ハイスクールD³   作:K/K

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二重、愉快

 時間は少し前に遡る。

 謎の肉塊と戦いを繰り広げていた木場とイリナであったが、戦いの中で肉塊は変化し続け、最後には中からフリードが出てくるという、謎とも衝撃とも言える展開となった。

 体にへばりつく肉塊の残骸は皮として残り、それを引き剥がしながら、フリードは首を回しつつ体の調子を確認する。

 

「あっあっー。何でしょこの気分は。俺様、心機一転生まれ変わったような新しく生まれたような爽快な気分でございますよ! 言葉に出来ないこの爽やかな気持ち! でも、敢えて言葉にしちゃう! 明けましておめでとうございまーす!」

 

 皮を脱ぎ捨てると共に何故か新年の挨拶をするフリード。異常な状態から現われたというのに中身は一切変わらず平常運転であることに、安堵するべきなのかもしれない。尤も、比較して平常と錯覚するだけで常識人から見ればただの狂人と変わらない。

 おかしなモノから頭のおかしい者が出て来たのだ。

 

「フリード、君の身に一体何が起こったっていうんだ……」

 

 木場個人からすれば、フリードの存在など唾棄すべき者だが、状況が状況なだけに思わず話し掛けてしまう。

 話し掛けられたフリードは、少しの間木場を凝視する。何か考えている様子であった。

 

「あー。チミのこと見覚えがあるある! グレモリーさんとこの腐れナイト君じゃないの! 俺の右腕を切り落としてくれた!」

 

 木場のことを思い出していたらしい。フリードは気色が悪いぐらいに満面の笑みを見せてくる。

 

「あ、貴方!」

「んー。何か君のことも見覚えがあるような、無いような……」

「そんなことはいいから、何か着なさい!」

 

 イリナは顔を真っ赤にしながらフリードへ怒鳴る。イリナが言った通り、肉塊の顔を脱ぎ捨てたフリードは全裸であった。無駄な脂肪が無いが浮き出た筋肉も無い、鍛えているのかいないのか判断が困る体付きをしている。

 

「あー。どうりで風当たりがいいわけだ」

 

 己の格好に今気付く。

 イリナは『擬態の聖剣』を構えながらフリードへの視線を外さない。本当ならば顔をすぐにでも背けてしまいたいが、危険人物であるフリードを前にして些細な隙を見せる訳にもいかず、鋼の精神を持って視線を固定する。でも、なるべく視線は下腹部まで下がらないようにする。

 天使も欲に負ければ堕天する。年頃の少女であるイリナが、中身を抜きにすれば美青年であるフリードの裸体を見ても堕天の傾向が一切見られないということは、情欲よりもフリードへの嫌悪が圧倒的に上回っているということ。そもそも異性、もしくは人間として見ていないかもしれない。

 

「何すか? 赤くなって何すか? 見慣れてないっすか? 処女? 処女なの? ねえねえ処女? 処女? 処女? 処女?」

 

 恥部を隠そうとはせず、イリナに対しセクハラまでしてくる始末。

 

「うー! うー! うー!」

 

 怒りたいし、目を背けたいし、今すぐにでもフリードをどうにかしたいイリナであったが、やりたいことが多すぎて空回りしてしまい、唸ることしか出来ない。

 敬虔な信者であるイリナには、狂気且つ自由過ぎるフリードとの相性が悪かった。

 

「イリナさん。相手のペースには乗らない様に。彼の言葉は無視すればいい」

「かっー! 酷いなぁ! 騎士君! 俺は──」

 

 フリードの体が僅かに沈む。重心が前に掛かっていることを意味し、動き出す前兆である。

 

「もっと話したいのになぁぁ!」

 

 フリードが地を蹴った瞬間、姿が消えた。その速度はイリナも、そして速さに優れた木場ですら見失う。

 

「どこっ!」

「速い!」

 

 予想以上の動き。肉塊の触手の動きや、『天閃の聖剣』を用いていた時よりも速かった。

 木場たちは、フリードが何処に消えたのか急いで探す。見失っている間に奇襲される可能性がある。

 

「お、おお……」

 

 戸惑った声が後方から聞こえた。声の方に素早く振り返ると、神殿の壁に張り付いているフリードが居た。

 張り付いているとは言っても両手両足を使ってヤモリの様に張り付いているのではなく、正確には壁に対して垂直に立っている。足の指先で壁を掴み、その力だけで直立しているのだ。

 

「何じゃこりゃあ……俺様パワーアップし過ぎじゃない? 我ながらチートっぷりにビックリですたい! 『フリード・セルゼンが生まれ変わったらチートでした!』ってやつ? つまり俺は主人公だった?」

 

 相変わらず意味不明なことを言っているが、フリード自身も自分の身体能力に驚いているのだけは分かる。

 フリードが壁を蹴り、再び姿を消す。すると、さっきまで居た地面に顔から突っ込んで着地。地面は深々と陥没し、埋まった顔は勢いのまま十数メートル地面を掘削しながら滑っていく。

 

「うわ……」

 

 イリナが引いた声を出す。顔面を地面で擦り下ろしている光景に鳥肌を立てていた。木場も声には出さないものの、痛みが想像でき、尚且つこの後のフリードの顔面の惨状を想像すると多少の寒気を覚える。

 

「うん……うん……なるほど、なるほどー」

 

 フリードが地面から顔を上げて、木場たちを見る。荒い地面で顔を擦り下ろした筈なのに、フリードの顔に傷一つ無い。

 

「分かってきたぜぇ。この体の使い方がなぁ」

 

 綺麗に並んだ歯を見せつつ、嫌らしく歪んだ笑みを浮かべるフリード。動作の一々が、他人が羨む整った容姿を台無しにする。

 

「いくぜぇ? 色男」

 

 またも体を僅かに沈めるフリード。しかし、木場の直感はフリードがその動きを見せた途端、彼の体を突き動かしていた。

 両腕が跳ね上がる様に動き、聖魔剣を目の前で交差する。直後、瞬間移動でもしたかの様にフリードが木場の前に移動していた。

 フリードは跳躍しながら木場に対し背を向け、片足を上げている。飛び後ろ回し蹴りの体勢へと入っている。

 速いが、先程の動きに比べればまだ木場の目で追える。

 風を斬り裂く様にして放たれる蹴り。木場の目をしても膝から下が速過ぎて捉えられない。

 衝撃。風切り音。両腕に伝わる痛み。

 

(重、い……!)

 

 両肩が脱臼するかと思った。交差していた聖魔剣が見た事が無い程しなり、そのしなりも限界に達し、亀裂が生じ始めている。

 平均成人男性の体型からは想像も付かない一撃の重み。着地した地面が陥没したことなどを考えると、今のフリードの体重は百や二百では済まない。考えてみれば、あの巨大な肉塊が圧縮し続けた結果出てきたのがフリードである。それぐらいあってもおかしくはない。

 耐えたら肩も聖魔剣も壊される。木場は即座に判断し、耐えるのを止め、フリードの蹴りの威力に敢えて乗る。

 木場の両足が地面から離れ、神殿内部まで蹴り飛ばされていく。

 

「えっ!」

 

 イリナからすれば、フリードの姿が消え、木場が突然吹っ飛ばされたという結果だけしか見えなかった。

 急いで木場の方を見るが、木場は百メートル近く飛ばされ、更に数メートル先には消えたフリードが立っている。

 フリードを挟み込む陣形となっているが、異常なまでに跳ね上がったフリードの力を警戒して迂闊には攻められない。

 

「ああ、この感覚サイッコーじゃないの! イヤッフー!」

 

 通常自分の身体能力が数十倍になったとしたら、それに慣れるまでには相当な時間と訓練が必要だろう。しかし、フリードは三度動かしただけでほぼ完璧に近い形で動かしている。非常に難のある性格や三下染みた台詞のせいで誤解されるが、フリードは天才と呼ばれる部類の人間である。人が十を掛けて覚えることを一で理解出来てしまう、本物の天才なのである。

 その類稀な戦闘の才覚と転生悪魔や転生天使を遥かに超える肉体が組み合わせられた結果、フリードは最悪の存在として生まれ変わった。

 人外の力を得たフリードを挟む木場とイリナ。剣の柄を持つ手が汗ばんでくるのが分かる。フリードの身体能力の高さは三度の動きで十分理解出来た、自分たちを上回っていると。

 だからといって降参するつもりは無い。尤も、フリードがそんなことで止まる相手では無いことも承知している。

 イリナは『擬態の聖剣』を糸状に変え、フリードの動きを止めようとした。先に仕掛けるなら距離の近い自分だと思っているからである。

 すると──

 

「相変わらず君の声は耳障りだね」

「──あん?」

 

 木場がフリードを挑発し始める。高揚していたフリードも、その言葉で冷水を浴びせられたかのように静かになる。

 

「君は黙った方がいいんじゃないかな? いや、もう居ない方がいい」

 

 木場は冷めた言葉で、フリードという存在を否定する。先程まで笑って体を揺さぶっていたフリードは、今度怒りで体を震わせ始めた。

 

「おや? おやおや? ご自分の立場を理解していらっしゃらないの? もしかして? ワタクシがちょっとマジになったなら、今のおたくなんてグッチャグチャになるっていうのに?」

「生憎と君からは恐怖なんて感じないな。以前の君と中身が全く同じだからだろうね。下衆相手に恐れる道理なんて全く無い」

 

 必要以上にフリードを謗る木場に、イリナは驚く。明らかに自分にフリードの矛先を向けようとしているのだ。

 思わず木場を止めようとするイリナであったが、その時に木場と目が合った気がした。気のせいでなければ、その目が一瞬だけ横に振られる。木場が視線を送った先、それはイリナが逃したディオドラの眷属たちが逃げた方向である。

 

『ここは自分に任せて、彼女たちを守ってくれ』

 

 木場が暗に伝えているのをイリナは理解する。理解するが、危険な存在と化したフリードに一人残していけないと思い、イリナはフリードに悟られない様に小さく首を横に振る。

 しかし、木場はここでフリードに更なる挑発を重ねた。

 

「少し訂正するよ。一度勝った相手を怖がるなんて馬鹿馬鹿しい」

「調子くれてんじゃねぇぞぉぉぉぉ! この腐れナイトがぁぁぁぁ! てめえに地獄を──!」

「その台詞の続きは、地獄の死神相手に吼えるといい」

 

 激昂するフリードに、冷めた声で返す木場。この瞬間に、フリードの頭の中からイリナの存在は完全に消え失せる。

 

「ああああああああああ!」

 

 咆哮を上げながらフリードは百離れた距離を瞬時に跳び越える。だが、木場とて天賦の才を持ち、更にそれを伸ばす為に血の滲む鍛錬を積み重ねてきた。三度不覚はとっても四度目の不覚は許さない。

 獣の様に跳び込んできたフリードの右胸を、ひび割れた聖魔剣で突く。

 剣から伝わってくる硬い感触。やはり、フリードの肉体は通常とは異なる造りとなっているらしい。相手の勢いを利用し、尚且つ全力で突いたというのに、先端が数センチ埋まった程度でそれ以上先に進まない。

 

「痛っ──くなーい!」

 

 聖魔剣で刺されても動きに支障は無く、木場の顔目掛けて拳で突く。

 それをもう一本の聖魔剣の腹で受けるが、その聖魔剣にも罅が入っていたのでフリードの拳の圧に耐え切れずに砕かれる。しかし、破壊されることを想定済みであった木場は、フリードが聖魔剣を砕くと共に身を低くしながら手首を返して、剣身が砕けた聖魔剣の柄頭でフリードに刺さっている聖魔剣の柄頭を思いっ切り叩く。

 更に切っ先が埋め込まれる聖魔剣。

 

「だから、痛くないつってんだろうが!」

 

 だが、これもフリードの動き止める程には行かず、体勢が低くなっている木場を蹴り上げる。

 放たれる蹴りの速度は、木場が魔剣を創造させる時間を与えず、木場は己の脚力を信じて全力で後方に跳ぶ。

 木場が移動した距離は僅か数メートル程。ただし、そこまでを自身の最速を以って動いた。

 

「ちっ」

 

 フリードは舌打ちをした。絶好のチャンスと思ったが、掠めた程度で終わったことに。

 

「くっ」

 

 木場は呻いた。肩を僅かに掠ったが制服の一部と一緒に肉も削げ、白い夏服に血が吸われ、赤く染まっていく。

 掠めた程度でこれである。一撃をまともに受ければまず助からない。仮に助かったとしても、全力で動ける体では無くなるのでどちらにせよ死に繋がる。これから木場は、このフリード相手に直撃を受けずに戦い抜かなければならないのだ。

 

「おらあああ!」

 

 フリードの動きに技術など見られない。溢れる程の力を以てその体を動かし、視認が遅れる速度で動く。木場が同じ速度で動くには、体の関節、骨、筋肉の動きを全て把握し、精緻の技術によって無駄なく連動させる必要がある。それでも、今のフリードの速さには一歩遅れるだろう。

 巧みな技術を小細工と一蹴してしまう程の身体能力。羨望を覚えないと言えば嘘になるが──

 

「雑だね」

 

 ──日々の鍛錬で積み重ねてきたものが、師より授かった技が、フリードの力より劣っているなど微塵も思わない。

 頭を刈る為に大振りに拳を振るうフリードに対し、木場は前蹴りを繰り出す。すると、木場の足から聖魔剣が飛び出し、フリードの腹部に刺さった。

 やはり、フリードの動きが鈍ることは無かったが、木場は聖魔剣を放った足先を腹に刺さっている聖魔剣の柄頭に引っ掛け、それを踏み台にしてフリードの頭上に跳び上がる。

 

「ありゃあ?」

 

 大振りの攻撃が外れ前のめりになるフリード。その背目掛けて木場は両手に創造した聖魔剣を投げ放つ。二本の聖魔剣が背中に突き刺さるが、フリードは顔を上げて痛がる素振りも見せず、逆にニタリと笑う。

 

「何かしたぁ?」

 

 木場の攻撃など痛痒すら感じず、無力であると強調する台詞と共に繰り出されたのは、落下する木場を迎撃する上段蹴り。

 無手に再び聖魔剣を握り、フリードの蹴りに対してすぐさま二刀同時に振るう。

 今度は耐える猶予すら無かった。具足も何も無い素足が、何の技術も感じられない力任せの蹴りが聖魔剣をへし折る所か粉々にする様は、悪夢そのものと言える。だが、蹴り返された聖魔剣の破片を受け、体を浅く切られる痛みは間違いなく現実であると訴えていた。

 

(全く笑えないね)

 

 何の奇跡があって、目の前のフリードはこの様な力を得たのであろうか。神の奇跡、祝福を受けるには程遠い人格であるというのに。ある意味ではこの様な存在にも恩恵を与えることが、神がまさに不在であると表しているのかもしれない。

 理不尽を体現したフリードに笑えない冗談を感じつつ、木場は体を捻って足から地面に着地する。聖魔剣を砕かれた勢いだけでまた十数メートルも移動してしまっている。だが、木場には好都合であった。

 

(イリナさんは……追って来ていないね)

 

 上手く意図が伝わったと木場は安堵する。

 イリナが感じ取った通り、木場はイリナにディオドラの眷属たちを追わせるつもりであった。このバトルフィールドから上手く逃げさせる為に。

 彼女らの事情は、詳細では無いが木場もイリナから聞かされている。似て非なる立場の木場としても思うところがあり、出来れば彼女らには無事であってほしいと思っている。

 その為に出来るだけフリードを引き付けておくつもりだったが、それは要らぬ考えであったらしい。そんなことをしなくても、木場がフリードに押されてどんどんと追い詰められていっているからだ。

 しかし、苦は感じない。木場の人生の前半は、理不尽と不条理が殆どである。故にそれに屈しない為、大事なものを奪われない為に『騎士』となり剣を振るい続けてきた。そんな自分が、目の前の理不尽な存在から他の者たちを守る為に戦っているのである。

 それは苦しいどころか──

 

「燃えてくるね」

 

 ──親友の様に熱い気持ちが湧き立つ。

 薄っすらと笑みすら浮かべる木場。フリードはその表情が気に入らない。

 追い詰められているのだからそれに相応しい引き攣った表情、怯えた表情、蒼褪めた表情をするのが正しいのだ。彼が今まで葬ってきた異端や悪魔たちの様に。

 なのにまだ笑ってみせる余裕がある。木場の笑みでフリードの歪んだ笑顔が消える。

 是が非でもその顔を屈辱と恐怖で染め上げてやるという確固たる黒い決意がフリードの中で成される。

 

「燃えるぅ? 燃えるどころか灰にしてやんぜよ! 腐れ悪魔さんよぉぉぉ!」

 

 フリードが吼える。その咆哮は、地面に転がる砂利が細かく震える大声量であった。

 その声が遠くにこだまし、消える前にフリードの姿が消える。途端、木場が聖魔剣を振るい、見えない何かを斬る。

 剣戟音と共に木場は滑る様に後退する。否、後退させられる。

 四方に剣を振るう度に音が響き、木場は体勢を崩しながらもすぐに剣を振る。

 秒間に数度それを繰り返しながら木場はどんどん神殿内部へ入っていく。

 神殿入口でイリナはそれを見ることしか出来なかった。

 イリナは強いジレンマを感じていた。木場を助けに行きたいが、ディオドラの眷属たちの安否も心配である。

 木場は彼女たちを追う様に示したが、だからといって木場一人であのフリードと戦わせる訳にはいかない。

 迷えば迷う程時間は過ぎていく。どれだけ時間が過ぎても事態が好転することはない。決断をしなければならない。木場かディオドラの眷属たちか。

 選べない人間ならば、いっそのことこのまま時間が過ぎていくのを待ち、自分の目が届かない所で全てが終わり、自分は何も関係無かったと逃避するだろう。

 だが、イリナは選ぶことが出来るし、関係無いと見過ごすことも出来ない。

 イリナは天使の羽を広げて飛んだ。羽ばたいていく方角は、ディオドラの眷属たちが逃げた方角。

 血の気を失う程に『擬態の聖剣』を握る。爪が食い込む程手を握る。イリナは彼女らの為に来た。ならばそれを最後まで全うする義務がある。

 

(絶対に、絶対に戻って来るから!)

 

 イリナは誓う。義務を果たしたとき、必ずここへ戻ってくることを。

 

 

 ◇

 

「何の……つもりだ……フリードォォ!」

 

 抉られた脇腹の痛みよりも、怒りの方が上回ったのかシャルバが怒鳴る。押さえた箇所から血が噴き出るが、構うことは無かった。

 

「耳ついてんですかー? ムカつくから殺るって言ってんじゃん? 大丈夫ですかぁ? 頭の中身入ってますかぁ?」

 

 シャルバを小馬鹿にする様に、自分のこめかみを人差し指で叩くフリード。その腹立たしい言動は、どんな聖人君子ですらも青筋を浮かべるだろう。

 

「き、さま……!」

「ちょっと試運転に付き合ってくれよ。『騎士』君相手に大分この体の使い方が分かってきたけどさぁ、別の刺激が無いと分かんないことってあるよなぁ?」

 

 自分をかませ犬にしようとしているフリードに、シャルバは奥歯が砕けそうな程歯を軋り鳴らし、青筋と顔が引き攣ったせいで形相が変わる。

 そんなシャルバを囃し立てる様に、フリードは小さく手を叩く。

 

「ほらほら。おいでおいで。こっちに。かませわんちゃん。てめえの体でたっぷりと試してあげるからよー」

 

 シャルバの頭の中で何かが千切れる音が聞こえたと思えば、いつの間にかフリードへ魔力を放っていた。

 フリードの視界を埋め尽くす無数の魔力の弾。

 

「はっはっはっ!」

 

 余裕を持って笑うと、フリードはその中へと突っ込んでいく。何をするのかと皆が思った。だが、フリードは何もしない。防御も回避もせずに魔力弾の雨に入る。

 当然ながらその体に魔力の弾が浴びせられるが、フリードの体はびくともしない。貫かれず、傷付かない。その内目にも着弾するも、フリードは瞬きもせずに眼球で魔力を受け止め、それどころか打ち勝ってしまった。

 

「こそばゆいぜぇぇぇぇ! くすぐりプレイはNGだ!」

 

 激情に身を任せていたシャルバも、フリードの異常な頑丈さに冷静さを取り戻さざるを得なくなり、それも通り越して焦りを覚える。

 

「どうなっている!」

 

 腕に取り付けた装置からフリードへ人工の光を撃ち出した。

 

「何だそりゃあ?」

 

 魔力の弾に紛れて迫る光を小馬鹿にし、急停止と共にその光を片手で難なく掴み取ってみせる。光はフリードの手の中で槍の形に押し留められる。まるで堕天使たちがよく使う光の槍に似ていた。

 

「キャッチアンドリリース! お家にお帰りハウス!」

 

 撃ち出された光を投げ返す。

 

「ぬあっ!」

 

 フリードの投げ返した光の槍は、シャルバの腕の装置に命中し、装置に火花が走ると爆発した。シャルバの腕は酷い火傷を負う。装置の爆発の中に光の力も混じっていたのかもしれない。

 

「イエーイ! 大当たり! フリード選手! 今のお気持ちを! ええ! 気持ち良すぎて色々出しちゃいそうですねぇ!」

 

 猿の様にはしゃぎながら一人芝居を見せる。ふざけているとしか思えないフリードの態度は、押されているシャルバに強い屈辱感を与えた。

 

「おの、れ……!」

「テンプレなセリフあざーっす! ていうか分かっただろう? あんたじゃ俺様には勝てないってーのが。分かる? 理解した? ユーアー負け犬ってことが? ドューユーアンダスタン?」

 

 一の台詞に対し、フリードは十の嘲りで返す。シャルバに浮き出た青筋は、今にも血を噴き出しそうであった。

 

「貴様の様な汚物に、我が宿願を邪魔されてなるものかぁぁぁ!」

 

 圧倒されている現実を押し返す様にシャルバは叫び、その身から迸る魔力の全てを放つ。

 魔力の壁──というよりも、立ち塞がるものを容赦なく呑み込み粉砕する魔力の津波であった。高さも幅も神殿一杯まで広がり、何処にも逃れる隙間は無い。

 リアスはその膨大な魔力に驚き、すぐに眷属たちに自分の後方に移動するよう指示を出す。自分の滅びの魔力を壁にすれば何とか切り抜けられるだろうという算段であった。

 

「あー凄いね。凄い凄い」

 

 魔力の津波が目の前にまで来ていてもフリードの余裕は崩れない。

 

「凄すぎちゃってさ──」

 

 フリードが踏み込み、次の動作に入るときには姿が消える。直後、魔力の津波は真っ二つに裂けた。まるでモーセが海を割るかの様に。

 

「──欠伸がでるわー」

「かっ……」

 

 リアスたちが次にフリードを見た時は、彼は神殿の壁際に立っていた。伸ばした片足で、シャルバを壁にめり込ませながら。

 全力で放ったシャルバの魔力も、加速を付けたフリードの蹴りによってあっさりと貫かれ、シャルバ本人もその蹴りで壁のオブジェの一部と化している。

 フリードが足を引き抜くと、シャルバは崩れ落ちていく。しかし、完全に伏せることだけはプライドが許さなかったのか、両手両膝を床に着いて辛うじて体を支える。

 

「オーフィスと……契約し……蛇を、飲んだというのに……何故、人間如きに……!」

 

 シャルバにとって信じられない現実であった。見下すどころか眼中にすら無かったフリード相手に、今こうして膝を屈していることに。偉大な魔王の血を継ぐ正統な後継者である自分が、野良犬よりも品性の無いフリードに。

 

「蛇? 蛇ってこれのこと?」

 

 フリードはシャルバのマントを掴んで強制的に体を起こさせると、舌を垂らして見せる。その舌の上には黒い小さな蛇が身をくねらせていた。

 

「何故、お前が……それを……!」

 

 オーフィスの蛇を誰に与えたという情報はきちんと伝達されている。それ程までに強力なものだからだ。フリードがオーフィスから蛇を得たなどという情報は一切無い。

 

「はっはー! どうでもいいでございやせんか、そんなこと。……今からくたばるてめえが知ってどうすんだよ」

 

 狂笑が潜まり、代わりに出てくるのはどこまでも冷徹な殺意。戦う度にころころと性格や言動が変わるせいで、どれが本当のフリードの顔か分からない。全てが偽りかもしれないし、全てが本当かもしれない。その不安定な人格こそが、フリードの危うさと強さに繋がっているのは間違いない。

 

「貴様──」

 

 魔力で反撃を試みようとするが、フリードの方が遥かに速かった。シャルバから魔力の気配を感じ取った瞬間に、前蹴りが腹部に打ち込まれる。

 砲撃の様な一撃であった。受けたシャルバの姿が消え、壁に叩き付けられ、その壁も叩き付けられたシャルバによって破壊されて打ち砕かれる。

 シャルバは壁の向こうに消え、それ以降何の動きも無い。死んでいるのか生きているのか誰にも分からない。確かめようにもフリードのせいで下手に動くことは出来なかった。

 

「いやー、サンドバッグご苦労さんでしたー! おかげでいい感じに準備運動も出来たし、テンション上げ上げだぜぃー!」

 

 フリードは笑いながら、蹴った際に引き裂かれたシャルバのマントをひらひらと揺らす。

 一体どうしてこんなことになったのか、リアスたちは事態の変化に思考が若干追い付かなかった。

 ディオドラと戦い、一誠が勝ったと思ったらシャルバが現れ、彼と戦うと思いきや、木場と共にフリードが乱入してきて、そのフリードがシャルバを圧倒してしまった。

 目まぐるしいまでの状況の変化である。が、それも今収束する。

 

「──んでま、こっからが本番なんですがねー」

 

 シャルバのマントを、フリードは腰に巻く。さんざんシャルバに向けていた狂笑が、今度はリアスたちへと向けられた。

 

「マジ最高のシチュエーションじゃないの。笑っちゃうほどにさぁ? ぶっ殺したいランキング一位、二位のイッセー君と木場君が居るし、デュランダル使いのクソ聖剣女も居るし、元助手のアーシアたん、いつぞやの教会で見たことのあるロリッ子に、頭のよわーい元上司と同僚を殺ってくれたグレモリーのお姉さんズも居るし──ってあれ? そっちの目を押さえているおにゃの子って誰だっけ? まま、いいや。ついでに殺っ・ちゃい・ます! あ、女の方々は殺る前にやってお楽しタイムするのもありかも」

「ふざけんな!」

 

 フリードの発言に真っ向から言い返したのは一誠であった。

 

「そんなことさせると思うのかよ!」

 

 脇腹に穴が開いていようとも叫ばずにはいられない。自分の前でリアスたちを辱しめるなど例え冗談であったとしても聞き逃すことなど出来なかった。

 

「てめえの意見なんざ聞いてねえんだよ! このクソったれ悪魔が! あ、いいこと思い付いた。やる前にお前の手足斬り落として瞼切り取って、死ぬまで目の前でやってやんよ! 泣いて喜びな! ヒャハハハハハハハ!」

 

 下衆が極まった発言に、女性陣は嫌悪で顔を歪め、男性陣は憤怒で顔色を変える。

 今すぐにでも殴って黙らせてやると一誠が飛び掛かかろうとしたとき、小猫が呼び止めた。

 

「……イッセー先輩。気を付けて下さい」

「小猫ちゃん?」

「……あの人、最低ですけど実力は本物です。それに……」

「それに?」

「……もう人じゃないかもしれません」

 

 小猫の目には人の体内を巡る気の流れ、気脈というものが見える。木の根の様な光る線が頭から足の指先まで伸びており、人間も悪魔も大した差は無い。

 しかし、フリードの体内は小猫が初めて見る気脈の形をしている。形と言っていいのだろうか、気脈が見当たらず体内全体が気の輝きを放っているのだ。人型の容器に水を満杯にしたように気で満ち満ちている。

 凄いではなく気持ち悪いという印象を小猫は抱く。だが、同時に自分の仙術が効かないのを悟ってしまう。体内全体に気が満ちているせいで、自身の拳に気を乗せて内側から破壊することが出来ず、気脈を折って気を断つことも出来ない。

 

「人じゃないっ──じゃあ何に?」

「……分かりません」

「まあ、あれだけ刺しても痛がらないから人じゃないかもね。用心してくれ、彼は痛みに対して相当鈍感になっているよ。攻撃を当てても油断しない様に」

 

 フリードと直接戦って得た数少ない情報を木場は皆に伝える。木場の言う通り、体中に聖魔剣を刺しても全力で動いていた辺り、無痛に等しいのだろう。

 

「アーシア、ギャスパーと一緒に出来るだけ下がっていて。可能ならその子の目を治してあげて」

「はい!」

「す、すみません……」

「朱乃、アーシアたちの護衛を頼むわ」

「分かりました」

「残りの皆は私と一緒にフリードを倒すわよ!」

『はい!』

 

 素早く役割分担を指示したリアス。

 フリードは欠伸をしながら、ごく自然な動作で刺さっている聖魔剣の内の一本を引き抜き、欠伸が終わると同時にリアスへ投擲した。

 白と黒の光が線を引く様にリアス目掛けて一直線に伸びていく。

 刹那の時間さえあれば、投げ放たれた聖魔剣はリアスを刺し貫くだろう。だが、その時間を超えても刃がリアスに届くことは無かった。

 木場が柄を掴み、一誠が刃を握り、ゼノヴィアがデュランダルを盾にして切っ先を防いだことで。

 

「あ、っぶね……」

 

 聖魔剣を止めた一誠の体中から一気に汗が噴き出す。一歩間違えばリアスが串刺しになっていたこと、咄嗟とは言え聖魔剣の刃に触れてしまったこと、危うい状況であったことをワンテンポ遅れて理解してしまったせいである。

 

「あひゃひゃひゃひゃ! 待ちくたびれてつい手を出しちった! よく止めたこと! 麗しい友情ってやつですかぁ? ぶっ壊したときはさぞ見物だろうよ!」

 

 戦いはフリードの狂笑によって始まる。全ての主導権が自分にあるかの様に。

 助走も無く、一歩踏み出すだけの動きでフリードは前方に跳び出す。最小限の動きで『騎士』以上の速度を生み出してみせた。

 弾丸の様に飛んでくるフリードへ最初に仕掛けたのは木場であった。剣の間合いに入る同時に聖魔剣を一閃。

 聖魔剣が真上に弾き上げられる。フリードの拳が聖魔剣を突き上げた。だが、木場も力でフリードに勝てないと既に承知している。

 もう一本の聖魔剣をフリードの顔面へ突き出す。木場の突きの速度とフリードの速度が合わされば貫けると考えていた。

 

「おおっと!」

 

 両足を地面に突き刺し急ブレーキを掛けると、フリードは地面と平行になるほど仰け反り、木場の突きを躱す。

 

「あめぇんだよぉ!」

 

 フリードはその場で後転。体が溶けた様に見える程の高速であり、跳ね上げた足で突き出された聖魔剣を弾くのではなく蹴り折る。

 聖魔剣越しに伝わってくる衝撃で木場は手が痺れるのを感じた。そして、もう一つ感じたことがある。

 フリードが分かり易いぐらいに力を増してきている。使い慣れて力を上手く使える様になってきたからか、それとも別の要因か。木場としては前者の方がまだ有り難い。底が在ると感じられるからだ。もしも、後者だったのなら、フリードの力に限界があるのだろうか。

 両足から地面に着地したフリード。すると、木場の背後から現れたゼノヴィアが、フリードの右側面に移動しつつデュランダルを振るう。

 デュランダルの刃が、フリードの脇腹へと食い込み、そのまま両断──することは無く、刃が数センチ埋まっただけで止まってしまった。

 大剣としての重量。聖剣デュランダルの切れ味。ゼノヴィアの腕力。『騎士』の速度。それらが合わさっても今のフリードを断つことが出来ない。

 斬ったゼノヴィアも、フリードの異質な手応えに目を瞠る。

 ゼノヴィアが斬るタイミングに合わせて、一誠も逆側から攻めていた。構えていない無防備なフリードの顔面に最大まで倍化させた力による一撃を見舞う。

 拳から伝わってくる感触で、小猫が言っていたことを嫌でも理解する。肉でも骨でも無いギッシリとした密度を感じる手応え。

 

『何だこいつは……』

 

 ドライグですら知らないものであった。

 

「ふひっ」

 

 一誠の拳で歪められた顔を更に歪めて笑うと、フリードもまた拳を放つ。最初に狙ったのは一誠だった。

 

「うぐっ!」

 

 衝撃の後に息が詰まり、痛みを感じる。一誠の胸部中央はフリードの拳の形で凹んでいた。

 跳ね返った拳で、そのままゼノヴィアを襲うフリード。そのとき、視界の端から何かが飛んで来るのが見える。殴りかかろうとした手で打ち落とす。床に跳ねたそれは、折れた聖魔剣であった。木場が投げたものである。今のフリードにとってかすり傷程度も与えられないが、反射的に動いてしまっていた。

 フリードが別の物に気を取られている隙に、ゼノヴィアは一誠に返したアスカロンを再び呼び戻し、デュランダルと交差させる。

 双方の聖剣が触発され、相乗効果で聖なる気を何倍にも高めていく。

 

「あ、やべ」

 

 フリードがデュランダルから離れようとしたときにはもう遅かった。高まった気は波動となってフリードを呑み込む。

 フリードを呑み込んだ極大の光は、そのまま柱を数本薙ぎ倒し、壁に当たる。その壁すらも聖なる波動によって削られていく。

 

「いけ! ゼノヴィア!」

「ああ!」

 

 一誠の声に応じて、光は激しさを増す。が、突如として光が二つに裂かれた。

 

「あんましちょーし乗ってんじゃねぇぞ! 聖剣アマァ!」

 

 聖剣の光を裂き、中からフリードが飛び出す。体の所々から白い煙が上がっているが、デュランダルとアスカロンの二刀流を受けたとは思えない程の軽傷であった。

 

「デュランダルとアスカロンの光を受けて、その程度だと……? 馬鹿な!」

 

 自分が最も信頼する聖剣と、親愛する者から借りた聖剣を受けて、ほぼ無事であったことが信じられないゼノヴィア。

 

「──どうやって切り抜けたんだい?」

「ああ? 言う訳ねえだろ──と言いたいけどやっぱり教えて上げる。俺様って、もう聖人クラスで優しいから」

 

 フリードは、右手の中指と人差し指に親指を押し当てる形を作る。

 

「俺があの光の中で大丈夫だったのは──」

 

 意味深なフリードの動きに、誰もが視線をそこに集めてしまう。

 

「パチン、とな」

 

 指を鳴らした瞬間、凄まじい光量が指先から発せられる。閃光手榴弾でも放たれたかの様に神殿内が白光一色に染まる。すぐに全員目を閉じるか背けるかしたが、見た光がただの光で無いことを、身を以って知る。

 

「これ、は……!」

 

 リアスたちは、激しい目の痛みに涙が止まらず、目を開けることが出来ない。似た様な感覚を皆が知っている。聖剣を見たときと同じ感覚であった。ただ見るだけでは目が乾く様な痛みを覚えるだけだが、元より目を潰すのが目的で放ったらしく、苦痛は数倍である。

 

「く、う、これは、聖剣の……!」

 

 白く染まった視界の中で木場が呻く。

 前線に立っていた木場、ゼノヴィア、小猫、リアスはまともに光を見てしまったせいで、ほぼ視界はゼロ。次に朱乃は後方に居た為に前線の者たちよりも軽傷だったが、涙が止まらず視界がぼやけている状態。朱乃が壁になってくれたおかげで背後にいたアーシアは無傷で済んだが、彼女ではフリードに太刀打ちできない。他のメンバーを治癒するという選択もあるが、フリードがそれを見過ごす筈も無く、また視力を奪われ著しく能力が低下している彼らでは守れる保証が無い。

 

「このハマった感! 良い──」

 

 最後まで言い切る前に、赤い拳がフリードの顔面を殴りつけ、再び壁に叩き付けた。

 

「あ、れ、れー? 何で無事? ホワッツ?」

 

 壁に大の字に張り付けられながら、フリードが首を傾げる。その目線の前には一誠が立ちはだかっていた。

 

「言う訳ねえだろ」

 

 フリードの台詞をそのまま返す。

 一誠の目が無事だったのは、ドライグのおかげであった。閃光を放つ直前に、気配を察し兜の目を閉じさせたのだ。『赤龍帝の鎧』を纏っているからこそ出来た緊急回避である。

 

「おいおい、何かのご都合主義ですかぁ? 空気読んでよ、イッセー君。今の主人公はおーれ。転生チート強化オリジナル悪魔アンチヘイトイケメンオリジナル主人公なの。ご都合主義は、俺の特権なーの」

「相変わらず訳の分かんないことを……!」

 

 これ以上話していると、自分まで頭がおかしくなってくると感じ、フリードを更に壁に埋め込んでやろうと拳を握り締めたとき──

 

『相棒!』

 

 ──ドライグの声。気付くと体を後ろに仰け反らせていた。眼前を通り過ぎていく光の軌跡。

 

「熱ッ!」

 

 胸の辺りに火で炙られた様な熱を感じ、見ると鎧に肩から胸に掛けて斜めの傷が走っている。

 

「ありゃあ? 避けられちった」

 

 顔を兜で隠していても一誠が驚いているのが分かるらしく、喜悦に満ちた声を出すフリード。

 何かを振り下ろした体勢であり、一誠の目線は自然と下に下がり、一点で止まる。

 フリードは何も持っていない。代わりに真っ直ぐに伸ばされ、揃えられた五指。手刀の形となった手。

 嫌な答えが一誠の頭を過る。

 

「いいだろ? 俺の聖剣は!」

 

 その答えを肯定する様にフリードは叫んだ。

 フリードが死に、肉塊となった復活するまでの過程で取り込んだのは悪魔だけでは無い。義手に使い、シンにへし折られたエクスカリバーの模造品。それもまた取り込んでいた。

 エクスカリバーの模造品は、『擬態の聖剣』の特性もあったことで肉塊にも上手く形を変えて混ざり合い、その結果フリードと完全に同化してしまった。

 フリードが意識すれば、彼の体は模造品だがどこでもエクスカリバーと化す。

 

「あひゃひゃひゃひゃ! 驚いた? 驚いた? あひゃひゃひゃ──」

 

 突然フリードの哄笑が止まる。一時停止でも押されたかの様に唐突に。その目は一点を凝視していた。

 

「──ああ、驚いた。……何で生きているんだ? フリード」

 

 背中に聞こえる声。それは、バトルフィールド外で見学している筈の──

 

「間薙!」

 

 彼が神殿内に現れたことに、一誠だけで無くリアスたちも驚く。

 だが、一番驚いている、というよりも過敏な反応を示しているのはフリードであった。

 眼球が上下左右異様なまでに速く動き、口が半開きとなっている。その端から涎が垂れており、完全に弛緩している。

 戦いの場に於いても、普通の場でもおかしいとしか言えない反応。フリードの中で何か別のことが起こっているようであった。

 

「間薙……シンッ!」

 

 動き始めたフリードの第一声。それは一誠を心底驚かせ、シンもまた僅かに目を大きくする。

 渋味を感じさせる男の声。明らかにフリードとは別人の声であったが、シンも一誠もその声を知っている。

 同時に忘れられない声でもあった。シンは二度戦い、一誠は一度殺されかけた。

 その者の名が、揃って口に出る。

 

「ドーナシーク……」

「ドーナシークッ!」

 

 それが正解だと言わんばかりに、天井目掛けて何かを放る。

 天井付近で停まったそれは、バスケットボール大の光球であった。

 

「死ねッ! 間薙シン!」

 

 光球の表面が波打つと同時に、数え切れない程の光の槍が撃ち出され。豪雨の様にシンへと降り注ぐ。

 

 

 勿体無い。非常に勿体無い。

 彼という波紋が、新たに生み出した波紋。

 それが衝突しようとしている。

 彼が打ち勝つか、それとも打ち負けるか。

 一度しかない人生の中で、困難、強敵にぶつかっていく。生と死の狭間で揺れる人生。

 ここで彼が死ねば全てのことは無駄に終わるだろう。自分が懸けてきた膨大な時間が無に帰す。

 何と哀れか。最初から苦難しかない人生。

 だが、超えても超えても尚降りかかる困難こそが彼を唯一無二の存在へ押し上げる。

 今回の試練は、見立てではかなりの確率で彼は死ぬだろう。

 でも、乗り越えて欲しいと願う。

 まだ超えていく壁はたくさん在るのだから。

 そして、その壁を乗り越えた分だけ新たな波紋を生まれ、彼に試練として襲い掛かるだろう。

 彼の人生に神の慈悲は無いだろう。

 だからこそ、だからこそ──

 

「おい。何愉しそうに笑ってんだよ、お前」

「そんな顔をしてたかい?」

「してたぜ。そっちのガキもな」

「そう見えるなら、そうなんだろうね、アザゼル」

 

 

 




前回も書いた様に六巻のボスは悪魔合体したフリードーナシークとなります。
初めはタッグマッチにしようかと思っていましたが、長くなりそうなので合体させました。

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