俺が絵を描き始めてから6日が経った。
相変わらず鉛筆、又は色鉛筆書きだが最初の頃よりも楽しさが増し、遂にスケッチブックを買った。
そして休み時間や放課後、帰宅後等時間がある時は何かしら絵を描いているのがここ最近のパターンになっている。
んで、休日の今日、俺は午前中から一人で植物園に来ていた。
薫子さんに挨拶を済ませその後、俺はコッペ様のお腹に寄りかかり植物園の花の絵を描いていた。
「…………」
―カキカキカキ―
薫子さんは花に水を掛け、俺は無言で絵を描いている。
いつもの賑やかさとは駆け離れているが、元々静かな場も好む俺にとってこの雰囲気は苦にならず、寧ろ心地好いものだ。
後、コッペ様のお腹の感触も心地好い。すげぇふわふわだ。
そんじょそこらのソファーじゃこの心地好さには敵うまい。
お陰で鉛筆が進む進む。
時より上から物凄い視線を感じ、見上げるとコッペ様俺の描いた絵を見ていた。
…コッペ様、怖いっす。
だがなんにせよ、
今この時が限り無く心地好い。
あぁ…
このまま一日中こうして絵を描き続けられたらどれだけ幸せか。
―あ〜き〜さ〜ん〜!―
だが、現実は残酷だ。
俺の幻想を打ち砕くかの様に、静かな植物園には相応しくない大きな声が響いたのだった。
あぁ…
不幸だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一先ず皆で椅子に座ってテーブルを囲み何で集まったのか、原因を聞いた。
その結果と言うか、やはり原因はえりかにあった。
まぁ予想はついてたが。
なんでも、明日提出しなきゃいけない宿題がまだ終わってなくてそれで助けを求めて此所へ来たと。
はぁ…
やれやれ。
「で?何の宿題が終わってないんだ?」
「美術のデッサン…」
あぁ、俺等も中学の時にやったな…。
「服のデザインは得意だけどデッサンはどうもねぇ〜…」
そう言いながらえりかはテーブルに項垂れた。
まぁしょうがないか。
“そこに在る”のを書くデッサンと“そこに無い”のを書くデザインとじゃ前提条件が違うからな。
「わたし達もデッサンについては人に教える程詳しくはないので…」
「最近絵を描いている明さんなら…」
「良いアドバイスをしてくれるってか?」
『はい…』
う〜ん、
つぼみといつきには悪いが、
「アドバイスするつってもても、俺は結構感覚で描いてるからな…」
「…感覚ですか?」
「そ。一言で言うと、“考えるな、感じろ”」
下手に考えるよりも本能に従った方が最良だったりするんだよな。
「…確かに殆どがそんな感じの絵ね」
そう言うゆりの手元には俺のスケッチブックがあり、中に描いてある絵を見ていた。
いつの間に取ったのやら。
「…勝手に見んなよ」
「御免なさいね、どんな絵を描いているのか気になって見たのだけど、中々素敵な絵ね」
ほら、と言ってゆりはテーブルの上にスケッチブックを開いて置いた。
あぁ…
なんか恥ずかしい。
「わぁあ、明さん上手です!」
「ホントホント〜」
「でも何処か淡くて消えてしまいそうな感じがするよね?」
「対象をハッキリと捉えてないからそうなるのかもしれないわね」
「捉えたくても捉えられない…見えているのに認識がずれるこの感じ…まさか…」
「気付いたか。そう、それが俺の畏れだ」
「妖様…」
お、
いつきはノリ良いな。
「色合い的に明は黒僧の方がお似合いよ。…それよりもえりかの宿題はどうするの?」
む、
ゆりはノリ悪いな。
だがまぁ、
「宿題の方は案ずるなかれ、拙僧に考えがある」
「明さん、口調口調」
おっと失礼。
「…それで?どうする気なの」
「ん、俺よりも適任者がいるから今から聞きに行こうぜ」
「適任者ですか?」
「誰かいたっけ?」
おいおい、つぼみとえりかは忘れたのかよ?
「…あ、そうか」
「成程。確かに適任ね」
ん、いつきとゆりは分かったか。
「いつきとゆりさんは分かったんですか?」
「うん」
「誰々〜あたしも知ってる〜?」
「えぇ。私達の大切な仲間よ?」
『大切な仲間…』
「さぁ、検索を始めよう。キーワードは“美術”“デッサン”“適任者”“行こう”“大切な仲間”」
「…何?その言い方」
「主人公が探偵をしている特撮の主人公の相棒の真似」
「…そう」
『………』
まだ分からないのか。
「キーワードを追加しよう。“大空の樹”“ポニーテール”“鳥”“銀の翼”」
『あっ!』
「出たようだな」
『舞!(さん!)』
「そう。それが答えだ」
舞も絵を描くし、しかも美術部。
適任者としてはまさにうってつけだ。
「それと時間的にそうだな…、昼飯はPANPAKAパンにしないか?」
「はい」
「賛成〜!」
「そうしましょう」
「決まりね」
「よし、それじゃあ早速行くとしますか」
薫子さんとコッペ様に挨拶を済まし俺達は植物園から出て駅へと向かった。
「そう言えば番君がまた明さんに絵のモデルを頼みたいって言ってました」
「…さいで」
「なんでも今回の舞台は動乱の幕末は京都。明さんがモデルの寡黙で口下手で一匹狼の様な青年、“一(はじめ)”と、いつきがモデルの純情で純粋まさに無垢で思わず守りたくなる少女“千鶴”が織り成す美しくそれでいて何処か儚いラブストーリーらしいよ」
「…色々と濃いな。てか、いつきがヒロインのモデルなのか」
「そ。設定だと千鶴は普段は訳あって男装してるんだって」
「あぁ〜成程、納得」
「納得しないで下さい…」
「舞台が“京都”で主人公が“一(はじめ)”、ヒロインは“普段は男装”している。…二人は新撰組の隊士なのかしら?」
「ん?…あぁ成程。主人公は斉藤一か」
「そして主人公のモデルが明。…いったいどんなダークヒーローになるのかしらね」
『あ〜確かに』
「ほっとけ」
………
俺の握る刀は血塗られてる。
命を冒涜するのは許せないなどと偉そうなことを、のたまうつもりはない。
だが、悪にしか裁けぬ悪もあるはずだ。
なんてな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夕凪に着いてからも他愛ない話をして賑わいながら、そして景色に改めて心を奪われなが俺達はPANPAKAパンに着いた。
「パンのいい匂いです…」
「だな。…ん?彼処にいるのは…」
PANPAKAパンのテラスでコロネの絵を描いているの舞と薫を発見。
「お〜い、舞〜薫〜」
―カキカキカキカキ―
『………………』
呼んでみたが二人は此方には気付かず絵を描き続けている。
「舞さんと薫さん、気付きませんね…」
「だな」
舞の集中モードは知ってはいたが、いつの間にか薫も同じモードを使えるとは。
―じぃ〜…―
ん?
何か視線を感じるな。
―じぃ〜…―
視線の出何処は…コロネか。
見ればテーブルの上に座っているコロネが此方を見ていた。
…あ、閃いた。
「コロネ、来い」
「にゃ」
舞と薫は描く対象があるから此方に気付かない訳で、
―のっそのっそのっそ―
対象が無くなれば此方に気付く筈だ。
―のっそのっそのっそ―
…歩くのおっそ。
―のっそのっそのっそ―
「にゃ」
俺は漸く足下まで辿り着いたコロネを抱き上げた。
「よぅ、久し振り。この間来た時には姿を見なかったけど何処か散歩でもしてたのか?」
「にゃ〜」
「成程。みのりと満と薫に無理矢理散歩に連れてかれてのか」
「んにゃ〜!」
「…いや、習慣的に散歩に行こうとしないお前が悪いだろ」
「にゃ〜…」
「はっはっは、ざまぁみろ」
そう言ってコロネをこねくり回してると、
「あれ?コロネ?」
「何処に行ったの?」
ん、
漸く気付いたか。
「舞、薫、後ろ後ろ」
『え?』
「よぉ」
「舞さん、薫さんお久し振りです」
「やっほ〜」
「二人共久し振りだね」
「元気そうね」
「にゃ」
コロネ、何故にお前も?
「明さん!それにつぼみ達も!」
「みんな久し振りね、いつからいたの?」
「少し前だな。呼んだんだが二人共コロネを描くのに集中して気付かなかったからさ、コロネを呼んで気付かせた」
「成程。だからコロネが其所にいるのね」
「そ(にゃ)」
おぉ、コロネも返事を。
「でも今日はみんなでどうしたんですか?」
「それは…」
「パンを食べに!」
「…違うだろが」
えりか、目的が変わってんぞ。
「この阿呆の宿題を終わらす為に舞に会いに来たんだ」
俺はそう言ってコロネを阿呆の頭の上に降ろした。
コロネ、猫パンチかましちまえ。
「宿題ですか?」
「そ。美術のデッサンなんだが、えりか曰く服のデザインは得意だけどデッサンはどうも駄目だと」
「わたし達もデッサンについては人に教える程詳しくはないので…」
「それで最初、最近絵を描き始めた明さんに聞くことにしたんだけど…」
「明さんも絵を描いてるんですか!」
「あぁ。でも全体的に感覚で描いてるから舞程上手くはないけどな」
「確かに舞の描く絵は上手いわ」
「あ…明さん、それに薫さんも…」
あらら、
舞さん照れちまって可愛いな。
「それで自分よりも舞の方がえりかの宿題に良いアドバイスをしてくれるだろうって明が言ったからみんなで来たのよ」
「ゆりの言う通り。そんなわけで舞、手伝ってくれるか?」
「はい。わたしで良ければ」
「やった〜!」
「サンキューな、舞」
「その代わりって言い方は変ですけど、後で明さんの描いた絵を見せてもらっても良いですか?」
舞は申し訳なさそうに聞いてきた。
「そんな風に言わなくても、俺の描いた絵で良ければ言えば見せてやるよ」
「ありがとうございます!」
「よ〜し、それじゃあ早速…」
始めよ〜、とえりかが言おうとした直後、
『ぐぅ〜〜〜』
腹の虫が聞こえた。
「その前に先ずはパン〜!」
そう言ってえりかは店内へと入っていった。
「えりか〜!待ってくださ〜い!」
「あははは…えりかったら…」
つぼみといつきはえりかを追って店内へと入っていった。
「舞と薫はお昼はもう済ませたのかしら?」
「あ、わたし達はまだです」
「今お店の手伝いをしている咲と満と此れから食べようと」
成程。
咲と満は店の手伝いか。どうりで姿を見ないわけだ。
「明さ〜ん!ゆりさ〜ん!早く〜!」
「舞〜!薫も〜!」
店内からえりかと店の手伝いが終わった咲に呼ばれ俺達も店内へと入っていった。
「…そう言えばさっきのお腹の音、二人分聞こえた気がしたのだけど?」
「えりかと、後一人ですか?」
「わたしじゃないわ」
「わたしもよ」
「わたしもです」
「…………」
「…明ね」
「…明さんか」
「…明さんなんですね」
「…はい」
パンの良い匂いに腹が刺激されたんです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後、咲と満も加わり
テラスで皆各々買ったパンで昼食。
その時にチョココロネを太い方か細い方、どっちから食べるのか二勢力に分かれ話し合ったり、えりかと満がメロンパンの争奪戦をしたり、中辛カレーパンのロシアンルーレット等々をしたりして賑やかで楽しい昼食となった。
…しかし何故中辛だったんだ?
そして食後、漸く本命の案件に取り掛かった。
「それじゃあ、今から舞先生による特別授業を始めるぞ」
『いぇーい!』
お〜、
咲と満とえりかはノリ良いな。
「では舞先生、後は宜しく」
「分かりました。…でも“先生”は恥ずかしいので止めてくださいね?」
「へーい」
「それでは始めますね」
そうして舞による講座が始まった。
最初は座学。
先ず描く際に注意するポイントを幾つか説明し、
次に描く際に大事なポイントを幾つか説明してくれた。
「……ですね」
「ほぉ〜」
正直言って学校の先生よりも舞の説明の方が分かりやすいな。
そして座学の次は実技。皆でポイントに注意して実際に描く事になった。
「明さん、一枚ちょうだ〜い」
「わたしも…」
「ボクも…」
「私も」
「へいへい」
「舞〜わたしも一枚頂戴!」
「えぇ」
「満にはわたしのをあげるわ」
「ありがと」
「鉛筆はどうする?」
「あ、わたし部屋に沢山あるから取ってくる!」
その後は各々描くモデルを探して描き始めた。
「コロネ、描くから動くなよ?」
「んにゃ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…こんなもんかな」
「んにゃ」
「あぁ。ありがとな」
コロネを描き終え俺は完成。
見渡せば各々描き終えていて自由に過ごしていた。
「わぁ…」
「ん?」
後ろから声が聞こえ振り返ると舞が俺の絵を見ていた。
「コロネを描いたんですね」
「あぁ」
「他の絵も見て良いですか?」
「良いぞ」
ほれ、と言って俺はスケッチブックに描いてある絵を舞に見せた。
「わぁあ…明さん上手ですね」
「まだ描き始めて日は経ってないけどな」
「いつから描き始めたんですか?」
「この間俺一人で来たろ?あの次の日からだな」
最初は難しいかと思ったが今は楽しんでる。
「んで、このコロネの絵でおしまいっと」
スケッチブックをパタン、と閉じて俺は舞に聞いてみた。
「ありがとうございました」
「楽しめたか?」
「はい、わたしの絵とは違う独特のタッチだったので」
「まぁ感覚で描いてるからな。それでいつきやゆりからは“何処か淡くて消えてしまいそうな感じがする”とか“対象をハッキリと捉えてない”って言われたけどな」
だから今さっき描いたコロネの絵の細部の出来がな。
「でもわたし、明さんの描いた絵好きです」
「サンキューな。俺も舞の描いた絵が好きだぜ」
そう言って俺は立ち上がった。
「さてっと、咲が何やら皆を呼んでるから行くとするか」
「はい」
そうして俺と舞は咲の元へと向かった。
そしてその後、今度は咲先生によるパン作りの特別授業が行われた。
「コッペ様顔のパン、これが本当の“コッペパン”。なんつってな」
『プッ…、っく…くくくっ……』
おぉ、
全員にウケたぜ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、えりかは無事に宿題を提出した。
これで一件落着かと思っていたが俺は思う。
一件落着ってことは他にも二件、三件もあるんじゃないかと。
その証拠って訳ではないが、今度は番長君が来た。
何でもつぼみ達から聞いていた漫画のオチが浮かんでこないから協力してくれないかと。
んで、俺といつきが答える前にえりかがOKして態々主人公の衣装を作って俺に着させた。
ヒロインの衣装は和装らしいので演劇部から借りていつきに着せていた。
そして中等部の屋上にいつものメンバーと番長君、そして演技指導としてえりかに呼ばれた演劇部の部長が集まり、オチ作りが始まるのだった。
【完】
今月20日に漸く奇跡の魔法のDVDが発売。
ワクワクもんだぁ!