水晶と虚無   作:is.

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第06話 ギーシュの決闘

「ハァ~~生き返るねぇ」

 

砥石で研がれて、デルフリンガーがそんな声を上げる。風呂にでも入っているかのような台詞につい笑ってしまう。

まぁ、錆を落とす行為は人間が垢を落とすのと似ているのかもしれない。ならば剣にとっては気持ちいモノでも不思議では無い。

 

「それにしてもしつこい錆だな。中々落ちないぞ、コレ。一体どのくらい放ったさかれてたんだよ」

「あ~?良く覚えてねえなぁ。あの店に居たのはほんの二十年くらいだけどよ、その前はずっと他の店とか転々としてたからなぁ。ここ何百年かは碌に手入れしてもらった覚えはねぇな、よく覚えてないけど」

「何百年って……あんたそんなに古い剣なの?その割にはしっかりしてるじゃない。普通ならそんなに放っとかれたら先ず使い物にならないわよ。」

 

バッツが剣を研ぐ横で本を読んでいたルイズが会話に加わる。

「固定化の魔法でも掛けられてるのかしら?でもそうだったら錆びるのはおかしいわよね……」と何か考え込むようにブツブツと呟く。

バッツも同じことを考えていた。錆の厚さの割に、刀身はしっかりしている。普通、これ程までに錆びていたらもっと脆くなっていてもおかしくない。

しかしこのデルフリンガーは違う。錆の量こそ多いものの、それを感じさせないだけの丈夫さがまだ残っている。

正直、錆さえ無ければ十分に使用に耐えられそうな様子なのだ。勿論、錆さえ落ちれば、の話だが。

実はデルフリンガーを購入してから2日ほど経つのだが、未だに錆が落ち切らない。確実に錆は薄くなっているものの、まだ半分くらいだ。

 

バッツ達は今、昼食後の休憩時間を利用して学院内の中庭で研ぎ出しを行っている。

かなり多めに取られている休憩時間のお蔭でこうして作業することが出来るのだ。最初はルイズの部屋でするつもりだったが、猛烈に反対された。

この中庭には他にも何人かの生徒が居り、皆思い思いの場所で休憩をとっている。

屋外に設えられたテーブル席でお茶を飲む者、芝生の上で寝転がる者、使い魔と戯れる者とその過ごし方は様々だ。

バッツ達は他の生徒から離れた、水場に近い木陰で道具を広げて作業をしている。

気分の良い日はもう少し離れた場所、他の生徒たちから見えない場所でルイズの魔法の練習に付き合ったりしている。付き合うというよりはただ見ているだけなのだが。

今日は立場が逆で、バッツの剣を研ぐという物珍しい行為をルイズが隣で見ているのだ。

実はルイズが読んでいる本は、図書館で借りてきた刀剣に関する書物だったりする。デルフリンガーの来歴なんか調べる気はさらさら無いが、武器というものに少し興味が沸いたのだ。

デルフリンガーとやり取りしながら刀身を研ぐバッツの姿に、もし自分が錬金をまともに使えたらこんな事させなくて済むのかなとは思うものの、楽しげなその様子にそんな悩みは些細な物と気付く。

 

なんだか心穏やかに過ぎてゆく午後のひと時。

心なしか吹きすぎてゆく風さえも心地よい。

 

そんな穏やかな時間もあっけなく打ち破られた。

 

庭の中央辺りのテーブルから、大声が聞こえてきた。ドスの効いた低い声が当たりに響き渡る。

見れば、黒マントの女子生徒が紫マントの男子生徒に絡まれていた。テーブル席に座る女子生徒の顔には見覚えがあった。

 

「あら、モンモランシーじゃない。どうしたのかしら?上級生に絡まれるような娘じゃなかったと思ってたんだけど」

 

ルイズがそう言うのを聞き、バッツも漸く思い出す。名前までは知らなかったが、確かにルイズのクラスメイトの一人だ。

紫マントの方が何か喚き散らしている。何を喚いているのかと、野次馬根性でデルフリンガーを持ったまま近くへと向かってしまう。

「やめときなさい、碌なことにならないわ」と言うルイズも気になるのか、バッツと同じく足がテーブルへと向かう。

 

「ちょっ、ちょっと待てよ相棒!まだ研ぎが終わってねぇんだけどよ!」

 

そういうデルフの声は耳に届かない。

 

不思議な事に、騒ぎの中心たるテーブルの周りには人だかりが出来ていなかった。止めに入る生徒がいてもおかしくは無い状況のだが、皆一様に遠巻きに眺めるだけである。

遠巻きに、ヒソヒソと何事かを言っているだけだ。良くは聞き取れないが、恐らくは男子生徒への非難の言葉なのだろう。

あまり目立たないように、他の生徒達に混ざって騒ぎを眺める。すこし離れているが、この距離でも十分に話の内容は聞き取れる。

 

「お高くとまってんじゃねえよ、このガキが!折角この俺様が茶に招待してやろうってんだ、大人しく従ってりゃいいだよ!」

 

なにやら滅茶苦茶な主張を展開している。対するモンモランシーはすっかり怯えてしまっているようだ。

 

「あいつ、『鋼鉄』のリヒャルトじゃないか?また強引に女の子を口説こうとしているのか!?」

「はっ、ゲルマニアの成り上がり者が威張りくさりやがって。本国で親がどれだけのお偉いさんか知らないが、このトリステインでも同じように振舞いやがって……」

「野蛮な野郎だ!」

「いやだねぇゲルマニアの田舎者は。女性の口説き方も知らないと見える。あの女の子も可哀そうに、とんだ迷惑者に目を付けられたものだ」

 

周りで見物する生徒達から口々に文句が漏れる。しかし、誰一人として直接あの男子生徒に言おうとする者は居ない。

 

「この俺様に誘われるなんて光栄なこと断ってんじゃねぇよ」

「あ、生憎ですけど待ち人が居ますの。せ、折角の申し出ですけど、お断りさせていただきますわ」

 

モンモランシーは相手に威圧されてすっかり縮こまってしまっている。声も上ずっているようだ。

 

「この俺様より優先させるなんて、よっぽどの野郎なんだろうな?ええ?これでしょうもない三下だったらわかってるんだろうな?」

「さ…、三下かどうかは知りませんが、わ、私にとっては大切な人ですわ」

 

男の方が更に睨みを効かせてモンモランシーに顔を近づける。その様子は最早貴族というよりは荒くれ者だ。

そんな中、周りの観衆を掻き分けて二人に近づく影がある。巻き癖のついた短めの金髪に他の生徒とは違うフリルの目立つシャツを着た男子生徒だ。その男の顔にも見覚えがある。

 

「モンモランシー!何がどうなっているんだい!?」

「ギーシュ!ああ、良かった。来てくれなかったらどうしようかと思っていたわ!」

「僕にもわかるように説明しておくれ」

 

ギーシュと呼ばれた男子生徒、それもルイズのクラスメイトだった。モンモランシーと同じく、授業中に見かける顔である。

 

「貴様がこいつの待ち人ってやつか?えらく貧相ななりしてるじゃねぇか。こんな奴さっさと別れて俺と付き合えよ」

「何なんだあんたは。彼女が嫌がっているじゃないか。引くときに引く事が出来ない男は嫌われるぞ」

 

ギーシュがモンモランシーを背に庇うように男子生徒との間に割って入る。

 

「何だ貴様ぁ、上級生に歯向かおうってのかぁ?この俺様を『鋼鉄』のリヒャルトと知っているのか?」

「知らないな。例え知っていたとしても、レディに対しての口のきき方も心得ないような輩に上級生も何もないさ」

 

ギーシュが威勢よくリヒャルトと名乗る上級生に言い放つ。小気味の良い担架に周りから軽く拍手まで起こる始末だ。

 

「とにかく、彼女も嫌がってるんだ。大人しく身を引くのが貴族のたしなみってもんじゃないのか?」

 

周りからの拍手に後押しされてか、ギーシュが勝ち誇ったように場を纏めようとする。が、リヒャルトの方は腹の虫がおさまらない。

 

「貴様ぁ、ここまで虚仮にされたのは初めてだ!この落とし前はキッチリとつけてもらうからな」

 

リヒャルトが激昂して杖を抜き、ギーシュに向ける。

 

「決闘しようって言うのかい!?禁止されているの位は知っているだろう?」

「決闘なんて堅苦しいもんじゃねぇよ。『ゲーム』だよ『ゲーム』。負けた方が勝った方に服従を誓うだけの簡単なゲームだ」

「それじゃ決闘と変わらないじゃないか」

 

リヒャルトの口がいやらしく歪む。

 

「二対二でやるんだ、決闘じゃねぇよ。それとも『ゲーム』も出来ないような腰抜けなのか?」

「僕は腰抜けなんかじゃない!!」

「それじゃ決まりだな」

 

リヒャルトが満足げに杖を引く。その傍らには、いつの間にか小柄な男子生徒が立っていた。リヒャルトと同じく紫のマントを羽織り、白い大蛇を連れている。

 

「こっちは俺様とこのクリストフの二人だ。そっちは貴様たち二人でいいぞ。他の助っ人でも構わんがな。時間は午後の授業終了後、場所は『ヴェストリの広場』だ。逃げたきゃ別にそれでもいいが、逃げ出すような臆病者がこの学院にいるとは思わねぇがな」

 

そう言って挑発する。その顔は自分が負けることは無いといった自信に充ち溢れている。

 

「そういやぁまだ貴様の名を聞いてなかったな」

 

と、リヒャルトがギーシュに向かって言う。

 

「ギーシュ……ギーシュ・ド・グラモンだ」

「ハッ、威勢だけはいいな。ま、こいつは挨拶がわりだ」

 

そういうとリヒャルトは杖を抜き、ルーンを唱える。すると、足下の土が盛り上がり身の丈の倍はあろうかという黒光りするゴーレムが現れた。

手に巨大なハンマーを持ち、全身鎧のようないゴツイ姿は相手を威圧するには十分な威容である。

ゴーレムはいきなりハンマーを頭上高く構えたかと思うと、ギーシュとモンモランシー目がけて振り下ろされた。

正確には二人の前にあるテーブル目がけてなのだが、当然そんな事は判別が出来ないし、突然の事に硬直してしまっていて体が動かない。

「あっ」と言う間にハンマーは振り下ろされ。辺りに鈍い金属音を響かせた。

 

 

金属音……?

 

 

テーブルは木製だ。砕け散る事はあっても、金属音をたてることは絶対に無い。それならギーシュが何か金属の防護壁でも生成したのだろうか?しかしその可能性は低い。なぜなら、ギーシュは杖を抜く事すら出来ていないのだから。

それならこの金属音の発生源は一体何のだろうか?皆の視線がハンマーの先に注がれる。

ハンマーの先、ギーシュ達の前には一人の男が立ってた。青い質素な服に身を包む姿は、どう見ても学院の生徒ではないし、教師でも無い。……バッツだ。

あまり太いとは言い難いその両腕でゴーレムの巨大なハンマーを支えている姿は、なにか悪い夢を見ているようである。よく見るとハンマーと両手の間に一振りの剣が握られている。それが音を放っていたようだ。

いつの間にそこまで移動したのか、二組の間に割って入る様子に、ほんの今まで自分の傍に居たはずのルイスは目を白黒させる。

確かに自分と一緒になってこの騒ぎを傍観していたはずなのである。それが、いつの間にか騒ぎの中心に踊り出ている。目立つのが嫌とかそういう感情ではなく、単純にその素早過ぎる行動に驚くばかりであった。

 

「何だぁ貴様は。平民の分際で貴様も俺様に楯突こうってのかぁ?」

 

リヒャルトがバッツにまで噛みつく。が、バッツは動じない。

 

「どう見たってあんたが悪い。ここは大人しく引き下がれ」

 

ハンマーの力を逸らし、地面に叩き落とすとバッツはそう言ってリヒャルトと対峙する。ハンマーの落ちる衝撃が辺りに低く響き渡る。

 

「けッ。あ~あ、気分が削がれたぜ。ギーシュとかいうの、忘れんじゃねぇぞ」

 

そう言い残すとリヒャルトはクリストフを引き連れ去って行った。それに伴い周りの見物客も三々五々散って行った。

残ったのはギーシュとモンモランシー、そして彼らを知り心配する幾人かだけであった。

 

 

 

「それにしても小気味いい啖呵だったわねぇ、ギーシュ。で、あいつらに勝つ自信があるの?」

 

そう言うのはキュルケだ。所詮は他人事なので気楽なものである。他にも何人かクラスメイトがギーシュを取り囲んでいる。

 

「それにしても厄介な奴らに目を付けられたもんだなぁ」

 

そう言うのは小太りの男子生徒で名前はマリコルヌ。良く言えば温厚そうで育ちの良い、悪く言えば愚鈍な温室育ちといった風貌をしている。

 

「厄介って、何がだい?」

「ギーシュ、君は本当に知らないのかい?『鋼鉄』のリヒャルトって言えば、この学院でも1・2を争う荒くれ者なんだぞ?」

「生憎、僕は男に興味は無いんでね。僕の心にあるのは常に女の子達……もといモンモランシーの事だけさ」

 

そう言ってキザに薔薇を掲げる姿は、本当に女の子以外に興味が無いようだ。

 

「興味無いって……相手はラインとトライアングルのメイジなんだよ!?確かギーシュはドットだったよね。そんなんでホントに勝てるの?」

 

マリコルヌによれば、『鋼鉄』のリヒャルトの方が土系統のラインメイジであり、もう一人のクリストフという生徒、彼は『毒蛇』の二つ名を持つのだが、こちらは水系統のトライアングルメイジだというのだ。

よく二人でつるんでは『ゲーム』と称した決闘騒ぎを引き起こしているらしい。勿論、戦績は全勝無敗である。

そんな二人に対しギーシュは土のドットメイジであり、モンモランシーはそもそも決闘に向くような魔法が得意ではない。

相手に対し完全に格下のギーシュ達がこの『ゲーム』に勝てる確率は限りなく低い。むしろ何か奇跡でも起こらない限り勝つことは無いだろう。

駄目押しをするようにキュルケがマリコルヌの後に続く。

 

「あのリヒャルトっての、あたしと同じゲルマニア出身なんだけど、まぁとにかく本国でも評判が良くないのよ。あいつの家自体が金に物を言わせてのやりたい放題だし、良く思っている人間なんていないのよ。下手に地位があるもんだから、この学院の教師も手が出しづらいって訳。つまり、あいつは野放しなのよ」

 

お前もそうだろう、という周りからの言葉を気にもせずキュルケは涼しい顔だ。そもそも、自分の事は多少なりとも自覚しているキュルケをしてこうまで言わせるのだ。リヒャルトという男の素行の悪さがうかがい知れる。

素行が悪いだけならまだしも、本人がそれなりに強い力を持ってしまっているのが始末が悪い。その上、クリストフというトライアングルクラスが腰巾着として付き従っているのだ。

まさに我が物顔で学院内で闊歩するこの二人を快く思う者は、教師を含めこの学院内には居ない。

 

やいのやい騒ぐの生徒達の輪から少し離れたところでルイズとバッツは座っていた。午後の授業まではもう暫く時間がある。

 

「それにしても酷ーぜ、相棒。研ぎは途中で止めちまうし、挙句の果てにはあんなゴツイハンマーを受け止めさせるなんてよ。折れたらどうすんだよ、ホント」

 

不満を漏らすデルフリンガーに、バッツは謝ることしかできない。謝罪がわりにデルフリンガーの研ぎを再開しているが、

 

「折角相棒が出来たってのにいきなり折れたんじゃ、笑い話にもなんねぇよ」

 

と、デルフリンガーは完全に拗ねてしまっていて、中々機嫌を直してくれない。

そんな二人の横からルイズがバッツに質問を飛ばす。

 

「ねぇあんた、さっきは何時の間にあんな所まで行ったわけ?」

 

あんな所、とはギーシュ達の近くの事だ。確かに、誰もが微動だに出来なかったあの瞬間にバッツのみが的確に動き、二人を守る事に成功したのだ。

事前に近寄っていた、なんてことは無いだろう。そうであれば何かしら視界に入って気が付いているはずだ。しかしどう思い返しても、あの時はバッツが突然あの場に現れたのだ。

 

「ん?あぁ、『危ない』って思ったら自然に体が動いていたんだ。なんて事は無いさ。ただ、ああいう場面は君達より慣れているってだけで」

 

デルフリンガーを研ぐ手を休めず、そうバッツが答える。当たり前だと言わんばかりにさらりと答えるその姿に、ルイズは今更ながらこの男がタダ者ではない事に気付き始める。

メイジに対して一歩も引かない態度は、メイジの恐ろしさを知らないのか。はたまたメイジの事など意に介さないくらいの力を持っているのか。

 

「おーい、ルイズ」

 

突然、ルイズの名前が呼ばれた。声の主はギーシュだった。ルイズは何故自分の名前が呼ばれるかは分からないままに、しかし、取り敢えずは声の方へと歩み寄る。

 

「なによ、ギーシュ」

「突然で悪いんだけどさ、君の使い魔君を貸してもらえないか?」

「はぁ?」

 

話の内容はこうだ。『ゲーム』という名の決闘に向かうに、頭数が足りないのだ。モンモランシーに決闘なんてさせるわけにはいかない。

彼女が決闘向きで無い事も理由の一つではあるが、女性にあんな粗暴な男の相手をさせたくない、というのがギーシュの素直な気持ちだった。

『ゲーム』は二対二で行われる。でも他に一緒に出向いてくれるような者は誰も居ない。勝って得られる物は自分プライドが守られるくらいだが、負けて失う物が大きすぎる。皆及び腰なのだ。

そこで、ゴーレムのハンマーを受け止めたバッツに白羽の矢が立ったのだ。ドットメイジと平民の組み合わせだが、片やゴーレムをどうにか出来そうな可能性を秘めている。

そうなれば勝てずとも、相手の虚を突いて一矢報いる事が出来るかもしれない。

 

「まぁ、いいわよ。」

 

少しだけ考える素振りを見せた後、ルイズはあっさりと承諾した。ギーシュとしては渋られるのを覚悟していただけに、肩透かしをくらった気分だ。

呆け気味のギーシュをよそに、ルイズが今度はバッツに向かい直す。

 

「聞いたわね。このギーシュに協力して頂戴」

「何で俺が」

「クラスメイトが困ってるのよ。こういう時に助けてあげるのが貴族ってもんでしょうが」

 

なら自分でやれよ、という言葉を飲み込むバッツ。ただでさえ魔法が使えないどころか、他に格闘技も使えそうもないルイズがあんな奴らを相手にするのは流石に無理があるだろう。

それでも何とかしてあげようと思うのは感心する。それがルイズの友達思いの一面の表れなのか、それともただ単に貴族の建前からくるのかは判別しかねるが。

 

「やれやれ、困ったご主人様を持ったもんだ」

 

肩をすくめるのはこちらに来て何度目になるだろうか。この世界に来てからずっと、ルイズに振り回されている気さえする。

授業が始まる時間が近づいた事を知らせる鐘が響き渡る中荷物をまとめて、デルフリンガーと話しながら教室の方へと歩いていくバッツの後ろ姿を見つめるルイズ。

もしかしたらこの男の実力が分かるかもしれない。そんな期待がぼんやりと心に渦巻くのであった。

考えてみれば、自分の使い魔の素性すら知らないなんておかしな話だ。

でもこれでバッツの事が少しは分かるかもしれない。少なくとも、使い魔として選ばれた理由くらいはわかるだろう。

不謹慎にも放課後の決闘が密かに楽しみになってくるルイズであった。

 

 

 

同じ頃、学園の中央にそびえる本塔内の図書館奥深くに一人の影があった。年の割に薄くなった頭が最近気掛かりな、コルベールその人だ。

ここ数日は授業の受け持ち無い時間を全て、この図書館で書物を漁るのに費やしている。バッツの左の手に浮かんだ謎のルーンを解明するためだ。

取り敢えず手近な所から探し始めたが、一般生徒が閲覧できるような書架には満足いくような資料は無かった。これはある程度予想していた事ではあったが。

その次に向かったのは教師のみが閲覧を許される『フェニアのライブラリー』だった。ここは教師専用という事で、一般書架とは収められている書物の内容も量も年代も段違いな物ばかりだ。

片っぱしから本を漁るものの、中々満足のいく内容の本は見つからない。もうこうして本を漁る作業は何日目になっただろうか。

一人黙々と書物を読み進めていく。

既に目ぼしい物はあらかた読み終わったが、まだ謎のルーンのヒントすら手に入っていない。

流石に何時間も同じ作業を続けていると飽きて来る。全く結果が伴わないのが余計疲れに拍車をかける。

集中力が途切れてしまったので何か気分転換をしようかと思い立つが、なにぶんここは図書館の最深部、本以外には何も無い。

一旦外に出る事も考えられたが、再びここまで入ってくるのには少々手間が掛かる。

 

何をしたものかと、ふと顔を上げると一冊の本が目に留まった。

 

周りの本に比べ明らかに古ぼけた外装のその本は、異様な存在感を放っていた。その本の題名は『始祖ブリミルと使い魔たち』。文字通り始祖ブリミルとその使い魔の事が記されている。

同じような内容の本ならそこら辺にゴロゴロしており、特に目を引くような内容ではない。

しかし、何か気になるところがある。先ず第一に、この図書館に於いてこれほど古びた本が存在するという事自体が不自然である。

この図書館の蔵書はほぼ全て『固定化』が掛けられており、その呪文の効果により劣化することは殆どない。まあ、『固定化』自体が永遠不滅の効果を持っているわけではないので、一度『固定化』を施しても百年単位で劣化することは大いにあり得る。

しかしながら、ここ魔法学院では書物の保存のために数十年に一度は全ての蔵書に対し『固定化』を掛け直しているのでそうそう劣化なんかしない。

とすると考えられるのは、この本がこの図書館に来た頃には既に古ぼけていたか、『固定化』の魔法では劣化が抑えられない程に昔の書物なのか。

二つ目に気になるのは、記載されている文章の字体が余りにも古いものだという点だ。コルベール自身に古代文字の知識があったからなんとか読めるものの、そうでなければ内容の理解の前に文字すら読めない。

内容としては、始祖ブリミルについての記載があり、続いて使い魔それぞれについて書かれているだけの単純なものであった。

書いてある事もありきたりの事ばかりで、この本が古いという点以外になにも目ぼしい記述は見当たらない。

 

また外れを引いたかと思ってページを捲ると、次は一番目の使い魔についての項目だった。

正直、始祖やその使い魔については、お伽噺や昔話など民間伝承の類を通じてこのトリステインに住む者ならば知らない者など居ない。何もこんな本で教わらなくても、十分に知られているのだ。

最初にこの本を手に取った時程の期待感も無く、ただなんとなくページを進めていったコルベールの目に思いがけない物が飛び込んでくる。

 

それこそまさに探し求めていた物、つまりは謎のルーンについての記述だった。

全く意外な事に、あの平民の男に宿ったルーンは、始祖に付き従った伝説の使い魔の物と一致したのだ。あわてて書き写したスケッチと見比べる。

間違いない。あの謎のルーンの正体は伝説の使い魔のものだ。なぜ「満足に魔法も使えないメイジが召喚した平民」なんて規格外れもいい所のモノにこのルーンが現れたのか。

原理も理由も分からない。ただ一つだけ明らかなのは、あの男は伝説の使い魔と同じ力を持っている可能性があると言う事だけだ。そしてそんな使い魔を召喚した生徒もまた、始祖ブリミルに関わる何かを持っているのかもしれない。

大変なことになった。

これはもう自分一人でなんとかできる問題では無い。慌てて学院長に相談に行こうとするコルベールの目に、気になる一文が飛び込んできた。

 

『神の左手ガンダールヴ。始祖を守りし最強の剣にして楯。その力幾万の軍団にも劣る事は無い。最も忠義に堅き始祖の剣。最も勇敢なる孤高の戦士。そして最も優しき慈愛の勇者。しかし奴を信用してはいけない。奴こそは最悪の裏切り者にして最大の敵なのだから』

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