偽史・恋姫無双――乱世を照らす太陽――   作:味噌の素

5 / 11
今はただ、微睡みの中で…

 

「……踏み込みがまだまだあまいな、ふん!」

 

「ぐう!!っ……はぁ……っっ!」

 

荘厳にして、絢爛としたここ冀州。

 

その中でも、三本の指には入るであろう、広大な屋敷の中庭では、現在一人の女性と一人の少年が、それぞれ二本の木刀を用いて打ち合っていた。

 

少年はこの屋敷の主でもある袁煕。

それに対し、先程から圧倒的な威圧感で、散々に袁煕を打ちのめし、射殺さんばかりの燃える眼で見やり、炎のような真っ赤な髪も合わさり、まるで悪鬼の様相である。

 

だが、この人物こそが紅羽の母である朱禹であった。

 

「ふぅ……大丈夫か?紅羽、お前は父に似て余り身体が丈夫ではない、少し休憩を……」

 

「大丈夫です、母上、こんなことで立ち止まっていては、いつまでたっても母上の"一振六撃"の域には達せません。ですので、続けることを所望します」

 

「ふふ、そう焦るな。お前はもう十二の年にして、既に一振四撃の域にまでは達している。そうだな……十四を数える前には、既に"一振六撃"の域に到達するであろう……私より十年は早いぞ」

 

そう言葉を放つ朱禹には、先程までの冷然とした威圧感はすっかり鳴りを潜めて、真っ赤な両目も今は優しい眼差しとなっている。

 

「う~ん……わかりました母上、それでは一息入れることとしましょう」

 

「うん、それでいい……む?少々髪が乱れているぞ。どれ私が整えよう、近う寄れ」

 

そう言って、朱禹が指さすのは膝の上を示していた。

 

「は、母上! 紅羽はもう幼子ではありません! その程度は母上の手を煩わせずとも!」

 

「そう照れずとも良い、半月も公務でこの屋敷に帰って来れなかった愛息子との時間だ、その位はやらせてくれても良いだろう……」

 

「う……そう言われては僕が断れないのを知っているくせに。やはり母上には敵いませぬ……」

 

とは言いながらも、うずうずしている様子であることは、人の機微には少々疎い朱禹の目からも丸わかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(それにしても、異民族と蔑まれ、憎しみの感情で、人を斬ってばかりいた私も随分と丸くなったものだ……ふふっ、寄る年波と、愛息子には勝てないものだな)

 

などと、紅羽の髪をときながら考える朱禹ではあったが、涼やかな目元とくすみの無い肌、凛とした佇まいを見ては、誰も十を越えた子を持つ親とは思わないだろう。

 

「どうだ?最近は変わった様子は無いか?最近はとみに忙しそうではあったが……」

 

「はい、何でも最近は"黄巾賊"なるものが世を騒がせているらしく、近々麗羽姉さん達と洛陽へ向かうこととなるかもしれません……何故か僕にも招集がかかったらしくて、その黄巾賊への対策会議なんかで忙しかったのです」

 

「なるほど、どういったわけか"霊帝様"はお前をいたく気に入っているからな…速く手柄を立てさせたいのだろう、我が愛しい息子を死地へ向かわせようとは全く帝様にはつくづく恐れ入るよ……」

 

その瞬間、並々ならぬ殺気を紅羽は背中で感じ取ったが、あえて気付かぬ振りをしてこう続けた。

 

「は、ははは……しかし母上、近頃は何やら世もあわただしくなっております。万一のことがあった時の為に、初陣を速く済ませておくことに超したことは無いでしょう」

 

「む……しかしだな、大体にして、あのわがままな小娘どもが、もう少ししっかりと責務を果たしておれば、お前がここまで気苦労することも無いであろうし、母としてもお前との時間をもっと取れるのだ、また少し灸を据えてやらねばいかんか……」

 

「は、母上、最近は姉さん達も少しは真面目になってくれています……(多分)麗羽姉さんは会議に遅刻することが二日に一度になりましたし、美羽姉さんは蜂蜜水を飲むのも以前と比べて三分の二程になりました」

 

「また、そうやってお前が庇うから、あいつらもいつまでたっても自覚を持たんのだ、時には諫めることも大事だぞ、大体だな可愛いお前に……

 

~四刻後(約一時間)~

 

……というわけだ、お前にもしもの事があったら……む?」

 

四刻程の間、おもにわがまま姉妹(朱禹の中では袁紹と袁術のこと指す)と可愛い我が子への、心配ごとを粗方話終えた頃、紅羽はこっくり、こっくりと頭を上下に揺らし微睡みの中にあった。

 

「やれやれ、小言が多くなったのもあやつの影響だな」

 

と、既に亡き夫への感傷に少し浸る。

 

「……まあ、それはそれとして、私の話の最中に寝た罰として、紅羽には警邏から帰ってきたら、湯治と睡眠を私と共にさせることとしよう」

 

などと、勝手に紅羽への刑を決める朱禹であったが。

 

「しかし、まあ……こんな幸せな刻がずっと続けば良いのだが、この子には物心付いたときから、こういう心休まる時間も少なかったな」

 

袁家の柱であった袁瑰が、紅羽の幼い内にこの世を去り。

すぐにでも、次の柱を欲した袁家からの期待に押し潰されぬように、との朱禹の親心故に厳しい修練を、紅羽には幼い頃から課していたのである。

 

だが、やはりどうにも心苦しい思いを今でも振りきれずにいた。

 

「お前が日増しに立派になっていくのは、素直に嬉しく思う、反面どうしても普通の子であれば今頃は、と考えてしまう……」

 

紅羽の身体を起こさないように、そっと横たわせて膝を枕にし。

普段はあまり、口には出来ない母としての、純粋な思いを朱禹は吐露しながら優しく額を撫でる。

 

「せめて、お前が二十を越えるまでは、この世が平和であればいいのだが…私にできることと言えば、血生臭いことを教えることと、ただ平和を祈ることだけしかできん、無力な母を許してくれ……」

 

(いいえ……母上、僕は騒がしいけれど愉快な姉さん達に、こんな僕にでも着いてきてくれる仲間たち、それにこんなに強く美しく優しい母上がいる。そんな僕はきっとこの世で一番の果報者です……)

 

優しい母の温もりに抱かれて、微睡みの中へ…

紅羽と同じように天もまた今はまだ微睡みの中であった…

 

そう、"今はまだ"…………

 

 

 

しかし天下は、悪意という形の無い刃の名の下に。

終わりの見えない混沌の時代へ差し掛かっていることを、さらには自分がその混沌の渦の中、血ヘドを吐き、血に塗れ、血を流し、或いは、安易な死よりも辛く険しい道を進んでいかなければならぬ定めで在るとは、このときの紅羽には知る由もなかった…。

 

 

 




大体今回で回想は終わったので、次回からはようやく話が進んでいくと思います!多分次回からは、袁煕さんハードモード突入って感じ…?可愛い女の子や、男の子が絶望に苛まれながらも頑張るって、なんか…素敵やん?

追記:文章を改訂しました12/27
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。