手不得手などから最も相性の良いモノが選出される。

ある者はその燃え盛る情熱を反映させた火蜥蜴を召喚し、またある者は重力という鎖から解き放たれて自由に空を飛ぶ風竜を使い魔とした。

 

 

望み通りのモノを召喚した者、想像以上のモノを召喚できた者、予想とは違う意外なモノを召喚してしまった者、生徒たちの結果はまさに人それぞれ。

だか皆総じて自分の使い魔には満足しているようである。

ただ一人を除いて。

 

学院指定の白のブラウスに濃いグレーのプリーツスカート、そしてスカートと似た色のサイハイソックスに身を包んだ小柄な少女が一人、他の生徒の輪から外れたところに立っていた。

彼女の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ここトリステイン王国有数の名家の子女である。

クラスメイトが次々と使い魔の召喚に成功している中、彼女ただ一人だけが未だに召喚出来ていなかった。

時間だけが刻々と過ぎていく。それに伴い少女の中の焦りが増していく。

 

「あらぁ、ヴァリエールの。まだ召喚出来てないの?昨日はあんなに自信満々だったじゃない」

 

そう言って一人がルイズに近づいてくる。燃えるような赤い髪に褐色の肌、そして豊満な肢体を見せつけるかのように扇情的に制服を着こなすその少女は、傍らに大きな赤い蜥蜴を従えていた。

 

「それより見てよ、この子。立派な火蜥蜴でしょ。特にこの尻尾なんて素敵じゃない。私の系統『火』にぴったりだと思わない?」

 

使い魔と思しき火蜥蜴を自慢するのが自分への当てつけにしか思えない。実際そうなのであろうが、それがルイズの神経を逆撫でる。

 

「うるさいわね。あんたが話しかけてくるから気が散るじゃない」

「気が散るって、さっきから何回呪文繰り返してんのよ。このままじゃ、あなたが使い魔を召喚するのと日が暮れるの、どっちが早いかわかったもんじゃないわ」

「黙って」

「案外もう召喚されてるのかもね、姿が見えないだけで。ホラ、あなたって『ゼロのルイズ』じゃない?使い魔もゼロって事もありえるんじゃないの」

 

自分が満足いく召喚が出来て嬉しいのか、やたらと絡んでくるクラスメイトをルイズが睨みつけると、「お~怖い怖い」と大げさに肩をすくめて立ち去った。

クラスメイトは追い返したが、状況は一つも好転してはいない。相変わらず召喚の呪文は失敗し続けているし、使い魔が現れる気配は微塵も感じられない。

自分が『ゼロのルイズ』と揶揄されるほどに魔法の成功率が低いのは、自分でも痛いほどよくわかっている。

どんな呪文を唱えようとも、いつも爆発を起こすという結果に終わり、想定された効果が現れた事などただの一度もない。

しかし呪文を失敗して爆発が起ころううと、何かしら魔法力の関わる現象が起きていることから、ルイズには魔法力自体は備わっている事は見て取れた。

だからこそ、いくら実技の結果が芳しくなくともトリステイン魔法学園に一年間在籍し続けられたのであり、今日の使い魔召喚の儀式にも参加できたのだ。

 

しかし、今回は状況が違った。

 

いつもなら、呪文を唱えれば爆発が起こる。

しかし使い魔を召喚するための『サモン・サーヴァント』の呪文を唱えても、爆発どころが閃光の一つも起こらない。

何の反応もないのだ。

呪文を唱えても何も起こらない、それはルイズにとって最悪の事態を想起させる。つまりは自分に備わった魔法力が消え失せてしまったかもしれない、という事を。

いくら名門貴族の家に生まれようとも、魔法が使えなければそれは平民以下の存在なのである。いや、下手に出自が高貴なだけに一層悲惨なものになるだろう。

魔法が使えないというだけで勘当されることはないだろうが、それでももう二度と日の当たる表舞台に立つ事は出来ないだろう。

これからの一生を半端者と後ろ指をさされながら、日陰者として生きてゆかねばなるまい。それがメイジ至上主義とも言えるこのトリステイン王国の現実だ。

 

ルイズの心に焦りが広がる。いや、正確に言えば恐怖が広がってゆく。

今までずっと落ちこぼれの謗りを甘んじて受けてきたが、それでもいつかは自分の才能が開花して見返す日が来ると信じればこそ耐えて来られた。

だが、今まさに「落ちこぼれ」から「無能者」へと更なる転落をしようとしている。

ただの落ちこぼれならば、何かのキッカケで逆転することもあるだろう。しかし、魔法力自体がなくなってしまえばそもそも逆転のチャンスすら無くなってしまう。

最初の3回位までは失敗しても何も感じなかった。「いつもの事だ」と軽く受け流すことが出来た。しかし、失敗も二桁を超えたあたりから焦りが生じてきた。

焦れば焦るほどに精神の集中は乱れ、呪文を噛んでしまう。額からは汗が滲み、口の中は既に乾ききっててしまっている。

 

「ミス・ヴァリエール、まだ召喚出来ていないのですか?他の皆はとっくに召喚し終えているのですよ」

 

先生からそう声をかけられ、ルイズの焦りは一層激しくなる。

このまま使い魔の召喚に失敗してしまうのか?そうなれば良くて留年、さもなくば退学を余儀なくされるだろう。家族に合わせる顔がない、いや、このままでは家には戻ることすら出来ない。

折れんばかりに杖を握り締め、ルイズは呪文を唱える。渇いた喉が痛むが、そんな事に気を遣っている余裕はない。

贅沢なんて言わない。幻獣の類ではなくてもいい。犬でも猫でも、それこそ鼠でもいい。使い魔が現れてくれさえすればいいのだ。

ありったけの想いを込めて、呪文の詠唱終了とともに握り締めた杖を振りかざす。

 

目の前に光の球が現れた思った次の瞬間、眩いの閃光と耳をつんざく爆音が辺りを包んだ。

 

「ルイズの奴、サモン・サーヴァントすら失敗しやがった」

「流石『ゼロのルイズ』、爆風を召喚したんじゃね?」

「まったくいい迷惑だよ。毎度の事とはいえ、巻き込まれる側にもなってもらいたいもんだぜ」

 

爆発によって辺りに立ち込めた煙の中から聞こえてくる生徒達からの嘲りは、今のルイズには届いていなかった。

やっと、爆発が起こった。

傍から見ればいつもの失敗であるが、当のルイズにとってはそうではない。これがいつもと同じ失敗なら、今までのは何だったというのか。

サモン・サーヴァントの失敗が「爆発」ではなく、ついさっきまでの「何も起こらない」だとすれば、この「爆発」は成功であるはずだ。

爆発を伴って現れる使い魔……それはどんなものか想像すら付かない。巨大なモノか、はたまた高貴な魔物か。ルイズの心臓が期待に高鳴る。

 

誰かが風の魔法を使ったのだろうか、辺りに立ち込めていた煙が急速に晴れていく。ルイズの期待も最高潮になる。

自分の使い魔はどんな姿をしているだろうか。これだけ派手な登場だ、きっと誰もが度肝を抜かれるような姿をしているに違いない。

煙が完全に晴れ、そこに居たのは……そこに居たのは……

 

 

ルイズの目には使い魔らしきモノは映らなかった。目の前には、赤い変な形をした鎧を着込んだ、満身創痍で血まみれの男が倒れているだけであった。

他には何も見当たらない。犬猫はおろか、雀の一羽も見当たらない。ルイズの頭の中を最悪の状況が駆け巡る。

目の前には見知らぬ男が倒れている。どう見てもこの学院の関係者ではあるまい。先ほどの爆発が本当に召喚成功だとすると、そこから導かれる答えは一つ。

 

自分の使い魔は、この男だ。

 

使い魔は人間で、男で、(恐らくは)平民で、更には死にかけである。確かに度肝は抜かれた。最悪の方向で。

認めたくはない現実が、そこにはあった。

周りに居る他の生徒たちも、あまりの異様さに言葉が出ない。こんな血まみれの人間が召喚されようとは、いったい誰が予想出来るだろうか。

先ほどまでルイズに対し茶々を入れていた者も、流石にこの状況では何もいえないらしい。

 

その場にいる全員が固まっている中、いち早く行動を起こしたのは男性教師だった。

 

「何をボーっとしているのです。水の系統魔法が使える者はこの人に治癒の呪文をお願いします。それと、誰か救護室に向かい使用出来るようにしておいて下さい」

「ミスタ・コルベール!」

「何人かは『レビテーション』でこの人を運ぶ手伝いをして下さい。怪我の程度が重いので、くれぐれも慎重にお願いします」

「ミスタ・コルベール、お願いがあるのですが!」

「何ですか、ミス・ヴァリエール。今は非常事態なのですよ、用事ならば後にして下さい。人の命がかかっているのです」

 

コルベールと呼ばれた男性教師はルイズの言葉に耳を傾けようとはしない。

 

「ミスタ・コルベール、これは何かの間違いです。もう一度召喚させて下さい」

 

ルイズは予想外の出来事に頭の中が混乱している。この男が召喚された自分の使い魔だと認めたくない一心で、そんな事を言い出した。

 

「何を言っているのですか、ミス・ヴァリエール。今はそんな些細な事を言っている場合ではないのです。そんな事より、この人の命の方が優先事項なのですよ」

「でも、ミスタ……」

「デモもストもありません。いま最も優先されるべきはこの人の命、残りは彼の事が済んでからです」

 

コルベール先生のいつもとは違う険しい雰囲気に呑まれ、ルイズは言い返すことはできない。気弱な事なかれ主義かと思っていた先生の意外な一面に驚きを隠せないでいた。

先生の手早く的確な指示により、生徒達が次々と行動に移る。取り残された形になったルイズは、ただその様子を眺めているだけだ。

魔法の使えぬ彼女には、今出来る事は何もなかった。ただただ事の成り行きを見守る事しかできない。

程なくしてこの瀕死の男は、先生と幾人かの生徒の手によって宙に浮かべられた状態で学び舎の方へと運ばれていった。

 

それを見つめているだけのルイズ。残りの生徒達も三々五々教室のほうへを戻っていったが、彼女だけはその場で呆然と立ち尽くしていた。

やがて終業を告げる鐘の音に我を取り戻し、教室へと戻るまでにはしばらくの時間がかかった。

 

 

 

 

その夜、男の容態が安定したということでルイズは救護室へと呼び出された。部屋の中にはコルベール先生が居て、ルイズの到着を待ちわびていた。

男は手当てされたのであろうか、全身を包帯で巻かれた痛々しい姿でベッドに横たわっていた。

 

「ミスタ・コルベール、あの、やっぱり私の使い魔はこの平民ということになってしまうのでしょうか」

 

ベッドの横に設えられた椅子に腰掛け、ルイズは口を開いた。

 

「学院長も交えて教師一同で協議しましたが、やはり慣例は曲げられないとの事です。召喚の儀式で呼び出された以上、この人物は紛れもなく貴女の使い魔という事になります」

「そうですか……」

「人間が使い魔になるという前例は、残念ながらこのトリステイン魔法学院にはありません。が、貴女にとって悪い結果をもたらしはしないでしょう」

 

いまでも十分に「悪い結果」だというのに、これ以上事態が悪化してなるものか。そう心の中で呟く。

 

「それでは、召喚の儀式は残すところ『コントラクト・サーヴァント』で完了です。この人の容態も峠は越えて安定したとの事なので、ここで済ませてしまって下さい」

 

教師に促されるまま、ルイズは『コントラクト・サーヴァント』の実行のために立ち上がり、ベッドで寝ている男に近づく。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

何度も練習した呪文。召喚のときとは違い、どもる事も噛む事も無く唱え終わると、男の額に杖を軽く当てる。

後は相手に口付けをして契約完了となるが、相手が相手である。いくら意識が無いとはいえ、自分より少し年上くらいにか見えない異性に対して口付けをしなければならないのだ。

他の生徒たちのように獣相手に気軽に行うのとはわけが違う。大切な自分のファーストキスがこんな冴えない男相手なのかと、つい顔をしかめてしまう。

ためらっていると、隣のコルベール先生から催促が入った。もう諦めるしかない。使い魔を召喚出来ただけでも上々と考えなくてはならないのだ。

むしろ、汚物のようなものが召喚されなかっただけマシなのかもしれない、と自分に言い聞かせて男の唇に自分の唇を重ねる。

 

「終わりました。これで契約完了です」

 

なるべく感情を押し殺して先生の方へと向きを変える。

 

ううっ、と横たわる男からうめき声が漏れる。使い魔のルーンが刻まれているらしい。意識はないがその痛みに反応たのだろう。その様子から、とりあえずは死んでいない事を再確認する。

先生はルーンを確認するためにベッドに近寄り、男の体を調べ始めた。幸いルーンは包帯の巻かれていない左手の甲に現れたらしく、すぐに見つける事が出来た。

ルーンの形状を持ってきたノートに写し終えると、一息ついてルイズの方へと向かい直した。

 

「御苦労さま、無事に儀式も終了しましたね。一時はどうなる事かと気を揉みましたが、無事に終わってくれて何よりです」

「……」

 

ルイズは答えない。今は何か喋る気にはなれないのだ。口を開けば泣き言が溢れてきそうだ。

 

「この成功は、貴女にきっと良い未来をもたらしてくれるでしょう。貴女の事を『ゼロ』などと呼ぶ生徒もいるようですが、これでもう貴女の魔法成功回数はゼロではありません。もっと自分に自信を持って下さい」

「……」

 

ただの気休めだ、しかもそれでは褒めているのかけなしているのかわからない言い回しだ、とルイズは感じる。

 

「使い魔はメイジの内面を映し出す鏡。だからきっとこの人もただの平民などではない、私はそう考えていますよ」

「……そうである事を願っています」

 

流石に、先生が自分を気遣ってくれているのを感じ取り、ルイズは短く言葉を繋ぐ。けれどもうこれ以上この部屋に居たら先生の前で感情を爆発させてしまいそうでだったので、ルイズは立ち去ろうとした。

その背に先生から更に声がかけられる。

 

「貴女はこの部屋に入ってからすぐに、自分の心配をしました。人間が使い魔になるのかと。召喚の時も同じです。大怪我を負った人を前に召喚のやり直しを申し出ましたね」

 

それがどうしたというのか。いつもの穏やかな声とは違う、どこか険のある声に足を止めたものの、向き直す事もなくそのまま先生の言葉を聞いた。

 

「この世には優先されるべきものが幾つかあります。そのうちの一つが人の命。それは貴族平民の別無く大切なものです。貴女には、もちろん他の生徒達にもそれをわかって欲しいのです」

「……」

「いや貴族なればこそ、時には自分事よりも他人の命を守るための行動を優先して欲しいのです」

「わかりました。以後気をつけます」

 

先生の方へ向き直ることなく、そう無感情に返事をしてルイズは救護室を立ち去った。

残ったコルベールはやれやれと薄くなった頭を掻いてルイズの後ろ姿を見送った後、ベットに横たわる人物に視線を戻した。

その瞳は険しい光を宿している。今まで色々な使い魔を見てきたが、今回の異例中の異例といえる状況に不安を隠せないでいた。

召喚されたのは人間、しかも直前まで戦闘を行っていた事が容易に予想できる姿で現れたのだ。見たこともない異国の鎧と、自らのものか相手のものかわからない大量の血。

そして恐らくは戦闘で負ったであろう全身の傷に、苦い記憶が蘇る。

この人物はどの地方から来たのかは分からない。が、恐らくはどこかの軍隊に属する兵士だろう。

そしてそれがトリステインに新たな戦火の火種をもたらすような事にならない事を願うばかりだ。

それは彼が目覚めるのを待つしかない。

 

そしてもう一つ、コルベールには気掛かりな事があった

この男に刻まれたルーンの事だ。今まで何百という使い魔のルーンを見てきたコルベールをして、全く見た事のないルーンというのも気に掛かる。

ルーンは大まかに系統立てて見分ける事が出来、彼ほどにもなれば一目見ればおおよその内容を把握できてしまう。

しかし今回現れた使い魔のルーンは彼の知識の中にあるものとは違っていた。教師生活20年、ルーンを調べに学院の図書館に行かなくてはならくなるとは新任の時以来だと心で笑う。

まだまだ自分にも知らない事があるなど、だから教師は辞められない。

 

 

部屋に戻ったルイズは、乱暴に服を脱ぎ捨て、ベッドに突っ伏す。こんな最悪な一日は生れて初めてだった、と今日の一日を思い返した。

召喚に失敗して、失敗だけならまだしも平民なんかを使い魔にしてしまったのだ。明日から笑いの種が増えてしまう事を考えると、それだけで泣きそうになる。

なんで平民なのか。犬猫や最悪虫でも我慢できた。でも自分の使い魔は平民なのだ。しかも召喚された時の様から察するに、特に武芸に秀でている人間という訳ではないだろう。

ギリッと奥歯を噛み締める。

明日からの生活に大きな不安を抱えたまま、眠りへと落ちて行った。

 

 

 

次の日、ルイズにとって想像以上の地獄の一日が待ち受けていた。

 

 

朝からすれ違う生徒すれ違う生徒に後ろ指をさされているような気がした。居心地悪いなんてものではない。道行く誰もがこちらを見てクスクスと笑っているとさえ感じられる。

そのうち何人かからは心無い言葉を掛けられる。

 

「死人を召喚するなんて、流石『ゼロのルイズ』俺たちの予想の斜め上を行くな!」

「どうだい『ゼロのルイズ』、使い魔は元気かい?それとももうくたばっちまったか?」

「召喚してすぐ使い魔を亡くすなんて、気の毒だな『ゼロのルイズ』」

「今日は一人なのかい?『ゼロのルイズ』。ああ、使い魔はもう死んじまったんだっけか」

 

自分を嘲り笑う声の中、ルイズは唇を噛み締め誰とも視線を合わせないように顔を俯かせたまま歩いていく。

授業前に救護室へと寄り、あの男が目を覚まさないかと期待をかけるが、男は穏やか寝顔を浮かべたままであった。

余りにも幸せそうに眠っているのを見て腹が立ったルイズは男の頬をつねったり叩いたり、体を揺さぶったりするが一向に目を覚ます気配がない。

そんな事をしているうちに、看病を任されている使用人の少女がやってきてルイズを制止した。

授業の時間が近づいている事に気が付き、そのままルイズは部屋を後にした。

 

授業中も、ルイズにとっては針のむしろの上に座っているような苦痛の時間であった。

使い魔召喚の儀式の翌日の授業は、お披露目を兼ねて使い魔同席の生徒が多い。無論教室に入りきらないような大きなモノを召喚した者はその限りではないが、ほぼ全員が使い魔と共に席につく。

 

「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 

教壇に立つ中年の女性教師がそう告げる。

 

「約一名だけ成功していません。ズルをして平民を連れてきました」

 

誰かがそう言った。誰が言ったのか、ルイズは知ろうとも思わなかった。相変わらず顔を俯かせたまま、じっと唇を噛み締めている。

常ならば真っ先に反論し、逆に相手をなじってしまうような性格のルイズが今日に限っては押し黙ったままだ。

そんなルイズの様子に気が付いた女性教師は、発言した生徒をたしなめるようにこう言う。

 

「使い魔はメイジにとって大切な存在です。それがどんな姿形をしていようとも、それをダシに他人を謗る事は許されない事なのですよ。例えば、あなたの太めの体を皆で笑い者にするようなものです」

 

「成功していない」発言をした少年は成程、他の生徒に比べ大分ふくよかな……もっといえばコロコロと丸い体をしていた。

自分の体形の事で言い返されるとは思っていなかったその生徒は、顔を真っ赤にして黙ってしまった。その様子に一笑いが起こった後、シュヴルーズ先生は続ける。

 

「皆さんも知っている通り、このトリステイン魔法学院はただ魔法を習うだけの場所ではありません。貴族として相応しい立ち居振る舞いと精神を身に付ける為の学び舎です。他人を嘲り笑う事が貴族として相応しいかどうか、よく考えてみて下さい」

 

昨日の緊急職員会議の場で、ルイズとその使い魔については全教員に知れ渡っていた。

そしてコルベールから、落ち込んでいるであろうルイズの事、そしてルイズを傷つけるような心無い発言をする生徒について十分に注意して欲しいとの願い入れがあった。

たかが使い魔の事程度に、そんなに神経質になる事もないのではないかという意見もあったが、この状況を見ているとコルベールが過分に気に掛けているのも納得できた。

今は彼女の使い魔が目覚めるまでは余計な波風の立たぬよう、教師からの働きかけも必要なのだ。

 

シュヴルーズのこの発言ののち、表立ってルイズをあざ笑う生徒は居なかった。けれどもあいかわらずルイズに対しては奇異や憐憫の目が向けられているし、居心地の悪さに変わりはなかった。

教室や廊下の隅から、こちらを見てせせら笑う声が聞こえてくる気がする。それが現実なのか単なる被害妄想なのかは分からない。でも、確実にルイズの心に疲れを蓄積させていった。

 

授業が終わると、ルイズはまっすぐに救護室へと向かう。だか別に使い魔の様子が気になるという訳ではない。

ただ、使い魔が目覚めれば今の状態が少しは緩和されるのではないかと期待しての事だ。

が、使い魔の様子は朝と何ら変わることなく、静かに寝息を立てているだけである。相変わらず何をしても反応を示さず、まるで死んでいるかのように眠り続けている。

看病担当の使用人が言うには、時折なにかうわ言を呟きながら苦悶の表情を浮かべているらしいのだが。

昼間に様子を見に来てくれた水系統の教師によれば、あとは意識を取り戻すだけでもう心配はいらないとの事だが、目を覚まさなければ話にならない。

あと何日こうして過ごさなければならないのだろうか。あと何日こんな苦痛に耐えなくてはならないのだろうか。考えただけで目眩がする。

気分を持ち直すどころか、更に気を落としてしまったルイズは。肩をうなだれたままトボトボと部屋を後にした。

自室に戻るなり、使い魔の為に用意しておいた藁の寝床を足で蹴り崩した。グリフォンとかマンティコアとかそういったモノを想定して用意しておいたこの寝床も、もう無用のものだ。

数日かけて用意した時の気持ちを思い出すと、やるせなくなる。

そしてまた乱暴に服を脱ぎ散らかすと、そのままベッドに横になって眠ってしまった。

 

 

 

 

翌日・翌々日も同じように時が流れて行った。

傍から見ればいつもと変わらない日常であるが、ルイズにとっては永くて苦痛な一日であった。

使い魔は目覚めない。

 

 

 

状況が動いたのは召喚の儀式の4日後、看病をしていた使用人から使い魔が目を覚ましたとの連絡が入ったのだ。

ようやくこの日が訪れた。たったの3日ではあるが、ルイズにとっては何カ月も過ぎたかのように感じられた、長く辛い時間だった。

あの男が使い魔なんかになったおかげで自分はこんなにも心労を抱えているのだ。どんな文句を言ってやろうか、と考えると気もそぞろになり授業に集中できない。

そんな中ふとある事に気が付く。

なぜあの男の方から私に会いに来ないのだろうか。使い魔なのだから、なにも主人の方から出向かずとも、相手がこちらに来ればいいのである。

そう思うと、とたんに怒りが込み上げてきた。『召喚』のみならず『契約』も済ませているのだ、きっと誰が主人であるかはわかっいて当然だろう。

目が覚めたのなら、真っ先に主人のもとに馳せ参じ、この数日の心労をねぎらうのが使い魔の務めではないのか。

 

少し考えればそんな事あり得ないと気付くような自己中心的な考えに陥っているが、冷静さを欠いている今のルイズにはそこまで考えが至らない。

 

一日の授業が終わるとすぐに、ルイズは救護室へと向かった。前日とは違う、どこか軽やかな足取りである。

しかし歩いているうちにも、ルイズの頭の中では使い魔にぶつけてやる文句が次々と浮かんで来る。あの男が召喚されりしたもんだから、こんなに辛い目にあっているのだ。

感情の昂ぶりに合わせ初めは軽やかだった足取りも足音が響くまでに力強いものへと変わり、肩を怒らせて不機嫌極まりないといった表情で廊下を急ぐルイズの姿に、誰もが道を譲ってしまうほどであった。

 

ついに救護室の扉の前に立ったルイズは、2・3度深呼吸をして心を落ち着かせる。使い魔との接触は初対面が大切だ。主従をきちんとわからせる為、より威厳を感じるようにしなければならない。

扉に手を掛けたルイズは、勢いよく開け放つ。部屋の中では使用人と使い魔の男が呆然とした顔でこちらを見ている。

言いたい事は山ほど用意してきたはずなのに、余りにも昂ぶり過ぎていて頭の中が真っ白になってしまっていたルイズは、

 

「使い魔の分際で、こんなところでのんびりお茶なんて良い度胸じゃない!?」

 

と、少々的外れな言葉をひねり出すので精一杯だった。

鳩が豆鉄砲を喰らったような間抜け顔を見せる使い魔に、今度は怒りよりも情けなさが込み上げてくる。

目覚めてから着替えたのだろうか、青色の衣服に身を包む使い魔はどこからどう見ても、誰がどう贔屓目に見てもただの平民だった。

高貴な雰囲気もなく、何か特殊な能力を感じさせるようなオーラを放つでもなく、使用人とテーブルを囲む様はここが使用人控室であったかと錯覚してしまうほど庶民的な雰囲気を醸し出していた。

完全に平民。見紛う事無き平民。しかも余り利発そうには見えないマヌケ面を見せる使い魔に悲しくなり、これ以上ないほどの溜息をつく。

 

「折角成功したのに、なんで、よりにもよって、こんなぱっとしない平民なのよ……」

 

ルイズは呪った、こんな魔法音痴に生れついてしまった事に。こんなことならば生まれつき体が弱いか魔法不能者の方がまだマシだったとさえ思える。

人間の使い魔にさっぱり魔法を使えないメイジ。こんな組み合わせでどうしろと言うのだ。

自分の将来に不安要素しかない事に改めて溜息をつくと、頭を抱えてその場にへたり込んでしまった。

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