『レコン・キスタ』は始めは小さな集団であった。
アルビオンの片田舎に住む司教を中心に集まった、聖地回復を目指す小規模の運動団体がその起こりである。
それが瞬く間に勢力を広げ、その支持者がアルビオン王国の重役を担う貴族達にも広がっていくのに半年もかからなかった。
何がそこまで強烈に貴族達の心を惹き付けたのであろうか。
彼らの掲げる「聖地回復」が貴族の心を打ったのであろうか。それとも、聖地回復へと至る過程の一つである「ハルケギニア統一」が彼らの欲望を駆り立てたのだろうか。
理由は人それぞれであろうが、とにもかくにもアルビオン国内でその勢力は急速に拡大を続け、遂には王族を排し彼ら『レコン・キスタ』が国の実権を握るまでに成長した。
『レコン・キスタ』はしばしば“貴族派”と呼ばれた。それは、構図としては旧来の王権政治を排そうとする上級貴族たちと王族の対立に見えたからだ。
だが、彼ら自身は決して自分達の事を“貴族派”などとは呼称しなかった。
それは自分たちの目的が『エルフ共の手から聖地を奪い返す』という高潔な物であるという自負からだろうか。
はたまた『ハルケギニアを統一する』という偉業の前では、貴族であるとかそんな事は小さな事柄は眼中にないという自信の表れか。
だがその真の理由は、常に彼らのトップに君臨する男の存在にあった。その男は貴族などでは無い。だから彼らは自分たちを“貴族派”と呼ぶのを嫌ったのだ。
元来魔法など使えない――いや、魔法を使えないと思われた人物が、魔法以上の奇跡の力で彼らを従えている。
『レコン・キスタ』に属する者たちはその男の使う力を、尊敬と畏怖の念を込めてこう呼んだ。
――――――『虚無』、と。
ここはアルビオンのニューカッスル城。
いや、ほんの数日前までははニューカッスル城と呼ばれた建物が存在していた場所。
今ではその城も崩れ落ち、かつては城であった瓦礫が散乱するばかりで、以前の面影など何処にも見当たらなかった。
散乱しているのは瓦礫だけでは無い。先の総攻撃の際の死傷者の骸の大半がまだそのままに放置されており、辺りは腐臭が立ち込め始めていた。
『レコン・キスタ』によるニューカッスル総攻撃から二日が経ち、ここにはその激しい戦闘の爪痕が至るところに残されていた。
この戦闘により城に籠城していた王党派の残党は一掃され、今やアルビオンの主は『レコン・キスタ』がとってかわっている。
長らく続いた始祖の血統の内の一つが途絶えた瞬間であった。
最後の抵抗戦は僅か一日と持たずに終結した。無理もない。王党派の戦力は僅か三百足らず。対する『レコン・キスタ』の戦力は約五万。その戦力には百倍以上の開きがあったのだ。
始めは抵抗を見せた王党派であったが、奈何せん戦力差がありすぎる。
しかも元々のアルビオン軍の大半が『レコン・キスタ』に寝返り、その保有する装備のほぼ全てが敵の手中にあったのだ。
一度守りが破られたが最後、そこから脆くも崩れ去り、あれよあれよという間にニューカッスルは壊滅した。
しかし、それでも『レコン・キスタ』側の楽勝であったわけではない。初めから玉砕覚悟であった王党派はその全員が死ぬ直前に自爆魔法で敵を巻き込みながら自ら命を絶ったのだった。
死を恐れぬどころか、自らの死さえも武器にして抵抗を続けるその姿は相対する全ての兵士に恐怖を与えた。
三百の戦力に対して、『レコン・キスタ』側の戦死者は二千。負傷者も合わせると四千の損害と言う劇的な戦果を残し、王党派は全滅した。
狂気の沙汰とも言えるその戦法は恐怖の記憶と共にアルビオンの歴史に刻まれる事だろう。
こうして、アルビオンの革命戦争の幕は閉じた。
そのニューカッスルの地に、一人の男が降り立った。
年の頃は三十台半ば、球帽に緑のローブとマントを身に付けたその姿は、この戦場跡には凡そ似つかわしくないものであった。
恰好だけを見ていれば聖職者であろうか。この地で散っていった多くの犠牲者の鎮魂の為に訪れたのであろうか、その男は他に一人の男を連れていた。
「兵どもが夢の跡とは言いますが、全く酷い有様ですねぇ。気高き理想のためとはいえ、多くの命が犠牲になる様を目の当たりにするの心が痛むというものですよ」
聖職者風の姿の男が、辺りの景色を見てそう感想を述べる。口では死者を悼むような事を言っているが、その顔にはうすら笑いを浮かべており、瞳は冷酷な光を宿していた。
「大人しく時代の流れに従っていればよいものを、変に意固地になってしがみついているから悪いのですよ。お前もそうは思わないですかね?」
聖職者風の男は後ろに立つ男にそう問いかける。しかし声をかけられた男は無言のまま、人形のようにただ立っているだけだ。
しかしこの男、全く以て奇妙極まりない格好をしている。身につけている物を挙げるだけならば、帽子にマントに普通に服を着ていて……と普通なのである。
まぁ強いて言うならば、ひどい傷でも負っているのであろうか顔を包帯で覆っており、その上から顔の上半分を隠すように仮面を付けている点が異様であろうか。
ただ、この男が異様なのはその色である。帽子から何から包帯まで、全てが純白で統一されていたのだ。無言で佇むその姿は、全身の色も相まって陽炎のような印象を受ける。
仮面の下に覗くその瞳も、全く意志を感じさせない。本当に人形か何かのように動くだけのその存在は、この戦場跡に現れた亡霊とさえ思える。
「兎にも角にも、今回の戦闘で我々もかなりの損害を被りました。二千の兵力減は正直手痛いですねぇ」
聖職者風の男が無言のまま自分の背後に立っている白い男に話しかけるが、白い男は黙ったまま全く言葉を返さないので聖職者風の男が一方的に話し続けている形になっている。
そんな事を一切気に留める様子も無く、聖職者風の男は話し続ける。
「だからここで少しでも使える兵士を探そうとは思うんですけどねぇ。正直、ライン程度の人間を幾ら集めたってたかが知れてますから、出来ればトライアングルか……、欲を言えばスクエアが欲しいんですがね。お前にも何か心当たりありませんか?」
その言葉を受けてかどうかは分からないが、白い男はスッと何処かへと向かって歩き出した。
「おや、お前には何か心当たりがあるのですか?抵抗軍には骨のある人間は沢山居ましたが、使えそうな人間となると話は別、そんな者は居なかったように見受けたのですがね」
そんな聖職者風の男の言葉には耳を傾けず、白い男は黙々と進んでいく。聖職者風の男はやれやれと肩を竦めると「まぁ見るくらいはしてあげましょうか」と白い男の後について歩き出した。
しばらく行くと、瓦礫の山の前に辿り着いた。瓦礫漁り達の手が及んでいないところをみると、それ程重要な建物が建っていたわけではないらしい。
先の戦闘でニューカッスル城の全ての建造物は悉く破壊されてしまっているので、ここが元は何が立っていたのかはもう分からない。
ここが目的の場所であったのであろうか、白い男は歩みを止めると、瓦礫の山に向かっておもむろに杖を掲げた。杖の先から発せられた風により、目の前の瓦礫はきれいに吹き飛ばされた。
瓦礫の下に埋もれていたのは、半壊した始祖の像とその足元で像に守られるように横たわる一つの死体。マントに包まれたその死体は、先の戦闘で死んだのではないようだ。
自爆魔法で粉微塵に吹き飛んだ他の死骸どもに比べれば幾分マシに見えるその死体も、やはり死後時間が経っているせいか腐敗が進んできている。
体を包むマントを剥がしてみればどうやら死因は腹部への一撃、何か刃物のようなものかそれに相当する魔法で殺されたようだ。それ以外には目立った傷も無い、“きれいな”死体である。
聖職者風の男はおもむろに死体に両手をかざすと、何か力でも込めるように両目をつぶって精神を集中させる。
男の両掌が光を帯びたかと思うと、男の目の前に横たわる死体に変化が起こった。
既に血の気が失せ、土気色をして腐り始めていた肌が見る間にハリを取り戻し、赤みが差してきたのだ。
一目でわかる程に“死体”であった物が、今や眠っているのかと見紛う程になっている。
いや、よく見れば胸が静かに波打っているではないか。この死体は、生きている。いや、心臓が動き息をしているのであれば、もうそれは死体とは呼ぶ事は出来ないであろう。
瓦礫の下に埋もれていたこの男は、蘇ったのだ。
「おはよう。早速で悪いが、お前の名と系統、そしてランクを教えてくれたまえ」
再び生を与えられた元・死体はこの状況に戸惑うことなく、聖職者風の男の問いに答える。まるでそれが当たり前であるかのように。
「名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。風のスクエアだ」
聖職者風の男は「僥倖、僥倖」と軽く手を叩いて喜ぶ。望み通り、スクエアメイジを一人拾い上げる事に成功したのだ。
蘇った男……ワルドは目の前に立つ見知らぬ男に問いかける。
「それで、俺を蘇らせたあなた様の名は何と仰るのでしょうか」
「余はオリヴァー・クロムウェル。今は『レコン・キスタ』の総司令官の職を預かっている。だが近い将来、このハルケギニアの王となる者だよ」
バッツが目覚めたのはいつもよりも少し遅い時刻であった。室内にあった時計を見れば、もう九時を指している。
極度に疲れていたというのもあるし、ベッドが余りにも寝心地が良くて普段よりもぐっすりと眠ってしまったからであろうか。ともかく、バッツは久しぶりに寝過した朝を迎えたのだった。
最初は一週間前後での往復予定であったアルビオンへの旅が、たったの三日での往復となったのだ。嵐のような三日間だった。
たった三日間の間に、実に色々な事があったものだ。ラ・ロシェールでは傭兵団の様な奴らに襲われ、追われるように向かった先のアルビオンでは開戦前夜。
しかも玉砕覚悟の徹底抗戦で、目的の皇太子に会えたは良いが、今度はルイズの婚約者と戦う事になって……。
……頭がこんがらがりそうだ。
ふう、と溜息をつくとバッツは起き上がる。何時までも寝ているわけにもいかない。ここは自分の家じゃないのだからダラダラしていたら迷惑だろうし、それにルイズの様子も気になる。
結局、アルビオンを脱出してからルイズと交わした会話らしい会話と言えば、アンリエッタの部屋でワルドの遺品を手渡した時だけだ。
あの時も、別段会話をしたという印象も無い。泣き崩れるルイズとアンリエッタにそれぞれの遺品を手渡したに過ぎないのだから。
アルビオンを離れ、目を覚ましたルイズはバッツと目を合わせようとはしなかった。きっとワルドを見殺しにしたのを怨んでいるのだろう。
あの時の自分の判断は正しかったのだろうか、と自問自答する。ワルドの意思を尊重するという名目で彼を見殺しにしたのだ。ルイズの気持ちを思い遣れば、助けるのが当然ではなかったか。
まだフェニックスの尾も十分にあったし、エリクサーにも多少の余裕があったというのに。それでも自分は何もしなかった。
バッツはぐっと手を握って拳を作る。そしてその拳をじっと見つめた。
自分には、人間としては破格の力が備わっている。普通に鍛えたのでは到底真似できない程に様々な技術を習得しているのだ。それでも救えなかった。ワルドの命も、ルイズの想いも。
ルイズの使い魔としてここにいるのに、肝心のルイズを守れないでいる自分。
エクスデスを倒して、無に飲み込まれた世界を救ったなんていう驕りが心の中にあったのだろうか。自分が少し本気を出せば何とかなる。多少の相手ならエクスデスには及ぶまい、と。
そう、たかをくくっていたのだ。
バッツが自戒の念にかられていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。どうやらアンリエッタから改めてお礼があると言うのだ。
慌てて簡単にではあるが身支度を整えると、呼びに来た従者に連れられてアンリエッタの元へ急いだ。
通されたのは昨夜の居室ではなく、謁見の間であった。まぁそうだろう。仮にも一国の王女が自室で面会するわけがない。昨晩は特例中の特例であったのだ。
謁見の間に入ると、そこには既にアンリエッタとルイズが待っていた。きっと寝坊した自分に合わせて遅らせたのだろう。低血圧で朝の弱いルイズも服を着替え身支度も完璧に済んでいる。
アンリエッタは純白のドレスに身を包み、如何にも高貴な人間といったオーラにも似た存在感を放っていた。
「バッツさん、おはようございます。それでは昨夜も申しました通り、本日改めてあなた方の働きに対する礼をしたいと思います」
アンリエッタが玉を転がしたような、それでいて凛とした声で話す。
「今回の事はわたくしの個人的な用向きですので、公費としてあなた方に報酬を取らせることはできません。つきましては、わたくし個人が自由に出来る範囲ではありますが、謝礼として渡したいと思います」
「そんな……。私は姫さまの友人として当然の事をしたまで。謝礼目的だったわけじゃありません」
「いいえ、ルイズ。今回の事は、すべてわたくしの我儘から起こった事。感謝の気持ちをきちんと形にしなければいけませんわ。親しき仲にも礼儀あり、大切なお友達であるからこそですわ」
謝礼を辞退しようとしたルイズをアンリエッタが諭す。アンリエッタとしてもルイズの最愛の人を失わせてしまったという負い目があり、どうしても彼女に何か渡しておきたかったのだ。
「それとバッツさん、あなたに渡すものがあります」
そう言ってアンリエッタはバッツの方へと歩み寄った。そしてバッツの手を取ると、その掌に指輪を一つ載せた。
「これは……」
バッツの手に載せられたもの、それはウェールズから手紙と共に渡された風の指輪であった。
「これって大切な物なんじゃ……?」
「これはウェールズの遺志なのです。あなたから渡された手紙の最後に書かれていました。この指輪をあなたに託す、と。この指輪と共に始祖の加護があなたにあるようにと綴られていました」
アンリエッタの瞳にきらりと光るものがあった。それでもアンリエッタは笑みを絶やすことなく続ける。
「だからこれはあなたが持っていて下さい」
そう、やさしくバッツに指輪を握らせた。それを見ていたルイズがハッと思い出し、ポケットから水の指輪を取り出す。
「姫さま、これをお返しするのを忘れておりました」
水の指輪はトリステインの秘宝だ。いかに国内では王家に次ぐ程に格調高きヴァリエール家であっても、おいそれと所持するのは憚られる。
しかし差し出された指輪をアンリエッタは受け取ろうとはせず、逆にそのままルイズの手に握らせた。
「いいえ、それはあなたが持っていて下さい」
「と……、とんでも無い事です。これは国の宝。始祖に連なる血統であらせられる姫さまがお持ちになられてこそ、意味があるというものです」
ルイズの言葉を優しく首を振ってアンリエッタは否定する。
「ルイズ、あなたは忘れたのですか。あなたのヴァリエール家もまた、我がトリステイン王家から分かれ同じく始祖に連なる家系だという事を。だからあなたにもこの指輪を持つ資格があるのですよ」
「資格があるからと言って、それが所持する理由とはなりません」
あなたが持っていなさい、いいえ受け取れませんと二人の少女の間での押し問答が暫し繰り返された後、すこし疲れたような表情でアンリエッタが提案した。
「それではこうしましょう。その指輪はあなたに貸与します。期間は無期限。わたくしに必要になる時まで、あなたが持っていて下さい」
でも……、とルイズが反論しようとするのを、少し悲しげな瞳をしてアンリエッタが制する。
「その指輪にもウェールズとの様々な思い出が詰まっているのです。今はその指輪を身につけているのがとても辛いわ。だから、わたくしが平気になるまで、わたくしがあの方の事を忘れる事が出来るまでの間、あなたに預かっていて欲しいの。これは王女の命令と言うよりも、お友達としてのお願いよ」
ルイズとしても、そう言われたら断る事が出来ない。完全に納得がいったわけではないが、ここは預かる以外の選択肢は無い。
その後、少しばかり話をして学院への帰路についた。
学院へと戻る一行は、終始無言であった。
タバサの使い魔である風竜に五人で乗り込んだのだが、ルイズとバッツの間に流れる不穏当な空気に、誰もが押し黙るしかなかった。
学院に戻った一行を待ち受けていたのは、教師からの呼び出しであった。
王女の依頼を受けて出発したルイズとは違い、勝手に付いて行ったキュルケら三人は無断で授業を休んでいたので、その件でいくらかのペナルティを課せられたのであった。
同じだけ休んだルイズは何のお咎めも無しで、自分たちばかり罰せられる事に口を尖らせるキュルケとギーシュであったが、下手に事情を知ってしまっているので言葉には出さない。
彼らなりに気を遣ったのだ。
罰せられる事にすら無関心に見えるタバサも含め、三人は素直に罰を受けるのであった。
学院に戻ったルイズは、その後一週間授業を休んだ。