水晶と虚無   作:is.

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第04話 魔法学院での一日

朝もやの中、蠢く影が一つ。辺りを見回しながら不審な動きを繰り返す。

何を探しているのだろうか、右へ左へと行ったり来たりを繰り返している。

まだ太陽が昇り切っていないのもあって、それが誰だか判別できない。

 

いきなり現れた不審者に、シエスタはたまたま持っていた箒を握りしめ身構える。

不審者はまだこちらに気付いていないらしく、相変わらず辺りをキョロキョロと見回しながら近づいて来る。

シエスタは手近な物陰に身を隠すと、不審者のが行き過ぎるのを息を潜めて待つ。

隠れているので姿は確認できないが、だんだんと不審者がこちらに近づいている気配が感じ取れた。それにつれシエスタの心臓の鼓動が激しくなる。

シエスタの力では不審者を撃退するのは難しいだろう。ただただ何事もなく通り過ぎてくれるのを願うのみ。

 

一歩一歩、相手が近づいて来る。もう足音が聞こえるまでに近くに来たようだ。自分の心臓の音が、周りに響き渡ってしまっているのではないかと思うほどに激しくなる。

 

「おい」

 

見つかった!シエスタの緊張が限界を超える。パニックを起こし、まともに頭が働かない。

こうなったら、何かされる前にこちらから仕掛けなくては。窮鼠猫を噛む、死中に活を求めるように、箒を振りかぶった。

もしかしたら……、そんな淡い希望を打ち砕くように、あっさりと箒が掴まれる。ならば次の手だ。

 

「キャ――誰か、誰か助けて下さい―」

 

あらん限りに声を張り上げ、助けを叫ぶ。だがその口も、相手によって塞がれてしまった。

もう駄目だ、と諦めたシエスタの耳に相手の声が届く。

 

「俺だ、バッツだ。頼むから静かにしてくれ」

「……?ファッフふぁん?」

 

不審者の口から飛び出たのは、意外な名前だった。

今や目前に迫ったその人物を冷静に見てみれば、確かにそれはバッツだった。昨日と同じ青い服を身につけている。

 

「こ……こんな時間に何やっているんですか!」

 

不審者の正体に安堵の息を吐いたシエスタの目に留まったのは、バッツが小脇に抱えた洗濯ものであった。それは見慣れた学院指定の女子制服だった。

 

「バッツさん……何持ってるんですか!まさか……盗んだんじゃ……」

「違う!断じて違う!!」

「じゃあ何をしてたって言うんですか!」

 

先程までの緊張の反動か、シエスタが強気にまくし立てる。

 

「これはルイズに押しつけられたんだ!洗い場なんてわからないから少しウロウロしてただけなんだ!」

 

あらぬ疑いに必死に弁明する。シエスタに事の成り行きを話すと、なんとか納得してくれたようだ。

 

「それにしても、男性に自分の下着まで預けて平気なのは、流石は貴族の方と言うべきでしょうか」

 

シエスタの率直な反応にバッツも頷く。試しにシエスタだったらどう?と聞いてみると、顔を真っ赤にして「とんでもない!」と返答が来た。

家族ならともかく他人の、それも異性に自分の下着を見せて平気な女性というのは確かに貴族ならではといったところか。

無論、同じ貴族同士ならまた反応は違うのだろうが、この世界での貴族にとって平民というのはどういうものなのかを改めて思い知らされた。

 

洗濯なら私がします、というシエスタの好意に甘えさせてもらう事にして、ルイズの服を渡す。

だがシエスタの言う事には、生徒の服の洗濯も部屋の掃除も元々使用人の仕事らしい。わざわざバッツがする必要はどこにもないというのだ。

じゃあ何故ルイズはこんな事を命じたのか?それはわからない。単に虫の居所が悪かったのか、何か意図しての事なのか。

 

「バッツさんは朝食まだですよね」

 

という一言に、バッツのお腹が思い出したように空腹を訴えてきた。早く起きたものだから、腹が空くのも早い。

朝食はまだどころか、どうしようかも考えていなかった。ルイズが何か用意してくれるか、そこらで野生動物を捕まえるか、それが駄目なら道具袋から保存食を出すか。選択肢があったとしてもその程度だ。

使用人用の賄い食でよければ、との事だがシエスタの申し出に甘えさせてもらう事にする。

 

一応今の時刻を尋ねると、ルイズが指定した時間まではまだ1時間以上あった。

 

シエスタに案内されて厨房へと通される。そこでは朝食の仕込みに追われる料理人の傍ら、それ以外の使用人と思われる人々が食事をとっていた。

ガヤガヤと込み合う室内は、夜の酒場を思い起こさせる。心地よい喧噪の中席に着くと、何処からかシエスタは二人分の料理を持ってきてくれた。

バッツの分の量が多めなのが嬉しい。

 

「ここで働いてる訳じゃない俺が食べてもいいのか?」

 

と、バッツが申し訳なさそうに言うと、

 

「大丈夫ですよ、一人増えたくらい問題ありません」

 

とシエスタがキッパリと答える。

曰く、使い魔の餌も学院が用意してるので、使い魔扱いのバッツも学院が用意するものを食べるのは当然、との事。流石に貴族と席を並べることは出来ないけれど。

使い魔の餌代も生徒の払う学費に含まれているらしい。

それならいいか、と遠慮することを止めて食べ始めたバッツに、不意に声がかけられた。

 

「見かけねぇ奴がいると思ったら、お前が例の使い魔になったっていう人間か!」

 

野太い声の持ち主は、太鼓腹が貫録を放つ四十を過ぎた男だった。他の料理人と比べ明らかに上等な仕立てのコック服を身に纏っているところからして、シェフなのだろうか。

捲り上げた袖から覗く腕は逞しく、料理人というよりは樵か漁師のほうが似合いそうな風貌をしている。

後から聞いた話では、ここでの料理長というのはかなりの重職らしく下級貴族なんかよりも多い収入があるらしい。尤も、仕事が忙し過ぎて折角の金を使う暇がない、とは本人の談。

 

「お前も散々な目にあったなぁ。ま、俺らにできるのは美味い飯を食わせてやる事くらいだけどよ、遠慮するこたぁねぇンだぜ。どうせ痛むのはお前さんを召喚した貴族の財布だ」

 

大声で笑いながら陽気にバッツの背中を叩く。その太い腕から繰り出される一撃は想像以上のもので、もう少しで口に含んでいた分を吹き出してしまうところだった。

 

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はこの学院の厨房を任されてるマルトーってんだ。お前さんの事はシエスタから聞いたぜ、バッツ。これから仲良くしようや」

 

今度お前の国の料理を教えてくれ。遠い国の料理ってのは興味が尽きんからな、と言うと奥に引っ込んでいった。これからが朝食の仕込みの最盛期なのだろう、大声で指示を飛ばしながらではあったが。

戻り際に交わした握手の感触が未だ手に残る。予想通り手加減抜きの馬鹿力で握られ、バッツの右手はまだ痺れが残っていた。

 

 

食事を終えルイズの部屋に戻ると、ルイズはまだベッドの中で寝息を立てていた。

カーテン開け室内に光を取り込む。一緒に窓もあけると、朝のさわやかな空気が流れ込んできた。

窓から差し込む光がルイズに降り注ぎ、そのまぶしさに目を覚ます。眠たそうに眼をこすりながら起き上ったルイズは、まだ寝ぼけ眼のままこちらを見てくる。

 

「あんた……だれ?」

「バッツだ」

「バッツ……?あぁ?……あぁ!」

 

起き抜けで頭がよく回っていないのか、まだ焦点の定まらない目を泳がせながらしばし考え込むとようやく合点がいったようだ。

軽く寝ぐせの付いている頭を掻きながら大あくびをしている。

 

「あぁ、使い魔の。昨日やっと目が覚めたんだっけ。不審者かと思ったじゃないの」

 

不審者……か。今朝のひと悶着を思い出して苦笑いする。まぁ目覚めて見知らぬ男が居たら、大抵の女性はビックリするだろう。

ベッドから降りたルイズは思いっきり伸びをしたのち、バッツに命じる。

 

「服」

「は?」

「服、取って」

 

昨夜はバッツが居るのを意に介さずに着替え出したが、今日も同じようにするのだろうか。

バッツが返事をしないので、催促が入る。

 

「服。早くしなさいよ」

「昨日も言ったが、男が目の前に居るのに着替えだすのはどうかと思うぞ」

「昨日も言ったけど、別にあんたが居たってどうってことないわよ。そんな事より早く服を寄越しなさい」

「君がよくても俺が困るんだよ。そっちがどう思ってようが、こっちだって人間なんだ」

「だーかーらー」

 

議論が堂々巡りになる予感に、バッツは早々に話を切り上げ部屋を出るという強硬策に出ることにした。

 

「俺にも君みたいな身分の知り合いがいる。でも彼女たちは君みたいな事はしなかったし、もっと分別があった」

 

と、去り際に苦言を呈する事も忘れなかった。

 

女性の支度は時間が掛かる。レナ達との旅でその事を十分に知っているバッツは扉の前で時間を潰す。

と言ってもこれといってする事も無いので、行き交う生徒をボーっと眺めているだけであったが。

目の前を通り過ぎてゆく生徒達は、皆一様にこちらを奇異の目で見て来る。自分の何がそんなにおかしいというのだろうか?服のセンスか?

行き交う生徒は皆同じ白のブラウスに黒のスカート、そしてその上からマントを羽織るという出で立ちの中、バッツの身なりは確かに目立つ。

生徒達の制服は一見無地で飾り気のない服だが、よく見ると上等なモノである事がわかる。

比べてバッツの服は、耐久性には優れるものの高級素材が使われているという訳でもなく、しかも旅の影響でかなりくたびれてしまっている。

周りの者達からすれば、みすぼらしい格好に映るのだろうか?

 

おかしい、と言えば目の前の生徒達は皆、思い思いのモンスターを連れていた。

大人しく付き従う姿を見るに、危険なモノではないようでなあるが、正直心臓に悪い。初めて見たときは思わず身構えてしまい、相手に笑われてしまった。

しばらくして理解する。これが「使い魔」というモノだ、と。家畜やペットよりも従順に付き従う姿は、昨夜のルイズの説明と一致する。流石に掃除や洗濯はしないだろうが。

 

30分ほど経ったろうか、扉が開かれルイズが現れる。

何故不機嫌な顔をしているかは分からないが、きちんと身なりは整えていた。

 

「皆モンスターを連れているんだな。あれが使い魔ってやつか?」

「そうよ。あんたもあれと同じ。今日からはあんな風に私に付き従うのよ」

「俺は人間なんだけどな」

「人間っていっても平民でしょ」

 

またこの展開か、とウンザリしていると近くの部屋の扉が開いて生徒が一人出てきた。燃えるような赤い髪に褐色の肌、すらりと伸びた四肢は爪の先まで色気を放つようである。

女性としては高めの身長にプロポーションの良い体形、そして見せ付けるように強調された豊満なバストと何から何までルイズとは対照的である。

窮屈で締まらないのか、はたまたわざとか、ブラウスのボタンを外し大きく胸元を開けているために褐色の谷間が目のやり場に困る。

彼女はこちらに気が付くと、にやりと笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「おはよう、ルイズ」

 

不機嫌さを隠そうともせずにルイズは挨拶を返す。

 

「おはよう、キュルケ」

「コレがあなたの使い魔?本当に人間なのね。なんか『ゼロのルイズ』の使い魔、って言われると納得するわー。あなたに普通の使い魔なんて似合わないもの」

「余計なお世話よ!」

 

顔を赤らめ、ルイズが睨み付ける。

バッツの顔を値踏みするように眺めた後、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「格好はアレだけど、顔はなかなかじゃない。でもあたしのフレイムには敵わないわねぇ」

 

キュルケの部屋からのそりと現れる影があった。人の腰位の高さがある大型の火蜥蜴だ。尻尾は赤く燃え盛り、時折口から漏れる炎の熱が周囲に伝わる。

ある程度慣れたつもりではいたが、やはり目の前にモンスターが現れるとつい身構えてしまう。頭では危険は無いとわかっていても、体のほうが早く反応してしまうのだ。

 

「おっほっほっ!あたしが命令しない限り、人を襲ったりはしないからそんなに緊張しなくてもいいわ」

 

モンスターを従える姿は、魔道士や召喚士というよりも魔獣使いだ。

 

「そういやあんたの使い魔ってサラマンダーだっけ」

 

相変わらずのしかめっ面でルイズが尋ねる。不機嫌というよりは悔しさが滲み出ている様であるが。

 

「そうよ!サラマンダー、火蜥蜴。見てよこの色、艶、ここまで鮮やかな炎の尻尾を持ってるなんて、これは間違いなく火竜山脈に住んでるモノよ。愛好家垂涎のブランド物なのよ?」

 

自慢するのが嬉しいのか、一気にまくし立てるキュルケに、ルイズは「それは良かったわね」と苦々しく答えた。

 

「素敵でしょ。あたしの属性にピッタリ」

「あんたは『火』属性だっけ」

「ええ!あたしは『微熱』のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱の炎は微熱程度。でも男の子にはそれ位で十分だわ。どんな人だってイチコロよ、あなたと違ってね」

 

得意げに胸を張るキュルケ。元々豊かな胸がさらに強調される。成るほど、こんな胸で迫られたら男も簡単に落ちてしまうかも知れない。

そんなキュルケの胸と自分の胸を見比べ、さらに機嫌の悪くなったルイズはグッと睨み付ける。

 

「あんたみたいに手当たり次第色気振りまいて喜んでる程、暇じゃないわ」

 

ルイズの負け惜しみを余裕の態度で受け流したキュルケは、今度はバッツに話を振る。

 

「そういえばお名前をまだ聞いてなかったね?」

「バッツだ」

「バッツ……ね。今度ゆっくりお話しましょ?勿論ルイズ抜きで、ね」

 

お先に失礼、とキュルケは颯爽と立ち去っていった。その後を火蜥蜴がチョコチョコと付いていく。外見とは似つかわしくないその愛らしい動きが微笑ましい。

 

キュルケの姿が見えなくなると、ルイズが怒りを爆発させる。

 

「何なの、何なのよあの女!自分が火竜山脈のサラマンダーの召喚に成功したからって!悔し……悔し……悔しくなんてないんだから!!」

「いいじゃないか、そんな事くらい」

「良くないわよ!いい?『メイジの実力を測るには先ず使い魔を見ろ』って言われるくらいなのよ!あんな女がサラマンダーで、なんでこの私があんたなのよ!」

「サラマンダーよりは役に立つさ」

「ふん、どうだか」

 

やれやれ、と肩をすくめる。

 

 

 

トリステイン魔法学院の食堂は敷地の中心にそびえる、他の塔に比べ一際大きさの目立つ本塔の中にある。

広い食堂の中は何人掛けかもわからないほどの長さのテーブルが三つ並んでいる。テーブル毎に生徒たちのマントの色が違う。

ルイズの言うには学年毎に付くテーブルもマントの色も決まっている。今年は紫のマントが三年生で茶色が一年生、自分たち黒のマントは二年生との事。入学年度によってマントの色が違うらしい。

テーブルは決まっているが席順は決まっていないらしく、ルイズは適当な席に腰掛ける。既に料理は並べてあるが、席に着いた者から食べ始めていいという訳でもないらしい。

 

「あんた、朝食は?」と聞いてくるルイズに「もう食べた」と答えると「あっそ」と素っ気なく返ってくるだけだった。

暫くして「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」と食事前の唱和が始まった。

一斉に食べ始めた生徒達の食事風景を物珍しそうに眺める。

テーブルに並べられた料理もさることながら、それ以外の飾り付けの豪華さに目を奪われる。何本ものローソクが整然と並べられ、その間を綺麗な花が飾り付けられている。

料理以外にもフルーツの盛り合わせもあり、今日は何か特別な日で宴会でも催されているのではないかと考えてしまうくらいの豪華さだ。

そんなバッツの様子に気が付いたのか、ルイズがさも当たり前という風に説明する。

 

「このトリステイン魔法学院で教わるのは、なにも魔法だけじゃないわ」

「というと?」

「メイジっていうのはその大部分が貴族なの。逆に言えば、メイジじゃない貴族なんていないわ。だから『貴族は魔法をもってしてその精神と成す』のモットーの下、貴族たるべき教育をここで受けるの。食事も貴族教育の一環、だから食堂もそれ相応のものでなくてはならないのよ」

「ふーん」

「わかった?本来ならあんたみたいな平民がこの『アルヴィーズの食堂』に入ることは許されないのよ。私の使い魔だから、特別に許可されてるだけで」

 

食事も教育の一環、か。成る程、ルイズも含めこの場にいる生徒は皆、とても行儀良く食べている。巧みにナイフとフォークを使い、食器の鳴る音などは全くしない。

聞こえてくるのは会話の声くらいだ。いや、何処かで楽士が演奏しているのだろう、美しい旋律も響いてくる。

騒がしいパブでの食事に慣れているバッツにとって、静か過ぎるとも言えるこの食堂はあまり居心地がよくなかった。

席に着くわけでもなく、かと言って他に何をするでもなく、ルイズ脇に立っているだけのバッツは、その視界の隅に見覚えのある影を捉えた。

それは銀のトレイを手にテーブルの間を忙しそうに動き回るシエスタだった。他にも何人かのメイドが同じように料理を配って回っている。

あまりに忙しそうに見えたバッツはルイズに彼女達の手伝いの許可を取ることにした。

 

「別にいいわよ。そこでボーっと突っ立ってられても邪魔だし」

 

ルイズの返事はそれだけだった。早速バッツは厨房のほうへと向かうと、マルトーに給仕の手伝いを申し出た。

「毎朝戦場みたいなもんだ、男手があるのは有難い」とマルトーは快く承諾してくれた。

男物の給仕服は用意されていなかったし、例えあっても着替えている暇なんて無かったから、青い服の上から給仕用のエプロンを付けただけの格好で手伝いを開始した。

何百人分あるのだろうか、次々と用意される料理を片っ端から手にとってテーブルへを運んでゆく。

デザートまで全て運び終わる頃には、軽く汗をかいていた。

仕事も一段落し、厨房でシエスタと一緒にお茶を頂く。助かりました~というシエスタに、朝食も食べさせてもらったし、これ位はお安い御用だとバッツは返す。

 

「それにしてもバッツさんの給仕姿、板に付いてましたね。以前こういう仕事をなされてたんですか?」

「色んな所を旅して回ったからな、路銀を稼ぐためにいろんな仕事をしたさ。勿論、犯罪とか後ろ暗い仕事はしてないけど」

 

実際、バッツは色んな仕事を経験している。その殆どが日雇いみたいな短期のものであったが。

今日みたいな給仕の仕事や洗濯や掃除などのお屋敷での下働き、或いは行商隊の護衛やモンスター討伐に建築の手伝いや野草等の収集……と幅広い。

 

一息ついた後、ルイズの元へと戻る。食事が終わって人もまばらになった食堂の中、ルイズは席に着いたままバッツが戻るのを待ってくれていたようだ。

メイドとのお喋りは楽しかったか、とイヤミで出迎えたルイズはそのままバッツを引き連れ教室へと向かう。

曰く、可能な限り使い魔同伴で授業に出なくてはいけないとの事。あんたみたいなのでも連れ回さなくちゃいけなくていい迷惑だ、とはずいぶんな言い草だ。

 

魔法学院の教室は、石造りですり鉢状になっている。一番低くなっているところに教壇があり、その背後に大きな黒板が設置されている。

生徒の座る席は階段状に連なっており、後ろの方に座るにはかなりの視力が求められる。

ルイズが中ほどの席に腰掛けると、バッツもそれに倣って隣の席に付く。ルイズはこちらを睨み、何か言いたそうであったがプイッと黒板の方へをと向き直す。

 

教室の中は生徒だけではなく、多種多様なモンスターで溢れていた。生徒の肩にとまっているモノ、宙に浮いているモノ、足もとで大人しくうずくまっているモノ、或いは他のモンスターを涎を垂らしながら狙っているモノ……。

全部使い魔で、決して危害を加えるようなことは無いと頭では分かっていても、居心地が悪い。

居心地が悪いといえば、もう一つ。教室に入ってから席に着くまで、いや、席についてからも絶えずこちらを見てせせら笑う声が絶えない。

そんなに人間の使い魔というのが珍しいのか。なんだか馬鹿にされている雰囲気がひしひしと伝わり、なんとも言い難い不快感に覆われる。

 

だがそんな雰囲気も教師が現れるまでで、教師が教壇に着くと教室内は水を打ったように静まり返った。

 

「では、本日の授業を始めます。今日はこの『赤土』のシュヴルーズが受け持ちますわ」

 

紫のローブに身を包んだふくよかな中年女性が講師らしい。『土』系統を得意としているらしく、今日の授業はそれに沿った内容を学習するみたいだ。

授業内容は、バッツにとってとても興味深いものだった。正確にはバッツ自身というよりは彼に宿るクリスタルの欠片に眠る魔道士の心達が興味を示した。

特に興味を示したのは黒魔道士と白魔道士だった。

『火』『水』『風』『土』という四つの魔法の系統というのはクリスタルを髣髴させる。もしかしたら、この世界にもクリスタルはあるのかも知れない、なんて考えてしまう。

そして『虚無』。今は失われた系統であり、『始祖ブリミル』なる人物が得意としていた五番目の系統らしいが……。

その響きに嫌な物を思い出す。『無の力』――遥か昔、不死の力を以って世界を手に入れんとした暗黒魔道士エヌオーによって創り出された悪魔の力。

エヌオー自体は、無の力と引き換えに不死を失ったことにより、伝説の12武器を手にした古の戦士達によって打ち倒された。

そして1000年の時を経て、封印された無の力を我が物とした魔道士エクスデスは、激しい死闘の末バッツ達4人のクリスタルの戦士によって打ち倒されたのだ。

 

話を聞く限りでは、この『始祖ブリミル』はこの世界の魔法を現在の形に系統付けした人物で、歴史上最も偉大なメイジだったらしい。

少なくともエヌオーやエクスデスのような危険思想の持ち主では無いことに胸を撫で下ろす。

 

様々な魔法の説明を聞いた中でも『錬金』によってただの石が真鍮になるのには腰を抜かした。バッツの世界には無かった魔法だ。

そんな魔法が当たり前のように存在するなんて、ここはバッツの世界よりも進んだ魔法文明を持っているらしかった。

 

 

昼食を挟み、午後からはコルベールによる『火』の系統魔法の実技授業が中庭で行われた。

設置された石造りの的に向かって各人が炎の弾を放っていた。

今朝、火の系統が得意と言っていたキュルケは成る程、周りの生徒達よりも上手に火球を操っている。他の者達も得手不得手はあるものの、一定以上の技術で炎を操っている。

 

たった一人を除いて。

 

ルイズは標的の破壊には成功している。成功してはいるものの、他の生徒とは違い火球を飛ばしての破壊ではなく、的の石自体が弾け飛ぶように爆発していたのだ。

最初は炎の弾より上級の魔法を使っているのだろうと考えていたバッツも、ルイズの焦った顔を見てその考えは間違いであると気づく。

ふと、今朝から幾度か耳にするルイズへの嘲りの中に『ゼロのルイズ』というものが多かったのを思い出す。そういえばキュルケもそんな事を言っていた気がする。

『ゼロのルイズ』――それはルイズのニックネームであろうとは予想していたが、どんな意味を持つのかまではわからなかった。今までは。

目の前で『ゼロのルイズ』という単語を使ってルイズを囃し立てる様子見るに、ようやくその意味を理解できた。

恐ろしく低い魔法成功率――実際、『召喚』と『契約』以外の魔法を成功させていないので、実質0%の成功率を指してそう揶揄しているのだ。

ルイズは顔を俯かせ、その表情を読み取ることは出来ない。しかし、小刻みに震える手が、その胸の内を克明に表していた。

見ていられなくなったバッツは、ルイズを庇う様に生徒達との間に割って入る。

 

「なんだお前は?平民の分際で俺達に楯突くつもりか!?」

 

そういって脅しにかかるが、無言で睨み付けるバッツの威圧感に負けておずおずと引き下がる。幾多の死線を乗り越えた歴戦の勇士であるバッツが放つオーラは、温室育ちの貴族の子弟には耐え切れるものではなかった。

一睨みで生徒を静めたバッツの姿に、コルベールの目が鋭く光る。

最初に現れた時の鎧姿からして只者ではないと思っていたが、正直これほどとは思っていなかった。これまでくぐり抜けたであろう死闘の激しさがうかがい知れる。

これはやはり注意を怠ることは出来ない、と気持ちを引き締める。バッツの手に浮かんだルーンさえもまだ解明できていないのだ。

その存在が新たな混乱の火種とならぬように注意深く見守っていかなくてはならない。

 

 

その後はほぼ何事もなく一日が過ぎ、夕食等を終えてルイズの部屋に戻った。

ルイズは寝間着に着換え、無言のまま机に向かって授業の復習をしているようだ。実は午後の授業でバッツに助けられてから、ルイズはバッツと会話らしい会話を交わしていない。

部屋に妙な気まずさが充満する。バッツは自分に充てられたクッションの上で寛ぎながらも、事ある毎にルイズの様子を窺っていた。

 

「失望したでしょ」

 

いきなりルイズが切り出した。

 

「私の渾名、『ゼロのルイズ』の意味が良くわかったでしょ。メイジだ何だと言っても、ろくに魔法も使えない落ちこぼれが主人だなんて、ほとほと嫌になったでしょ」

 

こちらに顔を向けず、机に向ったまま捲くし立てる。

 

「私は落ちこぼれだから、『召喚の儀式』も失敗したの。使い魔も満足に呼べなくて、あんたみたいな平民を呼んじゃったの。わかってるのよ、あんたが帰りたがってるのくらい。あんただって人間だもん、帰る場所くらいあるわよね」

 

両手を強く握りしめ、机を強く叩く。

 

「でも、あんたは帰っちゃダメなの。あんたに居なくなられたら、私はどうしたらいいかわかんないんだもん。我儘なのはわかってるんだもん」

 

ただならぬ様子に、バッツは体を起こしルイズに近寄る。

 

「お笑い草よね、使い魔に庇われるメイジなんて」

「使い魔は主人を守るものなんだろ?」

「守られるのと庇われるのじゃ大違いよ」

 

ルイズは自嘲気味に笑う。

 

「少しでも魔法が使えるようになれるように、精一杯勉強したわ。他の人の何倍も、何十倍でも。でも一向に魔法は成功しない。もし、このままずっと魔法が使えなかったら……」

 

言葉に詰まる。バッツにすがる様にしがみ付くと、今まで抑え込んでいたものが一気に溢れ出て来るように言葉を続ける。

 

「私……私、貴族でいられなくなっちゃう。貴族じゃなくなったら、私はどうしたらいいの?ねぇ、教えてよ?貴族じゃなくなったら、私、どうやって生きたらいいの?ねぇ……?」

 

流れ出す涙を気にする事も無く、まるで子供のように泣き出す。

バッツにとっては突然の事であったが、ルイズにとっては何年も溜めこんでいた悩みなのだ。

物心付いた時からの劣等感。生まれて初めて「自分が魔法に関して落ちこぼれである」と自覚してからずっと心の中に巣くってきた暗い感情。

長年、誰にも相談する事も、打ち明ける事すら出来なかったこの思いの丈の全てを、昨日出会ったばかりの使い魔に打ち明ける気になったのは何故だろう。

なんのしがらみも無いから、気安かったのかも知れない。初対面でいきなり泣き顔を見せてしまったから、もう気負うところが無くなってしまったのかもしれない。

自分に一番近しい存在である使い魔に悩みを聞いて欲しかっただけなのかも知れない。或いは、あまり厚遇しているとはいえない自分でも、庇ってくれたのが嬉しかったからかも知れない。

理由は自分でもわからない。でも、話してしまった。一度口から流れ出たら、もう止められなかった。

 

 

バッツは、自分にしがみ付き、泣きじゃくる少女に掛ける言葉か見付からなかった。この少女の涙を見るのは昨日に続いての2度目だった。

この娘が抱える悩みは自分には理解できない。自分はこの世界の人間じゃないし、貴族なんてものでもない。

生まれてから今までの大部分時を旅を枕にして過ごしてきたバッツの心を縛るものは存在しない。

だから、貴族という立場に縛られて生きるルイズの心情を真に汲みとることは出来ないし、かと言って安い慰めの言葉を掛けられる雰囲気でもない。

何も出来ないバッツは、自分の唯一出来る事、即ちルイズの気の済むまで胸を貸すことにした。

 

低い嗚咽の声だけが部屋に響き渡る。いくらかの時が流れた後、ようやくルイズの涙は止まった。

ルイズの涙と鼻水で汚れたバッツの胸をみて、二人で笑う。

ひとしきり泣いて心が落ち着いたのか、ルイズからほんの少しだけ険がとれた気がした。

 

「あ~あ、なんでこんな奴にみっともないとこ見せちゃったんだろ。我ながら、一生の不覚ね」

「悩みくらいなら幾らでも聞いてやるよ。俺に出来ることがあれば、何だって協力するし」

「ありがと。ま、期待してないけどね」

 

そう言うルイズの顔は何処か晴れやかである。

 

悩みをぶちまけたものの、それで「魔法が成功しない」という現実が何か変わったわけではない。

しかし少なくとも、これからは一人で悩むことはなくなったのだ。素性もわからないこの使い魔であるが、少しは心の支えになってくれそうだ。

他の生徒を黙らせるくらいには役に立ちそうだし、魔法の練習にも付き合ってくれるかもしれない。

ふと、コルベール先生の言葉がよみがえる。バッツが来てくれたお蔭で、今これだけ心が軽くなれたのだ。それが先生の言う「良い未来」の一端なのかもしれない。

もっとも、普通の使い魔が来てたらこんな思いをする事も無かったのかもしれないけれど。

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