「いやはやどうにも困ったものだ…また路銀が尽きてしまった、伯圭殿の所を出たのも、いささか早計に過ぎたかな?」
冀州の繁華街にある比較的高級な飯店。
この飯店は、一昔前までは寂れた店であったが、なんでもこの店の料理長が三年ほど前に「究極のメンマを作り上げた!」との喧伝が広まってからというもの右肩上がりに売り上げが伸びていき、この冀州においても、五指に入るほどの飯店へと急成長を遂げたのであった。
「それにしても、ここのメンマは本当に最高だ!まさにメンマの中のメンマ!"メンマの帝"と言えよう!」
などと、意味不明の妄言を繰り返し、メンマの乗った大皿を山とばかりに積み上げている女。
常山で知らぬものなし、「常山の昇り龍」の二つ名に偽りなく、幽州では最強の武力を誇る、趙雲子龍、その人であった。
……この惨状を見て、それだと気づくものは、なかなか居ないだろう。
(ふーむ、しかしどうしたものか…この冀州で仕えるのもやぶさかでは無いが、仕える相手があの「袁家のうつけ姫」とあってはな、とても我が槍を捧げるに足る御仁とは思えん……)
メンマを肴に、ちびちびと酒をあおり黙想する趙雲。
だが以前仕えていた公孫賛の言葉を思い出し、はたと思い返す。
(しかし、伯圭殿の言に因れば、確か神童と名高い袁顕奕殿もここにいるはずだ…流石に、まだ我が忠義を捧げるには年が若すぎるとは思うが、一先ず彼の客将にでもなってみるのも一興か?)
以前から、公孫賛はことある毎に袁顕奕については言及していた。
「剣を使わせたら、冀州で右に出る者はいない!」だの「軍略においても高い理解を有している」だの「剣を用いた舞では、帝様も強い興味を持っていた」とか「男の子とは思えないくらい、凄い可愛い顔してる!」などと言っていた。
(まあ、伯圭殿はどうも人を過大評価する節がある…彼女が評価する人物に会ってみても、半分は口だけの者、もう半分は並みの将に毛が生えたようなものだったな……)
公孫賛自身は、将としての資質は、非凡なものがあり、全体的に高水準であったので、間違いなく名将ではあるのだが。
こういった部分でどうにも「残念」というか有力な諸侯と比べて、如何せん「華がない」というのが趙雲の評価であった。
その瞬間、幽州の方角から「残念とかいうなー!」という声が聞こえて来たような気がしたが、まあこの場においてはどうでもいいことである。
(まあ、どちらにしても旅費くらいは稼なければならない、今回のことに関しては、伯圭殿の話や、世間の風聞が半分でも当たっていれば良かろう……む?)
「すいません! 店主さん、五人なんですけど空いてますか?」
そこまで考えたところで、趙雲の耳に鈴を鳴らすような、溌剌とした声が響いてきたので、はて? とそちらの方を覗き見てみる。
すると……
(あれは! 話に聞いていた風貌とも一致している……あの少年が!)
「おお、坊っちゃん! あいにくなんだが、今は空きがなくてな……うちが掘っ立て小屋だった頃からの付き合いだった常連さん相手に心苦しいが、相席ならなんとか……」
「店主殿、こちらの席なら余裕がある、お客人が構わない。というのなら、こちらに通すのが良かろう」
(これはいい機会だ!)
と内心舌なめずりする様をおくびにも出さずに、そう告げる趙雲、それに対して紅羽は。
「本当ですか! それでは心苦しくは有りますが、こちらの方の厚意に甘えさせていただきましょう、ありがとうございます!」
(ほう、仮にも、名門袁家の一族の者が、たかが旅人風情に、全く礼を失することもない……か)
趙雲の紅羽への第一印象としては、極めて好感触であったようだ。
「それじゃあ座ろっか皆、くれぐれも失礼の無いようにね」
「「「「「へい!坊っちゃん!!」」」」」
こうして、趙雲にとっては予期せずして、己が主に足る人物かを見極める機会が与えられたのであった。
「へぇ~あの噂に名高い趙雲さんが、どこにも仕官せずに旅をなさっていたとは……」
「左様、それにしても"高覧"殿はそのお年で将官の責務を勤めているとは、恐れ入る限りですな……」
真相を知る者からすれば、この趙雲とんだ食わせ者だと思うことであろう。
既に、袁煕についての風貌を聞き及んでおり、対面する少年が袁煕である、との確信を持っているのに、自己紹介の際に袁煕が偽名を名乗ったのに対し、まるで素知らぬ素振りで、飄々と問答を繰り返していた。
「い、いえいえ、将と言っても、ただの自警団の隊長のようなものですし……」
対する紅羽は、先程から慣れぬ嘘のせいか、そわそわと落ち着きが無く、目もあちこちを泳いでいる。
(ふむ、嘘はつきなれて様子だ。まあ如何にも純真無垢といった感じであるし、かわいらしいものよな……ならば)
と、ここでひとつ、からかってみようという悪戯心が、趙雲のなかで鎌首をもたげていた。
「それにしてもだ、曲がりなりにも袁家の将であることには、お変わりない。何より、その秀麗なお顔立ち、側室なんかも、もしやいっぱいいるのではないですかな?」
「そ、そそそ側室!?そそ、そのような者がいるはずが無いでしょう!全く趙雲さんも人が悪いですね!あは、あははは!」
趙雲の予想以上に効果覿面であった、危うく椅子から転倒しそうになりながら、顔を真っ赤にしながらブンブンと首をふっている。
こうなると、趙雲としても些か以上に先程よりも嗜虐心を刺激されていた。
「おやおや、それではまだまだ色んな人物に機会は平等に残されていると……例えば"それがしのような、一介の旅人風情"にも……」
そこで、趙雲は敢えて、元より露出度の高い衣服から、更に胸の辺りや太ももを紅羽に強調するようにそう言った。
「あわわ!はわわ!」
煩悩の許容量を越えてしまった紅羽は、意味の成さない言葉を吐きながら、顔をゆでダコのようにしている。
「はっはっは、高覧殿はウブでありますな~、む?」
趙雲はとなりに座る炎樹から、肩を小突かれていることに気が付き、こう耳打ちされた。
「これ以上坊っちゃんに余計な口を利いてみろ、口を縫い合わすぞ……」
と、ドスの利いた脅し文句を放たれる。
改めて周りを見渡して見ると、皆、趙雲以外には気付かれない様に、静かに殺気を放っている。
(ほう、これは四人共かなりの手練れだな、店に入ってきたときから隙が全く無いと思っていたが、これはなかなか……)
「え、えーっと趙雲さん?炎樹?」
先程の状態から立ち直ったのか、何やら不穏な気配を感じた様子の紅羽が声を上げた。
「いやいや、高覧殿、先程は失礼をば。少々からかってみただけです、どうぞお気になさらずに」
炎樹達の殺気など、どこ吹く風、とばかりに平然と言い放つ趙雲に呆れたか、許したのかは解らないが、殺気はもう収まっていた。
「まあ、怒ってはいませんが……全く趙雲さんも、ほんとにお人が悪いです」
と、上目遣いに少し潤んだ目で抗議してくる紅羽だったが。
(そういう可愛い反応をするから、余計いじられるのではあるまいか?)
趙雲には、あまり抗議の念は届いていなかったようだ。
「それではこの話は終わりとして、私事ではありますが袁家に仕える高覧殿には、是非ともそれがしから御願いが……」
そこまで言い終わらぬ内に、突然バーン!と玄関の戸が開け放たれ、一人の男が息を切らせながら飛び込んで来た。
「顕奕様!黄巾賊です!黄巾賊がこの街に現れました!」
「常山の昇り龍」と冀州の「光輝の皇子」
この会いが、この大陸になにをもたらすのか……
その答えを知るのはまだ、天のみであった。
いじめがい…もといいじりがいのある子っていいよね
追記:文章を改訂しました12/27