メタ要素とパロディ要素が今回そこそこ酷いです。ご了承下さい。
身嗜みをほぼ完璧に済ませた俺は、なにか食べようと思いカフェテリアにやって来た。昨日の夜に常備しておいたカップラーメン(シーフードヌードル味)を食べて以来、なにも食べていない。お腹も空くものである。
食堂という案もあったのだが、朝からがっつり食う気分でもなく、サンドウィッチとかでもいいかな、という理由による。
ちなみに、ここ、346プロダクションはでかい。何でもある。カフェテリアなんかもあるし、食堂もある。ロッカールームにシャワールームなんかも完備してある。銭湯なんかもあれば完璧なのだが。あー、スパはあったかな、確か。まだ行ったことはないが。
そして、ここが一番大事。スタジオが会社内に入っている。もう一度言うが、スタジオが会社内に入っている。わざわざ車で送り迎えしなくていいのだ。これが俺にとって一番魅力的だった。765プロにいた時は、何度往復したことか。全ての指を使っても間違いなく数え切れない。
「大企業様々だね、ホント」
その時間を他のことに使えるのだ。最高だね、うん。
そんなことを考えつつ、カフェテリアの外のテーブルに腰を掛ける。俺以外にも、ちらちらとここを利用している人がいた。ノートPCを開いて何か打ち込んでいる人とか、カバー付きの本を読んでいる人とか、コーヒー片手にボーッとしている人とか。わいわいとなにか盛り上がっている人達とか。老若男女問わず。
こっちに来てからそれなりにここのカフェテリアを利用させてもらっているが、幸い、今回も満席なんてことはなく。満席なんて光景早々見たことがないが、多分毎回タイミングが良いだけなのだろう。混む時は混んでいるはず。
……あっ、そうか、ノートPCを持ち出せばこういう場所で仕事できたのか。くそ、ぬかったぜ。今の俺は手ぶらだった。ポケットにケータイと財布くらいは入っているが、残念ながら、仕事道具はない。プロデューサーとして、名刺は常に持ち歩いているが、ここで使う機会があるかは微妙なところ。基本は営業で自分達を売り込む時に使うモノなので。あとは自己紹介の時くらいか。
──って、なに仕事のことを考えているんだ俺は。午前中はゆっくり休むと決めただろう。すぐに仕事のことを考える、悪い癖だ。こういうのを社畜というんだろうか、違うか。頭を横に振って考えていることを吹き飛ばす。そんなことで吹き飛ばせれば苦労しないが。
「いらっしゃいませ〜♪ あっ、プロデューサーさん、おはようございます」
「おはようございます菜々さん。今日もバイトご苦労様です」
メイド服姿のアルバイト店員、安部菜々さんがやって来た。オーダーを聞きに来たのだろう。カフェテリアのアルバイト店員ではあるが、これでも立派な346プロダクションのアイドルである。アイドルの仕事がない時はここで働いているらしい。昨日事務所にいたのはちょうど仕事があったから。ほらあの、いきなりジオングのことを語りだした人、あの人が菜々さんだったのである。
「好きでやっているので気にしないで下さい。ナナ、昔は地下アイドルをやりつつつメイドカフェで働いてましたから、こんなの余裕のよっちゃんですよ。……あっ、む、昔って言っても1ヶ月前とかそういうのですよ? ナナは現役JKですから。キャハっ☆」
「…………」
現役JKは余裕のよっちゃんなんて言葉は使わないかと存じますが。まあいいでしょう、こちとらプロデューサーだ、菜々さんの事情はだいたい理解している。ぶっちゃけると、実年齢も把握している。カミングアウトする気はないので実際にご安心。キャラ作りというのは大変なのである。菜々さんにそんなことを言ったら「きゃ、キャラ作り? な、なんのことですか? ナナにはさっぱりです」と100%とぼけるだろうが。
「ところで、菜々さんってけっこう早い時間から仕事してますよね。朝は起きれる方なんですか?」
ちなみに、俺は起きれる方だ。詳しくは、時間になると勝手に目が覚めてしまうタイプ。プロデューサー業なんてしていると、時間に敏感になってしまうものなのである。とはいっても、やらかしたら怖いので、目覚まし、アラームなどはセットしているが。
「起きれるといいますか、朝になると自然に目が覚めちゃうんですよねえ。今日もナナ、5時に目が覚めちゃいました」
「お婆ちゃんですか」
「失礼な、ナナはまだ…………じぇ、JKの17歳ですよ?」
「…………」
「な、なんでさっきからナナの発言のあとは無言になるんですかプロデューサーさあん!」
さあ、何でですかね。触れないでおこうっていう俺なりの気遣いじゃないですかね。口にはしませんけど。あと菜々さん、自爆芸も程々にしないと本当に自爆しますよ? 面白いので言いませんけど。
「菜々さん」
「は、はい、なんでしょう」
「俺は一度、菜々さんと腹を割って話したいことがあったんです」
「と、言いますと……まさか……」
「ドラクエⅢ……知ってますよね」
「ドラクエⅢ……懐かしいですね。今でも時々ふとファミコンを引っ張り出してやってますよ。勇者一人旅とかロマンですよね!」
「データの消える音は今でも印象に残ってます」
「あのSEを聴く度にナナは床を転がり回ったものです。カセットをふーふーしてももう遅いのはわかっていても、吹かずにはいられませんでした……」
「ふーふーするならファンファーレと言いますけれども」
「ディオだって泣き喚きますよ、間違いなく。あ、DIOじゃなくディオですよ? スタンド持ってない方」
「発音的には一緒なんで、第1部と第3部でわけるのが良いかと」
「なるほど、確かに」
「なるほど、確かに……じゃなああああいっ!! メタいにゃ! 会話がメタメタしすぎるにゃ! Pチャンもナナチャンもぶっ込みすぎ! なに普通に会話してるの!? Pチャン的には止めるところだし、ナナチャンはいつもの自爆芸しないで話し込んでるし! 一体なんなの!? バカなの死ぬの!?」
なんだなんだ、朝から騒がしいなみく、カルシウムが足りてないのか? いきなり俺と菜々さんのトークに割り込んで来た彼女、前川みく。眼鏡をかけているのは、来たばっかりだからだろうか。
「おう、おはようみく」
「おはようございます、みくちゃん」
「……そんなに冷静に返されると、騒いだみくが馬鹿みたいなんだけど。おはよう、ナナちゃん、Pチャン。2人とも早いね」
「みくもな。朝から仕事か?」
「うん。でも、ちょっと早く来ちゃったから少し寄ってこうかなって。Pチャン、ここいい?」
「いいぞ、空いてるから」
アリガト、と俺の前の席に座るみく。それから、菜々さんにホットミルクを注文している。さすが前川さん、どんな時でも猫アピールを忘れない。自称キャットアイドルの鏡。猫といえばミルクだもんな。はい、偏見である。
「なに、Pチャン。みくの顔ジッと見て」
「いや、なんでも。菜々さん、今更ですけど、俺もいいですか?」
オーダーを聞きに来たであろう菜々さんを捕まえ、仕事の邪魔をしておいて本当に今更だが、俺も軽食セットを注文する。サンドウィッチ2枚とコーヒーのシンプルなやつだ。注文を聞き終えた菜々さんは、少々お待ちくださいと、店内へと引っ込んでいった。
みくは眼鏡を外し、ふにゃ〜とか言いながら、大きく伸びをした。そして、いつの間にか、猫耳が装着されていた。来たばっかりの時は付いていなかったはずだが。今のみくは、猫耳アイドルの前川みくなのにゃ!みたいなことなのだろうか。よくわかんないけど。
「PチャンPチャン」
「なんだ?」
「見て見て、ここに愛らしそうな猫チャンがいるよ~?」
「え、どこに?」
辺りを見回すが、それらしきモノはなく。目の前には、招き猫みたいな猫ポーズをしているみくがいるが。
「目の前にいるでしょ! みくっていう愛らしい猫チャンが!」
「あ、ああ……せやな」
「反応薄っ! その反応は猫チャンアイドルのみくにとっては致命的にゃ!」
いや、いきなりそんなことを言われたら……ねえ? 電波アイドルがいきなり、目の前でメルヘンチェンジされたら「えっ?」てなるでしょ。それと似たようなものだと思って下さい。前もって言ってたらそれ相応の対応をしたと思うぞ? ワーホントダアイラシイナー、みたいな。
「Pチャンってもしかして、あんまり猫好きじゃない……?」
「いや、そんなことはないけど。ただ、犬の方が思い入れはあるかな」
身内が犬派だったから。犬飼いたいって話題が昔出たなあ、そういえば。うちのマンションは動物飼うのダメだからであっさり決着ついたけど。あれはいつだったか。子供の頃だったかな。少なくとも、“あの頃”ではない。
「みくはハナコチャンに勝てないって言うの!?」
「知らんがな」
ハナコとは、渋谷家で飼っている犬のことだ。犬の種類はなんだったかな、えーと……忘れた。自慢じゃないが、動物の知識は疎い方である。
ただ、どうも俺はハナコに好かれているらしく、俺を見つけるとタックルをかましてくる。犬って好きな奴には尻尾を振り回してじゃれつくものだろう? そんなことを何かで聞いたことがある。
だから、「可愛いなあお前」と言って「えっ?」と、一緒にいた凛が動揺したのはいまいち謎なわけで。ケモナーとでも思われたのだろうか。「い、いきなりなに?」と言われたのも謎。可愛いから可愛いと“ハナコ”に言っただけなのに、そんなことを言われましても。若い女の子の考えはわからんものである、俺みたいなおっさんには。そんなことを菜々さんの前で言ったら、「プロデューサーさんがおっさんなら、ナナはどうなるんですか!?」とか言ってきそうな気がする。口は災の元。ふとした言葉が他人を傷つけるのだ。
「うにゃー……でも、みくは自分を曲げないよ! きっとPチャンを猫チャン派にしてみせるにゃ! というわけで、まあまあ、猫耳どうぞにゃ」
聞き覚えのある売り文句で、どこからか取り出した猫耳を渡してきた。とりあえず手に取る。
──で。
「これをどうしろと?」
「もちろん付けるの、みくみたいに」
「…………」
公開処刑。そんな言葉が頭をよぎった。俺みたいな平凡地味顔に何をさせようというのか。宴会の罰ゲームとかならまだしも、シラフでこれを付けるのはキツイ。あ、そうだこれ、武内さんに付けてもらったら面白──
「にゃんけんぽいっ!」
条件反射で手が動く。俺、チョキ。みく、グー。ここでもみくは自分を曲げなかった。猫といえばほら、グーでしょ?って、そんなこと考えている場合ではなく。
「にゃは〜、みくの勝ち〜。さあPチャン、さあさあさあ!」
「…………」
別に、じゃんけんに負けたら猫耳を付けるなんてルールは存在せず、そもそも、その条件にオッケーすらしてない。だから、別に付けなくてもいい。付けなくてもいい、筈なのに。
みくが、キラキラした目で俺を見てくる。ウズウズしている身体が、俺が付けることを期待しているように思える。
だから俺は。
──助けを、呼ぶことにした。
「…………みみみん」
「どしたのPチャン? 蝉のモノマネ?」
「みみみん、みみみん」
「!? まさか、その言葉は……! まずいにゃ、なんかこの後ぐだぐだになって猫耳付けるとか付けないとかそういう問題じゃなくなってくる気がする! こうなったら、観念するにゃ、Pチャン! みくと同じ猫チャンになってみくをプロデュースしてトップアイドルにするのにゃ!」
しれっと願望を言いつつ、みくが直接俺の頭に猫耳を付けようと襲いかかってくる。
だが遅い。俺の目にはもう映った。この場をうやむやにしてくれる、救世主の存在を。
来い。
「うーさみーん……!!」
「ピピッ、メルヘン電波を受信! 今こそその時! メルヘンチェーンジ! ウサミン星よりやって来た、歌って踊れるアイドル、ウサミンことアベナナです。キャハっ☆ 悪い子は、月に代わってナナがお仕置きしますよ! ああ、死ぬ前に一度は言ってみたかった言葉。ナナはもう満足です。みんなを……笑顔に……。いやいや、冗談ですまだまだナナは現役JKの17歳で頑張りますよ! みくの戦いにご期待ください!って、打ち切りじゃないんですからーもー!」
…………。
……まあ、なんというか、その、場が完全に白けたのはともかく。ノートPCをいじってたお客さんの手が止まってたり、本を読んでたお客さんが手を滑らしてどこまで読んだかわからなくなって慌ててたり、ボーッとしてたお客さんがヒザをテーブルにぶつけて痛そうにしてたり、わいわい喋ってた人達がピタリと固まってたりしてるけど、それもともかく。
アベナナ節、全開である。
「…………。あ、あは、お待たせしました~。どうぞごゆっくり〜」
変身モーションをする前に、空いてるテーブルに料理をしっかりと置いておいた辺り、さすが接客のプロである。俺とみくの前に注文したモノを置くと、そそくさと店内に去っていく菜々さん。その背中は、泣いているように見えた。俺はその背中に、サムズアップ。ありがとう、ウサミン。さようなら、ウサミン。
「じゃ、いただきます」
「……どうぞ、召し上がれ」
みくは案の定、あんな事があった後だしなんかもうどーでもいいやの境地に陥ったようだ。大きな事件の前に、小さな事件はかき消される。悲しい世の中である。
「そうだみく」
「なんにゃー、Pチャン」
みくをプロデュースしてトップアイドルにする夢、いつか見させてあげる。いつになるかはわかんないけど。そのためにプロデューサーしてるわけだし。夢はトップアイドルって言える女の子、大好きなんだよね、俺。
──言葉にするのは止めておこう。それは、俺が本当にみくをプロデュースする機会があった時にいう言葉だ。保証がないことは口にすべきではない。
ただ、願わくば、少しでも、みくをトップアイドルにするお手伝いができますように。
「いや、何でもない」
「うぅ、そういうもやもやすること言わないで〜」
みくと駄弁りつつ、サンドウィッチを食し、コーヒーを口にする。そんな、午前のとあるひと時。午後まで、まだまだ時間はありそうだ。