水晶と虚無   作:is.

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第09話 フーケ来襲

ルイズの人生初の魔法成功から一夜明け、さわやかな朝を迎えた。

本当はやや薄曇りでそれほどさわやかとは言い難い空模様だが、ルイズの心は今までになく晴れ晴れとしていた。

見る物全てが輝く様に感じる。魔法が使えると言うだけで、ここまで世界が違って見えるとは。勿論、皆の前で見せられるような代物ではないが、魔法は魔法。

系統魔法とは多少見た目が違うが、研究する事によって新たな系統の祖となれるかもしれない。そうしたら始祖ブリミルのように末代まで語り継がれる英雄になれるのだろうか?

そんな光溢れる未来予想図が頭の中に渦巻き、ルイズの顔からは自然と笑みがこぼれる。

放課後が待ち遠しく、一日千秋の思いで授業中も落ち着かない。そわそわしているのを注意されても満面の笑みで謝る姿に、クラスメイトの誰もが得体のしれない不気味さを感じるのだった。

 

待ちに待った放課後、今日は新たに『ブリザド』と『サンダー』という氷と雷の初級呪文を習った。

昨日の『ファイア』の成功経験を元に、今日はそれほどてこずる事も無く習得することが出来た。炎と氷と雷という三大属性の攻撃魔法を習得でき、ルイズの心はこれ以上なく高揚していた。

明日からは覚えた魔法を完全に自分の物と出来るように練習するとバッツが言うが、暗記は得意中の得意だ。早く次の呪文が覚えたくてしょうがない。

 

「これで系統魔法も使えたら言う事無いんだけど、あんまり贅沢は言っちゃいけないかしら」

 

ルイズは杖を手で弄びながら唯一の不満を漏らす。バッツから教えてもらった魔法――バッツが言うには『黒魔法』と呼ぶらしいが――には杖は必要ないが、長年の癖により杖を持ってないと落ち着かない。

杖を持ちながら魔法を使っているので、傍目には系統魔法を使っているのと見分けがつかない。が、唱える呪文が全然違うのでそこで見分けが付くのだが。

系統魔法はルーン、黒魔法は口語で呪文を唱えているのだ。

いくら見た目が似ていても、これでは皆の前で堂々と魔法を使う事が出来ない。自慢するつもりはそんなに無いが、他人から認めてもらう事が出来ないというのがやはり悔しい。

 

「系統魔法との違いがよくわかんないけど、これだけ使えるようになったんだからそっちも大丈夫なんじゃないか?」

 

バッツは気楽に言う。

 

「でもねぇ、やっぱ使えるっていう保証が無いのがなんとも言えないわ。またこれで失敗の爆発なんてしたら……なんて考えると怖くて、ね」

 

対するルイズは苦笑いをしながら答える。

 

「何事も挑戦が大事だ。やってみないうちからあきらめてちゃ何も変わらないさ」

「そうね、臆病になってちゃダメよね、元々出来なくて当たり前。でもやっぱり怖い物は怖いわ」

 

ふぅ、っと息を吐いて目を閉じ、精神を集中するルイズ。期待の度合いは低いけれど、それでもゼロでは無い。

昨日初めて、しかも流儀の事なる物とはいえ、曲がりなりにも『魔法』が使えるようになったのだ。

多少の自信と共に呪文を唱える。バッツに習った黒魔法とは違い、ルーンでの呪文詠唱だ。呪文は『ファイアー・ボール』、授業でも幾度となく挑戦した魔法。

詠唱の終了と共に杖を的に向ける。上手くいけば、杖の先から炎の塊が目標に向かって飛んでいくはずだ。

淡い期待の中、その瞬間は訪れた。

ボウッ、と杖の先に炎が灯ったと思った瞬間、その炎は丸い球となり的がわりの木の杭目がけて真っ直ぐに飛んで行った。

メラメラと燃え上がり崩れ落ちる杭。それは昨日も見た光景ではあるが、同じようで少し違う。

昨日は、杭が突然燃え上がって炭になった。今日は杖の先から発せられた火球によって燃えた。『ファイア』と『ファイアー・ボール』の違い、ひいては系統魔法と黒魔法の違い。

しかし、それを見てのルイズの感想は意外なものであった。

 

「…………………………は?」

 

ルイズはバッツのほうに顔を向けると、当たり前とも取れる質問を投げかける。

 

「今のって、私がやったの?あんたがやったってことはないわよ、ね?」

「そうなんじゃないか?俺は何もしてないぞ」

「そうよね、そりゃそうよね。あんたが系統魔法使えるわけ無いんだもん。他に誰も居ないんだし、やっぱり私がやったのよね?」

「そんなに信じられないんだったら、もう一度試してみればいいだろ」

 

バッツに促されるまま、もう一度ルーンの詠唱に入る。そして今度もきちんと火球が発生し、標的に向かって飛んでいった。

間違いではない。昨日までは何度試しても成功することの無かった魔法が、今日になっていきなり成功したのだ。

理由はわからない。バッツの教えてくれた魔法が使えるようになったのと同じ位、理由付けが出来ない。

考えられる理由としては、黒魔法が使えるようになったことが自分に何かしらの影響を与えて、それがキッカケで使えるようになった、位だ。

でも、よくはわからないけど魔法が使えるようになった。しかも夢にまで見た系統魔法を、である。

この二日で事態が急変しすぎてルイズはまだ現状をよく飲み込めていない。

本来なら真っ先に湧き上がってきておかしくない喜びの感情がまだ実感できていない。夢か、幻か。まるで狐につままれたような気分だ。

ガサッ。

近くの茂みが音を立てる。誰かがやって来た。

まずい。今のを見られたのだろうか?系統魔法以外の魔法を使っているところを見られたら言い訳が立たない。

一気に血の気が引く。人の気配がしたほうを注視するルイズ。

現れたのは、ギーシュとモンモランシーとキュルケ、そしてよくキュルケと一緒に居るタバサという名のクラスメイトだった。

 

「あら、あんたたちこんな所にいたの」

 

そういうキュルケの口ぶりからするに、どうやらルイズを探していたようだ。

 

「何の用なのよ」

 

ルイズがぶっきらぼうに答える。焦っている心の内を悟られないように努めすぎて、かえって怪しい程までに身構えた態度をとってしまう。

 

「何の用って事は無いだろう?一昨日の立役者の一人である君の使い魔君も交えて、ささやかながら祝勝会を開こうと思ってね。昨日も今日も授業後すぐに消えてしまったから、こうして探していたんだろう?」

 

ギーシュの話では、上級生に勝ったのを記念して、ちょっとした宴を催すというのだ。その席にルイズとその使い魔でありギーシュと共に戦ったバッツも参加して欲しいとの事。

いや、むしろバッツ抜きでは盛り上がらないとの事だった。

ま、それくらいならなんと言うことも無いと快く了承する。時間と場所を告げるとギーシュとモンモランシーはさっさと帰っていった。

残ったのはキュルケとタバサの二人だった。

 

「で、あなたはここで何をしてたのよ」

 

そう切り出したのはキュルケだ。

 

「何って……、あんたには関係ないことよ」

「あたしはてっきり、使い魔と逢引でもしてるのかと思ってたわ」

「逢引……って、バッツとそんなことするわけ無いでしょ?こいつは使い魔よ?あんたってほんとに骨の髄までおめでたいのね」

 

そんなやり取を軽く受け流しながら周りを見渡したキュルケは、あることに気づく。

 

「ははぁ~ん……、成程あなた、ここで魔法の練習してたのね。さっき感じた魔法力はあなたのものだったんだ」

 

ギクリ。ルイズの体が硬直する。掌に汗が滲む。まさかバッツに教えてもらった魔法を使ってるところを見られたりしてないだろうか。

もしそんな事になったら一大事どころではない。

 

「ふ~ん。で、これがその成果ってわけ?あなた何の魔法を練習してたの?」

 

ルイズはホッと胸を撫で下ろす。どうやらそこまでは気づいてないようだ

 

「『ファイア・ボール』よ」

「火の初等魔法ね。で、上手くいってるの?」

「当たり前でしょ。見てなさい、もう誰にも『ゼロのルイズ』なんて呼ばせないんだから!」

 

そういうとルイズは再び呪文の詠唱に入る。杖の先から打ち出される火球が次々と杭に命中していく。一発、二発……五発連続で発射して一息入れる。

 

「どう?恐れ入った?」

「あら。どうやったかは知らないけど、ちゃんと魔法が使えるようになってるじゃない。何時の間に出来るようになったのよ」

「つい昨日の事だな」

 

そんな事どうでもいいでしょ、とルイズが答える前にバッツが答えてしまった。ルイズはバッツを睨むが、対するバッツはどこ吹く風といった表情をしている。

 

「へぇ~……昨日、ね」

 

キュルケは何やら含みを持った笑みを浮かべる。

 

「道理で今日は気味が悪いくらい機嫌が良かったわけね。なんか納得したわ」

 

そんなやり取りを尻目に、バッツに視線を向ける少女がいる。キュルケと一緒の事が多いが何から何まで対照的なタバサだ。

何から何まで、というのは性格も容姿も思考回路も全て、という意味でである。唯一似ている点があるとすれば、両者とも成績優秀であるという点くらいだろうか。

赤い髪のキュルケに対して青い髪のタバサ、見た目の通りに炎と氷のような二人ではあるが、これがなかなかどうして気が合うらしく二人で連れだっている事が多い。

 

「剣を見せて欲しい」

 

タバサがごく簡潔に、必要な事項のみを言葉にする。

 

「剣……って、こいつか?」

 

デルフリンガーを掲げるバッツ。今身に着けている剣と言えばこれくらいだ。

 

「違う。一昨日の、青い剣」

 

どうやらタバサの所望する剣はアイスブランドのようだった。先日の『ゲーム』に際してバッツが用いた二振りの剣の内の一つであるが、もう一方のフレイムタンに比べればあまり大した活躍も見せていない。

相手が氷を飛ばしてきた事もあり、それほど猛威を振るったという訳でもないのだ。

バッツはタバサの意図が汲み取れなかったが、あまり深く考える事はよして道具袋から取り出し、地面に突き立てた。

掌にのるくらいの大きさの袋から剣が出てくる様に少し驚きを見せたが、タバサはほとんど表情を変えることなくアイスブランドを食い入るように見詰めている。

 

「メイジが剣なんか見てなにが面白いのかねぇ」

「さぁ?」

 

タバサは熱心に剣を見ている。その様をバッツとデルフリンガーが半ば呆れながら見ている。少しして、タバサが再び口を開いた。

 

「持ってみていい?」

「あぁいいぜ。持てたら、の話だけどな」

 

バッツが片手で軽々と振り回している姿を見ていた為、軽い物だと思っていたのだろうが、両手で持とうとも引き抜くことすらできない。

剣もそれほど深く刺さっているわけでもない。倒れない程度に地面に埋まっているだけだ。なのに、押しても引いても動く気配が一切しない。

逆に下手にバランスを崩せば、倒れてきた剣に押し倒されそうになる。そもそもタバサの細腕で剣を持とうなんて考えが既に間違っているのだが、本人はそれに気が付かない。

その原因の一つにバッツの体格がある。

バッツはかなり細身の肉付きである。ガリガリという程ではないが、学院の他の生徒と比べて目立って筋肉質という印象も受けない。

そんな彼が片手で扱える物だからきっと自分にも持てるはず、というタバサの考えは甘かった。

ウンともスンとも動かない剣と格闘する事数分、ようやく諦めたタバサはバッツに剣を振ってみせて欲しいと頼んだ。

フレイムタン程派手な視覚効果は無いが、よく目を凝らして見ればうっすらと周囲の空気を凍らせた小さな氷の粒が発生しているのを見て取れる。

演舞のように流麗に剣を振り回すバッツの姿に氷の粒の煌めきが加わり、ほんの少しだけ幻想的な雰囲気を作り出す。

何時しかキュルケとルイズの二人もバッツの動きを目で追っていた。

 

「もういいか?」

 

流石に三人に見られていると気恥しく、タバサにそう伺い立てる。

 

「もういい。でも、本当に不思議な剣。どんな魔法で作られているのだろうか想像もつかない」

 

と、改めてアイスブランドをマジマジと見詰めるタバサ。それにつられてルイズとキュルケも剣に見入る。

 

「ねぇ、あんたは一体どこでこんな剣を手に入れたの?」

「ま、俺にも色々あってね。こういう剣が必要な時もあったんだよ」

「ふ~ん……」

 

ルイズは剣とバッツの顔を交互に見比べながら、タバサは相変わらず剣から視線を外さず、キュルケはあまり興味が無いといった三者三様の反応を見せた。

 

 

 

日も暮れた中庭で、ギーシュ主催でささやかな祝勝会が執り行われた。祝勝会、と言っても参加人数は両手で数えられるだけしかいない、ごく親しい友人たちだけでの夕食会である。

中庭に大きめのテーブルを設え、そこに料理と酒を並べただけの簡単な立食パーティーであるが、月明かりの下なかなかにムード溢れる雰囲気を造り出していた。

自分の名誉が守られただけではなく格上の相手を倒し、更には相手が嫌われ者だあった事もあり学院内でちょっとしたヒーローになれたギーシュは、この上なく上機嫌で酒を進めている。

ギーシュはもっぱらモンモランシーを相手に口説いているが、時折バッツのところへやって来ては「君は最高の友人だ!」と背中をバンバン叩いている。

ルイズは魔法が使えるようになって余程嬉しいのだろう、終始ニコニコと和やかだ。最初はそんなルイズの様子を気味悪がっていた皆もだんだんと慣れたのか、普通に接している。

なにか良い事があったのだろうと考える者が大半であり、いつものツンケンした態度よりも今の方が大分マシなので誰も深く追求しない。

給仕はシエスタが務めてくれ、厨房から持ってきた料理をカートに乗せて忙しそうに動き回っている。バッツも手伝おうとしたが、本日の主役であるから気にしないでくれと断られる始末。

そして逆にシエスタに勧められるままに酒を飲まされてしまう。旨い酒だ。なんでもシエスタの実家で作っている酒らしい。

なんでもちょっと高価な酒らしいのだが、今日は特別に出してきてくれたのだ。

しかしどこかで味わった事のある酒だ。何処だっただろうか?酔いの回り始めた頭では中々思い出せない。

あれは確か……。

 

「何か、変」

 

脳裏にぼんやりと面影が浮かんだところで、バッツの思考はタバサの一言によって遮られてしまった。

タバサはテーブルに並べられた料理の皿を見つめている。皿が小刻みに揺れ、カタカタと小さく音を立てていた。

徐々にその音は大きくなり、遂には立っている皆が感じられるだけの揺れとなった。

 

「地震!?」

 

その場に居る全員が色めき始める。だが、その揺れは断続的な物ではなく、一定の間隔をあけた揺れだった。ドシン、ドシンと一定のリズムを刻んでいるかのような揺れ。

まるで何か巨大なモノが歩いているかのような地響き。ズン、ズンとそれが足音とはっきりと分かるようになった頃、学院の外壁の外に巨大な影が現れた。

月明かりに照らし出されたそれは、とても巨大な人型をした何かだった。それがゴーレムと認識されるまでにはしばしの時間を要した。

巨大なんてものではない。リヒャルトのゴーレムも大きかったが、それの比ではない。巨人というよりも山が動いてきたのかと錯覚してしまうほどの大きさ。

巨大過ぎるソレは、軽々と壁を跨ぐと真っ直ぐに本塔へと進路を取った。

 

「な……何なんだあれは!!」

 

ギーシュがそう叫ぶが、それは何も彼だけが驚いているからではない。その場の誰もがあまりの驚きに固まってしまい、声が出ないだけなのだ。

皆、口をあんぐりと開け微動だに出来ない。

 

「侵入者……!!」

 

そう呟くタバサの声をきっかけに皆がようやく動きを取り戻す。

 

「あの方向は本塔?……ってことは狙いは宝物庫!!」

「じゃあ何?あれは盗賊!?」

「まずいぞ、あんな巨大なゴーレムを作り出せるってことは少なく見積もってもトライアングル、いやスクエアクラスのメイジだ!」

「とにかく、先生達に知らせないと!!」

 

酔いも一気に冷め、一同が機敏に動きだす。バッツやギーシュ等男達はゴーレムの足止めに向かい、女達は先生に知らせるべく(文字通り)飛んで行った。

岩と土で出来たゴーレムの肩の上に黒いローブに身を包む人影がある。それは昨夜宝物庫に侵入した『土くれのフーケ』であった。昨夜と違い、正体が分からぬよう仮面で顔を隠している。

本塔横までたどり着くと、予め脆くしておいた宝物庫の壁面をゴーレムの拳で破壊する。その穴から侵入し、何かを盗んだフリをして出てきた。

ゴーレムの足元ではギーシュ達が何事かをしているが、身の丈30メイルはあるゴーレムにとっては蚊に刺されたほども感じない。

纏わりつく虫を払うかのように生徒達を蹴散らすと、またあっさりと外壁を跨いで学院の敷地外に出て行ってしまった。

後に残されたギーシュ達は呆然としていた。ゴーレム相手に全く相手にされなかったのだから仕方あるまい。ラインメイジに勝って浮かれていたギーシュにとって、改めてクラスの差を思い知らされる結果となったのだから。

教師達を連れて女子が戻ってきた時には既に全てが終わった後であった。

 

 

 

直ぐに緊急の職員会議が開かれた。全教員が集まる中にルイズ達の姿もあった。目撃者でもあり、果敢にも足止めに向かった生徒達も呼ばれたのだ。

 

「これは一大事ですぞ!このトリステイン魔法学院の宝物庫から盗まれるなど、しかもこんな強盗じみた手段で奪われるなど、前代未聞の不祥事ですぞ!!」

 

教師の一人が口から泡を飛ばしながら大声でそう捲し立てる。

 

「一体衛兵は何をやっているのだ!こういうときに役に立たなくて何のための衛兵だというのだ!」

「衛兵とて平民、メイジ相手には何の役には立つまいよ」

「しかしですな……」

 

そんな議論に白熱しようとしている場の空気を変えるべく、オスマン氏が口を開く。

 

「今はそんな事を話し合うべき場では無かろう。今すべきことは先ず賊を捕まえ、盗まれた物を取り戻す事。警備体制については後日ゆっくりと話し合えばよいじゃろう」

 

流石は学院で最高の権力を持つ人物だ、彼の鶴の一声で室内は一気に静まり返る。

 

「先ずは何が奪われたのか、何者が侵入したのかを明らかにせねばいかんの」

「それについては私がお答えします」

 

オスマン氏の問いかけに答えたのはコルベールであった。

 

「ミスタ・ギトーと共にに宝物庫を調べましたところ、失せていたのは『破壊の杖』のみでした。そしてそこには犯行声明がありました。賊の名は『土くれのフーケ』です」

 

『土くれのフーケ』の名を聞き、集まった面々からどよめきが起きる。皆知っているのだ、その名がどんな意味を持っているのか。近年、国内に置いて猛威を振るう盗賊。

そして未だに尻尾すらつかめていない謎の存在。単独犯なのか複数犯なのかすら分かっていない。分かっているのは唯一つ、土系統を得意とする高位のメイジがいるという事だけだ。

 

「『土くれのフーケ』とは……彼奴めとうとうこの魔法学院にまで手を出しおったか」

「しかしながら、これだけメイジが雁首そろえていてみすみす逃すなど、あまり考えたくないものですな」

「当直の者は何をしていたのだ。本来なら真っ先に対応しなくてはならないだろうに」

「今日の当直はミス・ロングビルであったと記憶しているが……。そういえばそのミス・ロングビルの姿が見当たりませんな」

 

教師たちが口々に責任の擦り付けを始める。そのあまりにも生産的ではない議論にオスマン氏が溜息も漏らした所に、思わぬ人物からの発言があった。

 

「恐れながらオールド・オスマン」

 

口を開いたのはルイズだった。

 

「今、バッ……私の使い魔が賊の追跡をしています」

 

そう言われて初めて、ルイズの周りに立つ生徒達がその場にバッツの姿が無い事に気が付く。もっといえば賊が逃げて行った直後から彼の姿を見た者はいない。

 

「ミス・ヴァリエール、それは本当かね?」

「はい。それともう一つ、使い魔からの映像では賊は誰か人を一人攫っているようです。暗くてよくわかりませんが、恐らく今この場に居ないミス・ロングビルだと思われます」

「なんと!彼女は賊に捕らえられてしまったのか!」

 

髭を撫でながら考え込むオスマン氏。ルイズの使い魔と言えば、『ガンダールヴ』の疑惑がある件の謎の青年だ。平民ながらトライアングルメイジを上回る実力を持つ彼が賊を追っている。

これはもしかするともしかするかも……?

 

「よかろう。早速討伐隊を結成し、賊を追う事にしよう。ミス・ヴァリエール、すまないが君には案内役として隊に加わってもらわねばならん」

「元よりそのつもりです」

「うむ、良い返事じゃ。流石はヴァリエールの娘であるの。その他には……」

「あたしも行きます!」

 

そう発言したのはルイズの隣に立っていたキュルケだった。

 

「ヴァリエールが行くってのに、あたしがジッとなんてして居られないですわ」

「そうは言うがの、ミス・ツェルプストー。相手は悪名高き手練れの盗賊じゃ、そんな奴の所に大事な生徒を送り込むのはなるべくなら避けたいのじゃよ」

「お言葉ですがオールド・オスマン、あたしだってトライアングルのメイジです。そう簡単に相手に遅れを取りはしません」

「しかしの……」

 

なおも渋るオスマン氏ではあったが、そこに更に追い討ちをかけるように進み出る者が居た。

 

「私も行きます」

「僕も行かせてください!」

 

そう言い出したのはギーシュとタバサであった。

 

「ミスタ・グラモンにミス・タバサまで……」

 

もうオスマン氏は呆れる事しか出来ない。勇敢なのは良いが相手が相手であるし、それに皆大切な生徒だ。万が一なんて事にするわけにはいかない。

しかし、そんな悩みとは別にオスマン氏の頭の中では別の考えも浮かんできていた。キュルケとタバサの二人はトライアングルであるし、その上タバサは本国で『シュヴァリエ』の称号を与えられるだけの実力者だ。

そこにもう一人高クラスのメイジを加えれば如何に『土くれ』とて敵うまい、と。

それに、ルイズの使い魔の青年が本当に伝説のガンダールヴならば、戦力としては申し分ない。そうでなくてもトライアングルメイジに迫る実力を持っているのだ。

コレだけの戦力をあてがえば、まず心配事は無いだろう。教師の顔を見回し、その中から一番実践慣れしている人物を選出する。

 

「それではコルベール君、君を討伐隊の隊長に任命する。生徒達をきっちりと守ってくれたまえ」

「はっ。わかりました」

「それでは早速出立してくれたまえ。すまんがミス・ヴァリエール、道案内を頼んだぞ」

「はい」

「残った者は宝物庫の修復と強化、そして万一フーケが戻ってきた場合に備えて警備に回ってくれたまえ」

 

オスマン氏の言葉を合図に討伐隊に選出された者達が一斉に部屋から出ようとしている中、タバサ一人が窓に向かって歩き出した。

何をしているのかと訝しんでいると、タバサは窓を開け自分の使い魔の風竜を呼び出した。

 

「この子に乗っていくほうが、早い」

 

タバサの使い魔の風竜――シルフィードという名前らしい――に乗った5人は、フーケを追って夜の闇の中へと飛び立っていった。

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