偽史・恋姫無双――乱世を照らす太陽――   作:味噌の素

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悲しみの温床

黄巾賊襲来の報告から二刻ほど。

 

紅羽と趙雲に、紅羽の親衛隊を合わせて計22名が、北門の前に集結していた。

 

物見の櫓からの報告では、冀州の程近い山の方からおよそ百人あまり、黄色い衣服を纏った軍団が押し寄せて来ているとのことであった。

 

しかし追加の情報によると、恐らく何処かから逃げて来た様子でもある、とのことであった。

 

「……多分幽州から逃げて来たんでしょう、大規模な討伐を近く行うと言っていたので。恐らくは、その残党でしょうね」

 

(伯圭殿……こういうところが残念だというのだ)

 

とは言うものの、公孫賛が今回相手にしただけでも5000人以上の黄巾賊であったのだ。

そのうちの100を、討ち漏らしてしまうのも仕方ない、とは言えるだろう。

 

「恐らく、奴らは食料が底を尽きたのであろう。そこで、略奪を働くためにこの街を襲撃しようとしている……まあそんなところでしょうな」

 

「全くもって迷惑千万な話です、しかし、彼らも元は罪無き民達です。決して殺さずに全た、員を捕縛します……できますね?親衛隊のみなさん」

 

おう!と勇ましい声が方々から上がると、紅羽も満足気に、ひとつ頷く。

 

「随分な自信ですな、相手は烏合の衆、とは言え百人はいるのですよ?できますかな?」

 

と、やや挑戦的な笑みを紅羽に向ける。

しかし、紅羽は毅然とした態度で、全く動揺を見せずに……

 

「ええ、できます。僕の剣は、大陸においても随一のもの、と母上や炎樹は信じてくれています。それに、僕から見て、身内贔屓抜きに、我が親衛隊の錬度は中華一と断言できます!」

 

「なるほど、とは言うものの、やはり寡兵であることには変わりありませぬ……私もお手伝いたしましょう。こう見えても、腕には多少の覚えはあります。足を引っ張ることはありません。よろしいですかな?"袁煕殿"」

 

(う、遠回しに、僕が偽名を使っていたことを不問にする代わりに、一枚噛ませろっていう取引だ……)

 

そもそも、偽名を使っていたのも余計な揉め事が起きないために、初対面の人間や、旅人には本名を明かさないほうが良いだろう、という朱禹と炎樹の提案ではあったが、今回は完全に裏目にでてしまったようだ。

 

「わかりました……わかりましたよ、しかし、危ないと思ったらすぐに下がるのですよ?まあ……趙雲さんに限っては、万に一つのことも無いとは思いますが」

 

「ありがとうございます。しかし、いくら錬度は高いとは言っても、百の軍勢に二十の寡兵で突っ込むつもりですかな?どうやら、袁煕殿には何か策がお有りのようだが?」

 

「本当に、抜け目ないお人だ……」

 

と、呟いてから紅羽は語り出した。

その策を聞いた趙雲は、密かに、満足気にニィと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ!公孫賛め……あれだけいた我が同志達が、これだけしかおらぬ!諸君!これは天罰だ!我らの苦しみも知らずに、のうのうと肥えているあの街の者達に、我らの苦難を知らしめるのだ!」

 

「おう!」「我らの痛み思い知るがいい!」「あいつらも同じ目に……」「我が家族の仇だ!」

 

頭領の声に、勇ましい、鬨の声(ときのこえ)が上がる。

 

だが、どうにも空元気、という感じは否めなかったが。

どこかどんよりとした、粘っこい熱気に、この夜の山が包まれていた。

 

(……妻よ、娘よ、こんな方法しかできぬ私を、許してくれとは言わん、ただ!こうするより他に、我らの道は残されていないのだ……)

 

頭領は一度、顔を伏せ、数瞬の後、意を決したかのように、顔を上げ、声を上げる。

 

「ようし……それでは、諸君しゅぱ ぐはっ!」

 

混沌とした熱狂に、冷や水を浴びせるように、背後からの一撃により、この一団の頭領らしき人物が昏倒させられた。

それに対し集団はただざわめくことしかできずにおり。

 

「なにが……ぐわ!」 「ひいい……ぐえ!」 「うわぁぁ……ぐああ!」 「何者……ぎゃあ!」

 

一人、また一人、と次々に打ち倒され、およそ三十人ばかりも打ち倒されたところで。

 

「だめだ! こいつらつええ! こうなったら街に降りて人質をとるしかねえ!」

 

と、闇の中から声が挙がる。

その声に釣られてか、次々と我先に山をかけ降りていく。

 

「……よろしいのか?このまま逃がして」

 

「はい、これでいいんです。それよりも、この先の道はさっき僕が言ったように、大型の獣用の罠がたくさんあります。死にはしませんが、かかればきっと怪我をしてしまいます。……まあ先程の活躍ぶりを見るに、趙雲さんは全く大丈夫そうですが」

 

「ふふ、獣用の罠では、龍は捕らえられますまい。さてさて、それではゆっくりと、網にかかった黄鼠どもを、追い詰めることとしましょうぞ……」

 

(うう……やっぱり趙雲さんは怖いひとだ)

 

ぶるり、と身震いする紅羽だが、この策を考え付き、実行する紅羽も大概であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあー! 助けてくれー!」 「誰か、この縄を切ってくれー!」 「出してくれー!」

 

山を少し下っていくと、そこは阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 

あるものは落とし穴にはまり、出られなくなる者、縄に足をとられ、木に宙吊りになる者、何処からか網が飛んできて、動けなくなる者、とにかく、様々ではあったが、混乱しながら山を駆け降りてきた黄巾賊の残党達を、更なる混乱に陥れていた。

 

「罠に掛かった奴らはもう放っておけ! 我らだけでも街に降りるのだ! 街に入りさえすれば、まだ幾らでもやりようはある!」

 

その声に導かれて、山の入り口にたどり着いた者達は、既に最初の人数の半数以下、40人程度になっていた。

 

「くそ! もう半分も居ないでは無いか! くう、しかし我らは逃げ切ったのだ! フハハハ……ぐわ!」

 

「残念だが、お前らはここでおしまいだ、大人しくおねんねしていただきやしょう……」

 

紅羽の策は次の通りであった。

 

まず、部隊を二つに分けて、一方は山の中腹で奇襲をしかけ、賊を混乱させる。

その時点で、相手がふみとどまって戦うことを選んだ場合は、遭難者用に設置してある狼煙を使い、もう一方の部隊が、更に逆方向から奇襲を仕掛けて挟み撃ちにし、殲滅する。

もしも山を下り、街へ逃げ込もうとするのであれば、途中にある罠を用いて、更に混乱させたところに、山の入り口で待機していた、炎樹の部隊と挟み撃ちにして、殲滅するというものであった。

 

その結果、奇襲を仕掛けてから三刻ほどで、全ての賊を捕縛することに成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……それにしても、可愛い顔をしてえげつない策を思い付くものですな、極めて効果的なのは確かでしたが」

 

「僕の考え付く策の中で、一番確実なものでしたので。まあ、彼らの精神を極限まで追い詰めるようなものでしたので、確かに気後れはしましたが……」

 

「坊っちゃん、賊の頭領を連れてきやした」

 

紅羽が声のしたほうへ向き直ると、縄で縛られた壮年の男が、今にも飛びかからんばかりに、こちらの方を睨み付けていた。

 

「我らにとっては、この黄巾党での活動が最後の希望だったのだ! よくも、ここまで我らの思いを、無惨に踏みにじってくれたものよ!」

 

と、こらえきれなかったのかその男は一気に吐き出した。

 

「貴様のようなガキが、手柄が欲しいのか官位が欲しいのか知らぬが !我らから奪うだけ奪っていき、今度は命まで奪おうとする! お前ら上のものは、そんなに自分の私腹を肥やすことに執心か!?」

 

「袁煕殿、あまり聞く耳を持ないのが賢明だ。お主らは、確かに色んなものを奪われたのであろうな。ああ確かにそれには同情する、だが、それが関係の無い者から、略奪を繰り返していい道理はあるまい、お主はそれを"正義"であると胸を張って言えるのか?」

 

趙雲が、ピシャリとそこまで言い放つと、男は図星を突かれたのか、さっきまでの威勢は消え失せ、ガックリと項垂れた。

 

紅羽も、先程の男の叫びに思うところがあったのか、そのまま数秒間はしんと静まり返っていたが、突如男は顔をくわっ!と上げた。

 

「だが、しかし! この悲しみをなんとする!? 私は、貧しいながらも幸せであった! 器量が良いとは言えぬが、文句の一つも言わず家事をこなしてくれた妻! 将来は、きっと美人になるだろう、と少ない稼ぎで育て上げたかわいい娘! 全部、全部国が奪っていったのだ! 正義でない!? そんなことは分かっている!

だが! だが! 復讐してやらねば、やりきれん! ……やりきれんのだ」

 

そこまで男は言い切ると、力尽きたように今度こそ膝を屈して、滂沱の涙を流し始めた。

 

「……炎樹、この人の縄を解いてあげて」

 

その言葉に炎樹は困惑する。

 

「しかし、坊っちゃん……」

 

「大丈夫、大丈夫だから……ね?」

 

(まあ最悪の場合でも、自分と趙雲がいるので大丈夫だろう)

 

と炎樹は考え、縄を解く。

 

「……なんのつもりだ?まさか、この程度で私の怒りが収まるとでも?」

 

「いいえ、思っていません、ですから……」

 

紅羽は、すっと剣を抜き、男へ手渡す。

これには炎樹は勿論、流石の趙雲もぎょっとする。

 

「坊っちゃん!!」「袁煕殿!!」

 

「大丈夫! 大丈夫だから……」

 

武器を掴み、即座に止めに入ろうとする二人であったが、制止を命じる紅羽の、あまりに真っ直ぐ過ぎる視線に、思わず動きを止めてしまう。

 

「貴様! 私を謀るつもりか!? まさか私が斬れぬと思っているのか!?」

 

「ええ、貴方は僕を斬れません! だって奥様や娘の為にあんなに涙を流す優しい人が本当の、本当に斬れるはずがないと! 貴方だって本当は気付いている筈です!」

 

「黙れ! 黙れ! 我が妻の悲しみ、我が娘の悲しみぃぃぃ!!」

 

紅羽は全てを受け入れる様に目を閉じる……

 

(何故だ…何故止める、娘よ!そこを……そこをどいてくれ!!)

 

男は手にした剣をガタガタと震わせ、焦点の合わぬ目を、何とか合わせ、大きく剣をふり下ろした。

 

 

 

 

男が剣をふりおろした刹那。

 

 

 

 

"紅羽の体の一部が宙を舞った"

 

 

 

「ふ、ふはは! ふはははは!」

 

 

 

 

男が哄笑を上げて、剣を取り落とすと同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"紅羽の髪が一筋、地面に落ちた"

 

 

 

「ああ……ああ!許してくれ、許してくれぇ……娘よ」

 

男は傍沱の涙を流しながら、膝から崩れ落ちる。

 

「ほら、僕の言った通りでしょう?やはり……貴方には出来なかった」

 

紅羽が涙を流しながら男のほうへ向き直る。

 

「何故……お前が泣くんだ? お前が悲しいことなど無いはずなのに」

 

「いえ、物心がついてから、初めて父の優しさと言うものに、生身で触れられたんです。それが嬉しくて……つい」

 

「そうか……我らがしてきたことは父や母を殺し、子からその温もりを永遠に奪うということでもあったのだな」

 

「ええ、ですが貴方は気付けた……気付けたのなら、手遅れと言うことは無い筈です。幸いにも、この国は優しい国です。自慢ではありませんが、僕達の国はきっと、この大陸で一番優しい国です。今は、悲しいことしか考えられないかも知れません。ですが、この国の人達の、優しさや温かさに触れて、きっと笑い合える日がくるでしょう。貴方が泣かせてしまっただって、いつか、僕が必ず笑顔にして見せます!絶対に」

 

「ああ……わかった、今は、お前の言葉を信じよう、だから…だから約束してくれ、いつか、この悲しい世を終わらせてくれると……」

 

「ええ、約束しましょう……」

 

紅羽は、しっかりと男の手を取り、涙を流しながらではあるが力強く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?どうだい?趙雲さんや、うちの坊っちゃんに仕えてやる気にはなったかい?」

 

男と語らいながら、涙ながらに笑顔を浮かべる紅羽の少し横で、炎樹は何か確信を持った様子で、趙雲にそう尋ねていたのだが……

 

「…………」

 

「?」

 

自分の声に反応しない趙雲に疑問を持っていると、男との話が終わったのか、紅羽がこちらのほうへ歩いてくる。

 

「ふう……これにて一件落着ってところだね、炎樹、趙雲さんこの後は……ってうわ!!」

 

突如、趙雲は紅羽の前に方膝を着き、顔を伏せながら両手を前に突き出し、掌と拳を合わせながら語り始めた。

 

「我が名は趙雲子龍! 真名は星! 生まれは冀州の常山郡、武の道を志してより、長い間我が槍を捧げるに足る御仁を探し、旅を続けて参りました。しかし今日! この刻! 我が、今生の主に出会いました!」

 

そこまで言い終わると、さっと顔を上げて、真っ直ぐと紅羽の目を見つめながら。

 

「何卒……何卒、貴方の目指す優しい国を作るために、我が忠義を捧げさせていただきたい!」

 

 

 

 

 

趙雲子龍。

 

主を探しての十余年の旅路の果て、その旅の終わりが、遂に見えた刻であった。

 




熱血系ヒロイン星さん、たまにはそんな星さんがいたっていいじゃない、ほら!元々忠義には熱い人だしね!

追記:文章を改訂しました12/27
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