水晶と虚無   作:is.

24 / 25
第24話 秘宝伝説

「ねぇバッツ、大金持ちになりたいって思わない?」

 

突然の言葉にデルフリンガーを磨く手が止まる。

ここはバッツのコテージ。中にいるのはバッツ、デルフ、そして今発言したキュルケと、その後ろにタバサとギーシュが立っていた。

 

「大金持ち?」

「そう、大金持ち」

「まぁ、そりゃあ金は無いよりはある方がいいけどさ。でも第一、どうやって大金持ちになるんだ? なにか儲け話でもあるのか?」

「あったりまえじゃない!」

 

ふふん、とキュルケが得意気に羊皮紙の束を取り出す。

 

「なんだそれ?」

 

その束をよく見れば、何やら絵のようなものが描いてあるようだ。地図……か? こちらの地理には詳しくないが、どうやら地形を書き留めたような図案が見て取れる。

 

「宝の地図よ。これで一攫千金を狙うのよ」

「宝……ねぇ」

 

キュルケから宝の地図(らしい物)を受け取ってまじまじと見直す。古そうなものから比較的新しいものまで色々ある。ちょっとは上等そうな羊皮紙に描かれた出来のいい物もあれば、粗末なモノに書き殴ったようだったり走り書きだったりする物もある。

何枚もの地図があるものの、総じて言えることは一つ。

 

「なんか胡散臭いな」

「そりゃまぁ、魔法屋に情報屋、雑貨店に露天商と、いろいろ回って掻き集めてきたんだもの」

「あんまり期待しすぎるもんじゃないと思うけどな。そりゃ少しは儲けが出るかもしれないけど、ひと財産築こうってのは無理なんじゃないか?」

「そんな気構えだから成功しないのよ! これだけあるんだもの、一つくらい大当りがあるかもしれないじゃないの。一つだけでも当たれば、儲けは大きいわよ」

 

キュルケが拳を握って力説する。

 

「この内の大半がスカだって、たった一つでも本物があれば大勝利じゃないの! イチかバチか伸るか反るか、思い切って勝負するのが男ってもんでしょうが!!」

 

などと力説するが、女のキュルケに言われても反応に困る。

ここでふと、キュルケの後ろに控える二人の様子を見る。タバサは……相変わらず無関心そうに立ったまま本を読んでいる。

タバサはキュルケと行動を共にしていることが多いが、我の強くて行動力のあるキュルケがタバサを振り回しているような恰好だ。

いつも無理やり付き合わされている割に嫌そうな顔をしないのは仲が良い証拠なのだろうか。それとも嫌な顔をするのも億劫なほど無表情な性格なのだろうか。

対してギーシュがバツ悪そうにしているのは、さてはキュルケにまんまと言いくるめられたのだろう。

一攫千金という言葉にでも惹かれたか。

 

「ね、いいでしょ。どうせ暇なんでしょ? だったらこんなところで籠ってるより、外に冒険に出る方が健康的ってもんじゃないの」

 

確かに暇ではある。

ここ数日ルイズに協力して祝詞を作っていたのも今は昔のこと。

祝詞もあらかた出来上がり、当のルイズは今朝トリステインの王城に向かってしまった。

結婚式まではまだ数日あるが、いろいろと用意があるとの事。それに、ただでさえ王族の結婚式は当日じゃなくて前後何日かはお祝いの祭りみたいなのが続くらしい。

今回の祝詞作成に際して調べている中で見つけた文献の一つには、一か月近くお祭りムードが続いたらしいことが載っていたりしていた。

当然のことであるが、バッツは列席できるはずがない。

ルイズはこの国の中でもかなり上流の貴族の出らしいが、いかにその使い魔とはいえバッツが参加することは許されなかった。

これが通常の獣の使い魔であれば連れて行くことくらいは可能だったであろうが、なまじ人の姿をしているのでそれもできない。

バッツ自身もアンリエッタ王女と面識はあるものの、特に親しい訳でもないし、面識があるといっても一度会ったきりだ。結婚式に顔を出す義理もない。

ということでルイズが結婚式に出席している間、バッツは学院で留守番という運びになったのだ。

ルイズがいつ帰ってくるかはっきりとした期日を聞いたわけではないが、言葉の端々から1~2週間は帰ってこなさそうな気配を察していたバッツにとって、このキュルケの話はとても魅力的に思えた。

何しろ暇なのである。

独りでブラブラと何処かへ出かけるわけにもいかないし、かといって学院の中ではやることが無い。

学院に雇われているわけではないバッツにとって、シエスタたちの手伝いを多少は出来ても、彼女たちと同じだけの仕事は出来ないのだ。技能的に、というより立場的に。

何度か中断された手持ちのアイテムの整頓だけではとても数週間も潰すことは出来ない。

そんな時に降って湧いたこのお宝発掘ツアーは良い暇つぶしになるだろう。

少し悩む素振りを見せた後、

 

「ああ、いいよ」

 

と承諾する。

 

「よかったわぁ。正直、このメンツじゃ不安だったのよねぇ。特にギーシュが」

「失礼な」

 

キュルケの言葉にギーシュが素早く反応する。

 

「仕方無いじゃな~い? あたしとタバサはトライアングル。比べてあなたは……?」

「う……。ハイハイ、どうせぼくはしがないドットさ。ろくに階級の上がらないうだつの上がらない男だよ」

「よろしい」

 

ギーシュがしぶしぶ自分の現在の実力を認め、キュルケは満足げに笑みを浮かべる。

 

「それじゃ決定ね。それじゃ、これから出発するわよ。各々支度してきなさいな」

「ええっ? 今から出立するのかい!?」

「当たり前じゃない。善は急げ、お宝は待っててくれないわよ。ささ、わかったのならとっとと準備してきなさい。30分後に正門前に集合よ!」

 

キュルケの号令で皆がそれぞれの部屋へと帰ってゆく。

 

「なんだかてーへんな事になっちまったな、相棒」

「暇よりはいいさ」

 

なんてデルフと話しながら軽く支度を済ませ正門へと向かう。集合の時間まではまだ少しあるが、遅れるよりはいいだろう。

 

 

* * * * *

 

 

魔法学院の正門前でキュルケらを待っていると、意外な人物と鉢合わせた。

シエスタである。

彼女と学院内で会うのは珍しいことではないかもしれないが、今日は少し違った。いつもの給仕服ではなく、私服とおぼしき物を着用していた。

 

「あらバッツさん、こんなところで。お出かけですか?」

「シエスタこそ、遠出するのか?」

 

シエスタの服をさして言う。

 

「ええ。王女様のご婚礼を祝って学院もしばらく休校になるんです。だからわたしもお休みを頂いて、ちょっと早めの里帰りをしようと思いまして」

「へぇー」

「それでバッツさんは? 服も……確かこの学院に来られたばかりの頃のものですよね?」

 

女性というものは服装に目ざといものなのだろうか。まぁルイズに買ってもらったモノに比べれば幾分ボロくなってるから目立ったのかもしれないが。

 

「キュルケに誘われて、ちょっと宝探しにね」

「宝探し、ですか。面白そうですね」

「まぁ胡散臭い地図ばっかだったからなぁ。正直なところ、収穫は殆ど無いと思うけどな」

「でも楽しそうですね」

「そうかぁ? 骨折り損のくたびれ儲けだと思うけど」

「ふふ、バッツさん。口ではそう言っていても、顔はそういってませんよ。すごく楽しみだって顔してます」

 

そう指摘されて、バッツは慌てて顔に手をやる。自分でも気が付かないうちにニヤけてたのだろうか。

そうこうしているうちにチラホラとメンバーが集まりだした。

事前に用意をしていたであろうキュルケを先頭に、ほぼ手ぶらのタバサ、慌てて詰め込んだであろう膨れたトランクを抱えたギーシュの順だ。

 

「あら、あなたは確か使用人の……名前なんて言ったかしら?」

「シ、シエスタです」

 

バッツと一緒にいるシエスタに気が付いたキュルケが名を問う。貴族であるキュルケに名前を聞かれ、シエスタは少し畏まって答える。

 

「給仕服じゃない……ってことは、あなた暇?」

「ええ、まぁ。お休みを頂きましたから」

「それじゃあなた、料理は出来るかしら?」

「はぁ、難しいものでなければ」

 

キュルケの質問の意図がわからないまま答える。

ふ~ん、と少し考えるような仕草をした後、キュルケはポンッとシエスタの肩をたたいた。

 

「決めたわ。あなたもついていらっしゃい」

「え? ええ? で、でも、わたし、実家に帰ろうと……」

「あなたの休暇は何日なの?」

「えぇっと……、10日ほどですけど……」

「それじゃ問題無いじゃない」

「でも、家には帰るって伝えちゃいましたし……」

「心配いらないわ、ほんの2~3日程度の予定だし。なんなら、最後にあなたの実家まで送るサービスも付けるわよ」

「でも……」

「ああもう、じれったいわね。連れて行くと決めたんだからジタバタしないの」

 

尚も渋るシエスタの態度に業を煮やしたキュルケはシエスタの首根っこを掴むとタバサに命令した。

 

「さぁ、出発するわよ。あなたの風竜を呼んでちょうだい」

 

タバサはこくんと頷くと、口笛で使い魔の風竜を呼ぶ。

何処から聞きつけるものか、数秒と待たずして羽ばたく音が聞こえてくる。

ぶわっと風を巻き起こしながら竜が降り立つ。竜はその巨体と厳つい顔つきに似合わず、きゅいきゅいと可愛らしい鳴き声をあげた。

子犬が主人にじゃれ付くようにタバサに甘えるその風竜は、見た目よりは幼い個体なのかもしれない。

しばらく皆と離れ自分の使い魔と何やら会話したらしいタバサは、トコトコと戻ってくると開口一番、

 

「人数が多い、これじゃ飛べない」

 

と言った。

 

「でもあなたの風竜ならこれ位の人数なら問題ないでしょう?」

 

キュルケがタバサに問う。それに対してタバサは表情を全く変えることなく答えた。

 

「人間だけなら問題ないけど、荷物と他の使い魔までは無理。しかも長距離となると難しい。荷物も載せるのなら、3人が限度」

 

タバサの淡々とした説明を聞いたキュルケは、少しの間う~んと考えると口を開く。

 

「じゃあ仕方ないわね。ギーシュ、シエスタ。残念だけどあなたたちは置いていくわ」

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!」

 

キュルケのいきなりの発言に、たまらずギーシュが反対する。

 

「なんだいなんだい、誘ってきたのはそっちじゃないか。それをいきなり『定員オーバーだから連れていけない』だなんて言われても、納得できるか!」

「だって載せられないんじゃ、一緒に行けないでしょうが」

「だったら馬なり馬車なり、他の移動手段を考えればいいだけだろう」

「嫌よ。馬なんか使ったら一日に一つ回るのが関の山よ。そんなにのんびりなんてしていられないわ。時間は有限なの。有効に有意義に使わなきゃ損じゃない」

「じゃあなんでバッツは連れて行くのに、ぼくは置いてけぼりなんだい!? 声をかけた順で言うなら、ぼくじゃなくてバッツを残すのが筋ってものだろう?」

「だってぇ……」

 

キュルケが一同の顔を見回して一言。

 

「この中じゃ、あなたが一番弱いからよ」

 

この一言にギーシュも反論できなかった。

キュルケもタバサもお互いに得意な系統は異なるがトライアングルであるし、バッツだって系統魔法こそ使えないものの、その実力はギーシュを上回るだろう。

確かにこのメンバーの中で一番見劣りするのは自分であることは間違いないし、多少なりともその自覚は、ある。

でも、それでもこの昂った気持ちを「はい、そうですか」と諦めることは難しい。

有効な反論も思い浮かばずぐうの音も出ないギーシュに助け船を出すものがいた。

 

「要するに、定員オーバーなんだろ?だったら他の手段も併用すりゃあいい」

「なにを言っているんだい、バッツ。今聞いた通り、馬じゃあの風竜についていくことは無理だ。かといってぼくらには他に風竜を用意する手段はない」

「だから、馬より早けりゃいいんだろ?」

「まぁそれはそうなんだがな」

「じゃ、少し待っててくれ」

 

そう言い残すとバッツは小走りで皆から離れて視界の外へ行く。

周りに誰の目もないことを確認してから地面に魔方陣を描くと、短く呪文を詠唱する。

少しばかり光ったかと思うと、次の瞬間には魔方陣の上には黄色い巨大な鳥、チョコボが現れていた。

この前呼び出したチョコボと同一の個体かはわからないが、相変わらず人懐っこそうな顔をしている。

バッツは現れたチョコボに手早く専用の鞍等を取り付け、手綱を引いて皆の元へ戻った。

 

「な……なんなんだ、その鳥は!?」

 

まぁ予想通りというかなんというか、チョコボを見た皆が口々に驚きの声を上げる。

どうやらこちらの世界ではチョコボは一般的ではない、又は生息していないであろうことは前回の事で大体察しはついていたが、なるほど、その予想はあっているようだ。

キュルケたちはおっかなびっくりチョコボに近づいては、その一挙手一投足に反応をしている。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫だ。こいつらは草食で人を食ったりはしないよ」

「で、この大きな鳥(?)に乗っていくってわけ? でもシルフィードについてこられるかしら?」

 

キュルケの心配ももっともである。が、チョコボはバッツの世界では最もポピュラーな高速移動手段であり、空路を往くなら飛竜、陸路を往くならチョコボと言われるくらいだ。

それにチョコボの脚は速く、飛竜に劣らず陸を駆けることができる。馬なんかよりも断然速い。

しかも巨体であるがゆえに搭乗可能人数は多く、荷物があろうと3人くらいは余裕で乗せて運ぶことができる。

チョコボについて軽く説明すると、キュルケも納得がいったようで早速どちらに誰が乗るか組み分けを始めた。

 

「じゃあ先ず、それぞれの騎手としてチョコボとかいう鳥にはバッツ、そしてシルフィードにはタバサ……って、タバサ? あれ、どこ行ったのかしら?」

 

先程までシルフィードの傍にいたはずのタバサの姿がないことに気が付く。

いつも無口で大人しいから、こういったふとした瞬間にコッソリ居なくなられると気が付くのが遅れて困るものだ。

辺りをキョロキョロと見回すと、タバサは意外なところに居た。

なんと、体を屈めたチョコボにピッタリと張り付き、その羽毛に顔をうずめていたのだ。

そのままの姿勢でじーっと微動だにしない。

 

「タバサ? おーい。ねぇタバサ、タバサ~~? 聞こえてるの??」

 

キュルケの何度目かの呼びかけに漸く反応を見せる。

 

「あなた、一体何してるのよ」

「…………バッツの匂いがする」

「ハァ? あなた何言ってるのよ」

「この鳥から……バッツと同じ匂いがする」

 

そんな馬鹿なと思いながらも、キュルケもタバサのようにチョコボに顔を近づけてにおいを嗅ぐ。

 

「……鳥臭いだけだわ」

「でも、バッツの匂いがする」

「これのどこがバッツのニオイなのよ。いくらなんでもバッツに失礼じゃなくって? ねぇ、バッツ」

「ああ、やっぱりまだ臭いが体に染みついてるか」

 

鳥臭いと言われて腹を立てるどころか、まるで当然とばかりにバッツは答える。

 

「チョコボ乗りの宿命ってヤツでさ、どうしてもニオイが移ってチョコボ臭くなっちゃうんだよな」

「え」

「最近は乗ってなかったから大分臭いも薄れてきたと思ってたけど、やっぱりそうそう取れやしないか」

「あの……バッツ?」

「何だ?」

「あなた、“鳥臭い”って言われて嫌じゃないの?」

「別に。汗臭いとか汚物の臭いがするってのと違ってチョコボ臭いのはチョコボ乗りの宿命だからな。他の騎乗用動物と同じで、どれだけ一緒に居られたかが腕を左右するから『チョコボ臭くなって一人前』って言われるくらいだし。ま、臭いの好き嫌いは結構あるけどな」

 

鳥臭いと言われているのに気にする様子もなくあっけらかんとしているバッツ。

 

「あなた……変わってるわね」

「そうか? ま、体臭で嫌われるのは嫌だけど幸運にもそうじゃないみたいだからな。別に気にはならないさ」

 

鳥臭いと言われても全く気にすることなく、いつもと変わらず飄々と旅支度を進めるバッツの姿を見て、キュルケが呆れ顔でつぶやく。

 

「変な人。ま、いいわ」

 

バッツが風変りなのは今に始まったことでもなし、キュルケは別段気に留めるでもなく次は班割りに着手する。

チョコボの足の速さは未知数だけど、シルフィードに乗ったことのあるバッツが太鼓判を押すくらいだ、きっと馬よりは速いのだろう。

思わぬ足の登場で同行人数の問題が解決したから、次は誰がどちらに乗るか、だ。

 

「じゃあ次は組み分けいくわよー。バッツと一緒にチョコボに乗るのはギーシュとシエスタ。あたしとタバサはシルフィードに乗って先行するから、バッツたちは遅れないようについてきて頂戴」

「ちょっと待った!」

 

ここでまたギーシュが異議を申し立てる。

 

「なによ。あなたも一緒に行けるようになったんだからいいじゃないの」

「どこも良くはないよ! 勝手にどっちに乗るのか決められては困る」

「別にどっちでもいいじゃないの。空を行こうが陸を行こうが、変わらないわ」

「変わるよ! あの鳥……バッツには悪いけど、万が一にもこのぼくに臭いが移るようなことがあったら困る」

「何が困るのよ」

「服が鳥臭くなっちゃ、女の子を誘うこともままならないじゃないか!」

「いいじゃないの、元々自分で思うほどはモテててないんだし」

 

またもやキュルケの鋭い一言が再びギーシュに襲いかかる。

またもや認めがたくはあるが真実ではあるのでギーシュは反論できない。

反論できないが、認めたくはない。

そこに、

 

「まぁまぁ。一日二日で臭い移りするわけでなし、チョコボだっていいもんだぞ? そんなに毛嫌いされちゃ、コイツも可哀想だ」

 

と、バッツがフォローを入れる。

なんかさっきからギーシュがやり込められてばかりなのは一寸可哀相だし、何よりチョコボが悪く言われるのは何か気分が悪い。

バッツの言葉に同調するかのようにチョコボが「クエッ」と鳴き、人懐っこそうな顔をギーシュに摺りよせる。

目を合わせると、意外にも子猫がおねだりする様な愛嬌たっぷりなその瞳に心がちくりと痛む

その巨体に似合わず可愛らしい仕草を見せるチョコボの姿に思わずギーシュの顔も緩む。

 

「わかった、わかったよ。悪く言って済まなかった」

 

チョコボの思いもよらぬ可愛さにあてられて、ギーシュが折れた。結局、シルフィードにタバサとキュルケが乗りチョコボには残りの三人が乗る事が決定した。

 

 

漸くの出発である。太陽はだいぶ高くなっているが、まだギリギリ午前中といった時間帯だ。

真上近くから降り注ぐ太陽の光を受け、二匹の獣が魔法学院を発つ。

シルフィードは、幼体とはいえ空の王者である風竜の名に恥じぬ素晴らしいスピードで空を駆ける。

 

「やっぱシルフィードはいいわねぇ、外見はあたしのフレイム程じゃないけれど。あの子じゃ、あたしたちを乗せて高速で移動することはできないわ。この点だけは負けを認めざるを得ないわ」

 

と、傍らで伏せる自分の使い魔をなでながら言う。

顔をなでる風が心地よい。上空、と言ってもそれほど高高度を飛んでいるわけではないので気温自体は低くはないが、常に風にさらされているのでやはり少し肌寒いのが難点か。

でも眼下に広がる景色や飛ぶ鳥たちを追い越していく様を眺めるのは非常に気持ちいい。

地図はタバサに押し付けてあるので自分はゆっくりと空の旅を満喫するだけでよい。

ふと眼下の景色に目をやれば、木々の間に黄色い点が見える。バッツたちの乗ったチョコボの姿だ。

このシルフィードの速度に遅れずピッタリ付いてくるとは、いやはやバッツが太鼓判を押しただけはある。

どこから連れてきたかは知らないけれど、これからも移動の足として期待できそうだ。バッツの協力が前提ではあるが。

今回のように大人数で移動するときには重宝するだろう。自分は鳥臭くなるのは勘弁だけれど、他の人を乗せればいい。自分はタバサとシルフィードに乗ればいいのだから。

 

「わ、わ、わ。すっごく速いですね!」

 

一方のチョコボ組は軽快に飛ばしていた。馬の何倍もの速度で森を駆けて抜けてゆく。

 

「でも、馬に比べてすっごく乗り易いですね。お尻が全然痛くありません」

 

シエスタが感想を述べる。ちなみにチョコボの上では手綱を引くバッツを中心に、その前にバッツに抱かれるようにシエスタが座り、ギーシュはバッツの後ろにしがみついていた。

しがみついていた、と言ってもチョコボは振り落とされるような乱暴な走りをしているわけではない。単に速すぎて少しばかり怖気づいているだけだ。

更にちなみに、チョコボはその羽毛のおかげて乗り心地は馬に比べてとても良い。背中側に結構羽毛が密集しており、人を乗せるために進化したようにも思えてしまう。

 

「それにしても、こんな便利な鳥がこのトリステインに生息していたなんて驚きだな。よく今まで誰にも知られていなかったものだ。それとも、平民の間ではポピュラーだったりするのかい?」

「わたしもこんな鳥初めて見ました。バッツさんはどこから連れてきたんですか?」

「まぁ、ね。色々とあるんだよ」

 

とバッツは言葉を濁す。召喚魔法の事を教えてもいいが、それはそれで面倒になりそうだ。

以前オスマン氏から魔法の事を伏せて欲しいみたいなことを言われた覚えもあるし。

ま、細かいところは説明する必要はないだろう。今はまだ。

 

 

* * * * * *

 

 

日中は目前に迫った式典の準備に皆が慌ただしく動き回っていたトリステイン王宮も、二つの月が昇る頃になると漸く落ち着きを見せる。

静けさを取り戻した王宮内の自室で、アンリエッタはルイズの髪を梳っていた。

 

「もうすぐ、式でございますね」

「そうね、ルイズ」

「おめでたい事です」

「……ちっとも、目出度くはないわ」

 

アンリエッタがため息をつく。ルイズとてアンリエッタの心の内がわからない訳ではないが、トリステインに住まう貴族としてはそう言うしかないのだ。

この度の婚姻はアンリエッタの望むところではないのはわかりきっている。

そしてそれが、にわかに現れた『レコン・キスタ』なる勢力の脅威から国を守るためだけに交わされたものであるのも理解している。

 

「姫さま……」

「ごめんなさい、ルイズ。わかっているのよ、わかってはいるの。でも、やはり気持ちの整理はそう簡単につくものではないわ。でも……」

 

哀しげに目を伏せるアンリエッタの姿にルイズの心が痛む。

 

「でもその時が来てしまえば、きっと諦められるはず」

 

とアンリエッタは寂しげに笑う。

 

「それよりもルイズ、こうしていると幼い頃を思い出すようだわ。でも寂しいものね。あなたとこうして過ごせるのもあと僅かなのね」

「そうですね」

 

ルイズが式典の為に登城してきてから、アンリエッタは彼女に部屋をあてがわず、自分の部屋で寝泊りをさせていた。

何故そうしたか。答えは簡単だ。寂しかったのである。独りでは、この孤独と悲しみに耐えられなかったのである。

昼間はまだいい。やることが沢山あり過ぎて、寂しさなを感じる暇はない。すべての悩みは多忙さの果てに追いやられてしまうのだ。

だが日も沈み、王宮内に静けさが戻ってくると追いやったはずの感情が再び頭をもたげ、心を覆い尽くしてしまうのだ。

 

「ルイズ……」

「何でしょう、姫さま」

 

役割を交代して、今度はルイズがアンリエッタの髪を梳かす。ルイズほどには長くはないが、絹のように柔らかく滑らかな髪は殆ど抵抗もなく櫛が通り過ぎてゆく。

 

「トリステインは……いえ、このハルケギニアは一体どうなってしまうのでしょうか」

 

アンリエッタの突拍子もない問いかけにルイズは返答に困る。

 

「『レコン・キスタ』の事でしょうか?」

「ええ、そうよルイズ」

 

髪を梳かし終わりアンリエッタとルイズは向き合う。

 

「彼らの指導者は『始祖の生まれ変わり』と呼ばれているのを知っていますか」

「噂だけならば。なんでも奴らの首領クロムウェルと言う男は伝説の系統『虚無』を操るとか」

「そう。歴史上、始祖ブリミルしか扱えなかった幻の系統である『虚無』を操る男が聖地回復運動を先導する……。これほど危険なことはありませんわ」

「危険、ですか?」

「ええ、とても危険な事よ。彼が現れ、始祖の血を受け継ぎ六千年続いた王家の血統が一つ途絶えてしまった。始祖以来六千年もの間変わらなかったハルケギニアの地図が、たった一人の男の登場で塗り替えられてしまった」

「姫さま……」

「国内でも、彼らの掲げる聖地回復に同調するものが現れ始めていることでしょう。始祖ブリミルの力を受け継ぐ人間が先導するならば、今度こそ成功するかもしれないもの。わたくしだって、もしかしたら賛同していたかもしれない。でも……」

「でも、なんですか?」

 

アンリエッタは目を伏せ、少し躊躇いがちに言葉を続ける。

 

「わたくしにはどうしても、それが本当の事だとは思えないのです」

「クロムウェルなる人物が虚無を受け継いでいることが、ですか」

 

ルイズの言葉にアンリエッタはこくん、と小さく頷く。

 

「彼が、クロムウェルと言う人物が『始祖の生まれ変わり』であるのならば何故、何故ウェールズは死んだのでしょうか。あの人もまた始祖の血を引く人間。その彼がどうして殺される必要があるのでしょうか」

 

ウェールズ皇太子が死んだという知らせはレコン・キスタ……、いや、現在の神聖アルビオン共和国から正式には発表されていない。一応は生死は伏せられている。

しかし誇り高く、最後まで徹底抗戦の決意を見せた皇太子が彼らの軍門に下ったとは考えにくく、更にはニューカッスルでの戦いは壮絶を極めた事などから考えるに皇太子は既にこの世にはおるまいというのが大方の見解であった。

それでも正式に皇太子の死を公表しないのは、国民感情や対外的体裁に配慮した結果だと思われる。

いかにレコン・キスタの首魁が始祖と同じ『虚無』を操ろうとも、始祖の血を受け継ぐ王家の人間を殺すとなると話は別だ。六千年の重みは伊達ではない。

 

「それだけではありません。もし本当にレコン・キスタの指導者が始祖の生まれ変わりであるのならば、何故アルビオン王家を滅ぼし、ハルケギニアに戦乱の火種をばら撒くの必要があるのでしょうか。始祖ブリミルは今のハルケギニアにとって神と並ぶ神聖な存在、我々総ての人間の父とも言える存在なのですから、そんなことをしなくてもロマリアに赴き『虚無』を使えることを証明してみせることで簡単に総ての国を一つに纏める事が出来るでしょう」

 

なるほどアンリエッタの言うことももっともである。

ただハルケギニアの各国をまとめ上げるだけならばロマリアの名前を使った方がはるかに楽だし確実だ。ひとたびロマリアが始祖の御名の元に『聖戦』の旗を振れば付き従う国家も多かろう。

『始祖と同じ虚無を操る人物』と言う切り札があればなおさらだ。

 

「本当に始祖の再来であるのならば、我々始祖の血を受け継ぐ王家は皆喜んで協力するでしょうに。でも、それをしないというところに疑念が募る一方なのです」

「と言うことはもしや……」

「彼らの指導者が本当に虚無を操るかどうか、真偽のほどは定かではありませんが、一つ言えることはその背後に何か黒くて悪いモノが渦巻いているということです」

「黒い……、陰謀の類でしょうか?」

 

ルイズはただならぬ予感に背筋が寒くなるような気がした。『レコン・キスタ』はただの狂信者や過激派どもの集団ではなかったのか。

それがアルビオンの貴族の幾つかを取り込み増長した結果、アルビオン王家を打ち倒すまでに膨れ上がっただけではないのか。

 

「わたくしは、レコン・キスタの後ろに渦巻く黒い雲がこのハルケギニアを覆い尽くそうとしているような気がしてならないのです」

「大きな戦乱が起こるというのですか?」

「ええ、それもハルケギニアの全土を巻き込むとても大きな戦乱、そんな悪い予感がするのです」

 

大きな戦乱、というアンリエッタの言葉にルイズは背中に寒い物を感じた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。