ハイスクールD³   作:K/K

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放課後のラグナロク編
鑑賞、襲撃


 降り注ぐ白い雪。冷たく、淡く風によって漂うそれが地面に溶けることなく残っていく。大地に積もる雪の上で横たわる黒髪の女性。

 その身から流れ出る血が白い雪を赤く染め、翼の様に広がっていた。

 女にはまだ息があった。だが、虚ろな眼差し、雪が降り注ぐ中でも白く染まらない呼気が、女の命が長くないことを示している。

 息絶えようとしている女の側に、何かが近寄って来る。不思議なことに、積もる雪の上を歩いている筈なのに足音が聞こえない。

 霞んでいく目で女は見た。そこには人の形をした死が女を見下ろしている。

 

「貴方は……死神……?」

 

 女の目にはそれが死に行く自分を迎えに来た死神に映った。

 

「くっ、死神か──かもしれないな」

 

 女の問いに死神と呼ばれた存在は小さく笑い、自らの正体をはっきりとさせない曖昧な返しをする。死に掛けた女を前にしても、その声に憐憫の感情は無かった。

 

「あの子は……朱乃は……無事です、か……?」

 

 終わる自分の命よりも、かけがえのない娘の安否に残された時間を費やす。

 

「朱乃? 貴女の娘か? 安心するといい。生きている。気絶はしているがな」

 

 女から少し離れた場所に、木に背中を預けて意識を失っている少女が居た。衣服や顔に血が付着しているが、少女のものではない。母の返り血を浴びたことでショックを受けて気絶していた。

 娘が無事だと分かり、強張っていた女の顔が安堵で僅かに緩む。

 

「これも何かの縁だ。最期に言い残すことはあるかね?」

 

 女の死が確定であるとし、遺言を尋ねる死神。それを慈悲と取るか無慈悲と取るか人によるだろう。

 

「あの人に……伝えて、くれますか……?」

「聞くだけならば」

 

 あくまでも遺言を受け取るだけ。そこから先は死神の気紛れという確実性の無いもの。それでも女は言葉を残す。最愛の人に向けて。

 

「────────―」

 

 言葉は短いもの。だが、それを残す女の言葉にしきれない思いが一字ごとに込められていた。

 死に行く女が最愛を込め、残された命を削りながら語る言葉を死神は聞き入る。その胸中に万感の思いが駆け抜けていく。

 女は最期の言葉を紡ぎ出した後、事切れた。

 

「しかと聞かせてもらったセニョーラ。戦士の最期の断末魔よりも、敗者の遠吠えよりも至高の響きであった」

 

 薄っすらと開いた目を閉じ、死体となった女を焼き付ける様に見る。尤も、その伽藍洞な目に何かが映るということは無かったが。

 

 

 ◇

 

 

 ここの所、シンの周りは比較的平和だと言って良かった。

 兵藤家の広い地下室。オカルト研究部全員で、最近冥界で大人気の特撮番組を見るぐらいには平和であった。

 

『ははははは! 乳龍帝! この場所が貴様の墓場だ!』

『この乳龍帝が貴様ら闇の軍団に負ける日など来ない! いくぞ! 禁手化!』

 

 特撮の知識があれば既視感を覚える怪人に啖呵を切って一誠と瓜二つのヒーローが、『赤龍帝の鎧』瓜二つの姿に変身する。

 変身したヒーローは戦闘員たちを蹴散らした後、怪人と一対一の戦いが始まる。始めは押していたが、怪人側が新兵器を持ち出すと攻守が入れ替わり、ヒーローが防戦一方となる。

 

『おっぱいドラゴン! 来たわよ!』

 

 そこに助けに現れるヒロイン。こちらはリアスにそっくりであった。『スイッチ姫』とヒーローが名前を叫ぶ。

 何故にスイッチ、という疑問が浮かぶがその答えはすぐに画面が示してくれた。

 ヒーローがヒロインの胸を触ると途端に全身を赤く輝かせて怪人に逆転勝利。色々と斬新過ぎる逆転劇に皆が言葉を失う。

 

「説明しよう! おっぱいドラゴンはピンチに陥ったとき、スイッチ姫の乳を触ることで無敵のおっぱいドラゴンになるのだ!」

 

 まるで特撮番組のナレーションの様にハキハキとした声で解説するアザゼル。

 無敵のおっぱいドラゴンになるところに既視感を覚えたが、アザゼルの説明で一誠が初めて自力で禁手に至ったときのことを思い出す。

 元となっているのは完全にあの時のことであった。

 ノリノリで解説をしたアザゼルの頭を、羞恥で顔を真っ赤に染めたリアスが叩く。

 

「グレイフィアから聞いたわよ……! スイッチ姫の案と監修は貴方なのよね……? お、おかげで私がこ、こんな……!」

「ガキ共の間じゃ、イッセーもお前も人気が鰻登りらしいじゃねえか。元々人気はあったがこの番組のおかげで幅広く支持を得られているみたいだぞ? リアス"スイッチ"グレモリー」

「勝手にミドルネームにしないでちょうだい!」

 

 どんな顔をして冥界を歩けばいいの、と天を仰ぎながら溜息を吐くリアス。衆目を集めることには慣れていても、今回の様な特殊な集め方は不慣れである様子。

 

「何か凄いことになったな、ドライグ」

『ああ、本当にな……クククク、お前といると飽きる日が来ないな、本当に。詰め込み過ぎて少し眩暈がする』

 

 ドライグの暗い笑い声が一誠の脳内に響く。

 

「ヒホ! 面白かったホ!」

 

 エンディング曲が流れている場面を見ながらジャックフロストが拍手を送る。

 

「これって何回ぐらいやるの?」

 

 ピクシーも気に入ったらしく放送回数を尋ねる。

 

「視聴率五十パーセント越えらしいからな。まず間違いなく一年間はやるな」

『フフフ、ククク……最低一年間俺たちは乳龍帝というわけか。少し前までは涙が止まらなかったが、今はそんなことないな……慣れてきたのか? 受け入れてきたのか? まあ、どうでもいいか……』

 

 ドライグはかなり投げやりになっていた。しかし、どうでもいいと言う割に、一誠にはドライグのネガティブな感情がこれでもかと伝わってくる。

 

「へえ。一年! 楽しみ」

「人気作だからな。きっと放送は延長されるだろうぜ。悪魔は寿命が長いからな十年、二十年は続くかもな。下手すりゃ百年愛される作品になったりな」

 

 アザゼルの容赦の無い言葉が、既に傷だらけのドライグの心に突き刺さる。だが、ドライグは無心を貫き通す。

 

『意識したら傷付く、心を無にしていれば傷付かない。無心、無心。無心無心無心無心』

 

 相方の精一杯の心の防衛に涙が出そうになる一誠。

 黙って見ていたシンが何気無く呟く。

 

「百年後に『赤龍帝』の名前が残っていたらいいな」

 

 その時、一誠はドライグと意識が繋がり、脳内にドライグが慄く最悪の未来予想図が映し出された。

 

『あ、乳龍帝だ!』

『乳龍帝! あの戦いは見事でした!』

『流石乳龍帝! おっぱいドラゴンの名は伊達じゃありませんね!』

『乳龍帝! 乳龍帝!』

『え? 赤、龍帝?』

『何それ? 聞いたことある?』

『全然? 乳龍帝のパクリ?』

『おい! 乳龍帝のことを赤龍帝って言うなよ! 失礼だろうが!』

『赤龍帝? そんなものは存在しない』

 

 赤龍帝の名が払拭され、乳龍帝の名に置き換わった生々しくも起こり得るかもしれないいつかの光景。

 

『ああああああああああああああああああああ!』

 

 無心に徹する筈であったドライグが堪らず絶叫を上げる。

 脳内で伝説のドラゴンが大音量で絶叫するので、一誠の方も頭を抱えてしまう。

 

「落ち着け! 落ち着いてくれ! ドライグ!」

『あああああああ! ああああ! あああああああああああ!』

「頭がー! 頭が破裂するー!」

「どうしたのイッセー! 急に!」

「だ、大丈夫ですか! イッセーさん!」

 

 ちょっとした騒ぎになり上映会は少しだけ中断。一誠と中のドライグが落ち着きを取り戻した後に、再び上映会が始まる。

 今度はおっぱいドラゴンでは無い。セラフォルーの番組である『マジカル☆レヴィアたん』。それに準レギュラーとして出たピクシーたちを視聴する。

 前に聞いた話ではセラフォルーが悪魔の味方として、敵対する天使、堕天使、ドラゴン、教会関係者とバトルを繰り広げる特撮番組だという。

 番組に参加したピクシー、ジャックフロスト、ジャックランタン、ケルベロスは、彼女が召喚で呼び出すお友達兼助っ人というポジションであった。

 内容は至ってシンプル。悪さをする敵をセラフォルーが懲らしめるもの。小さい子には分かり易く、そして、大人が見ると作品内に散りばめられた毒に気付く。

 セラフォルーが画面の向こうで、ステッキの先端から人など容易く消滅出来そうな極大のビームを放っている。

 撮影に参加したピクシーたち曰くCG無しで本当にステッキからビームを出しているらしい。ビームを撃った後に射線状の物が一切消滅していたのは流石にCGであって欲しいが。

 余談だが、シンはピクシーたちの撮影などには一切関与していない。関与しない理由としては何か嫌な予感がするという曖昧なものであった。自分もなし崩し的に参加させられる様な気がするのである。

 撮影場所に行く為にセラフォルーから転送用の簡易魔法陣を渡されており、ピクシーたちはそれを使用している。

 話が進むと高笑いする天使と対峙するセラフォルーの場面となる。如何にも悪役だと言わんばかりの笑い方と顔付き。

 

「天使はあんな笑い方はしないわ!」

 

 転生天使であるイリナが、悪役天使に憤慨していた。周りはフィクションだからと宥める。

 そんな悪役天使が部下を召喚する。戦闘員風にアレンジされた神父服を着た教会関係者たちが、やたら目を見開いたり、舌を垂らしたりなどして悪人アピールをしている。

 

「教会に属する者であんな顔をした奴は居ない!」

 

 今度は元教会関係者であるゼノヴィアが憤慨する。正直、戦闘員風の教会関係者を見た時に全員がフリードを連想したが、敢えて言わずにゼノヴィアを宥める。

 

『出て来て! 私のお友達!』

 

 普段よりも凛々しい口調のセラフォルーによって魔法陣が地面に描かれ、中からピクシーが召喚される。

 

「あ、出た出た!」

 

 自分の姿が画面に映り、喜ぶピクシー。衣装など無くいつもと同じ格好をしていた。

 魔法陣から出たピクシーは、セラフォルーの周囲を飛び回った後にステッキの上に座る。

 

『助けに来たよー』

 

 いつも通りに喋るピクシー。初めての演技にしては自然体であった。或いは、演技ではなく素の状態で喋っているのかもしれない。

 

『やるわよ! ピクシーちゃん!』

『はーい』

 

 ピクシーが教会関係者たちの頭上を指差し、同じくセラフォルーもステッキを向ける。

 

『えい!』

 

 ピクシーの指先から放たれた電撃。それを狙う様にしてセラフォルーのステッキから魔力が放出される。

 結果、ピクシーの電撃にセラフォルーの魔力が合わさり、雷の雨と表現していい無数の落雷が発生し、教会関係者たちへ降り注ぐ。

 阿鼻叫喚となる画面向こうの教会関係者たち。上がっている悲鳴が演技であって欲しいと願う。

 

『やったね! ピクシーちゃん!』

 

 合体技で敵を一掃したセラフォルーが眩い笑みを見せる一方で、その背後で死屍累々という様子で横たわる黒焦げの教会関係者たち。酷い絵面の差であった。これもまたCGであって欲しい。

 戦闘員が居なくなり、天使との対決になるが、セラフォルーがまたも魔法陣から仲間を喚ぶ。

 

『来て! 私のお友達!』

『ヒーホー!』

 

 喚び出されたのはジャックフロストであった。

 

『来たわね! ジャックちゃん!』

『来たホ!』

 

 セラフォルーに手を振るジャックフロスト。

 そこから天使とセラフォルーたちの戦いが始める。ビームに光の槍、氷柱に吹雪に雷、電撃と騒々しく、派手な戦闘が繰り広げられる

 やがて、セラフォルーたちが押し始め、天使の顔面をステッキでフルスイングしたことで天使は吹き飛び、大きな隙が生まれる。

 

『いくよ! ジャックちゃん!』

『ヒホ!』

 

 またもやセラフォルーとの合体技。ジャックフロストの頭上に置かれたステッキを、ジャックフロストが両手で挟む。

 ステッキの先端から青白い光が発せられると、天使の上に巨大な氷塊が出現し、天使を押し潰す。

 

『こうして悪い天使は、マジカル☆レヴィアたんとそのお友達によって倒されました。今後もマジカル☆レヴィアたんの新しいお友達を楽しみしていてね』

 

 勝利を喜ぶセラフォルーたちを背景にしてナレーションが流れた後、エンディングへと入っていく。

 

「あれ! ランタン君が出てない! ど、どういうこと?」

「ヒ~ホ~。ボクの出番はあと二話後だよ~」

「ボク、絶対予約するよ!」

「ボクとレヴィアたんが協力して湖を干上がらせるシ~ンは圧巻だよ~」

 

 ジャックランタンとケルベロスの出番は無かったが、数話後に参加すると言う。既に撮影は終えていた。

 

「元々ガキ共に人気だったが、二人の登場で人気も鰻登りらしい。グッズ化の話まで出ているらしいぜ」

「でも、いいの? ピクシーもジャックフロストも稀少な存在なのよ?」

「あんだけ堂々と出ているせいでこの二人、CG疑惑が出ているんだよなぁ。制作側も二人に配慮して、そこの所はハッキリとさせていないみたいだ」

 

 一応は、変なトラブルが起きない様に対処されていた。撮影を依頼した側としての責任からくるものと思えた。

 

「まあ、なにはともあれどっちも作品として成功しているのは良いことじゃねえか」

 

 鑑賞作品が全て見終わり、このままお開きになるかと思われたとき──

 

「そう言えば、そろそろ私との約束を果てしてもいいと思いませんか?」

「約束?」

「デートの約束ですわ」

 

 ──朱乃の出した一言で和やかであった地下大広間が極寒と化す。

 アーシアは分かり易く不機嫌そうになり、リアスは一見すると無表情だが目元をひくつかせ、小猫は無言のまま一誠の方へ鋭い視線を向け、ゼノヴィアは仏頂面となり、イリナは背中の羽を白黒と点滅させ、独占欲や嫉妬による堕天への葛藤を表していた。

 

「ディオドラ・アスタロトとの戦いでイッセー君とちゃんと約束しましたわ」

「──確かにしましたね。ああ、でも……」

「もしかして……あの時の約束は嘘だったの……?」

 

 笑みを一瞬にして悲しみに満ちた表情へ変える朱乃。その潤んだ瞳に一誠は容易く屈する。

 

「う、嘘じゃないです! しましょう! デートを!」

 

『あーあ、言っちまったよ』とアザゼルが小声で呟くのをシンの耳が捉えていた。

 

「嬉しい! じゃあ、今度の休日にデートね!」

 

 心の底から喜ぶ朱乃。それ以外の女性陣の雰囲気は絶対零度のものとなっている。

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」

 

 ギャスパーはその雰囲気に怯えてジャックランタンにしがみつく。

 

「何かトラブル起きそうだな。なあ? 最後まで無事にデート出来ると思うか?」

「俺なら出来ない方に賭けます」

「そっか。なら俺は出来るの方で。負けた方が勝った方に飯を奢るでどうだ?」

「いいですよ」

「二人ともそんな呑気な……」

 

 一誠と朱乃のデートを賭けの対象にし、緊張感に満ちた空気を愉しむ様なシンとアザゼルに、木場は気苦労から溜息を吐くのであった。

 

 

 ◇

 

 

 駒王学園の昼休み。

 一誠、松田、元浜のいつものトリオにシンを加え、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、桐生の女子四人と一緒に雑談を交えながら昼食の弁当を食べていた。

 このグループを見る度にクラスメイトたちは首を傾げる。交流が広い桐生はともかくアーシア、ゼノヴィア、イリナなどの美少女が一誠たちと一緒にいること。

 一誠たちの評判は、一年生の頃から積み重ねてきた所業で非常に悪い。最近、一誠がましになってきたと囁かれているが、学園の女子たちからすれば三人で一セットなので微々たる影響でしかない。

 そんな学園の嫌われ者トップスリーを独占する一誠たちとアーシアたちがよく一緒にいること、そして、三人とは全くタイプが異なるシンもまたよく一緒にいることが疑問視されている。

 話題は修学旅行の話となっていた。修学旅行先の旅館が四人部屋なので、男女共に三、四人のグループを作ることが決められている。

 一誠、松田、元浜の三名はほぼ固定。というよりも他に組んでくれる男子が居ない。女子たちに嫌われているせいで、同類と思われたくない男子生徒たちからも一誠たちは避けられている。

 修学旅行という一生に一度しかないイベント。松田と元浜は青春の為に是非とも女子グループと一緒に回りたいと思っているが、前述の様に嫌われている彼らと一緒に回る女子たちは存在しなかった。

 だが、そこに助け舟を出す女子が現れる。

 

「修学旅行のとき、うちらと一緒に回らない? 美少女四人とウッハウハよ?」

 

 桐生、アーシア、ゼノヴィア、イリナもグループを組んでおり、一誠たちに申し出る。

 

「ああ? どこに四人目がいるんだよ? 美少女三人しか見えねえぞ?」

「あーあ、これだからエロ猿は。エロ本やDVD見過ぎて目玉が腐ってるわ」

 

 松田の憎まれ口に、桐生は同じく憎まれ口で返す。

 

「ま、猿は放っておいて、間薙君はどうなの? 誰と組むか決まってる?」

「いや、まだだ」

 

 弁当箱のおにぎりを掴む手を止め、桐生に答えた。

 シンもまたクラスでは浮いている方であった。一誠たちとは喋るが、その他のクラスメイトたちとは最近殆ど会話が無い。

 一誠は顔や体が引き締まって少しましになってきたという評価を得る一方で、シンの方は何も変わっていないのに何故か近寄りがたくなってきた、という評価を受けていた。

 

「じゃあ、兵藤たちと組んじゃいなよ。それなら四、四でキリがいいしさ」

「お前、勝手になぁー」

「俺は構わないが」

「……まあ、そういうことなら別に問題ないけどよ」

 

 松田は入ることに反対せず、元浜は何も言わないので不満は無い様子。修学旅行は一誠たちと一緒に行動することとなった。

 

「で、さっきの返事。うちらと組む? 兵藤、アーシアがさ。ね?」

 

 桐生がアーシアにアイコンタクトを送るとアーシアはニッコリと笑う。

 

「イッセーさん、ご一緒してくれますか?」

「勿論、OKに決まっているだろ!」

「はい!」

 

 一誠が即答すると、アーシアは嬉しそうに一誠の腕に抱き付く。ディオドラの件と体育祭の件で二人の距離感が一層縮まっており、桐生はそれを興味深そうに眺め、松田と元浜は嫉妬に塗れた視線を送っていた。シンは特に気にすることなく弁当を食す。

 

「おいおい、アーシア。抜け駆けはしないでくれ。私もイッセーと一緒がいい」

「イッセー君と一緒だと面白いしね」

 

 ゼノヴィア、イリナもアーシアの後に続く。

 それを聞いて、松田と元浜は心穏やかでいられなくなる。

 

「クソォォォォ。何だこのシチュエーションは! なぜ、こうもイッセーばかりモテるんだよぉぉぉぉぉぉ! 俺もされたい! 美少女に抱き付かれたい! 美少女に取り合いにされたい!」

「あー、イッセーの周辺に変なものが見えるなぁ? 何だあれは? もしかしてイッセー専用のフラグかな? 壊したい……全力でぶっ壊したい……」

 

 刺さりそうな目付きで一誠を睨む二人。すると、同士を求めてシンにも絡み始める。

 

「なぁなぁ、間薙よぉ。目の前でこんなに理不尽が起きていることを許せるかぁ? 何なんだこの現実はぁ!」

「おかしいよなぁ? こんなことはおかしいよなぁ? 俺たちは女子から嫌われているのにおかしいよなぁ?」

 

 道連れを求める怨霊か亡者の様な暗い気を放つ二人。その様子に呆れつつ思ったことを口に出す。

 

「嫌われなくなる方法はあるかもしれない」

『な、何だと! そ、それは何だ! 早く教えてくれ!』

 

 声を揃えてシンの言葉に飛びついてくる。

 

「その剥き出しの欲を捨てろ。少なくとも学校で見せるな。あと、他人を妬むのを止めるだけだ。二人とも見た目は悪くない。良い方だと言っていい。余裕のある態度を普段から見せていればあるいは……」

 

 学園で皆が見ている前で平然とエロ話やエロ本、エロDVDの交換をするなどの思春期にしては強過ぎる欲求を隠し、モテる人間を一方的に敵視するという矮小さを見せなければ、もしかして機会が巡ってくるかもしれない、とシンは考える。

 あまり言われ慣れていないことを言われたせいか、松田と元浜の脳は処理が追い付かずに停止してしまう。

 ようやく脳の処理が追いつく。女子たちから罵倒されることが多い松田と元浜は、シンから容姿のことを褒められたことを理解し照れ始める。

 

「間薙、お前って良い奴なんだな……」

「今からでもお前となれるか? 親友ってやつに……」

 

「あははははははははは!」

 

 一方でシンの対処法を聞いて桐生は爆笑し、目尻に涙を浮かべている。

 

「無理だって! エロ坊主とエロメガネには無理! いや、もしかしたら奇跡的なワンチャンあるかもしれないけどさ! そんなことしたらこいつらのキャラが死ぬね! はははははははははは!」

 

 

「うるせえ! 久々に褒められたんだ! 余韻に浸らせろ! あと俺のリビドーはキャラ付けの為のもんじゃない!」

「生まれもってのものだ!」

「うんうん。それが顔に出てるわ」

「うっせぇ! 人の顔をどうこう言える面か! さっきの美少女四人って台詞もちゃんちゃらおかしいぜぇ! なあ! 間薙!」

「俺はそうは思わん」

 

 シン、即否定。

 

「いやー、流石間薙君は分かってるねぇー」

 

 間薙の一言で桐生は上機嫌になる。

 

「ひ、否定してぇ……! 否定してぇけど、それを否定すると俺たちへの否定に繋がってしまう……!」

 

 桐生が美少女であると肯定したシンの眼を節穴だと言えば、シンが評価した二人の容姿も節穴となってしまう。

 

「これが、これがジレンマだって言うのか……!」

 

 シンは悶える松田と元浜を見て、多分二人が自分の言った通りになるのは無理だろうと、密かに思うのであった。

 

 

 ◇

 

 

 友人たちとの交流、会話。比較的平和な日常を過ごす皆。しかし、あくまで比較的。これまでのことに比べたら平和と評していい程度のこと。

 日が落ち始める頃には、平和を脅かす者たちが暗躍する。

 場所はとある廃工場。そこには三人の衣装の異なる男たちと、それを囲う様にして並ぶ百を超える異形たち。

 ディオドラ・アスタロトの件以降、旧魔王派が壊滅的な被害を負ったことで『禍の団』の中の別派閥であり、人間の英雄、勇者の末裔、神器所有者で構成された『英雄派』という者たちが、リアスやソーナの縄張りである町や各勢力の拠点に度々襲撃を仕掛けてきていた。

 今日もまたその小規模な襲撃の一つである。そして、襲撃者たちも当然神器所有者であった。

 黒いコートの男は、両手から出る白い炎を操る『白炎の双手』

 サングラスの男は影を操り、影が呑み込んだものを別の影に転移させる『闇夜の大盾』

 中華風の民族衣装を着た男は放った後に軌道を変えられる光の矢『青光矢』

 アザゼルが過去から今に至るまでの神器のデータを入力した機械を開発していたので、少し戦うだけで相手の戦力を解析出来る様になっていた。

 とは言っても、神器使いが三人揃おうと百の異形を従えていようと今の一誠たちを相手にするには戦力不足。

 一誠が禁手化し、『赤龍帝の鎧』を纏って加速し突っ込めばそれだけで二十近い異形たちが粉砕される。

 ゼノヴィアがデュランダルを一閃すれば、同じく二十の異形たちが両断される。

 ギャスパーがその眼で異形たちを見れば、瞬く間にそれらは時間停止され、リアスの魔力と朱乃の雷光によって跡形も無く消し飛ばされる。

 単純な戦闘力ならば中級の悪魔に匹敵する異形たちを軽々と薙ぎ倒していく。

 しかし、神器使いも異形たちを目晦まし程度にしか考えておらず、隙を狙って神器を使ってくるが、最前線で戦う一誠とゼノヴィアは自身らが最上級の武具を扱っている為、禁手に至っていない神器を恐れる道理など無い。

 仮に負傷したとしてもアーシアの治癒神器『聖母の微笑』によって治すことが出来る。しかも、神器使いとして成長した彼女は直接触れなくても離れた場所にいる相手すら傷を癒すことが可能。

 そのアーシアを守るはイリナと小猫。変幻自在の聖剣『擬態の聖剣』と、一撃で相手を戦闘不能状態にまで追い込める猫魈の仙術が彼女を守護する壁となる。

 何重もの矛と盾が勝ち目を奪う。無論、英雄派の神器使いたちも過去に戦った者たちの情報を基にして戦い方を変えたり工夫などしているが、実力差を埋めるに至らず。

 結果からすれば危な気なく一誠たちは英雄派たちに勝った。しかし、快勝という訳でなく幾つか問題も残った。

 黒いコートの男と民族衣装の男を捕縛することが出来たが、サングラスの男には逃げられてしまっていた。

 そのサングラスの男、魔法陣で逃走する直前に不穏な動きを見えていた。影から別の影へ転送させるサポート用の神器だったが、自らに影を纏い始め、廃工場を浸食する様に影を広げていた。

 その変化に全員が悪寒を覚えた。神器が別の領域へと入っていく感覚。即ち禁手への予兆である。

 英雄派の動きを見て、リアスたちは彼らが敢えて自分たちに神器使いをぶつけているのではないかと推測する。

 この町には強力な力が集中していた。神滅具、禁手、聖剣、上級神器、仙術など。

 強力な力と神器を接触させることで禁手を促すという強引な覚醒。思惑通りに行くには、それこそ多数の犠牲を払うことになるだろうが、その犠牲すらも禁手化への要素として考えれば納得がいく。

 十把一絡げの神器の犠牲よりも禁手化した神器の方が遥かに価値がある、そういう意図が見えてきた。

 その発想には誰もが渋面となったが。

 英雄派の思惑は一先ず置いておき、捕縛した神器使いたちの意識を奪い、冥界へ送ろうとしたとき、黒いコートの男が声を押し殺して笑う。

 

「くくくく、こんな風に暢気な会話をしていていいのかな?」

「どういう意味かしら?」

「毎度、毎度一手で攻めると思っているのか?」

 

 黒いコートの男の言葉から察するに、今回の襲撃には複数の部隊で来ていたらしい。

 

「魔王の妹に赤龍帝をも引き付けることが出来た! この町もお終いだな!」

 

 勝ち誇る黒いコートの男。しかし、それを聞かされたリアスたちは平然としていた。

 その態度に、黒いコートの男は逆に動揺させられる。

 

「貴方──」

 

 リアスは真っ直ぐ黒いコートの男の目を覗き込む。

 

「怯えているから視野が狭いのかしら? それとも元々?」

 

 黒いコートの男はリアスに言われ、改めて彼女と彼女の眷属たちを見る。そして、今になって気付いた。数が足りないことに。

 

「居ない……居ないだと! 『聖魔剣』の木場祐斗は何処だ! 『人修羅』の間薙シンは何処に行った!」

 

 勝ち誇った態度を一変、焦りから叫ぶ黒いコートの男。その叫びを聞いて一誠とギャスパー、イリナの心臓が早鐘を打つが、悟られない様に努力する。

『人修羅』。英雄派の人間たちはシンをそう呼ぶ。オカルト研究部のメンバーの内の何人かは以前に聞いたことがあるが、数回の襲撃の内に全員が知ることとなった。

 幸い、『人修羅』という呼び名は英雄派の者たちがシンに付けた異名だとリアスたちは受け取っている。英雄派の者たちもそのつもりで使っている節があった。

『人修羅』の名が示す真の意味を理解しているのは、オカルト研究部メンバー内で一誠、ギャスパー、イリナだけである。

 リアスは黒いコートの男が見ている前で携帯電話を取り出し、ある番号に掛ける。電話の向こうの主はすぐに出た。

 

「シン、そっちはどう? 手助けはいる?」

 

 

 ◇

 

 

「大丈夫です。もう終わりましたから」

 

 リアスに応えながらシンは積み重ねてある鉄骨に腰を下ろしていた。

 目の前には墓標の様にあちこちに突き刺さる無数の聖剣、魔剣。剣の切っ先の下では異形たちが絶命していた。

 場所は建築途中のビル。英雄派の者達はここに集合して町を破壊しようとしていた。

 

「部長からかい?」

「ああ」

 

 しかし、それもシンと木場、そして仲魔たちによって全滅させられていた。数はそれなりに多かったが、苦戦する様な相手では無い。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 ケルベロスに背中を踏み付けられ動けなくなっている神器使いが、現実を受け止められない様に呻く。その隣ではとっくに気絶しているもう一人の神器使い。

 神器使いは二名であったが、戦闘員は別部隊の倍は用意していた。だが、結果は圧倒され、為す術無く戦闘不能状態になっていた。

 

「この悪魔共め……」

「ピクシー」

「はーい」

 

 わざわざ怨み言を聞く義理も無いのでピクシーに声を掛ける。ピクシーは神器使いの頭に座ると、脳天に電撃を放つ。体を数回痙攣させた後、白眼を剥き、泡を吹きながら気絶した。

 自動追跡する光球の神器と半透明の帯の様な神器を使う二人であったが、特に苦戦することは無かった。過去に戦ってきた相手と比べたら負ける道理など無い。

 

「──いや、何でも無いです。もう終わりましたから。──はい。少し暴れたので後処理の方を頼みたいのですが。──お願いします」

 

 携帯電話を切ると、シンは軽く首を回す。ここの所は楽な戦いばかりで体が逆に鈍りそうな気がしてくる。尤も、シンは戦いが好きでも嫌いでも無いが。

 

「じゃあ、すぐに二人を冥界に送ろうか。送った後のことは、リアス部長は何か言っていたかい?」

「特に何も。自由解散だ」

「なら、一緒に夕食でも行かないかい?」

「そうだな──」

 

 すると、携帯電話が鳴る。発信者はリアスのもの。言い忘れたことでもあるのかと思いながら電話に出る

 

「何ですか?」

「ちょっといいかしら? 明日は暇?」

 

 何故かリアスは小声であった。

 

「暇ですが……」

「じゃあ──駅のコンビニ前に来てくれる? 祐斗にも伝えておいて」

「何かあるんですか?」

「……明日、そこでイッセーと朱乃が待ち合わせするの」

 

 知人たちのデートの監視など英雄派たちとの戦いよりも気が乗らない。

 明日も襲撃があればいいのに、と不謹慎なことを願ってしまうシンであった。

 




七巻の話に入ります。再登場するキャラもチラホラ出てきます。

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