これが前編になります。
クウェンサー達『ピリオド』一行は、モロカイ島に拠点として構えている潜伏基地に避難していた。
オブジェクトがモロカイ島沖で暴れ出した時点で、ノロマな軍艦から小さな小型水上船へと人員を分けてモロカイ島に上陸していた。
敵機に砲撃される心配はない。こちらには第三世代オブジェクト『クラウンマグナム』がついているのだから。
「配備に付け!」
「計画を実行に移すぞ!」
『ピリオド』の構成員達が潜伏基地でバタバタと慌ただしく作業をしていく。
そんなメンバーの中を、白衣を着たクウェンサーは悠々と散歩していた。
(ライトニングサージとかいう第二世代が派遣されてきたけど、問題はそこじゃない。陽動作戦だと思って水上船から周囲を観察していたけど、不自然な鳥の群れが飛んでいた……きっと、歩兵部隊が木々を搔き分けて通った際に鳥が飛び立ったんだ)
心当たりはある。
世界最新の第三世代オブジェクトを相手にちっぽけな小隊で勝負を挑むような無謀な策を試みる馬鹿など、
つまり、
「やっぱ最後に立ちはだかるのはお前なんだな……ヘイヴィア」
「お姫様の到着と同時に俺らホテル小隊は『ピリオド』の潜伏基地を強襲する。奴らにゴリゴリの軍人はいねえから楽勝に見えるが、だからってシャンパンパーティ気分ではしゃぐのは全くの見当外れだ。遺書は書き終わったな?『ピリオド』がクラウンマグナムを持っている以上、俺らはいつでもぶっ殺される立場な事を忘れるんじゃねえ」
ヘイヴィアの言葉に、小隊一同がゴクリと唾を飲んだ。
「……時間との勝負ですね。クラウンマグナム相手に我らベイビーマグナムがどれだけ粘って時間を稼げるか。そして、その稼いだ時間の中でどれだけ迅速に我が小隊が『ピリオド』潜伏基地を制圧できるか……」
「それは死なないための最低条件だ。アイツをとっ捕まえてもクラウンマグナム自体が動きを止める訳じゃねえし、アイツが緊急停止コードなんて用意してるとは思えねえ。だから、勝つにはもっと厳しい条件をクリアしなくちゃならねえ」
ヘイヴィアは事前に作戦を説明していたので、小隊メンバーも言わんとする事は察していた。
「……もし『アレ』がなかったらどうするんですか?」
「死ぬだけだ。世界はここで終わりだよ」
「……本当に、和解策などないんでしょうか?対話や交渉の余地が残されていると思いますが」
「ねーよ。死ぬのが怖くて膝が震えるなら神にでも祈っとけ。救われねえが、救われた気分で死ねる」
「ウィンチェル隊長、ベイビーマグナムが来ました!北北西、距離4000!!」
隠れていた木々の隙間からモロカイ島沖を見ると、確かに水平線上に巨大な影が見えた。
近くにいたクラウンマグナムが迎撃態勢を取る。
その副砲が、一斉に火を噴いた。
「開戦の狼煙が上がった。これより『ピリオド』潜伏基地を強襲する!」
ヘイヴィアが小隊を引き連れて森を突き進む。居場所はバレているかもしれないが、今はクラウンマグナムはベイビーマグナムとの戦闘で手が一杯で余力を割く暇はない。……そうであって欲しい。
その間に作戦を完了させるしかヘイヴィアに勝機はないのだから。
「隊長、見えました!」
『ピリオド』潜伏基地は、オブジェクトのメンテナンス目的で建造される今時のベースゾーンのような外観だった。移動型ではないため車両団は形成していない。
いや、むしろシェルターがそこにはあった。半径5kmのような円形のドーム状シェルターが、お椀をひっくり返した形のように鎮座していた。
「異様だな……『ピリオド』はこのモロカイ島から移動する気がないってのか……?」
「オブジェクトの副砲に耐えそうな分厚いシェルターに見えます」
確かにそう見えるが、この基地の本質ではないと思った。
根拠はない。けれど、ヘイヴィアの直感が、クウェンサーはそんな単純な事をしないと警鐘を鳴らしていた。
「小隊を四分割して四方へ散開。入り口を発見し次第、突入しろ」
「「「イエス、サー」」」
基地への入り口は縦横十字に四か所あった。特に大掛かりなセキュリティはなく、カードキーのような電子錠程度だ。監視カメラはあるが、その解除に手間取る暇があるならさっさと突入した方が良い。ヘイヴィア達には猶予がないのだ。
シェルターと地続きになっている分厚い出入り口の扉は、手持ちのプラスチック爆弾で爆破は難しそうだ。
が、
「『情報同盟』お得意の電子戦を見せてもらおうじゃねえか。セキュリティをこじ開けろ」
『『『イエス、サー』』』
ヘイヴィアの合図と共に部下が背中に背負っていた携帯端末を取り出す。工具箱から取り出したドライバーで電子錠の蓋を外し、携帯端末にコードを繋いでハッキングを仕掛けていく。
『A班、開錠完了しました』
「B班、開錠完了しました」
『C班、開錠完了しました』
『D班、開錠完了しました』
3分もかからず目の前の分厚い開閉ドアが開いていく。もしかしたら『情報同盟』式のプログラムコードを使っていくのかもしれない。
ドアの先には通路があり、こちらに気付いた『ピリオド』の構成員が慌てて近くの部屋に飛び込み、銃で応戦してきた。
「素人だな」
「甘くみるんじゃねえ。油断せずに制圧していけ」
ヘイヴィア達は近くの部屋に飛び込み、順々に部屋を制圧していった。部下に指示を飛ばすヘイヴィアの無線に通信が入った。
「……ミリンダ!?」
『やっぱあいつつよい……!ヘイヴィア、アドバイスしてくれない?』
「映像を中継してくれ」
モロカイ島沖での海上戦。
ベイビーマグナムとクラウンマグナムの対決は、モロカイ島をぐるぐる周回するような軌道を描いていた。
クラウンマグナムが主砲を真下に向け、魚雷のようなロケットを発射した。
ミリンダは困惑する。レーダー上に移る砲弾はベイビーマグナムへ向けられたものではなく、深度をどんどんと下げていき海底に達する勢いだ。
『地盤を刺激して地震を起こす気だ!!備えろ!!』
ヘイヴィアの声を機に、慌てて振動シミュレータを起動して照準補正をかける。
直後、本当に地震が起きて海面が揺らいだ。
照準の間に合ったベイビーマグナムのレールガンが、クラウンマグナムのオニオン装甲を掠めた。
「おしい!」
『ファック!地震のせいで蛍光灯が落ちてきたガラス片で耳を切ったぜ』
クラウンマグナムの砲撃は止まらない。
主砲をハワイ島へ向けると、長距離砲撃を行った。
「なにを――――――」
『キラウェア火山を刺激して人工噴火させる気だ!!』
ミリンダが疑問を浮かべるよりも早く、ヘイヴィアは答えを出していく。
直後、音響爆弾がキラウェア火山に炸裂した。
火山内部の爆圧を調整するよう、計算され尽くした砲撃だった。キラウェア火山は火口だけで直径10km超。山頂以外にも20~30kmに渡り火口が並び、なおかつ地下で繋がっているマウナ・ロア山、マウナ・ケア山、フアラライ山も連鎖噴火を巻き起こす。
火山灰が雲を生んで雷と大雨を発生させる。のみならず、土砂降りのように降り注ぐ火山弾がハワイ諸島一帯を包み込む。
溶岩まで雪崩れ込み、ハワイ市街を覆わんとしていた。
けれど、
「させない……ッッ!」
予めヘイヴィアから助言を受けていれば、対応もできる。
ミリンダも遠距離砲撃を行い、火口を砲撃する事で火口の形を変え、溶岩の流れ出る方向を調整して被害が市街に広がらないようにしていた。もちろん死亡者は数百人以上出ているだろうが、五十万人以上の被害が見積れるハワイ市街を避けられただけでも僥倖だった。
一息つきそうになるミリンダに、続けさまにヘイヴィアが助言を発する。
『違え、そうじゃない!行動を先読みするんじゃねえ。思考を先読みするんじゃねえ。可能性を先読みするんだ!現状0%でしかない可能性が、50手先には0.5%になってる可能性を探り出し、そこを前もって潰すんだよ!!アイツの十八番の大逆転は、その可能性の芽を潰していかなきゃ止まらねえ!!』
「そ、そんな事言われたって……!?」
常人には無理だろう。例えそれが高度な演算処理能力を有するオブジェクトの『エリート』であっても。
けれど、ヘイヴィアにはそれが読めた。ヘイヴィアの脳内に響くクウェンサーの幻聴が、全ての可能性を息吹く前から封殺していく。
清濁併せ呑み、喜怒哀楽を尽くしたクウェンサーとの数年間は、それだけヘイヴィアにとってかけがえのない時間だったのだ。たかが敵意や裏切り程度で、魂に刻み付けられた絆が剥がれ落ちる事は未来永劫あり得ない。
コンピュータのような演算は必要なく、洗練されたプロ棋士の一手のように、ヘイヴィアの思考は唯一つに収束する。
それを直感と呼ぶのは容易いが、きっとその一言では表現し切れない、魂の共有がそこにはあった。
「ヘイヴィア、すごい……ッ!!で、でも……」
やはり根本的な所で勝てない。
総合マルチロール型の第一世代のお蔭か、クラウンマグナムの環境改変能力にある程度は対応できている。
けれど、人工AI『ポジティブ:Q』と『ネガティブ:H』を搭載したクラウンマグナムを相手に、戦略的に勝てていない。ミリンダ自身はオブジェクト戦の手練れであり、兵装の差を埋め合わせる技量を持った優秀な『エリート』である。
しかし、人工AIはそれを上回っていた。
ここにきて、両者の差を分けたのは機体スペックではなく、操縦士としての力量だった。
クラウンマグナムの放った特殊弾頭が上空で炸裂し、巨大な氷の槍が空から降り注ぐ。ベイビーマグナムの主砲に直撃し、歪な音を立てていく。
「ぐッ!?で、でも、まだ……ッッ!!」
ミリンダは諦めない。
ヘイヴィアの語った『アレ』がある限り、勝機はまだ残っているのだから。
ヘイヴィアが同行しているB班の突入区画は会議室などが多い部署で、奥に進むにつれてベースゾーンらしい整備施設が広がっていった。
こちらの奇襲に『ピリオド』は動転している様子だったが、飛び交う声に耳を澄ませるとそれ以外の理由も推測できた。
「クラウンマグナムがキラウェア火山を人工噴火させたぞ!?」
「溶岩がこっちにやって来るんじゃないか!?」
「急いで出口を閉めろ!!」
「駄目だ、『情報同盟』軍の奇襲部隊にハッキングされてやがる!!」
そんな声が聞こえてくる。
会議室の部屋のドアから顔を覗かせて廊下の様子を伺っていたヘイヴィアは、ミリンダへの戦況分析を一旦止め、現状に思考を焦点を向け直す。
「キラウェア火山から溶岩がこの基地にも流れて来るって本当か?」
「わ、私に聞かれましても……本部の電子シミュレート部門に確認を取ります!」
部下はそう言って無線を使って交信を始めたが、ヘイヴィアは納得いっていなかった。
(アイツが作ったオブジェクトが、アイツを自滅させるような一手を打つか?なにより、モロカイ島なんて位置に拠点を作っておいて、わざわざ人工噴火なんて起こしやがったんだ。拠点を襲撃されたケースを想定して然るべきだっつーの……と、なると)
ここから先は理屈ではなく直感だった。
「テメェら、落ち着け。『島国』の時と同じだ。アイツは溶岩流で歩兵をまとめて殲滅する気だ。シェルターの二階へ上るぞ」
「!?……溶岩流が押し寄せてきているのに、この基地に残るおつもりですか?」
「大丈夫だ、きっと助かる」
「……お言葉ですが、溶岩流がここに来ている以上、この潜伏基地自体も飲み込まれます。そうなるなら、我々が制圧しなくても『ピリオド』の構成員は勝手に死ぬのではないでしょうか?」
「言っただろ。俺らには時間がないんだ」
「電子シミュレート部門は撤退するべきだと通告が来ましたが……」
「撤退してどうする?その後で基地に戻ってきて、アイツを捕まえられる保証あんのか?」
「ですが、人命を優先すべきです。当任務に、我々が死を賭してまで遂行する意義が見えません」
「遺言は書いたよな?あれはなんだったんだ。ただのポーズか?」
「……率直な意見を言いましょう。我々は『情報同盟』の軍人であり、『正統王国』軍人に心構えを諭されるいわれはないはずです」
話が通じないな、とヘイヴィアは溜め息をついた。
こいつらは正論すぎる。軍人として正しすぎて、だからこそ時代を動かせない。
かつてのヘイヴィアや彼の傍にいた相棒のように、破天荒で型破りな発想の中でしか時代の革命は生まれない。
「了解した。撤退を許可する」
「ウィンチェル隊長は?」
「ここに残ってアイツを追う。本部のお嬢ちゃんにもそう伝えておいてくれ」
言い捨てて、ヘイヴィアは後ろを振り返らず廊下を突き進んでいった。
扉を開け、次の区画に進む。
そこはオブジェクトを覆うような球状のドームだった。
索敵するまでもなく人気がないのが伺えた。『ピリオド』の構成員まで溶岩流の到来を恐れて逃亡したのか。
だとすれば、部下はクウェンサーの考えを理解できていない訳だ。
「お互い、頭ん中を理解してもらえず部下に愛想をつかされる身分だな、ヘイヴィア」
そして、その球状のドームの中心に彼はいた。
たった一人で、その手に握ったプラスチック爆弾をこねながら、ヘイヴィアを見据えて笑っていた。
隠れる必要はなさそうだった。
警戒しながらもヘイヴィアはドームに躍り出て、アサルトライフルを構えた。
「テメェと一緒にすんじゃねえよ。俺には嫁がいる」
「あーあーあーあーあー、うっさい。ブルジョアに死を!くそう、嫁持ちが上から目線で自慢しやがって……!!」
「なあクウェンサー」
冗談のノリを打ち切るようにヘイヴィアは告げた。
「両手を上げて『すみませんでした』って言える最期のチャンスだぜ」
「分かってるよ。理解して上で武器を握ってんのさ。懐かしいなぁ、プラスチック爆弾を使うのは」
「……そうか。なら、いい。別にいいんだ
――――――何も言わずに死んでいけ」