「あ~あ。今日も一日中歩き回って、足を棒にした結果がこの程度とはね!」
ギーシュが掌に載せた銀貨数枚、チャラチャラと音を立てさせる。その銀貨はどことなく古ぼけており、幾つかは泥や煤で薄汚れていた。
辺りはすっかり日も暮れ、焚火の炎がチロチロと燃えている。
「仕方ないじゃないの、誰もこの地図全部が本物だとは言ってないわ。あたしだって本物だと思って買ってはないもの」
「じゃぁ何かい? 君は徒労だとわかっていながら、ぼくたちを誘ったというわけなのかい?」
「これだけあるのだもの、一つくらいは本物があるかもしれないじゃない」
「なぁキュルケ、君はこれまでぼくたち巡った場所の数を覚えているのかい? 十か所だよ、十か所! そして結果はたったのこれっぽち! しかも地図に書かれたお宝なんて全然無かったじゃないか!」
「まぁ、そうよね」
「しかもだよ、君。地図に指し示された廃墟や洞窟は化け物や猛獣の住処になってるし、そもそも脆くなってる箇所も沢山あって分け入るのすら一苦労だったじゃないか!」
「あなたを置いてこなくて正解だったわ。とっても役に立ったもの。ありがとう」
「……どういたしまして。そういや散々こき使われたな。洞窟内や廃墟の脆くなってるところ、崩れそうなところ全部ぼくの『錬金』で補強させたよな」
「いい訓練になったじゃないの。授業じゃこんな経験はできないわよ。少しは魔法が上達したんじゃない?」
ギーシュがどれだけ文句を並べてもキュルケは柳に風、暖簾に腕押しといった感じで涼しげな顔だ。
ギーシュがコインを手慰みにしているのと同じように、今日の探検で手に入れた安物の首飾りをつまらなそうに弄り回していた。いや、首飾り弄りにも飽きて今は爪を磨いている。
タバサはと言うと、ギーシュとキュルケの言い争いには全く興味を示さずいつもと変わらず読書に耽っている。
「これならヴェルダンデと一緒に宝石の鉱脈を探したほうが儲けの可能性が高いじゃないか」
「まだ始めたばっかりよ? そう簡単に見つからないから秘宝なんじゃない。地図はまだこれだけ残ってるし、休暇もまだ残ってる。その内どれか一つ当たるでしょ」
ギーシュに地図の束を投げて渡す。今日訪れた分の地図はその場で燃やして捨てたので残っているのはまだ回ってない分だ。だがまだかなりの分厚さがある。
「まだこんなに残っているじゃないか! 全部回ってたら年が明けるよ!!」
「良いじゃない。いっそのことライフワークにしたら? そのうち大発見があるかもよ?」
「ぼかぁ嫌だよ! 色気もへったくれもない一生になっちゃうだろ!」
「夕飯が出来たぞ。口喧嘩も程ほどにしとけよ」
キュルケとギーシュの言い争いで少しギスギスした空間に、出来上がった夕飯を持ってバッツとシエスタがやってくる。
空きっ腹に染み渡るような食欲をそそる香りに思わずぐぅと腹の虫が鳴る。
焚火を囲んでのささやかな晩餐の始まりだ。
「ほほう、なかなか旨いじゃないか。いい味を出してる。一体どんな食材を使ったんだい?」
「そんなに凝ったもんじゃないさ。捕まえた兎の肉に、魚は近くの川のヤツだし。大した味付けもしてないしな」
バッツの言うとおり、料理は至って簡素なものだ。ナイフとフォークで食べるような上等なものではなく、それどころかろくに皿もない。
メインとなるのは鉄製の串に一口大に切った肉を刺したもの、それと腸を取った魚を丸ごと刺し通して焼いただけのモノだ。
それに固いパンとチーズ、それに豆と山菜を煮て少量の香草で香りづけをしたスープが今晩のメニューであった。
「見れば見るほど貧相な料理なのに、不思議と旨いものだな。なるほどこれは食が進む」
「言ってくれるなぁ。でも学院の料理には遠く及ばないけど、こういう食事も悪くないだろ? 空腹は最高の調味料ってな。腹が減ればどんな料理でも御馳走さ」
「全くだな!」
とギーシュは鉄串の肉にかぶりつく。
「ちょっとギーシュ、下品じゃなくって?」
「良いじゃないか。テーブルマナーなんてテーブルが無けりゃ意味がない。テーブルどころかナイフもフォークもない。それに誰も見てやしないんだ、肩肘張ったって始まらないだろ」
「あたし達はあなたと違って育ちがいいのよ。こんなマナーもへったくれもない食べ方なんで出来る訳ないでしょうに。ねぇ、タバ……」
と、隣に座るタバサに同意を求めようと顔を向けるとそこには黙々と串肉にかぶりつく親友の姿があった。
たまに指についた脂を舐めとりながら無心に肉を貪っている。
「ねぇバッツ。ナイフか……せめてフォークは無いかしら?」
「無いな。あるのはスプーンくらいだけだ」
僅かな可能性にすがりつくようなキュルケに対して、あっさりと非情な現実が付きつけられる。ギーシュはどことなく勝ち誇ったようにキュルケに言葉をかけた。
「もう諦めろよ、キュルケ。君の親友みたいに素直にがっつくのが一番さ」
「…………」
しばらく串の肉を睨んだ後、諦めが付いたのか渋々と齧り付く。
「……悔しいけど美味しいわ」
「だろ?」
「たまにはこういうのも悪くはないわね」
「そうだろそうだろ」
「でも、こういう時でも優雅に食べるのがレディってものよ。あなたも一端のジェントルマンになりたいのなら、あまり下品な所作は止める事ね」
割と汚らしく食い散らかすギーシュと違いどこか慎みを忘れず、それでいてどこか官能的な食べ方をするキュルケ。
まるでこれが一人前の大人だと言わんばかりの態度にギーシュは機嫌を悪くする。
「食べ方一つ満足にこなせないようじゃ、まだまだあなたも子供ね」
「悪かったな。男ってのはいくつになっても子供なんだよ。少年の頃の夢と浪漫を忘れないのが男ってものさ!」
食べ終わった串を杖に見立てて、物語の英雄のようにビシッと突き立てるポーズをとるギーシュの熱弁も、男2:女3の集団では賛同を得にくいものであった。
おおむね和気あいあいと食事は終わり、一同は翌日に巡る場所を決める作戦会議を始めた。
「とにかく、次こそは何かしら収穫が欲しいものだね」
とギーシュが念を押す。
「収穫だったらあるじゃない。銀貨とか」
「そうじゃない、そうじゃないんだ。もっとこう、なんと言ったらいいか……そう! 冒険だよ冒険。血沸き肉躍る冒険が欲しいとは思わないかね?」
「オークだの洞窟にすむモンスターだのとは結構戦ったじゃないの」
「そうじゃないだろ。キュルケ、君は浪漫が無いなぁ。冒険活劇の締めくくりはドラゴン退治って相場が決まってるだろ?」
「韻竜とでも戦いたいって言うの? そんなの、幾つ命があっても足りないわよ」
「韻竜だなんで誰も言ってないだろ、もっと手頃で倒しがいのある種族だっていっぱいいるだろ?」
「好き勝手言うわねぇ……って、これなんてどう?」
ギーシュの無理難題を聞きながら渋々といった様子で地図をめくるキュルケの手が止まる。
その羊皮紙にはごく簡略化された地形と地名らしき書き込み、そしてお宝の情報がかすれ気味に書いてあった。
「何々……竜の秘宝……竜の秘宝だって!?」
「良かったじゃない、あなたが求めてたモノそのものズバリよ」
まさか本当に竜に関係するものがあるとは思っていなかったギーシュが少々面喰いながらも飛びつく。
半ば奪い取るようにキュルケから地図を貰うと、顔を目いっぱい近づけてマジマジと見つめる。
「大分文字が掠れてるな……それにかなりの乱筆で読みにくいぞ……。ええとこれは……地名? タレ……タル……タルブって書いてあるのか?」
「タルブがどうしたんですか?」
ギーシュの言葉に反応したのは意外なことにシエスタであった。
「おや、君はタルブと言う地名に心当たりがあるのかね」
「ええ……ラ・ロシェーヌの向こうにある土地です」
「ラ・ロシェーヌって言ったらあの、空飛ぶ船の港町の事か?」
「あら、バッツさんはラ・ロシェーヌを知っているのですか?」
「あぁ、まあな。一度行ったことがある」
ラ・ロシェーヌと言う単語を聞き、バッツの脳裏にアルビオンでの苦い記憶がよぎる。そんなバッツの心の内を知らないシエスタはそのまま話を続けた。
「タルブは私の生まれ故郷なんですけど……ハッキリ言って秘宝とか財宝とかとは無縁のごくありふれた片田舎ですよ?」
「でもこの地図には確かに竜の財宝って書かれてるじゃないか」
「……確かにこの地形はタルブ近辺みたいですね」
ギーシュから地図を渡されたシエスタが内容を検める。どうやらそこに描かれている地形図は間違いではないらしい。
「でも本当に、タルブにはそんな物はないんですよ」
「じゃあここに書かれている竜の財宝ってのは嘘っぱちって事なのかい?」
ギーシュが肩を落とす。折角本物のお宝を拝めるかと思ったのに、やっぱりこれも紛い物であったのか。
「財宝は無いんですけど、竜が居るってのはたぶん本当ですよ」
「何だって!?」
意気消沈したギーシュがまた元気になる。勢い余ってシエスタの両肩をがっしりと掴むものだからシエスタは驚いて縮こまってしまった。
困惑するシエスタの様子に、自分の行動が余り貴族らしからぬモノであると気が付いたギーシュはパッと彼女から離れると、咳払いを一つはさんで平静を装った。
「で、その話は本当なのかね? タルブに竜が居るっていうのは」
「正確には“居る”じゃなくて“居た”ですけど。何百年か前には確かに竜が住んでいた時期があったと伝わっています」
「成程、それじゃその竜が貯め込んだ財宝があるかもしれないって事か……」
竜と言えばその巣に金銀財宝を貯め込んでいるものである。そうでなくても例えば竜の死骸でもあろうものならば、骨や牙や鱗がかなりの高値で売ることが出来る。
しかしここで一つ気がかりなことがあった。
「でもおかしいな。あの辺りには竜の生息地や繁殖地なんて無かったはずだけどな」
そう、竜の生息地は結構条件が厳しくて近くに人間が住めるような場所でないことが多いのだ。
ただでさえ人間よりも強大な力を持つ危険な生物である竜の近くに住もうという者はいない。集落を形成しようなんてもってのほかだ。
「何でもモノ好きなのか風変りなのか、一匹だけ近隣の山中に住んでいたらしいです」
「よし! 明日はそこに決定だな!」
「ちょっと、竜なんて危険なんじゃなくって?」
「大丈夫だろ。如何に竜とはいえ、流石に何百年も生きられるわけじゃあるまい。もし生きていてもヨボヨボの老いぼれだろうから早々危険はないだろうさ!」
日が明けて翌日、一行はタルブを目指した。まぁ目指したといってもシルフィードとチョコボの移動速度にかかれば半日もかからずに到着したのだが。
「よく言えば風光明媚、悪く言えば何もない田舎ねぇ……」
目の前に広がる美しいタルブの草原を眺めながらキュルケが言う。確かに綺麗な景色ではあるが、逆に言えば草原以外何もない。
美しい寺院や城郭があるわけでもなく、ましてやきらびやかな繁華街など影すらない。眼下に広がる草原の片隅で肩を寄り添うように何軒かの家が建ち集落を形成しているだけだ。
シエスタは一足先に生家へと戻っていた。だからこれから竜の秘宝を目指すのはバッツとギーシュとキュルケとタバサと言うメンバーだ。
今回の旅の同行者の中で唯一戦闘向きではないシエスタを先に返したのは、万が一本当に竜が居た時に危険が及ばないようにと言う心配りも幾分かは含まれている。
「さてさて、目的のお宝は……この洞窟の中みたいだな」
タルブの山中を歩くこと小一時間、どうやら目的の場所らしき洞窟の前に到着した。
地図のおかげで大体の見当をつけておけたからこそこれほどの短時間で発見できはしたが、距離的にはタルブの村からかなり離れている。
何か目的をもって来ない限りは早々見つからないであろう場所であった。
「さて、鬼が出るか仏が出るか。ワクワクするな!」
「出るのは竜でしょうよ」
「まったく君と言うやつは男の浪漫と言うのが理解できないのかね」
「はいはい、御託はいいからさっさと中に入りなさいな」
などとギーシュとキュルケが言い合いながら洞窟の中へと足を踏み入れる。人が通るには不自由しない程度の結構な広さを持った通路が奥へと続いている。
中は薄暗く、松明の炎が無いとまともに足元が見えないくらいではあったが空気の通りは良いらしく淀みのない新鮮な空気が奥まで流れていた。
「竜の住処といえども、これほど何もないと却って不気味なものだな……」
少し緊張した声でギーシュが言う。実際、既に洞窟に入って数十分は経とうかと言うのに蝙蝠や蜥蜴や蛇のような生き物位にしか遭遇していない。
大型モンスターが生息するには少し狭いが、人間程のサイズの亜人種であれば十分住処にしそうな洞窟であるのに、そういった気配が全くしないのは逆に気味が悪い。
それどころか山犬や熊すら居る気配がない。
どれほど歩いたであろうか、さらに小一時間ほど歩いた所で不意に開けた場所に出た。
開けた、と言っても外に出たわけではない。恐らく山の内部であろうがぽっかりと空いたドーム状の空間に出たのだ。
キュルケが光球を飛ばして広さを確認すると、ちょっとした教会の礼拝堂くらいの広さの空洞であった。
「ここが竜の巣……なのか?」
改めて周りに注意を巡らせるが、自分たち以外に生物が居るような気配はない。物音も、息遣いも何も聞こえてこない。
「あら、やっぱりガセネタだったのかしら?」
「もしくはとっくに死んでるかの、どちらかだろうな」
勇んでやっては来たものの、やはり竜と言う生物は恐ろしいものだ。対峙しなくて済んだ事に安堵する。
「残念だったな……竜退治の英雄に成れたかもしれなかったのになぁ」
「強がりはお止しなさいな。脚が震えてるわよ」
「こ……これは武者震いだよ! そういうキュルケだって冷や汗が凄いじゃないか」
「そ、それはここは空気がよどんでて蒸すからに決まってるじゃないの」
緊張から解放されて安堵の軽口をたたき始める。どうやら竜も居ないようだが宝も無いみたいだ。そこは残念ではあるけれど本当に竜とまみえる事にならずに済んだ安堵感の方が勝っていた。
今回もやっぱりハズレだったかと、いささか安心した心持で帰路につこうとした一行に不意に声がかかった。
「おやおや、久しぶりの来訪者だと思ったら随分と年若いようじゃあないか」
その声に皆が一斉に身構える。
ここには、この空間には自分たち以外の生物の気配がしなかった。そう誰も、何も居なかったはずなのである。
しかしその何もないはずの場所から声がしたのだ。人間か亜人か、少なくとも人語を解するモノが誰にも気配を覚られることなく存在していたのだ。
もし敵だとしたら厄介な存在だ。ただでさえ明りの無い洞窟内で気配すら察知できないとなると危険極まりない。
皆とっさに杖を抜き、互いの背を合わせて構える。バッツはデルフリンガーの柄に手をかけ、いつでも抜き放てるよう腰を落とした。
声の主の姿はまだ確認できない。キュルケは杖を軽く振ると強烈な光を放つ球を頭上に打ち上げた。光球は洞窟の天井に当たると輝きを増加させ、空間の隅々までを隈なく照らす。
光に満たされた空間に人影が一つ浮かび上がる。バッツたちから少し離れた場所に佇むその姿は、特に武器を持つようでもなく攻撃の意思を見せるようなものでもなかった。
「驚かせてしまったようだな。だが安心してほしい。少なくとも私は君らに害をなす者ではない」
と、両手を軽く上げて近寄ってくる。
謎の人物は杖や武器の類を持っているどころか全くの軽装で丸腰であった。相手の警戒心を解くようなにこやかな笑顔で近づいてくる様子にキュルケとギーシュは杖を下す。
ゆっくりと近づいてくるにつれ段々と謎の人物の姿がはっきりと見て取れるようになってきた。
どうやら男性のようである。しかし四肢は細くも均整がとれており、顔だちも端正だ。透き通るような白い肌に目の覚めるような長い金髪も美しい。
女性ならばすぐさまその美貌の虜になるような、男性ならばその恵まれ過ぎた容姿に嫉妬で怒り狂ってしまうような、正に彫刻芸術の如き完璧な容姿を備えたその出で立ちは洞窟内と言う不釣り合いな状況と相まってとても神秘的なものに感じられた。
その眼はタルブの草原のように鮮やかな碧色をしており、顔の左右、ちょうど耳のあたりから髪を突き抜けて何か突起のようなものが飛び出ている。
何かの装飾品だろうか? いや、これは……耳?
「エ……エルフ!!」
髪に隠れず、むしろ逆に突き抜けるほどの長さの耳を見止めたギーシュ・キュルケ・タバサの三人は同時に悲鳴にも似た声を上げる。
そして一度は下げた杖を再び構えた。
ただ一人、バッツだけは状況を飲み込めずに戸惑っていた。相手は丸腰である。敵意はないようだしさほど脅威とも感じられないのだ。
だがしかし、他の三人は相手の姿を見止めると一度は軟化させた態度を再度硬化させたのだ。
訳がわからず、誰にともなく問いかける。
「エルフって……妖精がどうしたって言うんだ」
三人はバッツの言葉を聞き、同時に呆れ果てた表情を浮かべる。(正確には、呆れ顔になったのはギーシュとキュルケの二人でタバサはいつも通りの無表情であったが)
「バッツ……君はエルフを知らないのかね?」
「そんなまさか。いくら平民だからってエルフの恐ろしさを知らないなんてあるはずないわ!」
「いや……全く何のことか分からないんだけど」
「仕方ねぇよ。何せ相棒はこっちの事についちゃからっきしなんだから、俺らの常識で話しちゃ酷ってもんよ」
とデルフリンガーがフォローを入れる。
「デルフ! その声はデルフリンガーなのかい!?」
デルフの声に反応した謎のエルフがバッツに近寄る。
三人は慌てて後ずさりして距離をとるが、わけのわからないままのバッツだけはその場に佇んだままだ。
近づいてきたエルフはバッツの事は目に入らないようで一目散にデルフリンガーに顔を近づける。
「いやぁデルフ。また君に会えるとは夢にも思ってなかったよ。こうしてまた会えるなんて、これも運命の導きと言うモノなのだろうか」
「おいおい、お前ぇさんは俺の事を知ってるようだけどよ、俺はお前ぇの事なんて知らねーよ」
感極まった様子のエルフとは対照的にデルフリンガーは冷たい反応だ。
そんなデルフの言葉を聞き、エルフは顔を悲しげに曇らせた。
「そう……、か。まぁ仕方ないよな。私も声を聴くまで君だとは分からなかったのだから。それほどまでに永く残酷な時が経ってしまったんだろうから……」
しばらく沈黙の時間が流れた後、エルフは再び口を開いた。
「まあ、とにかくこちらには君たちに危害を加えようという意思はない。いや、例えあったとしても今の私には何もできない。安心してその杖を下してくれたまえ」
少々引っかかりのある言葉ではあるが、謎のエルフは再び自分に敵意がないことを示した。
しばらく三人で顔を合わせて協議した会を、学生メイジ三人は杖を下した。どうやらこのエルフの言葉を信じる事にしたらしい。
「で、なんでエルフがこんなトリステインの山中の洞窟に居るんだい? お前たちの国はずっと遠い場所だろう?」
「私は所謂はぐれ者、はみ出し者ってやつでね。故郷を遠く離れ君ら人間側の世界で生きることを選んだのさ」
「ふ~ん。信じがたい話だけど、要するに変人ってわけね」
「厳しい言い方だが、概ねその通りだ」
「で、今のあなたはここで何をしているのよ」
「平たく言えば警告者だ」
「警告者……?」
「そう。この洞窟に分け入った者に、この先に潜む危険を知らせ引き返させるのが主な使命だ」
「危険ってもしかして……!」
慌ててここの事が示された地図を取り出す。
「この奥に本当に竜が住んでいるっていうのかい!?」
エルフは地図に目を通すと、少し苦笑いを浮かべた。
「竜の秘宝、か。まぁ間違ってはいないが」
「やっぱりここにはお宝があるんだ!!」
ギーシュのテンションが一気に上がる。宝探しを始めてから、初めて本物に巡り合えたのだから。
しかも竜の貯め込んだ宝ともなるとかなりの物であろう事が想像に難くない。一攫千金が夢ではなくなってきたのだ。
これは否応なしに期待が高まる。
「確かに宝……と言えなくもないモノは存在する。が、その前には恐ろしく強大な障害が居るのだ」
「それが竜ってわけか」
こくんとエルフが頷く。
「その竜は強い。だからこそ私がここに迷い込んだ者に警告を与えるのだ。『この先に進んではならない』と。まぁ大抵は私の姿を見ただけで逃げ帰ってゆくがね。それでも奥へと進んだ者たちの中で戻ってきた人間はいない。だが……」
エルフは言葉を区切ると、デルフリンガーに視線を送る。
「だが今回ばかりは出来るならば君らに、そしてデルフリンガーにはこの先に進んでもらいたい。そして奥にいる竜を殺してもらいたい」
『竜を殺してくれ』というエルフの言葉に場がざわめく。
「なんでぇ、エルフのあんちゃんよ。お前ぇさんはこの奥にいる竜に何ぞ恨みでもあるってぇのかい?」
「それは君の目で確かめてほしい、デルフ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。話を勝手に進めるのはいいけど、その竜ってのは俺達でも倒せるレベルの物なのか?」
デルフリンガーとエルフの会話にバッツが割り込む。
「それは大丈夫だろう。君が“デルフリンガーの相棒”であるのなら、可能なはずだ。恐らくは」
とエルフはよくわからない太鼓判を押す。
「あんたはその、この奥にいるっていう竜の強さを知っているのか?」
「うん? ああ、大体はな。随分と時は経ってしまっているが私の知る以上の強さにはなっておるまい」
「それで俺達なら勝てる、と判断した理由は?」
「先程も言ったが君が“デルフの相棒”であるからだ。それに他の少年少女達も、杖を持っているのを見るに系統魔法を使えるのだろう? ならばなんとかなる筈と見込んだのだがね」
エルフのどこか歯切れの悪い説明に何か掴み所の無い胡散臭さを感じる。
「大丈夫よバッツ。エルフに力を買われる事なんて滅多にないことよ。それにここにはトライアングルメイジが二人もいるんじゃない。相手が如何に竜とはいえ、何とかなるわよ」
「ぼくだって居るぞ」
「ドットは足を引っ張らないように精々頑張りなさいな」
「酷い言い様だな」
「事実じゃないの。 まぁこっちにはタバサもいるんだし、こんな田舎で噂も立たずにひっそりと隠れ住んでる竜なんてたかが知れてるわ。そんな心配しなくてもチョチョイのチョイよ」
妙に自信に満ちたキュルケの言葉が明るく響き渡る。
そうだそうだとギーシュも続き、竜討伐の気運が最高潮に高まる。
「それにバッツ、君はトライアングルメイジに引けを取らないだけの剣の腕前を持っているじゃないか。何を恐れることがあると言うのだね。それにもし相手が悪けりゃ、尻をまくって逃げるだけだ。何、竜相手なら逃げ出しても何ら名誉を傷つけはしまい。むしろ立ち向かったこと自体が勇気の証明みたいなものだ」
皆がここまで乗り気になった以上、むやみやたらと水を差すのも気が引ける。
だがバッツの心には漠然とした、よくわからない不安のようなものが広がっていた。それは戦士としての勘から来るモノなのかどうかはわからない。
ただ、この先には何か良くないものが待ち構えていそうな予感がするのだ。
キュルケやタバサの魔法の実力を疑うというわけではないが、どこか心許ない気がしてならない。
しかし一人で怯えて及び腰になっているいるわけにもいかない。不安なら不安で、それ相応の準備をしておけばいいのだ。
転ばぬ先の杖、バッツは今手持ちの選択肢から最適なものを選び、この先で何があっても切り抜けられるよう備える。
そんなバッツの心配を知ってか知らずか、一行は竜が待ち構えるという奥へと歩みを進めるのであった。
エルフと出会った開けた場所を抜け再び少し狭まった通路状の洞窟を進むこと数分、今度は先程よりも広そうなドーム状の空間へと出た。心なしか空気がひんやりとしている気がする。
ここが竜が宝を守るという場所なのだろうか?
柔らかく差し込む日光にそしてその光景に一同は息を詰まらせた。
そこに広がっていたのは、地面に散らばる無数の骨と、その奥に鎮座する巨大な竜の骸であった。
「なに……これ。これ全部骨? 人間……いいえ違うわ、でも色んな動物の物が混ざってる……」
「あれが…………竜? なんだ、死んでるじゃないか。これがエルフが言ってた強大な障害って奴か??」
「……死骸は多いけど死臭は殆どない。腐った肉も無い。どこかに空気の通り道があって、しかもこれは随分と時間が経っている」
三人のメイジがあっけにとられながらも状況の分析を進める。どうやら先のエルフが恐れていた脅威はとうの昔に死んでいたようだ。
既に竜が死んでいるのも知らずに、あんな場所で親切にも警鐘を鳴らしていたというのも思えば滑稽な話ではある。本人には悪いが。
一面に散らばった骨を踏み砕きながら竜の残骸の元へと近づいていくギーシュ。歩くたびにパキポキと音を立てるのは気味悪いが何処か快感でもある。
冬の寒い日に霜柱や水たまりに薄く張った氷を踏み砕くのに似た感触だ。
「うわぁ……思っていたよりも随分と大きいものだなぁ……」
竜の死骸の直ぐ近くにまで寄ったギーシュが感嘆の声を上げる。自分の身長の何倍もの大きさのその竜だったものは、タバサの使い魔の風竜とは比べ物にならないくらいの巨体であった。
体は骨格だけ残っていると言うわけでもなく、一部鱗が剥げ落ちて肉やその奥の骨が見えている箇所もあるものの、全体としては生前の姿をかなり残していた。
地面に散らばっている、ほぼ全て肉も溶け落ち骨しか残っていない他の骸と比べるとその異様さが更に強調されている。
何故この竜の死骸だけがこれほど原型を留めているのだろうか。不思議に思い更に近づくと、ギーシュは肌に冷気を感じた。
この洞窟の中はそのに比べると幾分涼しいが、それよりも更に冷たい空気がこの竜の骸の周りには立ち込めているのである。
恐る恐る骸に手を触れると、ひんやりと冷たい。まるで氷のようだ。
いや、この竜の体表が宝石のように透き通った鱗に覆われていたため遠目には気が付かなかったが、なんとこの骸は全身が氷漬けなのであった。
成程、凍っているのならば肉は腐りにくいだろう。冷凍保存されているのならば、これほどまでに形を残しているのにも頷ける。
こんな洞窟の最奥でこれほどに大きな竜の氷漬けを拝めるとは、思ってもいなかった。
だがどうやら、ここにはこれ以上の収穫はないようだ。
「竜が死んでるってのは少々拍子抜けだったけど、まぁこれはこれで良い土産話になるんじゃないかな」
などと言いながらギーシュが振り返る。同じく拍子抜けと言わんばかりのキュルケとタバサの顔が見えた。
両者とも、どこかホッと安心したような表情だった。やはり竜と戦うというのは荷が重かったのだろう。
しかしバッツの顔は芳しくない。芳しいどころか、両目をこれほどかと見開き、顔は恐怖に青ざめている。そして入口のあたりで立ちすくんでいた。
まさかバッツは竜を見たのは初めてで、腰を抜かすくらいに驚いているのだろうか?
バッツくらいに強ければ一度や二度くらいは竜を見ていてもおかしくはないと思っていたが、意外や意外。
「おいおい、どうしたんだいバッツ。そんなに驚くことはないだろう? どうせ死んでるんだ、恐れる事なんてないさ」
と、一人だけ顔面蒼白のバッツを茶化そうと思った次の瞬間、真後ろから声が響いた。
『ココ……かラ……先ニは……進マセ……ナい……』
バッツが「避けろ!」と叫ぶのとギーシュが振り返るのと、そしてギーシュの体が真横に吹き飛ばされるのがほぼ同時に起きた。
何を避ければいいのか認識する暇もなく、ギーシュの体は猛烈な勢いで壁に叩きつけられ、全身の骨が砕ける嫌な音が耳に響く。
何が起こったかわからない。自分の体がどうなっているのかも、わからない。ただわかるのは、指の一本も動かせないということだけ。
そして数瞬遅れて体を襲う激しい痛みに意識がかき消されてしまうその寸前に、ギーシュは自分に襲い掛かったモノの正体を見た。
動いたのだ、骸が。そしてその丸太よりも太い前足が、まるで目の前のゴミでも払うかのようにギーシュを吹き飛ばしたのであった。
壁に体を半分以上めり込ませてギーシュは動かなくなった。
そして次に骸の標的になったのは、この空洞の中ほどまで進んでいたキュルケとタバサであった。
それに気が付きタバサが杖を構え応戦しようとするも、呪文が完成するよりも早く竜骸の口から吐かれた凍てつく息吹の方が先に二人に襲い掛かる。
ブリザードの如きその竜の吐息は、あろうことか二人の体を蝕み氷で固めていく。
「な……なによこれ!」
吹き飛ばされないように必死に踏ん張るが、最早それは自分で踏ん張っているのか、はたまた地面と足が氷でくっついて固まってしまっているのか判断できなくなっている。
風に飛ばされないようこらえられているのか、それともただ動けなくなっているだけなのか。
「……くっ、強い……」
タバサも得意の氷系の魔法を放とうと試みるが、作り出した氷塊群も竜のブレスの前には役に立たず、敵に向かうどころかなすすべなく後方へ吹き飛ばされていく。
キュルケと同じくタバサの体もまた氷に覆われてゆく。いやそれは体表だけの事ではない。体の芯から、そして骨の髄から凍り付いてゆく。
あっという間に体の殆どが凍ってしまう。杖を突きだしたままの体勢のまま氷像と化してしまった。キュルケはすでに完全に氷塊となってしまっている。
薄れゆく意識の中、タバサは誰かの叫ぶような声を聴いた気がした。それがバッツだということはすぐに分かった。
なぜならギーシュもキュルケも既に声を発することのできるような状態ではなかったからだ。
そしてバッツの声はこう叫んだ。
「リターンッ!!」
日差しが差し込み薄明かりに照らされた空間、ひんやりとした空気。そして目の前にそびえ立つのは氷漬けの巨大な竜の骸。
ギーシュは骸のすぐ傍に立ち、キュルケとタバサはこの空間の中ほどに立っている。そして入口付近にはバッツが居た。
ギーシュ・キュルケ・タバサの三人は慌てて自分の体を触る。
無事だ。
体には傷一つないし、もちろん凍ってなどいない。
またもや何が起こっているかわからない。いや、何も起こらなかったのか? ならばさっきのは一体……?
考えがまとまらないうちにバッツの声が三人の意識を現実へと引き戻す。
「皆、早くこっちへ! 早く!!」
バッツが全速力でこちらへと駆けてくる。そうだ、このままではいけないのだ。アレが動き出す。アレが……。
我に返った三人はまるでバネ仕掛けのように一斉に動き出す。そして逃げ出す背後で竜の骸が動き出した。
『ころス……一匹タリとも……生カシテは……逃ガさヌ……』
悲鳴をあげながら駆けるギーシュ。いち早く逃げ始められたお蔭で何とか前足での一撃を食らわずに済んだが、竜はすぐさま口から氷の息を吐こうと首をもたげる。
しかしなんとか三人は猛吹雪のような攻撃が襲い掛かってくる前にバッツの元へ集まることが出来た。
が、バッツの言葉の通りに集まってみたは良いが何かこの事態を切り抜ける妙案があるようにも感じられない。というかそんなもの思い浮かばない。
「どどど、どうするんだよバッツ! あんな奴勝てないよ勝てるわけないだろ!」
ギーシュが半狂乱になって喚く。
「逃げるにしてもちょっと難し過ぎないかしら? ちょっとここからじゃ出口は遠いわねぇ」
「……あの攻撃を防ぐのは、難しい」
平静を装うキュルケタバサの二人も、その表情からは余裕は微塵も感じられなかった。
三人の顔を見回し、バッツは言う。
「皆、絶対に俺の手を離すなよ。そして、目を回さないよう気を付けろ」
「はぁ? 何言ってるんだ」
「ちょっと、逃げるにしてもどうやってここから逃げるのよ」
「……!!」
言葉の意味を図りきれない二人をよそに、バッツは呪文を唱える。そして……
「テレポ!!」
バッツの言葉とともに全員に異変が起こった。
視界が歪む。景色がまるで油絵具をかき混ぜたように濁り、混ざり、そして黒く染まってゆく。
変化が起こったのは視覚だけではない。体はふわりと宙に浮くようでいて、しかし底の無いどこかへ落ち込むような感覚に支配される。
景色は消え、上下左右の区別すらつかない状態に飲み込まれ、何時までこの状態が続くかと思った瞬間、急に地面が現れた。
余りにも急に感覚が戻ったものだから、上手く着地できずに倒れ込む。
ドサッ、ドサッとギーシュの上にキュルケがのしかかるように倒れた。タバサは難なく着地している。
「痛たたた、今度は何よ。……って、あら?」
「おいおい、早くどいてくれないか」
「あら、ごめんあそばせ」
下敷きにしていたギーシュを解放すると、キュルケは改めて周囲を見回す。どことなく見覚えのある景色だ。
足元には骨のひとかけらも落ちてはいないし、あの竜の死骸も無い。でも自分で打ち上げた光球は、少し勢いが衰えたようではあるがまだ光を放っている。
それじゃあここは……
「おやおや、随分と風変りな現れ方をしたものだ。最近はそういうのが流行っているのかね?」
この声はあのエルフだ。と言うことはひとつ前の場所に戻ってきたということか。
でもどうやって?
「どうやらその様子だと、竜を殺すことはできなかったようだな」
「そう! その竜よ! 話と全然違うじゃないの」
「そうだそうだ! 奥へ進んでみれば竜は死んでるし、でも動き出したし、そしてこっちは一回殺されたんだぞ!!」
「あたしなんて氷漬けにされたわ。もう少しで氷像として一生を終えるとこだったのよ」
「そうか。だが見たところ、死んではいないし凍ってもいない。それどころか外傷も無いようだが?」
「それはそうなんだが……、なんだかよくわからないけど助かって逃げてこられたんだよ! なぁ、キュルケ説明してやれよ」
「嫌よ、あたしだってまだ何が起こったのかよく飲み込めてないんだもの」
「ふむ。面妖な事もあるものだ」
誰も一体何が起こって今此処にこうして居るのか説明できず、混乱は新たな混乱を呼ぶだけだった。
言葉にしてもそれが本当に起こったモノだったのか確信できず、むしろ説明しようとすればするほどに先程の事が夢か幻のように感じられる。
「しっかし驚いたわ。まさかこんな田舎の山奥に韻竜が居たなんて。しかもあれじゃゾンビじゃないの」
「韻竜じゃ仕方ないよな。韻竜って言ったらこのハルケギニアでも1、2を争うくらいの危険生物だし。韻竜を殺せる人間なんて、ハルケギニア広しと言えどもそうは居ないだろう。それこそ御伽話に出てくるイーヴァルディの勇者でもないと無理だ」
「生きていられただけでもめっけものよね。何せ相手は韻竜なんですもの」
「違う」
突然、バッツが会話に割り込む。しかし声はすれども姿は見えじ、何処にいるのかと周囲を見渡せば少し離れたところでうずくまっていた。
見れば体が小刻みに震えている。顔面は血の気が引き青ざめ、完全に恐怖に怯えていた。
「あれは……、あれは“神竜”、だ……!!」