「レッスンお疲れ様、ゆっくり休んでくれ。体調管理はアイドルの基本だからな」
「「「はーい」」」
「じゃ、解散。今日はお疲れ、気をつけて帰れよ。また元気な姿を俺に見せてくれ」
「「「お疲れ様ー(でーす)」」」
事務所からぞろぞろと退出していく卯月達を見送ったあと、俺は仕事用デスクへと足を運ぶ。さてと、仕事仕事。プロデューサーに定時退勤などないのだ。ああ、悲しきかな、プロデューサー業。まあ、765プロにいた時よりは随分休めるようになったけど。だってあの頃は……。
「休み、なにそれ美味しいの?だったからな。今更ながら、12人のアイドルをプロデューサー1人に任せるって頭おかしいんじゃないの? 律子や小鳥さんも手伝ってくれてたけどさ」
まだ律子が竜宮小町をプロデュースする前の話だけど。その後はお察し下さい。だから俺はここにいる。スケィス。いや、思っただけで深い意味はない。ゲーマーの悲しきサガである。
今は確か、プロデューサーを2人雇い、3人体制でなんとか頑張っているらしい。小鳥さん情報。元々プロデューサーは増やすつもりだったらしいけど。俺が退職するのを切っ掛けに、本格的に人材を探したようだ。律子の場合は本業プロデューサー、時々アイドルらしい。元々プロデューサー志望だったしな、彼女。ゆくゆくはプロデューサー一筋になるんだとか。
「まあいいさ。俺は俺で、こっちで頑張るって決めたんだから」
決意証明。言葉にすることは大切なことなのだ。この手の仕事をしているなら特に。コミュニケーション不足。それほど恐ろしいものはない。自分にしても、相手にしても。
デスクに座り、何となくそんなことを考えていると、ケータイにメールが届いた。画面を確認し、思わず笑みが浮かぶ。すぐに手が動いた。
『お疲れ春香、今日は転ばなかったのな? 成長したなあ、なーんて。みんなによろしく伝えといてくれ、俺は元気でやってるから』
──どこに所属しようとも、やはり俺は、プロデューサーだった。
「お疲れ様ですプロデューサーさん、なにか良いことでもあったんですか? 何だか嬉しそうですけど」
「あっ、ちひろさん。お疲れ様です。そんなに嬉しそうにしてました? 俺は別に、そんなでもないですけど」
そう言って、ケータイをポケットにしまう。立っているちひろさんに視線を向けると、封筒を抱きかかえていた。見覚えのある封筒だった。わーお、またですかー。
「また新たなアイドルが増えるんですか、さすがは346プロ。俺の想像をいつも越えていく」
「確か、もう少しで200人になりますね。増減が厳しいのではっきりした人数はわかりませんけど」
増減が激しい……ね、それが当たり前か。芸能業界はなかなかにスパルタだ。付いて行けなくなるアイドル、アイドルに限らず、その関係者も辞めていく。昨日見かけたアイドルが翌日にいなくなるなんて、この業界では日常茶飯事だ。責任の重みに耐えられず、逃げ出すプロデューサーだってたくさんいる。俺は逃げなかったけど。
……逃げないじゃない、逃げられないが正しいか。おっと、765プロから逃げたじゃんとかそういうツッコミは止めてくれ。あれは逃げじゃない、戦略的撤退だ。現に俺は、今でもプロデューサーなのだから。って、誰に言い訳してるんだか。あー、自分にか。少しはそういう気持ちがあるってことか。
「そういえば、どうですか? 彼女達は」
「卯月達ですか、良くやってくれてますよ。さすがはちひろさんの一押しアイドルですね」
「ふふっ、私にとってはアイドルみんなが一押しですよ。アイドルはみんな、キラキラに輝けますから」
──思い浮かぶは、あのキラキラのステージ。卯月達にもぜひそこに行ってもらいたい。いや、全てのアイドルに。そして、知ってもらいたい、アイドルはみんな、輝けるのだと。
「そのために、俺達裏方が頑張らないとですね。シンデレラを舞踏会に連れて行くためにも」
どうでもいいが、何故俺はさっきからポエムっているんだろう。ここで働いてる人ってけっこうポエマーが多いから、知らぬうちに染まってしまったのだろうか。ああ恐ろしや、346プロ。
「あら、素敵なポエムですね。どうせなら、シンデレラだけでなく、私も連れて行ってもらえませんか? カボチャの馬車じゃなくていいので」
「……えーと、どこに?」
「お食事にでも」
「いえ、俺、これから仕事あるんで無理っす」
「じゃあ待ちま「いつ終わるかわからないのでお構い無く」…………そうですか、ワカリマシタガンバッテクダサイ」
そう言ってちひろさんは、何処ぞから取り出したスタドリをデスクの上に置くと、自分のデスクの方へと去って行った。
「…………若干置き方が荒かったような。気のせいかな」
まあ、いいや。せっかく貰ったし、これを飲んでいっちょ頑張りますか。俺はスタドリを開けて、ぐいっと一飲み。ううーむ、スタミナが回復した気がする。相変わらず速効性があるなあこれ。しかも癖になる、一度飲んだら止められない。ニコチンとかそういうの入ってんのかねえ……。中毒になる人続出してるからなあ実際。主にプロデューサーが。幸い俺は今のところそこまででもないけど。入社して1ヶ月だしそれもそうか。
「さ、ビビっと頑張りますか」
プロデューサーの、夜は長い。
………………。
…………。
……。
天海春香は、電車に乗っていた。アイドルの仕事を終えて、今帰宅している最中だ。仕事疲れからか、電車の揺れが心地好いからか、少しウトウトしている。
そんな時、マナーモードにしていたケータイがブルッと震えた。ウトウトしている時にブルッだ。思わず眠気が吹っ飛んだ。身体もビクッとしてしまった。気恥ずかしさからか、周りを見る。幸い、この車両は空いており、かつ、スーツ姿のおじさんがうたた寝しているだけだった。春香に視線を向けている人物は、一人もいない。春香、ホッと一安心。
それから、ケータイを取り出した。メール1件の通知が表示されている。メール画面を開き、名前欄を確認しただけで、笑みが浮かんだ。まるで、何処かのプロデューサーのように。
「(プロデューサーさんから返事がかえってきた。……もう、私だって毎日転んでるわけじゃないんだから。それに……えへへ、早くみんなにも教えてあげないとなあ。明日じゃ遅いよね。今すぐ電話しちゃおうかな。あっ、でも、電車の中だし。……そうだ、じゃあいっそのこと)」
プロデューサーから送られてきたメールを、そのまま転載し、765プロの皆に一斉送信してしまおう。
──765プロはまるで、“家族”のようである。多くの人々がそう感じている。ファンや芸能関係者、他のプロダクションもだ。
そして、しょーもない理由で退職したような彼も、765プロにとっては、家族の一員だった。今がどうであれ、彼は、彼なりに、765プロのアイドル達をトップアイドルにするべく、奮闘したのだから。彼の頑張りのおかげで見れた新しい景色が、765プロのアイドル達にはある。たくさんある。そんな景色を、彼は、他のアイドル達にも見せようとしている。それは凄いことだし、応援もしたい。春香はそう思っている。
でも、それだけじゃない。
『最後に言っておく。なにがあろうと、どんなことがあろうと、俺はいつまでも、お前達のプロデューサーだから。ただまあ、辞める理由は律子に訊いて下さい。俺からはちょっと……ぬわっ、止めろ、亜美、真美! 俺は何をされようと、口にはしな……だはは! くすぐるな、くすぐった……だはははは!!』
「……プロデューサーさん。私達みんな、プロデューサーさんが帰って来るの、待ってるんですからね」
春香の呟きが、電車の音にかき消される。
その後、春香とプロデューサーのケータイに、アホみたいにメールが届くのだが、それはまた別のお話。