水晶と虚無   作:is.

7 / 25
第07話 ゲーム

学院の中央にそびえ建つ、ひときわ高い塔の最上階にこの学院最高責任者の部屋がある。

部屋の真ん中に据えられたテーブルに腰掛ける老人こそが、トリステイン魔法学院の長であるオスマン氏だ。

長い白髪と口髭、そして顔に刻まれた深い皺が彼の波乱万丈の人生を物語っている。一説には百歳とも二百歳とも言われる彼の実年齢を知る者はいない。

もしかしたら本人でさえ既に忘れてしまっているのかもしれない。

本名も知る物はおらず、皆「オスマン氏」または敬意を込めて「オールド・オスマン」と呼ぶ。

トリステインでも指折りのメイジである彼の部屋には、もう一人の人物がいた。

コルベールである。

図書館での発見の報告にやって来たのだ。

 

「それでコルベール君、君はあのヴァリエールの末娘が召喚した平民が、伝説にある始祖の使い魔だというのじゃね?」

「正確には、始祖の使い魔の内の一人、『ガンダールヴ』と同じ力を持っている可能性があります」

 

オスマン氏の問いに、コルベールが神妙な面持ちで答える。

 

「『ガンダールヴ』とはのぅ……。流石にワシも伝承で語られる以上の事は知らん。始祖を守る為に、たった一人でも幾千の軍勢に怯まず戦い続ける事が出来るとか、あらゆる武器を使いこなせるとか、何れも俄かには信じがたい内容ばかりじゃからのぅ」

「仰る通りです。伝承とは長い年月の中で誇張が繰り返されている物ですから、流石に一人で軍隊に匹敵する働きは出来ますまい。」

「しかし別の伝承では、ガンダールヴは長すぎる『虚無』の呪文詠唱の間の無防備な始祖を守るための使い魔、ともある。『虚無』の呪文がどれ程までに長大なのかは知る術は無いが、護衛が必要なくらいには長かったのじゃろう。その間、始祖は自分の身を預けるに足る存在としてガンダールヴを生み出したのじゃろうな」

 

呪文詠唱中のメイジとは無防備な存在である。呪文の完成に全身全霊を込めなければならず、その他の事に気を配る余裕など一切無い。それはどんな熟練者でも変わる事は無い。どんなに研鑽を磨いたとして、同じ呪文ならば多少早く唱え終わるくらいが関の山。

それゆえ、現在の魔法の多くはルーンの文法整理や圧縮言語の多用等により、出来うる限り呪文を短くしている。それも始祖が現在の魔法の基礎を築いてから六千年かけて洗練され培われたものだ。

始祖ブリミルの生きていた時代の魔法がどのような呪文を必要としていたかを詳しくは知ることはできないが、少なくとも今現在の物よりは長い物だったのだろうと予想するのは難しくない。

その中でも一際長かったと伝えられる『虚無』の呪文。それは完成までにどれ程の時間を要したのだろうか。数分か、数十分か、はたまた数時間か。とにかく、その間始祖の体を完全に守り抜けるだけの力を与えられた存在、それが『ガンダールヴ』なのだ。

ある意味、最も使い魔らしい使い魔とも言える。

 

「もうひとつ気になる部分があります。ガンダールヴはその力を振るう時、左手に刻まれたルーンが光り輝くらしいのです。これは他の文献には無い記述です」

 

コルベールが本を開き、該当箇所を指し示す。本の内容は古い文字で書かれているものの、そこは学院最高のメイジであるオスマン氏である、さほど苦労もせず読み上げる。

 

「光る左手のルーン、か……」

「左様。そして『光る左手』という文言に何か聞き覚えがあるとは思いませんか?」

 

オスマン氏の呟きに、コルベールが意外な質問を投げかける。ガンダールヴの事は、言うまでも無くトリステイン生まれの者ならば貴族平民の別無く知らぬ者はいない。

しかし、それだけにそこから更に連想される物というのは中々思い浮かばない。オスマン氏はコルベールの問いの意図が汲み取れず、しばしの間考え込む。

始祖と関わりがあり、使い魔で、更には左手が光る……?いや、光る左手で剣を振るう者と考えた方がいいのか?

光る左手……剣を手に戦う、勇ましい者……勇者……勇者??

 

「勇者!『イーヴァルディの勇者』!!」

 

突然、オスマン氏が声を上げた。辿り着いた答えは余りにも意外で、余りにもあり得ない物であったからだ。

 

「その通りです。『イーヴァルディの勇者』、それがこの文献にある伝説の使い魔『ガンダールヴ』と奇妙な符号の一致を見せるのです」

 

『イーヴァルディの勇者』、それはこのトリステインで最も人気のある御伽噺の一つだ。右手に長槍、左手に剣を携えた戦士が竜や悪魔などの怪物と戦う冒険活劇だ。

単純明快で爽快感のある勧善懲悪の物語は子供に大人気なのである。

実は『イーヴァルディの勇者』と一口にいっても単一の作品ではない。様々な作者による同一の題材を扱った一連の作品群の事を指す。同一の題材とは、先述の武器を両手に携え『始祖の加護』を受けた非メイジの戦士の事だ。

主人公となるのは男の時もあるし女の時もあり、年少者である事も年配者である事もある。作者や成立年代によって主人公像は様々だが、『始祖の加護』の元、悪と戦うという設定は一貫している。

その中で最も重要な描写であり、今回問題とされているのが“戦闘に際して、イーヴァルディの左手が光り輝く”という部分だ。

何故左手なのか?何故闘いの時のみ光り輝くのか?そして何故その描写が今回発見された文献にある始祖の使い魔『ガンダールヴ』と合致するのか。

 

「ううむ……」

 

オスマン氏が唸る。

 

「もしも、じゃ。もしも仮に『イーヴァルディの勇者』が伝説の『ガンダールヴ』を元に創られているとして、何故その人物像が話によってあれ程まで見事にバラバラなのじゃ?」

「恐らくは、その大半が『イーヴァルディの勇者』自体を元にした創作だからだと考えられます。つまり本当に『ガンダールヴ』の事を描いているのはほんの一握りで、多くはそれを下敷きにした完全な作り話ではないかと推測されます。或いは、最悪の場合……」

 

コルベールが言葉を濁す。

 

「最悪の場合、その数だけ『ガンダールヴ』が存在していた、という事……か」

 

考えたくない、といった表情でオスマン氏がコルベールの言葉に続ける。

始祖がこの世に降臨してから六千年経っているのだ。その間に今回のようにガンダールヴのルーンを宿した使い魔が存在していても、可能性としては無いとはいえない。

そのどれもが人間であったと考えるのは難しいが、もしかしたらガンダールヴは人間にしか宿らない特性を持ったルーンという可能性も考えられる。

そもそも、今回発見された文献が事実を伝える物かどうかも分からないのだ。

ただ「古い」という事はわかるものの、その内容が正確かどうかは知る術が無い。しかし、長い時の中で故意かどうかは分からないが削ぎ落されてしまった記述がある。

 

「『固定化』の影響下にあってもこれ程迄に傷みが激しいという事は、かなりの年月が経過している事が考えられます。最初に『固定化』を施された時点で既に傷んでいたという可能性も考慮に入れなければなりませんが、使用されている文字や書体などから推測するに少なくとも三~四千年は昔の物と考えられます」

 

二人の間に流れる空気が重い。もしこれが本当に『ガンダールヴ』のルーンであるのならば、それは何を意味するのか。

始祖が没してから六千年の時を経て、現代に降臨した伝説の使い魔。それはただの偶然なのか、それともこれから起こる未曾有の異変の前触れなのか。

 

「彼の者が本当に伝説の使い魔かどうか、それはこれを見れば何か糸口が掴めるかもしれんの。全く、留学生という立場を逆手に取った無法ぶりにも、今回ばかりは感謝せんといかんかの」

 

そんなオスマン氏とコルベールの傍らには大きな姿見のような鏡が置かれている。しかしその表面には室内の様子は映っておらず、その代わりに学院内の一角が映し出されていた。

ギーシュとリヒャルトの決闘の場である。既に生徒の人だかりが出来ており、その輪の中心で二組の生徒が睨みあっている。

 

「『学院内での決闘は、如何なる場合に於いてもこれを固く禁じる』という規則も有名無実となっておるのも事実じゃが、それでも堂々と違反されるのはあまり気分がよくないのう」

 

とオスマン氏が不満を漏らす。魔法学院はトリステイン国内ではそこそこ大きな権力を持つものの、それは国内での話。一歩国外に出てしまえばその威光は何の意味もなさない。

だから、留学生に対してはある程度の強制力は持つものの、下手を打てば外交問題にもなりかねないのであまり強硬な姿勢には出られないのだ。

そこに付け込んで好き放題するレイモンドのような例も稀に現れる。もっとも、大半の留学生は大人しいものなのだが。

 

「『ガンダールヴ』の実力がどれ程の物かは分からん。だが、相手はトライアングルにラインじゃ。万に一つでも勝つような事があれば、その時は認めざるを得んのう」

 

自慢の長い白髭を触りながらのオスマン氏の言葉には、大きな不安とわずかな期待とが渦巻いていた。

 

 

 

 

日差しも傾き始めた長閑な午後、学院内の一角である『ヴェストリの広場』は異様な緊張に包まれていた。

百人は下らない人だかりが、二組の人物を囲んで輪のようになって集まっている。中心に立つのはバッツとギーシュ、リヒャルトとクリストフの二組四名だ。

 

「逃げずに来た事だけは褒めてやろう。てっきり怖気づいてるもんだとばかり思ってたんだがな」

 

最初に切り出したのは『鋼鉄』のリヒャルトだ。不遜な笑みを浮かべ完全に相手を見下した態度が、絶対に負けることは無いだろうという自信を窺わせる。

対するギーシュからは余裕が感じられない。当然だろう、自分はドットであるのに対し、相手はラインとトライアングルという完全に格上なのだ。

その隣ではバッツが飄々と佇んでいる。ギーシュからしてみれば、今の状況がよく呑み込めていないお気楽な態度にしか映らない。

ちらりと周囲の観客に目をやると、モンモランシーをはじめクラスメイトも何人か見受けられる。キュルケやデルフリンガーを抱えたルイズもいる。

 

 

時は少し遡る。『ゲーム』開始の少し前、作戦会議中の事だ。

ギーシュとバッツがお互いの役割について話し合っていた。

なんとしてもリヒャルトを自分の手で叩きのめしたいギーシュは、リヒャルトの相手をメインに据えることを熱望した。そこには、トライアングルメイジを相手にするより、ラインメイジの方がまだ幾分勝機があるという心積もりも含まれている。

しかしバッツは相手の力量どころか、ギーシュの実力さえも知らない。授業中の態度からだけでは流石に推し量ることは不可能だ。だから、

 

「君は何が出来るんだ」

 

というバッツの質問も当然の事だ。ギーシュはやや顔をしかめたものの、バッツが使い魔として召喚されてからまだ余り日が経ってない事を思い出し、渋々と答える。

 

「僕は二つ名の通り、青銅のゴーレムを生成して戦わせる事が出来る。もっとも、僕の場合はゴーレムなんて無粋な名前じゃなくてワルキューレと呼んで欲しいけどね」

 

さらには日に七体まで生成できるという。一体一体の戦闘能力がどれ程のものかはわからないが、巧く使えば勝機も見出せるかもしれない。

 

「反対にこちらからも質問させてもらうが、君はどうやって戦うつもりなのかい?まさかあの錆だらけの剣で戦うつもりじゃあないだろうね?」

 

ギーシュがデルフリンガーを指差して尋ねてくる。

 

「いや、今回はまだ使えない。研ぎもまだ終わってないし、何より試し斬りも未だなんだからな」

 

隣からデルフリンガーの非難の声が聞こえてくるが、気にしない。さっきは手元にデルフリンガーしかなく、咄嗟に使ってしまったが本来は未だ使える状態ではない。

折角買ったばかりの喋る剣なんて面白いものを壊してしまいたくはないのだ。

じゃあどうやって戦うのか、と傍にいたルイズから質問が飛ぶ。少し悩んだ後、バッツは逆にルイズに選択をさせた。

 

「凄く良く切れるけど見た目が凄まじく地味な剣と、そこそこの威力で見た目が派手な剣、どっちがいい?」

 

手持ちの剣の中からピックアップしたのはこの二種類だった。正直な話、さっき攻撃を受け止めた際にゴーレムの硬さには大体見当がつけてある。

せいぜい学生同士の小競り合いと、そこまで深刻な戦いにならないと予想したバッツは、武器の選択をルイズに任せるという遊び心を加えてみたのだ。

 

「地味なのと派手なのじゃ、派手なのが良いに決まってるじゃない。それであの二人をギャフンと言わせてやりなさい」

 

ルイズは即答した。その答えを受けて、バッツは道具袋から二振りの剣を取り出す。小さな袋から剣が二本も出てくる様に少し驚く一同だが、各々の中でそれなりの理由を考えたのか、シエスタのように仰天するようなころはなかった。

取り出した剣の刀身はそれぞれが燃えるような紅い色をした物と、凍るような冷たい青色をした物だった。

 

「これは?」

 

とルイズが興味深々に訊いてくる。そういいながら刀身に触れようとしたので、慌ててそれを制した。

 

「これは『フレイムタン』と『アイスブランド』だ。見た目の通りの剣だから、危ないから刀身には触るなよ。火傷とかしたくないだろ?」

 

何故剣に触れただけで火傷しなければならないのか、バッツは細かく説明はしない。不思議には思うものの、妖しく輝く刀身を見ているとそれがまんざら嘘ではない様な気がしてくる。

“見た目通りの剣”という言い回しも少し気になる。そういえば、剣に手を近づけると若干気温が変化しているようにも感じられる。

 

「こんな剣を持ってるんだったら、わざわざあのオンボロ剣を買うことはなかったじゃないの」

「誰も『剣を持ってないから買ってくれ』なんて言ってないだろ?俺は武器屋を見て回りたいと言っただけだ」

 

ルイズの軽い非難も何食わぬ顔でサラッと受け流す。オンボロ呼ばわりされたデルフリンガーは気分を悪くしたようだが、それがルイズの性格と分かり始めているのか特に何も言わない。

二振りの剣を腰に下げると、それでもう準備は完了だ。特に防具を付ける事も無い。第一、学生同士の喧嘩に全身装備を固めて挑む事もあるまい。これで十分だ。

もしもの時の為に、道具袋の中の回復アイテムの数だけ確認しておく。エクスデス戦でかなり消耗したものの、予め大量に揃えていたおかげでまだ在庫は十分にあった。

 

「それと」

 

コホンっと軽く咳払いをしてルイズがおもむろに切り出した。

 

「今月分の残りのお小遣い、あんた達が勝つ方に賭けたから、負けることは許されないわよ。サラマンダーよりは役に立つっていうあんたの実力、たっぷりと見せてもらうわ」

「賭けって……おい、聞いてないぞ」

 

なんでも、リヒャルトがこの『ゲーム』をする時には同時に賭けが行われるのが通例らしい。もちろん賭け事も校則で禁じられてはいるが、そもそもそんなものを守るような輩ではない。

最近はリヒャルトの勝ちが見え見えで、賭けが成立するギリギリの状態らしいが。

 

「あたしもクラスメイトのよしみであなた達に賭けてあげたんだから」

 

キュルケもこちらに賭けたらしい。本当はどちらが勝っても損が無いように賭けるという抜け目のない事をしているのだが、もちろんそんな事はバッツ達には分からない。

 

「これじゃ更に負けられなくなったじゃないか!全く、こんなに皆から激励されて嬉しくて涙が出て来るな」

 

ギーシュが皮肉交じりに弱音を吐く。

 

「でも大丈夫だよ、僕のモンモランシー。君を困らせる奴はこの僕が必ず後悔させてやるんだから」

 

弱音を吐きつつも、モンモランシーにアピールする事は忘れない。その根っからの色男ぶりには半ば呆れながらも感心してしまう。

 

 

 

そういった経緯もあり二人は『ゲーム』の場へと赴いた。

ルールは簡単だ。相手の杖を叩き落すか、降参の意を示させれば決着が付く。

ギーシュにしてみれば、勝算はあまり無い、しかし負けられない闘いだ。モンモランシーにちょっかいを出したのは許せないし、自分の意地もある。臆病者呼ばわりされて引き下がっていては貴族としての、男としての沽券に関わる。

 

 

しばしの睨み合いが続いた後ギーシュとリヒャルトが一斉に杖を抜いた。開始の合図だ。

それと同時にバッツがクリストフに向かって駆け出す。右手にフレイムタンを、左手にアイスブランドを握っている。

突然、バッツは何かに吹き飛ばされた。見えない壁にぶち当たったかのような感触である。それが風系統の呪文『エア・ハンマー』である事に気付くのにしばらくかかった。

見えない攻撃、しかしバッツは怯まない。巧く受身を取ったバッツは再びクリストフ目掛けて走り出す。

冷静に観察すれば、攻撃自体は見えないものの相手の杖の動きで仕掛けて来る大体のタイミングは掴める。

所詮は学生、威力自体は高いが攻撃方法になんの捻りも無い。攻撃の間隔も単調で一度コツを掴んでしまえば、避けるのはわけない。

エア・ハンマーが効かないとわかると、すぐさまレイモンドは攻撃方法を氷の槍『ジャベリン』に変更した。

しかしそれも余り効果を成さない。連続して飛来する氷の槍を、バッツは両手の剣で巧みに叩き落とす。右手の剣は炎の尾を引きながら氷の槍を溶かし、左手の剣は更なる凍気で砕く。

 

一方、ギーシュとリヒャルトの二人が同時にゴーレムの生成にかかる。リヒャルトは先ほどと同じ巨大な鋼鉄のゴーレムを、ギーシュは人間大の大きさで甲冑を纏った女戦士の姿をしたワルキューレを出現させた。

ゴーレムはギーシュの方が一足先に組み上がるものの、距離を詰める間に相手にも完成されてしまった。

リヒャルトのゴーレムのハンマーと、ギーシュのワルキューレの剣が交差する。力はリヒャルトのものの方が強いのか、ギーシュのワルキューレは押し負けてしまう。が、持ち前の機動性で力の無さをカバーする。

装甲もギーシュの方が幾分劣っている。ワルキューレの攻撃は相手に中々ダメージを与えることはできないが、相手の攻撃は一つでもまともに食らえばワルキューレは粉々に砕けてしまうだろう。

相手を速度で翻弄しながら、攻撃を加えていく。一見するとギーシュの優勢にも見えるが、一撃でも喰らえば即アウトなギリギリの攻防が続く。

 

いくら斬撃を加えても一向に相手に効いている気配がない。所詮ドットの造り出した青銅の武具ではラインの造る装甲は貫き通す事は出来ないのか。

ギーシュに焦りが出始める。その焦りがワルキューレの操作ミスに繋がり、致命的な隙を作り出してしまう。

その隙を見逃すはずの無いリヒャルトが、重い一撃を繰り出す。

予想通りギーシュのワルキューレは一撃で粉微塵に砕け散る。

眼前に迫る鋼鉄のゴーレム。今からワルキューレを作りだしても間に合わないし、間に合ったとしてもまた一撃で粉砕されてしまうだろう。

しかし諦めることは出来ない。一縷の望みを掛けてワルキューレを作り出すギーシュに、鋼鉄のハンマーが迫る。

 

突然、目の前の巨大な影がぐらついた。何がなんだか直ぐには理解できなかったが、良く見ればゴーレムの頭から真っ赤な剣が生えていた。

バッツがギーシュを救うために投げたのだ。

よろめいた隙にギーシュがワルキューレを完成させ、一気にゴーレムに飛び掛る。狙いは頭に刺さったフレイムタンだ。

フレイムタンを握ると、一気に振りぬく。ギーシュの狙いは図に乗り、まるで粘土細工のように鋼鉄のゴーレムが両断される。その様は白昼夢でも見ているかのようだ。

 

ギーシュの作り出す剣では相手のゴーレムに傷を負わせることは出来なかった。しかしバッツの投げたこのフレイムタンはいとも簡単に突き刺さり、おまけにヨロケさせたのだ。

運よく状況を正確に把握できたギーシュはこのわずかな可能性に賭け、そして賭けに勝った。

相変わらず防御力では及ばないものの、取り敢えずは相手に通用する武器を手に入れることに成功した。互角ともいえる状況を手に出来たギーシュは、さらに二体のゴーレムを造りだすと、一気に攻勢に出た。

二体を撹乱に用い、残った一体がフレイムタンで攻撃を加える。一見すると単調な攻撃のようだが、青銅の武器も致命傷にはなりにくいというだけでダメージ自体はある。

おまけにギーシュは追加したワルキューレの武器を刃物からハンマーなどの打撃武器に変更していたため、少しは有効性が上がっている。

それに如何に撹乱用と見え透いていても放っておけばリヒャルト目掛けて突進してくる。嫌でも相手しなければならない。

ドットメイジがラインメイジを押している。この信じられない状況に場の雰囲気は一気に盛り上がる。

 

このまま一気に畳み込むかと思われたが、異変が起こった。

 

まず最初に異変が現れたのはバッツだった。フレイムタンを投げ、アイスブランド一本になっても変わらずに氷の槍を叩き落していたが、その動きが急に鈍くなった。

手足に軽い痺れが走り、剣を振るうのが億劫になってきたのだ。まだそんなに疲れるほど戦ってはいない。しかし、体の動きは不自然なまでに遅くなってきている。

それでも何とか身をよじって攻撃を避けつつ、状況の打開のための知恵を絞る。

相手が何か新たな魔法を使った気配はない。クリストフは相変わらず氷の槍を放ってくるだけだ。

後方で金属の砕ける音がしたのでそちらへ振り向くと、さっきまでは優位に立っていたはずのギーシュのワルキューレが次々と砕かれている。

見れば、ギーシュも膝をつき苦しそうに喘いでいた。杖を落とすまいと懸命に両手で支えているものの、満足にワルキューレを操作できていない。

ギーシュに気をとられ過ぎて、バッツは左肩に氷の槍を喰らってしまう。氷の塊は深々と突き刺さり、出血が激しい。更にはエア・ハンマーでの追撃を受け、ギーシュの傍まで吹き飛ばされてしまう。

青色吐息ながらも、ギーシュはバッツの心配をしてくれる。

 

「その左肩は、大丈夫……なのかい?」

「ああ、少し油断しただけだ。でも、こうしておけば大丈夫」

 

そういって道具袋から液体入りの瓶を取り出すと、中身の半分を傷口にかけ、残りの半分を口に含んだ。何度か左腕を動かすと、まだ痛みが残るが何とか戦闘に耐えるだけには動くようになった。

だが未だ手足の痺れは取れない。

 

「それにしてもいきなりどうした。さっきまではフレイムタンを使って優勢だったじゃないか」

「僕にも良くわからない。突然吐き気を催したと思ったら、あっという間に体が上手く動かなくなったのさ。今じゃ杖を落とさないようにしてるので精一杯だよ」

 

敵はこちらに攻撃を仕掛けてこない。まるでこちらが苦しんでいる状況を楽しんでいるようだ。

相手のその趣味の悪い嗜好が今は有難い。少しでも時間を稼いで何とか体勢を立て直さなくては。それにはこの謎の体の不調をどうにかしなければいけないが、いかんせん原因が不明だ。手の打ちようがない。

実は、これはクリストフが予め作っておいた毒薬を風に乗せてバッツ達に吸わせていたのだ。相手に気付かれないよう、それとなく風を操るのはクリストフにとっては造作も無い事。今までの『ゲーム』に於いても幾度となくこの手を使用し勝利を収めてきたのだ。

手の打ちようはないが、何もしないわけにもいかない。とりあえず道具袋から小瓶を二つ取り出すと、一つをギーシュに渡す。

 

「何だい?これは」

「毒消しだ。気休め程度には効くだろう」

 

一気に薬を飲み干すギーシュ。その苦さに顔をしかめるものの、心なしか体が楽になった気がする。

相手も動き出してきたのを感じ取り、バッツが駆け出す。先ほど吹き飛ばされたときにアイスブランドを落としてしまったものの、果敢にも徒手空拳で挑む。

ギーシュが回復しきっていないのでゴーレムの相手もバッツがしなければならない。

迫るゴーレムに対し、痺れの残る手で無理に拳を作ろうとはせずに掌底と蹴りを主体に応戦する。先ほどまでの体のキレは無いものの、遅れをとるまでには至らない。

多少ジリ貧ではあるが、まだ何とか持ちこたえられる。その間にギーシュが回復してくれるのを願うばかりだ。

バッツにもらった薬により少し体調を持ち直したギーシュだったが、今の状態から鑑みて長期戦は難しいと自己分析した。ならば、全力を賭けた短期決戦しかない。

残る魔力を全て費やし、一体の巨大な青銅のゴーレムを少し離れた場所に生成する。リヒャルトのゴーレムに匹敵するその大きさは、実にワルキューレ三体分の魔力で出来ている。

 

リヒャルトの黒いゴーレムに向かってギーシュのゴーレムが突き進む。ギーシュの体調不良と、不慣れな大きさでの操作が相まって運動性はよくない。

相手のゴーレムに比べて明らかに動きが鈍いのだ。直ぐに何度もハンマーによる攻撃を受けてしまう。

しかし流石は三体分の魔力で作ったゴーレムである、ワルキューレに比べて厚くなった装甲はそう簡単には砕け散ることはない。でも何度も攻撃を喰らううちに亀裂が生じてしまっている。

装甲の破損には目もくれず、ギーシュは一心不乱にリヒャルトのゴーレムに挑みかかる。対するリヒャルトのゴーレムも流石に無傷とはいかず、ギーシュの物程ではないがあちこちにひび割れが出来ている。

ドットメイジの意外な奮戦に周囲の観客が高揚するものの、その終焉はすぐにやってきた。

 

青銅と鋼鉄、その硬度の差を埋めるには力量が足らず、おまけにドットとラインという厳然たる格の違いがある。鋼鉄の巨人のハンマーが青銅の巨人の胴体に炸裂し、ついには砕け落ちてしまった。

勝利を確信するリヒャルト。

崩れ落ちるゴーレム。もうギーシュには魔力は残されていない。だが、その瞳はまだ闘志を失ってはいなかった。

 

崩れゆくゴーレムの中から、一つの影が飛び出す。それはワルキューレだった。ギーシュはこのゴーレムを、一体を芯にして残りの二体分で装甲を作っていたのだ。

最初っから敵わないのはわかっている。ならば、相手が勝ったと思ったその瞬間を狙おうという作戦だったのだ。一瞬でもいい、相手の油断を突き杖を叩き落せればいいのだ。

地を駆けるワルキューレ。

しかし、その前に黒い巨人が立ちはだかる。

 

「大方そんな事だろうと思ってたぜ。でもその程度の策じゃ俺様を出し抜くことは出来んなぁ!!」

 

リヒャルトが勝ち誇って叫ぶ。鋼鉄のゴーレムはハンマーをワルキューレを目掛けて振り下ろす。

しかしワルキューレは止まらない。止まるどころか、攻撃を避けると逆にゴーレムに向かって飛び掛った。

剣を両手で握り、頭上高く振りかぶる。跳躍の勢いも乗せた渾身の一撃が放たれた。

ゴーレムは避けようとしない。リヒャルトにはわかっているのだ。多少勢いをつけたところで所詮は青銅、自分の鋼鉄のゴーレムを切り裂くだけの威力を生み出すことは出来ないのだ。

どんなに力一杯振り抜こうと、砕けるのはワルキューレの方だ。

刃がゴーレムに到達する。辺りにはワルキューレの砕ける音が響き渡るはずだ。リヒャルトはその勝利の鐘の音とも言うべき音に酔いしれようとしていた。

 

しかし、予想に反して何も音が聞こえてこない。

有り得ない事ではあるが、青銅の剣が鋼鉄のゴーレムを切り裂いたとしても、何かしら音は生じるはずである。

ゆっくりと、まるで時の流れが遅くなったかのような感覚の中、リヒャルトは目の前で自分のゴーレムが粘土のように簡単に切り裂かれる様を見ていた。

縦一文字に走る炎の筋。熱風がこちらまで伝わってくる。燃えるように紅い刀身が漆黒の巨人を切り裂いた。

ワルキューレが持っていたのは、青銅の剣ではなくフレイムタンであった。ギーシュは最後の策として、落としたフレイムタンを包み込むようにゴーレムを作ったのだ。

何が起きたのか理解できず、リヒャルトは一瞬固まってしまう。慌てて再度ゴーレムを作ろうとするがもう遅い。反応の遅れた一拍のうちにワルキューレは距離を詰め、リヒャルトの目前まで迫っていた。

リヒャルトの喉元にフレイムタンを突き立てるワルキューレ。剣先からの熱気だけで火傷してしまいそうだ。

助けを求めるようにクリストフのほうに視線を向けるものの、そっちも自分と似たような状況になっていた。違いは突き付けられた剣の色くらいだ

前半のエア・ハンマーとジャベリンの乱発に魔力を無駄に消費してしまい、後半は大技を放つだけの余裕を残しておけなかったのだ。

お蔭で魔法を使わぬ相手に遅れをとり、剣を突き付けられるという無様な姿をさらす事になってしまった。相手を舐めてかかった代償はあまりにも大きかった。

 

 

 

「僕達の勝ちだ!!」

 

いまだ毒が抜けきらず、息も絶え絶えのギーシュが勝ち名乗りを上げる。

今度こそ決着が付いたのだ。

ラインとトライアングルのメイジペアが、格下のドットメイジと魔法を使わない平民のペアに負けるという大番狂わせが起こったのだ。

周囲から歓声が沸き起こる。今までリヒャルト達の傍若無人ぶりに迷惑を被って来た者も少なくない。そんな人たちが、ギーシュ達の勝利を祝福してくれた。

 

「ギーシュ!!」

 

モンモランシーが駆け寄ってくる。その目は少し赤く腫れている。

 

「ああ、モンモランシー。何を泣いているんだい?僕たちは勝ったんだよ。だから涙なんて似合わないさ。君の輝く笑顔を僕に見せておくれ」

 

ギーシュのいつもと変わらぬ口調に安心したのか、モンモランシーにも明るい表情が戻る。小さく「馬鹿ね」と呟くと、ギーシュの胸に顔を埋めた。

 

 

そんな二人の甘い情景を、少し離れたところからもう一人の立役者は眺めていた。

 

「おっでれーたな、おめーがここまで腕が立つなんて思いもしなかったぜ、相棒」

 

バッツの元にルイズがやって来た。ルイズに抱えられていたデルフリンガーが驚きを素直に述べた。

ルイズの顔も晴れやかだ。

 

「これで暫くはお金に困らないわ。この前のあんたの買い物で使った分以上に儲けちゃったし、あんたもそこそこ強い事が分かったしで言う事なしね」

 

ルイズにとってはこれが精一杯の労いの言葉なのだ。キュルケは「全部あんたたちに賭けりゃ良かったわ」などと言いつつも、それなりに儲けが出たようで満足げにしている。

日ももう暮れようとしている。オレンジ色の夕焼けが奇跡の勝者たちを照らしていた。

 

 

 

 

 

「勝ちましたね」

「ああ、勝ったのう」

 

学院長室でこの闘いを見守っていた二人が言葉を発する。

 

「しかし今回の勝利は、どちらかというとあの赤い剣とグラモンの小倅の活躍の方が目立ったのう。勿論、トライアングルメイジに後れを取らないというのは称賛に値するが、実際に使われた呪文はそんなに強力な物ではないからのう」

「そうですね。あれくらいの呪文なら、鍛えた者ならば……例えば『メイジ殺し』と呼ばれるような輩ならば魔法を使えずとも勝つ事もあり得ますね」

「それに、光らんかったのう、左手が」

 

事実、この戦闘中にバッツの左手の甲のルーンが光を放つ事は無かった。仮にバッツのルーンがガンダールヴであったとしても、ルーンの恩恵を受けないままメイジと戦い、勝利したという事になる。

この上、更にルーンの力が上乗せされるとしたら、どんな物になるかは想像もできない。

 

「コルベール君、君は彼と戦って勝つ自信はあるかね?」

 

オスマン氏がコルベールに問う。しばし悩んだ後、コルベールは冷静に分析した結果を述べる。

 

「彼の全力がどれ程の物かはまだ分かりませんが、戦いように拠っては、としか言えませんね。ただ、平民だと思って舐めてかかればまず勝つことはないでしょう」

 

未だバッツに宿ったルーンが伝説のガンダールヴのものであるという確証はない。この戦闘においても、持ち前の技術のみで勝利を収めたのだ。

素の状態でメイジを圧倒できる存在というのも、これはこれで放っては置けない。様々な意味でバッツは危険な人物と見なさなければならないのだ。

 

「この件については、わしが預かる。もう少し様子を見て、彼と彼のルーンの正体がわかるまでは監視を怠らないでくれたまえ。それとこの事は他言無用じゃ。他の教員にも知らせてはならぬ。要らぬ動揺を招きたくはない」

「王室への報告はいかがいたしましょう」

「それも後じゃ。いや、彼がガンダールヴであるかどうかに関わらず、報告はせん方が良いかもしれんの」

「それでは王室に対する重大な裏切り行為と見なされませんか?」

 

オスマン氏は椅子の背もたれに体を預けると、一つ深く息を吐いた後、こう続けた。

 

「解明できてない謎が多すぎる。そんなものを報告したとして、暇を持て余した王宮の奴等の暇つぶしの餌食にされても困るじゃろう。彼とて平民とはいえ人間なんじゃ。王宮のやつらに連れて行かれたら何をされるかわかったものじゃない」

「はっ。学院長の深慮には恐れいります」

 

コルベールが退室したのを見届け、オスマン氏は一人不安を口にする。

 

「伝説の使い魔『ガンダールヴ』、か。この学院に一体何が起ころうというのかのう。……いや問題はこの学院内で収まるのじゃろうか?このトリステイン、ひいてはハルケギニアに何か大きな混乱が起こる前触れでなければ良いんじゃがのう……」

 

目の前に広がる薄ぼんやりとした不安の海。掴み所の無いその不安を振り払うかのように頭を振ると、水煙草のパイプを取り出しゆっくりと煙を吸い込んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。