ハイスクールD³   作:K/K

114 / 190
申出、切断

 ヴァーリとロキ、フェンリルが睨み合う。ヒリつく空気の中で、美候は空気など関係無い様にヴァーリへ話し掛けた。

 

「真剣に睨み合っているところ悪いんだが、赤龍帝をどうにかしないとやばいぜぃ。秒単位で気が弱まっている」

 

 フェンリルの牙で咬まれた影響からか、美候の目には一誠の生命力が弱まっていくのが見えた。事実、一誠の眼がどんどん虚ろになっていく。

 

「そうだな。成り行きとはいえ助けに来たのに死んでしまったら、笑い話にもならない」

 

 ヴァーリは抱えられている一誠の側に移動すると、フェンリルの牙が突き刺さった脇腹を拳で叩く。

 

「ふぐおっ!」

 

 ヴァーリの蛮行にリアスたちは悲鳴を上げそうになったが、次に起こったことに別の意味で驚く。

 

『Half Dimension』

 

 鎧に出来た大穴はそのままに、生身の傷がフェンリルの牙ごと縮小していく。二分の一ごとに小さくなっていき、最終的に傷口は五ミリ程度になり、そこに刺さっていたフェンリルの牙も鉛筆ぐらいの大きさになっていた。

 

「応急処置はこれで良いかな? ついでに気付けもしておいた」

「ふざ、けん、なー……」

 

 傷口を直接殴られた一誠が蚊の鳴く様な声で抗議する。目から火花どころか稲妻が飛び出す程の衝撃であった。

 あらゆる物体を半減させてしまう『白龍皇の鎧』の能力を一誠へ使用し、傷口だけをピンポイントで縮小させた。これがどれくらい精密な能力の使い方か。歴代の白龍皇を知っている者たちは全員言葉を失ったことが答えである。

 

「ワシがこういうことを言うのは冗談に聞こえるかもしれんが、まさに神業だのぅ……」

 

 オーディンはヴァーリを素直に称賛。

 

「……どうやら、今代の白龍皇は相当優秀のようだ」

 

 ロキも皮肉や嫌味無しでヴァーリを褒める。不本意ながらもそう言うことしか出来なかった。今起こったことを批判するなど、己の無知や無理解の証明でしかない。

 

「おお、流石」

 

 事も無げにやったヴァーリに、美候は軽い口調で褒めるが内心は戦慄を抱いていた。一誠と戦った際に自分の体に半減を使い、傷を最小に抑えたことを話では聞いていたが、今度は他人の体でそれをやってのけた。自分の体と他人の体では大分勝手が違うというのに。

 どこまでも成長していく自分たちのリーダーに頼もしさを覚えながら、一誠をリアスたちの下へ運んでいく。

 

「イッセー!」

 

 馬車の上に置かれた一誠をリアスたちが囲む。傷はほぼ塞がっているが、大量出血で顔色は青白いまま。

 

「ああ、頭がクラクラしますが大丈夫です……」

 

 無事であることを口で伝えるが、顔色が悪いせいで空元気にしか見えなかった。

 

「アーシア! 傷の手当てを!」

「はい!」

「待て。フェンリルの牙に直接触れるのは不味いかもしれん。ワシが抜く。傷の治癒はその後だ」

 

 アーシアを一旦止め、オーディンがフェンリルの牙を指差すと空中に文字を描いていく。安全に抜く為の準備を始めていた。

 オーディンの警戒がロキから離れ、絶好の機会が訪れる──という訳でもない。ロキはオーディンの様子を窺いつつ、ヴァーリにも注意を払っていた。

 フェンリルの魔法陣が解け、頭部が元の位置に戻るとロキは散歩でもする様な軽い足取りで空中を渡り、フェンリルの側に行く。

 

「開けろ」

 

 ロキのその一言でフェンリルは口を開く。洞窟の様な喉奥に鑢よりも削れそうな舌。血よりも赤い口腔が見え、鋭く伸びた牙が並んでいるが、その内の一本は根本近くで折れている。ヴァーリが折った一本だけが、規則正しく並ぶ牙の中で目立つ。

 ロキはその折れた牙に指先を這わす。

 

「神仏さえも殺す牙が、こんな無惨な形になって──」

 

 悼む様に指で撫でていたが、突如として手で掴み、折れた牙を引き抜く。

 

 ギャン! 

 

「フェンリル──お前はいつから仔犬の真似が上手くなったのだ?」

 

 抜歯の痛みに悶えるフェンリルであったが、ロキの言葉で即座に黙り込む。

 

「半端だから余計に苦しむ。こういうものは完全に取り除く必要がある」

 

 すると、抜歯され空洞になった歯茎が脈打つ様に動き始め、傷口から血が溢れ出したかと思えば、中から真新しい牙が生えてきた。ロキに抜かれて数秒間の出来事である。

 牙が生え揃ったフェンリルに、ロキは命令を下す。

 

「その屈辱、白龍皇を噛み殺して晴らしてこい」

 

 ロキの命に従い、フェンリルは咆哮を上げ、ヴァーリに向かって駆け出す。

 構えるヴァーリ。だが、両者の間に割って入る者が居た。シンである。

 シンが拳を握り、フェンリルを待ち構える。それに反応し、フェンリルは途中で急ブレーキを掛けてしまい、速度が一気に落ちる。それを見逃すヴァーリでは無い。

 

『Half Dimension』

 

 フェンリルを囲む空間の歪み。全てを半減させる力がフェンリルを捕らえる。二分の一に縮小させられるだけでは済まない。繰り返し半減され、巨狼も虫以下まで縮小される。

 ──筈であった。

 フェンリルは大きく口を開け、閉じ、何かを食い千切る様な動きを見せる。すると、歪みの一部が裂け、フェンリルはそこから脱出してしまった。

 

「凄いな。空間ごと食い千切るなんて。神喰狼の名は伊達じゃないらしい。そう思わないか?」

「気安く話し掛けるな」

 

 ヴァーリに対し、シンは愛想無く応じる。ヴァーリが横に並び立つのを許したのは、視線が届く範囲に置きたいという理由のみ。後ろを見せる様な相手では無いからだ。戦う相手が共通だとしてもそう簡単に気を許すつもりは無い。

 

「手厳しいな」

 

 拒絶されてもヴァーリは小さく笑う。予想通りの反応と思ったのか、或いは好意よりも敵意の方が心地良いのか。

 笑いながらヴァーリは何故か周囲を確認し出す。右、左と首を動かした後、何も無かったかの様にロキたちへ視線を戻した。

 ヴァーリのことを気に留めつつ、シンはロキとフェンリルからも意識を外さない。

 フェンリルは牙を剥いて唸りながらこちらを睨む。相当な怒りを買った様子。一方でロキの方は、怒っても笑っても無く無表情であった。

 

「フェンリル、もういい。下がれ」

 

 その言葉に、フェンリルは体を一瞬だけ震わす。ヴァーリを倒せなかったことへの失望の言葉と思ったのか、尻尾まで丸まっていた。

 恐る恐るロキの顔を確認するフェンリル。だが、ロキの顔を見てすぐにそういった意味で言ったのでは無いと分かったらしく、言われた通りロキの後ろへ下がった。

 

「もう少しだけ白龍皇の力が見たくなった。こればかりは、自分で確かめなければな」

 

 ロキが指を鳴らす。数百の魔法陣が瞬時に展開され、夜の闇が魔法陣の輝きによって照らされる。展開から放出までが同時であった。

 全ての魔法陣から放たれる魔法。太陽を間近で見た様な眩さの魔法が津波の如く押し寄せる。

 触れれば絶命必至の多重魔法。それを迎え撃つのは──

 

『Half Dimension』

 

 ──神や反則を通り越した力であった。

 押し寄せる魔法に向けて張り巡らされる不可視の縮小の壁。それを通り抜けていく度に魔法の威力が半減されていく。

 見えないが張られた壁は一枚や二枚では済まない。ロキとヴァーリの間に数え切れない程張られており、秒単位以下で魔法の威力が弱まっていき、威力も速度も何もかもが半減されていく。

 太陽を思わせる輝きも線香花火以下。津波の様な怒涛も羽虫の様に漂う様な速度まで落とされ、ヴァーリが腕を振ると風圧だけで全て掻き消された。

 ヴァーリは、振るった腕にも半減の力を乗せており、それがロキ目掛けて飛ばされる。

 それに気付いたロキは、攻撃の為に展開していた魔法陣を全て防御用へ変え、半減の力を防ぐ盾とする。

 しかし、ヴァーリの力に魔法陣が触れた瞬間、耐える事無く消滅していき、これにはロキも移動して避けるしかなかった。

 

「不粋な力だ」

 

 ロキはヴァーリの半減をそう評した。

 アザゼルの光、バラキエルの雷光、ロスヴァイセの同じ北欧魔術でも崩すことが出来なかったロキの魔法陣が、ガラス細工の様にあっさりと砕け散っていったのは、術式とヴァーリの能力の相性の悪さが理由であった。

 術にはそれに組み込まれる式が重要である。通常の術式では十の力を注ぎ込み、十の魔法を生み出すが、優れた式ならば一の力で十の魔法を生み出すことが可能である。

 ロキと戦ったロスヴァイセもこの様な術式を使っており、少ない力で強力な魔法を発動させていた。この点に於いてはロキも認めている。ただし、それでも自分の足元に及ばないという結論も伴うが。

 ロキがやったことも一つの魔法陣に緻密且つ精密な式を描き込み、一つ一つの式の効果によって相乗効果が生まれ、最小で最大の効果を発揮出来る様にしていた。これ程の術式が出来るのは自分かオーディンしかいないと自負できる程の代物である。だが、ヴァーリが行ったのは、その芸術作品の様な魔法陣の式を穢すもの。

 式全体ではなく一部を半減することで効果が発揮出来ない程縮小化させ、結果として魔法陣全体のバランスを崩し崩壊させる。精密なものほど少しでも嚙み合わなければ性能を出し切れない。

 魔法陣を強制的に崩壊させてくるヴァーリの能力は、ロキにとって天敵に等しい。そして、もう一つ天敵と言える力がある。

 ヴァーリの半減の射程の外に移動したロキ。その顔を照らす真紅の光。

 ロキは無意識に防御魔法陣を展開する。赤い光は魔法陣によって止められた──と思いきや、魔法陣に穴を開けて侵入してきた。だが、ロキは難なくそれを躱す。触れれば厄介だが、当てるとなるとロキの目からしてそれは遅過ぎる。

 

「こっちは品が無い」

 

 ロキの視線の先には、掌を突き出すリアス。『滅びの力』を宿した魔力によって魔法陣に風穴が開けられた。

 これもロキにとっては面白くない。『滅びの力』の前では強固な魔法陣も問答無用で消滅させられてしまう。ロキとリアス、比べればリアスの方が遥かに格下。しかし、滅びの力があれば万が一の可能性として手痛い一撃を受けるかもしれないのだ。

 誰も彼もが神に対して不遜。その思い上がりを正す為に神罰でも与えようかと極寒の眼差しで見回す。

 

「──何だ?」

 

 ロキは小声で会話し始める。

 

「至って冷静だ。そういうお前は随分と口数が多くなったな」

 

 誰にも届かない声量で言葉を交わすロキと何か。

 

「……」

 

 ロキは沈黙した後、その顔に笑みを貼りつける。

 

「もう少し楽しみたいところだが、今夜はここまでにしよう。見たいことも試したいことも済んだ。年長者として我々の方が引き下がるとしよう」

 

 ロキが指を鳴らすと空間に歪みが生じる。その歪みの中へ入って行くフェンリル。ロキも続くが、体を半分だけ入れた後にオーディンを見た。

 

「続きは会談の日だ。その時にまた相まみえよう。オーディンたちよ! その時こそ貴殿らの命は我が砕き、我が子フェンリルが噛み千切るであろう!」

 

 不穏な言葉を残し、ロキは去っていった。

 

 

 ◇

 

 

「あー……」

 

 脱力した声を出しながら一誠は目を覚ます。目に入る天井と壁。馬車の屋根から中へ運ばれていた。

 フェンリルの牙を受け、オーディンにそれを抜かれている内に気を失ってしまっていた。

 目線を動かすと、アーシアが神器で怪我の治癒をしている。

 

「アーシア……」

 

 名を呼ばれ、一誠の意識が戻ったことでアーシアは治癒の手を止め、涙で潤んだ瞳で一誠を見る。

 

「イッセーさん……!」

「ありがとう。もう痛くも何ともない」

「良かった!」

 

 感極まってアーシアは一誠に抱き付き、一誠もアーシアを宥める様にその背を優しく撫でる。

 

「……先輩、ご無事で良かったです」

 

 小猫の声。一誠はそこで自分の手を握る小猫に気付く。アーシアの神器だけでなく小猫の仙術によって治癒力を高められていたことを察した。

 

「小猫ちゃんもありがとう」

「……にゅあ、本当に無事で良かったです」

 

 一誠は馬車内を見る。中に居るのは一誠、アーシア、小猫しかいない。

 

「部長たちは?」

「外でお話をしています。……白龍皇さんとも」

 

 ロキとの戦いでヴァーリと美候が参戦したことを思い出す。何が目的で手を貸したのか不明な今、一誠もヴァーリたちの目的を知らなければならない。

 体を起こす一誠。血がかなり抜けたせいで軽い眩暈がするが、耐えられないものではない。そのままアーシアたちを連れて馬車の扉を開ける。

 馬車は既に地上に降りており、周りの光景も一誠には見覚えがあった。記憶が確かならば、この場所は駒王学園の近くにある公園。

 馬車から降りて周りを見る。少し離れた所にリアスたちが居た。

 リアスたちと相対する様に向き合うヴァーリたち。美候だけではない、聖王剣の使い手であるアーサーと小猫の姉である黒歌、そして、真っ黒なジャックフロスト──ジャアクフロストも居た。

 

「あ、あの時の!」

 

 ジャアクフロストの姿に一誠は驚きながら面と向かって罵倒された記憶が蘇る。アーシアと小猫も初めて見るジャアクフロストの容姿に驚いていた。

 腕を組んで偉そうに立つジャアクフロスト。ジャックフロストはそんな彼をチラチラと遠慮がちに見ている。

 

「──つまり、今回の件でロキと『禍の団』は繋がっていないということ?」

「こちらの言い分を信じてくれるなら」

 

 風に乗ってリアスたちの会話が一誠たちに届いて来た。

 

「爺さん。あんたの目から見て、ロキは連中と組むと思うか?」

「奴は大馬鹿者じゃが、テロリストに与する程大馬鹿者では無い。そもそもあの跳ねっ返りがオーフィスに下るなど死んでもせんだろなぁ。儂とトールの言うことですら簡単には聞かん奴だしの」

 

 北欧の神であることに高過ぎるプライドを持つロキが、雑多な集団である『禍の団』と手を結ぶことは限りなく低いとオーディンが保障する。

 

「なら何故来た、ヴァーリ。『禍の団』はロキと敵対しているのか?」

「いや。『禍の団』──いや、最早主導しているのは英雄派か。英雄派はロキと敵対するつもりは無い」

「お前、まさか……」

 

 アザゼルが顔を顰める。

 

「ロキとフェンリルと戦ってみたいだけだ、俺が。勿論、美候たちも了承済みだ」

 

 オーディンとロスヴァイセが『本気で言っているのか?』という眼差しをアザゼルに向ける。アザゼルが無言で首を縦に振る。

 

「どこにでも居るな、こういう奴は」

「トール様みたいな人って、他にも居たんですね……」

 

 オーディンは半ば感心する様に呟き、ロスヴァイセは脱力しながら言う。

 

「さて、話を戻そう。オーディンの会談を成功させるには、ロキたちを撃退することが絶対条件だ。だが、正直なところ君たちだけでは、ロキとフェンリルを相手にするのは厳しいだろう?」

 

 全員顔を顰める。言っていることは間違っていないので反論まではしなかった。

 

「各勢力も英雄派の動きに対応するのが精一杯で戦力も送れない。つまり、このメンバーだけでロキたちと戦わなければならない。──更に不安要素としてマタドールも居る」

 

 魔人マタドールの名が出て、無表情であったシンの顔が若干険しくなる。

 

「君でもマタドールを相手にするのは難しいだろ? 赤龍帝」

 

 ヴァーリに呼ばれ、他のメンバーも一誠が意識を取り戻していたことに気付く。

 

「イッセー! 大丈夫なの?」

「はい、部長。大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

 一誠はアーシアたちを連れてヴァーリの近くまで歩いていく。

 

「……正直、マタドールとは戦ってないから分からねぇ。でも、負けるつもりは無い」

「なら一度戦ってみた方がいい。色々学べる」

 

 その言葉に左腕が疼くのを感じた。ヴァーリに左手が伸びそうになる。右手で強く握り締め、無理矢理動かなくさせる。掴んだ左手からはマグマの様な熱を感じた。

 それに気付かないのか、或いは敢えて無視したのかヴァーリは話を続ける。

 

「とは言え、今この状況もかなり不自然と言える。ロキとフェンリルが現れた時もそうだ。マタドールならこの瞬間に現れてもおかしくない」

 

 マタドールを知るヴァーリならみすみすロキたちを見逃したり、神や堕天使の長、二天龍が揃っている状況を黙って見ている筈が無かった。

 

「あいつが何を考えているのかさっぱりだが、一応は自粛しているんじゃないか?」

「どういう意味だ? アザゼル」

 

 アザゼルは、バラキエルとマタドールの邂逅。その時にマタドールが約束したこと、実際に試してみたことを話す。

 

「成程……」

 

 ヴァーリはそこで少しだけ考える。プライドの高いマタドールが自分で言ったことを反故にするのは考え難い。とはいえ、やはり二天龍や神、神喰狼が揃ったあの状況こそ最も戦力が集まった時に思えた。

 

(あるいは……)

 

 もっと大きな戦いが控えているのでは、という推測が浮かぶ。本命は、オーディンと日本の神々の会談の時。ロキやフェンリルだけの戦力では済まない可能性が出てくる。しかし、ヴァーリがそれを口に出すことは無かった。何故ならヴァーリもそれを期待してしまったから。闘争を好む本分がヴァーリに黙っているよう訴える。

 

「お前は、ロキやフェンリル、それにマタドールは倒せるのかよ?」

 

 話題を変えたい所に丁度一誠が話を振ってくれたので、ヴァーリはその話に乗る。

 

「全力で挑めば9:1で俺の負けかな」

「何だよ、意外と謙虚だな」

「流石に三人相手となると分が悪い」

 

 簡単に言うヴァーリに誰もが正気を疑う眼差しを向けた。一誠は個々で戦ったらという意味で聞いた。三人同時に相手にするなど考えてもいない。そして、神や魔人と戦っても勝てる可能性があると自ら言うヴァーリに感心する。何せ虚勢にも聞こえない上に、一誠たちも自惚れとは思えなかった。

 

「まあ、この勝率を上げる方法もある」

「方法? そんなものがあるのか?」

 

 ヴァーリは一誠の眼を真っ直ぐ見た。

 

「二天龍が手を組むことだ」

 

 場に居るほぼ全員が驚く。驚いていないのは事前に知っていたヴァーリの仲間と、僅かに眉間に皺を寄せたシンぐらいであった。

 

「今回の一戦で、俺は兵藤一誠と共に戦ってもいい」

 

 共闘の申し出に、場に沈黙が訪れる。

 

「──残念だけど、信じられないわ」

 

 その沈黙を破ったのは、リアスであった。リアスの目にはヴァーリに対する敵意がある。

 

「私は、貴方が三勢力の会談でしたことを決して忘れていないわ。そんな貴方を戦力として迎え入れることも、あまつさえ大事なイッセーと肩を並べて戦わせることなんて出来るものですか!」

 

 リアスは、ヴァーリの申し出にキッパリと拒否の意思を示す。

 三勢力の会談時に裏切り行為をしたヴァーリの言葉を簡単に信じられない。たとえ、ロキたちとの戦いで一誠の命が救われた今でもその気持ちは変わらない。それが眷属を率いる王としての責任である。

 リアスは、ヴァーリが背中を預けるに足る存在と思えなかった。

 本来なら裏切られた当人であるアザゼルが反論すべき立場であるが、ずっと黙ったまま。リアスが言いたいことを言っているから黙っているのでは無く、ヴァーリの性格を知っているからこそ、今回の共闘の話に裏切りは無いと分かっていた。

 分かっていたからこそリアスとヴァーリを衝突させる。後半になって内輪揉めするよりも、今の内の不満や疑心を吐き出させておこうと思ったのだ。

 

「すんなり事が運ぶとは思っていなかったが、さて、どうすれば俺たちの言葉を信じてもらえるのやら」

「言葉よりも行動だ」

 

 ヴァーリとリアスの会話にシンが入り込む。

 

「シン……」

「部長の言うことに俺も賛成だ。そう簡単には信じられない」

「信じて貰う為の行動か……敵対しない保証みたいなものがあればいいのか?」

「ああ」

「なら、君たちは俺に何を望む?」

 

 シンはヴァーリに視線を固定したまま一誠に手を伸ばす。

 

「アスカロンを貸してくれるか?」

「え? あ、ああ。分かった……」

 

 何に使うのか疑問に思いつつ、一誠は言われた通りアスカロンを出してシンに渡す。

 シンは借りたアスカロンを手捌きで一回転させ、柄頭をヴァーリに向ける。

 

「受け取れ」

 

 龍殺しの聖剣をヴァーリに与える行為に、意図が分からず皆が疑問符を浮かべてしまう。

 ヴァーリも周囲と似た様な表情をしながら、言われた通りアスカロンを受け取った。

 

「それで? これをどうするんだ?」

「そのアスカロンで腕を斬り落とせ。そうしたら()()お前の言葉を信じる」

 

 はぁ? と最初に声を出したのは誰であったのだろうか。シンが言っていることを一瞬理解出来ず、ワンテンポ遅れて脳が言葉を理解すると、リアスたちだけでなく、すまし顔をしていた美候たちも愕然とした。

 

「こういう場合は──」

 

 一同が絶句する中で当人のヴァーリが喋り出すと、自然と皆の耳が傾く。

 

「利き腕を落とした方が、印象が良いのか?」

「好きにすればいい」

「因みに、俺は両利きなんだが?」

「だったら二本とも斬り落としてみせるか?」

「流石にそれは困る」

 

 腕を斬り落とす方とさせる方との会話とは思えない程緊張感が欠片も無い。会話で間を置いたことでようやく外野も動き出す。

 

「おいおいおいぃ! 本気でやるつもりは無いんだよなぁ? 冗談なんだろう? そうならそうと言って欲しいぜぃ! 笑えないぜぃ!」

「だが、俺の腕一本で話が進む」

「そんな簡単に言わないでにゃー! そりゃあ私の仙術なら斬った直後ならくっつけることも出来るにゃ! でも、よりにもよってアスカロンで斬るなんて……!」

「確かにアスカロンは斬られる以上の痛みがあるな。身を以ってそれを知った時は、流石は龍殺しの聖剣と思った」

「他人事の様に言わないで下さい。貴方の腕にどれだけの価値があると思っているのですか? 少なくとも私はこの聖剣を使っても貴方の腕を貰う自信は無い」

「そう言われると光栄だ。ずっと鍛え続けてきたが、聖剣以上と称されると悪い気はしない」

「ヒホー! そんなの俺様は認めないホ! 完全パーフェクトなヴァーリに勝ってこそ意味があるホ! 片腕のライバルに勝っても俺様はなーんにも嬉しく無いホ! そんなの勝ち逃げだホ!」

「ジャアクフロスト──完全もパーフェクトも同じ意味だ」

 

 ヴァーリの仲間たちは必死になってヴァーリを止めようとするが、ヴァーリの気持ちは変わることなく、アスカロンの刃を右肘のやや下に当てる。

 

「手伝いはいるか?」

「いや、不要だ」

 

 ヴァーリの仲間たちはギリギリまでヴァーリの説得を試みる。しかし、アスカロンの刃が離れることは無い。

 騒がしいヴァーリ側とは対照的にリアスたちは冷え切った空気が流れていた。何をどうすればいいのか全く分からないのだ。

 確かにヴァーリは敵であった。彼らのしたことはそう簡単に許すべきことでは無い。しかし、冥界でマザーハーロットに襲われそうになった時に間へ入ってくれたし、ロキたちの襲撃を受けた時も助けてくれた。恩人とまではいかないが、ヴァーリの腕がこれから斬り落とされることに言い様の無い罪悪感が湧いてくる。

 そして、ヴァーリから好敵手扱いされている一誠もまた、正直な気持ちを言えばこれには反対であった。

 

(マジでやるのか……? 何か、そんなの見たくねー……)

 

 強かったヴァーリから片腕が無くなる。それを見たくないと素直に思ってしまう。

 ロスヴァイセとバラキエルはそれぞれの上司の様子を窺うが、どちらも顔色も表情も変えず、事の成り行きを静観することにしていた。

 ヴァーリがアスカロンを振り上げる。その後の光景を想像し、直視出来ないと思ったアーシアとギャスパーは目を瞑りながら顔を逸らす。

 時間にすれば二、三秒間の出来事。アスカロンの刃が皮膚へ食い込み、肉を斬り、その奥にある骨へと触れ──

 

「待っ──」

 

 ──誰かが制止の声を上げた。だが、勢いがついたアスカロンはヴァーリ本人には止められないし、止めるつもりも無い。

 刃が骨へ達し──そこで止まった。

 

「──斬り落とすんじゃなかったのか?」

 

 アスカロンを止めたのはヴァーリの意思でも力でも無い。刃先を掴むシンの手によって止まっていた。

 

「部長が待てと言ったからな」

 

 制止の声を上げたのはリアスであり、彼女はヴァーリの腕の途中で止まったアスカロンを見て冷汗を流しながら、少しだけホッとした眼で見ている。

 

「いいのか? 俺の保証が無くても?」

「貴方の腕を斬り落とされる所を黙って見ている程悪趣味では無いわ。──取り敢えずは、こちらと手を結びたいという本気は伝わったわ。完全に信用してはいないけど、もう少しだけ貴方と話し合う必要があると思っただけよ」

 

 一考の余地がある。リアスはそう告げる。

 

「そっちはいいのか? 斬り落とせば信用するって話だった筈だが?」

「部長が見たくないものをわざわざ見せる必要も無い。それに──」

 

 アスカロンを握っていた手を放す。掌はざっくりと裂け、笑みの様な斬り傷が出来ていた。

 

「俺が止めなかったら斬り落としていたみたいだし、今回はそれで納得する」

 

 一先ずは二人ともヴァーリの提案を受ける形となった。最高潮まで高まっていた緊張感も、これにより一気に弛緩し、全員が安堵の溜息を吐く。

 

「ふっ。少しは体を張った甲斐があったかな?」

 

 ヴァーリは微笑しながらアスカロンをシンに渡す。その直後にヴァーリの後頭部を美候が軽快に叩いた。

 

「──どうした?」

「この馬鹿野郎っ! 寿命が縮む様なことを勝手にするんじゃないぜぃ! ちょいちょい馬鹿な所があると思ってたが、今日で確信したぜぃ! お前さんは馬鹿だ!」

 

 黒歌はアスカロンで出来た傷を仙術で塞ぎながら、ヴァーリの手の甲を思いっきり抓る。

 

「ヴァーリは、馬鹿って言葉じゃ片付けられない程お馬鹿さんだにゃー!」

 

 アーサーは微笑を浮かべているが、目は笑っていない。

 

「貴方には何度も驚かされますが、限度というものを知った方がいいですよ?」

 

 ジャアクフロストはひらすらヴァーリの脛を蹴り続ける。

 

「ヒホ! この野郎! ヒホ! この野郎! ヒホ! この野郎!」

 

 仲間に揉みくちゃにされるヴァーリを、何とも複雑そうな眼で見るリアスたち。

 

「お前、傷大丈夫なのかよ?」

 

 一誠が小声で話し掛けてくる。

 

「聖剣でも龍殺しだから、あまり俺には効かないみたいだ」

 

 シンの掌の傷は既に血が止まっていた。

 

「でも、良かったよ」

 

 シンが安堵した様な声を洩らす。

 

「腕を斬り落とすことにならなくて」

「やっぱ、気が引けたか?」

「ああ、可哀想だろ?」

 

 シンが指差す。一誠はその方向を見ると看板があった。

 

『みんなの公園はきれいに使いましょう』

「血の匂いが付いた公園なんて子供たちが可哀想だろ?」

「そっちかよ!」

 

 やはりヴァーリのことを一切気にしていないシンを慄けばいいのか、呆れればいいのか何とも言えない気持ちになる一誠であった。

 

 

 ◇

 

 

 鉄塔の上で佇むロキ。駒王町からそう遠くない場所でかなり目立つが、ロキは見つかるなど微塵も思っていない。隠蔽の魔術ならばオーディンをも凌ぐと自負している。

 周囲の目を遠ざけたロキの表情は酷く不機嫌であった。彼にとって想定外のことが起きたせいである。

 

『しまらねぇなぁ。折角、あの悪魔たちを泣きっ面にしてやろうとしたら、まさか白龍皇の横槍が入るなんてよぉ』

「……想定外だとしても修正可能な範囲だ。問題は無い」

『あのマタドールに釘刺しに行ったらこれだ。つくづく運がねぇ』

「うるさいぞ」

 

 ロキは更に表情を歪めた。

 駒王町へ訪れたのはこれで二度目である。最初に訪れた時、ロキはマタドールと接触していた。

 魔人という不安要素。それを制するなど不可能と考え、代わりに動きを想定し易くする為に計画の一部をマタドールへ洩らしたのだ。

 オーディンと日本の神々との会談の時、全戦力を集中させてオーディンの首を獲る、と。

 自ら架した枷に戦いへの欲求が高まり続けていたマタドールはこれを即座に了承した。彼にとって会談までの日数耐えることなど苦では無くなっていた。神、二天龍、堕天使、悪魔、そして魔人が一堂に会するのだ。それへの楽しみに比べたら、耐えることなど戦いへのカタルシスを高めるだけのこと。

 ロキの去り際、マタドールはロキにこう言った。

 

()()は程々にな』

 

 思い返すだけで腸が煮えくり返り、漏れ出た力で隠蔽魔術を破壊しそうになる。

 

『落ち着けよ。本当に嫌いなんだな、ああいう手合いが』

「消えて無くなって欲しいな! マタドールも! ヴァーリも! トールも!」

『そこまで嫌うか。まあ、俺もお前の嫌いな奴は嫌いだよ』

 

 ロキは目的の為の手段として戦う。だからこそ、戦うことが目的となっている戦闘狂な者たちを心底理解出来ないし、関わりたいとも思っていない。

 

「次の戦いで必ずオーディンの首を獲るぞ……! オーディンだけでない! 二天龍の首も魔人の首も獲る!」

『くくくく、でかいこと言うじゃねぇか……。やってやろうぜぇ。勝っても負けても結果は変わらねぇが、どうせなら勝って起こしてやろうじゃねぇか、ラグナロク以上の混乱をよぉ!』

 

 

 




心の暴力団をやっていたので遅くなりました。ペルソナ無双が出たらまた遅くなるかも。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。