首の無い者を見たら、まずそれは死体にしか見えないだろう。
だが、立っていて、動いていて、喋っていたりしたら、それは死体ではなく化物にしか見えないだろう。
頭があった場所で何度も手を往復させ、呆然としている──様に見えるフリードは、人から化物へと成っていた。
シンが死ぬ前に見た時も、まさに化物という姿であったが、あの時は首を落として死んでいる。今は無くとも生きている。とは言え、これを生きていると表現するのは正しいかは分からない。
「あー……」
頭部が無いのに、フリードの声が体から聞こえる。悍ましいというよりもシュールな光景であった。
「何なんだよそれ……」
「あー、はいはい。ちょい待って」
動揺する一誠とは逆に当事者であるフリードは落ち着いていた。
「ん? こうか? あれ? んー? こうなんでしょうか?」
呟きながら首を捻ったり、手足を動かし何かをしようとしているフリード。アーシアは、口を両手で押さえてその光景を恐ろし気に見ている。
「どうしたの? 何があったの?」
一誠やアーシアの動揺が伝わってきたらしくフリードを視認出来ないリアスが現状を聞いてくる。あれだけの攻撃を受けても、フリードの平然とした声だけは聞こえてくるので相手の損傷具合を確認しておかなければならない。
「……何か、おかしなことになっています。……首から上が無いのに生きています」
小猫が代わりに答えた。心なしか声に混乱が含まれている。彼女の目からすれば、首から上の気脈が無くなっているのに、気が途絶えていないどころか普通に循環している様子が見えているのである。フリードの存在は、悪い意味で小猫の常識を覆すものであった。
「ヒ、ヒィィィ! ひ、人じゃないんですか!」
ハーフヴァンパイアのギャスパーが、小猫の言葉に怯える。
「あ、こうね」
周りの反応を他所に、フリードは手応えがあった反応を示す。すると、ピンク色の断面がチューインガムの様に膨らみ始める。
一定まで膨らんだそれは、一部が窪み、盛り上がり、凹んでいく。時間にすればものの数秒程度。窪んだ部分は目や口となり、盛り上がった部分は鼻や頭髪、凹んだ箇所は耳となる。
内面を知れば完全に詐欺としか言い様のない整った顔。その顔を一瞬で台無しにする悪意と歪みと醜悪に満ちた笑み。首の上で、永遠に失われた筈のフリードの頭部が完全に再現された。
「新しい顔よ! フリード! おかえり! 俺様のハンサムフェイス!」
新しく出来た顔の感触を、両手で頬を軽く叩いて確かめる。
「お、お前、平気なのかよ……?」
頭を生やしたこともそうだが、そんなことが簡単に出来る存在となったことに平静を保っていられるのか一誠は聞いてしまう。自分がもし同じ立場なら、果たして正気を保っていられるかどうか。悪魔に転生したときも殆ど人と変わらない見た目であり、不便なことはあったが、自分の存在に恐怖を覚えることは無かった。
「本当は恐ろしいさ……こんな、こんな怪物になっちまうなんて……」
両手で顔を覆い、声と体を震わせる。
「でーもー」
間を置かずに手の隙間から陽気な声が零れ出てきた。
「そういうことは、君らぶっ殺した後で悩めばいいやー! 大事なのは先よりも今! 今がなきゃ未来なんてありませーん! その為に有効活用させてもらいましょー!」
異形となる苦悩などフリードには全く無縁であることを思い知らされる。彼からすれば悪魔を殺す手段が増えた程度の認識だった。
「でもよぉ! じいさんも俺をこんなにするなら先に言ってくれよなぁ! 合成獣だけじゃ飽き足らずに、訳の分かんないものに変えちまってよ! 本当にマッドだよな! バルパーのじいさんは!」
フリードの口から出てきたバルパーという言葉に、木場とゼノヴィアが固まる。
「なん、だって……?」
「バルパー、だと……?」
バルパーがコカビエルの手によって死んだのは、この場にいる全員が見ている。だが、フリードの口振りは、明らかにバルパーの生存を匂わせるものであった。
皆が驚く中で、事前に聞いていたシンだけは無表情だったが、フリードの悪意を感じさせる暴露に僅かに眉根を寄せる。
「バルパー・ガリレイは死んだ筈じゃっ……!」
皆の反応を見て、フリードはあっ、と声を上げ、慌てて両手で口を塞ぐ。そのあまりにもわざとらしく下手な芝居のせいで、フリードが意図してバルパーの名を出したのが分かる。
「ああ、言っちゃった! でも、じいさんもこのこと秘密にしてたし、逆に俺様は喋っちゃおー! そうでーす! バルパーのじいさんは生きてまーす! 今明かされる衝撃のしんじーつ!」
全員がショックを受けたことに満足し、甲高い声で笑うフリード。もし、バルパーがこのことを知れば、激情に駆られてフリードを縊り殺そうとしていただろう。
「いい反応するっすね! 特にそこのナイト君と使い手さん! 期待通りのナイスリアクション! 画になるねぇー!」
ゼノヴィアがデュランダルを振り抜く。木場が無数の聖魔剣を一斉発射する。目が見えなくとも、フリードの不愉快な声で位置など凡そ把握出来る。
「あらよっと!」
デュランダルの刃から、帯の様に伸びる聖なる気の横薙ぎの斬撃を、跳躍して軽々と避ける。
続けて頭上から聖魔剣が束となって降ってくる。空中に居るせいでもう避けることは出来ない。
「はっはーん!」
最も近付いた聖魔剣を素足で蹴り返す。すると、蹴り返された聖魔剣は次々に他の聖魔剣に接触し、軌道を変えさせ、全てがフリードを避けて通る──などという都合が良いことは起きず、弾けたのは最初の数本だけ、後はその十倍の量の剣がフリードを呑み込みながら床に突き立てられる。
「ツボ押しには、ちょっと針が大き過ぎじゃなーい?」
だが、すぐに床に刺さる聖魔剣を蹴り飛ばしながらフリードが姿を見せる。その体に刺さる十数もの聖魔剣を引き抜きながら。
剣を引き抜かれた箇所はすぐに閉じる。首や背中、心臓、肺などの急所にも刺さっているのに、フリードは顔色一つ変えない。
頭が吹き飛ばしても直り、人体の急所も効果無し。不死身のジークフリードと豪語するだけのことはある生命力である。
「どうしたぁ! 狙いが雑だぜぇぇぇぇ!」
フリードが言う様に、ゼノヴィアと木場の攻撃は、大体の位置を把握して攻撃しているに過ぎない。故に、ゼノヴィアの初撃は難なくと避けられた。木場の方は不正確さを数で補おうとしたが、一本一本まで精密に扱うことが出来ず束の様な攻撃となってしまっていた。
「そんなんじゃ甘ぇんだよ! 舐めんな腐れ悪魔どもがぁぁぁ!」
地を蹴るフリード。瞬時に最高速へと達する。狙うは片腕を切り落とした木場。
フリードが接近してくるのを感じ、聖魔剣を一斉発射するが、フリードの動きは木場の想像よりも一歩も二歩も早く、フリードが通過した場所に聖魔剣が刺さり、どれも外れてしまう。
「祐斗君!」
木場を逃がす時間を稼ぐ為に、朱乃がフリードに雷を撃つ。
「あひゃはははははは!」
着弾──かと思った瞬間に、フリードが急停止。雷はフリードの前方に落ちた。雷が外れると同時にフリードは再加速する。
ぼやけた視界の中で朱乃は必死にフリードを狙うが、フリードは急停止と急加速を巧みに使い分け、どれも回避してしまう。
朱乃の狙いが甘い訳では無い。フリードの動きが異常なのだ。通常の人体ならば、体が壊れてしまう動きを短時間で何度も繰り返している。
雷を全て避け切り、手刀を突き出す様に構える。その手に、デュランダルと似た輝きが宿った。
受けた傷が軽傷であっても、重傷もしくは死に繋がる聖なる気をこれでもかと込めるフリード。手刀が向ける先は、フリードが見るだけで反吐が出る木場の美貌。
距離、速度。五感を通じて伝わってくる情報は、木場に回避不可という非情な現実を突き付ける。
攻撃も回避も間に合わない。
瞼越しに感じる毒々しい聖なる気。肌が総毛立つのが分かった。
「ぐっちゃぐちゃのどろどろに整形してあげるよぉぉ! ナイトくぅぅぅぅん!」
動かない木場を見て、観念したと思ったのか悪意を撒き散らすフリード。一方で、暗闇の中の木場は感じていた。
急速で向かって来ている気配。閉じた目でも伝わってくるその気配の色は赤。
「フリードォォォォ!」
噴射孔から限界まで魔力を噴出させた一誠が、フリードに横から体当たりをし、そのまま掴んで飛んでいく。
「邪魔すんじゃねぇぇぇ!」
楽しみを妨害されたフリードは、一誠の背中に肘を叩き付ける。頑丈な鎧でも衝撃が貫いてきて息が詰まる。しかし、フリードを掴む手の力を緩めない。
「悪魔如きが、俺様に触るんじゃぁねぇぇぇぇ!」
噴出孔にフリードの掌が打ち込まれる。その手に宿る聖なる気が噴出孔を破壊し、片方が使用不能になったことでバランスは大きく崩れ、空中を錐揉みしながら無茶苦茶に動き回る。
「おおおおおおお!」
視界が三百六十度回転する。視界がマーブル模様となって何が何か分からなくなる。その間にもフリードは肘、膝、拳を手当たり次第に打ち込んでくる。
「離せ! 離せぇぇぇぇぇ!」
「誰が離すかぁぁぁぁ!」
一誠は魔力を噴出孔の片方に集中させる。速度を緩めるどころか逆に加速し、回転も速度も激しくなる。
「うおおおおお!」
ノーブレーキで壁面に衝突する一誠とフリード。互いに側頭部を強く打つ。壁は粉砕され、大小の破片となって壁から崩れ落ちていく。
目から火花が散り、脳みその奥が痺れる様な痛みを感じるが、一誠がフリードを掴んで離さない。
何も無い空中から、ようやく触れるものに接触出来た。
噴射孔の向きを変え、一誠はフリードの喉元に爪を立てる。指先が深く刺さり、容易に抜けなくなった状態から更に握り締めた。
「てんめぇぇぇぇ!」
フリードがもがくが、一誠の手を外すことが出来ない。
フリードの顔面を壁面に押し付け、魔力を噴射する。その状態から、空いている手でフリードの顔を殴打し続ける。
「おおおおおお!」
壁面に沿いながら一誠は飛び、フリードを削りながら殴る。一撃一撃に全力を込め、顔半分を壁面に埋め込ませ、フリードの頭をヘラの様にして壁を抉っていく。
「こ、の、や、ろぉぉぉぉぉぉ!」
フリードもされるがままではなく、動かせる手足を滅茶苦茶に動かし、どこでもいいから一誠の体に当てる。
その動きはだだを捏ねる子供そのものだが、見た目に反して一撃がとても重い。常人なら触れた箇所が吹き飛ぶ威力が込められている。
それを間近で何度も浴びせられる一誠。鎧に罅が入り、その罅も繋がり大きな亀裂となっていく。
「負けるかよぉぉ!」
フリードに打ち込んでいた拳を開く。掌に集まる赤い魔力。拳では無くドラゴンショットを直接叩き込もうと考える。
直に打ち込まれることは、流石のフリードも不味いと思ったのか足搔きが強まる。フリードが今の体になってまだ少ししか経っていない。フリードは自分がどこまで耐えられるか把握し切れていない。頭を吹き飛ばされても戻ったが、それ以上の破壊は耐え切れるのか? 再生の回数に限度は無いのか? 分からないことだらけ。
だからこそ、一誠のドラゴンショットは、その許容を超えるかもしれないという疑念から忌避する。要は、肌で感じる魔力にそれだけの説得力があるのだ。
「おらぁっ!」
フリードの全身が発光する。指を弾いて聖なる気を拡散させた技の応用。全身から放つ為に光自体の殺傷能力は低い。しかし──
「うっ!」
一誠が硬直する。放つ光が聖剣と同じ効果を持っていると知っている為に、反射的に体が萎縮してしまった。
掴んでいる手の力が僅かに緩み、魔力噴射の勢いも低下した。
この瞬間、フリードは両足で壁を踏み抜き急停止を掛ける。
「うお!」
勢いでフリードよりも前に出る一誠。投げ出されそうになる一誠の腹に、フリードの拳が刺さる。
掴んでいた手は、フリードの首の肉ごと離れ、壁面から中央目掛けて殴り飛ばされる一誠。
下に叩き付けられ、床を破砕する。衝撃と痛みからかすぐには立てない状態であった。
「はっはー!」
フリードは両手で壁を叩き、両足を引き抜きつつ、叩いた反動で一誠に向かって飛ぶ。
まだ立っている途中の一誠に、追撃を行おうとし──眼前一杯に広がる拳にてそれが阻まれる。
「うごあっ!」
フリードの頭部の半ばまでめり込んだ拳は、飛び込んできた以上の速度でフリードを殴り返す。
背中で何度もバウンドしながらフリードはまた壁面に戻っていく。
フリードを殴り返した拳の主、シンは守る様に一誠の前に立つ。
「大丈夫か?」
「大丈夫、だ!」
一誠の言葉が一瞬詰まったのは、脇腹の傷口からまた血が噴き出たから。激しい動きや攻撃でどんどん傷口が悪化していくのが分かる。流れ出た血の量もかなり増えた。
だが、それがどうした、と一誠は痛みも苦しみも誤魔化す様に心の裡で叫ぶ。
守るべき人たちが自分の後ろにいる。情けない所を見せたく無い戦友が隣にいる。こんな状況で心を折らすなど、みっともないことなど出来やしない。
「──そうか」
シンは、一誠の心境を察したのかそれ以上気遣う言葉を言わなかった。
「て、めえ、くそ! 何でいってぇんだよ……!」
フリードが顔を押さえながら悪鬼そのものの形相でシンたちを睨む。
壁で削られようが、一誠の全力の拳をもらおうが、剣で串刺しになろうが、頭を消し飛ばされようが、殆ど痛みは感じなかった。しかし、シンの拳だけは苦痛を感じる。
シンの拳が少々特別なのも理由であるが、一番の理由はフリード、その中にいるドーナシークも無意識のうちにシンにトラウマを抱いているからである。
彼らにとってシンは自らの死をイメージさせる存在と化していた。故に彼の一撃は、彼らの死の記憶を強制的に掘り返す。怒りで忘れていた筈のドーナシークの幻覚痛がまた起こり始めている。首や胸に痛い程の冷たさも生じていた。死の記憶が別の死の記憶を引きずり出してくる。
人間というものをほぼ捨てたフリードを、嫌でも人間に引き戻す存在こそがシンであった。
「ってぇんだよ!」
痛みを忘れ去る為に暴力に走る。技術など無い。衝動のままに体を動かす。
爪先が床に亀裂を入れる程の力で蹴り、肩から先が千切れ飛ぶイメージで背負ったものを放り投げるような全身を使った拳の振り下ろし。
凡百の者たちならば、フリードが地を蹴る瞬間すら分からず、そして自分が死ぬ時ですら認識出来ないままに挽肉と化していただろう。
しかし、フリードと相対するのは普通という言葉では収まらない者たち。
一誠は、赤龍帝としては過去最低の素質だが裡に秘めた熱量は歴代に勝るとも劣らず、その奇天烈さに並ぶ者は居ない。ましてや守る者、負けたくない者が揃ったこの状況で、彼の心は限度無く高まる。
(速いし、怖えぇ。でも──)
片側だけの噴射孔が魔力を噴き出す。
『行け、相棒』
「負けてたまるかよ!」
魔力の勢いで加速する一誠。『赤龍帝の鎧』ですら耐えられるか分からないフリードの全力の一撃に自ら向かっていく。
鈍い打撃音。呻く声。よろめいたのは──
「かっ……!」
──フリードであった。その腹部には一誠の拳が鋭く打ち込まれている。
恐れなかった故に、直線という最短距離を、最速を以って駆け抜け、フリードよりも先に一撃を喰らわせることが出来た。
前のめりになるフリードの顎を、一誠の拳が突き上げる。火花が飛び散りそうな勢いで閉ざされるフリードの口。しかし、歯が折れることも罅割れることも無い。この歯もまた頭部と同じで見せかけだけのもの、飾りと一緒なのが分かる。
顔を仰け反らせるフリード。首の力で無理矢理頭の位置を元に戻す。そのせいか、首の形が歪に変形する。
「こ、の……!」
両眼が火を吹きそうな程の殺意が暗く輝く。その危うい輝きを見て構える一誠であったが、突如後ろから押されて上半身が前に倒れる。
「うお!」
驚く一誠の背で、シンが片手を軸にして体を回す。
フリードは、一誠の背に乗ったシンと目が合う。どこまでも冷静というべきか冷めた目をしていた。戦っているときも自分を殺したときと変わらぬ感情が読めない目。もしかしたら、シン自身が死ぬ時も今の様な目をしているのではないかとすら思えてしまう。
そんなことを考えるフリードの前で、シンはまるで体操選手の様な軽々とした動きで、フリードの下顎を蹴り飛ばすという重い一撃を見舞う。
下顎を皮一枚で吊るした状態になりながら、フリードは独楽の様に回転しながら吹っ飛んで行く。
「やるなら言えよ」
「言ったらバレる」
「ビックリするだろうが」
「こっちも何度か驚かされたことがあるからお互い様だ」
内容だけなら緊張感が無い軽口。二人の顔が真剣なまま飛んでいったフリードを凝視し続けているのを見れば、まだ油断ならない状況だと分かるだろう。
回転していたフリードがピタリと止まる。下から見上げる様に睨みつけてくるフリード。下顎がプラプラと揺れている。
「ホラー映画みてぇ……」
「Z級以下の内容だろうな」
一誠の率直な感想に対し、シンは辛辣な評価を下す。
「へめぇは、へっはひに、ふっほおふ!」
「何言っているか分かんねえよ。っていうか、頭なくても喋ってただろうが」
「あ、そうだった」
フリードが下顎を戻しながら、今気付いた様に言う。本気なのかふざけているのかイマイチ判断し難い。
直った顎で何度も閉じて歯を鳴らし、嚙み合わせを確かめる。
「人以上の体が手に入ったっていうのに、人の感覚ってのは抜けないもんだねぇ。つーわけでやり直し! てめぇら、絶対にぶっ殺す!」
シン、一誠、フリードの戦いにリアスたちは介入することが出来なかった。彼らがほぼ接近戦をしているので攻撃すれば巻き込んでしまうというのが理由の一つであるが、もう一つは、ここで援護すればフリードの矛先が必ずこちらに向くのが分かっているからである。
我が身可愛さに攻撃を躊躇っているのでは決して無い。短い時間でもフリードの悪辣な性格が身に染みて分かっているつもりであった。視力が不完全なリアスたちは、動きが落ちている──木場や朱乃の動きを見ての通り──フリードはリアスたちを攻撃し、それをわざとシンや一誠たちに庇わせる、つまりは一誠たちが盾になることを見越しての攻撃を行うと予想出来た。
だから、リアスは密かに攻撃をしない様に指示を出す。少なくともフリードがシンと一誠に注目している間は。
これが最善だと思う。思うが、リアスは強く唇を噛み締める。もっと他に最善の行動は無かったのかと自問自答してしまう。だが、時間は限られ、また時は過ぎていく。思考する間にも事態は変化し続ける。
最善であったとしても、更なる最善を求めてしまう。見守ることしか出来ない罪悪感からくる思考のループであった。
リアスはそれを、悔しさを抱きながら見ることしか出来ない。
「いいからさっさと来い」
同じ台詞を言うフリードに、シンは冷めた態度で手招きをする。道化の様な態度でマイペースのフリードに、シンも自分のペースを貫く。
素っ気ない言葉に、フリードは青筋を浮かべる。構えなど無いノーモーションでシンに接近するが、攻撃をする前にシンの五指がフリードの胸部に埋まる。
挑発すれば必ずと言っていい程乗って来るフリードの単純さに呆れつつ、埋め込んだ指先を振り上げ、フリードの体に深い裂創を与える。
「う、ぐ!」
血は出ないが体を引き裂かれる痛みがフリードの中に起こる。やはり、シンの一撃はフリードの痛みを呼び起こす。
今すぐここで必ずシンを殺さなければならない。シンの存在はフリードにとって危険過ぎる。
裂かれた体を修復しつつ、聖なる気で輝く拳をシンに打ち込もうとするフリード。すると、シンは横に滑る様に移動する。
直後にさっきまでシンが立っていた場所を通過する赤い残像。一誠の回し蹴りが、フリードの拳とぶつかり合う。
聖なる気と赤い魔力が衝撃波の様に散る中で、フリードは一誠を睨み付ける。彼もまたフリードにとって殺すべき対象だが、優先度が違う。真っ先に殺す必要があるのはシンなのだ。
「邪魔すんな!」
「嫌だね!」
一誠のそのたった一言で、フリードはシンが自分にとって如何に危険か、など考えていたのを忘れ、一誠を殺しにかかる。常人ならばまずしない様な悪い意味での切り替えの早さ。フリードの刹那の感情で標的がころころと変わる。
鎧越しに伝わる聖なる気で、皮膚が火に炙られる感覚を覚えるが、一誠は倍化の力でフリードの拳を蹴り弾く。
半身が後ろに引っ張られるフリード。すぐに体勢を戻そうとするが、その間にシンと一誠が動く。
フリードの腹、胸、頬にシンの拳が刺さり、よろめいた内に一誠の拳が間を埋める様に、顔面を殴打、続けて腹部に重い一撃を打ち込む。
後退するフリードに、シンは二本の魔力剣を振るおうとする。すかさずそこに一誠のサポートが入る。
『赤龍帝からの贈り物』
一誠の魔力が、シンに贈与される。極限まで倍化したことで送られる魔力は、普段とは段違いのものであり、白光に輝く魔力剣が赤の光へ変化する。
荒れ狂う魔力を無理矢理剣の形に押し止め、開放して暴風の様に相手を呑み込むのがシンの技である。魔力が高まれば暴発する危険も高まるというのに、それを実戦で難なく制御してみせる。
二本の魔力剣を、一本に融合させ、より魔力の密度を高めた後に、フリードにそれを直接叩き込む。
零距離で解放された魔力が、瞬時にフリードを喰らう。
「く、おおおおおお!」
高まった魔力によって通常の何倍もの威力となる魔力波。味わった者にしか分からないが、波の中には魔力の渦の様なものが無数に存在し、それらが右左別方向に渦巻き、更に縦横斜めの回転をしている渦もあり、それがフリードを四方から引き千切ろうとする。
体の内からブチブチという切れていく音が鳴り響く。一箇所だけでなく体中からだ。
シンが放った攻撃のせいか、全てに痛みを感じる。四肢が千切れようとする痛みは、フリードの有るのか分からない脳すらも苦しめる。
(いてぇ! いてぇ! いてぇいてぇいてぇいてぇいてぇ!)
回転する視界の中でフリードはひたすら痛みに苦しむ。渦の中で声を上げることすら出来ず、心の中で叫び続ける。
痛みを感じる度に心の中に黒いものが溜まっていく。痛みは、怒りと恨みとなり、相手を憎む呪詛となってフリードの中に蓄積される。
背中が何かにぶつかる。恐らくは壁である。壁の中に体が押し込まれていく。全身が圧される。
されるがままの今に屈辱を強く覚えた。
フリードは人と神器、その中間に位置する様な曖昧な存在である。それ故に、半端に人としての特性を持ち、そして、半端に神器としての特性を持つ。つまりは、フリードは自覚していないが神器の能力を有している。
能力は至って単純。感情の昂ぶりよって力が増すというもの。この能力、フリードにとって相性が良いとも悪いとも言えるものであった。
元々情緒不安定な面があるフリードだが、ドーナシークなどを取り込んだせいで不安定さが増している。故に感情の振り幅が極端になっており、能力自体も安定しない。
感情と神器の能力が嚙み合わなければ一定の力しか発揮出来ない。だが、逆に言えば嚙み合ってしまえば何処までも自身の力を高めることが出来る。
そう。今の様に、強い屈辱と殺意を覚えたときなどは。
壁が粉砕され、魔力波を突き破って何かが突っ込んでくる。それが向かう先にはシン。腕を交差した直後に、突き抜ける様な衝撃と鈍い音が聞こえ、シンは吹っ飛ぶ。
「間薙!」
飛ばされたシンに声を掛ける一誠であったが、その耳に破砕音が届く。
音の後に気付いた。脇腹に深々と刺さる拳。『赤龍帝の鎧』を素手で砕き、中の一誠の肋骨すら折っている。
「フリー、ド……!」
拳を突き刺すのはやはりフリード。だが、その姿は無傷ではなく片手、片足が千切れかけた酷い姿であった。しかし、そんな姿でもドラゴンの鱗と同等の鎧をも砕いてみせたのだ。
一誠は拳を握り、反撃を試みようとする。だが、フリードはそれが分かっており、刺さっている拳を捻じり、痛みで一誠の動きを硬直させた後、千切れかけた脚で一誠の側頭部を蹴り飛ばす。
首が折れるかと思った衝撃と、脳を揺さぶられる気持ち悪さを味わいながら、一誠は地面を跳ねていく。
シンとは反対の位置に移動させられてしまう一誠。並び立って戦っていた二人が、フリードの攻撃で離される。一対二で優位に戦えていたが、これによってその優位も失う。
追撃は無かった。蹴りを放ったフリードは、そのまま床の上で大の字になっていたからである。フリードもまた無理な動きのせいでバランスを崩して倒れていた。
速度と力が瞬間的に跳ね上がったフリードに驚くしかない。
シンは、反応が遅れてフリードから直撃を受けた時のことを思い出す。あれ以降、速いが反応出来る速度であったのに、またそれに等しい動きをされた。
殴り飛ばされたシンは体を起こす。途端に激痛が走る。痛みは両腕から発せられていた。
一目で分かる。右腕が歪に変形しており、骨が完全に折れていた。右腕を上にして交差していたので直接殴られた為にダメージが大きい。一方で下にしていた左腕にもダメージを負っており、指を動かすだけで鋭い痛みが生じる。骨は折れてはいないが、罅が入っていると思われた。
右手は拳を握れず、左手は拳を作れるが握りが甘い。両腕が使い物にならなくなってしまった。
一誠もまた立ち上がる。本人は素早く立ち上がったつもりだが、傍から見ると緩慢な動作であった。
立ち上がった一誠からポタポタと滴が落ちる。脇腹辺りの鎧をフリードによって砕かれたせいで止血する物が無くなり、傷口から押さえていた血が溢れ出る。
足元がすぐに赤く染まっていく。長い時間持たないのは身を以って分かった。
「イッセーさん!」
堪らずアーシアが悲痛な声を上げてしまう。そんな彼女を心配させまいと大丈夫であることをアピールするかの様に一誠は笑ってみせるが、それは、失血での蒼白、痛みによる引き攣りのせいで痛々しい笑みであった。
「ひ、ひひひ、ひひひひ」
三下の悪党そのものの笑い声を出しながらフリードは仰向けの状態から片足だけで立ち上がってみせる。千切れかけた手足もくっついており、見た目では無傷であった。
「大逆転ってやつ? おいおい! マジで俺様主役じゃないの? パワーにテクニックにスピードにルックス! おまけに主役補正もついたら完璧じゃないの! フリード君!」
減らない減らず口で捲し立てるフリード。自分の力が突然増したことに何の疑問も抱かずに素直に受け止めている。
この時点でフリードは、少し前の力に戻ったことに気付いていない。このまま戦えば、先程の繰り返しとなった、再びシンたちに押されるだろう。だが、押された結果、また今の様な展開へ戻る。
厄介なことにフリードの力は波がある。それも一定では無い波が。これのせいで、シンたちはフリードの戦いに慣れない。追い詰めると突然力を爆発させて一気に反撃に出てくるので、その切り替えに対処出来ず一瞬にして立場が逆転してしまう。
フリードの情緒不安定さが、そのまま戦いに表れていた。
「さあ! さあ! どうするんだい! その怪我で俺様とやれんのかい!」
シンと一誠の負傷を見て、調子に乗って叫ぶ。どんな傷もすぐに治してしまうフリードと時間が掛かるシンたちとでは、戦いが長引くにつれて差が出てしまう。
アーシアの神器を使えばその差は埋まるだろうが、それはアーシアを危険に晒すに等しい。回復能力を持つ存在など、普通なら見過ごさない。
勝ち誇った様に叫ぶフリード。それに対し否定する声を上げられる者は居なかった。
「──そうだな。このまま行けば負けるな」
シンの口から負けを認める様な台詞が出て、一誠は耳を疑う。他の者たちも一誠と同じ気持ちであった。
冷静沈着ではあるが負けず嫌いな面があり、やられたらやり返すシンがその様なことを言うなど、例え本人が言おうとも認めたく無かった。
「おい! そんな──」
「だから次で終わらせる」
「──え?」
「あん?」
またもや耳を疑う。今度はフリードも同じ様な反応をする。
「だから次で終わらせるって言ったんだ。俺とそいつの全力を同時にお前に叩き込む。耐えたらお前の勝ちだ」
あまりにも単純な方法に、誰もが絶句する。
「何だそりゃ? イカレちまったの?」
フリードのハイテンションはすっかり消え去り、聞き返してくる。もしかしたら、困惑しているのかもしれない。
「イカレてもいないし、冗談でも無い。本気だ。勝つか負けるか、生きるか死ぬか。力や速さや技を比べ合うよりも単純だろ?」
いつもの通りの平坦な口調で、突拍子も無いことを言う。
「それで、お前はどうする? お前の力が無きゃ勝てない。多分全員が死ぬ」
フリードの背後にいる一誠に協力するか否かを問う。
「──協力を頼む台詞じゃねぇぞ。それじゃあ脅迫だ」
兜の下で一誠は苦笑いをする。シンの言う通り、このまま戦い続けたら不利になるのはこちらであった。全力を出せられる時間もそう残されてはいない。ならばいっそのこと後のことなど考えず次の一撃に掛けるのも有りかもしれないと思った。
「いっちょやるか! 出し惜しみ無しで!」
「うるせぇ! 俺様越しに会話するんじゃねえ!」
フリードの勝ちに流れていく空気が一転し、シンたちの空気に染められていく。
「で、どうすんだ? 兎に角ドラゴンショットを直に撃てばいいのか?」
「それしかないな」
「おい! 何、俺の前で作戦会議してんだ!」
「ドライグ。鎧を維持する力も魔力に変えられるか?」
『可能だ。心配なのは、そいつが俺たちの魔力に耐えられるかだが』
「遠慮するな。俺を心配する必要は無い」
「おい! 無視するんじゃねえよ!」
今まで振り回してきたフリードが、シンと一誠の会話に入れず、逆に振り回されている。それが、絶望的であった空気を払拭していく様に思える。
「イッセー、シン……」
生死を懸ける二人に、リアスはその名を呟くことしか出来なかった。まるで世間話の様な軽い口調だというのに伝わってくる、どれだけ二人が本気なのかが。
「にしても一発限りのギャンブルかよ! 正直ビビるな!」
「そうだな。俺も似た様な気持ちだ」
「嘘吐け! 全然見えねえぞ!」
「見た目だけだ」
「絶対嘘だ! ははははは!」
徐々にだが、二人のテンションがおかしくなってきている。生きるか死ぬかの重圧を緩和させる為に脳が高揚させているのか、一誠から場違いな笑い声が上がった。シンの方も声に出していないが口角を片側だけ上げ、肩を上下に揺らして笑っている。
「悪いな、ドライグ! こんな一か八かの戦いに巻き込んで!」
『気にするな。あまり大声では言えないが、こういうギリギリの戦いも嫌いじゃない』
「そうか! あはははははは!」
『ふはははははは!』
ドライグも一誠に合わせて笑う。シンも声を出さずに笑う。最早狂気に片足を突っ込んでいる様であった。
先程まで心配していたリアスたちも、一誠とシンの場違いなハイテンションに戸惑っている。
フリードもまた狂気をばら撒く側であったのに、二人の狂人染みた振る舞いに、気圧され始めていた。
シン、一誠も精神がある種の極致に入り始めており、その中でしか得られない精神状態となっていた。死や痛みから遠ざかってしまったフリードには二人のそれが理解出来ない。
「でも、やるとしてどうやって当てるんだ? タイミングよりも外したらお終いだぞ?」
「──問題無い。フリードの動きは俺が止める」
シンは、一つだけフリードの動きを止める方法を思いついていた。かなり悪辣な方法であり、確実性は無く、その時点からギャンブルであった。
「──そうか」
先程までのハイテンションは潜まり、一誠の両手が赤く輝く。会話をしながらも既に準備を進めていたのだ。
両腕を負傷したシンは拳を握らず、代わりに感触を確かめる様に右足の爪先で、何度か地面を叩く。不完全な腕よりも今はこちらの方が信用出来る。
「何だよ……! 笑ってたと思ったら急によぉ……!」
フリードはせわしなく前後を見る。身体能力も、戦いも自分が有利で、更に相手は一か八かのやけくその様な賭けを行おうとしている。どう考えても自分の方が勝っている筈なのに胸騒ぎが止まらない。
それに気になる点もう一つ。シンが動きを止めると言ったが、一体どんな方法で止めるというのか。
魔力波によるものか、眼からの不可視の光線か、或いはマタドールとの戦いで見せた全身から放つ魔力の槍か。
しかし、フリードの考えとは裏腹に、シンが何かをしようとする動きも無ければ、魔力の高まりも無い。
「──それにしても」
状況とは裏腹に、世間話でもするかの様な口調でシンは急にフリードへ話し掛ける。
「思い返せば失敗続きだな。アーシアの件といい、俺との戦いといい」
急な挑発に、フリードは怒りよりも困惑する。足止めする方法があると言っていたが、安い挑発に乗せて怒りで我を失わせようとしているのだろうか。
「そして、今回の件もそうだ。失敗した挙句、死んだ」
淡々と事実を並べていくシン。何か違和感がある。シンの視線はフリードに向けられているが、言葉は別のものに向けられている。そんな気がした。
「行き着く先が、そいつの養分か……」
そこで一旦言葉を止める。何故かフリードは体の内側が熱くなってきていた。無い筈の心臓が早鐘を打つ。フリード自身はまだ冷静である。しかし、体が異様な反応を示している。何かの前兆の様に。
「お前はつくづく負け犬だな──ドーナシーク」
途端、フリードは内側から何かが弾けるのを感じる。フリードの意思に反して口が勝手に動き始めた。
「間薙、間薙シン! 俺が! 俺が! 負け、負け犬だと!」
フリードから発せられるドーナシークの声。取り込んだと思われたドーナシークが再び暴走し、フリードの肉体の主導権を奪おうとする。
「や、めろ! やめろぉぉぉぉ! これは俺の体なんだぁぁぁぁ!」
「黙れ黙れ黙れ! 奴を殺させろぉぉぉぉ!」
フリードは頭を抱え、半狂乱となって叫ぶ。
フリードという器の中で二つの魂が、争いを始める。それこそ外部が見えなくなる程の。
ドーナシークの自分への屈辱、憎悪、執念が容易く消えないと考え、感情を焚き付ける。悪辣、卑怯、尊厳を穢す様な行為だとは自覚している。だが、シンは実行した。
理由など簡単。自分で勝ち筋を断つ様な真似をしない、それだけのこと。
正直、軽蔑されてもおかしくはない方法であった。シンは動く前に一誠を見る。一誠は何時でも動ける準備をしており、シンを見ていた。
自分もまた共犯であると言わんばかりに。
シンが走る。一誠もまた走る。この刹那の時に全てを掛けて。
精神がぐちゃぐちゃに入り混じるフリード、或いはドーナシークは見た。
夜空の星の如く、白光の輝きを纏わせたシンの蹴りを。
万物の頂点に限りなく近い、全てを滅する一誠の赤の魔力。
それが前後から同時に打ち込まれる己自身を。
◇
「あー、さっぱりしたなー」
何一つ消え失せた光景の中で、マダは呑気に言う。そんなマダを、トールと帝釈天が呆れた様に見ていた。
「何、一仕事やったみたいに言ってんだよ」
「やったのは我らだ」
「細かいこと言うなよぉ。中々派手で面白かったぜぇ?」
会場があった場所は、巨大なクレーターとなっており、その中心に立つ三人は全くの無傷である。
帝釈天とトールにより、マザーハーロットが撒いた穢れは完全に焼失した。別の理由でこの辺一帯は使用出来ないが、汚染されるよりはマシと言える。
「あ、そうだ」
何かを思い出し、マダは口を開け、中に腕を突っ込んでいく。見た目は最悪の光景であったので、トールも帝釈天も目を逸らす。
「お、うお、うおえ……」
すると、わざとえずき始め、耳を責めてくるという嫌がらせをしてくるマダに、視線を逸らしたままトールはミョルニルを投げつけ、帝釈天は雷を落とす。
が、いち早くマダは移動しており、二人の制裁は空振りに終わる。
移動したマダの側には、いつの間にか体内から出されたピクシーたちがおり、夢から覚めた様な顔をしている。
「あれ? あれ? 明るい!」
「ヒホ? オイラたち星空を眺めていた筈だホ?」
「ヒ~ホ~。月みたいなの、浮かんでなかった~?」
「グルルルル。モウ少シデアノ毛ムクジャラノ象ガタベラレタノニ」
仲魔四人は、何やらおかしなことを言っている。
一方でセタンタ、グレイフィア、ディハウザーはというと──
「セタンタ、私はあの中で誰かと喋った様な記憶があるのですが……」
「奇遇ですね。私も握手をした感触がまだ手に残っているんですが……」
「──私は酒を奢って貰いましたよ。まだグラスも持っていますし」
そう言ってディハウザーは琥珀色の液体が入ったガラスのグラスを見せる。
「……貴様の腹の中はどうなっているのだ?」
「前からヤバいモン食ってるとは思ってたが……」
「ひーみーつー」
色々と謎は残ったが、一応全員が生還した。遠くを眺める、無事に脱出した天使たちなどがこちらに向かって来ているのが見える。
後は、バトルフィールド内の者たちが無事に戻ってくるだけである。
その時、全員の視線が一斉にバトルフィールドの方角に向けられた。強い魔力が生じている。
「シン……」
己の羽根を震わす魔力の気配に、ピクシーはシンの存在を感じ取り、無事を祈る様にその名を囁いた。
フリードの強さは兎に角ムラがあるという感じで。強い時は魔人並だけど、弱い時はシンたちと互角ぐらいの強さで。
あと二回で話を終わらせたいですね。