Pさん奮闘記   作:アニッキー

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その3[お酒、強くなるべきか]

 

 ──夢を見ている。

 

「お兄ちゃんいるー? ってそりゃいるか、引きこもりだし」

 

 おう、入って早々容赦ないな、妹よ。お兄ちゃんだったから良かったものの、他の人だったら引きこもっちゃってるぞ。間違いなく。

 

「いや、もう引きこもってるじゃん、お兄ちゃん。そんなことより、お母さんが早くご飯食べに来いってさ」

 

 ご飯?……本当だ、もうそんな時間なのか。時間が経つのは早いなあ。まだ昼飯食べたばっかりな気がするんだけど。

 

「そりゃ、部屋に籠ってゲームばっかりしてたらそうでしょうねえ。やれやれ、我が兄ながら、将来が心配になるよ」

 

 よけいなお世話だっての。こちとら、ゲーム会社に就職するって決めてるんだから。そのための勉強みたいなものなんだよ、これは。

 

「はあ。で、もし入れなかったらどうすんの? みんながみんな、入りたいところに入れるわけじゃないでしょ」

 

 ……その時はその時考える。そもそも、今のところやりたい仕事なんてないし。ゲーム会社って言ったのも、ただゲームが好きだからなだけだし。というか、そういうお前はどうなんだよ。まあ、高一に将来の話をするのは野暮ってもんか。ああ、青春せよ、学生よ。俺は青春らしい青春した記憶ないけど。

 

「……将来の夢って程でもないけど、なりたいものはある、かな」

 

 へえ、なに。委員長とか生徒会長とかそういうの? いいね、進学にしろ就職にしろアピールポイントにはなるよ、そういうのは。俺はどっちもしてないけど。

 

「そういうのじゃなくて」

 

 違うのか? じゃあなんだろ、部長とか? 高一にしちゃ欲がありますなあ。

 

「──ドル」

 

 ん? なんだって? よく聞こえなかったんだけど。もっと大きい声で言ってくれないかな。小さくて聞こえない。

 

「アイ……ドル」

 

 ……はっ?

 

「だから、アイドル」

 

 アイドルって、あの? あのテレビに出てる?

 

「誰のことを言ってるのか知らないけど、多分それ。お母さんとお父さんにお願いして、養成所にだって通わせてもらうことにしたんだから」

 

 なにそれ、お兄ちゃん初耳なんだけど。初耳のオンパレードなんだけど。

 

「だって言ってないし」

 

 あっ、そう。それにしても、アイドルねえ……まあ、お前のなりたいことにどうこう言う気はないし、やりたいようにやればいいんじゃないか? 成功しようが失敗しようが、経験として蓄積されるわけだし。社会勉強にはなるでしょ。

 

「……お兄ちゃんのことだからそう言うと思った。まあ、やるなって言っても勝手にやるけど」

 

 おう。

 

 …………。

 

 あ、でも。

 

「なに?」

 

 いや、単純な興味なんだけど、どうしてアイドルになろうと思ったのかなって。個人的に気になってさ。ああいうのになりたい理由ってやつを。

 

「それは……」

 

 それは?

 

「…………。秘密」

 

 なんだ、恥ずかしいのか? そうか、わかった。じゃあお兄ちゃんも秘密をばらすから。それならいいだろ? えーと、じゃあ、実はお兄ちゃんは年上趣味だ。はい、次お前の番ね。ほれほれカモーン。

 

「ひ、秘密ったら秘密なの! じゃあ私もう行くから! じゃあね! 早くご飯食べちゃいなよ!」

 

 あっ、おーい……ホントに行きやがったあいつ。全く、どんだけ恥ずかしい理由なんだか。尚更気になるじゃないか。

 

 …………。

 

 なんだか段々お腹空いてきたな。ちょっくら、夕飯食べに行きますかね。

 

 

 ──そういえば結局、理由を訊かずじまいだったなあ。

 

 

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 

 

「おはようございます、プロデューサーさん」

 

「……おはようございます。ちひろさん」

 

 気がつくと、俺は笑顔のちひろさんに見下されていた。少し仮眠しようと事務所の休憩室のソファーに横になっていたのだが、思った以上に熟睡していたらしい。何故なら。

 

「早いですね、ちひろさん」

 

「はい、もう翌日の勤務時間ですからね」

 

「…………」

 

 次の日に、なってしまっていたからだ。

 

 昨日の俺、ちひろさんの食事を断り残業する。アホみたいにケータイにメールが来たので対応する。疲れたので区切りのいいところまで仕事をし、仮眠をとる。ちひろさんに起こされる。ソファーから身体を起こす。それが、今の現状。

 

「私、昨日帰る前に言いましたよね? プロデューサーさんも帰ってゆっくり休んでくださいねって」

 

「……ええ、まあ」

 

 言いましたね、確か。俺に一声掛けてから帰りましたね、ちひろさん。俺はその時、メールの対応に追われていましたが。テキトーに相槌うった気がしますが。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ああ、無言の笑顔が怖い。

 

「……ゴメンナサイ」

 

「次、帰らないようなら首に縄をつけてでも連れて帰りますからね」

 

「イエッサー……」

 

「──ところで、もう何日帰ってないか、プロデューサーさんは覚えてます?」

 

「えーと……3日くらい、ですかね」

 

 それくらいなら、765プロにいた時からやってるし、身体が慣れてしまっている。1週間帰らないなんてこともそれなりにあったし。

 

 よくよく考えると、あっちにいた時も小鳥さんに注意されてたなあ、働きすぎだって。でもなあ、もうそれが当たり前になっちゃってるんだよなあ。

 

「もう今日で4日目になっちゃいましたけどね」

 

「それはそれは……あ、ありがとうございます」

 

 ちひろさんがずっと持っていたらしいマグカップを受け取る。中身はブラックコーヒー、さすがにエナドリとかではなかった。早速一口。うん、苦い。

 

「いつか本当に身体壊しちゃいますよ?」

 

「……善処はします」

 

「……はあ、とりあえずプロデューサーさん、身嗜みはしっかりしましょうね。卯月ちゃん達に笑われちゃいますよ」

 

 何故ちひろさんはため息をついたのだろうか。俺の言い分に御不満な点でもあったのかな。……まあ、いいや。

 

「そう……ですね。身嗜み、整えてきます」

 

「はい、行ってらっしゃい。さあさあ」

 

「っとっとっと」

 

 ちひろさんに背中を押され、半ば強引に事務所から退出させられた。

 

「身嗜み……ね」

 

 手を顎付近に持っていく。うむ、少しヒゲが伸びてしまっているな。剃らないと。

 

「あっ、それと」

 

 事務所から、ちひろさんの声がする。しかし、扉は開かず。顔も見えず。

 

「はい」

 

「午前中の仕事は私がやっておきますので、プロデューサーさんは午後まで帰って来ないで下さい」

 

「はい?」

 

 ──ガチャっと、嫌な音がする。え、ちょっ、あなた今、扉に鍵をしませんでしたか!? ドアノブを回す。開かない。

 

「午後まで開けませんので、悪しからず」

 

「そ、それがアシスタントのやることですか!」

 

 横暴にも程がありませんかねえ!?

 

「そうでもしないと、仕事するじゃないですか。後は私に任せて、ゆっくり休んで下さい。それも、アシスタントの仕事ですので」

 

「くっ……!」

 

 確かに、身嗜みを整えたら早速仕事の続きを行おうとはしてたけど、だからってこんな……!

 

「…………」

 

 でも、なにか言ったところで開けてくれることはないだろうな、そんな気がする。

 

 ──仕方ない、休めというなら休みましょう。全力で休んでやりましょう。その代わり、午後からは本気で仕事するからな! わかったかちひろぉ!

 

「なにか言いました?」

 

「イ、イエ、ナンデモ……」

 

 感が良すぎるぞちひろぉ……!

 

 

 …………。

 

 

 それから、俺は気替えを取りにロッカールームへ向かっていた。替えのスーツや服は何着も用意してある。寝泊まりできるように、前もって用意しておいたのだ。歯ブラシや剃刀、ボディーソープやシャンプーなんかもある。改めるが、“寝泊まりできるように‘’、一通りのものは用意した。765プロからの伝統みたいなものだ。

 

 あの頃も、事務所が我が家みたいなものだったから、必要だと思えるものは全部事務所に用意した。というか、家に帰る暇がなかったので、自然と荷物が増えたが正しい。住めば都というか、意外と事務所生活は悪くなかった。もちろん、今はもう荷物は全部撤去させてもらったが。もしかすると、何かしらは残っているかも知れない。コップとか。後で見つけたら処分するように頼んでおこう、小鳥さんにでも。

 

 身嗜みのことをちひろさんに言われたからか、ふと、765プロでの出来事を思い出した。

 

 身嗜みというか、だらしない姿をけっこうみんなに見られてたなあと。寝顔とか。寝起きの姿とか。脱ぎ散らかしたスーツとか。気替え中の下着だけの格好とか。……我ながら、どうしようもない。

 

「デリカシーがないって言うんだよな、こういうの」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、確か、それで合ってた──ってうわ、ビックリした!」

 

「ふふ、おはようございます、プロデューサー」

 

「お、おはようございます、楓さん」

 

 完全に自分の世界に入っていたからか、近くに人がいることに気付かなかった。そう、俺に話しかけてきた、346プロ所属のアイドル、高垣楓さんに。

 

 ちなみに、楓さんとは昨日ぶりである。あのぐだぐだ事件の張本人だ。本人はどこ吹く風というやつで、いつの間にかしれっと仕事に出かけてしまっていた。

 

「プロデューサーは今日も早いですね。あっ、もしかして、今日もですか」

 

「……ええ、まあ。そう言う楓さんも早いですね。昨日は飲まなかったんですか?」

 

 お酒を。

 

「朝からモデルの仕事が入っていたのを知っていたので、一杯だけです」

 

「一杯は飲んだんですね」

 

「いっぱいは飲んでませんから」

 

「いっぱいいっぱい飲まれても困りますけどね」

 

 …………。

 

「うふふ」

 

「あはは」

 

 これが、俺なりの楓さんとのコミュニケーションである。俺のギャグが酷い、そもそも、ギャグになってない。自分でもよくわかってる。でもな、言っちまったもんは仕方ないだろう俺! そんな楓さんみたいに咄嗟に出てこないんだよ! 乾いた笑み!? やかましい! 思わず自分にセルフツッコミ。

 

「あっ、そうだ。プロデューサー、私、朝からいいものが見れました」

 

「いいもの? へえ、なんですか?」

 

 楽しそうに楓さんが、俺の頭を指差す。……ん? 俺の頭? 何故?

 

「うふふ、寝癖がついてますよ、プロデューサー」

 

「あっ。ああ……」

 

 俺、寝癖ついてたのか。身嗜みを整える──というか、まだロッカールームにすら到達してないから全く気づかなかった。髪に触れる。一部分がアホ毛みたいになっていた。うわ、恥ずかしい。

 

「縁起が良いですね。今日はなにか、良いことがありそう」

 

「嫌々、茶柱とかじゃないんですから」

 

 茶柱=アホ毛はさすがに申し訳がない。全国の茶柱に怒られそうだ。全国の茶柱に怒られる状況が全然想像つかないが。あー、お茶をぶっかけられるとか? 地味に嫌だな、それ。

 

「──例えば、プロデューサーが私を飲みに誘って下さるとか」

 

「……つまり、飲みたいと」

 

「プロデューサーと、です」

 

「……まあ、考えておきます」

 

「よろしくお願いしますね。それでは、私はこれで」

 

 楓さんが去って行く。その足取りは何故か、喜々としているようにみえた。それほどまでに楓さんは、お酒が好きなのだろう。何度かコミュニケーションの一環として楓さんと飲んでいるが、癖になったのだろうか。俺と飲むことを。それは、とても嬉しいことではあるが。

 

 でも。

 

「あの人酒強いからなあ」

 

 俺は少なくとも、楓さんほど飲めない。俺もお酒が強くなるべきなのだろうか。そんな自問自答をしつつ、空いてる日はあったかなと、ポケットから手帳を取り出すのだった。

 

 




※注意!
【妹】はアイドルマスターのアイドルではありません! やったね!
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